第1部-58話「救出」
今回からアウローラ視点となります。
どうして私があの場所に行きたいと言った理由は分からない。何か理由があったはずなのだが、綺麗さっぱり忘れている。だが、あの場所に辿り着いた直後私はゲームの記憶や重要な記憶を貰った。
理由が分からず誰とも会っていないのに“貰った”という表現は不思議であるが、貰ったとしか表現できないのだ。というのも、私自身前世で光の大精霊ルートはやっておらず、ネタバレも弟からの詳しい話も聞いていなかった。元からない記憶は思い起こせないので、恐らく“貰った”のだろう。
どことなく、その与えてくれた人の事を私は結構好きだった様な気がしてくるのだ。これも理由は分からない。だが、この知識を思い起こすと胸が温かくなってくるのだ。
アウローラとして転生して、必死にハッピーエンドを目指してやっとで私が望んでいた物に指先が触れているような感覚が今私にある。だが、まだ油断はできない。
知識を貰った後に自分たちの寮に戻って私は内容を話した。犯人については。確かに想い起すと何故怪しまなかったのかと疑問を抱くほどに腑に落ちた。理由についても、皆一様にしてただただ悲しかった。だからこそ、止めなければいけないと早々に私達は行動を起こした。
2チームに分かれて私達は行動する。1チームは闇の大精霊の救出。もう1チームは最後のピースである“ある人物”を呼ぶためだ。
私ことアウローラは闇の大精霊救出チームへと参加している。私と行動を共にするのは、クラース、インベル、ルミノークス、アウィスで、もう一つのチームはミールスを筆頭としたノヴァ、ウェリタス、フロース、レウィスだ。珍しくレウィスとルミノークスを二手に分かれされたのには理由がある。というのも、闇の大精霊が強力な魔法を使われていた場合にルミノークスの魔法を無効化する力が必要だと思い彼女はこちらのチームに必須なのだが、ゲームの内容を考えるとレウィスは貴族への恨みがないとはいえ闇の魔法と親和性が高いので彼の意志に反する行動を起こしてしまう可能性がある。離れがたそうな彼の説得はルミノークスがやってくれていたが、中々首を縦に振らなくて大変そうだった。
やっとで首を縦に振って先に行く彼のチームを見送るときにルミノークスがポツリと。
「過保護なのも考え物ですわねぇ」
とのんびりとして口調で言っていた物なので、いやそうではないと思うけれど、と喉元まで言いかけて何とか飲み込んだ。他に心配事はフロースとノヴァだったのだが、憑き物が落ちたように仲が良さげだ。この前までどことなくぎこちない雰囲気だったのは一体何だったのか分からないが、仲がいいならそれに越したことはない。
さて、と私は向かうべき建物の方角を見る。
視線の先にある建物、それは隠されていた部屋があった図書館だ。
「いこうか」
慎重に動かなければならないと思うと声に緊張がこもってしまう。私の声に、皆の表情が硬くなる。この先は決戦であり、何よりここは現実だ。セーブもロードも巻き戻り何てできやしない。何もかも一発勝負だ。拳を握りしめて、なるべく隠れるようにして目的の図書館へと走っていく。
校舎内には生徒の姿もなく、先生の姿もない。理由としては、死傷者は出なかったものの怪我人が出たためにそちらの方に先生は駆り出されて生徒たちは自宅待機となっているはずなのだ。人の気配を確かめながら、前に前に進んでいく。
やっとの思いで図書館へと辿り着くと、やはり施錠がされていた。
「メンシス」
髪飾りに触れて小さな声で呼ぶと、控えめな音と共に小さな姿のメンシスが現れた。鍵穴を指さすと彼女は頷いた。
『これくらいお安い御用さァ。ふぅ』
メンシスは煙管を大きく吸い込んで鍵穴に煙を吹き込んだ。
大精霊の知識も犯人の情報と共に流れ込んできた。大精霊には得意な魔法が存在して、普段私達が使っているよりも強力な魔法を使うことができる。そしてメンシス、土の大精霊ができるのは“錬金”でありアルメニウムが得意とする“錬成”系統とはランクが違う。錬成は二つの材料を組み合わせ、魔力が含まれた液体に入れて混ぜることによって作成することだ。これにはレシピが必要であり、何より材料の性質に偏り失敗の可能性が高い。つまり植物同士を組み合わせれば植物系の物しか造れないといった風だ。
彼女の使う“錬金”という魔法は、2つの物質を組み合わせる魔力の量を調整することにより全く別の物質に変換することができる。材料が石同士だろうが、石と植物だろうが魔力の加減で別の性質のものを作ることが可能だということだ。それに魔力が含まれた液体も必要としない。
メンシスが吸っている煙管には細かく砕いた幾種類の魔鉱石が含まれており、煙に見えるそれは彼女の魔力だ。なので鍵穴に煙を入れることにより鍵を瞬時に創り上げて壊すという芸当ができるというわけだ。
一瞬でガチャリという音が聞こえて、メンシスが小さな手で扉を押すと軋む音を立てて薄く開く。
「ありがとう」
『お役に立てて良かったさァ。んじゃ、帰るわ』
消える時も控えめな音で消えて、後で身を屈めているクラース達へと私は振り返って頷いた。皆が頷き返すのを確認してから、私は一歩図書館の中へと足を踏み入れた。
まだ昼近くだというのに図書館の中は薄暗い。だが、光がいるほどではないのでそのままゆっくりと進んでいく。
「誰も・・・いねぇみてぇだな」
安心したようにしてクラースは呟く。が、警戒を緩めることはない。真っ直ぐあの封印されていた部屋の前まで行くと、そこはもうすでに開かれていた。
「何で開いているんだろう」
「ねぇアウィス、ここが解除されたのがいつか分かる?」
「魔力の残り具合から2、3日ぐらい前といったところか」
「・・・あの事件あたり、というわけですわね」
図書館は学生たちが使うというのに既に開かれていることから、犯人が焦っていることが分かる。もしかすると、あと数日で何やら大きな事件が起こされるところだったのかもしれない。
人の気配がないとはいえ、何が仕掛けられているのかが分からない。最大限警戒しながら私達は一歩。また一歩と足を進めていく。だが、トラップも誰かがいる様な物音も全く聞こえない。
やっとのことで調べた小さな部屋に辿り着くと、その光景に皆が目を見張る。
「これ・・・何があったの?」
思わず言葉にしてしまうほどにその部屋は荒れていた。本棚はなぎ倒され、本が床に散乱している。それだけではなくページが敗れて、ちぎられた紙が散乱しているものもあった。
犯人の余裕が全くなくなっているということに息を呑み、周囲を警戒しながら灯りを掲げると前回来た時には気が付かなかった入口がぽっかりと口を開けている。その向こうには明かりが灯っておらず、ただただ黒い闇が奥へと続いているだけだった。
部屋の中心近くに来た時、インベルが顔を顰めながら鼻を押さえる。
「乾いた血の匂いがする」
不快そうにそういうインベルに「どっちの方向から?」と尋ねるとあの見覚えのない入口の方へと指を差す。息を呑んで、皆武器に手を当てながらゆっくりと先に進んでいく。
なるべく足音を立てずにゆっくりと壁伝いに進んでいく。暗闇で分からなかったが、壁のつくりが先程の本棚の部屋とあからさまに違う。灯りを壁に寄せてよく見ると、丈夫な石で作られている様だ。
階段を降りていくと徐々に私達にもわかるほどに血の匂いが鼻につくようになる。
鼻と口を押えながら進むと少しして階段が終わった。
壁に背をあてながら私は部屋の中を注視する。暗くて目は頼りにならないが、魔力の気配は感じられる。生きている人間の魔力反応はないのだが、奥の方に変に流れが察知できない場所がある。
「誰もいないわ」
私の声に後ろの皆が息をつく。剣に触れたまま部屋の中に進んでいくと、部屋の中心に木で造られた手術台のようなものがあり、それを見れるような位置に古ぼけた椅子が置いてある。
「一体ここでどんなことをしていたんだよ・・・」
そうクラースが怒りを滲ませるのも分かる。手術台には血が染みついており、その椅子にも、向こうの床にも赤黒くなっている血が染みついているのが見える。しかも一人二人の物ではない。乾いては血を重ねといったように、沢山の人を犠牲にしていたことが分かる。臭いが充満しているのもそれが理由だろう。壁一面には様々な研究用の器具や人間を痛めつける様な武器が並んでいる。その中には最近まで使われていた形跡がある様なものまであった。
「・・・闇の大精霊はどこにいらっしゃるんですの?」
吐き気を押さえている様な声音でルミノークスは周囲を見渡す。私も同じようにして周囲を見るがそのような影はない。ここにいるはずだと思ったのだが、他に部屋があるのかと探索しようとしたときアウィスが何やら慌てたようにして周囲を見渡した。
「どうしたんだ?」
「今、妹の声が聞こえた」
導かれるようにしてアウィスは前に進んでいく。そして奥の方へと進んでいくとある一点で立ち止まる。私達も慌てて彼の後を追うと、その場所を指さしてルミノークスにいう。
「ルミノークス。ここに聖女の力を使ってくれないか?」
「は、はい!わかりましたわ!」
ルミノークスは小走りでそちらに駆け寄り、手をかざす。するとガラスが割れるような音と共に目の前の風景がガラスのように砕けて砂のように落ちていく。
そこに在ったのは黒い牢獄であった。闇に溶け込んでしまうほどの漆黒の牢獄だ。
「アーラ!!」
アウィスが中に何かを見つけて牢獄に手をかける。私も目を凝らして中を見ると、美しい黒髪の女性が膝を抱えて横に倒れこんでいた。アウィスの様子から、彼女が闇の大精霊なのだろう。だが、このような牢獄で大精霊を捕らえられる者なのだろうか。
名前を何度も呼ぶアウィスの背を見つめていたインベルがはっと何かに気が付いて「アウィス!」と強い声音で彼の名前を呼ぶとアウィスを牢獄から引き剥がした。
「何をっ!?」
「それ以上触ったら手が腐り落ちるよ」
インベルの言葉に彼の手を見ると、彼の手は赤くただれて火傷のようであった。インベルが治療魔法を使って徐々に治っているが、どういうことなのだろうか。
「本で読んだことがある。“厄災”の力が強い魔物の体を加工して作った檻は精霊を捕らえ、肉体ある者には害を及ぼすって。何百年前に拷問とか捕縛とかで使われていた技術だよ・・・」
「どうやって壊せる?」
掴みかからんばかりの勢いでアウィスが詰め寄ると、インベルはルミノークスをちらりと見る。
「本には記述がなかったけれど、ルミノークスの力ならもしくは・・・」
「えぇ。分かりましたわ」
ルミノークスが迷いもせずに頷いて漆黒の檻に手を触れようとしたところを思わず私は止めてしまう。
「ちょ、ちょっと待って!アウィスに悪いけれど治るとはいえこれじゃルミノークス手が・・・そんなにすぐに聖女の力を使って大丈夫なの?」
「壊すじゃダメなのか?」
「壊した瞬間闇の大精霊に被害が出ないとも限らないし・・・」
「では浄化魔法はどうだ?」
「いいかもしれないけれど、見た感じかなりの魔物の数の力を感じるから。時間がかかっちゃうかも」
言い合っている私達であるが、小さく手を叩いたルミノークスの音にびくりと驚き、そちらを見る。彼女は笑顔を浮かべている。
「大丈夫ですわ。インベル様の治療魔法は凄いですし、それに何だがわたくし嬉しいんですの」
「嬉しい?」
「えぇ。世界の為にこの力を使うということが、なんだが大昔からの夢が叶ったようで・・・だからむしろやらせてくださいな」
私達の返事も聞かずにルミノークスは牢へと近寄って檻に手を触れる。そして小さく「今、出しますわよ」と呟いてそっと目を閉じた。すると牢が徐々に黒い色を失い始め、乾いた白い骨のような檻に変わっていく。それが全て変わった後、立っていたルミノークスがふらりとよろめく。
「ルミノークス!」
彼女の肩を支えると、ルミノークスは額に脂汗を浮かべながら「大丈夫ですわ」と笑みを浮かべる。大丈夫そうには見えないが、座らせようにもこの部屋の床に座らせることは憚られた。なので彼女の肩を抱きながら私は立っていた。
「アーラ!」
初めて聞く悲鳴のようなアウィスの声に私達は避けて、壊すようにして彼は牢に飛び込んだ。そして女性を抱えると、何度も恐らく生前の名前を呼んでいた。
『あ・・・』
やっとで思い瞼を開き、アウィスが安堵したような表情を浮かべると闇の大精霊は小さな悲鳴を上げてアウィスを突き飛ばした。そして膝を抱えたまま何度も何度も『ごめんなさい』と謝り続けていた。
ここで彼女はどのような仕打ちを受けていたのだろう。創造せずとも胸は痛み、大精霊とも思えぬほどのに小さくなっている体を見つめることしかできなかった。
「アーラ、すまなかった」
牢の中アウィスが頭を下げている。声は震えていた。闇に紛れてわからないが、泣いているのだろうか。
「こんな場所で、1人きりにさせてすまなかった・・・君がいない間、あの日光の大精霊の候補に選ばれ、君が悲しむと思って何も言わずに行った私は、君にこんな思いをさせてしまっていたのだと改めてわかった。愛している人が突然いなくなり、もしかすればもう会えなくなってしまうということは恐ろしかった」
アウィスは闇の大精霊へと手を伸ばす。膝に顔を埋めていた彼女は恐る恐る顔を上げると、その頬にアウィスは触れた。愛しむようなその手へ、視点の定まらない闇の大精霊の目が動く。
「すまなかった。本当に・・・すまなかった」
俯くアウィスに私達は思わず視線を下に向ける。
『・・・・いいえ』
優し気な、尊大でもない、透き通るような声でもない、綺麗であるが普通の優しい女性の声が当たりに響く。私は思わず顔を上げた。あぁこの人は、ただ優しい人で、他人を大切にする人で、大精霊であるが誰よりも人に近い人なのだと感じてしまう。
恐らくここでの惨状を目にしてきて、心を痛めていた人なのだろう。
『いいえ。いいえ。今度は迎えに来てくれて、ありがとう』
涙を流しながら闇の大精霊は笑顔を浮かべる。やっとでアウィスは顔を上げた。その瞳には涙が溢れ、零れ落ちていた。
「一緒に世界を守ろうと誓ったから。迎えに行くよ。どこにいても。あぁ、本当に」
闇の大精霊をきつく抱きしめて安堵した声で彼は言う。
「間に合ってよかった」
抱きしめ合う2人を見つめて私も涙が零れ落ちた。
私が泣いている場合ではないと涙を拭って、彼等に声を掛ける。
「長居していると犯人が来るかもしれないわ。そろそろ行きましょう」
「・・・あぁそうだな。アーラ立てるか?」
『大丈夫』
闇の大精霊はアウィスに支えられながら立ち上がる。牢から出ると私達の顔を見て首を傾げた。
『こちらの方々は?』
「後で詳しく説明するが、その、友人達だ」
照れ臭そうに言うアウィスに思わず私達も照れ笑いを浮かべてしまった。すると闇の大精霊は大きく目を見開いて『あの兄さんにお友達』と意外そうにつぶやいていた。もしかして、生前は友達があまりいなかったのだろうか。
「そろそろ行こう。ルミノークス、大丈夫?」
「えぇもう大丈夫ですわ。ありがとうございます、アウローラ様」
笑顔を浮かべているがまだ彼女の顔は青白い。なので私を先頭にして、ルミノークスと闇の大精霊を挟むようにして隊列を組む。ぺちぺちという足音が聞こえて、クラースが首を傾げた。
「そういや闇の大精霊は飛ばないのか?」
『えっと、本来は飛べるのですけれど・・・何やら人間を模した入れ物に入れられて受肉をしていると同じ状態になっているんですよ・・・この体を壊せば精霊体に戻れるのですが、壊し方が分からなくて』
「そうなのか・・・疲れたら言えよ」
『お気遣いありがとうございます』
つまり人形の体に魂が入っている様な状態ということか。
その体を物理的に壊せばどうにかなるというものではないらしい。
闇の大精霊とルミノークスの体力を考えながらゆっくりと、だが迅速に階段を上がっていく。やはり、人の気配などない。
「魔法の無力化をしたから何かしら感じ取って入ると重いけれど・・・何もないね」
「そうですわね」
階段を登り切り、図書館へと辿り着いたが誰もいない。
不気味とすら感じられるその空気に毛が逆立つような感覚になる。
一体どういうことだと私は図書館の出入り口へと向かいながら考える。
私ならば密室で侵入者や邪魔者を殺すだろう。例えば、上から壊して生き埋めにするとか。それをしなかった理由として思いつくのは、建物を壊したくなかったから。
あぁ、なるほど。
私は納得し、図書館の扉へと手をかける。
彼は待っているのだ。私達が図書館から出ることを。
だって数百年間共にしてきた研究施設を壊したくないだろうから。
「―放て」
感情のない声が短く告げる、と同時に幾数種類の魔法がこちらに向けて放たれた。だが、図書館の扉を開いた直後に前方に防御魔法を展開した私達にそれが届くことはない。
恐らく図書館の外に入るだろうと皆予想していたので誰も驚かず、そして犯人の正体も既に知っていたために姿を見ても隙を見せることはなかった。
「芸がないわね」
煽るように私が言うが、犯人は眉一つ動かさずにこちらを見ている。彼の前にいるのは虚ろな表情をした人々6人ほど。男性女性、男の子までいる。彼等は口から涎を垂らして、こちらに手をかざしている。まるで生きた屍の様だ。
「驚かないのですか?」
犯人の問い掛けに私は「えぇ」とだけ返事をする。そして私は剣を抜いて切っ先を犯人へ向ける。後ろからも剣を抜く音が聞こえて来た。
「ですが、当初貴方だと分かった時は衝撃でしたよ」
私は彼を睨み付けた。
「―ウェール学園長」




