第1部-55話「戦い、力」
私達は巨大な魔物をプラティヌム伯爵様にお任せして、クラース様が向かった方向へ皆一緒に駆け出していく。ロサ様は待っているのかと思いきや、確信を得たいものがあるといって私達と一緒について来た。
ロサ様の強化魔法を使っているとはいえ、クラース様の速度に追い付くのは容易くない。私と同じくらいの体力であるルミノークスを横目でちらりと見ると、汗が額から流れ落ちているのだが私と同じようにしてただ一点しか見ていない。
森の手前に着くと、少し先の木が音を立てて倒れる音が聞こえた。同時に、誰かの悲鳴も。
悲鳴の声は、明らかにアウローラ様のモノではなかった。だからと言って、クラース様のものではない。
聖女になって分かるようになった“厄災”から産まれた魔物特有の肉が腐ったような悪臭が鼻につく。臭いの濃さから、それは明らかに魔物の体から流れ出る不浄な体液が大地に流れ落ちているのだろうと推察できる。
ぞわりと嫌な予感に鳥肌が立った。
「フロースちゃん!!」
ウェリタスの制止の声を他所に、私はその臭いの先に向かって走り出した。涙が勝手に溢れて止まらない。心の中で何度も、何度も願う。
お願い、お願い、私からアウローラ様を奪わないで。
貴女がすべて奪われたように、私から奪わないで。
ノヴァと私は、とある記憶を見た。
聖騎士任命の儀のあの日とある人達の記憶を見て、2人で話をした。記憶が見えた理由は分からないけれど、恐らくこれは記憶の主が微かに残した強い想いが成せたことなのだろう。
私達が見た記憶はここではないどこか、だが全く同じ世界で全く違う道を歩んだ私たち自身の記憶であった。
私が見た記憶は、私よりも数年年上の私が聖騎士任命の儀を行った場所のほとりにある泉に佇んでいるところから始まる。そこで、私は声を掛けられて振り返った。
そこにいたのは、アウローラ様と全く同じ顔した女性。
「アウローラ」
私は、その人をそう呼んだ。顔は同じであるのだけれど、仕草や雰囲気は全く私の愛しい人とは全く違う。その“アウローラ”はどこか寂し気に微笑み、僅かに睫毛を伏せているような女性であった。耳の間下辺りで切りそろえられてる髪が風に揺られて、白銀の鎧を身に纏っている騎士然としているそんな彼女は、もうすでに伯爵令嬢ではなく全てを捨て去ったような、ただ一人で凛として立っている。誰かに涙を見せることもしない、誰かに笑いかけることもしない、ただ、聖女である私を守るためだけに存在しているような盾のような人だ。
ただ一点、姿以外に同じところは私を呼ぶ声だ。「聖女様」と名前は決して呼ばないけれど、声は優しく頭を撫でられているような感覚に陥るほどの私を見てくれている声。
その世界の私はルミノークスを殺し、その数年後復活した“厄災”への最終決戦の前に世界の全ての期待を具現化したような自分自身のために作られた聖堂を見に来ていた。恋仲となっていたが厄災進行が始まり疎遠となって言い争いばかりをしていたノヴァと会いたくなかったのもあったが、絶対に探してきてくれる自分の聖騎士と少し話をしたかったからだ。
今の私ほどの感情を抱いてはいないが彼女も“アウローラ”の事が好きで、聖騎士になってから余所余所しくなった彼女に寂しさを感じていた。だから、死ぬかもしれないから少し話しておきたかったことがあった。
ただ一つ言いたいことがあった。
でもそれは言えずじまい。
“原初の厄災”は斃され、世界は安寧を掴み取った。
ノヴァも同じような記憶を見た様で、話しを擦り合わせたのだが、アウローラ様が話していた“物語”の内容とも僅かに異なる。疑問も解けぬまま日々を過ごしていたのだが、自分達の中にその世界の私達の想いが微かに残っていることに気が付く。だからと言って、ノヴァに対して更に好感度が下がったくらいで自分という存在に影響は及ばなかったのだが、気が付いたことがあった。
アウローラ様の中に、あの彼女がいる様な感覚があったのだ。
私が確信を得たのは、アウローラ様の心の中に入った日。
あの黄色い子犬が言っていた言葉だった。
≪これで彼女が干渉できる≫
その言葉と同時に、強く彼女の気配を感じ取った。
もしかしたら何らかの理由で“アウローラ”がアウローラ様に干渉して、この世界からアウローラ様が消えてしまうのではないかと、あの“アウローラ”がアウローラ様の体を乗っ取るのではないかと不安でたまらなかった。
予感が当たらないで欲しいと大地を蹴る。後ろから皆がついて来たことを感じ取りながら、涙を拭うことなく走っていく。
息も絶え絶えに目的地に辿り付いて、私は目の前の光景にへたり込んでしまう。駆け寄ったルミノークスが私の肩を抱いて、目の前の光景にただ目を奪われていた。
『―マーテル』
後ろからロサ様の声が聞こえた気がしたが、目の前の光景から目を逸らすことは出来ない。
美しくて、息が凍るほどの恐ろしい光景であった。
アウローラ様は左手に剣を持ち、棒立ちしている。彼女は右腕を失いそこからは粘性のある血が流れ落ちており、地に咲いている草花を濡らしていた。その傍らには気を失っているのだろうか、クラースが倒れていた。彼は、防御魔法でしっかりと守られている。
「死ねよ!!なんで死なねぇんだよ!!くそくそくそぉぉお!!」
品のない叫び声と共に、アウローラ様の目の前にいる赤い外套が既に体の各所を斬られ体液を垂れ流している大きな魔物に指示を出して、更に森の奥から無数の魔物が彼女に向かって飛びだしていく。
彼女は流れるように、そして無駄な動きなどなく滑らせるようにして剣を動かすと勝手に魔物が剣に向かって斬られに行っているようにして体が真っ二つになり大地に落ちていく。僅か隙を狙って大きな魔物が彼女の喉笛に牙を突き立てようとするが、ただ半歩後ろに下がっただけでそれを避けて、僅かな動きで口を削ぎ落して魔物は醜悪な悲鳴を上げる。
他の魔物達はそれに怯えて赤い外套へと擦り寄るが、そんなことお構いなしと赤い外套は彼女を殺すように命令する。すると彼女は自分の右腕の切り口におもむろに指を差しいれると、鮮血がぼたぼたと流れ落ちてそれを刃へと変えた。
ひゅっという風を切る音と共に赤い外套は悲鳴を上げる。血の刃は、深々と赤い外套の首や胸、腹に突き刺さり後方の木へと縫い付けた。それでも死なない赤い外套はもがきそれを抜けと魔物へと命令しながら暴れる。魔物達は戸惑ったようにしてそいつの周りをうろついていた。徐々に動きが遅くなっていく赤い外套の様を何の感慨もないように表情を変えず、ゆっくりと彼女は剣を握りしめながら歩み寄ってゆく。
「アウローラ様!!」
体が勝手に動いて、彼女の体を抱きしめる。
「もう、お願いです・・・貴女の体を蔑ろにするのはお止めください・・・・」
アウローラ様へ向けた言葉なのか、“アウローラ”に向けた言葉なのか。
私の言葉なのか、彼女の言葉なのか。
私自身、分からなかった。だが、私の声を聞いて目の前の彼女の動きは止めて驚いたように目を見開いてこちらに顔を向ける。そして、張り詰めた表情はふっと柔らかくなり小さく彼女は呟く。
「間に合った」
アウローラ様の体は糸が切れたようにしてその場に倒れ込み、私はそれを辛うじて受け止めて何度も名前を呼ぶ。皆も駆け寄って、隣で倒れているクラース様の容体も確認する。その最中、赤い外套にちらりと視線を向けたがあれはもうすでに動いておらず、魔物もこちらを襲うそぶりもなく小さな鳴き声と共に赤い外套を見上げている。
「アウィス、クラースはどう!?」
「傷は塞がっているが、回復魔法はした方がいい。傷の具合から見て魔物の体液が体内に張り込んでいる可能性がある。こちらが浄化魔法を使うから、インベルは回復魔法を使ってくれ」
「わかった」
「クラースは何とかなるだろう・・・だが・・・」
アウィス様がこちらをちらりの見てくるのを肌で感じながら、アウローラ様の名前を呼ぶ。そして回復魔法をかけるが、彼女の体は既に満身創痍で段々と体温が下がっていく。ノヴァ様も、私と同じようにして何度も名前を呼び手を握りしめる。
「クラース!」
クラース様は目を覚ましたのか、アウィスが声を掛けるが譫言の様にアウローラ様の名前を呼んで手を伸ばすと再び意識を手放す。
「くそっ」というインベルの声が聞こえて治療が継続されている。アウローラ様は依然として目を覚ます気配すらない。
「ロサ様!!貴方なんでもできる賢者なのでしょう!?アウローラ様を助けることは出来ないんですの!?」
『・・・申し訳ないが、これは魔法ではどうにもできない・・・たとえフェーリークの魔法でも傷を治すことは出来るけれど、この衰弱を止まることは出来ないよ』
「他に方法ないんすか!!」
『・・・』
「あきらめちゃだめよ。アタシも手伝うわ」
ウェリタス様も上着を脱いでありったけの回復魔法を彼女にかける。だが、それでも彼女の瞼は開かない。
「俺もやる」
回復魔法が得意ではないノヴァ様も彼女を助けるために左手を握りしめながら祈るようにして魔法を使う。一向に回復の兆しを見せない彼女に不安が込み上げていく。そして涙が流れ落ちて、アウローラ様の顔に落ちていく。魔力の使い過ぎで少し視界がぐらつくが、それでもあきらめずに魔法をかけ続ける。
「頑張りなさいよ、私の体・・・」
唇を噛んで、全身の魔力を彼女へと集中させる。言葉が、口から溢れだす。
「愛した人も救えないのに、何が光の聖女よ!!」
叱咤するような言葉と共に、体の奥で何かが外れた。同時に視界は白く塗りつぶされて、気が付くと何もない白い空間に立っていた。辺りを見渡すが、誰もいないし何もないただ白が広がっているそんな光景なのだが、何処か見たことがある光景のような気がしてくる。だが、それよりもアウローラ様はどうなったと声を出そうとするが何故か声が出ずに喉を押さえる。
「貴女の力はマーテル様の力。全てを守り、産み、癒す力」
それは紛れもなく私の声だった。もしかしてと、周囲を見渡すが誰もいない。
「大丈夫です。私ができたんだもの、貴女にもちゃんとできます」
瞬きの一瞬のうちに、目の前に少し大人びた私が立っていた。白い法衣を纏った彼女は優しく微笑んで、私に触れる。
「力を得た私は、この力の使い方が分からなくてたくさんの人を見殺しにしてしまいました。だから、貴女にこの力の全てを教えます。どうか、私ができなかった友人達を助けるということを叶えてください」
でも、どうして別の世界の私とこうして会うことができたのだろう。
「それは、あの子が全てを引き換えにつなげた糸を使って辛うじて干渉しているだけ。あともう少し、全てが一つに収束すれば消えゆく過去の残滓。でも、私にない全てを掴もうとしている君」
彼女は涙を流して微笑む。
「どうか。愛しい人を、世界を、救ってください。聖女の力の発動条件は―」
彼女の言葉を聞いて納得した。疑問点だったアウローラ様が言っていた私ではない私が力を発動したタイミング。ふとアウローラ様から聞いた物語のジャンルが“恋愛”であったことを思い出し、さらになるほどと口元に笑みを浮かべた。なら、発動条件は揃っている。彼女が離れ、手を差し伸べて来て私はそれを取る。
「ルミノークスにも、教えなければ。あの子の力は貴女の反対。パテル様の力。残った力で私の知識を周囲に広げます。どうか、ご武運を」
白い空間に溶け込むようにして消える彼女へ、私は答える。
「勿論ですよ」
ふっと夢から覚めるような感覚と共に周囲の声が聞こえてくる。周りを見ると、白い光の粒が空から降り注いでいる。雨の様ではなく、天から白い羽が落ちてきているような音のない幻想的な光景。目の前のウェリタスが目配せをしてきて、私は頷いた。
彼女の声を思い出す。
聖女の力の発動条件は。
「失いたくない人を守りたいという強い祈り」
失いたくない人、守りたい人、愛しい人、大切な仲間。誰かを失いたくないというあまりにも当たり前のようなその感情が、全てを救う力になる。今ほど、聖女で良かったと思える時はないだろう。聖女の力は、守りたいものを守るための力であると確信ができたのだから。
天に祈るようにして両手を組み、目の前の彼女を守りたいという思いを魔力に乗せる。今まで使ってきた魔法とは違う感覚。温かい晴れの日の風が自分を中心として柔らかく吹いているような感覚と言えばいいのだろうか。その力は、アウローラ様へと徐々に流れ込んでいく。
「!顔色が・・・」
安堵したノヴァの声がして、集中するために閉じてた目を開く。アウローラ様の顔色は戻っていた。
「見てくださいっす。腕が」
レウィスがアウローラ様の右腕を指さす。そこには、無かったはずの柔らかな腕があった。先程までなかったことが嘘のように、当たり前のようにしてちゃんとそこにあったのだ。私はその手を取って、温もりを感じる。ちゃんと、生きている。
「よかった・・・本当によかった・・・」
ぽたぽたと自然に涙が零れ落ちていく。だが、それも束の間ぐらりと体が揺れて倒れそうになる。それをノヴァ様が受け止めて心配そうに「大丈夫かい」と尋ねて来た。私が頷くと、ノヴァ様は安堵したようにして頷いた。
「てめぇら!!!」
吠える様な声が当たりに響き渡る。死んだと思っていた赤い外套が血みどろになりながら立っていた。鮮血のようだった赤いマントは自身の血で赤黒く変色してしまっている。なぜ生きていいるのかと周囲を見ると、そこにいた魔物は全て体の一部が抉り取られて徐々に消えかけている。
『食べて回復したのか』
ロサの言葉に、赤い外套は今までにない様な気味の悪い声を上げる。その笑い声は、地面に転がっている魔物が発していた叫び声とどこか似ていた。
「ふっざけんじゃねぇよくそが。ここまでコケにしやがってさ。くそくそ。我は“原初の厄災”何だぞ。こんな奴らに殺されてたまるかよ」
音もなく赤い外套は大地を蹴り、ほんの一瞬で私の目の前に現れた。ノヴァ様が守るようにし庇おうとしてくれるが、間に合わない。痛みに耐えるようにして、目を閉じた。
「あら、少々口が悪いのではなくて?」
目を開くと、一本の剣が視界を塞いでいた。その剣は私を切り裂くはずだった爪を防いでいる。赤い外套は後方に飛び去り、四つん這いで唸り声を上げて、剣の主を睨み付ける。
「何故防げる、闇の聖女!」
剣はふっと私の視界から消えて、代わりにルミノークスの後姿が視界に入る。ウェリタスにお礼を言いながら離れて、私は呆然としてその後ろ姿を見つめていた。彼女は、私達のために作られた他の全員よりも少し小ぶりな剣を右手で持ちながら答える。
「言っておきますが、わたくしもアウローラ様と稽古いたしておりましてよ」
「だが、お前が剣術に秀でている報告はされていない!」
獣のようにして襲い掛かるが、それをいともたやすくルミノークスは弾く。正直、私自身もルミノークスがこれほど戦えるとは知らなかった。学校の授業でも、先生から特別褒められることなどなかった。
「そうですわね。だって、わたくしが強くなったのは最近ですもの」
すっとルミノークスは一歩赤い外套への距離を詰める。
「夢を見ましたの。夢に出て来た人の顔は覚えていないんですけれど。その方が言った言葉、教えてくれた戦い方は不思議と朝起きても覚えていられましたの。その方はいつも後悔を口にしておりました。運命を分かち合った友人を信じれなかったこと、自分の心の弱さ、力の弱さ。弱かったから大切な人たちが苦しんでしまうような選択をさせてしまった、と。だから、強さをわたくしに教えてくださるとのことでしたの」
私の口から「あ」と小さく言葉が漏れてルミノークスの言葉の意味を理解する。そして、胸に熱いものがこみあげてくる。謝
らなければならないのは選択してしまった自分たちなのに、彼女は怨むことなどせずにただずっと自分たちの心配だけをしてくれていた。
ルミノークスの中にも、私の中にいたあの人の世界のルミノークスが力を貸してくれていたのだ。ぐっと感情が溢れそうになることを堪え、立とうとするがやはり力が入らない。
「まぁこちらの事はどうでもよろしくてよ。さて、先程と少し前、貴方は一体何をしたのでしょう?」
「はぁ?意味わかんね―」
「何を、しておりましたのでしょう」
ルミノークス体から、黒い光が漏れ出す。私にはその光が悍ましい感覚はなかった。むしろ薪のような温もりさえも感じられた。
「よくもわたくしの大切な人を傷つけ、親友を切り裂こうと致しましたわね!」
ルミノークスの光がまるで烈日のように、激しく燃えるようにして彼女の体から溢れだす。赤い外套にそれは恐怖を抱く者の様で、怯えた顔をし短く悲鳴を上げて後退る。すると、私の後ろに座っていたレウィスが私に近づいて3つの液体の入った瓶を差し出してきた。2つは黄緑色、1つは桃色だった。
「皆様は少し離れてアウローラ様とクラース様にこれを。こちらはフロース様に」
「それ、上級魔力薬と中級魔力薬じゃないの。どうしたのそれ」
ウェリタスが目を瞬かせてレウィスに尋ねるとさらりと「この前作ったっす」言われ私もウェリタスも、聞き耳を立てていたインベルとアウィスも「え」と声をそろえた。だがそんなことも意に介さずレウィスが腰に携えていた剣を抜き、ルミノークスへと近づいていく。
「んじゃお嬢様。俺も手伝うっすよ。なぁんかあの赤い外套、すっげぇ嫌いなんすよね」
「あら?気が合いますわね。わたくしあの方嫌いなんですのよ。あまり怒らない方だと自負しておりますが、どうもあの方だけはわたくしの手で切り捨てないと気が済まない様な気がしておりますの」
「うはぁ怖いっすね。まぁでも、俺も同じ感じっすよ」
レウィスとルミノークスが剣を構える。苛立った赤い外套は獣のような咆哮を上げて、魔物のように変形した爪を彼女等に振りかざすが、2人に易々と受け止められる。その最中、ルミノークスがレウィスと会話をしているようだったがこちらには聞こえてこなかった。
「フロース。そちらを貰うぞ」
「はい。すみません。お願いします」
アウィスが動けない私の代わりに片方を貰い受けてインベル様へと手渡してクラース様へ飲ませる。彼の顔色はよくなったようだ。私も、アウローラ様の口元にそれを運び流すと、喉がなって安心した。すると、呼吸が段々と落ち着いてきて整った寝息が聞こえてくる。安堵した直後、強い魔力反応を感じてルミノークス達の方向を見る。すると、赤い外套が口を大きく開けてそこに巨大な火球が作られていく。まずいと思い、自分の分の薬を急いで呷り「ルミノークス!」と立ち上がろうとするが彼女が手で制した。
「フロースのお陰で、聖女の力の使い方や内容を理解いたしましたわ。そこで、何となく感じていたことに確信を持てましたわ。わたくしの力。それは」
火球が放たれ、猛烈な勢いでルミノークスとレウィスの方へと向かっていく。ルミノークスが一歩レウィスよりも前に出て右手を上げる。
皆が一様に彼女の名前を叫ぶ。
火球は真っ直ぐルミノークスへと襲い掛かり彼女を消し去る、かと思いきや火球はルミノークス右手、正しく言うのならば差し出した右腕から漏れ出す黒い光に触れるとまるで霧のようにして霧散した。
「は?」
赤い外套が間抜けな声を出す。こちらから辛うじて見えるルミノークスの表情は、ただ微笑んでいた。赤い外套は何度も火球をこちらに飛ばしてくるが、それをルミノークスの光が霧散させていく。
「何だ!何なんだその力は!」
「教える義理がありまして?」
戸惑う赤い外套にルミノークスが頬に手を当てながら返答する。それが合図のようにしてレウィスが一気に距離を詰めて、剣を振り上げる。弾けるようにして切られた右腕は宙を舞い、そこから鮮血が吹き出す。その切り離された腕は宙を舞い、ルミノークスの目の前に落ちると彼女はそれを拾い上げた。
「やめろ!触るな」
「叶える義理がありまして?」
ルミノークスが持ち上げた赤い外套の腕は、先程の火球と同じよう霧散していく。赤い外套は子供のような泣き声を上げてそれを見つめ、再び剣を振り上げたレウィスを見て悲鳴を上げて森の奥に逃げていってしまった。それが歩いて行った方向には、赤い血が目印のようにして続いていく。
「追いますか」
「いいえ。それよりも優先するべきことがございましてよ」
「はいっす」
ルミノークスもレウィスも剣を仕舞い、こちらへ振り返る。そしてアウローラ様とクラース様の表情を見て安心したようにして笑みを浮かべると、ルミノークスがペタンと座り込んでしまった。
「技術は得ても体力は一気につきませんわね」
「それはまぁ。地道にやるしかないんじゃないっすかねっと」
ルミノークスを軽々と抱きかかえた。短く悲鳴を上げてはいるがどこか満更でもない表情を浮かべて「申し訳ないですわ」と小さくなっている。レウィスのお陰て動けるようになった私は立ち上がり、アウローラ様をノヴァ様が抱きかかえ、クラース様をウェリタス様が背負った。
「早く戻りましょう、皆様方。早くアウローラ様を安静にさせてあげませんと」
ルミノークスの言葉に皆が頷き、先導するレウィスの背中を追う。
あぁ本当に、ルミノークスとレウィスが味方で良かった。
これほどまでに2人が敵ではなかったことに安堵する日はもうこないであろう。
正直言って彼女等の戦いぶりは恐怖を覚えてしまうほどだった。
こうして戦いは終わりを迎えた。
怪我人はアウローラ様、クラース様を含めて多数出たのだが、死傷者は誰もおらず。
戦いはこちら側の勝利で終わった。




