第2部-10話「扉の先」
新しい戦闘用の衣服に身を包み、かちりと白銀のアームガードのベルトを留める。見た目は父から貰い受けた聖騎士の白い衣装の上に白銀の鎧を取り付けたものだ。一見重そうに見えるが、闇の国原産の特殊な魔物素材で作られている故に軽く丈夫だ。先の戦いで破れた個所を補修したが特殊な素材故に直すことができずに所々、太ももの内側や脇のあたりの肌が露出しているが、逆に動きやすく気に入っている。
ベルトに鞘に納めた剣を刺し、左の髪に留めているクラースから貰った髪飾りを確かめる。全大精霊から貰った魔鉱石をはめ込んだそれは魔力を含んでいるからか僅かに温かい。最近ロサとアウィス以外の大精霊と話をしていないが元気だろうか。各国の混乱に忙殺されていないだろうか。
ココン。
特殊な扉を叩く音が聞こえてくる。これは彼が自分から「俺が来たことが分かるように」という理由で変なノックの仕方になった。
「入っていいよ。クラース」
このノックの音を聞くといつも笑いそうになるのだが、それを押し殺しながら入室の許可をする。一呼吸あってから、扉がゆっくりと開き、片手をあげたクラースがはにかみながら「よう」と声を掛けて来た。彼の衣服を見て「へぇ」と感嘆の声を上げてしまった。すると彼は後ろ手に扉を閉じながら自分の両手を開きながら首を傾げた。
「変か?」
「ん?いいや、似合ってるよ」
手放しに誉めると、クラースは照れ臭そうに頬を掻く。
紺色のぴったりとした服の上に、同じ色の詰襟で後ろが短く前の部分も円を描くように短い丈夫な上着、ズボンは淡い水色でその上に意匠の施された黒い足鎧付きで太ももまで隠れるほどのブーツを履いている。腰には茶色の革製のベルトが腰に巻かれ、最近使っている剣を腰に差している。
「アウローラもよく似合ってるよ」
「あら、ありがとう」
笑顔で返すと思っていた反応とは違ったのかクラースは苦笑いを浮かばて、短いコートの裾を掴んだ。
「にしても、ウェリタスの奴よくもまぁ全員分の戦闘服を作ったもんだよ。吃驚したぜ」
「確かに」
軽く笑いながら私も衣服を見た。
闇の国に行ったウェリタスは、女性が戦闘で着れるような衣服、そして動きやすい戦闘服を作ることができないかと闇の国の他に国にはない魔物が素材として使えるということに着目した。元々魔物の死体は人間達とは構造が異なり、魔力の乖離がしやすく命を落とすと死骸は魔力乖離をおこし消滅したり、魔力密度の高い骨だけ残ったりすることが多い。なので、加工には向かないのだ。しかしながら闇の国だけは違う。闇の国は大昔特に“原初の厄災”の汚染が進んでいたこともあり、現在も魔物が多くその魔物が魔力乖離をおこしにくいという特性を有している。そこで闇の国の住民たちは、その魔物をどうにか加工して武具にできないか試行錯誤して、他の国にはない技術を確立させた。
他の布にはない肌触りもあってか“インスピレーションが沸いた“とウェリタスは一人で全員分の戦闘服を作り上げたのだ。ちなみに他の皆の戦闘服はというと・・・
ルミノークスは黒を基調とした膝丈のダークブルーのドレスに金刺繍で、立て襟、長袖である。
フロースはそれの色違いであるが、純白ではなく乳白色で、青いリボンがあしらわれている。
ノヴァは裏地が黒の白いロングコートに白ズボン、肩には青いマントが付いている。
インベルはノヴァのコートに似た白いシャツに、灰色のベスト、夜明けの空のようなローブを上に羽織っている。
アウィスは裏地が金色の上着に、黒いベスト、白いスラックス。
レウィスは全身黒とダークブルーで、所々に金色の意匠が組み込まれている。
そして作った当人はというと、以前着ていた全身黒の服装であった。それについて聞くと、彼はこれが着言っているんだよねと笑いながら言っていた。確かに、その服は彼によく似合っていた。
ふと、もしミールスがここにいたのならばどんな服をウェリタスは描いたのだろうと思い描く。彼女ならば、どんな服も似合っていただろうに。
「・・・ミールスの事はもう平気か?」
ふとクラースがそう問いかけて来た。私の遠い視線が気になったのだろう。私は小さく微笑んで、自分の指に視線を落とした。
「ん。まだ、少し悲しいけれど、それより、彼女が守った物を守らなければっていう気持ちしかないや」
私は彼女に命を救われた。あの日、正直言って手も足も出せなかったから命を落としていたのに違いない。
守られたのならが、守られた責務を果たさなければならない。彼女が守りたかったもの、それを守らなければならないのだ。指を見つめていると突然、首に濡れた感触が当たり「ひゃ!」と声を出してしまう。
吐息と後ろに感じるクラースに気配にまさかと驚き、びくりと体が跳ねる。顔に熱がたまる様な感覚と共に湧き上がってくる自分の声の羞恥心に振り返って抗議しようとしたが、途端に後ろから手が伸びて来て抱きすくめられた。彼の手は、僅かに震えている。
「・・・お願いがある。アウローラ」
震える彼に抗議の声など出せるはずもなく「ん?」と優しく声をかける。肩にあるクラースの頭を撫でると、彼は絞り出すような声で、言った。
「これから先、俺の傍から離れないでくれ」
「・・・」
返事ができなかった。祈る様なその声に、生半可な返事などできないと思ったからだ。私が黙っていると、彼は続ける。
「お前は頑張り屋だから。何でも完璧を追い求めようとする。そういう所が、お前のいい所であるし俺が好きなところの一つだ。だけどよ。俺のいないところで傷つこうとするのは、やめてくれ」
「・・・うん。わかった。約束する」
「ちゃんと守れよ」
「破らないから、クラースも私がいないところで頑張らないでね」
クラースの事は大切だ。これが恋愛感情なのか、幼馴染故の親愛なのかは分からない。でも、彼を失いたくないという感情は何の名前もない、ただ純粋な感情だ。暫くその格好のまま黙っていたのだが、沈黙に耐え切れずに口を開く。
「クラースとの約束増えたね」
「ん?」
一体何のことだと僅かに離れたクラースは首をかしげる。まさか忘れているのかと眉を寄せてしまう。
「え?だってあの約束まだ有効だよね?ほら、惚れる惚れさせるってやつ。まだ決着ついて無くない?」
あれはどちらかが恋愛感情として好きになったらという話だったはずだ。私は正直まだ分からないし、よく見る恋愛物語のような感情は私にはない。大切であるのは確かであるが。それに、クラースだって私の事は大切に思ってくれているのは確かだが恋愛的に好きなのかもわからない。もしかしたら、私が知らない間でフロースとの仲が発展しているのかもしれないし。ここが続編の世界であるならば、その可能性も十分あり得るはずだ。
「・・・はぁぁああぁぁぁぁ」
余りに大きなため息と共に、クラースはこちらに背を向けて頭を抱えた。一体なんだというのだと慌ててクラースの背に問いかける。
「え?え!?何その呆れた顔とため息は!!」
何か呆れさせることを言ったのだろうかと何度も声をかけるが、彼は小さな声で呟く。
「・・・いやほんと、届いてねー」
「はぁ?」
「つか、誰も届いてねー・・・俺含め可哀想だわ全員」
「説明してよ!意味わからないのだけれど!?」
全員とはいったい誰の事で、何が届いていないというのだろう。
はっ、と私は気が付く。もしかして、既にフロースの相手は決まりつつあってそれを私は察していないということなのだろうか。そうであったのなら大変である。いつの間にか私が彼等の恋路を邪魔していたということになってしまうのではないか。それはいけない。ここは精神年齢的に最年長である私が気遣ってやらなければいけないだろう。
考え巡らせている私に表情を呆れ顔でクラースが見ていることに気が付く。何か“また変な事考えているな”と言わんばかりの表情を浮かべているクラース。
突如、扉をノックする音が聞こえた。
「おい。アウローラ、準備できたか?」
「あ、フォリウ先生。今開けます」
クラースから離れ、扉を開くと小さな体がこちらを見上げていた。いつもの姿であるが、学校にいた頃よりもどこか表情が柔らかい様な気がする。学校の時は気を張っていなのだろう。
「先生はよしてくれ。今は休業中だぞ。敬称は不要だぞ」
「あー・・・わかりました」
今まで先生と言っていた分どこか違和感があるが、頷かなければ話が進まなそうなので頷いておく。すると、部屋の中を覗いたフォリウが「クラースもいるのか」と呟き、私と彼の顔を交互に見てふっと笑う。
「婚約者だものな」
一体何のことだと思ったが、すぐさまフォリウがあらぬことを邪推していることに気が付き顔が赤くなる。
「違いますから!!」
「否定せずともいいぞ。よく書物で見る」
「なっ、なんて本読んでいるのですか!」
「恋愛ものはいいぞ。純愛でも横恋慕も、素晴らしいぞ。一番は肉体的―」
「いいから!!ほら!呼びに来たのは皆の準備ができたからでしょう!」
「むぅ・・・そうだが、まぁ、いいか。ほら行くぞ」
熱くなった顔を手で扇いでいると後ろからクラースが「何の話をしてたんだ?」と尋ねてくるので、答えを言えずに廊下を歩くフォリウの背中を追った。道中クラースが何の話をしていたのかを聞いてきたが、適当に濁したりして問答しているとフォリウが面白そうに喉を鳴らしながら笑った。
彼女は私をからかっているのだろう。
少しだだけ腹立たしかったが、肩の力は抜けた。いつの間にか、目的地の近くに着いた。
「アウローラ!」
廊下の奥、銀で作られた重苦しい扉の前に笑顔で立っている好青年はインベルだ。その傍らにはアウィスが下り、彼も小さく手を上げた。私は彼等に駆け寄ると、まずは服の感想を述べる。
「うん、2人とも似合っているね」
「ありがとう。アウローラも似合っているよ。ね、アウィス」
「あぁ。よく似合っている」
「えへへ。ありがとう」
「あ、クラース。フォリウさんも」
「おーっす。インベル、アウィス。他の皆は?」
「皆中に入っている。転送陣の用意も出来ている様だ」
「ということは、私達で最後?」
「そうだね。ほら、早く行こう」
インベルは私達を急かす。時間に猶予があまりない今、早く行くことが懸命だろう。扉を開こうとするインベルを見つめた後、ふと後ろを振り返る。
この扉がある場所は王城の奥。地図がなければ到底辿り着くことができない入り組んだ廊下の先にある1階の奥で、王族以外の立ち入りが禁止されている場所だ。なので人の気配などない。それほどまでに重要な場所なのだ。
重い扉が開く音が聞こえ、そちらに振り返ると薄暗い部屋の中、ロサとトルンクスを含む皆がそこにいた。皆準備はすでに終えているらしく、転送陣の説明をロサから聞いていたようだ。
「アウローラ様!」
「わ!お似合いですわ!」
私に気が付いたフロースとルミノークスが笑顔で駆け寄ってくると、口々に私の服装を褒めてくる。その二人が可愛らしく、彼女等の頭を撫でながら「2人も似合っている」と笑顔で言うと、彼女等は頬を染めて照れていた。
「ごめんロサ。説明の邪魔をしてしまった?」
『いいや構わないよ。説明と言っても、これを転送陣に乗せて門をくぐるだけだからね』
トルンクスが持っている巻物のようなそれを指さすと、トルンクスはひらひらとそれを振った。そんなぞんざいに扱っていい物だろうかと疑問だ。フロースとルミノークスの服に一言を終えると、ノヴァもレウィスも似合っていると言ってくれた。
「いや、ほんと、最近アタシの才能が怖く成って来たわぁ」
皆の服装を舐めるように見ていたウェリタスが満足げに頷き「いやほんとウェリタス凄いよ」と私が手放しでほめると、体をくねらせて喜んでいた。口々に彼に礼を言うと、更に彼は体をくねらせたがロサの咳払いに、世間話は終了する。
『さて、精霊教会に君達を招待する。詳しい精霊教会の説明は・・・行ってからの方がいいし、もっと詳しい人がいるから。その人に任せるよ。じゃあ、さっさと行ってしまおう!トルンクス、召喚状を置いて』
「はいはーい!おっきまーす」
あまりにも軽い口調に気が抜けてしまうが、召喚状を転送陣に置いた瞬間に空気がピリッと変わった。召喚状から青白い光が放たれ、それが天井まで伸びるとまるで光の板のように留まった。
『その召喚状にはここを通る人の名が記されている。なのでここにかかれた人以外は通ることができない仕組みだよ。だけど開いている時間は5分だけだから、フォリウ、先導して』
「はい。ほら皆。いくぞ」
フォリウが先導し、扉の近くにいた人から順に入っていく。私は後ろの方にいるので最後ら辺になるだろう。すると、私の後ろにロサが立ち、何度も確かめるように地面を踏んでいる。何をしているのだろうと思っていると、何処かロサの姿に違和感を覚え、すぐにその正体に気が付いた。
「あれ?ロサ、実体化している?」
『ん?実体化、というか、仮の肉体を形成した感じかな?あの扉、大精霊の体で通ると変に魔力を吸収して酔っぱらったみたいになってしまうんだよね』
「へぇー」
不便な事もあったものだと思っていると私の順になり、意を決して扉をくぐる。ピリリとした体の表面に電気が走ったような感覚だったが、驚いたのは、扉をくぐった瞬間目の前の景色が変わったことだ。
転送陣というと、良く想像するのはどこか異空間のようなものを歩き目的地に着くというものだ。だが、これは違う。抜けたらすぐに景色が違う。
扉とは、よく言ったものだ。
ロサがこちらに抜けた瞬間扉は音もなく消えてしまう。だがそれよりも、目の前の現実に圧倒された。
「ここが、精霊教会・・・」
思わず声が出てしまう。
―精霊教会
いつ造られたのか、教主は誰なのか一切不明の教会でありながらそれを調べる人間はおらず、精霊教会自身が発行した教書が数冊ある程度しか書物はない。その教書の中で教会の人間の生活様式は言及されているが、それでも必要最低限の内容しか記載されていないという徹底ぶりである。更に不思議な事に、精霊教会はどこにあるか分からないという。必要な時に召喚状を各国に設置されている精霊教会直通の転送陣に置き、それが転送されるという仕組みだ。どの国の長も、精霊教会の本部には言ったことがないとすら言われている不思議の塊。
私が知り得ているのは、それくらいだ。そんな精霊教会が今、目の前にある。その大きさと美しさに呆然と立ち尽くしている。
六角形の形をした教会はつなぎ目など見当たらない白磁の壁に赤、青、緑、黄、乳白色、黒の意匠が組み込まれ、その大きさは数十メートルにも及ぶ。それを中心にアーチ状のこちらもまた白磁の外廊下が並ぶ。その教会の大きさから恐らく教会の中に全ての設備が整っているのだろう。1つの建物が都市の役割を担っているのだろうか。
「後ろ、海なのか」
アウィスすらもこの精霊教会は初めてらしく、後ろを振り返り驚いた声を出す。その声を聞き周囲を見渡すと、周辺に山や丘といった類が見当たらない。もしかしてと思いロサを見る。
『お察しの通りここは海の中心だよ。全大陸の内海の中心』
世界の大陸はほぼ陸続きのドーナツ型であり、大陸外側の海を外海、大陸内側の海を(うちうみ)と呼称している。外海に関しては船舶の往来がないのだが、内海は魔物が少ない理由もあって船舶の往来が激しい。
「もしかして交易路で中心が外れているのはこういう理由ですの?」
ロサが頷いた。
どういうことなのだろうかと首をかしげていたが、ルミノークスとフロースが説明をしてくれた。
どうやら内海を航海する際は如何なる船も届け出が必要であり、更には航海路が定められているらしい。風の魔法と水の魔法でそのルートから外れることがないようになっているという。本来対角線上の国に行く際は内海の中心をとおる方が数日違うのだが、どのような理由でも中心を船で渡ることは禁止されている様だ。
「何故秘密にしているのかしら?精霊教会があるので通れませんってお触れを出せばいいのではないの?」
ルミノークスとフロースの口ぶりから内海の中心をとおることができない理由を明かされていないのだろう。ウェリタスの疑問はもっともである。するとロサは『それはー』と説明しようとした瞬間「主様!!!!」という高い男性の声が響き渡った。その声は美しい男性の声ながら声量が凄く、耳が痛くなってしまうほどだ。
思わず耳を摩っていると、教会本部の方から勢いよく走ってくる人影が見えた。その姿を見てロサが表情を明るくするが、ものの数十秒程度で結構な距離を走って来た人影はロサに向かって飛び蹴りをしたのだ。ロサは咄嗟の事に避けることができずに倒れ込み、それを踏み台にして人影はくるりと空を舞うと音もなく地面に足をついた。
美しい法衣に施されている金糸の紋章から精霊教会の中でもかなり高位だということが伺える。法衣から覗く白い細身のパンツにも白い僅かにヒールのある白い革ブーツにも一切染みがない。美しい白い肌は荒れたところなど一つもなく、エメラルドグリーンの瞳はそれこそエメラルドをそのままはめ込んだ様な美しさだ。腰までの瞳より淡い色の髪は真っ直ぐ大地に向かい、絹糸のような艶やかさだ。絵画から出てきた人物と言っても、誰も疑うことはないだろうと思えるほどの美青年である。
大精霊に蹴りを入れた美青年は笑顔のまま、実体化しているロサの両頬を引っ張る。
「この一大事に、どこ、ほっつき、歩いていたのですか?主様?言い訳をお聞かせ願いますか?」
『ちょ、ちょっと待って!!事情、事情話すから!ほらほら!お客様!』
ロサの言葉にやっとで気が付いた彼は美しい瞳をこちらに向ける。全員の顔を順に見つめる。その時、僅かに驚いたような表情を浮かべるが、すぐに服に付いた土を払うと柔らかな笑みを浮かべて恭しく頭を下げる。
「これは、聖女御一行様。私、この精霊教会の纏め役をさせていただいておりますヴェントスです。精霊教会にて母なる大精霊マーテル様と父なる大精霊パテル様の代弁者、大司祭を勤めさせて頂いております」
笑顔のまま「以後お見知りおき」と顔を上げた彼の顔はロサによく似ていた。




