第1部-43話「倒すべきは」
現在残っている記録を見る限り、幾年も昔の話であるが、ミールス自身は、何年前などという確かな数字は覚えていない。というのもあの冒険の日々は、いつまでたっても色褪せることなどなく、昨日のように思い起こされるからだ。というのも、ミールスは完全なる転生であり、昔の見た目と差異はあれど記憶、性格、癖、などといった個人を構成する要素を前世から丸ごと移行している。なのでもし、自分がごく普通に現在の両親の手で育てられていたのならば、見た目こそは僅かながらにどちらかの要素が混じり合っているのだが、内面においてどちらとも似ていない彼女を気味悪がったことだろう。
“捨てられていた”と言えばだれもが同情するようなものであるが、どういう経緯かは本人何も知らないが、ミールスにとってこの状況は好都合であったし、元から両親の愛を受けていないために捨てられたという事実は別段何とも思わない。それに、彼女にはある使命があった。
「私は、初代聖女と初代聖騎士に“将来、厄災を倒す伯爵令嬢たる少女に手を貸してほしい”と命令を受けました。旅にて得た知識を授けよと。それ故に、私はここにおります。直接あの母なる大精霊マーテルと交渉し、記憶、力をそのままに該当の年代周辺に転生していただきまして、今に至ります。それで―」
「ちょ・・・ちょっと待って!」
淡々とミールスが説明を使用とするところを、アウローラが手で制した。するとミールスはびくりと体を震わせてから、肩を落とした。
「すみません・・・黙っていて・・・」
先程の反応と言い、もしかして隠していたことを咎められると思っているのだろうか。それについては、全く違う。というよりも、ミールスが光の大精霊の転生者というのはゲームでは全く持って触れていないし、そんな重要そうなストーリーを見逃すはずがない。ならばなぜ、こんなことが起きているのだろうか。もしかしたら、自分がそう思っているだけで、この世界はあの知っているゲームの世界と似ているだけで、これから危惧していることは起きないのではないか、などぐるぐると考えが頭の中を回る。
頭がパンクしそうになって、抑えながら唸っているとミールスが慌てた様子でアウローラへと近寄る。
「えっと・・・その、混乱させてしまいましたか?えっと、でもその、あー、なんて言ったらいいのでしょうか?」
「いや、俺を見られても困るんだけどよ・・・」
慌てふためくミールスがちらりとクラースを見た物なので、思わずクラースが反応したが彼女は「いいえ、貴方には言ってません」とクラースへと冷たく言い放ち「えー・・・」とクラースは顔を引きつらせる。その様子から、ミールスがいつになく酷く慌てふためいているのが分かるが、アウローラとてそれどころじゃない。
「はい」
いつの間にか2つ冷たい水をコップに入れて持ってきたインベルがミールスとアウローラに差し出して、2人はお礼を言って有難く頂戴し一気に飲み干す。テーブルに音を立ててコップを置いて、やっとで落ち着いたアウローラが声を出す。
「少し混乱した。ごめん。えーと、ミールスは元光の大精霊?」
「はい」
「で、初代聖女と初代聖騎士を知っている?」
「はい」
「つまり・・・初代光の大精霊だったりする?」
「・・・・・・・はい」
そこで大精霊とアウィス以外の全員が「えー!!」っと声を上げる。漸く、全員が話しについて来たようだった。
取り敢えず話が長くなりそうなので、部屋の隅に置いてあったソファをテーブルに寄せてミールスを座らせて、話の続きを聞くことになる。と、その前に、1つ疑問だったことをノヴァが尋ねた。
「ミールス、君が目を開いた途端光の魔力を感じることができるようになったのだけれど、それはなんでだい?」
「あぁ、それですか」
するとミールスは自分の目を指した。
「私の体は目に大精霊だった時の力を貯めこんでいるのです。目は剝き出しの内臓ですから魔力が漏れやすいのです」
「目をずっと閉じていたのはそれが理由かい?」
「それもありますが、あとは、この瞳の色です」
金色の瞳は確かに珍しい様な気がするとノヴァが腕を組み、国賓の中にもその色の瞳があったかどうか記憶を引きだすが、思いつく人物はいない。それはそのはずなのである。次の彼女の言葉で、理由が判明した。
「大精霊は生前の肉体の瞳を受け継ぎますが、光の大精霊だけは違うのです。光の大精霊は母なる大精霊マーテルに近い大精霊であり、大精霊の纏め役、聖女の導き役として存在する故に母なる大精霊マーテルと父なる大精霊パテルと同じ瞳を受け継いでいるのですよ」
「ちょっと待て。その話は初耳だ」
黙って聞いていたノヴァが口を挟む。するとミールスは目を丸くし、首を傾げる。
「初耳?本当に?光の大精霊としての記憶や記録を継承しているはずでしょう?」
「確かに全て継承している。しかしながら、そのような記録はない。光の大精霊は大精霊の纏め役ということしか・・・」
「わえは知ってるけどね」
「お前は知っていて当然でしょう」
ロサの言葉にミールスが鋭く言葉を放つ。一瞬空気がピリッとしたが、ロサが「きゃーこわーい」というお茶らけた反応により一瞬で緩む。アウィスは他の大精霊達に顔を向けるが、彼女等は首を左右に振るばかりだ。
「・・・それは追々調べましょう。あの色呆けに話を聞かなければなりません」
色呆けというのは誰の事なのかアウローラは分からなかったが、なぜか、もしかして母なる大精霊マーテルではないのかという考えが及んでしまう。あったこともないし、神話においてもそのような様子など記されていないのに何故そんなことを思ってしまったのか甚だ疑問である。
「さて」とミールスは、本題へと移る。
「まず最初に初代聖女と初代聖騎士がどのようにして“厄災”を退け、その後世界はどうなったか、そしてもう一つ。母なる大精霊マーテルから、教えられたことを」
ゆっくり、ミールスは語りだした。
※
初代聖女と初代聖騎士は、本来の“厄災”の倒し方に疑問を持ち、彼女等独自の倒し方で“厄災”を倒しました。本来の方法というのは、母なる大精霊マーテルと父なる大精霊パテルにより口止めをされているためにお話を出来ないのです。恐らく、2人も僅かながらに罪悪感を抱いているからでしょう。
まぁ、どちらにせよ結果は同じだったと思います。
“厄災”と言うのは、その名の通り災害その物の化身であり、母なる大精霊マーテルと父なる大精霊パテルの言葉を借りるには“厄災”は未来永劫1体しか造られない、これを倒せば世界は平和になるはずだ、と。
見た目は獅子のような体躯を持ち赤黒く腐臭を放つ、そして国1つ押しつぶせるほどの巨躯、何もかも飲み込むような幾本の牙の生えた口を持つ悍ましい生き物。あれは、何とも形容しずらい、だけれど、一目見ただけで恐怖で足がすくんでしまうようなそんなモノでした。
私達、全大精霊と聖女、聖騎士、賢者の全員で彼の者の顔を吹き飛ばして動きを止めて、体の内部にある核を抉り壊しました。残った“原初の厄災”の体は、魔物となってしまいましたが、それらは特段脅威となりませんので大した問題ではありませんでした。ゆっくり、確実に数を減らしていこうと全国で取り決めました。
私達は確かに、“原初の厄災”の消滅を目にしました。しかし、初代聖女は特に特別な存在であり、母なる大精霊マーテルとつながりが深いために時折重要な未来を見通すことができて、“厄災”が地に倒れた後に未来を見たのです。
彼女が見たのは、再び現れた“厄災”に対峙する大精霊と少女達。大精霊は一人の少女の名前を“フロース”と呼びました。初代聖女はそこでフロースが聖女の時代であり、現在よりも遥か未来の出来事であることが分かったのです。しかし、不思議な事にその光景は幾層にも重なって見えたそうです。例えるなら透かし絵を何枚も重ねたような、線画がブレているような光景。その中で、一人の少女だけがこちらに気が付いたように振り返るのです。その少女の名前は記録で分かりませんでしたが、その容姿を聖騎士に伝えると、彼はその少女は“アウローラ”という名の少女であると知っていました。他にも、何か知っている様子がありましたが、名だけ知ればどうとできると思い深くは追及しませんでした。
やけにその“アウローラ”という少女が印象付けられており、初代聖女と初代聖騎士は彼女が何らかのカギを握っていると考えて、未来へと残そうとしましたが説明役が必要となり、その任を私が請け負いました。
大精霊であれば数百年単位で生きることができますし、記録や記憶も受け継がれるはずです。なので、光の大精霊として請け負ってもよかったのですが、それは、私が嫌でした。彼等と苦楽を共にした私が、彼等の意思を伝えたいと。
私は母なる大精霊マーテルと交渉し、何とか転生権を獲得し、光の大精霊として任期を全うした後、現在へと転生したのです。
その間、ブランクはあったものの多少なりとも世界は平和になっているのだろうと思っていました。“厄災”が再び現るなどという未来などなく、世界は大昔のように平和になり、皆仲睦まじく暮らしているのだと。初代聖女が見た未来は、違ったのだと。
しかし世界を見て私は驚愕しました。魔物を減らすと取り決めしたというのに、魔物の数は減っておらず、定期的に“厄災”が現れては聖女によって滅ぼされていると。
“厄災”は恐らく一体しか現れないという、あれを倒せば世界が平和になるという甘言に騙されたと思い、私は過去を調べ上げました。そこで、風の大精霊と再会し、話を聞きました。風の大精霊は聖女と相対した“厄災”と呼ばれるモノ、もしくは大精霊に危害を加えるモノには微かに“原初の厄災”の気配を感じ取っていました。魔物ではない、蠢いている命ある悪意の気配。だけれどそれは微弱で残り香のようなものであると思っていたらしいです。それは聖女の周囲で香ってくる気配であるから、意識だけとなった“厄災”が纏わりついているのではないかと。だけれど、それは年代を重ねるごとに濃くなっていき、聖女が以降の時代で現れ続け、似たような事件が起こり続けた事実を踏まえ、まだ“原初の厄災”はまだいるのだと、存在しているのだと理解していたようで、単独で調べていたらしいのです。そして風の大精霊から今までの“厄災”の話を聞いたとき、私は疑問を持ちました。
聖女と対峙しているのは、私達が対峙した“厄災”と呼ばれるものと明らかに離れすぎている。
ならば、聖女と相対している存在は一体なんだ?“原初の厄災”はどこに行ってしまった?
そもそもご存知かもしれませんが、“厄災”は世界を滅ぼすために存在し、ただただ破壊し続けるものです。感情もなく、知性もなく、ただ、破壊したいという衝動で息をする存在。初代聖女以降の“厄災”もしくは大精霊に危害を加えるものは、明らかに何か目的、私欲的な目的を持っているものでした。
では、私達が倒した“原初の厄災”はもうすでに死んでいるのか?もしかして今“原初の厄災”と思っている存在はまた別に造られた“厄災”なのではないのか?
それは違います。違うと断言できます。その理由としては、幾つかあげられます。
まず、守り手である聖女がこの世に誕生していること。
次に“厄災”が造られる経緯。
そして、魔物の数。
魔物の数は、換算して千年もかからないくらいで全滅するはずです。魔物には生殖行為をする概念も、機能も存在しない。そういう風に進化したのかと考えられますが、それもあり得ない。いわば魔物は“厄災”の肉片であり一部。魔物が進化するということは、大元たる“厄災”も進化しているという証明になる。“厄災”が死んでいるのなら進化は出来ないということは、進化しているならば“厄災”は存在するという証明になってしまう。
これは一体どういうことだと、風の大精霊と共に情報を集めて、ある人物が歴代の“厄災”及び大精霊に危害を加えるものに接触していることが明らかになりました。それは、“赤い外套の人物”。長い歴史の中で、何度も目撃されているそれは同一人物なのか、それとも団体なのかは判明できませんでしたが、その人物が最初の“厄災”について何か知っている、もしくは、“厄災”そのものの可能性があると考え付いたのです。
ある日、偶々母なる大精霊マーテルと会う機会があったので話を聞いたのですが、彼女曰く、
「“原初の厄災”の気配は彼女等が倒した以降消えたことは無く、それは魔物の所為かと思っていたので聖女を誕生させ続けた。しかし、近年その気配は強まっているため“原初の厄災”が未だ存在し、何らかの行動を起こしている可能性はある」
と回答を貰ったのです。
つまり倒すべき敵は、今までの世界の危機を裏で手を引いているのは“原初の厄災”である。
大精霊のリーダー役は光の大精霊ですが、長く世界を見つめ続けていた風の大精霊にこれから現れる聖女達、世界を守る者達への説明役をお願いし、私はアウローラお嬢様のすぐ傍で“原初の厄災”の気配を探し続けてきたのです。
※
「あれ?ちょっと待って。ロサとミールスってそんなに前から知り合いなの?」
アウローラの問いにロサとミールスが顔を合わせる。そして、ロサがニヤついた顔で彼女に近づくと肩を組んで頭に顔を寄せた。
「そうなんだよー!もうズッ友!」
「うるさい触るな。仲間であるが友人ではない」
「えー!ひどーい!あんなに激しく共闘したじゃないっ・・・」
「変な言い回しをしないでください、アホ賢者」
「賢・・・者・・・?」
ガタリと思い出したようにフロースが席を立つ。口元を両手で覆い、信じられないという表情でロサを見た。
「え?もしかして・・・ロサ様って初代聖女様達と旅をしたという賢者様・・・?」
「あ、うん。そうだよー。あれ?言ってなかったっけ?」
今にも取っ組み合いになりそうな二人であったが、フロースの問いにあっけらかんとするロサに対して戦意が削がれたようでミールスはため息をつきながら前髪を掻き上げた。そうも、これがミールスの素らしい。
賢者という存在はその歴史書においてもたった一人の事しかその名称で言わない。それほどまでに、そのたった一人は天才的だったのだ。
初代聖女の旅に同行したというその賢者は、この世全ての魔法を使いこなし、剣術などにも通じていて、何事も器用にこなして当時魔法を使う者達を指導したという全ての師匠のような存在で、その魔法で聖女達を幾度も窮地から救ったと言われている。だが、目の前のロサはそんな気配など微塵もないし、どちらかと言えば周囲に呑気な蝶が舞っているようなそんな人である。アホな見た目の人ほど天才であるということなのか。
『ちなみにコイツが一番大精霊歴長いって言ってたろ?』
ルシオラが欠伸をしながら言い、へっと笑いながら親指でロサを指した。
『大精霊っつーのは魔力の塊だ。人間だったころの魔力規格外でさ、大精霊になるときに体を幾つかにわけて、寿命が来るたびにそれで更新してんだと。やべーよな!』
『こんな感じでも凄いのよねー』
『馬鹿っぽいけど天才なの腹立つ』
『ちょっと?メンシス?』
じろりとロサに睨まれてメンシスはふぅっとそっぽを向いて煙草の煙を吐く。
つまりロサは数千年生きているということになるのだが、そこまでして大精霊を続けるのにはもしかして理由がるのだろうか。聞いてみようと思ったのだが、絶対にはぐらかされると思いアウローラは小さく首を振る。
「ロサは初代風の大精霊ではないんですの?」
『あーそれは違う。2代目だね。ちょっと初代から頼まれて、大精霊になったというか、なんというか・・・』
ロサは『ははは』と乾いた笑いを浮かべる。歯切れの悪い言い方であるが、それ以上は何も言わずに押し黙り、外を見やる。その横顔はどこか遠い懐かしい場所を見ているような表情であった。いつも笑い、朗らかであるがどこか達観したような風の大精霊の物ではなく、人間味がある様な表情である。
『先代の事は話題にしないでくれよ』
ロサではなく、メンシスが苦々しい顔で厳しい口調で言葉を放し、ルミノークスを見る。彼女はバツの悪そうな顔をして俯き蚊の鳴きそうな声で「ごめんなさい」と謝る。その肩にレウィスが触れて、責めるような視線をメンシスへと向ける。煙を吐いた彼女は、舌打ちをして顔を苛立ちで歪める。それを見てフェーリークがルミノークスへと申し訳なさそうに微笑みかける。
『・・・悪気はないの。正直、今ここにいる大精霊全員前の大精霊にいい思いなんてないから』
「いいえ。私が無神経でしたわ・・・」
『いいのよ。いいの。話していなかったから。ほら、メンシスもロサも、そんな顔をしないで?』
ロサは気にしていないというように笑顔で手を振って、メンシスは何も言わずに深く煙管を吸い込むとそっぽを向いて煙を吐き出す。そして小さく『頭を冷やす。終わったら呼んでくれよ』と言って、窓から外に出ていってしまった。それを見てルミノークスが青ざめて震えた。
「怒らせてしまいました・・・」
『いんにゃ。そうでもねぇよ。それにアンタに怒ったわけじゃない、過去の大精霊に対する苛立ちを思い返したんだろうよ。気にすんな』
ルシオラがにかっと笑いかけるがルミノークスの表情は浮かない。そこへ、フェーリークが手を叩いて微笑む。
『話を戻しましょう?あの子の事だから外で聞き耳たてているから、続けても構わないと思うわ』
「それでいいと思う。でないと話が進まん」
音を立てずにアウィスが紅茶を口に運んで言う。本当にいいのかとアウローラ達は顔を見合わせたが、構わずミールスが話を元に戻した。
「で、このアホ賢者と一緒に調べた結果が先程話した通りです」
『アホっていうな。アホって』
再び口喧嘩が始まりそうな雰囲気を感じ取ったアウィスが2人の頭を叩き、再び自分の席にゆっくりと戻り腰を下ろした。どうやら中々に痛かったらしく、ロサは空中で膝を抱えていじけてミールスは全く動じずに頭を摩るだけだった。
「えっとつまり、最初の“厄災”かもしれない赤い外套の人物が誰かを唆して闇の大精霊を捕らえている・・・ということ?」
アウローラがミールスに尋ねると、彼女は頭を未だ摩りながら頷く。
「じゃあもしかして、さっきウェリタスが言ってた犯人2人いるうちの1人が赤い外套っつーことか?」
「そうなるわね。でも分からないわ。何でこう唆せるようなことをするのかしら?自分でやればいいのに」
「力を貯めているということかな?ほら、深手を負ったんでしょう?戦いで」
「しかし、それにももっと手っ取り早い方法があるのではないだろうか?」
「あの、そもそも“厄災”の目的って何でしょう?」
フロースの言葉にミールスが手を止めて、ふと思いついたようにアウィスを見る。なんだというようにアウィスがミールスを見返すが、彼女の愕然とした表情で彼はたじろぐ。
「記憶の欠陥があるということは、もしかして、話していないのですか?」
「何が?」
「風邪の大精霊!貴方も話していないのですか!?最終的な目的は“原初の厄災”を倒すことだと話したはずでしょう!?」
『・・・話して何になる?話したところで、どうしようもない』
ミールスがロサの胸倉を掴んで思いっきり頬を殴る。大精霊なので、体を透かすなどしてその拳から逃げるかと思いきや、ロサはその拳を受けた。ロサの頬は赤くなり、痛々しい。しかし、動じない。
『言って何になる?その事実を知った途端、あれを前にした途端、あの子もあいつも戦意を喪失しただろう?高すぎる目標は毒であり、鎖となる』
「でも、事実を後回しにすることもよくないと思います。突如あれが出てきた際に、対処できなくなります」
『その可能性はない。まだ寝ているだろうさ。起きていれば“原初の厄災”が万全の状態で復活するはず。それに“原初の厄災”を今度こそ滅ぼせばこちらの勝ちだ。そういう取り決めと2人が言っていたよね?』
「“原初の厄災”は消えたところで、あれが諦めるはずがありません。必ず、前に出てくるでしょう」
『まるで今世で“原初の厄災”を滅ぼすみたいな言い方だね?』
「えぇ。私はあの子達に託された。未来を掴んでほしいと。だから、ここにいるんです」
「ちょ!ちょっと待って!!」
睨み合う2人をアウローラが制止し、アウィスがロサを引き離し、アウローラがミールスを引き離す。睨み合っている双方を見て、アウローラが問う。
「一体、何の話をしているの・・・?」
声が震える。2人の剣幕は彼女等の話している内容は重要なものだと感じ取られるのだが、本来なら、未来を掴み取るために必要な情報であるのだろうが、どうにも“教えて”と声を出すことができない。それは、開けてはならない箱だと、誰かが囁いているような感覚さえ抱いてしまう。
ミールスが何かを言いかけ、その瞬間ロサが笑顔で返答する。
『今は話せないことだよ。いずれ話すから、取り敢えず今は、現状の話をしようよ。ね?』
ロサが無理矢理アウィスの腕から離れ、ミールスへと近づくとグイっと顎を掴んで笑う。
『いいね?』
有無を言わせぬ表情であるが、ミールスは慣れているらしくロサを睨み付けると顎を掴んでいた腕を引き剥がして、舌打ちする。昔仲間であったというが、これほどまでに険悪になるものなのかと不思議に思うが、無神経に踏み込むことは憚られる。息を落ち着かせて席に座ったミールスはため息をついて前髪を掻き上げて、反対にロサは飄々とした表情でアウローラとアウィスを席に戻るように促した。
しばしの沈黙の後、ミールスが口を開く。
「取り乱しました。申し訳ございません」
「いいよ、大丈夫」
首を左右に振ったアウローラをミールスが弱弱しく笑い、両頬を叩く。
「さて、話を戻しましょう。先程言った赤い外套の人物なのですが、現状、どんな容姿かも、性別も分かっていません。“原初の厄災”本人かもわかっていない。もう一つの犯人についてもです。ですが、1つだけわかっていることがあります。聖騎士パーティーに出席した中に、犯人はいません」
「何故分かるのですか?」
フロースが驚きの声を上げると、ミールスはアウィスを親指で指した。
「アウィスに頼んで私の魔力を使って会場内部から防御魔法を展開してもらいました。そして、その防御魔法をくぐった者達の体に粒子化した私の魔力を付着させて高濃度の闇魔法に触れた場合、私に知らせが行くというトラップを仕掛けました。現状そのような人はいないですね。聖女が出てくるので、何かしら行動をするかと思ったのですが、周囲も見て回ったのですが特に異常なしでした」
「流石元光の大精霊だな・・・」
「いえ。これは訓練すれば誰にでもできますよ」
クラースの言葉にあっけらかんとミールスは返答し、首を傾げる。教えましょうかと言われるのかと思ったクラースは、自分には無理だと首を左右に振る。ミールスは肩を落としたが、別段落ち込んでいる様子はない。どちらかというと、魔法に関しては向上心がない彼に呆れているようにも見える。
「だったら、貴族以外ということになるのかしら?あぁでも、この国の全員が出席したというわけではないのよねぇ」
「でも、あのパーティーに出席していない貴族や身分が貴族よりな人って考えれば結構絞られるんじゃない?学園の生徒はほとんど出ていたし」
インベルの言葉に「なるほど」とウェリタスが手を叩く。
つまり、学園関係者であのパーティーに呼ばれていないもしくは欠席した人物が犯人の1人だという可能性が高いということだ。ここまで絞り切れれば後はどうにでもなるかもしれない。あとは、タイムリミットがどれほどのものなのかを考えなくてはいけない。闇の大精霊が死んでしまえば、元の子もない。
そういえば、とアウローラが顔を上げる。
「ねぇミールス。例えばなんだけれど、闇の大精霊が暴走した場合、どうすれば鎮静化するのか知っていたりする?」
「?えぇ、勿論ですが・・・」
至極当たり前のなぜ聞くのかと風に首を傾げた彼女を見て、もしかしてそれももしかして大精霊の継承されるべき知識の中に入っているのかと思い、アウィス達大精霊を見た。彼等は全く知らないといった風である。
「大精霊の暴走の殆どは、その大精霊の心的外傷や何か世界以外に妄信した場合に起こる現象です。大精霊は世界の物ですから、理を尊ぶもの。自身の感情によって魔力がバランスを失い、力に呑まれて暴走。なので、その心を正せば鎮静化するというのですが・・・これは、強力な闇魔法による荒療治が基本ですので、その後心が壊れてしまうケースがあるのでおすすめは出来ません。やはり、暴走する前に止めるというのが一番かと」
「そうかー・・・やっぱりそうだよね」
つまり、犯人捜しと闇の大精霊探しは同時進行でやらなければならないことなのだ。闇雲に探しては時間切れになってしまうだろう。後で隠密ができるウェリタスにでも相談してみようと考え耽っていると、時計が時刻を知らせる鐘を鳴らす。
「あら?もうこんな時間ですね。先程厨房に食材があるのが見えましたので、何かおつくりしましょう」
すっかり使用人モードになったミールスがてきぱきとお茶の片づけをしながら微笑んで言う。「じゃあお願い」とアウローラが言うと、彼女は嬉しそうにはにかんでティーカップを運んでいく。部屋を出るミールスの背を見送って、アウローラはとりあえず出た情報を纏めようと皆と掛け合った。
フロースが何処からともなく一枚の紙を取り出して、それをアウローラへと授けた。さらさらと皆の意見を聞きながら、アウローラは紙へと書き記していく。
廊下を歩いていたミールスは、ついて来たロサに振り返る。
「何か用です?」
『・・・』
「黙ってないで何とか言ったらどうでしょうか?」
結局ロサは厨房までついて来た。なんだというのだと、無視して調理を進めようと、ミールスが食材を出していく。
『彼女をあちらに送ってすまなかった』
ミールスの手が止まる。
『でも、泣いている彼女を見ていられなかったんだ。世界を救ったのに、好きな人と離れ離れにならなければならない彼女を見ていられなかったんだ。だから』
何を言い出すのかと思えばとため息をついた。
「わかっています。わかっていますよ。それくらい。貴方が優しい人であることも、彼女が黙って行ってしまった理由も、今、貴方に冷たく当たっているのは、私の八つ当たりです。わかっていますよ」
小さな声でロサは『うん』と返事をする。全てが終わった時、恋仲となった聖女と聖騎士は引き裂かれた。それはもうすでに決まっていたことで、彼女が追いかけるなんて想定の範囲内だった。頭で理解はしていても、心が追い付けないことがある。その一軒がそうだった。だから、当事者であるロサに八つ当たりしている。まぁ元々口喧嘩が絶えなかったが。それはもう自分でもよく理解している。だがもう一つ、ミールスにはロサに冷たく当たる理由があった。
「でも、正直に言いますが、今の貴方は本当に嫌いです」
『何故?』
はっきりという彼女に面喰い、ロサは驚き目を丸くする。どうやら無自覚らしいとミールスは振り返り、眉間に皺を寄せる。
「何かを偽っている、演じている、諦めている、過去を見ている。昔の貴方は、馬鹿で自信家で、かっこつけたがりで―」
『すごい言うじゃん』
「でも、前を見ていました。もういいですか?調理を進めます」
苛立ちが再び心を騒めかせてきたために会話を中断する。何か言いたげな雰囲気を背で感じだが、ロサは何も言わずに厨房を出ようと踵を返した。
「あ、1つだけ」
出ていこうとするロサに振り返らずにミールスが声を掛けた。
「アウローラお嬢様を危ない目に合わせたら殺します」
『・・・・うん』
ロサは静かに調理場を去っていく。調理場には、ミールスがただ一人、過去の記憶と苛立ちに奥歯を噛みしめている。思いが溢れて、包丁をまな板に思いっきり刺した。固い板に深々とそれは刺さり、手がしびれる。
「・・・私が知らない間に何があったのですか?馬鹿賢者」
呟きに答える者はいなく、空を漂い、消えた。




