幕間「とある聖騎士の記憶③」
光に包まれて、背中に衝撃を感じた後に瞼を開くと眼前には意思の壁があり、背を見ると白い半透明の袋がいくつも重なっていた。見上げると石の壁は人の背より遥か高く、その向こうに見えるのは真黒な空だった。右の方から声がして、石の壁の細い道を歩いてそちらの方へと足を進めると、急に視界が開けた。
真黒な空、恐らく夜だというのに人々はただ前を見て往来し、たむろしている人々からは笑い声が聞こえてくる。馬車とも違う、金属の塊が車輪を付けて人が歩いていない石の道を音を立てて走っていく。
そして、光、光だ。
石の壁と思っていたものは建物であり、薄いガラスの部分からは光が溢れ、文字の書かれた看板も、道を照らす街灯も爛々と様々な色で夜を照らしている。
往来する人は私をちらちらと迷惑そうな表情で見てくるが声を掛けることは無い。だが、私はそんなことよりもこの光景に、ただただ目を奪われていた。
暫く立ち尽くしていると、何らや背中の方から震えが来て驚く。手で背中を確認すると、何やら荷物入れを背負っており、それを開くと中には見たことのないものが入っており、その中に暗い入れ物の中明滅し規則正しく震える板のようなものが入っていた。
これは何だと眉を寄せて見ていると、ふと視線を感じて周囲を見渡す。
金属の塊が往来しているその向こう。そちらから、無いやら不審そうに私を見てくる青い周囲の人間とは少し違う制服のようなものを身につけている男性が見えた。恐らく、憲兵か、治安を維持する仕事をしている者だろう。
流石にいまここで声を掛けられるのはまずいと思い、平静を装いながら当てもなく私は歩き出す。
人の流れに身を任せていると、先程の男性の気配はもうすでになく、周囲の人間をマネして前を歩いていた。
どれほど歩いたかは分からない。けれども、戦いのときとは少し違った疲れが段々と体を支配していく。その時、ふと目に着いたのは小さな広場だった。
これは私の世界にもあった、公園というものだ。
入口に何やら文字が書かれている。読めないと思いきや、しっかりと読めた。
誰もいないその公園に足を踏みいれ、街灯の下にあるベンチに腰掛けて荷物入れを膝の上に乗せた。
薄い板のようなものを手に取ると、先程まで黒い画面だったものが光り、何やら数字を表示させた。恐らくこれは現在の時刻ということだろう。19時34分と書かれていた。
しかしそれ以上の操作方法が分からずに、叩いたり、振ったりしていたのだが画面は変わらない。と、同時に得も言えぬ空腹感と大きな音が腹から鳴り響いた。
「ふっ・・・」
誰かに笑われて、驚いてそちらの方を見ると、公園の入口に一人の女性が立ってこちらを見て来ていた。彼女はゆっくりと近づくと、街灯の下で立ち止まる。
私と大差ないほどの年齢に見えるその女性は、先程道を歩いていた人と同じような黒い礼装でスラックスを身に着けている。私がいた世界よりも礼装はシンプルであるが、あちらよりも上質な布を使っているようにも見える。茶味がかった黒髪を一つに束ねてお団子にし、紺色の布で作られた物で結んでいる。一見すると可愛らしく子供っぽい印象を受けるが、よく見ると大人びたようにも見える不思議な雰囲気を持つ綺麗な人だ。
「ごめん。笑うつもりはなかったんだ。アンタ、何してんの?」
見た目の印象とは裏腹にハスキーな声の彼女を見て状況を説明しようとしたが、言葉は通じるのだろうかと不安になる。言葉を選んでいると、代わりに再び腹が大きな音を出す。かっと頬が熱くなり、上目遣いで彼女を見ると、くくっと喉で笑い手を差し出した。
「腹減ってんのか。まぁ、悪い奴ではなさそうだし。笑ってしまったお詫びをするよ。奢ってやる。ついてきて」
男性のような口調と女性のような口調が入り混じった言葉遣いをする彼女はくるりと踵を返すと、持っている黒い鞄を肩にかけ直してさっさと歩き出した。私は、久しぶりに何の警戒もせずに他人の後ろをついていく。
私達は無言のまま歩いて行くと、やけに明るくガラス張りの建物に辿り着いた。ここは一体何なのだと戸惑っていると、彼女は私の方を見て、にっと笑いながら建物を親指で指す。
「ファミレスで悪いな。ほら、行こうぜ」
慣れた足取りで彼女は建物の中に入り、私もその後に続く。明るい店内と「いらっしゃいませ」という性別入り混じった声が建物内に響き、一人の女性が彼女に近づき何やら話をしている。何を言っているのかはさっぱりだったが、その会話はすぐ終わりニコニコとした笑顔を浮かべたその女性に案内されて私達は建物の奥のテーブルへと案内された。
初めて見るものが多すぎて、小さく声を出しながら建物内を見渡す。テーブルに向かい合って会話と食事を楽しんでいる人、黙々と一人で食べている人、食事をせずに会話だけをしている人、年齢性別関係なしにこの建物の中には様々な声が溢れている。
「ほら。何にする?」
薄い冊子のようなものを渡されて、おずおずとそれを受け取る。それを開くと様々な料理の写真と共に、その料理の名前が記載されていた。見たことがある名前も多数あるが、見た目が、私が知っているものとは少し違って首を傾げる。値段らしきものが書かれているが、それが高いのか安いのかすら分からない。
混乱していると、目の前の彼女は目を丸くして首を傾げる。
「何だ?読めないとか?」
「えっと、そういうわけでは・・・」
思わず声を出して、はっと目の前の彼女を見る。すると、彼女は笑顔を浮かべていた。
「やっとで声が聞けた。いやぁ喋れないんじゃないかった思ってたよ」
「ご・・・ごめんなさい」
「ん?なんで謝んだ?別に悪くわねぇっしょ。事情は知らんが困っているのは分かる。取り敢えず、あたしのおすすめ注文しておくけれどいい?」
「あ、うん!そうしてもらえると、助かります」
「おっし」
テーブルの脇にある小さなボタンを鳴らすと、先程の女性と同じ服を着た男性が近寄ってきて彼女に話しかけた。彼女は冊子を指さしながら、その名前を彼に伝えている。彼女が「以上です」と言い終わると彼は「畏まりました」と去っていった。
「そう言えば、自己紹介がまだだったね。あたしは秋元優華。よろしく」
「えっと、私は―」
名前を言いかけて、この世界では私の世界の話が普及しているというマーテルの話を思い出した。同じ名前では、もしかして何か言われてしまうのではないかと不安になる。
「―ローラ、ローラ・ラティヌムと言います」
「海外の人?」
「え?あ、この国出身では・・・ないですね」
「へー。やっぱり海外の血が入ってるんだ。髪色は日本人ぽいけど、目は不思議な色だもんね。すごい綺麗な目をしてる」
少年のような笑顔を浮かべている彼女にどこか明るかったころのフロースの面影を重ねてしまう。突如として寂しさが湧き上がってきて泣き出しそうになるがぐっとこらえる。そこへ「お待たせしました」という明るい声と共に女性が様座な料理を運んできた。全てを並べ終わると「ごゆっくりどうぞ」といって去っていく。使用人の様なものなのだろうかとその後ろ姿を見ていると優華が「ほら、食おう」と明るく言って両手を合わせる。私もそれに倣い「いただきます」と呟いて名前も分からない料理を口にする。その美味しさに目を丸くしてしまい、優華の目も気にせずに次々と料理を口に運んでいく。
全ての料理を平らげたところではっと優華の方を見ると、彼女は首を傾げて問うてくる。
「ローラ食べ方綺麗だね」
「え?あ、そうですか?」
「うん。めちゃくちゃ上品だ。ところで、家はどこ?送ってやるよ」
優華の言葉に私は押し黙る。
「家がないとか?」
「・・・多分」
「あー・・・仕事は?」
「して・・・ない?」
「いやなんで疑問形なんだよ・・・んー・・・ちょっと待ってな?」
優華は鞄から先程私が持っていたような薄い板のようなものを取り出して表面に指先を当てている。するとそれを耳に当てて「あ、もしもし榊さん?」という。その薄い板はここにいない誰かと話すための何かなのだろうかとしげしげと見つめる。
「秋人に用事じゃないです。榊さんに用事。あのさ。一つお願いがあるんだけど」
“榊さん”という人に何やら話しており、何のことかはわからないがドキドキしながら私は待つ。暫くして「はい。じゃ、そういうことで。お願いしまーす。はい」と彼女は言い、ピッとその板を操作した。
「んじゃ。行きますか」
「えっと?はい?」
何も分からないまま優華に促されて私は彼女の後をついていく。ここから、私のこの世界での生活が始まった。
優華と共に辿り着いたのは先程彼女が話をしていた“榊さん”という方の家であった。その方はカフェを経営しているらしくそこで暫く私を雇ってくれるとのことだった。願ってもないことだったのだが、初対面であった私で本当にいいのか心配であった。しかし、榊さんのカフェは忙しく丁度働き手を探しているとのことだったので丁度良かったとのことだった。
私は「お願いします!」と弾を下げて働くこととなった。
榊さんという男性はしっかりしており、私の身元がちゃんと安全であるかどうかなどを調べたようだった。マーテルがこちらの世界で必要な書類は既に用意して荷物の中に入れていたようで、割とスムーズにここでの生活が安定した。
優華はカフェのすぐそばにあるビルで働いており、事あるごとに顔を出してくれて仲良くなっていった。そんな日々を過ごしていた中、私はやっとで私達の物語を見つけ出した。“げえむ”というものらしく、優華が色々な事を教えてくれた。内容は私が体験したものとほとんど同じであり、恋愛を要素が詰められているもので私自身は出来る自信がなくて優華が内容を教えてくれた。彼女もしているらしく、仕事が忙しくてなかなか進められないと嘆いていた。
それは出来ずとも考察は見れるよと教えられて、私の願いのヒントがないかどうかを探す。だが、その内容を見るたびに様々な記憶が蘇ってきてしまい、具合が悪くなってしまったり眠れなくなってしまうことも多かった。
そんな私を見かねてか優華は私が沈んでいると、彼女が勤めている会社のビルの屋上へと案内してくれるようになった。ビルの屋上は喫煙所となっているらしく、優華は煙草を吸いにやってくるのだが、同時に高いビルの屋上から世界に溢れている光を見るのがお気に入りだと言っていた。
そこでいろいろなことを話した。
優華の両親がすでに死んでいてその原因に自分がある事、榊さんが親代わりだという事。最初に引き取ってくれていた人とひと悶着あったこと。様々な人を傷つけてきた罪滅ぼしを今している事。
「誰かの為に傷つくのはいやじゃないの?」
私の質問に彼女は笑いながら煙を吐いて答える。
「嫌だよ?でも、嫌じゃないと罪滅ぼしにならないだろ?」
それが彼女の自論であった。罪滅ぼしというものは苦しい物であり、苦しくなければ罪滅ぼしにならない。罪滅ぼしは他者の為ではなく、自分のためにすることだから楽しければ意味がない。そういつも彼女は言っていた。
私は、ルミノークスの死について責任があって、その罪を償うために過去の改変をしようとした。私だけが無事に生還してしまった罪を償うために、未来を掴もうとした。だが、彼女ほどの覚悟はあったのだろうか。罪と向き合って来ただろうか。
彼女は結構な頻度で大怪我をして入院することが多かった。それも罪滅ぼしの結果だという。お見舞いに行くと、いつも弟である秋人君と言い争っている声が聞こえてくる。
秋人君からは優華の度が過ぎた罪滅ぼしを止めてくれとお願いされることも多く、だが、止める権利が私にある野かどうかが分からなかった。それに言ったところで彼女は止まらないだろう。
だからもし困ったことがあったなら私は優華の手を取りたい。初めてこの世界に来た日の彼女のように。
そんな日々は突如として終焉を迎えることとなる。
部屋で明日の準備をしていると、突然マーテルが現れたのだ。その姿は以前のような大人の女性のそれではなく、幼い少女の姿であった。
「マーテル!どうしたのその姿!?」
『魔力の大半を持っていかれたからしょうがない。元の世界に戻れば戻るからだいじょうぶ』
彼女は私の明日の準備をちらりと一瞥して肩を落とす。
『アウローラ。もう時間だ』
「え!?なんで!?」
思わず声を上げてしまう。するとマーテルは私を睨み付ける。
『お前の使命は過去を改変することだろう。なのになぜ、策を練ろうとしない?これ以上ここにいるのは時間の無駄だ』
マーテルのその言葉に私は俯く。
その使命を忘れたことはなかった。戻って望んだ未来を掴まなければいけない。
でも―
『帰らないというならば、ここにいる理由を壊す』
「!?優華たちをどうする気!?」
『言った通りだ。どうする』
私だけが傷つくならば許容できるが、彼等に危害が及ぶのは看過できない。明日優華と共に秋人君へのプレゼントを一緒に買いに行く予定の準備を見る。目を閉じて心を落ち着けて腹を決めた。
「うん。帰るわ」
『よろしい』
「だけど、最後にお別れを言うくらいは許して?」
『・・・いいだろう』
時計を見ると19時だった。今日は少し遅いと言っていたから、最寄り駅にいるのかもしれない。私は何も持たずに家を飛び出して駅へと向かう。数分走って駅へと辿り着くと、行き交う人がやはり多い。
すみません、すみません、と人混みを描き分けてICをタッチして優華がいるはずの駅のホームへと一目散に向かう。そして辿り着いたその場所で、彼女の姿を見つけた。
よかったと胸を撫で下ろして声を掛けようとした瞬間、彼女の体がぐらりと前に倒れていく。
「優華!!!」
私の叫び声は悲鳴にかき消されて、線路を覗き込もうとする人により近づくことができない。電車が迫ってくる。だが、絶対に間に合わない。すると腕を掴まれて振り返ると、腕を掴んでいたのはマーテルだった。彼女は首を左右に振る。
『間に合わない』
「そんなのわかんないでしょ!!」
『時間切れだ』
ふっと体が半透明になっていく。そして人は私の体をすり抜けていく。はっと私は気が付きマーテルの腕を振り払った。後ろで名前を呼ぶ声が聞こえたけれど、構わずに私は走る。
彼女は私の手を掴んでくれた。だから、彼女が手を伸ばしているのならばその手を掴むべきなのだ。
優華の伸ばした手に触れて、彼女を抱きしめる。来るだろう痛みに瞼をきつく閉じるが、痛みは来なかった。瞼を開くと必死の形相で力を使っているマーテルの姿があった。
『理解できない!何故そのような事をする!!』
「友達だからよ。それ以外に理由ある?」
呆れたように首を振るマーテルを真っ直ぐに私は見る。
「マーテル。再契約をしましょう」
『・・・何だ。未来を諦めるのか?』
「いいえ。違うわ。今、私は貴女の力で動くことができない。だからと言って今マーテルが力を使うのをやめてしまえば、私も優華も死んでしまう。そうでしょう?」
『そうだ』
この世界はマーテルの世界ではないから時間を完全に止めることは出来ない。電車はゆっくりとこちらに近づいていることが気配で分かる。そして、マーテルの世界では動かない対象を選ぶことができたのだが、それもできない。私は動くことは出来ない。マーテルも私だけをこの世界から離脱させるようなことをすればこの電車はその前に私をひき殺すだろう。
「私の全て。私という存在を全て貴女に捧げます」
腕の中で怯えている彼女を抱きしめる。
「なので、アウローラ・プラティヌムの未来を優華に託します」
『それは、この子をこちらの世界に引き込むということか?』
「そして、アウローラ・プラティヌムとして生を歩んでもらいます」
『いいが・・・それでいいのか?存在を捧げるということは、マーテルと完全に同化し役目が終えた後も魂の流転にも戻らず消滅することを意味する。過去、現在、未来においてお前という存在が消える。私でさえ、忘れてしまうだろう』
「えぇ。構いません。それに私は私達が歩んだ道を捨て去った時に死んだと同義だから」
もうすでに私が戻るべき世界など、私は捨てたのだ。だが、恐らくまだ足りないのだろう。何かを言いあぐねているマーテルに笑みを向ける。
「そして彼女を私の世界に持っていく対価は、彼女の中の私との思い出」
『な!?』
マーテルが見たことのない顔で驚愕している。驚くのも無理ないが、それが一番なのだ。
私の決意にマーテルはしばし考えたのちに頷く。
『わかった。では、契約の再締結だ』
私の体と優華の体が光に包まれていく。
『記憶が抜け落ちたその部分の補強として契約者アウローラ・プラティヌムの力の一部を使用。結合成功。幼体アウローラ・プラティヌム内の魂との結合成功。世界への移行を開始』
段々と体が薄くなっていくのを感じる。
仲間たちへの謝罪と優華を巻き込んでしまったことへの謝罪を口にする。だが、優華には死んでほしくなった。これ以外に方法が思いつかなかったのだ。
眩い光の中自分の形が段々と説けていくときにマーテルの声が聞こえてくる。
『数多の過去改変により優華が転生する世界に縁の糸が絡まっているわ。光の聖女の聖堂も移行してしまったみたい。貴女の知識の記録媒体として機能しているみたいね。害はないようだから放っておくわ。私力凄い使っちゃったからとても眠いの。暫く貴女が表に出てくれる?』
「いいけれど。いいの?」
『いいわよ。貴女の魔力は殆ど残っていないから見守る事しかできないでしょうし、私が浮上したら貴女の存在は全て抹消されて記憶が消えるから大丈夫よ。貴女との日々は割と楽しかったもの。おまけよ、おまけ』
「ありがとう。というか、マーテルそんな口調だった?」
『んーそうなのよねぇ。なんか違うのよねぇ。何かしら?優華ちゃんという異分子をこの世界に入れたから何らかの縁が結ばれて影響を受けてしまったのかも?わかんなーい。もう寝るわぁ。おやすみー』
以前の尊大な口調はどこに言ったのやら。親しみやすいお姉さんのような口調になってしまったマーテルに悪寒を感じながらも、瞼を開く。そこは、見知った部屋であった。
私の部屋だ。
そこに赤子用の揺り籠が置かれて、その中にはレモンイエローの髪を持った赤ん坊が寝息を立てていた。
顔は違えど一目見て分かった。
優華だ。
魂の色が、彼女だった。
「まだ、完全には馴染んでいない様ね」
元々は行っていたアウローラの魂と優華の魂が完全に同化しておらず、何処か優華の魂が反発しているように見えた。だけれど、私に干渉する手はない。でも少しだけ。彼女にマーテルのお気に入りであるという印として、マーテルの魔力を一滴与える。すると彼女は笑った。
「優華・・・いいえ。アウローラ」
私の気配、マーテルの気配に精霊達が集まってくる。かわいい、かわいいと囁いて思わず私の頬が緩む。
「えぇ、とっても可愛らしいわ」
私は手を伸ばし、やわらかな頬に触れる。彼女はは手を伸ばしてわたしに触れようとしてきたが、触れることは出来ない。
精霊達にも気が付いたようで声を出しながら手を伸ばすが、触れられず不思議そうに見つめて来た。私は泣いてしまわぬ前に揺り籠をゆっくり、ゆっくりと揺らす。心地良いその揺れに徐々に瞼は重くなっていき、すぐに整った寝息が聞こえ始めた。
精霊達が囁くが私は首を振り、「それはいけないことよ」と窘める。
「愛しい仔、愛しいアウローラ・プラティヌム。伯爵の子、水と風に愛されし子。今はゆっくり眠りなさい。全てを忘れ、痛みを忘れ、欲のままに静かに眠りなさい。今はまだ、物語の外側。目が覚めた時、それが貴女の物語の始まり。異世界より連れ出された転生の子、運命の外側より連れ出された子。今は眠れ、眠れ・・・」
段々と私の体は彼女の瞳からは見えなくなってしまう。私は確かにここにいるけれど、貴女に私は見えないでしょう。私は存在しているようで、存在していない。もし見えたのならば忘れてしまうそのようなもの。
「でもね。アウローラ」
笑みを作るが、涙が零れ落ちる。
「私は消えても覚えているから」
貴女の煙草の匂いも、一緒に食べたファミレスでの料理の味も、貴女の声も、全部覚えているから。
大切な人から私が消える。貴女は罪滅ぼしは苦しい物だと言っていた。今私は罪滅ぼしをしているのだろう。
友と歩んだ道を消してしまった、私の罪滅ぼしを。




