第1部-57話「貴女へ」
「アウローラ様・・・と同じ顔・・・」
ルミノークスが私の顔を、目を見開いて見つめてくる。人間らしい彼女の表情を見たことがあまりないのでとても新鮮で、思わず笑みが零れてしまう。目を細めて懐かしむようにして彼女等の顔を見るが、そのような権利私自身に無いのだと思い出して腕に爪を立てる。
『少し、騒がしいね。2人きりで話をしようか』
そんなことを言ってみるが、本当は私の友人達顔は同じであるのだが、全く表情の明るさが違う彼等の顔を見ていることに耐えられなかったからだ。マーテルの力を使って、自分とアウローラの体をマーテル独自の空間、つまりはマーテルが普段隠れている空間へと転移させる。そこは、地上とも空とも違う場所。ゲームで例えるならばテクスチャの隙間にあるような空間で白一色だ。マーテルはこの空間で地上の全ての流れを見ている。私の足元と同じようにパテルそのものであるこの白い空間の地面に溶け込んで、それを伝って見つめているのだ。
私はまだマーテルと完全に同化していないからその権能は持っていないが、アウローラが赤ん坊だったころ見に行ったように自由に動くことはもうできない。アウローラやマーテルと深いかかわりのある風の大精霊の周囲は辛うじて行くことは出来るが、それ以外は出来なくなってしまった。
私が消えるのも近い。やはり、アウローラを助けるために彼女の体を借りた時に無理をしたせいだろう。思ったよりも、残されている時間は少ない。
「君は、その、ゲームのアウローラでいいの?」
彼女が問うてくる。私は乾いた笑いを浮かべながらゆっくりと首を左右に振る。
『いいえ。違うよ。まず、そこから説明しなければね』
私は、違うものだ。あのゲームのような崇高な彼女ではない。言うならば、そう。あれは私の理想なのだ。あぁなりなかったという私の理想のアウローラだ。
『貴女が前世でプレイしたゲームは私が創った物なのよ』
「へ!?」
驚くのも無理はない。全てを語ることは時間と顕現がないから出来ないけれど、私は口を開く。
過去の過ちを。
『私の世界はこの世界と全く同一、だけれど、歩んだ道が違う。私達はルミノークスをフロース達と殺して、その後“原初の厄災”が復活し、やっとの思いで倒した。倒したけれど』
私は目を伏せる。
『私の仲間たちの殆どは、体の一部を失った。普通の生活が困難なほどに怪我を負ってしまったの。なのに、私だけが大したけがもなく生き永らえた。全ては私がやったというのに』
「どういうこと?」
『―ルミノークスを殺そうと言ったのは、私なんだ・・・仲のいい友人が苦しんでいるのを見ていられなかった。フロース達は必死に策を考えていたけれど、私が、ルミノークスが死を懇願している声を聞いて、殺してあげようって。彼女の胸に剣を突き立てた』
全ての原因は私だ。
あの日闇の大精霊に憑りつかれてしまった彼女は、学園の殆どの生徒を殺戮した。悲鳴と血の匂いが充満する校舎内で、生き残った生徒たちは聖女であるフロースと成績優秀者であった私、ノヴァ、クラース、インベル、ウェリタスに縋りついて来た。フロースもその声を無視することもできずに、ルミノークスと対峙する。聖女の力を持っても、ルミノークスを救うことは出来ず、遅れてやって来た光の大精霊と皆が協力しても無理であった。
ルミノークスがこちらに襲い掛かってきてそれを受けたのが私だった。その時、ルミノークスが一瞬だけ理性を取り戻していったのだ。
―殺してくれ、と。
泣く姿を見せなかった彼女が涙を流している姿に、私はもう心が折れてしまった。もし、ここで彼女を救ったとして彼女は人として生きることができるのだろうか。罪を背負って、生きていけるのだろうか。
私はフロース達に言った。
「もう、楽にしてあげよう」
それ以外方法がなかった。皆が泣きながら頷くが、一人の人間を殺す勇気は誰にもない。誰もがしり込みするから、私がやるしかなかった。決意すると、ルミノークスはあっさりと隙を作って剣を受け入れて絶命した。
“原初の厄災”が蘇った時、私がしたことはやはり間違っていたのだと思って罪滅ぼしをするようにして魔物と戦った。命を顧みずに、前線で戦った。いつの間にか聖騎士になっていて、決戦でも前に出ていたはずなのに、まるで“原初の厄災”が私を仲間だと思っていたように攻撃をしてこなかったのだ。
もしかしたら、ルミノークスを殺したことによって彼には、私自身が聖女に仇なすものと映っていたのかもしれない。
『全てが終わった後、私はやはりこの結末は間違っていると、私は全てを間違っていたと思った。結末を変えるにはどうしたらいいから調べて、一つの方法を見つけた。大精霊は人間の体を代替わりで貰い受ける際にその人間の願い事を一つ叶えるという。ならばマーテルの代替わりならばもしかして結末を変えられるのかもしれないと』
アウローラも恐らく知っているだろうが、マーテルは過去現在未来の全てに干渉できる。もしマーテルの代替わりの体としての適性があるのならば過去を今よりましな方向へとすることもできるのではないかと当時の私は思った。それはどんな現在でも、思ってはいけないことだというのに。
『示し合わせたように調べた数日以降が推定されるマーテルの代替わり時期だった。私は必死に探して、探して。ある日の夜、聖騎士任命の儀をやったあの場所の近くにフロースの偉業を祀る聖堂があるのだけど、そこにマーテルはいた』
先程までアウローラ達と一緒にいた廃墟と化している聖堂の事である。
「ちょっと待って!どうして未来に建てられるはずのフロースの聖堂が私達の時代にあるの?」
『それは・・・マーテルは私の体と存在を引き換えに過去を改変する許可をした。けれど、それはマーテルの力ではどうすることもできないから、私を過去に送り望んだ未来を掴み取れと言われた。過去に戻る際に、基点となる場所が必要なの。それがここ。この場所は私と共に何度も過去に送られ、年月を共に過ごしてきた』
フロースの聖堂が所謂タイムマシンとしての役割を担ってくれていた。納得のいかない未来になった場合、私はこの場所に来てもう一度過去に下る。死んだとしても、ここからリスタート。何度も繰り返した。
『何度やっても、私はルミノークスを殺してしまう。間に合わない。時々嫌になって自ら首を切ったこともあった。だけれど、それは許されない。心が擦り切れる直前、マーテルからある提案をされたの。それは、この世界の過去、初代聖女の物語を娯楽として普及されている世界の事。もしかしたら望んだ未来を掴み取るためのヒントがあるかもしれないとマーテルに頼んでその世界へとやって来たの。体の中身を対価として』
別の世界を見る程度であれば対価が必要とならないのだが、今回は私が別世界に行くとなったので対価が必要となった。元の世界に帰るとなれば対価は必要ないのだが。
私は下腹部を摩る。私が対価として差し出したのは下腹部の臓器半分ほどで生命に関わるほどではない程度だ。これは対価として差し出したので、もし元の世界に戻るとしたらここの臓器は戻ることはない。でも、構わなかった。もう終わらせてしまいたかったのだ。
『マーテルは私に世界に自分の物語を見せて、解決策を色々な人々に考えてもらうのはどうかと言ってきた。マーテルもそのために必要な知識や立場を作ってくれた。だから私はフロースを主人公とした物語のゲームを作り出したの』
結末を悲劇にしたのは人々の関心を引き、考察や意見を出しやすくするため。物語は簡単にかけたけれど、私のポジションがとても悩ましく、何より学園にいた何も知らなかった私の姿を書くことが耐え切れなくて、私ではない理想の私の像を作り出して物語の途中で退場させた。
『いろんな意見が集まった。沢山手紙を貰ったの』
未来を変えるという使命では感じられなかった生きがいをここで感じてしまった私は、次に話を作った。それは私が“原初の厄災”と対峙したときの話であるが、ハッピーエンドで描いた。もうここで物語を完結させてしまいたかった。掴みたくても掴めないものがここでは簡単に描くことができる。もう、元の世界に帰りたくなくなってしまうほどにその世界は居心地がよかった。
でも、それは思ってはいけないことだ。様々な意見が集まった頃、マーテルが現れる。
―もういいでしょう?と。
『私は元の世界に戻る予定だった。でも、事情があってその世界の誰かを犠牲にしなければならなくなった。それでも戻る蝋としたのだけれど、私が戻ったところで未来が変わるとは思えなかった。だから、イレギュラーを入れようと思ったの』
傲慢な考えだとは重々承知している。いくら批判されても構わない。
だが、それほどまでに皆を救うということにつかれてしまったのだ。
「何故、私だったの?」
彼女が真っ直ぐに私を見つめてくる。
やはり覚えていないのねと泣きそうになりながら笑みを浮かべる。
私ね、貴女に会っているのよ。何度も何度も合っているの。そして、助けられたの。
だから貴女の手を、伸ばした手を掴んだの。
涙を流さないようにして力を入れて、人差し指を唇に当てる。
『それは、秘密』
「なによそれ。気になる」
『言っても分からない』
「言わなきゃわからないよ・・・・?」
ふとアウローラが首を傾げた。
「ねぇ、こんなやり取り前にもしなかった?」
彼女の言葉に驚いて目を見開く。すると彼女は、はっとした表情を浮かべて首を左右に振る。
「いいえ。勘違いだね。だって、面と向かって話をしたのは今が初めてなんだし」
『・・・えぇ、そうね』
アウローラはこちらに近寄って、手を差し出した。なんだと、私は彼女の顔と手を繰り返し見つめる。
「今までありがとう。ずっと、見守ってくれていたのね」
『・・・怒っていないの?』
私の問い掛けにアウローラは一度首を傾げたが、すぐに小さく笑い手を下げた。
「別に怒っていないよ。だって貴女が私の手を取らなければ普通に死んでいたし。今私はこの世界に来れたこと、感謝してる。少し前の私だったらどういったかは分からないけれど、純粋に今そう思っているわ。それに」
アウローラは少年のような笑みを浮かべて私の手を取って握りしめる。
「私の事放っておかずに見守ってくれていた人を邪険にするわけないじゃない。それにあの時、助けてくれたのは君でしょ?ありがとうと言わない理由が見当たらないよ」
思わず堪えて来た涙が頬を伝い落ちる。握ってくれていた彼女の手を、空いている手で包み込み額に当てた。そして、『ありがとう』と彼女に言う。だが、その声は涙で掠れてしまって思うような声を出すことができなかった。
私は不安であったのだ。誰にでも優しく、暗い洞窟の光となろうとしている貴女は私にとってとても尊い物であり、私にとっての理想の姿だった。光を与えてくれていた貴女を守りたくて、その手を取った。だけれど、それは貴方にとって良かったことなのだろうかと、私が選んだ道のように独りよがりなのではないかと。
貴女は何度も私を救ってくれた。
だからもう、思い残すことはない。
『アウローラ。貴女は知りたいことがあってここに来たのでしょう?』
「・・・えぇ。私は犯人の目的を知りたい。私の記憶に流れ込んできた記憶の主である君なら何かを知っているのではないかと思ったの。思い当たる場所はここで、一か八かだったけれど」
『うん。私は、犯人も犯人がどうしてルミノークスを狙うのかも、闇の大精霊を捕まえた理由も知っているわ』
「なら!」
私はアウローラから少し離れて背を向ける。
犯人の顔も、犯人の目的も、全て私は知っている。知っていたのに、いつも間に合わなかった。だけれどきっと彼女なら間に合うだろう。そして、犯人もあの人も救うことができるかもしれない。
『全て教えるわ。だから、きっと犯人も原因となった“彼女”も、闇の大精霊も助けてあげて』
肩越しに振り返ると、アウローラは力強く頷いた。それを聞いて安心したので、この空間を解除しようとしたとき「ねぇ」とアウローラが声を掛けて来た。思わず踵を返して『どうしたの?』首を傾げる。
「その、皆とは話をしなくてもいいの?」
皆とは、恐らくフロース達の事だろう。私は、口元に笑みを浮かべて首を振る。
『いいえ。あの子達は私が愛した友人達でもないし、繰り返した世界の友人達でもない。紛れもない、貴女の友人よ。私にとっては、顔が同じだけの知らない人だわ』
「でも!」
『いいの。本当にいいの。あの日、皆を助けると決めて過去に戻った際に私の世界線は壊れた。だから貴女の友人達は違う存在なのよ』
望んだ未来を掴むために私はあの世界を否定した。当時の私はそのことを知らなかったけれど、後々マーテルからそう言われたのだ。あの時は彼女に掴みかかってしまったけれど、今思えばちゃんと過去に戻ると伝えた時に遠回しにそのようなことを言っていた。必死になるあまり、何も聞こえなくなってしまっていたのだろう。
遠くで、アウローラの名前を呼ぶ声が聞こえてくる。この声はクラースだろう。
必死に呼ぶ声は、私が生きていた頃は聞かなかったものだ。なんとうらやましいのだろう。
羨ましい?
あぁ、私はまだ、誰かを羨むような人間の心を持っていたのか。
意識を集中させてこの空間から先程の廃聖堂へと私とアウローラの体を移動させる。まばゆい光に包まれて、その光が収まるころには廃聖堂に戻っていた。
「アウローラ!!」
いち早く駆け寄ったのはクラースだ。次々と皆が心配そうな声と共に彼女を囲んでいる。怪我をしていないか、変な事をされていないかなどを確認する声に思わず私は口を挟んでしまう。
『あのね。一応私大精霊の一端なんだけれど。化物みたいに言わないでくれるかしら?』
私の声にクラースとアウィスがアウローラを守るようにして立ち塞がる。睨み付ける姿がどこか面白くて、多分、私の記憶の中では見たことのない顔だからだろう。思わず吹き出しそうになる。私の反応を見て、さらに2人は眉間に皺を寄せた。
『ごめんなさい。私と彼女顔は同じなのに、ちゃんと敵意を向けてくれるのね。よかったわ』
「よかった?」
記憶の中よりも遥かに表情が明るいインベルが問うてくる。
『えぇ。だって、貴方達はアウローラの見た目ではなく、中身をちゃんと愛しているということなんだもの』
これほど嬉しいことはない。私の友人はちゃんと皆に愛されている様だ。
『アウローラ。貴女に私の知識を与えます。この闇の大精霊の一連の事件についてまでの全ての知識。本当はその先の未来も教えたいのだけれど、私に残された力は未来の事を教えることは出来ないの』
「残された?」
怪訝そうなアウローラの声を無視して、既に蔦が絡みつている光の剣を指さす。
『この剣を手に取って。そこに全てが詰まっている。光の大精霊?』
アウィスは突然名前を呼ばれてピクリと眉を動かすが、返事はしない。
私はマーテルの一端であるから彼に対する知識があるのだけれど、知識の中にいる感情を押し殺しているが上位の者への忠誠心は忘れない大精霊の鑑の様な姿とは全く違う反応に小さく笑う。
人間らしくなってしまったのね。
恐らく将来彼は今のマーテルの姿を見て今の私のように驚くだろう。
私も、驚いたほどだから。
『その剣には貴方が大精霊の体に戻るための鍵と魔力も取り付けています。アウローラが手に取れば、いつでも元の姿に戻ることができるでしょう』
「・・・そうか」
複雑そうな顔にマーテル特有の愛しさが込み上げてくる。それを振り払い、アウローラを促す。
『さぁ手に取って。そうすれば、貴女は知識を手に入れ、私が繰り返してきた数々の袋小路となり壊れた世界が収束する』
「どういうこと?」
『簡単に言えば、私という存在がマーテルと同化して私は消える』
「なっ!どうして!?」
『この光の剣は私がこの世界に存在するための楔。それが失えば私という自我は消えてマーテルの魔力として吸収されて、マーテルの本来の自我が浮上するの』
「そんな・・・」
アウローラは肩を落とすが、私は笑う。
『気にしなくていいの。これでいいの。私という未来を掴めなかった、過去を捨て去った騎士令嬢は消えて、貴女という騎士令嬢が未来を掴むの。もう私に未来を掴むことは出来ないけれど、貴女は未来を掴むことができる。どうか、お願い。私が掴みたかった未来を、貴女が掴んで』
「・・・・っ」
やはり彼女は優しい。こんな一方的に見守って来ていただけの人の為に涙を流すのだ。
アウローラは涙を強く拭い、光の剣に歩み寄って手を伸ばす。
「あのっ!!」
フロースが声を上げてアウローラが動きを止める。そちらを見ると、フロースとノヴァが前に出ていた。
「一つだけ、私達から伝えたいことがあるのです」
「他でもない、君に。“彼等”の言葉を」
こちらのフロースとノヴァとは面識がないはずだ。一体なんだろうと待っていると、フロースとノヴァが顔を見合わせてから頷いて口を開く。
「・・・誰よりも仲間想いの君にすべてを任せてすまなかった。右腕を無くし、左目を無くした俺を救い出してくれてありがとう」
思わず息を呑んだ。その傷の場所は、他でもない“原初の厄災”を共に戦ったノヴァの傷跡と一致する。魔物の棘で目を負傷し、右腕を切り落とされた彼を背に私は帰路についた。譫言の様に捨てろと言ってくる彼だったが、私は大切な友人を見捨てることができなかった。
「・・・両目を失った私を看病してくれてありがとう。いつも話を聞いてくれてありがとう。私達の事を考えてくれてありがとう。感謝の言葉をずっとずっと言えなかった。本当に、ありがとう」
フロースが涙を流しながら微笑む。その顔は忘れもしない大切な、守ろうと誓った彼女の笑い顔。
「私の大切な聖騎士様」
フロースの声と彼女の声が重なって聞こえた。
何故、どうしてと頭の中に考えが巡る。恐らくこの聖堂はあの子のために作られた物だ。ノヴァとフロースはこの聖堂ができてからというもの、共に“原初の厄災”が失われた世界の平和を祈りに行っていた。その時に彼等の魔力が、祈りがこの聖堂に宿ったのだろう。もう消えた世界の、確かな名残。私が覚えている限り、誰かがその世界を覚えている限り、そこはなくても確かにあったと言えるのだろう。そんな奇跡が今ここで起こっているのだ。
涙が零れ落ちていく。
この言葉がただの残滓であり、彼等の本心ではないのかもしれない。でも、それでも恨まれていないということは何という掬いだろうか。
乱雑に涙を拭い、私は笑う。
『本当に、貴女達に出会えてよかった』
それは、今ここにいるアウローラ達と失った友人達に向けた言葉。もう、悔いはない。
アウローラへ頷くと、彼女はもう一度剣へと手を伸ばした。彼女が剣の柄に触れた瞬間、剣は強く光を放ち粒となって周囲を漂う。それらがアウローラへと大半が吸収されて、そのほかはアウィスへと吸収されていく。
徐々に私の体が薄らいでいく。やっとで終わりが訪れる。
『それじゃあアウローラ。ご武運を』
「ありがとう。私の大切な友人」
私は消えて行く。マーテルへと溶け込んでいく。
薄らいでいく自我の中、たった一つだけ隠していたことを言わなくて本当によかったと目を細める。
世界は私の記憶していた世界と収束し一つへと戻る。それは、私の存在が消えると同義。同時に、私の事を知る全ての人の記憶から消えて行く。今ここで話した彼女等の記憶からも消えてしまう。
私は最初から存在しなかった、そうなるのだ。
でも私は忘れない。私は消えても、私が私と分からなくても忘れない。
きっと、忘れないから。
※
ふと、瞼を開けると私は林の中にある少し開けた広場に立っていた。ここは確か、聖騎士任命の儀を執り行った聖域と呼ばれる場所だ。可愛らしい小鳥の泣き声が心地良く、程よい気温の風が頬を撫でる。
「アウローラ?大丈夫か?」
後ろから名前を呼ばれて振り返ると、心配そうにクラースがこちらを見つめていた。周囲を見ると、フロース、ルミノークス、ノヴァ、インベル、ウェリタス、アウィス、皆揃っている。
えぇっと、と額に手を当てて考える。
「確か犯人に関する情報がここにあるかもってことでここに来たのよね?」
「うん。そうだと僕は記憶しているよ」
「で?情報はあったのかしら?」
「え、えぇ。あった、みたいね」
私の頭の中は今までにないくらい冴え渡っており、犯人に関する情報も犯人の目的も事情も全て把握していた。だが、何故だろう?どこか背中が寂しい様なそんな感じがしてしまう。何もない広場を見つめて、穴が開いた様な胸に手を当てて呆けたように呟く。
「私達、誰かと話をしていなかった?」
「ん?そうっすか?全然覚えてないんすけど」
「わたくしもですわ。フロースは?」
「私も全くです・・・まさか、白昼夢でも!?」
「いや・・・違うと思う・・・きっと気のせいね」
私は誰かと話をしていた気がするが、皆一様にして違うという。私自身誰かを話しをしたような記憶はないし、目の前には何もない。ただ誰も踏んでいない草原が波のように風に靡いているだけ。
「用が済んだなら帰るべきではないか?」
アウィスの言葉に私は「そうね」と頷くと、皆は踵を返して去っていく。そんな中、アウィスにフロースが付いて行きながら「何かアウィス様から強い力を感じるのですが」と問いかけ、アウィスは自らの手を見つめがら首を傾げて「どうやら大精霊の姿に戻れるようになっているようだ」と不思議そうに答える。そこから、何故、どうして、とインベルやノヴァが彼に質問攻めしているが彼自身何が起こったのか分かっていないようだった。
私は踵を返した後、草むらへと振り返る。やはりそこには何もないし、何があったのかも記憶がない。何もなかったのかと首を傾げるが、この知識はどこから得たのかと更に疑問が深まる。
「アウローラ。ほら、行こうぜ。情報整理して、さっさと闇の大精霊助けねぇと」
「あ、うん。そうね。そうしなければね」
クラースに手を引かれて、歩きながらもう一度振り返る。
やはりそこには、何もなかった。
次回から視点が変わります。




