第1部-53話「作戦」
自分の数倍はある魔物を椅子代わりに座りながら我ははるか遠くにある光の国の王都へ視線を向ける。鼻歌交じりに足をぶらつかせていると、椅子代わりいしている魔物が不快そうに短く鳴き声を鳴らす。爬虫類のような見た目ではあるが、狼身のような体毛を持ったその魔物に対し、我は鼻を鳴らして踵をその体にぶつける。
短い首を絞めた鶏のような声を上げて、それがたまらなく愉快で我は声を出して笑うと魔物は悲し気な、擦り寄る様な鳴き声を上げて許しを請うた。
「そこまで言うなら我に対しての無礼は許そうか」
体毛をするりと撫でると、魔物は静かになりその場に伏せる。足音が聞こえて周囲を見渡すと、王都の周辺の見回っていた魔物達が戻ってきたようだった。
「報告を聞こうか」
魔物は人間には判別できない言葉で我に話しかける。勿論、我はその言語を理解できる。
「痕跡は残していない?索敵範囲内には入っていないよね?」
我の問い掛けに斥候のリーダーは頷いた。
平原を埋め尽くすほどの魔物であるが、その姿は多種多様。狼のような獣の姿もあれば、百足のような虫のような姿もいる。植物の姿だってある。だが、共通していいるのは全身が浅黒く変色している事である。
それは原初の厄災の血肉をその身に浴びたため、その色に変色しているということだ。魔物というのは、半分が元々善性よりの生物が原初の厄災の影響を受けたもの、もう半分が原初の厄災の体から直接生まれたものであり、後者は我の下にいる魔物のような巨体を持っていたり、原生生物とは少しばかり離れた出で立ちをしているもので知性がある。現在ここにいる魔物達は全社なのだが。
その昔、我がこのような姿になる前は一つの島を飲み込むほどの巨体であり、足を一歩踏み出すと世界が揺れるほどの災害のような存在だった・・・らしい。
というのも、我自身その記憶など全くない。とある人物から「君は原初の厄災だ」と言われて、それらしく振る舞ってい入るものの、それが正しいのかもわからない。最初の頃は様々考えながらやったが、今はもう自分の愉しさだけで事を起こしている。その、とある人物というのもあまり覚えていないのだが、その人はやけに悲し気な表情でこちらを見ていたような気がする。
我が今まで見て来た、大切な人が死にゆく姿を見ている人間のような表情であった気がするのだ。
だが、正直自分がその様な大それた存在であろうとなかろうと、このような愉しいことを人間相手にでき、魔物達を従えるということはとても気持ちがいい。
黒く埋め尽くされている平原を見ると、これから起こることに快感で身震いしてしまうほどだ。
アウローラが死ぬまであと数日ほど。
都内に遣わせた傀儡、アイツの傀儡とアイツからの情報によるとやはりアウローラの救出は上手い具合に行かないようだ。アウローラの室内には立ち入ることは出来ないが、窓の外から覗くと彼女は滾々と眠りについている。
「闇の大精霊の準備もアイツが上手くやってくれるだろう。ただ目の前で人間を沢山殺せばいいだけだし。そうすれば光の国の守護が揺らいで襲撃できる」
余りの順調さに笑みがこぼれてしまう。
「大精霊の暴走の要因の一つが感情の暴走なんて、だから人間由来の物は脆い」
大精霊の暴走には要因が様々であるが、今回の場合闇の大精霊の元となった人間があまりにも人の死に対して畏怖を抱き、自分の姓で誰かが死ぬということに心を痛めやすい。そして、現在の闇の大精霊は闇属性と親和性が今までにないくらい低く人間性をかなり残しているために感情的になりやすい傾向にある。感情の高まりにより大精霊としての強大な魔力量を制御できなくなり、暴走する。
「そして打撃を与えたところで暴走した闇の大精霊を誰かに植え付けて、どちらかの聖女と光の大精霊を殺せば後はかなり楽だ。まだ聖女の力に目覚めていないようでわかっていないみたいだけれど、聖女が二対は分が悪いからね。アイツの目的と全く違うからうるさいだろうけれど、殺せば問題ないし。それにしても」
くはっと我は笑いが堪えられなくなり、笑みが収まりきらない口元に手を当てた。
「何で、我が下等な人間風情の願いを叶えると思っているんだろうねえ」
全ては我の掌の上。皆はただ踊り、我が飽きたら握りつぶすだけの存在だ。人間の数多にある悪い所は、相手に対して情を与えてくれると簡単に信じることだろう。
再び光の国の都を見つめる。が、どうも様子がおかしい。目を細めて魔力の揺らぎを観察した直後、空に緑色の煙が打ちあがっているのが見えた。快楽とは違う背筋に走る寒気と共に全身の毛が逆立つ。そして、息をつめて手を前に出して前方に防御魔法を展開し魔物の前にもその範囲を広げていくのだが、僅かに間に合わなかった。
都の方向、風のない青い空高くから光の矢の雨が我の上に降り注いでいく。
「くそぉぉおぉ!!後ろに下がれ!!」
叫びながら全身の魔力を防御に使い、我の叫びに魔物達は光の矢から逃げ後方に下がる。光の矢が降り終えるまで数十秒であったのだが、前方にいた魔物の3分の1は倒れ、血の代わりに黒い液体を大地にまき散らしている。しかも、その光の矢には浄化魔法も付与されており、大地汚染がされることもなく黒い液体とその体は白い光の粒となり大地に還っていく。
魔物は浄化魔法を使用することにより魔力に変換され世界に循環されていく。闇の国では魔物の体を加工するため浄化魔法を使用しないで魔物を倒すのだが、その体液は人間に対して毒であるので強力な浄化魔法を付与されたアクセサリーを身につけているという。その浄化魔法を付与する魔法の属性は“光”。そう、目の前にある国の守護精霊である。
光の矢に浄化魔法を付与されていたのは理由がわかる。
だが、何故アウローラが死に瀕しているというのに光の大精霊が前に出てくる!?
すると、目の前の景色が煙のように歪んだのが微かに見えた。
まさかと思い、強力な風の魔法でその煙のようなそれを吹き飛ばすとそこには騎士服を纏った人間達と風の大精霊、アウローラの仲間であろう2人、そして我はぎりっと歯を食いしばり一番前にいた忌々しい人間の名前を呟いてしまう。
「アウローラ!」
彼女は百メートルほど離れた場所で弱った様子もなく、至って血色のいい顔でこちらをまっすぐに見つめている。そして、笑みを浮かべながらクソほど優雅に頭を下げるとこう口を動かした。
―ごきげんよう。
と。声は聞こえないが、その言葉に怒りで全身の毛が逆立つような感覚になる。怒りに身を任せ、突撃するように号令をかけようとしたが後方から魔物達の悲鳴が聞こえてきて、はっとする。そして、伝令の魔物が我に近寄ってこういった。
伝令。後方ヨリ襲撃アリ。統率低下。
そこで我は全てを悟る。そして、伝令に凌ぐように伝え前線にいた屈強の魔物数匹を後方の支援に向かわせた。予定していた作戦が足元から崩れ落ちていき、再び組み上げなければいけない。
何と忌々しい。忌々しいことか。
怒りがこみ上げ、感情任せに我は叫ぶ。
「アウローラアァァアァァ!!殺してやる!!」
我の雄たけびと共に、魔物達は前に走り出した。
※
数日前。
目が覚めたアウローラがまず最初にしたことは、ロサにこの部屋で自分が眠り続けている幻影を窓から見えるようにしてほしいということだった。アウローラが前世でやったことがあるゲームの知識から推察した通り、幻影の類は何か映し出すものに対して魔法を使うと魔力も最小限で済むため長時間使用できるということだった。つまり、スクリーンに偽の映像を流しているようなものだ。念のため防音防御魔法も張ってもらい、部屋の中心に王都周辺の地図を床に広げてアウローラが考えている作戦をこの部屋にいる全員に告げる。
「この王都には宮廷魔法士が防御魔法を張っていてそれは魔物が侵入した際に感知できる。だけれど、その防御魔法に触れない限りは感知ができない。で、もしその感知から外れたとしても光の大精霊であるアウィスがすぐに察知できる。ゲーム内での魔物が来た方向、往来する人間に気付かれない、ぎりぎり察知できない場所を考えると、こことここ、そしてここに魔物の軍勢がいる可能性が高い」
アウローラは紙を折りたたんで作った人形を3つの地点に置いた。王城の裏手、街道がない王城西側の平地、そして学園周辺にある森の向こう側。
「と言っても、確実にここにいる」
ひょいっと王城の裏手、街道がない王城西側の平地の人形を取って地図の端に寄せた。残っているのは学園の森の向こう側にある紙の人形だけ。ファンスがそれを見て頷いた。
「そうだろうな。王城の裏手には騎士団の駐屯地であり王城からも見えるから宮廷魔法士もすぐに気が付く。平地も伯爵地区と騎士団の駐屯地が被っている。だからと言って街道の近くならば往来する人間に気が付かれるため奇襲として軍団を置くならば呈さない。おのずと絞られるということか」
「それに学園は城下町と伯爵地区の端に位置しているわ。騎士団も王城も正直言って有事に際は遠い場所に位置するわ。襲撃するのにうってつけというわけね」
流石ウェリタスも話が早い。
学園は確かに腕の立つ先生も多く、優秀な騎士志望や魔法士志望も沢山いる。だが、実戦経験が足りない。さらに言えば軍勢で襲われた時の対処の仕方を知らないのだ。ゲーム内でもあった様に、先に迫りくる死への恐怖から戦意喪失している者も少なくなかった。
何故、学園がこのような位置にあるのかとアウローラも最初は疑問に思った。だが、それは世界史を読み進めていくと直ぐに察しがついてしまったのだ。
この世界は、国同士の争いというものをほとんど経験していない。
世界の大陸は殆ど地続きになっているというのに、国同士の長は定期的に会合を開き意見交換をしている。それには領土を広げようという野心や自身の強さを皆に知らしめたいという欲望すらも感じられず、その会議の内容は世界全体に紙面で事細かに発表されているほどだ。その理由としては主に二つの理由が挙げられる。
まず一つ目。大陸の性質だ。先程言ったようにこの世界の大陸はほぼ地続きで円を描くようになっており、その大陸の内海に小さな島々が点在している。だが、この大陸は場所によってその地の属性に偏りがある。これはその国の首都を中心とした大精霊の力の届く範囲が影響しているのだ。なので、他の国の領土を取ったとしてその国の大精霊が自分の場所を奪った人間に手を貸すことなどするはずもなく、下手をすれば世界に対する反逆行為だとみられかねない。なので、領土拡張ということは思いもしないのだろう。
次に二つ目。厄災だ。国同士の諍いは明確な敵が存在しないために起こることが多い。つまり、この世界には魔物が存在し、倒すべき厄災が現れる。国同士で睨み合っている余裕などなく、そんなことをしていれば厄災に滅ぼされかねない。明確な同一の敵は国同士の結束力を高める。故に、諍いは起こらない。
魔物は己が欲望を第一として人間を攻撃し、糧とする。策を考え襲撃するという脳を持たない。故に、防御魔法だけで事足りてしまう。知能を持った悪意ある存在がいないために、学園が何処にあろうと絶対的な守護の力で守られるという油断があるのだ。世界全体から見ると平和ではないのだが、住んでいる人間は平和的油断をしていると言える。
更にこの世界に住んでいる人間は、何かに統率されている悪意ある者と敵対したことがないから対応ができない。ゲーム内でも誰かに命令されて行動する魔物達に騎士達は苦戦していた。
まぁ他にも苦戦を強いられていた理由はあるのだが。
アウローラは学園から少し離れた場所にある森を指さした。
「学園のすぐそばにある森も魔物の襲撃のしやすさを助長しているの」
「確かに、森の中って見にくいし戦い辛いんだよな」
他にある苦戦を強いられていた理由はこの森だ。
森は木の間隔が狭く、動きにくい。魔物の方が暗闇でも視界が遮られることがなく、素の身体能力も高いために木をするするとよけて移動することができる。さらに剣などの長物は気にぶつかり思うように震えない可能性が高い。
「なので、私達はここ。森の向こう側の平原で奇襲をかける」
アウローラが先程置いた紙の人形の前に黄色い紙で作られた人形を置いた。
「正面・・・ですか?平原なのに?」
敵の紙の正面に自分たちの紙の人形が置かれたことにフロースが首を傾げる。
まぁごもっともだ。奇襲というと、山岳であれば山の上から、平原であれば後方からというのが定石であろう。だが、それだけでは確実に追い詰めることができない。
ゲーム内のアウローラなら、恐らくこう考えるであろうと考え付いた作戦を口にする。
「私達は守護の範囲内である学園の近くにある森で待機。その後朝方に魔物と自分たちの間に薄い膜状の防御魔法を展開、それに城下町の幻影を映し出す。別動隊は大きく迂回し、遊撃隊を中心とした近接部隊、魔法士を中心とした遠距離部隊2つに分かれ、近接部隊は魔物軍の後方へ移動。遠距離部隊は距離を十分にとり、1つは東方向、1つは西方向に待機。日が昇ったあたりで全部隊に合図を送り、同時に前方と後方から攻撃する」
地図を指でなぞりながらアウローラは作戦を皆に伝えていく。
「魔物の軍勢が前に出るように私が前方に待機。恐らく私を殺そうとして前方に動くから、別動隊はそのまま後方から前進。魔法部隊は距離を取りつつ双方から遠距離攻撃と前線部隊と遊撃部隊に強化魔法を付与。魔物の攻撃が遠距離部隊に向かったようならば、遠距離部隊は攻撃を停止、防御と支援に移行」
「連絡手段はどうすんだ?」
クラースの問い掛けに、アウローラは顔を上げる。
「色付きの彩煙弾を使うわ」
「さいえんだん?なんだいそれ」
ノヴァが首を傾げて、アウローラは思わず驚いてしまう。まさか、彩煙弾もないとは。だったら長距離との意思疎通はどうなっているんだと思ったが、この世界では戦争もないし魔法がある。確か風の魔法で遠くにいる人物に声を届けることもできると本に書いてあったはずだ。だがつまり、これに関しては赤い外套も意味は全く分からず、こちらだけの連絡手段として使えるということだ。ならばある意味好都合である。
「彩煙弾っていうのは、色をついた煙を空に打ち上げる弾丸よ。前の世界ではあったもので、事前にどの色はどんな指示かを教えといて、遠くにいる仲間に対して指示をする時に、これを打ち上げて指示をするっていうものよ。機材を使うと妨害されてしまったりするから、これを打ち上げるだけで指示ができるっていうわけ」
「アウローラ様の前の世界ってすごいっすね」
レウィスが感心するようにして呟くが、正直これが良く使われていたことに関してはよく思えないために複雑そうな表情を彼女は浮かべる。でも、使えるものは使わなければ、誰かが死んでしまう可能性が高い。先人たちの知恵は使わなければ。
一通り作戦を伝えたが、やることは沢山ある。アウローラは皆に指示をしていく。
ファンスにはアウローラが言った作戦について改善箇所もしくは訂正箇所がないかどうかを見てもらい、詳しく書いたものをアルスに提出する。作戦当日までに悟られてはいけないので、難しいかもしれないがと思ったがファンスは「大丈夫だろ」と言ってくれた。ねが
次にノヴァとインベルには錬成士に先程必要だと言った彩煙弾とそれを発出する銃器を頼んでもらった。どうやらミールスが似たようなものを火の国で見たことがあると言っていたので、ミールスも一緒に行って貰った。ノヴァとインベルに渡した紙に詳しいイメージを書いており、アルメニウムに渡せばどうにかしてくれると信じている。
ウェリタスには魔物の動向を偵察してもらいに行った。流石に一人では心配なので、アウィス達大精霊達も一緒に偵察してもらいに行っている。
フロース、ルミノークスには大切なものをお願いした。魔物の体液を浴びる可能性が高いため、浄化の力が付与されているアクセサリーを身に付けなければいけないのでそれを用意してもらうようにした。彼女等の家は、魔鉱石を扱いそれを加工する商家だ。浄化の力を最初から含んでいる魔鉱石は稀少であるが、アクセサリーとして加工する際に浄化の力を付与することは別段難しいことではなく、この世界では手軽にできることであり、ゲーム内でも機材と光属性を持っている人物がいれば簡単に浄化付与をすることができ、付与難易度を示す星の数は最小の星1だ。そして、今光の属性を持っているフロースがいるため量産することは可能である。魔鉱石の種類は光の属性と相性が悪い闇属性でなければ大丈夫なので、ルミノークス曰く「用意できますわ」とのことだった。2人の護衛は、レウィスが請け負ってくれた。
こうして皆は細心の注意を払いつつ一斉に動きだし、数日で準備を終える。その間、守護が揺らぐことはなく、アウローラは安堵する。
深夜、アウローラは準備を整え部屋を後にする。迎えに来たクラースと共に、この作戦に参加する皆がいる校庭へを向かう。校庭に着く直前、アウローラはクラースの服の裾を引っ張る。驚いた表情でこちらを向くクラースに、アウローラはたった一言伝えた。
「死なないでね」
アウローラの真っ直ぐな瞳はクラースを見つめる。すると彼はふっと笑ってアウローラの髪飾りに触れた。
「お前を残して死なねぇよ」
何処か気恥ずかしそうに言う彼は、そのまま先に歩いて行ってしまう。校庭には仲間たちと参加してくれる騎士達が見えていた。それが数時間前の出来事。日が昇っていく空の下、アウローラは過去を振り返っていた。そして、瞼に陽の光を感じるとゆっくりと目を開く。なぜ、自分が彼に対してそのような事を口走ったのかが分からない。でも、なぜか、なぜだか、彼がこのような大規模な作戦で死んでしまうと思ってしまったのだ。
ゲーム内では、そんなことなかったというのに。
前世の知識でもない、過去でもない場所からやってくる漠然とした不安は一体何なのだろうかと思うが、それは今考えることではなく、考えてはいけないことだ。誰も死なせないように、自分は集中しなくてはならない。
―そう、あの時のようにしてはならない。
「え?」
思わず声が出てしまった。すると、隣に立っていたノヴァが心配そうにアウローラの顔を覗き込んだ。
「どうしたんだい?」
「う・・・ううん。何でもない」
首を左右に振っても、自分が先程思ったことに鼓動が早くなる。知るべきことを、知っていないような感覚が体の奥の方から湧き上がってくるが、それを両頬叩いて打ち消す。しっかりしろと、自信を鼓舞する。
「アウローラ!!」
陣営の確認をしていたクラースが戻ってきて、後にはアルスとカエルムもいる。いつも見せる父の顔、兄の顔ではなく、精悍な騎士の顔だ。アウローラは静かに、二人の前で背筋を伸ばし敬礼をする。
「ご協力感謝いたします。第一騎士団長アルス殿」
「いや、こちらもこのような魔物の軍勢が迫っているとは君に言われるまで知らなかった。報告に感謝しよう」
「ありがとうございます」
その二人のやり取りを見て、カエルムが吹き出した。そして「やっぱりだめだ」とけらけらと笑いながらアウローラの頭を撫でた。
「公私混同は行けないことだけれど、そこまで二人畏まることないんじゃない?少し、気楽に行こう?」
カエルムはそっとアウローラの両頬を包み込んで、額を当ててくる。彼の、アウローラを安心させようとするときに癖だ。温かい彼のぬくもりが伝わって緊張が解れていく。
「力むな。大丈夫。お前の最上の兄と最高の父が後ろにいる。ただ今日を生きることを考えて、守りたいものを守れ。こちらは任せなさい」
「―えぇ。お兄様」
「ではアウローラ、愛しているよ」
「えぇ、私もです。お兄様」
カエルムは静かに離れ微笑むと自分の位置に戻っていく。アルスにアウローラは向き直った。
「お父様もご無事で」
「あぁ。勿論だ」
彼も笑みを浮かべて踵を返し、持ち場に戻っていく。
「誰も死なせない。絶対に」
「あぁ」
隣に立ったクラースが、アウローラの肩を叩く。するとアウィスもアウローラの肩に触れて頷いた。3人で前に向き直ると、アウローラはクラースに尋ねる。
「皆は位置に着いた?」
「あぁ。フロースとルミノークスは後方支援で、2人の護衛はアウィスとレウィスがしてくれる。インベルは魔法士に混ざって指揮を執ってくれているし、ウェリタスは公爵家の身内と斥候をしてくれている」
「よかった。後はウェリタスの指示を待つだけね」
最前線で3人肩を並べる。それがどれほど心強いか、同じ勝利を目指す仲間がいるということはなんと安心するのだろうか。1人で今までいた頃にはきっと戻ることは出来ないだろう。
空に緑色の煙が上がる。アルメニウムが造ってくれた銃器は音をしないようにしてくれたらしく、これでさらにやりやすくなった。ふわりと風が傍に吹いて声が聞こえる。
『始まるのかい?』
後ろに漂うロサの気配を感じながら、振り返らずに頷いてからアウローラは手を上げ叫ぶ。
「後方部隊、光矢攻撃魔法準備!!」
周囲に魔法の気配が溢れる。数秒後、手を振り下ろして叫んだ。
「打てぇ!!!!」
頭上を数多の光の矢が通り過ぎていき、アウローラ達からも視認できる黒い塊たちに降り注いでいった。その光の矢には後方にいるアウィスが付与した強力な浄化の魔法が付与されている。まばゆい光が大地へと降り注ぎ、それが終わるころ、突風がアウローラ達を薙ぎ払うようにして吹く。が、ロサの手によってそれは弱くなり、誰も吹き飛ばされることはない。目の前の薄膜の防御魔法が消えて、先程まで見えにくかった視界がはっきりと見える。
こちらを見てくる赤い外套。怒りで歪んだ顔が見えて、思わずアウローラはほくそ笑む。だから、あの人がもっと重い道理になるように逆なでするようにして優雅に頭を下げた。
「ごきげんよう」
見る見るうちに赤い外套の顔が歪んでいき、声はあまり聞こえないが号令を出しているようだった。ならばこちらもそれ相応の対応をしよう。
「皆様!前へ!!」




