第1部-61話「あなたの手を」
「何故、何故ここにいる!?私は、まだ何もしていない!」
狼狽えているウェール学園長、いいえ、ウェールへステルラは近づいていく。学園生活中に私が見て来た、何処か怯えている様な姿は無い。だが、その表情は悲し気なものである。
「うん。私がここにいるのは、大精霊様にお願いしたからなの」
一歩彼女がウェールへ近づくたびに、彼は後ろに後退る。狼狽えていたその表情は次第に幽霊でも見たような恐怖を孕んだものへと変わっていく。近づいても離れるだけと悟ったステルラは胸の前で祈るようにして手を組んで立ち止まる。そして、訴えかけるようにして口を開いた。
「私は闇の大精霊になった時、あの日来ていただいた教会の女性に大精霊に何を願うかを話したわ。私の願いはたった一つ。魂が循環し、もう一度この世界に生を受けた貴方に会って、恋をして、最期まで寄り添いたいだった。それが叶わなくても、貴方が幸せにしている姿が見れればいい、そう願ったの。私、大精霊としての力が強かったから少し無茶な事でもお願いできたのよ」
「君は!今の私と共に居るのは嫌だったのか・・・?」
ステルラの言葉に震える声でウェールは問う。泣き出しそうな悲し気な色を含んだ声音に、目線を下に向けていたステルラが顔を上げて「違う!そんなことない!」と首を振って、瞳からはらはらと涙が零れ落ちていく。
「叶うなら、貴方と添い遂げたかった。だけど、私以外の候補がとある商人の幼い少女と一国の長たる子であのならば、私がなるしかなかった」
「・・・それでも、君が背負うことはないはずだ!」
荒げた声にステルラは涙をのみ込んで、真っ直ぐにウェールを見つめて「でもそれ以外に道はあるというの?」と静かに言う。その言葉を聞いて、ウェールが息を呑んだ。
「嫌でも受け入れなければいけないとこもある。嫌だけれど、手放さなければいけないこともある。教会の方は何度も涙を流して頭を下げて、私の家族への保障や村の資金援助、治療魔法士の派遣、全てを約束してくれた。大精霊になった後見に行ったけれど、教会は私が思っていた以上に支援してくれた。両親も村長も、最後まで反対してくれて、私が行くと言ったら否定してくれて、それでもと言ったら泣きながら頭を下げて、最後は笑って“頑張って”って送り出してくれた。村人たちが悲しまないように、貴方が私を忘れて幸せになってくれるように教会の人たちには無理を言って、村長以外の人達から私の記憶を消してくれて!!」
「お・・・俺は・・・」
光の大精霊ルートで明らかになる真実。ウェールがクーエナという恋人を蘇らせるために今まで数多の人々を犠牲にし、素体を集めるために事件を起こしていたということだ。だがそれはウェール自身がゲーム内で自白したわけではなく、命が消える瞬間闇の大精霊とルミノークスが犯人を救ってほしいと言った際、主人公に託すという形で判明する。なので、ウェールがやったことは彼女が望んだことなのだとプレイヤーに印象付けた。だが、事実は違った。
私がこの知識をどこで手に入れたのかは分からないけれど、これは確かに最後のピースで何よりウェールと私達が知らなければならないことだった。
話の顛末はウェールが記憶していた通りなのだが、ステルラは教会が来た時から覚悟をしていたらしいのだ。本当はウェールに別れを告げずに去り一緒にいた記憶を全て消して終わらせようと思っていたそうなのだが、彼が現れたことによって僅かに揺らぎ「行きたくない」と言ってしまったという。
彼女はそれを悔やんでいた。
あの時甘えなければ。何も言わずに去れていれば思い出されてしまったとしても酷い女だと自身が罵られるだけで、愛しい人が幸せに暮らしてくれるならそれでよかった。
教会の助けでウェールを探し出して、転生ではなく恐ろしい者との契約により長い年月を生き永らえ、何より非人道的な行為を繰り返していると知った後もただ誰にも言えずにステルラは見て見ぬふりをしていた。
全ては私の所為だと、背を丸めて。
「貴方には忘れてしまうからと思って、甘えて嫌だと言ってしまって、こんなに苦しめてしまって・・・ごめんなさい」
ステルラが頭を下げると、はらりと空色の髪が肩から落ちる。ウェールは先程の狼狽から一変してただ彼女をじっと見つめている。私はその姿に、何処か嫌な予感がした。
「大精霊として任を解かれ、再び生を受けた私は教会で保護されて不自由なく暮らして、貴方を探すことだけを考えていた。でもその間貴方は私の事をずっと想って、長い年月、悩み苦しませてしまった。全ては私の所為。あの赤い外套の甘言に乗らせてしまったのも、私の所為なのね。お願い。全ての罪は私が背負う。これ以上他の人を傷つけるのはやめて。貴方の苦しみは全て私が受けるから。だから―」
「・・・・にせものだ」
唸る様な声にステルラが目を丸くして顔を上げる。ウェールの両腕は力なく垂れて、頭は項垂れている。普通ではないような雰囲気にステルラは「ウェール?」と不安げに名前を呼ぶ。弾かれるようにしてウェールは顔を上げて、指揮棒のような杖をステルラに向けた。その表情は、憎悪で歪んでいる。
「お前は偽物だ!!お前らが用意した偽物なんだろ!!」
鬼のような形相で叫ぶウェールにステルラは後ずさり首を振る。
「違う!私は・・・クーエナなの!信じてっ」
悲痛なステルラの叫びは彼に届かず、ウェールの周囲には風が巻き起こり帯電している。
これはまずい。
ウェールは光の国の中でも上位の魔法士だ。しかも厄介な事に高い魔力と光、闇、風、土の魔法を操る。特に土の魔法は彼の属性ではないというのに強力な攻撃魔法を操ることができる。肌に刺さる様な殺気が周囲に渦巻く。
「お前がクーエナならば、お前が言ったことが真実ならば!私がした事はなんだったのだ!私は、親しき者達を手に掛け、故郷を滅ぼし、無関係な人を傷つけた!お前はクーエナではない。彼女ならば、私のしてきたこと全てを否定しないはずだ!やはり、赤い外套のあの方がすべて正しいのだ!全て、すべてぇぇぇぇええぇぇえぇ!!」
悲鳴に似た叫びが発せられ雷を纏った風の刃がステルラを襲う。私は舌打ちをしてステルラへと走り出して彼女の前に出て防御魔法を前方へと展開する。だが、防御魔法ではその威力を削ぐだけで刃はこちらへと襲いかかってきた。私は抜刀し、剣と自身の体に強化魔法を使い攻撃を弾く。弾いた魔法は風となって消えることなくそのままの威力で建物に傷を作る。その間に再びウェールが土の槍をこちらに放ち、それをクラースの剣とアウィスの光の盾が弾いた。
「おいおい、こりゃやべぇな」
クラースが剣を構えたままウェールを見る。
確かにやばいということは見てすぐにわかる。どうも正気を失いつつあるようなのだ。だが、ここで戦いになればステルラと闇の大精霊が怪我をしてしまう。もし闇の大精霊に攻撃が当たればアウィスが暴走してしまう可能性が高く、ステルラが傷つけばウェールは恐らくもう戻っては来られない。私は腰を抜かしているステルラの腕を引く。
「ステルラ!こちらへ!」
「お願いっ信じて・・・ウェール・・・あれに貴方は騙されているのよ・・・」
しかし、ステルラの体は力が入っておらずウェールの方を見つめて涙を流している。このままでは全員死んでしまう可能性が高まるばかりだ。どうしようかと考えている隙にもうウェールが次の魔法の準備をしている。
「全てを遮断せよ!」
声と共に黒がかった半透明でドーム型の防御魔法が私達を包んだ。声のした方を見ると、ルミノークスの手に闇の大精霊が手を重ねていた。その手からは黒い光が漏れている。ルミノークスは大丈夫そうだが、闇の大精霊は消耗している。私は彼女等に駆け寄った。
「助かったわ。2人とも大丈夫?」
「わたくしは何とか・・・闇の大精霊様が手助けしてくれましたので」
闇の大精霊の額には脂汗が滲んでおり、これ以上ここにいては危ない。すると突然闇の大精霊が腕を掴んできた。驚いたが、必死な彼女の表情に私は口を噤んだ。
『この防御魔法はルミノークス様の聖女の力をお借りした物で如何なる魔法を通しません。だけれど、私の力を主としておりますから長くは持ちません。私は、あの方にいろんなことをされてお世辞にも好きではないのです。ですが、どのような悪人も不幸になってはいけません。だからどうか、あの人を救ってあげてください』
縋るようにして言う彼女に思わず私は驚く。この闇の大精霊たる彼女は、心が純粋で誰よりも他人想いの人なのだろ。だからこそ、ゲームではあのような結末に選ばれてしまったのか。
私は彼女の方に触れて頷く。すると安心したようにして闇の大精霊は微笑んだ。
「インベル!ルミノークス!ステルラと闇の大精霊を安全な場所へ連れて行って頂戴!」
「了解いたしました」
「わかった!」
「わかりましたわ」
ミールスは放心状態のステルラの腰を抱いて歩かせ、インベルはルミノークスと闇の大精霊を気遣いながら二人を連れて連れて後方に下がる。防御魔法の範囲から出るとまるで泡のようにして彼等にも防御魔法が付いていく。その時何かに気が付いたインベルが立ち止まり振り返って来た。
「アウローラ!この防御魔法は5分後に切れる。どうか、無事で」
私はインベルに片手を上げて、拳を握って親指を立てる。すると彼は笑って、同じように返事をしてくれた。そして、後ろに下がっていく。インベルならば1人でも彼女等を守れる。
「・・・ウェリタス、あれをどう見るかい?」
ノヴァがウェールを冷めた目で見つめてウェリタスに問う。観察眼が素晴らしいウェリタスならばあれが今どんな状況なのか分かっていると踏んだのだろう。期待を裏切らずに彼は淡々と答える。
「完全に正気を失っているわね。彼、光の属性持ちだから闇の魔力を長期間浴びていたから魔力が暴走しちゃっているわ」
「じゃあどうするんすか?」
レウィスの問いに私はアウィスを見た。
「アウィスなら何とか暴走を止められない?」
彼は少し考えたのちに、ちらりとフロースを見る。
「・・・フロースと協力して浄化魔法をかければ正気を取り戻せるかもしれん」
「大丈夫、行けます」
アウィスの言葉にフロースは即答して頷く。クラースが手を叩き「よっしゃ。決まりだな」と明るく言う。こんな状況でも悲観しないのは皆のいいところだ。
「生け捕りするなら一気に攻勢をかけて隙を作るしか方法ないわね。殺せれば楽なんだけれど」
ふぅっと息をつきながら言うウェリタスにフロースがちらりと横目で咎めるようにして見つめ「冗談だとしても笑えませんよ」と冷たく放つ。冗談では笑えないのだが、彼の表情を見るに真面目に言っている様だ。そして悪びれもなく「あら失礼」とさらりと答えてから、静かに言う。
「死なないように加減するのは難しいことよ」
「まぁ俺達ならできるのではないかな」
あっけらかんと言うノヴァにウェリタスは呆れたような表情を浮かべて「ノヴァは少し軽すぎるわよ」というとノヴァは自覚がないのか冗談なのか分からないのだが小首を傾げて「そうかな?」と呟く。彼の表情に毒気が抜けたのか呆れたのか分からないが額に手を当ててウェリタスはため息をつく。
「ふぅ・・・まぁいいわ」
皆の肩の力が抜けたところで私は手を上げる。
「正面は私とクラース、ノヴァが行こうか」
「それが良いだろうな」
「レウィスとウェリタスは両側から」
「うっす」
「わかったわ」
「アウィス、フロース。補助と彼の浄化、お願い」
「あぁ」
「了解です」
慣れたようにして皆は返事をして、頷く。
あぁ本当に、仲間というものはいいものだとつくづく思う。
これが、私がずっと得たかったもののようにすら思えてくる。
私は大きく深呼吸をするとウェールへと向き直る。すると皆も同じようにして彼と対峙し、各々武器を構えた。
「・・・行くわよ!」
私の声が鍵だったように、泡がはじけるようにして防御魔法が消えた。
アウィスとフロースの強化魔法が私達にかけられて、体が軽くなる。足に力を入れてぐっと立ちを蹴り距離を詰めた。
「はぁぁぁああぁぁぁ!!」
私は意気込み、正面から剣を振り上げ切りかかる。それは細い指揮棒のような杖に受け止められる。その杖は一見すると木の枝に様にしか見えないというのに、剣を受け止めると赤い火花が散っている。木に見えるだけで材質は剣と買わないのかもしれない。全身の力を込めて剣を落としていくがウェールは歯を食いしばりながら「殺す、殺してやる!!」と叫んだ。
拮抗する剣と杖、だが、隙がある。
「クラース!」
「あぁ!」
私が叫ぶとクラースが腰をかがめてウェールの脇腹あたりへと剣で切りかかるが、ウェールはそれを一瞥すると杖で私を吹き飛ばすやいなやクラースへと蹴りを入れる。そしてすかさず風の刃をクラースへ向けるが、それを彼は易々と弾いてしまう。吹き飛ばされた私の後方にノヴァが現れ、私はノヴァの剣に足を付ける。
「危ないぞ」
「ごめんありがと!」
ノヴァに短くお礼を言うと、彼は口元に笑みを浮かべて剣を野球バットのように振った。その反動で私は滑空し、一気にウェールに距離を詰めて剣を振りかぶった。すかさずクラースも切りかかり、ウェールは防御魔法を前方に使うがその後方から身を屈めて後ろを取っていたノヴァにより腰に強力な蹴りを入れられて短く苦し気に息を吐いて体勢が崩れる。
「レウィス!」
「おうっす!」
ウェリタスの声にレウィスが明るく返事をする声が聞こえ、渡り廊下の屋根から降りて来た2人が声を揃えて剣を振りかぶる。
「「はぁぁぁああぁああぁ!!」」
彼等の剣はウェールの指揮棒のような杖のみを弾き飛ばし、それをウェリタスがキャッチした。
「なっ」
「ありがと」
ウェリタスの短い礼に怒りを露わにしたウェールは自身の周囲に幾本もの光の槍を出現させてウェリタスへと攻撃の手を向けたのが、それをレウィスがにやりと笑い剣を鞘に入れるとそのまま脇腹を殴る。
「がはっ・・・」
息を吐いたがウェールは膝をつかずに私達を睨み付け、彼の周りには風が吹き荒れる。それに弾き飛ばされるが、何の準備もなしに魔法を発動したからなのか当初よりも威力は低い。上空に飛ばされた私は自分の強化魔法を使い、くるりと体を下に向けると自分の風の力を高める。そして、ウェールがやった様に自分に風を纏い落下していく。下ではクラース達が攻勢を続けており、そこへ私は剣を下に向けて投げた。
剣は大地に刺さり、それに気が付いたクラース達がウェールから離れる。私はウェールに真っ直ぐに落下し、ウェールは防御魔法を使おうとするのだが、その寸前で私は私が纏っていた風に水の魔力を含ませて強度を高めてそれを刃として雨のようにしてウェールへ降らせた。
幾数の水の刃に防御魔法は強度が減っていき、ウェールは苦し気な表情を浮かべる。最後の刃がウェールの防御魔法に触れると、ガラスが割れるような音と共に防御魔法が消えた。
ノヴァとクラースが声を揃えてウェールに蹴りを与える。骨が折れるような音が聞こえて、ウェールの口から血が垂れて地に膝をついた。
そこへすかさず私は声を掛けた。
「アウィス!フロース!」
「あぁ!」
「はい!」
アウィスとフロースが走ながら詠唱する。
「母なる女神マーテルに願い奉る」
「聖女の力よここに」
アウィスとフロースの手には温かな白い光が。腹を押さえて血を口から垂らしているウェールはそれを見て怯える。
「やめろ!その光を私に近づけるなぁぁぁあああぁ」
「「浄化を!!」」
アウィスの声とフロースの声が重なり、光が周囲を包み込む。私達もその光に呑まれたのだが、温かく気持ちが良かった。だが、ウェールはそれが苦痛のようで悲痛な叫びを上げていた。彼の叫びが消えたのは光が消えかかった頃。光が収まり、いつもの風景が戻って来た時には既にウェールは倒れて気絶していた。暴走している気配も、消えていた。
終わった気配を感じ取ったのかルミノークス達がこちらに駆け寄ってくる。先程まで顔色が悪かった闇の大精霊も、放心状態だったステルラも顔色が先程よりもよくなっていた。
「ウェール・・・」
悲し気にステルラが彼の名前を呼ぶ。
「クーエナ・・・クーエナ・・・」
ウェールが涙を流して名前を呼んでステルラへ手を伸ばす。ステルラは泣きながら駆け寄ると、その手を握りしめた。
「えぇ。私はここにいます」
ウェールはボロボロと涙を流してステルラの顔に触れる。愛おしそうに、その形を確かめる様なその触れ方にステルラが微笑むと、彼は這うようにしてステルラを抱きしめた。
「俺は、赦されないことをした。君の手を再び掴みたかった。今、俺は、君の手を掴んでもいいのだろうか・・・」
応えるようにしてステルラはウェールの背に手を回して抱きしめる。
「うん。うん。いいよ。貴方の罪を私も一緒に償うから。私はもう、貴方の手を離さないから」
子供の様に泣きじゃくるウェールの体を、ステルラは静かに抱きしめ続けた。




