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 ――コツコツと大理石を叩く靴音が静かな城内に響く。

 その音は次第に大きくなり、スピラの丁度真横で止まった。

 気配のする方向へ振り向くと、ウォームグレーの髪に黒い瞳をした男が立っていた。肩まで伸ばされた髪を一つに結び、側頭部には牛の角の様な物が生えている。――男は左手を腹部に当て右手を後ろに回し、頭を垂れる。


「お初にお目にかかります妃殿下。私はこの城で陛下の従者をしております、リトスと申します。以後お見知りおきを。早速ですがお部屋へご案内させていただきます」


 それだけ言うと、スピラを置き去りにスタスタと扉の方向へと歩いて行く。

 スピラは慌てて魔王にお辞儀をし、侍女二人を引き連れて後を追う。ミーヤは魔王の元に残るようだ。玉座の間に置き去りにされた荷物はあのままでいいのだろうか、とどうでもいい事を考えながら部屋を後にする。――小走りでやっとリトスの背後に追いついた。


 改めて下から上まで観察する。

 身長はすらっと高く、背筋をピンと伸ばし歩く姿は人間そのもの。しかし、側頭部に生えている牛の様な角は、リトスが人外である事を如実に物語っていた。

 色々と聞きたい事はあるが、何故だか空気が思い。何か粗相をやらかしただろうか、と考えてみるが先程出会ったばかりのリトスにはやらかしようがない。しかしこれから長い時間を共にするであろうリトスとは、何とか仲良くなっておきたい。こんな所で怯んでいたら、命懸けで付いて来てくれた侍女達に示しが付かない。

 意を決したスピラは、恐る恐る口を開く。


「あの……わたくし何か貴方の気に障る事をしたかしら」

「……いえ、何も。妃殿下とは先程お会いしたばかりですから」


「――そうよね。…………貴方はこのお城に勤めて長いの?」


「ええ」



「そう………………」




(――かっ、会話が続かないっ!! わたくしったらどうしちゃったの!! 今こそ貴族社会で磨いてきた社交スキルを発揮しないとっ! とにかくこういう時は質問攻めにかぎるわ。関心事を引き出せればこっちのものよ!)


「貴方の他にもここで働く魔族の方がいるのかしら」

「いいえ、私だけです。ご存じの通り、私達の姿や習性は種族によってかなり異なります。人間の様な生活を好む魔物は稀です」

「そうなの……。だけど貴方は人間に近い姿をしているわよね。人語もペラペラだし、驚いたわ」


 すると突然リトスが足を止めた。もしや地雷を踏んでしまったのでは、と一瞬焦ったがそうではなかったようだ。


「到着しました。こちらが今日から妃殿下の寝室になります」


 ――白い両開きの扉が開かれる。

 室内の至る所には金の装飾が施されており、テーブルと二脚の椅子が見える。暖炉の上にはよく磨かれた大きな鏡が設置されている。床はヘリンボーンのデザインで、落ち着いた木の温もりが感じられる。大きな天蓋付きの寝台は、見るからに寝心地が良さそうだ。

 母国の寝室程広くはないものの、充分に快適な生活が送れそうだ。入国前はどんな生活が待ち受けているのか不安で仕方がなかったので、ひとまず安心した。

 出来れば王城内を見て回りたかったが、今日はもう体力が限界なので休ませてもらう事にした。


 ふかふかの寝台にボスッと体を預ける。思った通り寝心地抜群だ。今日一日の出来事を頭の中で振り返っていると、コンコンと扉を叩く音がする。どうやらリトスと城内を巡っていた侍女達が帰って来たようだ。

 ティーセットの乗ったサービスワゴンを押しながら帰ってきた二人は、室内のテーブルに手際よくセッティングしていく。ハーブの優しい香りが鼻腔をくすぐる。このまま眠ってしまいたい気分だったが、せっかく用意してくれたものを無下には出来ない。スピラは、のそのそと寝台から降り、椅子に腰掛ける。


「ありがとう、二人共。――この香りは……ペパーミントね!」

「はい、スピラ様お好きですもんね。ティーセットも良いものが沢山ありましたよ。厨房も広くて使い易そうでした」

「そう……。思っていたより普通の生活が出来そうね。 貴方達のお部屋はどうだった?」

「すっごく素敵でした! 本当にこんな素敵なお部屋使っちゃっていいのかってくらいで……!」

「あら! それは良かったわ。……ひとまず安心ね。 ――でも、今日は本当に疲れたわ……」

「お疲れさまでした。陛下は想像していたよりずっと話の分かる方な様で本当に良かったです」

「そうね……わたくしも正直驚いたわ。最初の出会いが最悪だったから。どうしようもない男なのだろうと思って覚悟して来たのだけれど」

「そうですね。スピラ様からお聞きしていたイメージとは異なりますね」

「それにとってもお綺麗なお顔立ちでしたよね! 殿下と並ぶと正に美男美女って感じで……。まるでロマンス小説の主人公二人が飛び出して来たかの様な…………はぁぁー。素敵すぎますっ!!」


 リリウムは両手を胸の前で合わせ、目眩く妄想の世界へと旅立つ。

 スピラは旅立ちっぱなしのリリウムを放置して話を進める。


「それよりもリトスよ。明らかにわたくしを嫌っているわよね」

「んー……。否定は出来ないですけど。スピラ様個人を嫌っているのではなく、私達が人間だから気に入らないのでは」

「……そうね。それしか考えられないわね。まあ、時間はたっぷりあるし徐々に仲良くなれる様に頑張るしかないわ。このお城にはわたくし達だけみたいだし。このままずっと険悪だと、流石に気まずいでしょう」

「そうですね。でも大丈夫ですよ! スピラ様って人誑しじゃないですか。その内リトスさんも陥落されると思いますよ」

「か、陥落って……。貴方はわたくしを買い被り過ぎね」


 すると旅立っていたリリウムが、はっと我に返る。


「そんな事ありません! 殿下は素晴らしいお方です! 私もリトスさんと仲良くなれる様に頑張りますね!」

「あら! 頼もしいわねリリウム。――よしっ! あれこれ考えていても仕方がないし、今日は休ませてもらうわ。着替えを手伝ってもらえるかしら」

「「はい! お手伝いします!」」





 リトスは侍女二人に城内を案内し終えたその足で、執務室へと向かっていた。

 燭台の明かりだけが頼りの薄暗い廊下を躊躇いなく突き進む。それから辿り着いた扉の前でピタリと足を止め、許可を貰い入室する。――開かれた扉の先には、執務机の椅子にゆったりと腰掛け優雅に読書をする主の姿があった。


「ハデス様。只今戻りました」

「ああ、ご苦労だったな。……で、どうだった?」

「どうもこうもありませんよ。私は認めません。彼女はただの人間です。それ以上でも以下でもない」


「…………そうか。――だが、彼女は間違いなくペルだ」

「――――例えそうだとしてもっ!!! 私は認めません……!!」


「……今はそれでも構わない。ペルは必ず僕が取り戻す。だからそれまで彼女を頼んだぞ」


 リトスは忌々し気に下唇をかみ、両拳を固く握り込んで沈黙する。

 魔王はその姿に、困った様にこめかみを揉む。


「まあ、いい。ところでドレスはもう彼女に渡したか」

「いえ。今日はもう遅いので明日の明朝、侍女に取りに来てもらうように言付けました」

「そうか。お前も今日は疲れたろう。明日は忙しくなるだろうからな、ゆっくり休め」

「……はい。では失礼します」


 そう言ってリトスは部屋を後にした。

 魔王は徐に立ち上がり、シーンと静まり返った室内の窓辺に片手を掛け夜空を見上げる。――暗がりの中、淡く光る月華に照らされて魔王の端整な唇が微かに震える。



「――ペルセポネ…………」





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