幕間「とある聖騎士の記憶②」
私達は、確かに勝利した。
だが、その被害が甚大であった。
公爵家の子息は消息を絶ち、インベルは目の魔力が暴走し昏睡状態、クラースは右足を失い、ノヴァはフロースを庇い背中を爪で引き裂かれ1ヵ月経った後も未だに治療が継続されている。そして、フロースは聖女の力を上限以上に使ったために両目の視力を失った。他にも部下の殆どは魔物の猛攻により死亡。そして私だけが、五体満足で生還した。
何故私だけが生き残ったのかは分かっていた。魔物は人間の血の匂いに敏感であり、私が“原初の厄災”へ向かった際に光の剣の他に帯刀していた剣はもう一つあった。それは、ルミノークスの胸を貫いた剣だ。
未だに消えないルミノークスの胸を貫いた感触を忘れないよう、突き立てた後の彼女の解放されたような笑顔と優しく包み込むその手の弱さを忘れないようにと一緒に持って行ったその剣には、ルミノークスの血の匂いが強く濃く染みついている。聖女の血の匂いを纏った剣を腰に下げた私を魔物は同族だと思ったのだろう。もしくは、聖女に仇なすものだと仲間意識を持ったのだろう。フロースの補助を受けて“原初の厄災”に光の剣を突き立てた時にソレを言われた。嘲笑を含んだその耳障りな声が未だに頭の奥から聞こえてくるようだ。
「アウローラ・・・?」
微かな声が聞こえて白いベッドの上で探るようにしてフロースが手を伸ばす。はっと我に返ってその手を握りしめる。
「はい。ここにいます。貴女の聖騎士はここにいますよ」
分かるようにその手を私の頬へと触れさせる。すると彼女は安心したようにして口元を綻ばせる。確かめるようにしてその手を何度も頬を撫でる手がくすぐったいが、同時に痛々しい姿に泣き出してしまいそうになる。
「私の聖騎士様。泣かないでくださいな」
「・・・泣いておりませんよ」
「そうなの?でも、声が震えていますよ。どうか、貴女は笑って?貴女の笑顔、とても好きですから」
彼女の言葉に、思わず涙を流して小さな体を抱きしめる。すると、フロースは驚いたように体を強張らせたがすぐに私の温もりだとわかると私の背に手を回して頬を擦り寄せる。
「どうか。笑って。私の聖騎士様」
そんなことできるわけがない。
ある日彼女の病室へ訪れた際に、彼女は泣いていた。守るべき人が誰に気付かれずに泣いているのに私だけが笑って過ごすことなどできない。だから私は様々な書物を漁り、彼女の両目を、友人達の後悔を、私の過ちを直すための方法を探した。たとえ、幾年たとうが絶対に探し当てると誓い毎日毎日図書館へと通い、そして図書館の奥、禁書庫に忍び込んで書物を読み漁った。
そこで、とある記述を見つけた。
大精霊は代替わりをし、代替わりの際取り込む人間の願いを一つだけ叶える。
賭けであったが、賭けるには十分すぎるほどの見返りだった。だが、記述を見ると大精霊の殆どの代替わりの時期は何年も先であり、可能性は低い。パテルに至っては永遠の象徴であるために代替わりをしない。可能性があるとするならば、マーテルだった。わずかな可能性を求めて、私は旅に出た。
各国を守護として持つ大精霊は出現場所が絞られるのだが、マーテルは世界全体を守護する存在であるために出現場所は絞られない。だから、可能性がある場所を虱潰しに探すほかなかった。
1年、2年と過ぎた頃、探し当てたのは私が聖騎士任命の儀を行った初代聖女の聖堂のすぐ近くにある、フロースの聖堂であった。完成されていたそれを見に来たような様子で、マーテルは祭壇の上に腰掛けていた。
『何用か?』
女性の形をした光は尊大な口調でそう言った。髪は長く、大地に溶け込んでいる。マーテルとパテルは対になる存在であり、パテルとマーテルは情報共有の為に殆どの場合において体の一部が繋がっていると記述されていたのを思い出す。
大いなる存在を目の前にして、何故か“原初の厄災”と同一の威圧感を肌でびりびりと感じる。
『もう一度問う。何用か?』
平坦な美しい女性の声に生唾を飲み込み、ぐっと腹に力を入れて一歩踏み出した。
「貴女の贄となりに来ました」
私の言葉に対してマーテルは『ほう』と平坦な声を僅かに機嫌良くしてこちらに近づく。
『丁度頃合いだと思っていた頃だ。しかし』
首筋の匂いを嗅ぐようにしてマーテルは近づく。
『此度の聖女を殺したというのにお前は何かを獲ようとするのか』
「そ・・れは」
私は思わず視線を彷徨わせる。すると、マーテルは笑い声をあげる。
『いいや。責めているわけではない。その貪欲さ流石は我が子。利己的な面は評価する。やはり人間というものはそういうものだ』
私が何かを言う前に蛇のようにするりとマーテルは離れて、瞬きをする間に先程からそこにいたように祭壇に腰掛けている。
『して。何が願いだ?叶える代わりにその身を貰おう』
「・・・私は、過去を変えたい」
『ほう?』
マーテルは面白がっているように声を上擦らせ腕を組む。
「私は間違っていた。あの日、ルミノークスを殺すべきではなかった。懇願されても、助ける術を探すべきだった。私はノヴァの作戦を止めるべきだった。あの時が好機だとしても、冷静になって考えるべきだった」
次々と後悔が口から滑り出る。
「過去を変えて、よりよい未来を掴み取る。皆が笑って過ごせるような未来を掴み取りたい」
『つまり。お前と共に聖女達が笑い合い、“原初の厄災”を退けたいと?』
「そうよ」
私の決意の言葉にマーテルは頷いた。
『面白い。いいだろう。願いを叶えてやる。マーテルは過去、現在、未来全てと繫がっている。過去にお前を送ることなど造作もないこと』
「本当!?」
『勿論だとも。お前が望む未来を掴むまで付き合ってやる。全てが終わり次第、その体を頂く』
「えぇ。それは承知の上よ」
マーテルは祭壇から飛び降りてゆっくりと近づいてくると光が徐々に薄くなり、姿が露わになる。白髪白銀の瞳、だが顔立ちは私そっくりだった。
マーテルは私から光の剣とポケットにしまっていた髪飾りを抜き取ると、剣を大地に突き立て柄に髪飾りを留める。
『暫し戯れようか。アウローラ』
差し出された手を私は掴む。私は、この先の未来この選択を後悔することになる。
当時の私には、後悔などなかったというのにどうして後悔は後からやってくるのだろうか。この面白がっているこの存在の真意を私は追及するべきだったのだ。
マーテルの手に触れた瞬間に感じた浮遊感と共に思わず目を閉じる。そして、地に足が付いた感覚と共に目を開くと聖堂から全く動いていなかった。周囲を見渡すが何の変化もない。どういうことかとマーテルがいた方を見るが、姿が消えていた。
取り敢えず外に出てみようと思い、外に出るとやはり先程と同じ景色。だが、体が先程よりも軽い。近くにある泉に自らの姿を映し出すと、その姿に驚愕した。
「髪が」
短く切りそろえていた髪は長く風によってたなびいている。顔立ちもどことなく幼い様な気がする。身に着けているのは、学園の制服だ。私は衝動に任せて学園の方へと走り出す。丁度登校時間なのだろう。生徒たちが談笑しながら後者の方へと向かっていた。
肩で息をしながら後者を見上げていると、後ろから肩を叩かれる。
「おい。どうかしたのか?」
そこに立っていたのはクラースだった。顔には傷などなく、生気の満ちた瞳。両手両足があるクラースだった。
「クラース・・・?」
「?なんだよ。そんな顔してよ。つか寮の前で待ってたのに何で先に来てんだよ」
顔を顰めてため息をつき、首を振る。
私は過去に戻ってきたのだ。
ハラハラと涙が零れ落ちていき、クラースがぎょっとする。
「は!?いや、別に怒ってねぇよ!!いや、なんで泣くんだ!ほらほら、すまんって」
周囲の目を気にしながらクラースはポケットからハンカチを取り出して私の頭を撫でながら涙を拭こうとする。彼はいつもこうだ。ここで私は察するべきだったのだ。彼は、私の事を婚約者ではなく妹のような存在だと思っていたということに。恋をする前に気付くべきだったのだ。
「何の騒ぎだい?」
「・・・クラース、か」
ノヴァとインベルが校門の前で何やら慌てているクラース元へと歩いてくる。一歩下がりインベルがうつむきがちに付き従っている。いつもながら、赤い瞳は暑い前髪で隠れている。慌てた様子でクラースが弁明し、何やらからかわれている。懐かしいその光景に、涙を拭って声を掛けようとした時「お退きになってくださいます?」という凛とした声が聞こえて来た。そこに立っていたのは取り巻きを連れてこちらに鋭い視線を向けているルミノークスだった。
「これはこれは聖女様。ご機嫌麗しゅう」
「おはようございます。ノヴァ第二王子殿下、インベル第三王子殿下、クラース様、アウローラ様。申し訳ないのですがここでお話をしておりますと皆様の登校のお邪魔になってしまうのではなくて?避けてくださると有難いのですが?」
「失礼したね。では皆退こうか」
王族相手に厳しい物言いをするのは相変わらずで、彼女がそのような言葉遣いをすることを許されているのは聖女ゆえだからだ。避ける私達に優雅にお礼をすると胸を張って校舎へと向かっていく。
「お、おはよう、ございます」
ルミノークスが後者の方へと消えた後、おずおずといった雰囲気で声を掛けられてそちらを見るとフロースが立っていた。すると、明らかに3人の表情が変わる。優し気な色を帯びたその表情に胸が苦しくなりながら、私は笑顔を浮かべる。
「おはよう!フロース!」
「はい。おはようございます。先日は校舎の案内ありがとうございました」
ということは、入学式の次の日ということなのだろう。私は「いいの」と笑顔で首を振りながら手を差し出す。
「教室に行こう?ほら!皆も!」
私に促されてみんな一緒に教室へと向かう。その道中フロースとルミノークスを比べて、ルミノークスの傍若無人な姿を揶揄する声が聞こえてくる。気にはなったが、今私はあの日の楽しい日々がまた訪れることに心が躍り、願いを忘れてしまっていた。
皆の未来を変えるという使命を忘れてしまった私は、再びあの日を迎えた。もう一度、ルミノークスの胸に剣を突き立てたのだ。
ルミノークスの死体を目の前に泣いている私の傍にマーテルが立っている。すると彼女はルミノークスの胸から剣を引き抜くと、泣いている私の首を切り落とした。
「つは!!」
痛みと共に目を覚ますと、再び聖堂の中に私は倒れていた。恐る恐る首に触れると、そこにはしっかりと首が付いている。まさかと思いながら、聖堂を飛び出して校門の前に行く。呆けたようにして生徒が行き交う校門前に立っていると後ろから肩を叩かれる。
「おい。どうかしたのか?」
そこに立っていたのはクラースだ。私は彼の肩を掴んで問う。
「入学式っていつ!?」
「はぁ!?寝惚けてんのか?入学式は昨日終わっただろ?」
また、過去に戻っているのだ。
そこからやはり同じように皆が現れて一語一句同じ言葉を言い始める。そして再び事件が起こり、ルミノークスの胸へ剣を突き立てることになってしまった。すると、マーテルが現れて私の首を切り落とした。
そして再び私は聖堂で目を覚ます。
2回とも同じであるからわかる。私は過去を変えるまで、最良の未来を掴み取るまでマーテルに殺されるのだ。私が過去に戻るトリガーは私の死。タイムリミットはルミノークスが死ぬまでだ。
「1年もない」
痛む首を摩りながら私は聖堂を後にする。私は何が何でも最良の未来を掴み取らなければならない。私自身の望みでありながら、痛みを伴うことを思ていなかったので、同時にもう死にたくないという恐怖が産まれていく。だから、がむしゃらに様々な事をやった。仲間たちに事情を話そうと思ったのだが、そのようなことを言える隙も無く、次々と聖女を取り巻く事件が起こっていきフロースを守るために皆が戦う。皆が彼女の為に戦うごとに、ルミノークスは妬みを心の中に蓄積していく。
試しにフロースをノヴァ以外の人間と恋仲にして見た。だけれど、未来は変わらなかった。では公爵子息や私の友人たち以外の人と恋仲にしてはどうかと思った。そうしたら、その人はすぐ死んでしまいフロースは聖女の力が解放されないまま魔物の襲撃事件で命を落とす。
では誰とも恋仲にならなければどうなのだろう。それもフロースが途中で死んでしまう。
ルミノークスを殺さなかったこともあったが、するとルミノークスは友人達を殺した。笑いながら殺していった。
私が助けたいと最初に望んだ誰かが死んでしまうと、私も死んでしまう。絶対に死なせないように私は立ち回り、その間に私が死んでしまうことが多かった。ならば犯人を最初に探し出して殺してしまえばいいと思ったが、私の技量では太刀打ちできなかった。それもそうだ。
犯人は二人いる。
“原初の厄災”を名乗る人物と、一連の事件を引き起こしている犯人。
勝てるわけがなかった。
剣の腕を磨こうにも、犯人に気付かれずに鍛錬するのは難しく不審な動きをすれば夜殺されてしまう。
沢山考え、策を練り、動いたけれどいつも結果は同じで誰かが死ぬか私が死ぬ。
痛い、痛い、痛い。
どうせなら痛みも持って行ってくれればよかったのにと涙を流しながらもう数えることを止めた繰り返しの中。蓄積する痛みの中私は聖堂を出ることができなかった。泣きながら、自らの首を絞める。
入れて力任せに折ろうとするがそれができない。涙を流して私は蹲る。
皆が笑って過ごせる未来を掴みたいのに方法が分からない。少しでも間違ったら死んでしまう。死んでしまえばまた最初から始まってしまう。それがたまらなく怖くなってしまった。
「もう・・・もう・・・助けて・・・」
自ら望んだことだというのに助けを請うのはおかしいと分かっている。困難な道であるということは承知していたはずなのに、自分が思っていたよりも未来を掴むということは難しかった。
『限界か?』
声がして祭壇の方を見る。そこには私と同じ顔をした白銀の女性がいた。
恨み言を言う力も、掴みかかる力もない。私は項垂れながら呆れた様な彼女の声を聞く。
『全く。人間とは脆い。これほど世界を壊しておいて今更やめようなど言うなよ?』
「世界を、こわして?」
マーテルの言葉に嫌な予感がして顔を向ける。すると彼女は目を丸くして、首を傾げる。
『それを承知していたのではないのか?』
「まって、どういうことなの?」
『どういうこともなにも』
マーテルは腕を組んで眉を寄せる。
『お前は望んだ未来を掴み取るために世界を渡り、渡った後の世界は破棄されるに決まっているだろう?』
「は・・・?」
『過去を変えれば未来は変わる。変えられた未来は破棄され虚空へ消えるに決まっているだろうに。お前が繰り返すたびに選ばなかった未来は壊れるのだぞ?何を言っている』
「じゃあ、私がいた未来は」
『勿論その後お前が違う道を選んだから破棄されたに決まっているだろ?』
そこで私がしてきたことを理解した。
マーテルは私を違う世界線の過去に送っているのではなく、一度過ごしていた時間をリセットして過去の私に未来の私を入れていたにすぎないのだと。私は一緒に“原初の厄災”を倒した仲間たちを世界ごと殺し、そして過去を繰り返すたびに同じ顔をした彼等を殺していたのだ。
思わず笑いが込み上げてくる。私は、未来を掴むためにこんなにも犠牲を産み出していたのだ。すっかり壊れた様子の私の姿をマーテルは見つめる。
『・・・一つ提案がある』
落ち着いたマーテルの言葉に私は顔を上げる。
『お前が幾数の繰り返しを行っている最中見つけたのだが、こことは違った異世界を観測した。そこでは様々な物語を娯楽としているらしい。お前ひとりでは考え付かなかった未来を改変する方法がそこでは見つかるかもしれない』
思ってもいなかった提案に私は無言のまま彼女の顔を見つめる。すると彼女はうつ向きながら言う。
『これほどまでにアウローラが追い詰められているとは知らず、こちらの説明不足であることも理解した。故に罪滅ぼしとはいかないかもしれないが、どうだろうか?』
疲れ切ってしまった私は頷く。
マーテルは祭壇から降りて私へと近づき手を差し伸べる。
『異世界への対価はこちらで払う。居場所もこちらがあちらの世界と交渉しよう。そして、その世界でお前の物語を語らせよう。暫しの休息といこう。戯れにも、中休みというものは必要だ』
もう逃げてしまいたいと思ってしまった私は、その手に触れる。すると初めて彼女は優し気に微笑んだ。人間のようなその表情に私は同じ顔ながら見とれてしまい、動きが止まる。
『では、行こう。アウローラ。我が一部』
眩い光が当たりを包み込み、何も見えなくなる。マーテルの姿すら見えない。だが、遠くで何やら声がした。何語かもわからない声が聞こえ、何を言っているか分からなかったが段々とその言葉を理解していく。
小さな話し声で聞き取れたのは、対価、期限、という言葉だった。光が晴れていくとき、光から手が伸びて来て私の頬に触れる。
『暫くさようなら。アウローラ』
額に柔らかな感触と共に目を覚ますと、そこには見たとこがない天井があった。
茶色の木が幾重に組まれている芸術性の高い梁に、小さな部屋。開け放たれている扉の向こう側には低い音を立てる白い四角い大きなもの。四角い物がたくさんあるがそれらは見た目が異なっている。寝惚けたような頭が鮮明になり、それは電気を動力として動く家電というものだという知識が浮上する。ベッドのすぐ脇にある青いカーテンを開くと、空が近い。私の世界よりも青くはないが、広い空が窓一面に広がっている。
私は、魔力も何もない科学が発展した世界へと転移したのだ。




