第1部-64話「鼓動」
前世の学校のようなタイルの床ではなく、大理石のようなもので造られた廊下を私は歩いて行く。私の制服の胸ポケットには赤い一輪の花が挿されている。薔薇に似たその花には、大振りな白いリボンが結ばれている。これは前生きていた世界でもあったような卒業式の花だ。このように、私の世界と同じようなところがあると頬が緩んでしまいそうになる。あぁ、懐かしいと。
その懐かしさに駆られると、未練がないとはきっぱりと言い切れないのだと自覚する。まぁ確かに。やりたかったことはあった。ゲームの続編もやりたかったし、何より弟にお礼を言いたかった。
もし、アウローラの姿で彼に会ったらどんな反応をするだろうか。笑うだろうか、羨ましがるだろうか、それとも泣いてくれるだろうか。そんなことを想像しながら夕暮れの校舎を歩いて行くと、私達が勉強してきた教室へと辿り着く。
修了式、1年間の基礎学習を終了したという式典は今日の午前中に終わり、あと数時間ほどで修了式パーティーが開かれる。それは貴族ではない学生たちも集まるために着飾る必要がなく、制服の為準備がないのが楽だ。
数日後には今度は主に学びたいものを専攻し、その学校へと通う。そこは身分とかそういうものの優劣も何もない、学力及び実力至上主義の世界。どんなことになるのか、胸が高鳴る。
教室へと入ると、そこに先客がいて驚く。
「ロサ?」
私の声に反応したロサがこちらに振り返るが、逆光で顔は見えない。するとロサの影からひょっこりと誰かが顔を出した。それはフォリウであった。彼女は私へと軽く手を上げると、ロサの方へと向き直り頭を下げる。そして、こちらへと近づいてくる。すれ違いざまに彼女は私の肩に手を置いて、珍しく笑みを浮かべる。
「おめでとう。頑張れ」
「え、は、はい!」
笑顔を浮かべ前を見た直後、彼女の横顔は空を睨むような表情へと変わったように見えたのだが、気のせいだろうか。足音無く去っていくフォリウの背中を見つめていると『アウローラ』と名前を呼ばれて振り返る。そして、ロサを見つめその姿にあれ?と違和感を抱く。それが何なのか分からずにまじまじと見つめ、何となくと口を開いた。
「あれ?ロサ、なんかでかくなった?」
ロサの見た目は他の大精霊よりも遥かに幼い印象があるのだが、今ここにいるロサは以前よりも大人びているような気がするのだ。近づいて背を比べるとそれは確信になる。
「あ、やっぱり。え?大精霊って成長するの?」
『あはは。わえはちょっと特別でね。それよりも、どうしてここに?』
軽く流されてしまったが、私は特に深堀せずにロサの問いに答える。
「もうこの校舎とはさようならだし、最後に見ておこうと思ってね」
『そう。うん。いいね、そういうの』
「ロサはどうしてここに?」
『さっきのフォリウって子と知り合いでね。いくつか預かってもらっていた物を返した貰ったんだ。あの子結構忙しいからこっちから会いに行かないとダメなんだよ』
そういってロサは私の手を掴んで、その掌に何かを置いた。それを私に見せないように握らせる。
『これあげる。アウローラに持っていて欲しい』
「え?あ、りがとう?」
『うん』
そう言って微笑むロサがどこか悲し気である。何か言いたそうに私の事を見つめて、私の拳を握る手に力がこもってくる。痛くはないが、何かを我慢しているようにも感じた。どうしたのだろうと首を傾げると、ロサは口を開いた。
『・・・最悪の事態が起こった時、君はきっと今まで以上に悲しい現実と対面する。だけれど、どうか君の心が折れずに前に進んでいくように』
「ロサ?」
今にも泣いてしまいそうなロサの顔に手を伸ばそうとした瞬間、ロサの体が蜃気楼のように揺らぐ。驚いて手を引こうと思ったが、息を呑んでもう一度手を伸ばした。今度は感触があり、そこにロサはいる。ロサが消えてしまいそうな嫌な予感がしたが、それは杞憂だったのかもしれない。
甘えるようにしてロサは私の手にすりよると笑顔を浮かべ、風となって消えた。
ロサの気配が消えた教室は一気に静かになったような気がして、寂しさが支配する。それにしても、ロサの様子がおかしかったのはどうしたのだろうか。何か、思いつめていないといいけれど。
「え?」
ロサに握らせられたものを見て、思わず声を上げてしまう。
「どうして・・・どうしてこれがここにあるの・・・?」
私の手の中には、1つのお守りがあった。赤いお守り袋で作られ白い紐で二重叶結びがされたその表にはひらがなで“おまもり”と、その裏には家の近くにあった神社の名前が刺繍されていた。それらは明らかに日本語で、この世界の文字ではない。触ってみると中には何やら固いものが入っている様なのだが、開く気にはなれない。
一体どういうことなのか混乱して、黙ってその手の中にある物を見つめてしまう。
「アウローラ?」
後ろから声がして振り返ると、そこにはクラースが立っていた。慌ててお守りを隠して、彼に笑顔を向ける。すると彼は眉を眉間に寄せて「何か隠さなかったか?」と疑いの眼差しを向けてくる。隠してもしょうがないが、何となく隠しておきたくて私は首を左右に振った。腑に落ちないような表情で彼は教室の中に入って、おもむろに席に座る。そこはいつもみんなと一緒に座っていた席だ。
「早いもんだなぁ」
感慨深く言うクラースの横に私は腰掛けて「そうだね」と同意する。
「数日後には、闇の大精霊と契約したルミノークスは闇の国に、レウィスもウェリタスも行っちゃうんだもんなぁ」
「ウェリタスは意外だったね」
「確かに。まぁでも、闇の国に公爵家の親類が多いから納得の人選かもしれねぇけどな」
ルミノークスはあの後闇の大精霊と契約し、留学という形で闇の国の復興の手伝いをすることとなった。勿論お付きであるレウィスはついていく。ウェリタスは公爵家の闇の国に多いことから、国王陛下直々にルミノークスの護衛兼闇の国復興の手伝いをするように命じたらしい。彼は元々闇の国にある魔物の素材加工の独自技術には興味があったようでかなり喜んでいたのだが、どうも私達を着せ替え人形にすることを気に入っていたようで、それができなくなることを嘆いていた。留学中は闇の大精霊とルミノークスを着せ替え人形にすると妥協していたのだが、その時の二人の表情が引きつっていて忘れられない。
ちなみにルミノークスが留学するにあたって、レウィスを聖女の騎士補佐として私が任命した。彼の実力と私達と犯人を探し当てた功績もあり特に反対の声も上がらずすんなりと話が通った。任命の儀は補佐の為ないのだが、新しく彼の為に剣を作りそれを渡した時には感動のあまり彼は泣き出してしまった。さらにそれを見て我がことのように喜んでいたルミノークスも泣き出してしまい、大変なことになったのだ。
「インベルは魔法専攻だっけ?」
「そうだぜ。てっきりフロースも魔法専攻するかと思いきや、インベル以外全員騎士専攻だよな」
ぼそりと「フロースの理由は明らかだけど」と呟いていたのだが、私には全く分からなかった。
インベルは剣術も習いたいが、先に魔法を極めたいということで魔法専攻となった。彼だけが魔法専攻となったのだが、今の明るい彼ならばきっと大丈夫だろう。
「そう言えばさっきファンス様に会ったんだけどよ。ウェールの奴徐々に回復していっているんだと」
「そうなんだ」
ウェールの事は許せないけれど、彼もいわば被害者である。恐らく世界は彼の事を赦さず、彼もこれからその罪の重さに押しつぶされそうにもなるだろう。だが、ふと考えてしまう。私がゲームの内容を全て知っていたのならば、救えた命があったのかもしれない。いや、あったのだろう。そう思うと、私が本当にこの世界に来てよかったのだろうか、私よりも知識のある人がこの世界に来るべきだったのではないかと考えてしまう。
だが、そんなことを言うと怒られるんだろうな。
ちらりとクラースの顔を見ると、彼は「ん?」と笑顔を向けてくる。なぜだがその笑顔を見つめていられなくて視線を逸らすと慌てて口を開く。
「そ、そういえば、お爺様の様子はどうだった?学園長を無理矢理押し付けられて疲れていなかった?」
「疲れてはいねぇけど、愚痴はさんざん言ってたぜ」
ウェールの後釜はお爺様に決まった。と言っても、彼が立候補したわけではなく国王陛下から任命されたのだ。
王城へ招集をかけられたお爺様は嫌な予感がして逃亡したのだが、ウェリタス以外の公爵家も総動員してお爺様を捕獲。王城へと引きずって連れてこられただ一言「学園長に任命する」と告げられ、断ろうとしたのだが断り切れずに結局押し付けられたらしい。自由を愛するお爺様にとって一つの場所に縛られることは嫌なので、あの手この手で任命された後も逃げようとしている様なのだが、昔からの知己である国王陛下はお爺様の何枚も上手で回り込まれてしまうそうだ。
「早く後釜見つけるぞって意気込んでたぜ」
「あはは。お爺様らしい」
お爺様ならすぐ見つけられそうなのだが、一番の難関である国王陛下に気に入られるという所まで来れるかどうかが難しそうだ。だがまあ、国王陛下はお爺様の見る目はかっているのでお爺様が選んだ人間ならば大丈夫だろうと丸投げしそうな気もしないでもないが。
私は、夕暮れの赤で染まっていく教室へと視線を向ける。
私が望んだ未来、ルミノークスが生きていて、誰も死なずに皆がそこにいる未来は今ここにある。確かに私は最初に望んだ未来は掴み取った。だが、掴んだ感触がないのはなんだろう。
赤い外套の事も、厄災の事も、分からないことだらけだろうか。どこか胸の奥で今この時間は、何か大きなものの序章に過ぎないという不安がある。続編があるということは、他に大きな事件がある事を意味しているのだからその不安は確信に様なものに変わろうとしている。
私は続編をやっていない。
今私が掴んだものをこれから先の未来で取りこぼさずに掴んだままでいられるのだろうか。今が望んだものであるがゆえに不安が渦巻いていく。
ポケットの中に入れたお守りを服の上から触れるが、不安は拭えない。
「どうした?」
「え、いや・・・その・・・」
続編の事は皆に言っていない。まさか何も分からないまま一連の事件が終わるとは思っても見なかったし、私が知らない物語があるという事を皆に話をして不安をあおらない方がいいと思ったからだ。言いたいことを飲み込み、ただ一言彼に言う。
「ちょっと、不安になっただけ。赤い外套も情報ないし、厄災もこれで終わりなのかなって」
思わず弱音を吐いてしまい、自分らしくないとクラースの方へお退けようとしたときふと頭に何かが乗せられた。その温かさから彼の手であるということが分かる。
「なぁに弱気になってんだよ。俺達がいるじゃねぇか」
彼の言葉に一気に不安が消えて行く。
あぁそうだ。私にはクラースが、皆がいる。きっと、皆と一緒ならどうにかなる。
きっと、大丈夫だ。
私は頬を緩ませて、彼へ顔を向ける。
「ん。ありがとう。そうだね。きっと、大丈夫だ」
「おうよ」
歯を見せて笑う彼に安堵からか私は笑みが零れる。2人きりの教室で笑いあった後、ふとそう言えばと私は彼に尋ねる。
「フロースは、誰を選んだんだろう?」
「・・・は?」
「あ、いや。私が知っている物語だと、フロースは誰かと両思いになってて。騎士としては私が選ばれたけれど、フロースの想い人は誰なのかな?クラース知ってる?」
私の問い掛けにクラースは呆れたようにため息を漏らし、頬付けをつく。
「・・・わかってないのかお前」
「え?ん~・・・?」
クラースの口ぶりからだともしかしたら私が知らないだけで誰かと恋仲になっているのかもしれない。顎に指をあてて考える。
ウェリタスはたぶん違うだろうし、レウィスはルミノークスが好き。だとしたら、インベルかアウィスかノヴァかクラース。アウィスにこの前それとなく聞いたときは「聖女の能力としては優秀であると感じている」と恋人に対する評価とは思えない言い方であった。インベルはどちらかというとフロースの事は良き友人として思っている節があるし、それよりも魔法学の方の知識を付けたい風だった。ノヴァは、最初の頃よりも2人の仲は和らいだものの激しくはないが口喧嘩を割としている。ペアを組むとかなり相性が良く、ずっと一緒にいたようにお互いの呼吸が合っているのだがそれが終わると「あの時の支援は何ですか!?」「君ももう少し後ろに下がることを覚えた方がいい」などと言い争いをしてそれを私達が止めていることが多い。
「え!もしかしてクラー、っいて!!」
消去法で彼かもしれないと驚き詰め寄った直後クラースから額を軽く叩かれる。だが不意打ちのその痛みは本来のそれよりも痛く感じてしまい、額を押さえたまま静かに悶える。涙目でクラースを睨み付けると、彼はため息混じりに腕を組む。
「そう言うと思ったわこのアホ」
「でも」
「いいか、よく聞けよ」
クラースは私の両頬を摘まむとそれを引っ張る。
地味に痛い。
「俺は、お前以外と結婚するつもりはない」
頬を摘まんでいた指が離れる。
彼の言葉が理解できなくて、私は呆けて彼の顔を見る。
「つか、お前こそどうなんだよ」
「わ、私?」
「そうだよ。だって、ほら、お前の周りには色々いるじゃねぇか」
先程の言葉を飲み込む前にクラースに聞かれて頬を摩りながら呟く。
「・・・考えたこともなかった」
視線を伏せて、自分の指を見る。
この世界でも結婚指輪という概念があって、貴族たる私もいつかは薬指に指輪をはめるだろう。
「私は、ずっとクラースと結婚すると思ってたし。もしクラースがフロースを選ぶなら、私は誰とも結婚しないつもり・・・で・・・」
そこまで口に出して、ん?と自分で言ったことを心の中でもう一度繰り返す。私が言葉の意味に気が付きそうになって、ぶわっと顔が熱くなっていく。恐る恐るクラースの顔を伺うと、彼も、目を丸くして顔を赤く染めていた。そんな表情を私は今まで見たことがなかった。
「ちょっと待って!その、これは!だって、そうじゃない!?私はずっとクラースの婚約者だし、クラース以外考えたこともないし、クラースの傍が一番安心するし一緒にいて楽しいし、君と笑っていた未来が一番とか思っているし。確かにノヴァとか皆魅力的だしかっこいいけれど、やっぱりクラースが一番で・・・あれ?ちょっと待って!!変なこと言ってない私。ごめんちょっと頭冷やしてくる!!」
このままここにいれば何か口走ってしまいそうで逃げるようにして椅子から立ち上がろうとするが、その腕をクラースに掴まれる。顔の熱が引かずに、汗が頬を伝っているがそれを拭うことができないほど体が固まっている。彼の掴んだ手は振り払えば解けるほどに柔らかで優しい。だけれど、私にはそれを振り払うことなどできなかった。
「・・・それ、どういう意味?」
優しく甘い声が後ろから聞こえて振り返る。
夕日で照らされた彼の顔は、綺麗でかっこいい。
心臓の音が耳の奥から聞こえてくるほどに大きく脈打つ。恋愛経験皆無であった私にとっては、今この空間は逃げたしたくなるほどに恥ずかしい。
真剣なクラースの視線から目を逸らすことができずに、何を言えばいいのか分からずに視線を彷徨わせる。
「わ、私は・・・」
何かを言いかけた瞬間、突如として後ろから誰かが飛びついてくる衝動があり思わず倒れそうになった。
「フロース!?」
素っ頓狂な声を上げたのはクラースだ。
私の腰に腕を回してしがみつくようにして抱き着くフロースへと私は驚きの視線を向けると、彼女は何やら不機嫌そうな表情で頬を膨らませている。まるで小動物のようなその顔が何だか可愛らしくて、膨らませている頬を指でつつき笑うとフロースはちらりと私を一瞥してから顔を隠すようにして私の服に顔を埋めた。
一体どうしたというのだと首を傾げると、後ろからノヴァとインベルがのんびりと歩いて来た。
「フロース突然走り出したら危ないよ」
「あれ?アウローラとクラースじゃないか!探したよ」
更にルミノークス、レウィス、ウェリタス、アウィスも現れて、先程まで静真理還っていた教室が一気に騒がしくなる。どうやら私の事を皆は探してくれていたらしい。そう言えばとこの場所に来ることを誰にも伝えていなかったことをを思い出した。
「ごめんね。言うの忘れてた」
「もう居なくて驚いたわよ。さぁて、そろそろ会場に行きましょ!今日は沢山食べるわよぉ!!」
「あれ?ウェリタス様、最近太ったとか言ってなかったっすか?」
「うっ・・・今日は特別よ!」
「異国の料理もあるそうですわ。楽しみですわね!」
「ルミノークス。一応この式典では闇の国の方もいらっしゃるから、あまりはしゃがないようにね」
「・・・インベル様ってわたくしの事幼い子供と勘違いしていらっしゃる?」
「インベルの指摘はごもっともだとも。今日は落ち着いてくれ給えよ」
「ノヴァ様まで・・・」
「他国の料理は気になるな」
「良かったら解説するわよ」
「それは助かる。ウェリタス、頼むぞ」
皆で話をしていると、すすっとノヴァが輪から外れて私達の方へとにやけ顔で近づいてくる。
「邪魔して悪かったね」
「なっ!!」
もしかして聞かれていたのかと私の顔は再び熱くなっていく。黙っているフロースの方へと視線を向けると未だ不機嫌そうに、今度はノヴァを睨んでいた。一体どうしたのだろうと「どうしたの?」と彼女へ問いかけ、頭を撫でると彼女は嬉しそうに顔を緩めてやっとで私から離れて嬉しそうに笑う。だが、どことなくその表情は悲しそうに見えた。フロースは私の手を握ると、もう教室から出ようとしているウェリタス達の背を指さした。
「置いて行かれますよ。行きましょう!」
「う、うん」
いつになく強引なフロースに引かれて教室から出ようとする。後ろを振り返るとクラースと目が合って、顔が熱くなる。だが、平静を装い笑顔を作って手を振る。
「2人とも先行ってるね」
「あぁ」
「では、また会場で会おう」
ノヴァも手を振り返してくれて段々と鼓動が落ち着いていく。
私は何を言おうとしていたのだろう。何を言ってしまう所だったのだろう。
彼の言葉が頭の中で木霊する。
“俺は、お前以外と結婚するつもりはない”
自分の気持ちはまだ分からない。だって、恋愛とかしたことがなかったんだもの。
でも一つだけわかる。
あの言葉は、とても、嬉しかった。
1部はこれで終了となります。
ありがとうございました。
65話からの2部もよろしくお願いいたします。




