第1部-44話「隠されたもの」
無事入学式を終えて、学園の生活にも慣れて来た。フロースとルミノークスが寝息を立てている早朝、アウローラは学園の制服である藍色を基調とした膝が隠れるほどのワンピースを纏い、指定である同色のブレザーを羽織る。ボタンの多いそれらは身に着けるのに同室の彼女等は苦労していたのだが(結局、ミールスに彼女等は手伝ってもらっていた)、アウローラとしては前世の制服の形式と同じであるために難なく身に着けることができている。しかしながら、日本での制服よりもどちらかというとマーチングバンドを思わせるようなデザインのため、1か月たった今もなお見慣れない。
扉の外ではミールスが静かに談話室に朝食を運んでいる気配が感じられる。たった一人で切り盛りしているため、無理をしていないかと先日尋ねたところ「むしろ楽しくてしょうがないです」と嬉々として言ってきた。どうやら、彼女は根っからの世話好きのようで、声を掛けたその後も鼻歌を歌いながら掃除を続けていた。
明るくなったのだ。恐らく、話すことを話してすっきりしたからなのだろうか。偽ることがなくなって、あれが本来の性格なのだろうか。なんにせよ、カエルムには文句を言われそうであるが姉のように慕っていたミールスが楽しいのならば、それでいい。
アウローラはクラースから貰った髪留めを付けて身支度を終えるが、廊下に出ることなく室内の自分の机に向かう。机の上には、アウローラが知り得たこと、知っている事などをまとめたノートがずらりと並び、その他にもノヴァやインベルが取り寄せてくれた聖女に関する記述の複写などの書類が赤い箱の中に綺麗に纏められていた。その隣にある青い箱には、数枚の紙が入っている。アウローラはそれを取り、目を通す。
「・・・ウェリタスの報告も特に何もなかったようね」
学園生活をどうするかと皆と相談した結果、全員学園生活と並行して各々情報収集に努めることに決まった。各々という天に関してなのだが、誰が黒幕かは分からないために、固まって何かを調べることを控えようと意見が一致したのだ。
アウローラとレウィスはフロースとルミノークスのそばに付いていて、インベルとノヴァ、アウィスとクラースとツーマンセルを組み、ウェリタスは自由に動くのが一番ということでたった一人、主に女生徒に声を掛けている。
とはいえ、学校内で仲良くないふりをしようなどとは決めておらず、普通に学園内で固まることの方が多い。まぁそれはもうこのメンバーの仲がいいということは既に知れ渡っている事なのでいいだろう。しかしながらこのメンバーの身分や役割が目立つために派手な行動は控えたいものだ。
アウローラ達が動いたところで簡単に怪しまれるということはないだろうがこの学園の人数が少ない分、先生に目を付けられる可能性は低くない。というのも現在アウローラ達がいるこの学園は1年生しかおらず人数は100人もいない。学園のシステムは少し変わっていて、1年間を基本学習及び実技を学び、その後2年生から、座学を極めるか、武術を極めるか、魔法を極めるか、によって校舎が分けられる。
座学を極めるなら、国立帝王学専門学校。武術を極めるなら、国立騎士専門学校。魔法を極めるなら、国立魔法士専門学校という風に名称も変わるが、全ての専門学校の在学期間は3年間と統一されている。なので、この学校には生徒会というものは存在しないが、入学直後の試験の1位2位に与えられる“生徒代表”と“生徒副代表”というものがあり、それにノヴァとインベルが選ばれている。メリットとしてはこの二つの役職に選ばれた彼等は、ある程度の要望が通りやすく先生の手伝いをすることにより普段先生しか入れないような部屋にも自由に行き来できる。ゲーム内でも彼等はその役職についていた。
アウローラやクラースも上位であったが、座学に関してはあの二人に並ぶ者はいないので、そうだろうなと2人は思ってしまう。もしこれが実技も含めた者であったならば、アウローラ達にもチャンスがあっただろうが。
ノヴァとインベルに学校内を自由に見てもらっているが、特段怪しいということはなく、学園の先生に怪しい人物も特にないようだ。
暫くノヴァ達の報告とアウローラ自身がまとめた資料に目を通していると、後ろからぎっというベッドが軋む音が聞こえて来た。しかしながら、アウローラは振り返らずに手元を見続けている。気付いていないというわけではないのだが、そのベッドから降りた彼女がアウローラに気付かれないように忍び足をしており、それがいじらしく振り返らずにいるのだ。とはいえ、アウローラとしてはどちらが起きてきたのかは足音である程度分かっている。暫く同室であると、歩く時の癖の音だけで分かってしまうものだ。
「おはようございます」
声を掛けられると同時にふわりと首に腕を回される。寝起きだというのに、いいや、寝起きだからなのか、口の中が甘くなるような彼女、フロースの声が耳元で聞こえた。何か勘違いをしてしまいそうなほどの甘えるような声音であり、最初はどきりと胸を鳴らしてしまったのだが、何度か同じことをされれば慣れてきてしまう。振り返ると恐らく頬同士が触れてしまうほどの近さであることは分かっているために、アウローラは振り返らずに苦笑いを浮かべる。
「おはよう。今日も時間通りだね」
「・・・えぇもちろん」
するりと腕が離れたのを見計らって振り返ると、フロースはどことなく残念そうに肩を落として微笑んでいる。抱き着かれた時に振り返らないといつもこうだ。一度だけ、最初の頃にあと少しで口が頬にあたる所だった時があった。その後謝ったが、彼女はどうも上機嫌であったのをよく覚えている。
彼女が自分に好意を抱いてくれていることは分かっておりとても嬉しいのだが、これほどまでに体を密着されると彼女の事を好きな人間に勘違いをされかねない。攻略対象は全員友人なので、ギクシャクとするのは少し頂けない。というよりも、困ってしまう。攻略対象以外にも、彼女に対して好意を抱いている人は少なくないだろう。聖女と云う肩書、そして、この見た目だ。
アウローラはもとより自分を客観視することが多く、前世の顔に比べたら遥かに顔面偏差値が高いことは自負している。自分からしても、可憐さはないが美人の部類に入ると思っている。のだが、他のゲーム内主要登場人物に比べると遥かに見劣りすると思っている。全員、端的に言うならば顔がいい。その一言に尽きる。
今目の前にいるフロースは、白い無垢な花を思わせるような可憐さと、顔立ちは可愛いながらに透明感がある美しさ、さらに仕草においてはたおやかで物腰は柔らかい。主に男性にファンがいるようで、登下校の際には彼女に見惚れる男子生徒が多い。ゲーム程物静かではないのだが、比較的大人しく話しかけられた際には笑顔で応じるなど、ウェリタス曰く「彼女こそが理想の女性像だ」などという生徒もいるほどで、流石ゲームのヒロインといったところだ。
まぁ、この話を聞いたアウローラ達全員が顔を見合わせたのであるが。
ゲーム内では消極的で内向的な少女であるが芯を持っている、という風に描かれていており生徒たちはそのように思っているらしいのだが、アウローラ友人一同としてはそんなことはないよねという所である。
確かに芯は持っている、だが消極的でも内向的では全くない。何事にも興味を示し、何より自分で積極的に行動するタイプであり、分からないことは知っていると思われる人に聞きに行く社交性も持っている。実は先日、寮に帰宅後鞄を置いて早々嬉々とした顔で「学園内を散策してみましょう!」などと提案してきて、ルミノークスも一緒に行こうとするのだがそれを渋るレウィスの腕を引っ張り、アウローラとクラースを含めて5人で学園内を歩き、日が暮れるくらいに寮に戻った。途中先生たちの手伝いをしていたノヴァやインベル達や、更にはゆっくりお茶をしながら調べ物をしていたアウィスとウェリタスには「程々にしておきなさいよ」と声を掛けられてしまう始末である。観光のようにはしゃぐ彼女を見れば、生徒たちの評価が違ったものになるのではないかと思う。もしくは、このギャップがたまらないという人もいるのだろうか。
反して、と思いアウローラはもう一つのベッドへと視線を向ける。そのベッドの上では綺麗に布団が掛けられて、幸せそうに整った寝息を立てるルミノークスが寝ている。
可憐な花に様なフロースとはまた違う薔薇のような凛とした、ゲームよりは柔らかな印象であるものの、一見キツイ印象を抱かせる美人へとルミノークスは成長した。涼やかなフロースの体よりも、女性らしい体つきのルミノークスはどことなく大人びているように見える、のだが、かなり子供っぽいし人見知りが結構激しいのである。積極的に動くフロースに反し、自分一人ではあまり行動を起こさずに、外で出歩くよりも最近は本を読むことを好んでいる。
子供っぽい所はそっくりであるが、性格を総合的に見ると反対な性格だ。
ゲーム内では、完璧にすべてをこなし、努力家で何より高飛車な言動が目立っていたのだが、今の彼女は全くそういうことがなく、そして完璧でいようとする根を詰めたような雰囲気もない。ゲーム内の彼女と似ているところと言えば、努力家なところと少し詰が甘い所だ。その詰が甘い部分をレウィスが主に補っているから、良き主従関係を築いていると言える。
「そのうっかりしてしまうところが可愛いんすけどね」というのはレウィス談だ。それには概ねアウローラも同意した。
さて、ゲーム内では知らなかったというか、恐らくこれが気の抜いた彼女の本来の性格なのだろう。
ルミノークスは、良く寝る。
アウローラは仕事柄すぐ起き、フロースはきっちりしているために同じ時間に起きる。だが、ルミノークスは誰かが起こさないと高確率で寝坊する。勿論自然に起きてくる事もあるのだが、今のところ登校日の8割がたはアウローラが起こしている。
気を赦してくれていると考えれば、悪い気はしないのだが、自然に同じ時間に目を覚ますように習慣づけてほしい。この世界に目覚まし時計がないのが、悔やまれる。
恐らくこのままではまた朝食を食べずに学校へ行くのではないかと懸念されたために、アウローラは持っていた資料を置いて立ち上がる。そして、ルミノークスを軽く揺さぶる。
「ルミノークス、起きて。また朝ごはん食べられなくなるよ」
よく弟を起こしていたことを思い出して毎度のことながら懐かしい気持ちになる。小さな呻き声と共にルミノークスはうっすらと瞼を開き、何度か瞬かせる。
後ろでなぜか小声で「いいなぁ」と呟くフロースに対し、アウローラは、何がだ、と心の中で思いつつも口に出さない。誰かに起こされるという行為は、羨ましがるようなものではないと思うのだけれど。
何度か毛布を抱きしめたり、ベッドの上で蠢いたりして、数十秒後にやっとでルミノークスが体を起こす。乱れた髪を直すことなく、ボーっとしてルミノークスは不思議そうにアウローラを見る。
同室で過ごすようになってから、彼女はこうだ。起きると、アウローラの顔を不思議そうに見てくるのだ。自分の屋敷であると寝惚けているのかと思ったのだが、どうも違うらしい。フロースが起こした際は、彼女にそのような表情を見せないのだ。
未だにその謎は解けずにいるのだが、ボーっとするルミノークスに対してフロースが声を掛ける。
「おはようございます。ルミノークス」
「ふぁ・・・おはよおございますわ・・・」
大きな欠伸をしてルミノークスは伸びをする。そこへ見計らったかのようにドアがノックされ「起きていらっしゃいますか?」というミールスの問い掛けが投げかけられた。
「えぇ。今ルミノークスも起きたわ。2人の着替え頼める?」
ミールスが頭を下げて入室し、にっこりと微笑む。
「えぇ勿論ですとも。では、まず目覚めのミントティーをご用意しました。昨日ステルラ様から頂いた物です。そちらをお飲みの間、制服等をご用意いたしますので」
てきぱきとミールスがテーブルの上にお茶を用意して、3人でそれを頂く。アウローラとしては何もしないことがとても落ち着かないのだが、一度耐えかねて手伝おうとした際に、アウローラは一応名門貴族であるプラティヌム伯爵家の一員であり、そんな人に手伝わせたら従者として如何なものかと思うと言われてそれ以降は大人しく待つことにしている。
全員が半分ほど口にした時にミールスの準備が整ったようで、まずフロース、次にルミノークスと制服と髪を整えてもらった。
「他の皆はどうしたの?」
アウローラが尋ねると、ミールスは手を止めることなく答える。
「ノヴァ様とインベル様は何やら先生の手伝いがあるということで先に登校を。アウィス様とクラース様、レウィス様は談話室で朝食を召し上がっています。ウェリタス様は、何やら調べごとをとお一人で先程寮を出ました」
「そう」
ノヴァとインベルに関しては昨夜話があったし、頼まれごとをしているところを出くわしたのでわかるが、ウェリタスの調べごととはいったい何だろうかとアウローラは口元に指をあてる。別に怪しんでいるというわけではなく、ゲームのストーリーから外れていることが多い以上、何が起こるか分からない。敵が襲撃しないという保証はないのだ。
一人で行動する、一人でも大丈夫と言っていたのだが、それでも不安は拭えない。
アウローラの心配そうな表情を察してなのか、言い忘れただけなのか分からないが、ミールスが小さく「あ」と声を上げて補足する。
「ウェリタス様はアホ賢者と行動されているみたいです」
「ロサと?」
ミールスは決してロサの事を名前で呼ばないが、必ず“賢者”と言う。そのため、誰のことを指しているのか分かる。最初は「アホ賢者」や「バカ賢者」と言われて戸惑ったが、意外とすぐになれるものだ。
因みに当人は全く持って気にしていない。
「・・・なら安心だけれど、大精霊ってそんなにほいほい持ち場を離れていいものなの?」
「いいわけあるか」
そう返答したのはノックもなしに扉を開いたアウィスだった。
小さくフロースとルミノークスが驚きの声を上げた。丁度2人の着替えが終わったからいいものの、他人の部屋をいきなり開くのはどうかしている。アウローラが注意をしようと口を開きかけた時、ルミノークスの髪をハーフアップにしてリボンをきゅっと結んだミールスがつかつかとアウィスの前に立ち、その頭を思いっきりひっぱたいた。
「「「!?」」」
「うぉ!?」
「マジすか」
女性陣は驚き声を出すことができず、慌ててやって来たクラースとレウィスは思わず声を出してしまう。
結構な力だったらしく、まぁ、確かにアウローラもミールスとの模擬戦はいつもギリギリであるため彼女の戦闘力のすさまじさは知ってはいるが、アウィスは頭を押さえたまま声のない悲鳴を上げていた。
「前っ前から思っていたんですけれど、デリカシーというものを持ってください!このような様では光の大精霊の品格を疑われます!全く!」
ごもっともである。むしろ、よくやってくれたと称賛に値する程だ。
ミールスはいわば光の大精霊の祖である。身内に怒られているようなものだ。
きっとミールスを睨むアウィスはどことなく、アウローラと同じくらいの幼さに感じ取れて、いつもの大人びた姿からはかけ離れている。いいや、もしかしたら大人を演じているだけなのかもしれない。
何か言いかけた途中、はっとアウィスが我に返ってちらりと中にいる3人を見て、咳払いをしてから頭を下げた。
「・・・確かに、こちらに非がある・・・すまない」
「謝ればよろしい。貴方の経歴を考えれば仕方がないとはいえ、品位を身に着けるために私が―」
「あ、あの!さっき、アウィスは何を言いかけたの!?」
長々と説教が始めりそうだったために、アウローラが慌てて話題を変える。するとミールスは不満ありありな表情でゆっくりアウローラを振り返ったが、へらりと笑って手を振ってくる彼女にお説教をする気が削がれたようで、額に手を当ててから小さく首を振って無言のままお茶の片づけを始めた。それを伺うようにちらりとアウィスはミールスを見て話し始めようとしたときに「あ」と彼女が声を上げるもので、彼はびくりと体を跳ねさせる。
「お話は朝食を食べながらの方がよろしいかと。遅刻、しますよ?」
「あ、そうですわね。学園に来てから妙にお腹がすくので、朝食を抜くのは一大事ですわ」
「そうですね。朝食を頂きながら詳しいお話を」
「ミールス、私達の朝食の準備は出来てる?」
「えぇ勿論。クラース様たちはもうお済ですので、食後のお茶をご用意いたします」
「おぉ、ありがとな」
「あ、お手伝いするっすよ」
「いいえ。大丈夫です。レウィス様も休んでいてください」
「では、行こう」
なぜかその場を仕切るように言ったアウィスを先頭に談話室へと向かう。
部屋にはすでにこんがり焼いたさっくりもちもちしたパンと温かいスープなどが並んでいた。全員が席に座ると、ミールスはお茶を用意して退出する。
「それで?」
アウローラがアウィスに訊ねると、そうだったというように紅茶を入れたカップを置き口を開く。
「大精霊というのは、長期間自分の国から離れることは出来ない。1日、2日くらいならまだ大丈夫だろうが、離れた場合は暫くその国に留まらないと守護が薄れてしまう。ロサのように頻繁に飛び回るということは異例なのだ」
「へぇーそうなんすね。大精霊ってもうちょっと自由化と思ってたっす」
「そうでもない」
苦々しい表情でアウィスはうつ向き「できる事ならなりたくなかった」と誰にも聞こえないように呟く。
「ロサが賢者ということに関係していたり?」
「まぁそうだろう。賢者という存在は現代において存在しない。それは賢者というものは、この世の全ての魔法、現代に伝わっていない魔法も含めて知っている、使いこなすことができる存在ということだ。忘れ去られた魔法も知っているだろうから、離れてもいい方法も知っていてもおかしくはない」
「改めて聞くとすげぇなアイツ」
クラースが感心したように呟く。
天才は往々にして変人だと言うが、ロサもそのような類なのだろう。そこへ丁度ミールスがやって来たのでアウローラが問いかける。
「ロサってやっぱり旅の途中活躍したんだよね?やっぱり今みたいな感じで?」
聖女の記録では、そのように書かれている。
容姿などの詳しい情報はほとんど残されていないのだが、確かに幾度となく聖女達を助けたと書かれている。きっと、今のようにどこか少し変であるが頼りになったのだろう。そういうアウローラの考えと裏腹に、ミールスの表情はどこか翳りがある。少し、視線を泳がせて、寂し気に微笑んで、痛む場所を摩るようにして右腕を摩る。
「・・・えぇ、とても、とても活躍しました。落ち着いたら、あの人と一緒に旅の話をします。あの楽しかった、私の中の光あふれるあの旅を」
談話室に置いている時計が、鐘の音を鳴らす。
「お、そろそろ行こうぜ。じゃあミールス、その話楽しみにしてるぜ」
クラースがどことなく暗い雰囲気を吹き飛ばすようにしてミールスへと歯を見せて笑い、手を振る。すると、彼女は「えぇ」と嬉しそうに微笑んだ。そして、皆はミールスに「行ってきます」と言って寮を出る。
寮を出て皆で通学路を歩いていると、校舎の入口の方で女生徒が何かを遠目から見つめている姿が見えた。全員が顔を見合わせてそちらの方へと顔を向けると、校舎の入り口前にノヴァとインベルが談笑していた。
ノヴァは爽やかな美形になり、インベルは凛々しい美形へと成長し、黙っていれば絵画の様だと言ったのはどこの令嬢だったか。どうやら遠目から見ている生徒たちは彼等に対してどのように声を掛けようと考えながら、黄色い悲鳴を上げている様だ。
クラースはそれを見て「すげぇ」と引き気味だ。クラースも正統派騎士というような美形であるが、どちらかというと男子生徒に人気が高い。どうやら兄貴肌なのが高評価の様だ。なので、このように女生徒にキャーキャー言われるのが純粋に凄いのだろう。
今声を掛ければ注目の的になってしまうのではないかとアウローラは思い、横に連れ添っているフロースとルミノークスにあっちから行こうと声を掛けようとしたところ、ノヴァと目が合ってまった。
すると彼は見る見るうちにいつもの砕けた笑顔を向けて、大きく手を振ってくる。それに気づいたインベルもこちらの方を見て、軽く手を上げた。
しょうがないと肩を落として、アウローラは小さく手を上げて彼等に近づく。
「おはよう。2人とも」
「おはよう、皆」
「おはよう。あぁ」
挨拶をしただけなのに何やらノヴァが噛みしめている。
「・・・毎日アウローラにおはようと言える幸せ・・・」
「・・・兄さん。一応他の生徒もいるから、そのだらけた表情やめなよ」
ぐいぐいとインベルがノヴァの制服の袖を思いっきり引っ張り、ノヴァがはっと我に返って両頬を叩く。
朝からこのテンションの高さは何なのだろうかとアウローラが首を傾げる。
「あぁ見てください。皆様本当に絵になりますわ・・・」
「えぇ、誰も彼もが確立した美しさを持っている。これを絶景と言わず何というのでしょう」
「あのルミノークス様の従者の方も庶民の方とは思えないほどの凛々しい顔立ち・・・」
「ご挨拶をしたい・・・でも、どのように声を掛ければ・・・」
きゃーきゃーという声が先程よりも高まったような気がしてどうも居心地が悪い様な気がしてくる。まだ授業には時間があるが、ここから取り敢えず離れた方がいいと思ったのだが、普通に彼女等に挨拶をしないで入るのは気が引ける。
「取り敢えず、少し移動しない?」
「ん?あぁ、ここでは目立つね。まだ時間あるし、何処かで暇をつぶそうか」
「そうだね。そのほうがいい」
ノヴァとインベルも頷き、アウローラが振り返ると皆も同意してくれた。ノヴァを先頭にして皆を先に行かせて、アウローラが最後尾になる。そして、遠目から見ていた生徒たちに手を振って、微笑みながら「おはよう」と声を出さずに口を動かした。そして、そのまま急いで中に入ったのだが、その挨拶された生徒が赤面して蹲ったことを彼女は知らない。
廊下に入ると「おーい」という声が聞こえて、廊下の奥からウェリタスが手を振ってかけてきた。その肩には小さなサイズのロサが肩に乗っている。
「おはよう、ウェリタス」
「おはよう、アウローラ。皆もおはよう」
挨拶をして早々、ウェリタスがアウローラへ耳打ちする。
「少し、いいかしら?」
そのトーンから何やら掴んだと察したアウローラは頷き、皆に視線を向ける。そして、ウェリタスを先頭にして廊下を進んでいく。進んでいった先は、校舎内の図書館だ。国立図書館には到底及ばないものの、前世の町図書館は余裕に入るほどの大きさだ。
朝から開かれているが、司書以外は誰もいない。
皆、司書の中年の女性に頭を下げると彼女はにこやかに頭を下げて手元にある本をぱらぱらと捲っていた。
ウェリタスに連れられて、図書館の最奥へと辿り着く。そこには古い魔法関係の本がぎっしりと詰められているだけの何の変哲もない本棚だった。この場所が一体なんだというのだろうと首を傾げていると、ウェリタスとロサが頷き合い、ウェリタスはロサを手の上に乗せて本棚に触れられるようにした。
ロサが本棚に触れると、電気が走ったようなバチっという音と共にロサの小さな手が弾かれた。その瞬間、本棚が赤く光揺らめいた様な気がした。
「こ・・・れは?」
ノヴァが尋ねると、手が痛むのか摩りながらロサが答える。
「恐らく遮断魔法と幻影魔法。防御魔法と操作魔法の一種で、現代はあまり使われないものだよ。知っている人が少ないからね。で、これは恐らく最近付与されたものであるね」
「つまり、誰かがここに何かを隠しているってことですね」
「そういうこと」
ロサが満足げに頷く。
「解除は出来るんですの?」
「できるけれど、少し時間を貰いたいな。無理やり壊すこともできるけれど、そうすると大きな音か魔力反応か何かしらの反応が出る。静かに、静か―にはがせるようにするよ」
「ロサ、そんなこともできるのか・・・」
「勿論だともアウィス!できなくとも、やって見せるさ。もう、今は縛る鎖は無いんだから」
意味深に呟くロサがその本棚を睨み付ける。
「だからなるべく誰かしらわえを図書館に連れて来てほしいだ。確かあれでしょ?午前中は授業があるけれど、午後は授業がなくて自由学習なんでしょう?」
この学校は、一般教養、薬学、魔法学、武術の4種類の授業を午前中に行って、午後は各々自主学習となっている。とはいえ、図書館、教室、校庭、実験室等その日によって変わるが、先生が滞在している教室に言って自由に学習するというものであって、自室で勉強したりするのは禁止されている。入室時に先生の所にある紙に名前を記入、退出時には自分の名前の隣にチェックを入れる。
図書館は高確率で午後の自主学習の教室に選ばれるため、ロサをこの場に連れてくる事は簡単だろう。しかし、ある疑問がふっと頭に浮かぶ。
「そんなに自分の国を離れていても大丈夫なの?」
アウローラの問い掛けにロサはきょとんとしてから、笑いだした。
「あー、もしかしてアウィスかミールスがなんか言った?うん、大丈夫大丈夫。伊達に長年存在していないよ」
つまり心配ないということなのだろう。
すぐ後、予鈴がなり急いでアウローラ達は図書館を後にする。
その日以降、代わる代わるロサを図書館に連れて来た。というのも、全員で移動するともしかしたら敵に動向を気付かれてしまうかもしれないと思えたからだ。
その魔法を外すことができるようになったのは、それから5日後の事だった。




