映画のようには行かないね
雨の駅前は誰もが急ぎ足で、みんながどこかへ帰って行った。
あたしは帰る場所なんてない。赤いパーカーのフードをかぶってただここにいる。
野良猫でも見つけたら、一緒に歩道橋の下で寝ようかな。そう思っていたけどどこにもいなくて、ただ怪しいものでも見るように通り過ぎて行く、背広姿のおじさんや色とりどりのおばさんの目から、あたしは逃れた。
何もかもがくだらなく見えて仕方がない。現実はなんてつまらないんだ。いつか映画で観た場面が目の前に浮かぶ。雨で灰色の噴水前に、夢のような明るい色の景色が重なる。
「こんにちは、ストレンジャーさん」
優しい男の人の声が、上から話しかけて来た。
「どうして君はそんな傷だらけなの?」
まるで映画の台詞みたい!
あたしは明るい笑顔を上に向けた。
空耳だったのだろうか。そこには誰もいなくて、ただ落ちて来る雨を、あたしは見ただけだった。
誰でもいい。
あたしを飛ばしてくれるなら。
そう思いながら、駅で待っていた。何かを。何かわからないけど、笑顔になれるようなストーリーを。
電車が来ては、去って行った。あたしはその音だけを聞きながら、ただ待っていた。
「ねえ、君。ずっとここにいるみたいだけど」
ようやく話しかけて来てくれる人がいた!
優しい男の人の声だ。
あたしはなるべく嬉しそうな顔にならないよう、振り向いた。
「もしかして、家出?」
お巡りさんの制服を着た、王子様がそこにいた。
「ううん。家出じゃないよ? ただ、暇潰ししてるだけだから……。お巡りさん、よかったら、遊んでくれない?」
「こらっ。大人をからかうんじゃない」
彼はあたしを叱ってくれた、優しい目で。
「とりあえず駅前の交番まで来なさい」
そう言って彼は、彼の仕事場へ、あたしを導いてくれた。
めちゃめちゃな住所を教えた。家に電話はないと嘘をついた。名前は下だけ、本当を教えた。
あったかいミルクコーヒーを彼が淹れてくれた。あたしはそれを両手で包んで飲みながら、
精一杯、彼を困らせた。つまらないことばかり聞く彼に、映画の話を聞かせた。道端で偶然に出会った男女が、不思議な運命に導かれるように、ドラマチックで美しい夜に辿り着く、その空にあった、美しい月のことを。
ふいに彼がペンを走らせる手を止め、あたしをまっすぐに見た。
堅苦しい帽子の下で、綺麗な目が一瞬、温かい色を浮かべた。
彼が言った。
「映画のようには行かないね」
そんなことない。あたし今、映画の中にいるみたい。