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 道中、盗賊に襲われる可能性を懸念し、近衛兵は国内でも選りすぐりの実力者を揃えていた。だが心配に反して旅は順調に進んだ。

 国内ではスピラの輿入れに対し、不安の声が多かった。魔王に関する良からぬ噂が町中を飛び交い「悪魔に捕らわれし悲劇の姫君」などという見出しの新聞まで発行される有様だった。その影響か、行く先々で心配してくれる国民に励ましの声を掛けられた。通常なら国中が祝賀ムード一色となって、国内各地で祭りが催されるのだが、嫁ぎ先がテオス王国となれば話は別だ。


 そうして母国を出発してから一月が経った頃。

 一行はようやく国境を守る辺境伯領へと到着した。領内の修道院で一泊し、今は国境のグラミ川へと馬車で向かっている。

「いよいよね。わたくし今まで王土から出た事が無かったから沢山知らない景色を見られて楽しかったわ」

「そうですね。現地の方々とも仲良くお話されてましたよね」

「ええ。やけに心配されてしまったけれど。あの新聞記事を書いた記者に一言言ってやりたい気分だわ」

「まぁ、仕方ないのかもしれませんね。テオス王国に輿入れなんて前代未聞ですし」

「……そうね。これが西のノードゥス王国への輿入れなら、ここまで大事にはなってないわよね」

「そうかもしれませんね。――ところでスピラ様、その膝の上の物って杖ですか」

 ロサは白い布に包まれた三十センチ位の棒に視線を落とす。

「ええ、そうよ。 ただ景色を眺めるだけじゃ飽きてしまうでしょう。今の内に杖に不備が無いかチェックして、万全の体制を整えておくのよ。備えあれば憂いなしって言うじゃない?」

「それはそうかもしれませんけど……。いや、というか魔王と戦う気満々じゃないですか!!」

「それはあちらの出方次第よ。わたくしは平和主義なの。武力行使は最終手段よ」

「平和主義者の台詞じゃありませんよっ! 最後は結局力業じゃないですか!」

「それは致し方ないわ。わたくしはか弱い乙女なのだから、それ位のハンデはあってもいいでしょう」

「スピラ様はお優しい方ですが、か弱くはありません。こないだの模擬戦でフランマさんをこてんぱんにして圧勝した事を忘れたとは言わせません」

「――あ、あれは……仕方なかったのよ。フランマ相手に手加減なんて出来ないもの」


 魔法使いの強さは、基本的に内包する魔力量と属性数で決まる。例えそれ等の面で劣っている者でも、巧みな戦法で相手を攪乱したり、魔法道具を駆使したり、魔力量を上手く制御すれば格上の相手に勝つことも可能だ。大半の魔法使いの属性数は一つ。国家魔道士の場合は二つ以上扱える者が殆どだ。

 スピラは六つある属性の内、水と闇の二つを使いこなす。魔力量は中の上。得意なのは氷魔法。水と闇の複合魔法だ。一方フランマは風と火の属性を扱う。フランマは攻撃力に優れた非常に優秀な国家魔道士だが火は水に弱いので、スピラとは相性が悪い。因みに三つ以上の属性を使いこなす魔法使いは百年に一人、いるかいないかという希少な存在だ。


「あのフランマさんに勝っちゃうなんてびっくりしましたよ」

「相性の問題もあるのだけどね。フランマにとってわたくしは天敵なのよ」


 そんな風に、ロサと懐かしい思い出話をしていると、馬の嘶きと共に馬車の揺れが止まった。どうやら目的地に到着したようだ。――御者が馬車の扉を開く。

 広がった視界の先に待ち構えていたのは、軍服に身を包んだアウィスだ。その背後では国境警備隊がずらりと整列し、敬礼のポーズを取っている。スピラはその姿をちらりと視認し、再びアウィスに視線を戻す。それから彼が差し出す片手にそっと自分の手を重ね、馬車から悠然と降り立つ。舗装されていない荒い道を何時間も揺られっぱなしだったので体のあちこちが痛むが、大勢の臣下の前で無様な姿を晒す訳にはいかない。本当はその場に寝転がって思いっ切り伸びをしたい気分だが、気合で体を支えて平静を装う。


「姫様。長旅お疲れさまでした。あちらに見えるのがグラミ川です」

 アウィスが指差す方へ首を向けると、太陽の光を反射して輝く、エメラルドグリーンの美しい川が視界に飛び込んできた。

「あれがグラミ川……。噂に聞く以上に美しい川ね」

「そうですね。私も実際目にするのは初めてです」

「そう……。あの川の向こうに見えるのが魔王の森ね。川の向こうへは船で渡るのかしら」

「いえ。魔王は国境沿いに魔法防護壁を張り巡らせています。船で渡ったとしても上陸は不可能です」

「まぁ……。ならどうやって入国するの?」

「それに関しては、国王陛下から指示を承っておりますのでご安心を」


 アウィスはスピラの元を離れ部下にてきぱきと指示を出し始めた。荷馬車に積み込まれた花嫁道具や宝石、持参金等を次々と一か所に下ろしていく。

 赤い天鵞絨の敷物が広がるその場所は、綺麗な正方形をしている。敷物を境にして四隅には木製の杭が撃ち込まれ、その杭を辿るようにして赤い紐が巻き付けられている。これから一体何が始まるのか予想も付かないが、これが魔王からの指示なのだろう。


 その様子を興味深く眺めていると、ミーヤを抱いたロサとリリウムがスピラの元へやって来た。

「姫様……これから何が始まるんですか。 どうして荷物を敷物の上に集めているんでしょうか」

「魔王のやる事なんて、わたくしには見当も付かないわ。ロサはどう思う?」

「スピラ様に見当が付かないのに、私が分かる筈ありませんよ」

「そうよね……。でもちょっとわくわくするわよね! 何か面白い事が起きそうで……」

「……スピラ様って本当に前向きですよね。私なんて不安しかありませんよ」

「ここまで来たらもう進むしかないもの。そうよね、ミーヤ?」

「ミャー!」

「凄いです! ミーヤは姫様と息がぴったりなんですね!」


 これからテオス王国へ入国するというのに、緊張感の欠片もない呑気な会話を繰り広げる三人と一匹。そこへ手が空いたアウィスがスピラの許までやって来た。


「姫様。もうすぐ準備が整います」

「ありがとう、アウィス。それでわたくし達はどうすれば良いのかしら」

「準備が整い次第、姫様と侍女のお二方にも、あの囲いの中に入っていただきます」

「え!? わたくし達もあそこへ? ――アウィス、わたくし何だか嫌な予感がしているのだけど」

「私達も詳しい話は聞かされていないのですが……。おそらく囲いの中に何か仕掛けが施されているのかと」

「……でしょうね」

「それと、姫様が囲いの中に入るのは一番最後になるように、とのご命令です」

「……そう。――まぁいいわ。こうなったら前進するのみ。待っていなさい魔王っ!! 主導権は絶対わたくしが握ってやりますから!!」


 逆境に強い質なのか、スピラはあの魔王相手にめらめらと闘志を燃やしている。

 アウィスはその頼もしい姿に引きつり笑いを浮かべる。元気がないよりは良いのだが、元気が有り余って魔王をこてんぱんにしてしまわないか心配になって来た。学院の模擬戦でぼろぼろになったフランマの姿が頭をよぎり、悪寒がした。


「……さ、流石ですね、姫様」

「ええ。こんな事で怯んでいたら二人を守れないもの」

「侍女のお二方ですか? 私はあのお二方に感謝しなくてはなりませんね。どうやったって私は付いて行けませんから……」

「アウィス……」


 アウィスは苦々し気にそう零した。視線を落とせば爪が食い込む程、両拳を強く握り込んでいる。


 アウィスがスピラに出会ったのは八歳の頃。スピラがまだ五歳の頃だった。兄のカエルムに紹介されたあどけない少女は、天使の様に愛らしい姿をしていた。将来は大層な美姫になるだろう、と貴族達が噂するだけの事はった。だが、スピラはその麗しい見目に反して活発で自由奔放、着飾る事よりも魔物図鑑を読む事に熱心な王女らしくない王女だった。幼い頃はそんなスピラに振り回される毎日だったが、成長するにつれ、どんどん魅力的になっていった。気が付いた時には、スピラの事ばかり目で追う様になっていた。

 その気持ちは年月を重ねる毎に強くなっていったが、思いを伝えるつもりはなかった。王女である彼女は、国の為に然るべき相手と結婚する事が決まっているからだ。ノードゥス王国の王子との婚約話が浮上した時は、とうとうこの時が来てしまったと、焦りや悔しさで感情がごちゃ混ぜになった。だが他ならぬスピラが国の為に生きることを望んでいる以上、自分に成す術はない。ノードゥス王国の王子は温厚な性格をしているという噂だし、今のところ国内情勢も安定している。愛のある生活が送れるかは分からないが、ある程度幸せに暮らせるだろう。それならば構わない。離れていてもスピラが幸せでいられるのならば、これ以上何を望めるだろう。この想いには永遠に蓋をして、一生抱えて一人生きていこう。そんな風に思っていたのに……。今になって急に現れた得体のしれない国の国王が、スピラを自分の元から奪い去ろうとしている。しかもその王は、人間嫌いで有名で耳にするのは良からぬ噂ばかり。そんな危険な男の元へ自らの手で送り出さねばならないのかと思うと、堪らなく悔しい。


「姫様……。私は…………」


  アウィスは悔し気に俯き、それっきり言葉を失くしてしまう。

 スピラはアウィスの固く握られた拳にそっと自分の手を重ね、両手で優しく包み込んだ。


「ありがとう。わたくしの事をこんなにも心配してくれて……」


 勿論心配している。だけど伝えたいのはそんな事ではなくて……。今すぐこの手を取って何処か遠くへ奪い去ってしまいたい。本当は誰にも渡したくない。もし、スピラが自分を選んでくれるのならば……


「姫様…………。私は……!! 私は、貴方の事がっ――!!!」



 そう言いかけた時、準備を終えた部下がアウィスの元へ報告に来た。


「カエルラ副師団長! 準備が整いました!」

「……あ、ああ……ご苦労。すぐに行く」


 自分は今何を言うつもりだったのか、と我に返る。スピラは自分を慕ってくれてる。だがその思いは自分がスピラに抱くものとは違う。確認するまでもない事だ。思いを伝えたところで、スピラを困らせてしまうだけだ。


「アウィス。今まで本当にありがとう。貴方に出会えて良かった。――幸せになってね」

「…………スピラ様」

「それから、愛する家族と国民の事をお願いしますね。これがわたくしの最後の願いです」


 優しく握られていたスピラの両手にぐっと力が入る。真っ直ぐにアウィスを見つめるペリドットの瞳は力強く、確固たる意志を宿している。その姿は紛れもなく、この国の王女のものだった。

 ならば自分も臣下として、その想いに応えねばならないだろう。

 ぐっと胸に押し寄せる感情を諫め、敬礼のポーズをとる。


「はっ。お任せください王女殿下。必ずやご期待に添えてみせます!」

「頼みましたよ。……ふふ。何だか久しぶりね。アウィスとこんな畏まったやり取りをするのは」

「言われてみれば……そうですね」

「幼い頃からずっとわたくしの面倒を見てくれていたものね。お兄様のお友達が貴方で本当に良かったわ。お兄様に感謝しなくては」

「それはこちらの台詞ですよ。貴方様に出会えた私は本当に幸せ者です」

「まぁ! お上手ね。わたくしの我儘にいつも付き合ってくれていたのは貴方の方なのに」


 アウィスは許される範囲の精一杯の想いをスピラに伝えた。すると不思議なくらいに、胸のつかえが下りた。まだ少し心は痛むが、これで何とかスピラを送り出せそうだ。


 それから二人は囲いの目の前まで辿り着いた。ロサとリリウムは既に囲いの内側で待機していた。

 くるっと後ろを振り返れば、ずらりと並ぶ国境警備隊と臣下の姿がみえる。その更に後ろには、スピラの姿を一目見ようと集まった領民の姿もある。


 スピラは群衆に向き直り、スーッと息を吸い込む。


「――ここ迄の道程、皆大儀であった。わたくしは今この時をもって、この国の王女の座を去ります。――ですが何処へ行こうとも、家族と国民を想わない日はないでしょう。この身が尽きる最後のその瞬間まで国の行く末を案じ、愛し続ける事でしょう。血の繋がりはなくとも、この国の民は皆例外なく、わたくしの家族です。――わたくしを育んだこの母なる大地と、全ての国民に感謝します」


 すると、スピラの演説に耳を欹てていた群衆から大歓声が起きた。

 その光景の一つ一つを、しっかりと脳裏に焼き付ける。これがおそらくこの国での最後の思い出になるだろうから。

 群衆を眺めながら歓声を一通り聞いた後、踵を返す。――これ以上ここに留まっていたら、この国から離れられなくなってしまう。



 三十センチ位の高さの糸をひょいと跨ぎ、ロサとリリウムの近くへ移動する。

 すると、金色に輝く古代文字がみるみるうちに放射状に伸び、あっという間に魔法陣が浮かび上がる。――囲いの内側が金色の光で包まれ、視界が歪んだと思った次の瞬間――



 ……一行はその場から忽然と姿を消した。

次回から、テオス王国編です。拙い部分だらけかと思いますが、楽しんで頂けると幸いです。

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