第1部-48話「眠り姫」
ファンスの案で、アウローラを彼女の寮の自室ではなく先生達専用の寮の空き部屋へと寝かせることとなった。というのも、先生達、主にこのアウローラの状態に対応できる可能性のあるプルヌスが彼女等の寮には入れないので安全策としてこのようになったのだ。
プルヌスはアウローラを目覚めさせるまで昼夜調べ物をすると宣言し、更に再び赤い外套が学園内に現れるとは限らないため学園内の防御魔法の見直しをプルヌスが王城へと申請し、派遣された宮廷魔法士によって行うために1週間ほど休校するとこの校舎に通う全生徒に通達した。
朝になってからアウィスとミールスは一度プラティヌム伯爵邸に戻り、事情を説明。自宅にいたカエルムがすぐにでも学園に来ようとし、赤い外套を見つけ次第殴ってやると飛び出してしまいそうだった。アルスもマグナも同じ気持ちであったのだが、暴れ出しそうなカエルムを落ち着かせてアウィスに訊ねる。
「あの子は、助かるのか?」
アルスの言葉に一度目を伏せたが、アウィスは力強く彼の瞳を真っ直ぐに見つめる。
「・・・必ず助けます。この屋敷に連れ帰って見せますから」
それ以上アルスは何も尋ねてこず、口を噤む。ミールスは頭を深々と下げて、肩を震わせる。その様子を見たアルスが震えるミールスの肩に触れ、慰めるようにして摩る。すると、ミールスの瞳からはぽたぽたと涙が落ちていく。
アルスはこちらに背を向けて小さく「頼む」とだけ呟いき、階段で項垂れているカエルムとそれを抱き寄せるマグナの元へと歩いて行く。早くアウローラの傍に行かなければと、アウィスとミールスは踵を返す。すると扉の傍に控えていた使用人たちも「お嬢様を頼みます」と泣き出しそうな表情で頭を下げて、静かに扉を閉めた。
直後、ミールスが膝から崩れ落ちて顔を両手で覆う。
「頼まれていたというのに・・・守れなかった・・・守れなかった」
そんな彼女の姿を見て、瞳から何かが零れ落ちた。それが涙と気付いて、自分はこれ以上なく今の状況が悲しく、同時に何もできなかったことが悔しいのだと改めて気が付く。拭った涙を握りしめて、ミールスの肩に触れた。
「今は、一緒にアウローラを目覚める術を探そう」
ミールスはアウィスに振り返り、彼も同じ気持ちなのだと気が付く。それに、「自分よりも傍にいたのに何もできなかった」とアウローラの寝ているベッドの傍で唇を噛みしめていた姿も思い出した。ミールスは涙を拭い、頷いて立ち上がる。そして、アウローラ達が待っている寮へと足早に戻っていく。
同時刻、アウィスによって召集された大精霊は彼と赤い外套の気配を追えないか調べているロサの不在中にやってきて、クラース達から当時の状況を聞いた。赤い外套の特徴などは、フロースがしっかりと皆に伝えていた。
皆意気消沈しておらず、アウローラと再び言葉を交わすために自分の感情を律している。今にも泣きだしてしまいそうな表情でありながら、しっかりと前を見ているのだ。それは、何があってもまっすぐ前を見ていたアウローラの姿を見ていたからかもしれない。室内の警備をしているファンスはそれを部屋の扉に背中を預けながら、大したものだと見つめていた。
現状のアウローラの状態を観察、赤い外套からの情報を得ても、大精霊は皆首を横に振るばかりだ。
「大精霊だというのに分からないのですの?」
当たり前のような疑問であるが、どこか責める様な口調でルミノークスは腕を組んで大精霊達に問いかける。皆も同じ意見であるのだろう、一様に大精霊達に注目した。すると、伺うようにフェーリークがファンスの顔を見つめた。すると、彼はふうっとため息をつくと手をひらりと上げて扉を開く。
「部屋の外にいるから何かあったら言ってくれ」
『ごめんなさい。ありがとう、ファンス』
知己のように声を掛けるフェーリークに振り向きもせずに彼は部屋を後にする。僅かにフェーリークの表情が悲し気に歪んだがそれは一瞬の事で、誰も気が付かなかった。
『大精霊の話なんだけれどねぇ』
ふうっとメンシスが煙管を大きく吸って、煙を吐き出しながら静かに言う。
『アタシ等、ここにいる大精霊は一度“何か”に食い殺されたから記憶が欠落しているんさね』
「食い殺された、ですか?」
大精霊という存在は魔力の塊で、人間が口にすることは出来ない。それに、大精霊は確かに目で捉えることは出来るのだが、大精霊本人が許可しない場合は触れる事すら叶わない。幽体、という方がしっくりくるか。
食い殺されたというのに“何か”という相手に関して全く知らない様子だというのはどういうことなのだろうか。
『“何か”って言うのは覚えていないし、どうしてって言うのも覚えていない。食われた場合記憶が欠落するんだよ』
「どういうこと?」
インベルがルシオラに尋ねると彼は『あー』と言いながらフェーリークを見る。するとやれやれと言った風に彼女は首を軽く左右に振って言葉を継ぐ。
『まず第一にね。大精霊の見た目は人間だけれど、魔力体の場合は記憶する器官とかないから、体全体で今起きたこととか自分の記憶を保存するの。体の一部か食べられた場合は一部分だけ記憶を失ってしまうの』
「だったら、体全部を食べられてしまった場合はどうなるんだい?」
『全部食べられるってことは無いけどね。アタシ等の体凄い不味いから。そんなことがあった場合または大精霊が死んじまった場合は、他の大精霊から記憶の補完してもらうか、父なる大精霊パテルに記憶を貰うんさね。父なる大精霊パテルはこの世界に起きたことを記録しているから、先代以降に何があったかということを記録として頭の中に入れるのさ』
『昔はもっと別のシステムだったらしいけれどな。初代聖女以降は個人の記憶は個人で管理しろっつう感じになったみたいだぜ』
初代聖女以前というとかなり昔、現代では記録がほとんど残っていない昔の事だ。“厄災”が存在する前。一体どういう暮らしをしていたんだろうと、クラースは見る事の出来ぬ過去に思いを馳せる。
だが、彼等のいう所によると大精霊は全てを知っているという事ではないらしい。ならば、大昔から存在する先日の“原初の厄災”を名乗る赤い外套の方が一枚上手なのではないだろうか。大精霊が知っていない魔法で、現状アウローラを苦しめているのであるし。
フェーリークはふうっとため息をついて、アウローラを見る。彼女は苦しげな表情を浮かべるわけでもなく、ただ静かに寝ているようにも見える。
『先代の風の大精霊も体の一部を失っていたらしいので、この状態の解決方法もロサが知っているかどうか・・・でも、あの人は元賢者であるから分かるかも。生前の記憶は欠落しないから』
『まぁ結局オレ達じゃあなんの力にも慣れねぇっつうことだ。悪いな』
あまりにもあっさりと言い放つルシオラにウェリタスがムッとした表情で冷たく言う。
「以外とあっさり見限るのね。あんた達」
ウェリタスの言葉に大精霊達が顔を見合わせる。言葉を選んでいる様子のフェーリークと、関係ないという風に煙草の煙を吐くメンシス。最初に言葉を放ったのはやはりルシオラであった。
『それは心外だな。ちゃんと心配しているぜ。だけどな、協力関係とはいえこちとら大精霊で“全”を気にしなければならない存在だ。愛し仔じゃねぇ個人にあんまり時間かけられねぇんだよ』
部屋の中の何人かが歯を強く嚙み、フェーリークでも分かるほどに殺気立ったのが分かった。ここで大精霊達と人間が衝突したら問題の解決になるどころか悪化してしまうと察したフェーリークが『ルシオラ!』と窘める。すると彼はバツが悪そうに顔を背けて『わりぃ・・・』と小さく呟いた。
今にも抜刀しそうなノヴァと睨みつけてくるウェリタスに頭を下げる。
『ごめんなさいね。彼も悪気はないの。長く大精霊をしていると、人に気持ちを考えることを愚かにしてしまうのよ』
人間というものは、人と関わるからこそ感情が生まれる。大精霊も確かに昔に人間であったけれど、大精霊になってからは人との関わりは薄く、更に大精霊としての知識と役割を受け入れてしまえばもう自分は個を重んじれる一つの生き物ではなく、世界を守るために存在すると強く心に刻まれる。
ルシオラはその傾向が強い。先代とのひと悶着があったが、大精霊として生きている自分に誇りを持っているから大精霊の使命を一番に考えている。フェーリークもルシオラ程ではないが使命感を持っているので、彼が先程のような発言をするのも分からなくはない。とはいえ、今は人間を愛艇にしているのだ。言葉を選ばない発言はどうかと思うが。
『でもね。これは本当の事で、あまり個人に、しかも少し特別な存在であるアウローラの生死に関することであまり構いすぎるのはあまりよくないの』
「特別?」
クラースが問うてくる。その言葉を聞いて、もしやとフェーリークは周囲を見渡す。誰もが“特別”な意味を知らないようだった。なるほど、つまりここにいる全員は彼女の“特別”を知って傍にいるわけではなく、彼女自身が好きになってここにいるのだ。アウローラの傍にいて“特別”の力は発現しておらず、ただ純粋に彼の存在に愛されているだけというのは理解していたが、そうか、彼等はそれを全く知らないのか。
ふっとフェーリークは微笑む。
『ごめんなさいね。これ以上は言えないわ。私達が言うと、彼女とても怒ってしまうから』
意味ありげな彼女の微笑に、クラースは首を傾げる。静かに煙草を吸っていたメンシスが吐く息と同じ静かな声で彼等のフォローをする。
『愛し仔、つまりはアタシ等大精霊が一番目をかけている人間だったら話は別なんだけれどね。でもね、大精霊としての使命も人間の生き死にに深くかかわるのも禁止だけれどねぇ他の事なら勿論喜んで力を貸すさ。アウィス。あんたは今肉に入っているから大精霊の使命からの引力の影響が薄いみたいだから。アウローラの事よろしく頼むよ』
「それは勿論だとも」
真っ直ぐな彼の返事にメンシスはにっと笑い、笑みを浮かべながら再び煙管を吹かす。
「ロサも、そうなんすかね」
この場にいるアウィス以外の大精霊がそうならばロサにも協力を願い出るのは望み薄なのかとレウィスが肩を落とすが『あぁ、あれは大丈夫だぜ』とこれまたあっさりとルシオラが答える。ここまで彼等が渋っているというのにロサだけが大丈夫なのは何なのかと「どういうことだよ」とクラースが眉を寄せて尋ねるが、再びルシオラはフェーリークを見て、彼女は大きなため息をついた。薄々気が付いてはいたが、ルシオラは説明の類が苦手らしい。そして、メンシスに至っては気が乗らなければ説明をしないと言ったところか。
ならば残ったフェーリークにお鉢が回ってくるのは必然だ。
『ロサはこの世界において特別な存在で、ルールが違うのよ』
「賢者だからですか?」
『うーん・・・ちょっと違うわね。“賢者”というのは、この世界の言葉であてはまるものをあてただけだから・・・』
何度も首を捻ってフェーリークは言葉を探すが、適当な言葉が出てこないようだ。すると、窓が数回叩かれ音を立てて開くと、柔らかな風が部屋の中に入り、同時に風に乗るようにして等身大のロサが部屋の中に入ってきた。すると、他の大精霊がいることが意外だったらしく目を丸くして3人を順番に見る。
『あ、皆来てたんだ』
『よっ』
『え?何?アウィス呼んだの?』
「そうだが」
会話が聞こえていたのだろう、ノックもせずに扉を開いたアウィスが部屋に入るなり不機嫌そうに返答する。全員がそちらを見ると、ミールスはアウィスの後ろに静かについていた。彼女の瞳は泣き腫らしたように赤い。
ミールスはアウローラの姿を見るなり、再び瞳を潤ませてしまい「皆様のお茶のご用意を致します」といい、足早に部屋の外に出ていってしまった。声を掛けようとしたクラースが行き場のない手を彷徨わせるが、アウィスは
軽く首を振って「落ち着いたら戻るだろう」と部屋の扉を静かに閉める。そして、ロサの方へと視線を動かして不機嫌そうな声で問いかける。
「何か問題でも?」
『あぁいいや・・・えっと・・・皆、分かった?』
『いんにゃ。さっぱりさ』
『同じくさ』
大精霊達は口々にそう言う。するとその言葉を聞いて、なぜかロサは安堵したような表情を浮かべているのだ。その表情の機微に気が付いたフェーリークが口を開いた。
『ロサ。貴方なら分かるのでしょう?』
ロサは答えることなく押し黙る。否定も、肯定もしない。その様子を見たフェーリークは、ふうっとため息をついて頬に手を当てた。
『貴方って本当に嘘がつけないわね』
フェーリークがそういうとロサは乾いた笑いを口から漏らしながら肩を落として『ごめん』と呟く。ロサは“何か”を言うつもりはないのだとその様子から察した彼女はクラースへと向き直る。
『では、何かあったらロサ伝手で呼んで。私が来れない時は、別のを来させるから』
『おいおいおい、なんだ?もう帰んのか?』
突き放すような言葉を行ったくせにルシオラが慌てたようにフェーリークへ声を掛けるが、彼女は「アンタがそれを言うか」というような表情で眉を寄せて、ちらりとメンシスを見る。彼女は煙管を大きく振ると、煙がルシオラを包み、まるで手で彼を持っているようにして捕まえる。
『アンタも帰んの』
『はぁ?なんでだよ』
『赤い外套の人が“原初の厄災”を名乗り、確証はないけれどその力量は彼女等が証明済みでしょ?厄介なものが動いているということに変わりないの。なら自分たちの為にもここにいる皆の為にも、赤い外套が何をしようとしているか動きを調べるのが一番でしょう?』
『あ、そりゃそうか』
『人間の部隊は動かさないだよ。アンタ昔っから何かあれば自分の部下動かすんだからさぁ』
『ちっ。分かったよ。地道に探すよ』
ルシオラを捕まえたまま、メンシスとフェーリークが手を振って共々消えようとする。その途中捕まったままのルシオラが『いやこれ放せよ!!』と喚いていたのだが、それもすぐになくなり静かになる。すると疲れたようにロサはふーっとため息をついて。アウローラが寝ているベッドの脇に腰を下ろした。その姿は大精霊というよりも、ただの人間のようにも見えてしまう。ロサが暫く黙っていると、アウィスが問いかける。
「私は、ここにいていいのか?」
大精霊に言いたくないということは、アウィスにも言いたくないことなのだろうと考えた彼はそう言うが、ロサはゆるゆると首を左右に振る。そして、ベッドに腰を下ろしたままアウローラの下腹部のあたり、赤い外套が腕を突っ込んだとフロースが言っていたあたりに触れ、何かを探るようにして手の位置を動かしているがロサの表情は険しい。
『いいよ。アウィスの力が必要だし。君なら、きっとわえの考えを理解してくれるだろうし。その前に、言っておくけれど、治療方法はあるよ』
「本当か!?」
『勿論さ。これは初代聖女よりちょっとあとくらいに流行った魔法なんだ。それはもうバンバン使われてたよ。殆ど死に掛けの人にだけだったけれど。その時に何人か見ていられなくて治療する方法を個人で探して、見つけた方法だよ。1つの治療方法は試したことがあるけれど、ピースが足りなくてその人らには使えなかった方法がある。彼女にならきっとこの治療方法で行けるはず』
ロサが真っ直ぐに皆を見る。
『恐らく赤い外套が植えた物、まぁさっきから種って言っているけれど正式名称は違うんだけれど・・・種は体内に巡っている魔力を“花”へと変換する魔法具と言った方がイメージ付きやすいかな。これは、体内に入るとこれは特殊な魔法を使わないと具現化できない。溶け込むからね。魔力をあらかた吸うとそれは“花”の形をした魔力の結晶体が体から生えてくる。人間は魔力を失うと死んでしまうから、これはある意味人間を魔力結晶にするためのものと言えるんだよね。で、これの厄介なところは個の種が溶け込む先は“精神”なんだ。所謂、魂っていうもの。魂は、大精霊を見ればわかるように高濃度の魔力体だ。だから、そこに根を張るんだよね。すると植え付けられてしまった本人は精神を囚われてしまっているから昏々と眠り続ける。アウローラに関しては少し触れて調べた感じだと、恐らく過去の精神的外傷に捕らえる精神系魔法をかけられているんだと思う』
「精神系魔法とかあんまり聞いたことないけれど、そんなものがあるの?」
ロサはインベルを見て頷く。
『現代には殆どないけれどね。大昔はよく使われていたんだよ昔、さ、魔法はあまりにも万能だった。全てを魔法でどうにでもできた。あの子とあいつが一生懸命守った世界、平和になった世界は、魔物は残ったけれど“厄災”という存在を斃したことで、人間は人間同士で争うようになった。それで使われたのは、魔法でね。それはもう、酷いもんだったよ。幻影、幻覚、心を操り、死体を操り、爆発で建物を倒壊させ、体の一部を失っても治療できるから、幾ら四肢が捥がもげようとも治療して戦って―』
それは語られることのない歴史。そして、ロサが語り継げないようにした歴史の話だった。
『大精霊もそれに加担したんだよ。その時はもう、初代聖女達に力を貸した大精霊達は代替わりした後だったからね。次の世代の大精霊達なんだけれど。いやぁもうあの時代は混沌としていたよ。何年か経って再び“厄災”といえる存在が現れて正直安堵したくらいさ。人の争う欲は、あれに向けられるんだって。“厄災”の間の時期はそんな感じで、聖女も大精霊も争いの道具にされた時代もあったよ。だから、人間にも大精霊にも、争いの道具になるような魔法は忘れて貰った。大精霊が再構成したときはわざとその部分だけ知識の共有をしなかったりね。一応知識だけは教会の方に保管されているし』
ロサが小さく『わえの行動以外にも記録が削除されているところがあるようだけれど』と小さく呟くが、それは誰の耳に届かずに消える。ノヴァがその話を聞いて首を傾げた。
「失った魔法というのは、主に精神系魔法かい?」
『ご明察。それが一番えぐかったからね。闇の属性は“操作”を得意とするでしょう?その中には“精神操作”も含まれる。だけれど、そのやり方は人間に引き継がれないようにしてもらった。闇の大精霊は知っているけれどね、やり方。でも、歴代の闇の大精霊は皆心根が優しく、誰よりも他人想いな子がいつも選ばれるからそれを悪用しようとする人は現れなかった。闇の属性を持っている人は、皆その傾向が強いんだよ。ルミノークスを見ていればわかるけれど』
ロサの言葉にルミノークスが頬を赤くし、俯く。どうやら照れている様で、傍にいるレウィスに向かって褒められたと言わんばかりのはにかんだ笑みを浮かべて、レウィスもその顔を見てふわりと笑う。その時察しのいいレウィスとノヴァが同時に顔を上げた。ロサの言っていたピースというものが何かわかったのだ。
「もしかしてピースというのは、光と闇の属性を持っている人物が同時にこの場にいるということかい?」
『―そう』
ロサが頷いて、人差し指と中指を立てて2を指で表す。
『アウローラの治療法は2つ。1つは、無理矢理植え付けられている種を抜き取る。これはアウローラの腹部の切開して、彼女の体と魔力に結びついている種を具現化する魔法を使いながら切除するというもの。彼女の体の負担と、種に付与されている精神に作用する魔法を考えればこれはおすすめできない。死ぬ確率も高く、助かっても昏睡状態になる可能性が高い。もう1つは、精神と種の繋がりを立つというものだ。これは、アウローラの精神に入り込み、精神の中で具現化している種と張っている根を切除し、眠っているアウローラの精神を目覚めさせる。すると拒否反応で種は体内に具現化、アウローラは種を吐き出すというものだ。先程言ったようにこの方法は理論上で、実際に誰かにこの方法を試したものではない。だけれど、魔法の性質を見る限りはこれで行けるはず。ただ―』
ロサの表情に翳りがでて、皆が一気に不安になる。
『魔法士が少し足りない。これは繊細な魔法だから、かなりの魔法士でないと―』
「話し中だって言っているだろう!!」
「それは先程聞いた。だが退けファンス。貴重な検体を見たいだけだ」
「こンの研究馬鹿野郎!久しぶりに会っても変わらないっ・・・」
「?久しぶりというのは語弊があるのではなかろうか?対して日数経っていないだろう?」
「お前の時間間隔どうなってんだよ」
「ファンス、殴っていいか?」
「いや、フォリウ殴る前にこの扉から引き離さ―おい!」
ファンス、フォリウの声と低く淡々とした声が言い争っている声が聞こえたすぐ後に、勢いよく扉が開かれた。そこに立っていたのは、ライトグレーの腰ほどまでにある長い髪を緩やかに三つ編みしたやけに整った顔立ちの青年であった。中性的というよりも彫刻の類に様な美しい顔立ちで滑らかな白い肌、今は眉間に皺を寄せているから生きていると感じるが、無表情であれば人形と見違えてしまうほどの顔立ちだ。鮮やかな青い瞳を部屋の中に向けて、部屋の中を観察する。黒で立て襟のシャツに同色の細身のスラックス、黒い革靴、腰にいくつものポーチを付けたベルトという全身茶色のベルト以外黒一色で、上には白い金刺繍の入った宮廷魔法士の証であるローブを羽織っている。
「・・・やけに人がいるな」
感情のこもっていない低い声でその男は呟くと、後ろからいらだった様子のファンスが肩を掴む。
「痛いぞファンス」
「痛くしてんだよ!ストゥディウム!」
「そうか。ならば手加減してくれ」
淡々とした口調のストゥディウムはファンスの手を引き剥がすと、クラース達には目もくれずアウローラに近づくと腰を下ろし、じっと観察をし始めた。突如現れた嵐のようなその人物に、部屋の中にいた全員が呆気に取られていると、今度は扉の向こうから走って来たプルヌスが肩で息をしながら部屋の中につかつかと足早に入ってくるとぐいっとストゥディウムの髪を掴んで上を向かせた。
「プルヌス。検体の―」
「アウローラ」
「・・・これは貴様のお気に入りか」
「だったら何?」
「ふむ。ならば礼を尽くそう」
プルヌスに髪を掴まれたことも意に介している様子もなく、ただ黙って彼を見つめる。すると根負けしたプルヌスが渋々紙の気から手を離し、数歩下がるとストゥディウムは立ち上がり「全く見当がつかん」と低く唸る。そのまま何やら小さな呟きを繰り替えし誰もが声を掛けることができない中、入り口で見ていたフォリウが早足で近寄ると、高くジャンプをしてその頭を思いっきり回し蹴りをしてしまった。彼の体は横に吹っ飛び、壁にぶち当たりその部分を破壊するが、何故が彼は驚いた様子もなくさらには怪我をしている様子もない。
ひらりと着地をしたフォリウはすっきりした様子でその場で腕を組み、廊下で待っていたステルラが部屋の様子を覗き見てあわあわと慌てふためいている。
「自身の世界に入り込むのは勝手だけれど、周囲を見てくれると助かるぞ」
「指摘をありがとう、フォリウ。だが、突如側頭部を蹴るのはやめてくれないかね」
「では今後蹴れないように努力をするべきだぞ」
「検討しよう」
淡々とした会話を二人は交わすと、フォリウはファンスに「外で待とう」と声を掛けて、呆れ顔のファンスがため息混じりに「まぁあいつが落ち着いたみたいだからいいか」と呟いて、外に出ていってしまった。廊下からは「え!いいのですか!?」と慌てているステルラの声を最後に扉が閉められる。
ストゥディウムは無言のまま立ち上がると服についている木くずを手で払いながら歩み寄ってくる。
「自己紹介が遅れた。自分の名前はストゥディウム。呼び名は何とでもいい、些事であるからな。本来は貴様らを教える教師であったが、上司であるプルヌスの命で現在は宮廷魔法士に復帰している。あぁ貴様らの紹介はよろしい。名前と顔は全て合致している。時間の無駄だ。さて、そこの浮いている貴様が風の大精霊だな。このような状況でなければ、研究に協力をして貰いたいものだが、人の世に関わっているということは今後何かしら機会があるだろう。で、大精霊ならこの娘がどのような状況か分かっているのだろう。疾く話せ」
やけに態度のでかいその人はロサに詰め寄るが、ロサに至ってはこのような人間は初めてなのだろう、見たことない強張った表情で固まっている。再びそれを見たプルヌスがストゥディウムの髪を引っ張り、ロサから引き離す。
「君は腕がいいというのにどうしてそうなんだよ。そんなに詰め寄ったら話せないでしょう?人との距離感をちゃんと掴みなさいって言っているよね?」
「む。そうか。これは失礼した」
プルヌスのいうことはちゃんと聞くらしく、大人しくロサから離れる。あからさまにほっとした表情を浮かべてから、ロサは「ん?」というように首を傾げる。
『君、宮廷魔法士なのかい?』
「そうだ。プルヌスの直属の部下で、プルヌス不在時は宮廷魔法士を取り仕切っている」
「ストゥディウムの腕は保証するよ」
「!ということは、ロサ様!」
フロースが喜びの声を上げる。
ロサが頷き、静かに言った。
『多分これで、アウローラを助けることができる』
「?ごめん。ボク等には話が見えないのだけれど・・・」
戸惑うプルヌスにロサが再び説明する。
その説明を聞いて、ストゥディウムは唸る。
「理論上は可能であるな。成功するか、成功しないかは魔法士の腕にかかていると。ほほぉ」
ストゥディウムの口元の笑みが深くなる。その様子を見て、クラースは軽く唇を噛む。楽しんでいる様子が些か気に入らないが、プルヌスが認める以上の魔法士をこの短期間で見つけるのは難しい。
「よろしい。協力しよう。新たな知見を得られるかもしれないしな」
「勿論ボクも協力するよ。愛しい弟子の為だからね」
プルヌスが深く頷く。そして、ロサが魔法の手順を話し始める。
内容を聞くとプルヌス、ストゥディウムだけではなく、全員の力が必要だということだった。
全員で、アウローラを迎えに行くための準備が、始まった。
※
下を覗けば、ヘッドライトを点灯させて走っている車が往来している道路が見える。見えると言っても車種までは分からず、ただ蟻ほどの小さなものが這っているという様子しか分からない。
ふぅっと息を吐くと同時に紫煙が真黒な空に向かって燻る。見上げると星などなく―いや、星は確かにそこに在る。
ただ人が獲た光にはその輝きは勝ちえない。人の目には映らない。
何と皮肉なものだろうか。あの美しい光を追い求め人々は光を獲たというのに、その憧れを忘れて見えないほどに地を明るくしてしまうとは。
「・・・遅いな」
いつもこの時間にやってくる彼女が来ない。いや、別段約束をしているわけではないのだが。それでも決まって彼女はこの曜日、この時間にやってくるはずなのだが。
今日は弟がバイトで遅くなると言っていたから、一緒に飯でもと思ったのだがしょうがない。携帯灰皿に煙草を押し入れて、屋上から階段への扉を開いた。
「は?」
本来ならば眼前に広がるのは薄暗いが、綺麗に掃除されている何の変哲もない階段のはずだ。
「何で、駅のホーム?」
私は今、駅のホームにいる。
周囲にいる人々はただ手元の画面を見ているだけで、後ろからはふざけた学生の声が聞こえてくる。
「あ・・・」
これから起きることを思い出してジワリと手に汗がにじんでくる。
逃げなければ、この場所から移動しなければ。
≪間もなく■線に電車が■■行が参ります。ドアから―≫
アナウンスが響き、プァーっという音と共に右目の端から電車のライトが見える。
息が浅くなり、足を動かそうとした瞬間―
ドンッ
背中が誰かに押された。
体が線路に落下していく瞬間後ろを振り返ると、顔を黒塗りされて見えない男子学生の姿とその隣には赤い外套を身に着けている幼い人間。口元には笑みを浮かべている。
そこで自分が何者で、どうして死んで、どうしたいのかを思い出す。だが体は線路に投げ出されて、避けることは出来ない。伸ばした手は、誰に掴まれることもなく空を切った。
激しい痛みと共に大きな衝撃が全身をぐしゃりとつぶした。
「っは!・・・は、は」
瞼を開くと、そこはいつものビルの屋上。
全身が痛い。だけれど、何故痛いのか思い出せない。
ただ漠然とした恐怖と、体の激しい痛みが襲い全身が震える。そして、煙草を胸ポケットから取りだそうと下を向くと、吐き気を催し胃の内容物をすべて吐き出して呻く。
繰り返される数時間。
これは、アウローラとして彼女が転生する直前の数時間。
彼女は幾重にも重ねられた後悔の、秘密にしたい過去の奥底で、たった一人でこの数時間を何度も、何度も、繰り返し、繰り返し―
死ねば“何故”を忘れる。
死ぬ直前に“何故”を思い出す。
残るのは恐怖と痛みだけ。
彼女の心が擦り切れるまで、もしくは、彼女の体が生命活動を終えるまで地獄の数時間は続いていくのだ。




