第2部-1話「穏やかな日」
2部開始しました。
衝撃で私の体が空に飛ばされて草原に背中から落ちていく。空で身を翻し、風の魔法でクッションを作って怪我をすることは防いだが、悔しさから起き上がらずに晴れ渡った空を見上げた。「あーもう!」と声を上げて両手で顔を覆う。
現在私がいるのはプラティヌム伯爵邸のすぐそばにあるいつも訓練をしている小さな草原広がる広場。玄関前の庭園を抜けて屋敷のすぐそばにある場所で、風の魔力で服を乾かす所謂乾燥機の魔法具が開発されるまではここで使用人たちが服やシーツを干していたのだという。それほど小ぢんまりとした場所なのだが、防御魔法を使えば屋敷に被害は及ばないし、剣の稽古や魔法の練習をするのに広さは申し分ない。さらに日当たり良好なので疲れた時に寝そべっても気持ちがいい。まぁ今の気持ちはかなり沈んでいるのだが。
パタパタと誰かが駆け寄ってくる音が聞こえてきて頭上から「大丈夫?」と心配そうに声を掛けてきたのはプルヌス先生だ。私は起き上がらずに逆光で暗くなっている彼の黒い仮面を見つめて小さくため息をつく。
「どうして、上手くいかないんでしょう?」
私の質問にプルヌス先生は顎と思われる場所に指をあてて首を傾げてしまう。
「何でだろうね・・・体に異常もないんだけど、魔力を集めるタイプの攻撃魔法は暴発しちゃうね」
「以前は普通に使えていたんですけれど・・・」
2年前、赤い外套と対峙したとき以来私は魔力を集めることが不得意になってしまった。というか、なぜか暴発してしまうのだ。魔力を集める魔法は、錬成、攻撃、防御の3つで私の属性である風と水が得意な分野ではないものの普通ならば使えるはずなのに爆発する。それが判明したのは騎士学校入学して1年後の実技試験だ。魔法を使って相手を倒すというものだったのだが、水の攻撃魔法を使おうとした瞬間その水が爆発し試験場に穴が開いたのだ。健康診断や魔法研究所にて検査をしたものの体に異常はないということで皆一様に首を傾げたのだが、数か月の様々な検査後判明したのは、魔力を集めるまではいいものの一つの形にする力が強すぎるためにそれに魔力が耐え切れず爆発するということが判明した。原因も理由も分からないが、そういうことらしい。話を聞いてもいまいちピンとこなかったが、例えるなら泥団子を作るときに柔らかい状態のまま思いっきり握ろうとしてぐしゃりと潰れるという感じらしい。
取り敢えずこれは何度もやって加減を覚えるしかないということで、騎士学校に説明し私は魔力収束系魔法の実技試験は免除となった。魔力を何かに流して使用する魔法は今まで通りに使えるため普段の授業はさほど影響はないのだが、まだフロースの聖騎士であるために早くこの助教を脱したい。
「闇の聖女が力を失ったからというわけでもないと思うけれど、もう少しそっちの方も考えてみようかな」
考え耽っているプルヌス先生が呟く。
そう、今闇の国へ留学兼復興の手伝いをしているルミノークスなのだが、闇の大精霊と契約後聖女の魔法は全く使えなくなってしまったらしい。レウィスの手紙では最初はショックを受けていたらしいがすぐに立ち直り、聖女の力なくても手伝えることはあると頑張っているらしい。彼女の人柄もあってか聖女の魔法を使えなくても彼女こそ聖女だと闇の国では言われているらしい。本人も誰かの為に役に立てることは嬉しく、闇の大精霊との関係も良好、国の人々も良くしてくれると嬉々として手紙で語っていた。ウェリタスからの報告では、聖女の魔法を失ってからは闇の国に滞在中彼女の命を狙う者もなく、何事も無いらしい。彼も、どうしてルミノークスから聖女の力が失われてしまったのかは全く見当もつかないらしい。彼曰く、徐々に使えなくなったわけではなくある日突然使えなくなった、昨日までは使えていたのに。と書かれていた。
ゲームと違う未来となったから何か強制力のようなものが働いているのかと思い彼女の身に危険がないようにレウィスとウェリタスにはそれとなく伝えている。とはいえ、四六時中闇の大精霊と共に行動しているのだから大丈夫だと思うが。
暫くぼうっと空を見上げていると、プルヌス先生が私の手を掴んで立ち上がらせてくれた。
「考えても分からないことは分からない。取り敢えず、今できる事をしようか」
「・・・そうですね。できれば暴発だけはしないようにしないと。フロース達に迷惑をかけてしまいます。いつ赤い外套が現れるか分からないし」
「そうだね」
赤い外套は2年前から目撃情報が一切出ない。その事件後に騎士団と宮廷魔法士、全国すべてに連絡をして総動員して探したというのに全く持って見つからなかった。一部では精霊教会が隠匿しているのではという声をあげる者もいたのだが、それは精霊教会の教徒たちによって否定され、今は精霊教会を疑うものは誰もいない。だが、それにしても赤い外套は一体どこに行ったのか誰も見ていないとはどういうことなのだろうか。これほど騒ぎを起こしていた赤い外套が沈黙していることが気味悪くてしょうがない。
「それより愛弟子アウローラ。長期休みだというのに遊びに行かなくていいの?」
「大丈夫です。プルヌス先生がお忙しくない期間の午前中はなるべくプルヌス先生と稽古すると最初にお約束していたので。それにプルヌス先生との授業はやはり楽しいですから」
「そうか」
黒い仮面越しで表情は分からないが声音から笑みを浮かべていることが分かる。私の頭を優しく撫でると、プルヌス先生は「おほん」とわざとらしく咳をしてポケットから綺麗にラッピングされた小箱を取り出した。明らかにプレゼントだということが分かるそれをまじまじと見つめると、私へと差し出してきた。
「そろそろ18歳。成人だろう?だから、プレゼント」
「え、あ、ありがとうございます!!開けてもいいですか!?」
プルヌス先生から貰う初めてのプレゼントに胸が高鳴る。彼が頷くのを見て私は早速黄色いリボンを解き、ブルーグレーの小箱を開ける。そこには、白く楕円形の貝殻ののようなものがヘッドとして付いた白銀のネックレスであった。それを手に取りヘッドを火に翳すと赤、緑、黄、青、黒、白と輝く。綺麗であるが、私が触れてもいい物なのかという不安に駆られる。
「それは」
プルヌス先生がそのヘッドに触れる。愛しい物に触れる様な手つきに思わず見とれてしまう。
「大切なものなんだ。だから、大切な子に贈りたくて」
「でも・・・本当にいいんですか?」
もっと別に私以外に今後ずっと大切にしたい人ができた時に渡すべきではないのだろかと思えるほどに彼は愛しそうに触れている。プルヌス先生は首を左右に振ると、私の頭を撫でる。その手つきは、先程ペンダントに触れていたのと同じであった。
「いいんだ。これは僕が綺麗だと思ったものだから、綺麗な子にあげたかったんだ」
何という口説き文句だろうか。というよりも、彼は全く無自覚に行っているのだろか。
段々と顔が熱くなってくるのを感じて、彼から顔を背ける。すると私が持っていたペンダントを彼が取ると、私にそれを付けてくれた。私の首元に光るそれを彼は満足そうにして頷くと上機嫌に言う。
「あぁ、やっぱりとっても似合うね」
甘い声にぐらりとしてしまいなぜかとてもいけないことをしているような気分になり一歩、彼から離れて俯く。
「あ、ありがとうございます」
言葉の尻はとても小さくなってしまった。ちらりと上目遣いに彼を見ると、嬉しそうにこちらを見て何度も指を組直している。どうしよう、何か言った方がいいのだろうかと落ち着きなく視線を彷徨わせていると彼が何かを言いかけた。だがその直後、玄関の方から誰かの気配と「アウローラ?」という声が聞こえてくる。
「クラース!」
声から彼だということが分かり、助かったと彼の名を呼んだ。すると私の居場所がすぐわかったようで走ってくる音が聞こえて来た。
「ここだったか!迎えに来たぞ」
屋敷の影から顔を出して笑顔でこちらに手を振ってくる。幼さが無くなりすっかり美男子へと変貌した彼は、白シャツに紺のダークグレーのウエストコート、首元にクラヴァット、黒い品のあるコートを身に纏い、白いスラックスに茶色い編み上げブーツ。これが彼の普段の格好なのだがいつ見ても彼以上にこの格好が似あう人はいないだろう。そして身長もここ数年でかなり伸びており、すっかり私の背を越えて頭一つ分以上離れてしまっている。少しばかり悔しいが、こればっかりはしょうがない。
「っと、プルヌス先生。お久しぶりです」
「久しぶりだねアルゲント伯爵家の御子息。元気そうで何よりだ」
「えぇ。お陰様で」
笑顔で応対しているクラースの姿を見て、彼もすっかり大人になったなと感慨深くなってしまう。
「ったく、ミールスがいないとどこにいるかすぐわかんねぇな」
私の感慨も他所に先程までの大人の対応はどこに行ったのか、いつもの口調で文句を言う。
「しょうがないよ。定期健診に数日行っているんだもの」
「まだ体の具合悪いのか?」
「ううん。もう平気って言ってたよ。でも念のため定期的に来てくださいって言われたって」
「そうか。教会ってのはすげぇな。そう言うのも見てくれんのかー」
ミールスは半年前に一度倒れたのだ。彼女は仕事を沢山していたために過労なのかと思ったのだが、治療院で幾ら検査をしても体に異常は見当たらないということだった。皆首を捻るばかりだったのだが、ある日教会の使者が私の家にやってきて「原因に心当たりがある」と言ってミールスを検査したのだ。2人きりにしてください、と言われてどのような治療を行ったのかは知らないが、その人の治療をしてからというのも以前のミールスと変わりなく体調が戻ったようだった。だが、定期的に視たいということで光の国の教会支部へと数日間定期健診の為に泊まり込みで言っているのだ。
確かに働きすぎだと私達も反省し、彼女の仕事をなるべく他の使用人たちにも分担するように言ったのだが、ミールスはいつもの通りでいいですと仕事量を元に戻したのだ。私も説得したのだが、彼女は頑として首を縦に振ってくれなかった。
「そろそろ行かなくていいのかい?ほら、今日は皆と一緒に1週間後の成人式で身に着けるものやら階に行くって言っていなかった?そのために迎えに来たのだろう?」
「っとそうでした。アウローラ、フロース達も待ってるから早く行こうぜ」
「もう皆来てるの?」
「インベルを研究所から引っ張り出すの苦労するかと思って早めにノヴァ、フロース、アウィスと合流したんだよ。だけどまぁ蓋を開けて見りゃ、準備万端のインベルが研究室の椅子に座って待っていやがったよ。アイツなんて言ったと思う?遅かったね、だぜ。いつも待たせるくせによ」
インベルだけが魔法専攻に行き、現在トップの成績をキープしている。おかげもあってか魔法専門学校別棟に彼自身の研究室を持つことになったのだが、研究室に籠ることが多くなり、誰かが来訪しても気が付かないこともある。酷いときには研究室の中にお風呂やキッチンがあるとはいえ、1週間人と会わなかったりしたこともあったそうだ。
ノヴァが遊びに行ってノックをしても研究に夢中で気が付かず、かなり激しい喧嘩になり別棟の一部が破壊されたという事件があった。その後2人で直したようなのだが、王族2人が先生に怒られている姿と肩を落としながら建物を直している姿を見れなかったのは残念である。
そんな彼だが、今日の事は結構楽しみにしていることがクラースの言葉からよくわかる。まぁそれもそのはずだ。この世界では18歳に成人として認められて大人としての権利を獲得する。その1週間後の成人式には、ルミノークス、レウィス、ウェリタスも帰ってくるのだ。インベルも皆が久しぶりに集合するのが楽しみなのだろう。なら、早めに行かなければいけないなと私はプルヌス先生へと振り返る。
「じゃあ先生。今日はありがとうございました」
「うん。いい一日を」
ひらりとプルヌス先生が手を振り、クラースが会釈する。彼が曲がり角の向こう側へと消えるとプルヌス先生が「アウローラ」と声を掛ける。何だろうと思い振り返ると、彼が何か言いたげに僅かに俯いているがすぐに顔を上げた。
「アウローラ。おめでとう」
一瞬何のことか分からず固まってしまうが、きっと成人の事を言っているのだろう。とはいえ、だ、成人式を迎えても私の誕生日はまだ少し先の話だ。私は笑顔で手を振って「ありがとうございます」と答えてクラースの後を追う。走ってクラースの元へと辿り着くと、彼が首を傾げる。
「先生なんだって?」
「ん?成人おめでとう、だってさ」
「ふーん。ん?アウローラ、そんなネックレス持ってたっけ?」
クラースが私の首元を指さす。そこにあるのは先程プルヌス先生から貰ったネックレスだ。私はふふんと得意げに笑い胸を張る。
「いいでしょ。プルヌス先生に貰ったんだ」
「えーまじかよ。あの人、アウローラに凄い甘いよなぁ」
「そらそうよ。だって私はプルヌス先生の一番弟子なんだから」
「そうだよな、でも―」
クラースが何かを言いかけて口元を抑える。一体なんだというのだと歩きながらクラースの顔を覗き込むが彼はそっぽを向いてしまう。それを繰り返しているうちにクラースが根負けしてため息をつく。
「なんつーか。それ以上の感情がある様な気がするんだよなぁ」
「何それ以上って?」
「アウローラに惚れてるとか?」
何処か真剣に言う彼の言葉に一瞬私は間が空いたのちに、お腹を抱えて笑う。目を丸くするクラースを他所に一頻り笑った私は涙を拭いながら言う。
「それはないない。ないよそんなの。だって歳離れているし。ま、だとしても私はプルヌス先生のこと師匠として好き以外ないけどね」
「そうか」
ほっとしたようにクラースが呟く。
確かに私はプルヌス先生に大切にされていることはよくわかる。いつだって考えてくれていることも分かるが、恐らくそれは恋愛的な物ではないことは分かる。だが、端から見ればそのように見えてしまうということに気付かせられ、これからは気を付けなければいけないと思う。はっと私はペンダントに触れておずおずとクラースへと尋ねる。
「やっぱり、他の男の人から貰ったアクセサリー身に着けるのはまずい?」
私の言葉にクラースはふっと笑い頭を苦シャリと撫でて来た。
「そこまで俺は心が狭くねぇよ」
「そう」
胸を撫で下ろしてネックレスから手を離す。なぜかこのネックレスは肌身離さず持っていなければならないと思ってしまっていたので、彼がそう言ってくれてよかった。クラースが私の頭から手を離し「話が変わるんだが」と眉を寄せる。
「アウィスも成人式行ってもいいのか?ほらアイツ一応留学してるって体だったろ?
「大丈夫大丈夫。カエルム兄様に聞いたけれど、成人式って言っても名前呼ばれるとかそういうではなくパーティ的な物らしいから。入口で名前を確認する時に認識阻害かけて入ればあとは問題ないよ」
「ならよかった。いつどこで何があるか分かんねぇからな。なるべくなら一緒に行動したいしな」
クラースも赤い外套がまだ見つかっていないことを知っている。赤い外套が狙うならば私達の可能性が高いと王城側が判断し、情報を教えてくれるためだ。赤い外套が光の国の中に張って来ていたことも踏まえ、何が起こるか分からないとアウィスも一緒に行動することが最近多い。成人式も本来ならアウィスは出席しなくてもいいのだが、人が集まる場所は特に狙われやすいために出席するという方向へと話になったのだ。
アウィスも早く赤い外套を捕らえたいという気持ちが高いために二つ返事で了承してくれた。
話しているうちに玄関へと辿り着くと、私は「着替えてくる」と足早に自室へと戻っていく。部屋の中にはミールスがいないが、畏まったドレスでなければ一人で着れる。ターコイズブルーを基調とした動きやすいが素朴でもないドレスを身に着けて鏡の前でチェックする。
すっかりドレスを身に着けることに抵抗が無くなったものだと思うが、いつ見てもアウローラの顔立ちは綺麗なおかげだろうと思いため息をつく。以前の自分の顔が嫌いではなかったが、このようなドレスが似合うような顔立ちではない。本当にアウローラの顔で良かったと改めて思たっところで部屋から出る。すると、ミールスよりも少し歴の長い青髪の使用人が驚いた顔をする。
「お一人で着替えたのですか?」
「えーあー・・・」
「もう!言ってくださいよ!アウローラ様がお一人で着替えたのを知ったらミールスに怒られるのは私達なんですから!」
「うーごめんごめん」
謝ると彼女はふっと笑い私のドレスの細かいところを直していく。やはり手際がいいと見惚れていると、彼女は微笑み姿勢を正す。
「これでよろしいですよ。いつも通りお綺麗です。では行ってらっしゃいませ、よい一日を」
「うん!ありがとう!」
足早に廊下を歩き出した後、あ、と思い出して振り返って手を振る。
「私が一人で着替えたことお互い内緒にしててね!」
「えぇ。内緒ですよ」
青髪の使用人は口元に人差し指を当ててウィンクをする。私は思わず笑みをこぼして手をもう一度大きく振って廊下を早足で駆けていく。そして階段を降りると玄関前が少し騒がしい。もしかしてと駆け足で寄ると、玄関前には4人の人影があった。クラース、ノヴァ、フロース、アウィスだ。私はそれに駆け寄っていく。
「お待たせ!」
私がそういうと口々に皆が出迎えの言葉を言う。そして、私達は城下町へ買い物出かけて行った。他愛もない話をしながら。
これが、最後の穏やかな日であった。




