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騎士令嬢は掴みたい  作者: まつまつのき
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幕間「教師のある一日」

騎士を退役し、表立って自分自身で国を守るよりもこれから国を守るだろう未来の若者を育てるとぼんやりと考えている時、儂に勝ちたいと幼いころから躍起になっている息子・アルスに一騎打ちで敗北した。敗北したことにより家の事を全て彼に任せるときが来たのだとそう思って、同時に自分自身はもう成長することは出来ないのだと悟った。

なので一切合切息子に授けると、彼は瞬く間に頭角を現し始めて、嬉しい様な自分よりも強く成る姿に悔しい様な複雑な思いを抱いていたが、でもどこかすっきりしたような気持になった。その直後、王城からお呼びがかかって空いたときに学園の先生をしてくれないかと言われて二つ返事で了承した。

学園の先生は全校合わせて18人おり、各専門学校に6人。更に詳しい振り分けがあるのだが、皆一様にして何かのエキスパートである。ちなみに儂は騎士専門学校の教師であり、特に実技系を担っている。そして、専門学校に入る前の教育学校ではこの全専門学校の中で選ばれた4人が教師として常駐することとなっている。本来儂は他の仕事もあるために教育学校には行かないのだが、カエルムにどうしてもと言われて請け負った。儂がいつに抜け出しても大丈夫なように、武術教師は二人になった。

教育学校の選ばれた先生を纏めるのが学園長。彼は専門的な物を教えるよりも、一般常識を教える方が性に合っているようで教育学校にずっといるらしい。彼は忙しい身であるので、授業以外は自室で書類に追われているか他の学校の視察に行ったり、王城に呼び出されたりといないことが多く、詳しくは知らないために“らしい”としか言えないのだ。

さて、教育学校の教師の一日はかなり早い。

朝方、ほぼ日の出と共に皆起床する。ちなみに寝泊まりは校舎の傍にある教師専用の寮だ。学生寮もこちらの寮もステルラが管理しており、朝食の手配やら何やらも全て彼女が自らやったり、人を手配してくれている。教師の部屋は広く、寝室と仕事部屋の二部屋構造となっており、更には自分で炊事もできる様な設備もある、のだが儂は殆どやらずに寮の食堂で全てを済ましている。

身支度を整えて食堂に行くと、ステルラが出迎えてくれた。


「あ、おはようございます。ファンス様。朝食、出来ておりますよ」


今日はステルラ自ら食事を作ってくれたようだ。あまりに彼女は働くので何か手伝うことはないかと尋ねた時もあるが、彼女はやんわりと首を左右に振って「自分が楽しんでやっている事ですから大丈夫ですよ」とにこやかに言ってくれた。こちらに気を使ってと当初は思ったのだが、彼女の仕事ぶりを見るとそれは本心のようで最近はその言葉に甘えてしまっている。だが、何かあれば頼るように言ったので重い物を運んだりするときは声を掛けて来てくれる。


「おはよう。ステルラ。いやぁ、今日もうまそうだ!」


焼き立てパンとベーコン、スクランブルエッグやサラダ、スープっといったバランスのいい食事がテーブルに置かれている。それにしても、今日は用意されている食事の量が多い気がする。この寮に泊まっているのは、儂、ステルラ、フォリウの3人だけだ。臨時で教師として学園に出入りしているプルヌスは王城にある自室から通っており、学園長はこの場で食事をとらない。図書室の司書も自宅にいる。だが、食事は4人分用意されていた。


「ファンス。そこで立つな。でかい壁かと思ったぞ」


後ろから声がして振り返ると小さな姿が目に入る。武術主任教師のフォリウだ。

フォリウは元々教育学校志望ではなかったらしいのだが、こちらも儂同様に“頼まれた”らしいのだ。教育学校に勤めるのはカエルム時代と2回目。その時にも思ったのだが、同じ専門学校教師であるためにコイツの性格は知っているためにまだ何の基礎訓練もしていない少年少女たちがあのトラウマ級の訓練を乗り越えることができるのかと不安になった。その不安は的中し、カエルムに彼女の訓練内容を調整してくれと言われて儂がこの場にいる。

アウローラと年が変わらないほどの背格好であるが、ファンスが学園に教師として勤める以前からいるようで詳しい年齢は知らない。ファンスの姉とは時折面識があるのだが、あの穏やかな姉とは正反対すぎるといつも思う。髪の色と目の色が違うだけで顔立ちは全く同じだというのに。


「何を突っ立ている。せっかくの美味しいご飯が冷める。中に入るぞ」


腕を引かれて食堂の中に引っ張られる。小さな細腕のどこからこれほどの力が出るのか「引っ張るなよ」と呟きながら、ずるずると中に入り、席に着いた。ステルラはそわそわと入口の方を見ており「どうしたんだ?」と問いかけると、ステルラは心配そうな顔で入口に視線を何度か向けながら口を開き「実は今日―」と言いかけて、入口の方から聞き慣れた声が聞こえて来た。


「久しいな皆」


感情の抑揚が殆どない平坦だが通る声に儂は驚きそちらに目を向けるとそこにはストゥディウムが腕を組んで立っていた。するとステルラがほっと胸を撫で下ろして彼に言う。


「時間より少し遅れていらっしゃったので心配してました。またお腹を空かせて倒れているのではないかと」

「他の人間に言われ1ヵ月何も食べないという行為をしないよう善処している」

「・・・善処ですか」

「時折忘れるが、今回は1週間ほどしかたっていない」

「・・・食事は毎日とってください。本当に心臓に悪いので・・・」


彼等の会話でふと以前魔法専門学校にいる教師からとある事件について話をされたことを思い出した。

ある日魔法専門学校の教師とステルラが校舎内の見回りをしていると、実験室でストゥディウムが倒れているのを発見した。彼は頭部から血を流しており、ステルラはその場で彼に治療魔法を施してもう1人の教師は宮廷魔法士に連絡、現場検証が始まった。その後治療魔法と栄養剤を補給した彼は次の日の朝に目を覚まし、事情聴取の末事件の概要が明らかになった。


「空腹で眩暈を起こし、倒れたところ机の角に頭をぶつけ気絶していた」


結果、事件性なしと判断され厳重注意でこの事件は幕を閉じた。だが、それ以降時折ストゥディウムが廊下で倒れるという事件が多発したために料理ができる教師がかわりがわり彼に対して餌付けをするという事態となったのだ。ステルラもその光景を見ていたために、彼がちゃんと食事をしているか確認していたという話を聞いた。


「心配になって宮廷魔法士の友人に聞いたらまた倒れたと聞いて驚きましたよ。学園長からも許可を頂いているので、私が教育学校にいる間は食堂を利用してください」

「善処する」

「善処ではなく、してください」

「了解した」


ストゥディウムが頷いて、空いている席に腰掛ける。そのやり取りを見て儂は思わず笑ってしまう。


「まるで親子のようだな」

「だんだん私もそう思ってきました。息子もここまで手がかからなかったのに」


ため息混じりの呟きに、パンを頬張っていたフォリウが顔を上げる。


「ん?ステルラ、息子がいたのか。初耳だ」

「あ・・・その、えぇ。いますよ」


ステルラはうつ向き、パンをちぎりながら呟く。翳りのある表情に儂は踏み込んでいいのか考えあぐねていると、テーブルの中心に山積みされているパンに手を伸ばしたフォリウが首を傾げる。


「そうか。今どこにいるんだ?」

「結構前に離れ離れになってしまったので・・・そのぉ」


どうした者かという風にステルラはパンをちぎり続けて、皿の上にはちぎられたパンが山を作っている。儂は隣に座っているフォリウの頭を軽く小突く。


「フォリウ。ずけずけと物を聞くな。礼儀がなってないぞ」

「・・・話したくなければ話さずともいいぞ」


不満げにフォリウはパンを口に詰め込んでそっぽを向く。するとステルラはうつ向き方を落とした。


「はい・・・すみません」

「ステルラ。謝らなくてもいい。悪いのはフォリウだ」

「自分も同意だ。ステルラ、明日からこれの食事は少なくするべきだ」

「ぶっ飛ばすぞ」


食事のこととなると苛つきやすいフォリウはストゥディウムを睨み付けるが、彼は涼しい顔で少しずつ食事を食べ進めていく。暗い雰囲気になってしまったと儂は顎を撫でて、話題を変える。


「そういや、今年の生徒は優秀なのが多いな」


話題の変更にステルラはほっと胸を撫で下ろした様子で、フォリウも既に先程の事を気にしていない風に口を開く。


「確かに。フォリウの訓練についていけるやつが割といる。あの噂の聖女一行は特に素晴らしいぞ」

「彼女達、結構鍛えているという話でしたからね」

「プルヌスからも聞いている。才能の塊だと」


やはりプルヌスの会話の殆どはアウローラに関してなのではないかと思ってしまう。あの溺愛っぷりにはこちらも驚くが、儂としてはどうも師弟愛以上の何かがある様な気がしてならないが、他人の心を詮索してもいいことなどない。生徒となった聖女達の話をしていると、ストゥディウムがちらりと窓の外を見て立ち上がる。


「すまない。仕事に戻る」

「お、そうか。んじゃ儂達もそろそろ行くか」

「そうですね」

「いくぞ」


皆が立ち上がり皿などを片付ける。ステルラがそれらを全て手慣れた手つきで洗い、寮の前で彼女を待つ。数分程度でステルラは外に出てきて、寮に施錠をした。彼女は中身が詰まった紙袋を抱えており、それをストゥディウムに差し出す。


「今日の分と日持ちする者が入っていますので、必ず、食べてくださいね」

「ぜ・・・・了解した」


善処しようと言いかけ、ストゥディウムは表情変えずにそれを受け取る。元々表情は乏しい彼だが、今はどことなく柔らかい表情だ。ストゥディウムは「では行く」と言って頭を下げた後にさっさと歩いて行ってしまった。それを3人で見送った後、フォリウが唐突に言う。


「ステルラはストゥディウムが好きなのか?」

「ぶっ!!」


思ず儂は吹き出してしまい、ステルラはきょとんとしている。赤面するかと思いきや、彼女は微笑んで首を左右に振った。


「同僚としての好意はありますが、フォリウが言うような恋愛感情的な物はないですよ」

「そうかのか。やけに甲斐甲斐しいなと思ったぞ」


まぁ確かに同じことを思ってしまった。だが、もう少し聞き方というものがあるだろうとフォリウを見るが、いいや、こいつにそのような事を考える頭はないだろうと諦める。するとステルラはストゥディウムが去っていった方向を見つめて、過去に光景に思いを馳せるように目を細めた。


「昔、似た人がいたんです。見た目は全然違うんですが。1つの事に集中すると何日間も食べなかったりする人で、良くこうしてご飯を作っていたんです。だから、どうしても重ねてしまうんでしょうね」

「そうか」


聞いたくせにフォリウはそっけなく答えるが、深堀しなかったのはよかった。それほどにステルラの表情はどこか寂し気で、悲しそうであった。


「んじゃ。行こうか」


儂がそういうと、2人は一緒に歩き出した。もうすぐ生徒たちが登降する時間帯で、教師は正門の見張りをしなければいけない。油断していたときに何かがある可能性があるからだ。本来はこんなことしなくてもいいが、この学年は国にとっての重要な人物が多いため教師同士で話し合った結果こうなった。生徒たちが歩いて登校しているのを、学園長と儂ら4人で挨拶をしながら見守る。プルヌスは朝王城によって指示を出したり、書類のチェックをしているために来れないので4人でいつもここにいる。


「おじ―ファンス先生!」


快活で可愛らしい声が聞こえてそちらの方を見ると、アウローラが駆け寄って挨拶をしてきた。後ろにはいつもの彼女の友人達が付いてきていた。ルミノークスがおずおずと挨拶するが、フロースは反対に明るく挨拶する。この子達は聖女と云う任を課せられた少女達で、重い責任を課せらえているというのにいつも2人一緒に悲観している様子などない。それにしても、家は特に血縁関係がないというのに、どことなく顔立ちが似ているのは気のせいだろうか。それとも、聖女は同じような顔立ちになるというのだろうか。

フロースとルミノークスの後ろにはクラース、レウィス、ノヴァが歩いてきており、皆礼儀正しく挨拶をする。だが、アウィスとインベル、ウェリタスの姿がない。どうしたのかと首を傾げていると、ノヴァが半笑いで儂の表情を察して答える。


「実はウェリタスが今日の課題が終わっていないらしく、朝インベルとアウィスに教えられているのさ」

「へぇ。公爵家の坊ちゃんが珍しい」

「いやぁ、アイツ苦手科目があるみてぇでそれを夜にやろうとしたら寝落ちたっつってましたよ。薬学系が苦手とは意外だったぜ」


そんな立ち話をしてからアウローラ達は手を振って教室へと歩いて行った。彼等はアウローラを中心にいつも明るい。それにしてもノヴァの表情が明るくなったものだと思う。この2人の幼少期はよく知っているが、いつも利用して来ようとする人間に対して警戒心をあらわにし、子供らしい表情を見たことがなかった。

段々と登校する生徒が少なくなり、そろそろ始業のチャイムが鳴ろうとするときにバタバタと走ってくる3人の姿が見えた。


「ほらほら早く!!遅刻なんてもってのほかだよ!!」

「インベルちゃんなんでそんなに早いのよ!!」

「精霊体なら楽なのに!!」


インベルを先頭にしてウェリタスとアウィスがこちらに向かって走ってくる。そして走りながら適当に挨拶をしてそのまま校舎内に入って行く。それを見たフォリウが「校舎内では走るんじゃないぞー」と呑気に言うと遠くで「わかりました!」というインベルの声が聞こえてくる。

ウェリタスもインベルも変わった。彼等も何かを押し殺したような表情を浮かべる様な子だったが、明るくなった。あの2人の聖女のお陰なのか、それともアウローラのお陰なのかは全く分からないが、明るくなったのはいいことだと思う。

チャイムが鳴り響き正門には学園長が防御魔法を張る。学園長は一般教養を教えているが、学園長だけあって魔法の腕も宮廷魔法士に負けず劣らずだ。

こうして、今日一日が始まっていく。

教育学校では一つの授業を全員が受けて、午後は自主勉強だ。と言っても教師のやることは多い。他の教師が授業中はこれからの授業の予定を立てて、道具を用意、そして生徒たちの進み具合を考え課題を与える。そうこうしているうちに午前中はつぶれ、昼休みもそこそこに午後の自主勉強の時間となり、気が付けば夕方となっている。

夕方以降は生徒達は寮に帰ったり、中庭を散策したり、図書館に居たり放課後の時間を有意義に過ごしている。その間巡回の時刻になるまで教師は寮に一度帰り仮眠を取ったり、職員室で書類を書いたりする。

儂は寮に帰ることなく職員室で仕事をしているが、いつもフォリウは自室に帰っている。巡回の時刻が近づいてきたのでフォリウを呼びに行こうと彼女の自室に行ったのだが、寮の鍵が閉まっている。ということは中にいないということだ。いや、もしかしたらフォリウ自身が寮に鍵をかけたのかもしれないと思い、巡回をしつつ鍵を管理しているステルラを探しに校内を歩く。

2階に差し掛かった時に、話し声が聞こえて足を止めた。


「学園長様」

「・・・おやステルラ・カルブンクルス先生。どうかしましたか?」


どうやらステルラと学園長の様だ。どうも話しかけづらくて、階段下で気配を殺す。


「これ、良かったら」

「えっと?これは何でしょう?」

「軽く食べれるものを作りました。ご飯、食べていないでしょう?」

「あ・・・ははは。実は。少し今やることが多くて・・・」

「何事も体が資本です。どうか、食べてください」

「ありがとうございます。ステルラ・カルブンクルス先生も無理はいけませんよ」

「・・・はい。では」


誰かが立ち去る音と誰かが階段を降りてくる音が聞こえてくる。階段上から現れたのは学園長だった。彼は儂に驚き目を見開いたが、抱えている紙袋に儂が視線を注いでいるのを感じ取ると困った様にして笑う。


「聞いていましたか?」

「すまんな」

「いいえ。大丈夫です。彼女、時折こうして差し入れをくれるんですよ。ですが」


学園長は儂に近づくとその抱えている紙袋を押し当てて来た。


「正直、要らないんです。貰ってください」

「は!?」


思わず声が大きくなってしまったが、まだ彼女が二階にいるだろうと思い出して声を潜める。


「彼女、学園長のために用意したんだろ?なら、貰ってやれよ」

「いいえ。食べませんし。それにあの顔でこんなことをしないでもらいたいんです」

「なら断ればいいじゃねぇか」

「・・・断れたら、断りますよ」


苦々しく口にする彼は、悲し気に瞳を伏せる。

紙袋を見下ろし、儂はため息をついた。このまま学園長が持って帰ってもごみに捨ててしまいそうなので「しょうがねぇな」と呟く。すると学園長は深々と頭を下げた。


「申し訳ありません。助かります」

「でも、言いにくくてもちゃんと断った方が双方の為になると思うぜ」

「はい・・・すみません」


身を小さくした学園長は小さな声でそう言って、1階に下がっていく。すると今度は上の方からフォリウが降りて来た。探していた人が現れたことと今ステルラが降りてこなかったことに安堵していると、紙袋を見たフォリウが足早に近寄ってくる。


「何だそれは。食べ物か?」

「ん。まぁそうだな・・・食べるか?」

「食べていいのなら」


目を輝かせ彼女は見上げてくる。取り敢えずここにいればステルラが戻って来るかもしれないので階段下に降りて紙袋を渡した。中に入ってたのは焼き菓子やパンであり、日持ちするように固めに焼いている。それを1分足らずでフォリウは平らげ、紙袋を火の魔法で消し炭にした。


「これはステルラが学園長に作ったものか」


言い当てたフォリウに驚いてそちらに視線を向けると、得意げに彼女は胸を張る。


「ふふん。食べればどのように気持ちを込めて作ったか分かるぞ。それにしても、学園長とステルラは仲が悪いな」

「いや、悪いというか、何というか・・・」


あれは一方的に学園長がステルラを苦手としているような様子であったと思う。そしてその理由がどこか複雑そうなことも分かる。過去に2人の間に何かあったのかもしれないし、最近何かあったのかもしれない。

何かまた変な風にフォリウが2人に聞かないように、別の話題を彼女に振る。


「そう言えば、フォリウの授業内容どうにかしないか?」

「ん?どうにかとは?」

「いや、きつすぎると思うんだが・・・」

「あれでか?」

「いや、どう考えてもきついだろう・・・」

「いや、ファンスが消極的なだけだ。学園長にも聞いてみよう。図書館の方から気配がするから行こう」


歩き出すフォリウに対して、彼女の授業内容をこう直してみたらどうかと話をするが、フォリウは首を縦に振らない。いやしかし、基礎体力は徐々にが基本だ。最初から校庭を何十周もさせ素振りを百単位でやらせるなど流石にやりすぎだと思う。図書館の方に行くと、そこには学園長とアウローラがいた。彼女は本を抱えており、何やら学園長と談笑している。


「学園長!」


フォリウが声を掛けると、2人がこちらを向く。アウローラは表情を明るくして頭を下げた。学園長は先程の表情から一変して、いつもの人が良いような微笑を浮かべて声を掛けて来た。


「フォリウ・アメテュストゥス先生とファンス・フェッルム先生」

「よ、学園長」

「ファンス。いつも言うが、学園長は学園長なんだ。そのように軽々しく挨拶をするべきではないとフォリウは思うのだが」


儂の軽い挨拶にファンスが苦言を呈してきた。いや、お前に言われたくないんだがと思ったが、恐らくフォリウは生徒の前であるためにしっかりとした一面を見せたいのだろう。だが、それもすぐに瓦解する。

儂に親指を向けて文句を言うが、学園長はすぐにフォリウのやり方と儂のやり方の折衷案を出してきてくれた。流石に学園長の考えを無下にすることができずに彼女は「検討する」と不満ありげに答えた。そして、ふとフォリウは思い出したようにしてステルラに話題に変わる。

最近ステルラが集中できていないとのことだった。そんなこと儂は知らなかったが、同性同士何か相談に乗っていたのかもしれない。だから、フォリウは2階から来たのではないかと想像する。だが、儂とて先程の学園長とステルラのやり取りを見ているため、今はこの話題を避けたい。だが、2人に何があったのかも知りたいという気持ちもある。わだかまりを無くした方が、仕事はしやすいからだ。


「あ、あの、フォリウ・アメテュストゥス先生。その話は、そのぉ・・・」


話題を避けたい学園長はアウローラを理由に使った。するとファンスはアウローラの存在に気が付いて話題がすり替わる。その直後、学園長の表情に影が落ちたような気がしたが次の瞬間にはほっと安堵しているような表情に変わっていた。その影の表情にチリリと背中に嫌な感じがしたのだが、気のせいだろうか。

その後時間も時間なのでアウローラを送り届けることとなってフォリウと共に彼女を寮まで送り届けた。その帰路、小さくフォリウが呟く。


「あの2人、何があったんだろうな」

「あの2人って、学園長とステルラか?」

「そうだ。全く、やりにくい」

「はは・・・でもま、あんまり人の仲に首を突っ込んでもいいことないぜ」


フォリウの頭を撫でると、彼女はそれを嫌がる様子もなく受け入れる。学園で共に教師生活を歩むことになってかなり経つ。フォリウの言葉遣いは褒められたものではなく自分の為であると言っているようであるが、彼女なりに2人の仲を心配しているのだ。授業内容がきついのも、恐らくこの不器用さ故だろう。

学園に帰ると、プルヌスは椅子に座りながら腕を組んでおり、仮面には、でかい文字で“睡眠中”と書かれた紙が貼られており、ステルラはそれを剥がそうかどうか考えているようだった。やって来た二人に助けを求める様な視線を向けて、思わず顔を見合わせると吹き出した。その声で、どうやらプルヌスは起きた様子で椅子から立ち上がって紙を剥がすと大きく背伸びをした。


「今日は巡回に加わるよ。手が空いているし、気分がいいからね」

「そりゃ助かるな」

「皆さん御揃いですね」


学園長が開け放たれていた扉を潜り笑顔を浮かべている。ステルラの様子が少し気になってそちらの方へ視線を向けるが、彼女は感情なく彼を見つめているだけだ。大丈夫かどうかは一見して分からないが、何の感情も見えない表情に不安になってしまう。だが、彼女は公私混同をあまりしない子であるので態度に出ないだけかもしれないと、今は様子を見ることにする。

学園長に割り振りされた巡回ルートを聞き、夜の学校の見回りをする。帰っていない生徒もおらず、施錠もしっかりとされており、いつも通りの静かな夜だ。

1時間程度で巡回は終わり、やっとで1日の仕事は終わりを告げる。プルヌスは迎えに来ていたソルバリアに引きずられながら王城へと帰っていき、学園長も早々に帰宅した。ステルラは先に料理の支度をしてくると足早に去っていき、それにフォリウも付いて行った。儂も一緒について行ってもよかったが、少しアウローラの様子が気になってそちらの寮に寄った。だが、中には入れずただ外から彼女等がいるだろう部屋を見る。

灯りはついていない。

ちゃんと寝ていることを確認でき、満足する。あの子の事だから、夜中まで起きて何か頑張ってしまっているのではないかと少し心配だったのだ。

寮に背を向けて、帰ろうとしたとき『ファンス?』という涼やかな女性の声が聞こえてくる。そちらの方へと振り返ると、そこにいたのは僅かに青い光を帯びている水の大精霊だった。

相も変わらず、美しい姿だ。


「よぉ。どうしたんだ?」

『・・・彼女は元気?』


彼女とはウィオラの事だろう。儂は、伺うようにして見つめてくる彼女はへと笑顔を向ける。


「そんな顔をせずとも妻は元気だ。心配しなくていい」

『そう。よかった・・・』


安堵の表情を浮かべた彼女は、月明かりの下で微笑む。大精霊という存在は人とかけ離れているために尊大な態度をしてくるものだと思っていたので、彼女を見ていると大精霊も人のようだと思ってしまう。


「今度、今の仕事が一段落したら水の国に妻と会いに行くよ」


そう儂が言うと、彼女は表情を明るくして儂の手を握った。


『きっとよ。待っていますから』

「あぁ。ウィオラも水の大精霊に会いたがっていたしな」


水の大精霊は儂の手を離すと、綻んだ笑顔を浮かべて『嬉しい』と呟いている。

そろそろ寮に戻った方がいいかと思い「じゃ、またな」と言って手を軽く振ってその場から立ち去ろうとすると、水の大精霊が服の袖を掴んだ。何だと驚き彼女を見る。


「どうした?」

『今、フェーリークって呼ばれているの。できれば、貴方達にもそう呼んでもらいたいわ』


確かアウローラが時折そんな名前を出しているのを聞いたことがある。そうか、彼女の事だったのか。アウローラが大精霊と協力関係にあるという噂は本当の事らしい。儂は笑い「わかった、フェーリーク」というと彼女は嬉しそうに笑って、ふっと消えた。

それにしても、彼女との付き合いは割と長いが、儂とウィオラに対して特別親し気に接してくるのは何故だろうか。嫌では全くないのだが・・・

寮に帰ると、食堂の方からいい香りが香ってくる。

誘われるようにして食堂に近づいていくと、何やら口論のような声が聞こえてくる。

食堂を覗くと、ストゥディウムとフォリウがなにやら言い争っている。いや、言い争っているというよりもフォリウが何かストゥディウムに物申しているような様子だ。

専門学校同士の交流会でもストゥディウムとフォリウの相性が良くない様子で、時折ストゥディウムの行動に対してフォリウが何かを言っている光景をよく見る。といっても2人は嫌い合っているようなものではないように見える。そんなことを言うとフォリウがあからさまに嫌な顔を浮かべるのだが。


「あ、ファンス様。今ご用意いたしますね」


その光景にすっかり慣れているステルラは気にする様子もなく、儂の分の料理を用意してくれる。儂とステルラが席に着くと、それに気が付いたストゥディウムが、助けろ、と言わんばかりの視線をこちらに向けて来た。儂とステルラは顔を見合わせて笑う。

こうして、儂達の1日は過ぎていくのだった。


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