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騎士令嬢は掴みたい  作者: まつまつのき
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第1部-46話「隠された部屋、邂逅」

フォリウが図書館の中に入ると、まだ司書がゆったりと本を読んでいた。もうとっくに日が沈みかけてしまっているというのに、彼女は教師の誰かに「帰っていい」と言われなければ、この図書館から出ることは無い。


「司書。図書館の鍵を閉める。帰宅していい」


フォリウがそう告げると、司書は柔らかな微笑を浮かべながら顔を上げてゆっくりと頷いた。そして、持っている本を脇に挟んでゆったりとした足取りでその場から立ち去る。

フォリウがこの学園にやってきてから暫くたつが、彼女の声を聞いたことは無く、当初ウェールに名前を紹介してもらったのだが、誰もかれもが“司書”と呼ぶもので名前すら曖昧だ。言葉を放さないのは、幼少期に喉を壊されたと説明をされた。そのため、彼女は赤い布を首に巻いている。

司書がいなくなった図書館は静寂に包まれ、夕方であるがどこか不安を掻き立てる様な独特の雰囲気を漂わせている。フォリウは幽霊の類は信じないのだが、もしその類を信じるウェールがこの場にいたのなら、恐る恐る中を覗くのだろう。


「フォリウさん」


不意に後ろから声を掛けられて思わずびくりと体を震わせて振り返る。すると、彼女が驚くと思っていなかったのだろう、ステルラが目を丸くして、フォリウの肩に触れようとした手を彷徨わせている。徐々に羞恥が沸いてきて、フォリウは首を左右に振る。


「びっくりなどしていないぞ」

「あ、え、はい」

「本当だぞ」

「わ、わかりました」


真に迫った顔で近づいてくる彼女にステルラは、慌てて手で制する。

本当か?というように首を傾げて訝し気に見てくるフォリウを横目で見ながら。ステルラは話題を逸らす。


「ファンスさんは、見回り終わったそうです・・・」

「こちらも終わったよ」


廊下の奥からつるりとした黒い球体を被ったプルヌスがゆったりとした足取りでこちらに向かってくる。フォリウは軽く手を上げた。


「すまない。宮廷魔法士にこんな見回りをやらせて」


以前よりプルヌスの存在は知っていたのだが、フォリウはこの国の出身ではなく、元居た場所には宮廷魔法士という職業は無かったためにどれほどプルヌスという存在が重要なものかは知らなかった。本来なら知っておくべきことなのだろうが、フォリウにはそれを頭に入れることは出来なかったのだ。とはいえ、宮廷、つまりこの国のトップに仕えているということはかなりの実力者で権力者であるということは理解している。それにファンスに彼は特に国にとって重要な人物であると口を酸っぱくして言われた。

会って話してみると、フォリウが思い描いていた人物よりも独特の空気、時間が流れてる人物であり、思っていたほど悪い人物ではないようだった。むしろ、今まで一緒にいた元・宮廷魔法士であるストゥディウムを見ていたからであると思うが。


「いいや。こういうのも新鮮で楽しいよ」


表情は見えないが、明るく楽し気にプルヌスは言う。それを聞いてほっと胸を撫で下ろし、ふと宮廷魔法士へ戻った彼の事を思い出して頭を押さえる。


「そう言って貰って助かる。ストゥディウムよりも働いてくれる」


ストゥディウムという、年齢不詳、見た目は青年ほどに若く美青年である人物はその見た目からきっちりとした性格であると勘違いされやすいが、蓋を開けてみるとそういうことではなく、全く持って逆なのだ。

仕事はきっちりとこなし、生徒からの評判は上々。であるが、デスク周りは仕分けされていない書類で山積みであり、時折学園長共々彼の私室へ行くと、研究資料やら本やらで床が抜けてしまうのではないかと思ってしまうほど散乱している。更には魔法研究が趣味であるために、教師の見回りの仕事や宿直の仕事などを放りだして校舎内にある研究室に籠ることもしばしばあった。

その時の彼の言い分は「俺は肉体労働専門ではない。そういうことは貴様等が適任だろう」ということだった。それでも彼が辞めされられないのは、彼の知識の豊富さや授業の質、報告書つまりは生徒達の授業練度などを全て把握しているからだろう。

つまりは、優秀なのだ。

ステルラもこの学園に来て長いためとっくに慣れてしまっており、苦笑いを浮かべる。


「彼は研究命ですらね・・・今もお元気・・・ですか?」


おずおずとステルラがプルヌスを見ると、彼は頷く。


「あぁ元気だとも。ボクの仕事も嬉々としてやってくれている」


宮廷魔法士の仕事が嫌になって教師に来たというわけではないようだ。ファンスは首を傾げる。


「何であいつは教師になったんだ・・・」


素朴な疑問に「あぁ」とプルヌスが笑う。

「ボクが言ったのさ。少しは人と関わりなさいって。アレ、部下になってから部屋に籠りっぱなしでね。人と関わった方が研究捗ったりするよーって言ったら、すぐに行動を起こしたんだ」


あの様な人物でも上司のいうことはよく聞くらしい。普段もそのように聞き分けがいいと嬉しいのだがと、彼が復帰した後の事を考えてため息をファンスは漏らす。その話を聞いたステルラが「なるほど」と言いながら、自らの頬に手を触れる。


「なるほど・・・確かに、人を知った方が、研究捗ったりしますものね」

「調合師はよくわかっているね」

「ありがとうございます」


ステルラははにかんだ笑みを浮かべて俯く。彼女も薬の調合などで私室に籠ったり、ストゥディウムがいない時は研究室に籠ることもあるために少しだけ彼の気持ちがわかるようだ。肉体派のファンスは全く持って分からないために「ふーん」と興味なさげに呟いてから、渡り廊下の外を見る。そろそろ、陽が沈んでしまう。


「さて、一度宿舎に戻ろう。学園長が戻るまで待機だ」

「結構教師ってハードなんだね。驚いたよ」

「あはは・・・一応公職なので・・・」


3人はそんな話をしながら後者の方へと歩いて行くが、途中プルヌスが図書館の脇にある生垣に顔を向けて立ち止まる。しかしその後すぐに「何をしている」というファンスの声に首を左右に振って、彼女等の後に小走りで着いて行った。

その後ろ姿を、生垣のすぐ後ろに魔法で隠れていたアウローラとフロース、ルミノークス、クラースの4人がほっと胸を撫で下ろしながら見送っていた。

姿が見えなくなり、話し声も全く聞こえなくなった頃、全員は生垣から這い出て大きくため息をついた。


「ば、ばれたかと思いましたわ・・・」

「はい・・・」

「おーい。もう降りてきていいぞ」


クラースは小声で図書館の屋根の方へと声を掛けると、上からノヴァ、インベル、ウェリタス、アウィス、レウィスが降りて来た。本当は全員図書館の屋根の上に隠れる算段だったのだが、ルミノークスが強化魔法を使ってぎりぎり登れず、フロースに至っては強化魔法を使っても全く手が届かないという有様だった。ロサが『抱えて行こうか?』と提案してきたが、流石に恥ずかしかったようで結局諦めた。ロサの力でも彼女等を他の全員同様の身体能力にできなかったのが不満だったらしく、小さく『本調子だったらなぁ』と呟いていた。

全員揃ったところで、薄闇の中小声でアウローラは言う。


「じゃあ取り決め通り。表の見張りは、ウェリタス、ノヴァ」


もし教師がこの図書館に近づいて来た際の見張りと、犯人が近づいてきた場合に対応できる、このメンバーの中でも素早さが高い二人を表の見張りとした。ウェリタスは胸を張る。


「まかせて!」


胸を叩く彼にノヴァは喉を鳴らして笑ってから、アウローラを見た。


「ここは任せたまえ」

「えぇ。2人とも、頼りにしているわ」


余り音を鳴らさずにハイタッチをし、手を振って二人と別れた。

キィっという小さな音を立てて木製の扉を開くと、すっかり建物の中は暗くなっていた。

今宵の月は満月であるが、雲が厚いために月明かりは無く暗い。すると、足元がぼんやりと明るくなった。振り返ると、アウィスが小さな淡い白い光の玉を操っている。

ありがとう、と口を動かすと彼は頷いた。ちらりといつも司書がいる場所を見るが、勿論そこには誰もいない。早足で足を進めると、件の本棚にすぐたどり着いた。


「ロサ」

『はいはい』


小さな姿でアウローラの背についていたロサが前に出てきて、普段の姿となる。そして、その棚に向かって手を伸ばすが、ふと、その手を止めた。どうしたのだとアウローラが首を傾げてロサの顔を覗くと、ロサは眉を寄せて棚を見つめていた。


『おかしい』

「どうしたんですの?」


ルミノークスが不安そうに尋ねる。すると、ロサはその棚をなぞった。


『・・・一度破られた形跡がある』

「?犯人が出入りしているからではなくてですか?」

『魔法の封印というのは、普通の扉と同じなんだよ。鍵があれば開けられる。犯人はこの魔法を破る必要なんてないんだよ』

「つまり、私達の他に誰かがこの扉を開けて中に入ったってこと?」

『いいや違う』

「どういうことだよ」

『一度開けて、中に入らずに、もう一度全く同じ魔法をかけている』


アウローラは首を傾げる。中に何かしらの情報があって、それを得るために扉を開いたのだったら理解できるのだが、その人はただ扉を開いただけで、ご丁寧に全く同じ魔法を施したということだ。しかも、犯人が持っている鍵で開けれられるように寸分たがわず。

その様な芸当ができる人物の心当たりは一人しかいない。だが、彼がそのような事をする意味が分からない。ただ興味があっただけなのか、それとも別に何かの理由があったのか。


「罠っすかね?」


レウィスの言葉に、アウィスが唸る。


「何ともいえん。中に人の気配はないが・・・」

『取り敢えず、開けてみる?』


アウローラは少し考え込んでから、頷いた。彼女の頷きに、ロサが腕を前に差し出す。


『了解。少し離れていて』


魔法の解呪というものを初めて見たのだが、それは一瞬の事だった。何の音もせず、風も、何も起こらず、ただ確かに目の前にある棚はぐにゃりと曲がり、何の変哲もない扉へと姿を変えた。瞬きする程の一瞬の出来事に、アウィスを覗くの全員が「凄い」というため息に似た感嘆の言葉を口から滑り出した。

ロサは自慢げにすることなく、その扉の隙間に指をあてて目を閉じる。数秒後、目を開くと再び眉を寄せた。


『中の空間には誰もいない。トラップの様なものもない』


ロサは舌打ちをして『気に入らない』と呟いた。それは全員が同じ意見だった。なぜ扉を開いたのか、そして、同じ封印を施したのか、まったく理解できない。だが取り敢えず、目の前の扉は開いた。ならばやることは一つだ。


「では、行こう」

「じゃあ俺達が見張りだな」

「っすね。お気をつけて」


何かあってこの扉が再び閉じないように、そして、誰かが襲撃してきた場合にすぐ対処できる攻撃能力の高いレウィスとクラースがこの扉の見張りとなる。アウローラは頷いて、腰に付けている剣の柄に触れながら先導していく。アウィスの光の玉を頼りに、ゆっくりと人一人通れるほどの下り階段を歩いて行く。アウローラのすぐ後ろには、魔法に詳しく、魔力の流れを見るのが上手いインベルが一緒に歩いている。彼の反応から、特に怪しいものは無いようだ。

アウローラとインベルは視線を合わせて頷き合う。そして、アウローラとロサはフロースとルミノークスを守るように立ち、インベルとアウィスで部屋の中に怪しい魔法などがないかをくまなく見て回る。

天上に取り付けた、外に漏れないほどの明るさの光の玉と暗闇になれて来た目で部屋の中に視線を巡らす。

部屋の大きさで言うと8畳ほど。その壁全てに本がびっしりと詰まった本棚が並べられており、中心には本を読むスペースなのか、小さな机と椅子が置かれている。床や本などに誇りが付いていないところを見ると、誰かがここを頻繁に出入りしていることが伺える。

部屋の点検を終えたインベルとアウィスが近づいて、頷く。


「別段怪しいところはない」

「うん。罠とかもないから、ゆっくり調べられると思うよ」


フロースとルミノークスに危険は無いようだとアウローラはほっと胸を撫で下ろす。彼女等も安心したようで、ルミノークスが周囲を見渡しながら首を傾げる。


「これは、全部本ですの?」

「そうだな。本と何かの研究資料を纏めたもののようだ。背表紙は朽ちている物が多く判別しづらい」

『取り敢えず、片っ端から見て見ようか。古い文字だったらわえを呼んで』


ふよふよと浮いてロサは本棚を物色し始める。アウィスが光を強くしてくれて、何とか文字を読めるくらいの明るさにしてくれた。まだ不安なのか、アウローラの傍でフロースとルミノークスが本を眺め始める。アウローラも適当に本を手に取り、ぱらぱらと捲る。

アウローラが手に取った本は、どうやら遥か昔の魔法に関する記述のようだ。先日プルヌスにおすすめされた本よりも詳しいことが書かれており、どうやら、今はもう使われていない魔法の記述が多い。へーっと思いながらぱらぱら読んでいると、一際読み込まれているようなページを見つけてそちらに目を通す。

記載されていた魔法の名前、それは“蘇生魔法”であった。元々は水の大精霊が使える魔法であり、理論上は可能であるが人間がそれに成功した事例はないと記載されている。

もしかして、これも今も使われなくなった魔法なのだろうか。だとしたら、自分達が知らない魔法というものは沢山ある野ではないかという疑問が浮かぶ。


「ロサ。あのさ」

『んー?』

「今は使われなくなった魔法ってどれくらいあるの?」

『いっぱいあるよ』


あっさりとロサはそう言う。


『現代においての魔法の常識は、かなり絞った情報のみだ。魔法とは何なのか、どういうものなのか、大昔の人間はそれを理解して、悪用することが多かった。だから、情報の統制と共に“危険だ”と判断された魔法は規制して使わせないようにした。危険だと判断した魔法の正式な数は覚えていないけれど、今使われている魔法は全盛期の5分の1以下といったところかな』

「情報の統制って、誰がそんなこと?」

『君達も知っているだろう?属性検査を仕切っていた“精霊教会”という組織だよ。彼等はずっと昔から在ってね。特殊な立ち位置で世界を守っているんだ。詳しいことは追々話すよ』

「へぇ・・・ちなみに“蘇生魔法”も昔は使われていたってこと?」


アウローラの問い掛けに、ロサが目を見開いてこちらを見る。そして、彼女が持っている本に心当たりがあるようで、息を呑んだ。そして、ロサが目の色を変えてアウローラに近づいた。


『これは・・・ちゃんと禁書庫に保管されているはず・・・保管状況が悪い・・・写本?』

「ロサ?どうしたの?」


ロサは、周囲の本棚に近づいて片っ端から本をぱらぱらと捲る。一体何事かと全員がロサを見た時「ひっ!」という小さな悲鳴をフロースがあげて、持っている本を床に落とした。慌ててアウローラが近づくと、フロースは震えたままその場に立ち尽くしている。何だ、とアウローラはフロースが持っていた本を拾い上げると、その内容にひゅっと喉を鳴らした。


「なに・・・これ・・・」


思わず声が漏れる。

それは本で無く、何かの研究資料だった。いや、何かという不明瞭ではなく、読めば何の研究科はすぐにわかった。それは、死者と生者の研究の資料だ。

生きている人間を解剖し、開かれた後に延命治療を施して生きながらにして空気を触れされた場合の内臓の状況、血液を全て抜いて別の液体にした場合どうなるか、死体の内臓を生きた人間に移植した場合機能するのか、逆はどうなのか。

肉体に関する夥しい数の猟奇的な研究内容。前半はそのような研究で埋め尽くされ、後半に行くにつれて先程アウローラが見た“蘇生魔法”を行った場合の研究が書かれている。

生きた人間に“蘇生魔法”を使った場合に、別の人間の魂が入るのか。何秒後なら蘇生魔法は成功するのか。1秒?2秒?3秒?という秒刻みで蘇生魔法を施した記録、腐乱した肉体を生きた人間の者と同様にするためにはどうするのか。

吐き気を催すほどの研究内容だ。そこで、はっとアウローラは気が付き、目の前にある本棚の研究資料を手に取り読み進んでいく。


「全部、“蘇生魔法”の研究資料・・・?」


そう。この部屋にある本の殆どが、何百回、いや、何千回、何万回と繰り返されてきた“蘇生魔法”の研究資料なのだ。インベルとアウィスもその研究資料に目を通す。そして、内容にある一点に皆が注目した。


「“彼女”、たった一人を蘇らせるために、こんな研究をずっとしているのか・・・この犯人は・・・」


資料の殆どに“彼女”という言葉が出てくる。この研究資料は全て、そのたった一人を蘇らせるために行った数多くの殺人の記録だ。自分たちが挑もうとしている犯人はこれほどまでに猟奇的な人物なのかと背筋が凍る。もしや、犯人の記録ではなく、犯人が集めているだけではないだろうかという考えもよぎったが、その紙が真新しいことを見ると、その可能性は低い。


「だったら、何故、闇の大精霊を捕まえたのですの?」


震えるフロースの体を摩りながら、ルミノークスは尋ねる。すっかり、立ち尽くしてしまっているフロースをアウローラはゆっくりと椅子に座らせてから首を左右に振る。


「分からない。莫大な魔力が必要になったから・・・とか?」

「アウィスには悪いけれど、だったら闇の大精霊を従えさせる必要はないんじゃないかな?」

「・・・確かにそうだ。ただの人間が大精霊を隠して引き連れるのはかなりリスクのある行為だ」

『闇の大精霊・・・彼女・・・?何か、何か忘れているような・・・』


本に目を通しながら、ロサがぶつぶつと呟く。

蘇生魔法と闇の大精霊、それが一向につながらない。そもそも、だ。


「ロサ、蘇生魔法って何なの?」


蘇生というと死んだものを蘇らせるといった意味合いだ。だが、先程の本にもあった通り成功した例はない。過去にも、未来にもだ。本から顔を上げたロサは、苦虫を嚙み潰したような表情になる。


『蘇生魔法というのは、水の大精霊のみが使える“固有魔法”というものだよ。本来の力は、“生きている限りその者を蘇らせたり切られた部位を再形成する”という治療の最高位の魔法だ』

「どんなに命の瀬戸際でも、両手両足を失っていても、魂が管理者である母なる大精霊マーテルの手に渡らない限り、蘇らせることができるということだ。しかし、大昔の人間は“ならば死者も蘇らせることができるはずだ”と解釈した」

「否定は、しなかったのですか?」


未だ震えた声で、フロースは尋ねるとロサが肩を落とした。


『否定したよ。当時の水の大精霊は必死に。でも、聞き入れてもらえなかった。当時人間が使っていた“蘇生魔法”と言うのは、人間の体を治療して、魂の器の身を再形成するという、動く死体を作るというものだった。その動く死体は、意思もなく、魂もなく、体に刻まれた反応だけで体を動かす、そんなものを量産するものだ。だから、精霊教会はその文献を全て禁書庫に仕舞いこみ、世界のありとあらゆるその記載をする本を焼却した・・・はずなんだよ』

「それが、今ここにある」


アウローラは周囲を見渡す。では、犯人は精霊教会の一員ということなのだろうか。いや、ゲーム内ではそんなことは言われていないし。でも、精霊教会の一員であれば、大精霊と近づくことは可能かもしれない。


「・・・精霊教会の一員が犯人という線はないの?」

『「それはない」』


アウィスとロサが口を揃える。


「精霊教会は入会と同時に父なる大精霊パテルと母なる大精霊マーテルにより、誓いを立てられる。それは、大精霊に対して危害を与えた場合に“自死”をするという誓約だ。破られることは絶対にない」

『それに精霊教会の一員は行動を全て教会の長に把握されているんだ。そして何より、脱退することは許されない。それを全て承知して、彼等は入会しているんだよ』


それは確かに裏切れない。

どれほどまでにあの教会が厳しいものなのか、驚きを隠せないが、それよりも今は犯人の事だ。だったら犯人はどうやってこのような膨大な量の本を集めたのだろうか。


「・・・ここで考えても埒が明かない。巡回が始まる前に、いったん寮に帰ろうよ」


インベルの言葉に、アウローラは思考を取りやめ頷いた。するとロサが『あと5分くらい待って』と声を掛けて来て、研究資料をぱらぱらと捲り始めた。何をやっているのだろうかと思ったのだが、集中しているようなので誰も声を掛けない。

きっかり5分でその棚全ての本を捲り終え、一息ついたロサは「お待たせ」と言ってくる。


「何をしていたのですの?」


ルミノークスが尋ねるとロサは、研究資料を指さす。


『あれの内容を全て記録したんだよ』

「あれの内容全部!?」


思わず小声でアウローラは驚きの声を上げるとロサは胸を張る。


『実は昔の友人が使っていた道具にこういうものがあって、生きていた頃にそれを参考に魔法を作ったんだよ。これだけはあの人も絶賛してたよぉ』


どういう道具なのか気になったが、それよりもそろそろ戻らないと先生達と鉢合わせして今う可能性が出てくる。「そろそろでようか」とアウローラは声を掛けて、みんな一緒に地上へと上がる。

どうやら入り口では何もなかったようで、クラースとレウィスが周囲を警戒しながら話をしており、出る直前に軽く声を掛けると張り詰めていた表情が緩んだ。


「何か成果あったか?」

「そこそこかな。取り敢えず、話を纏めたいから・・・あ、ロサ」

『ん?何かな?』


一番最後尾だったロサにアウローラは振り返る。ロサはきょとんとした表情で首を傾げていた。


「寮に戻ったらさっき見たやつ文字おこしとかできる?ある程度でいいから」

『それは可能だよ!ふふん。任せてくれ』


頼られるのが嬉しいのか照れたような表情で笑う。明るい表情であるが結構無茶なお願いをしてしまったことに心を痛めながら、図書館の入口に向かう。数回ノックをしてから開くと、2人とも先程のクラース達のように表情を緩めた。

ここで大人数でいるとリスクが高いと思い、アウローラが寮に戻ろうと声を出そうとしたときだった。


「へぇフルメンバーかぁ。気合入っているね」


少年とも少女とも思える声が聞こえ、アウローラの背筋が凍る。聞いたことのない声のはずなのに、これは危険だと頭の奥からないかが警鐘を鳴らす。気が付くと、グイっとノヴァとウェリタスを後ろに下がらせて、剣を抜刀して防御の姿勢を取る。キィンという金属音が周囲に響き渡る。

「やっぱり、流石だ。反応が早い」


嬉々とした声と共に、アウローラに攻撃してきたその影は後方に飛び去る。ゆらりと体を動かし、金属か何かで造られた手袋のようなナックルを装備した両手を、感触を確かめるように何度も握っては開く。アウローラの柄を握っていた両手は痺れてしまっている。

背は大きくなく、アウローラよりもはるかに小さい。10歳になったばかりか、それくらいのように見える。だが、その立ち振る舞いはいくつもの死線を潜り抜けたような様である。

雲が途切れて、月明かりが渡り廊下を照らし、その人物の姿が露わになる。

赤い外套を纏っている。

これが、噂の赤い外套の人物なのだ。

全員が、武器に手を触れて体を強張らせる。その様子を見て、赤い外套の人物はケタケタと笑う。フードにより顔の殆どは分からないが、辛うじて見える口元には笑みが浮かんだままだ。


「それじゃ。防音も張ってることだし、ちょっと遊ぶかぁい?」


胸元に赤い外套の人物は手を当てて、恭しく頭を下げてこちらを見る。


「この、“原初の厄災”と」



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