第2部ー2話「発見」
赤い外套が見つかったという話を父から聞いたのは買い物を終えた夕方の事だった。
ノヴァとインベル、フロースは先に帰宅しクラースに送って貰ったときに玄関先でアルスお父様に声を掛けられた。「話がある」という真剣な面むちで言うもので私達も身構えてしまう。そのままアルスお父様の書斎へ向かい中に入るとそこにはミールスが待っていた。戻ってくるのはまだ先だと思っていたために喜び半分驚き半分で思わず「どうしたの!?」と声を出してしまった。というのも、もしかしたら何か悪い所が見つかってその報告の為とか離職するために戻って来たのではないかと不安になったのだ。私がミールスへ駆け寄ると、私の心配を察したのか彼女は微笑みかけてくれる。
「お久しぶりです。アウローラお嬢様。検査の結果別段悪い所などありませんので、教会の方が気を使っていただいて早めに帰宅の許可をして頂いたのです」
そういうミールスの顔色は以前よりも遥かにいいように見える。教会の人間に見てもらう以前顔色は蒼白で、痛みを堪えているようだった。元気になったとはいえ、病み上がりである。私は彼女の腕に触れて下から見上げる。
「本当?無理しないでね?」
「えぇ。もちろんですとも」
彼女は笑顔を浮かべるが、その表情にどことなく違和感を抱く。本当に彼女は大丈夫なのだろうかという不安が段々と大きくなっていく。背後から黒い何かが忍び寄ってくるような寒気に、彼女の裾を掴む手を強める。
「・・・?本当に大丈夫?」
再度尋ねると、彼女は「勿論ですよ」と頷く。心の内を読もうと表情を観察するが、それはアルス咳払いにて中断される。そして「アウローラ」と父の声ではなく、騎士宿舎で幾度なく聞いたことのある低い仕事の声で名前を呼んだ。ミールスから手を離して、反射のように姿勢を正す。背筋を伸ばして腰で手を組む。
「2人を呼んだのは、皆の報告に会った“原初の厄災”を名乗る赤い外套の人物の行方が掴めたのだ」
お父様の言葉に身乗り出すのを抑えて「本当!?」と聞き返した。お父様は頷き、クラースが「で、奴はどこに!?」と性急に尋ねる。
数年間音沙汰なく、目立った厄災の被害も魔物の被害もない。そんな中よく見つかったものだと思うと同時に、やっとで決着をつけられると気合が入る。赤い外套が本当に“原初の厄災”であるなら、奴を倒せは全てが終わる。だがそれ以上に、今もまだ苦しんでいるステルラとウェール、死んでいった人々の無念を晴らせることに全身の毛が逆立つようだ。そんな私達の気迫を感じ取ったのかお父様は宥めるようにして「まぁ落ち着いてくれ」と手を動かす
「先日首都から離れた光の国の辺境当たりの村から、周辺の魔物の数が多いという声があってな。遠征部隊が村に暫く駐屯し様子を見たのだが、どうも魔物は人を襲わず、ただ何かを守っているようにこちらを追い立てるばかりで様子がおかしいようだったんだ。そこで良く調べてみると、村の守護魔法ぎりぎりにある畑から魔物は作物を盗んでいく様子があった。後をつけると、それほど遠くない廃村へと消えて行った。廃村に何かあるとみて皆は廃村へ調査したのだが、魔物の猛攻に遭い被害が出たので撤退したのだ。その際魔物の群れの奥に赤い外套を身に纏った人物が立っていたそうだ」
この世界の大陸は完全な陸続きではないが地図にするとほぼドーナツ型になっている。そんな大きな大陸はたった6つの国にしか分かれておらず、国ごとの国土はほぼ同等だ。なので1国がかなり広い。国の中心辺りに首都があるのだが、首都以外にも勿論農村や地方都市が存在し、首都以外の防衛は国から防御魔法を使える人間を派遣し常駐、地方都市には騎士の役割を持つ伯爵と交易を担う男爵が共同で領主となっている。なぜ2家が共同で地方を治めているのかというと、大昔は一つの家が管理していたが王家の目が届きにくいことから高額な税の徴収などしていたためそれを防ぐ意味合いもある。地方貴族となるにはある程度首都で勤め上げ、年数を経たねば任されることはないため名誉な事なのだ。
ちなみにドーナツの穴の部分、内海の中心には人工島である精霊教会本部と母なる大精霊マーテル、父なる大精霊パテルに通じる扉がある禁足地がある。
人が住んでいる村は先程の通り貴族や騎士が常駐するために何かあれば分かるだろう。だが、廃村は滅多に見て回ることもない。隠れ場所にするには最適な場所だろう。
「魔物を従える赤い外套・・・」
「間違いないな。あんな派手な服着て魔物と一緒にいるんだしよ」
派手という言葉にそう言えばと私は赤い外套の姿を思い出す。奴は何故あの様な赤い外套を羽織っているのだろうか。そしてあの様な目立つ格好をしていれば何か目立った記述が王城の記録などに残されていてもいいはずだというのに、赤い外套が行方をくらませている間調べたが何も出てくることはなかった。
だが、それはいくら考えても思いつかない。それよりもとお父様に私は尋ねる。
「騎士団の被害は?」
「重傷を負ったが命に別状はない。現在近隣の地方都市で治療中だ」
私はそれを聞いて胸を撫で下ろす。赤い外套と直接戦いはしたが、あまりその時の様子は思い出せないためどれほど強いかは分からない。だが図書室前での戦いを思い出すにかなり強かったはずだ。もしかしたら誰かが命を落としてしまったのかもしれないと思ってしまったのだが、命に別条がなくてよかった。
―しかし、赤い外套は何故廃村におり魔物は作物を奪っていったのだろうか。魔物は人間の食べ物を食べないというのに。その廃村はどのような場所なのか。
「でも、どうしてそんなところに?廃村ってどんなところなのですか?」
尋ねるとお父様は最近の忙しさで僅かに伸びた顎髭を撫でながら眉を寄せる。
「私も詳しくは知らんが・・・何分私が産まれるよりはるか昔に廃村になったらしいからな。記録を見ると、村民同士の付き合いが密な農村だったらしい。森に囲まれているため閉鎖的だったらしいが、巡回していた騎士の報告によると皆助け合って目立って豊かではないが貧しくもなかったそうだ。そして、精霊信仰が強かったらしい」
「強い・・・ですか・・・」
精霊信仰が強いのは世界全体がそうだ。以前の世界、というよりも日本という国は神という存在は信じるが信仰と呼べる信仰は無かった。高位の存在を信じ、その存在に感謝するという行為もこの世界に来てから触れたものだ。私にしては世界の人々は信仰が強いと思っているのだが、それ以上に村人たちは精霊を愛し、祈りを捧げていたのだという。
ちなみにこの世界のおいて主な宗教は精霊信仰である。まぁ以前の世界では神という存在は目で見えていなかったために信仰が薄れてしまうのも分かるが、精霊は目で見えるし時折アウィスのように人と密につながることもある。なので他の信仰が芽生えることがなかったのだろう。神話の中にある神様を祀ったものも世界には存在しないため、全ての人々は創造主達である母なる大精霊マーテルと父なる大精霊パテルを信仰している様だ。世の中には、反聖女団体や反精霊団体もいるようだが、これらは精霊以外を信仰しているというわけではなく、世界が厄災にて滅びるなら自然に任せるべきだという破滅願望を持った者らやただ単にこの二つの存在が気に入らないからという結論に至る。昔私の愛しい友人達を襲った者達もこの団体に所属しており、現在は教会が身柄を拘束しているのだという。
しかし何でまた精霊信仰が一般的以上に強いのだろうか。その地で何かがあったのかと思ったのだが、お父様が手招きし机の上に広げた地図を見せてくれても何も分からなかった。
村の場所は中心にある光の国首都から西に行った先で、首都から見て右側の隣国である風の国にほど近い場所だ。アウィスから教えてもらった魔力の流れが強い場所ではないようだ。
「村民全体的に魔力が高い所為か“それは我等が精霊様達に愛されているからだ”と主張し、母なる大精霊マーテルと父なる大精霊パテルを模したご神体と呼んでいる物へ祈りを毎日村人総出で祈りを捧げていたらしい」
村人全員魔力が高いとはすごく本当に精霊に愛されているようであるのだが、どことなく狂気を感じて思わず顔を顰める。
「なんというか、少し怖いですね」
私の言葉にお父様も頷いた。
「当時の騎士もそのような印象を受けたらしく、あまり長居せずに離れたと書いていた。他にも村にそぐわない大きな平屋の屋敷のようなものがあったとか様々書いているが、まぁそれはいいだろう。廃村になった年代は分からないが、理由は判明した。“厄災”が現れ一夜にして滅ぼし、すぐさま到着した聖女たった一人に斃されたと記載されていた」
「それは・・・早いですね」
クラースの言葉に私も頷く。
「確かにね。事前に当時の聖女はその場所に厄災が降り立つと知っていたとか?」
「それは分からない。だが、全記録の中でこの“厄災”が一番早く斃されている」
「つーことは、魔力が高くても魔法が使えなかったとかですか?」
「いいや。当時の騎士の記録では皆宮廷魔法士レベルの魔法を使えたようだ」
「・・・一夜で魔力指数が高く宮廷魔法士レベルの村人を全員殺してしまうような厄災なのに、すぐに聖女が倒したというの・・・?」
当時の聖女が仮に歴代最強で強かったとする。だとしても、宮廷魔法士レベルの人々が束になって叶わなかった厄災にたった一人で敵うのだろうか。以前目を通した聖女の記録を思い出すが、廃村の場所にある記録は全く見ていない。特筆すべきではないと当時の聖女が判断したのか、それとも何か別の理由があって記録されなかったのだろうか。謎が深まるばかりだと考え込んでしまう。
「話を戻すが、赤い外套がその場にとどまっている今、君達に正式に仕事をお願いしたい」
お父様の言葉で現実に引き戻される。
「俺達に赤い外套の討伐を任せると?」
まだ騎士学校に通っている学生であるが、騎士団からその人に見合った仕事を依頼されることもある。本来ならば地方都市巡回の手伝いや物資配達などなのだが、討伐依頼も稀にある。赤い外套は世界レベルで対応しなければならないような強敵であるが、聖騎士である私と仲間たちならば大丈夫だと王城の方も太鼓判を押してくれたのだろう。大きな依頼と赤い外套を斃せるということに気が入る。
「そういうことだ。だが、君達だけというわけではない。もちろん騎士団も戦闘に参加する。騎士団は周辺の魔物の掃討をし、赤い外套を君達に任せたいということだ」
「リベンジだな」
「そうね。えぇ、その仕事お受けいたしますわ」
真っ直ぐに私が答えると、お父様は真剣な面むちで頷く。
「頼む。ルミノークス嬢達は申し訳ないが外れてもらうことになっている。こちらは既にレウィスとウェリタスに手紙で伝達済みだ」
「それは・・・仕方ねぇな」
「そうだね」
彼女は今闇の国復興で忙しいだろうし、聖女の力を失った彼女を赤い外套が真っ先に殺そうとしてしまうかもしれない。もちろん聖女の力なくしても彼女は同年代の子達よりも遥かに強いのだが万が一ということもある。それに完全に聖女の力が無くなってしまったことに対し吹っ切れたというわけでもない様であるし。厄災相手の戦いに彼女を撒き込むのは得策ではない。
ということは、自然とレウィスとウェリタスもこの戦いに参加しないということだろう。2人にはルミノークスの護衛に専念してもらいたいのでそれでいいと思うのだが、2人には嫌な役回りをお願いしてしまったことに胸を痛める。もしルミノークスだけがこの戦いを知らずにいたことを知ってしまったら、何があっても私が最初に謝らなければ。
「なので、君達二人、インベル殿下、ノヴァ殿下、フロース嬢、アウィス、そして、ミールスも参加してもらうことになっている」
思っていた人達と最後に思いもしなかった人の名前が呼ばれて私とクラースは隣になっているミールスの顔を「え!?」と声を合わせて見た。すると彼女は何も気にしていないように涼しい顔で一歩離れた場所で立っている。
「だ、大丈夫なの?」
「大丈夫です。御心配には及びません」
思わず彼女に尋ねると、軽く笑みを浮かべながら頷く。だがクラースは首を傾げた。
「でもよ、使用人を連れていくのってどうなんだ?」
クラースの言葉に少しばかりむっとした表情を浮かべたミールスは腕を組んでくんっと顎を上げて胸を張る。
「クラース様も私の後方支援の実力は知っておいででしょうに」
「いや、そうだけどよぉ」
ミールスは元光の大精霊であり、その力の一部を引き継いで転生しただけあって魔法の扱いはかなりの物だ。攻撃魔法は見たことがないが、回復魔法は昔何度もお世話になったし、騎士団の後方支援部隊の回復魔法士よりも傷の直りが早く魔法の発動も早い。後方支援が増えることはとてもありがたいのだが、それでも彼女を戦いに巻き込んでしまっていいのだろうかと不安になる。お父様からも何か言ってくれと視線で訴えかけるが、彼は諦めてくれというように瞳を伏せて首を左右に振る。
「・・・ミールスの希望だ」
ちらりとミールスを見る。彼女の表情から固い決意が見えて、私はため息をつく。
「・・・なら、しょうがないかな」
説得を諦めた私に「アウローラ!」とクラースが吠える。クラースもミールスが頑固な事は知っているだろうとため息混じりに言う。
「クラース。諦めて。もしここで私がダメだと言っても貴女は引かないのでしょう?」
私の言葉にミールスはどことなく嬉しそうに頷き「よくご存じで」と笑みを深くする。ミールスは私専属の従者であり、私の命令は聞いてくれるのだが、これだけは譲れないという部分だけは決して首を縦に振ってくれない。だが、ミールスがこのように我を通すときは何か理由があってのことで、ただの我儘や気分などでこのように意固地にならない。この戦闘に参加するのも何か理由があっての事なのだろうと分かるが、どことなくどろりとした嫌な予感が付きまとい、彼女へ念を押す。
「でも、これだけは約束して。無理はしないって」
「はい」
「守りたいものに、貴女も含まれているんだからね」
「・・・はい」
ふとミールスの笑顔が悲し気に歪んだ気がした。何かを言わなければという衝動に駆られて口を開きかけた時お父様が同時に言葉を発し、何を言おうとしたのか忘れてしまった。
「話は纏まったか?急だが作戦の結構は明後日だ。アウィスはこれから用を終えて戻ると聞いているので、まず彼に話をしてくれ。私はこれから王城にて手順を確認する」
「了解いたしました」
クラースがお父様に敬礼し、私も本来は騎士の敬礼をするべきなのだろうが、この場所はプラティヌム伯爵邸であり私は伯爵令嬢。身に着けているドレスの裾を持ち上げて恭しく頭を下げた。
「いってらっしゃいませ。お父様」
去り際にお父様は私の頭を軽く撫でて「いってくる」と静かに呟き部屋を出ていった。重い足音がだんだん遠ざかっているのを確認し、息をつく。するとミールスが「アウローラお嬢様」と呼ぶので彼女を見た。
「では、私も少し準備をしてこなければ。夕刻には業務に戻ります」
「うん」
「失礼いたします」
慌ただしくミールスは部屋を退出し、気配が遠くなっていく。一気に静かになり二人きりになった部屋に沈黙が流れ、窓の外からは鳥の鳴き声が聞こえてくる。ややあってクラースが口を開いた。
「・・・いいのか?」
きっとミールスの事だろう。私が彼女の事を大切想っていることはクラースも知っている。私がミールスの正体を知った時に、今まで彼女は戦ってきたのだから今度はのんびりとした人生を送ってもらいたいと思っていることも知っている。全てを含めての“いいのか?”なのだろう。いいわけないが、良いと言うしかない。
「それしかないと思うわ。だって、ミールスそんなに説得してもわかりましたと言わない雰囲気だったもの」
「そうだな。でも何で急に?」
「うーん・・・わからない」
確かに最近のミールスはどこかおかしい。何か焦っている様なのだが、どこか遠くを見ていることもある。今の私には彼女が何を思っているのか全く見当がつかない。それはクラースも同じであるようで、頭の上で手を組む。
「だよなぁ。っと、作戦は明後日だろう?ならノヴァ達との話し合いは明日しねぇとだめだな。王城とクリュスタルス男爵家に行って話通してくる。アウィスにはアウローラから伝えておいてくれ」
「・・・うん」
2人が出ていった扉を見つめている私の不安に気が付いたのか、優しく肩を叩かれた。
「気負うな。俺達がいる」
クラースの言葉に私は顔を上げる。すっかり大人になった彼を見つめて、私は笑顔を浮かべた。
「ありがとう」
「おう」
くしゃりとクラースは笑い、手を振りながら「またあとで」と部屋を出ていった。
部屋に沈黙が流れる。私は机に開きっぱなしの地図に触れて、それをなぞって先程話をしていた廃村の場所で指を止める。
「ゲームに続編がある事は知っているけれど、それを知る前に私は死んでしまった。事前情報で知っていたことが役に立つかは分からないし。ミールスがどうして参加するのかも分からない。分からないことだらけだ・・・ちゃんと、倒せるかな・・・」
2年前の一連の事件がヒストリアシリーズ2作目の物語であった。以前私はそれを完全ではないものの大まかなストーリーhプレイしていたので先回りをすることができていた。だが今回はどうだ。3作目ができる前に私は死んでしまったので、知っているのはゲーム雑誌に書かれていた事前情報のみで大体のあらすじしか知らない。それに今この世界はあの物語から外れてしまっているために何が起こるか分からない。
「ううん。ちゃんと頑張らなきゃ。この戦いが終わったら、きっと、私が望んだ未来に手が届くはずだ」
“原初の厄災”がいなくなれば、世界に平和が訪れる。そうすれば皆が笑い合う世界になるはずだ。
あらすじしか知らなくても、前作を知っていればおおよそ予測はたてられる。それに私には仲間がいる。きっと大丈夫だと心の中で何度も唱え、不安を無くしていく。
まずは目の前にある事をやらなければ。
アウィスに事情を話そうと、私は意気込んで部屋を後にした。




