第1部-41話「寮、学園生活目前」
ふーっと息を吐くと、煙草の煙とともに白い息が吐きだされる。暗闇の中煙草の先にある火は赤く、闇の中の道しるべのようにも思える。
闇の中、といっても眼下には車のヘッドライトが行き交い、街灯が爛々と夜の街を照らしている。この場所からは下の喧騒などは私の耳には聞こえないが、普段聞いている所為か、その光景を見ているだけで音が聞こえてくるような気がしてきた。フェンスは最近ペンキを塗り替えたために見た目は新品同様であるが、その土台となるコンクリートは雨風に曝され、欠けや汚れが目立つ。夜である今は、そんなこと全く分からないが。
右手の指に挟んでいる煙草をもう一度口に咥え、大きく息を吸う。ジジっとフィルターが焼けていく音が聞こえ、音もなく灰がぽとりと地面に落ちる。私はフェンスに腕を乗せて、地上の光に負けて見えない星空を見上げる。肺に溜まった煙を吐き出すと、それは風に乗ってすぐに霧散するが、匂いはまだ私を取り囲む。
「君、ここから飛び降りようとはしないよね」
隣から声がして私は空を見上げたままに苦笑する。
「会社の屋上で死ぬわけないだろう。別に恨みなどないし」
「そうか。でも、ここに限らず、君は自ら命を落とそうとしない。自分の命を軽んじているくせに」
可愛らしい見た目の癖に、やけに辛辣で凛々しい声をしている隣の君がこちらをまっすぐに見てくる。暗闇で、顔は良く見えない。
いつもならばこの屋上で会うと沈黙が流れることが多いというのに、今日はやけに絡んでくる。名と仕事は知っているが、それ以外は何も知らない友人の言葉に、私は首を傾げた。
「“死にたい”と“軽んじる”とは別の意味だぜ?」
暗闇の中でも、彼女が目を見開いているのがよくわかる。
ポケットから携帯灰皿を取り出して短くなった煙草を押し消す。火が消える微かな音が聞こえて、それを仕舞うとフェンスに背中を預けて空を仰ぐ。はぁっと息を吐くと白い息が立ち上り、周囲の煙草の香りと相まって、まだ、煙草に火が付いているような気がしてくる。
「自論だが、“死にたい”は終わらせることで“軽んじる”というのは未来へと繋ぐ行為だ。どちらもあまり褒められたことではないが、ニュアンスが違ってくるだろう?」
「屁理屈みたい」
「はは。そうかもね」
私は喉で笑う。隣の君の表情は晴れないのだろう。暗闇の中でもわかった。
「私は」
新しい煙草を胸ポケットから取り出して、ライターで火をつける。
空に煙を吐いて、揺らめく煙を見つめた。見えなくなっても、それを見つめた。
「罪を償うために生きている。逃げることは絶対にしない。そして、自分のために生きず、他者の為に生きる。どんなことをしようとも、守りたいものを守り、いずれ来る死まで生き続けようと決めた。そう決めたんだ」
「でも、貴女の人生なのに」
強いようでいて、他者を思いやる優しさを持つ君。あぁ、だからこそ、君はこんなに苦しんでいるのだろうな。
「これは自分で決めたことだ。私の人生だからな」
誰も私が悪いわけではないという。だけれど、私が悪いということを知っている。
他人は私に普通の人生を送ることを望んでいるから、だからこそ、私は他者の為に生きるということを選択した。自分で選択したのだ。
弟には、悪いのだが。
「後悔はしていない?」
あぁ、勿論だとも。
「後悔など、するわけないさ」
煙草を咥えて彼女に笑う。
苦々しく笑う口元だけが、私の目に映る。
「・・・そっか。あの子も、そうだったのかな」
寂し気な、儚い声音は、煙草の匂いと共に風に乗って消えた。
※
ガタンという揺れでゆっくりと瞼を開く。先程まで感じていた懐かしい煙草の匂いは気配すらなく、冷たい冬の風もない。
カタカタと揺れる馬車、目の前にある小窓の向こうにはお仕着せで馬の綱を慣れた手つきで引いているミールスがいる。徐々に記憶が鮮明になって、現在自分はこれから入学する学園の寮まで移動していることを思い出した。
一人きりの馬車の中ではあるが、トランクケースが二つほどと、聖騎士に任命された際に授けられた光の剣が丁寧に座席に紐で固定されている。
屋敷を出発したのは数十分前。早朝であるので、静かに馬車を移動しているために速度は遅い。城下町の端にある国立教育学校、通称“学園”まではまだもう少しかかるだろう。
早朝と言っても夜明け直後というわけではなく、日はその姿を全て出している。アウローラは夜明け直後に出発をしたかったのだが、カエルムを宥めていたら予定よりも遅くなってしまった。
両親とカエルム、良くしてくれた使用人たちに玄関前にて見送られた。「行ってきます」とアウローラが言うと、皆口々に「頑張れ」「しっかりね」などと激励の言葉を言ってくれたのだが、カエルムは半泣きしながら抱き着いて来た。
「屋敷から通えばいいじゃないか」
などという始末。いや、貴方も寮に入っていましたよねという言葉を飲み込みながら、まるで姉と弟のように彼女は背中をとんとんと叩く。
「聖騎士たるもの、2人の守護をしなければなりません。それに、ほら、アウィスやクラースも共に居るから大丈夫ですよ」
因みにアウィスはもうすでに出発している。というのも、見送られるのも持っていくものも特にないということでさっさと歩いて行ってしまったのだ。カエルムはムッとした表情を浮かべ、アウローラの頬をもちもちと撫でる。
「不純な行為はしないようにな」
「兄様は学園を何と思っているのですか・・・」
貴族の学園というのは特に監視の目が厳しいためにそのような事が起こりうるはずがないというのは彼も学園で過ごしていたから理解しているはずなのだが、何故そのような思考になるのか全く持って理解できないのだが。まぁ、これから過ごすアウローラの寮は他の学生の物とは少しばかり勝手が違うということで彼も心配しているのだろうが、それにしても思考が飛躍しすぎではあるまいか。
アウローラは呆れ顔で彼の手を無理くり放して、ぎゅっと握って微笑む。
「では、お兄様。行ってまいりますね」
「絶対遊びに行くからな」
「それは絶対やめてください」
寮内は緊急時を除き卒業生でも敷地内に入ることはご法度となっている。校舎内に入ることは特別な手続きをすると入ることは出来なくはないが、それでも正当な理由がなければ許可されない。ただ単に遊びに来たからという理由では門前払いが関の山であるし、それにカエルムの仕事を考えればそのような時間がないはずだろう。
行く、やめてください、の攻防が暫く続き、それを「まぁまぁまぁ」と言って止めたのはルーベル、コンキリオ、ノドゥスだった。この屋敷での勤続年数が長いために彼の扱いはお手の物というわけだ。ノドゥスに軽く羽交い締めされながら、彼は唸りながらずるずると両親の元へと戻される。するとアルスが咳払いをする。
「アウローラ。聖騎士としての仕事は大事だが、無理をせぬように」
「えぇ、体を壊してはダメよ。自らも大事にね」
祈るように胸の前で手を組み心配そうなマグナの肩を抱いて、アルスは頷く。
「えぇ。ありがとうございます」
誰かに心から心配されるということがまだ慣れていなく、少し照れくさくてアウローラははにかむ。その彼女の顔を見て驚いたように両親は顔を見合わせて、ふっと微笑んでアウローラを見た。その表情からは、安堵が透けて見える。
アウローラは普段着である装飾の少ないミントグリーンのドレスの裾を摘まんで、恭しく頭を下げてから笑顔で手を振って踵を返す。馬車の中には荷物がすでに運ばれていて、ミールスは静かに待っていた。
「ごめんね。待たせて」
「いいえ。もういいのですか?」
「えぇ。どうせ同じ町だし。それから」
アウローラはミールスに向かって手を差し出す。
「改めてこれからよろしくね。ミールス」
「・・・えぇ。私のご主人様」
ミールスは相も変わらず瞳を閉じたまま、笑ってアウローラの手を取った。
彼女は本日付で、プラティヌム伯爵家に使える使用人ではなく、アウローラ自身に使える専属の従者となった。それに伴い、学園に彼女も連れていくこととなった。本来、学園には従者は連れていけない。しかし、彼女の身元は学園のある人物により保証されており、更にはこれからアウローラ達が過ごす寮の特異性から彼女の同伴が赦された。
寮内から出ることは出来ないが、アウローラとしてはかなり心強い。
2人は照れ臭そうに笑い合ってから、アウローラは馬車に乗り込み、ミールスはひらりと御者の位置に座って馬車を走り出した。
そして今に至るというわけだ。
馬車の揺れは続き、そろそろ学園の敷地内に入る。学園の大きな門が見え、馬車は動きを止めた。恐らく検問を行っているのだろう。検問と寮までの距離を考えるともうしばらくかかりそうだ。
ふと、先程馬車に揺られながら見ていた夢を思い出した。いや、夢というにはあまりにリアルというか、記憶の追体験の様だった。
「でも、あの場所」
アウローラは小窓から外をぼんやりと眺めて呟く。
あの場所はよく知っている場所だった。自分の勤めていた会社が入っていたビルで、分煙及びビル内全フロア禁煙となっていたために喫煙者は皆、携帯灰皿片手に屋上で煙草を吸っていた。携帯灰皿を必ず懐に忍ばせていたのは、屋上に灰殻が一つでも落ちていたら屋上も禁煙エリアに変わってしまうこと言うことを恐れてだ。
昼は男性が多いために、自分は夜の残業終わりに一人で吸うのが日常であった。しかし、記憶の中にはその時誰かと一緒だったことはあまりない。あったと言えば、男性だけだ。女性でそのようなことがあるというならば、印象に残っているはずなのだが、幾ら記憶の糸を手繰り寄せても全く持って思い出せない。
では、先程の夢は何だったのだろうか。
“夢”、そう“夢”であるといのに、それは“記憶”だと何処かで確信している。というのに思い出せないという歯がゆさで眉を寄せる。結局、寮に辿り着くまで何も思い出せなかった。
「アウローラお嬢様?」
馬車の扉を開いたミールスが彼女の様子を見て名を呼ぶ。その声にはっと我に返りミールスに振り返って首を振る。
「いいえ。何でもないわ。ちょっと考え事をね」
「あぁ、もうすぐ入学式ですからね。心配になるのも無理はありません」
違うのだが、彼女の心配りを否定するのも悪くて曖昧に笑ってトランクケースを一つと光の剣を持って馬車を降りる。もう一つのトランクケースはミールスが持ってくれた。
白と灰色の煉瓦道をカツンとヒールで鳴らしてから、目の前の寮を見る。石造りであるが表面は滑らかに磨かれ、窓には曇り一つない3階建ての建物。部屋数は何個あるのだろうか。両手では恐らく数えきれないだろう。
目的地はここの3階である。木で造られた物だが重厚感のある扉を開くと、正面に2階、3階へと続く階段があり、踊り場には立派などの代かは分からないが、聖女が大精霊に祈りを捧げている絵が掛けられてある。
建物内には人の気配がない。まだ学園が機能していないため、皆帰省をしたり、新寮生はまだ到着していないからだろう。
「あの・・・」
人の気配が殆どなかったというのに突如声を掛けらえてアウローラは、悲鳴を上げなかったものの、びくりと体を跳ねさせた。声のした方を見ると、真っ直ぐな栗色の髪を腰まで伸ばした女性がそこに立っていた。長い前髪で瞳の殆どは隠れてしまっているが、青い瞳が太縁眼鏡の奥から覗いている。袖にフリルが付いた詰襟の白いブラウスに、腰に黒いベルトを締めた青いスカートで、紐の多いブーツを履いているのだが、そのブーツは少し土で汚れている。
顔立ちは幼いが、恐らく同年代ではないだろう。
「今年度入学生のアウローラ・プラティヌム様でよりしいでしょうか・・・?」
見た目の印象と相違ないか細いが透き通った声で、彼女は言う。「そうです」とアウローラが返事をすると、彼女の表情はパッと明るくなる。
「あぁ。お待ちしておりました。私この寮の管理人をしております、ステルラ・カルブンクルスと申します。では、ご案内いたしますね。あ、荷物はお預かりいたします」
「お気持ちは嬉しいのですが、重いですよ」
アウローラはトランクケースを置いて光の剣を腰のベルトに固定する。ステルラは最初「大丈夫ですよ」と笑顔で言っていたのだが、トランクケースの取っ手を持った途端表情が強張る。その腕は上がることは無かった。
「従者ですので、私が持ちます」
見かねたミールスがそういうとステルラは苦笑いを浮かべた後、「すみません・・・」と言いながら大人しく後ろに下がった。その際、ミールスをやけにちらちらとみていたのだが、見られている本人は何も気にしない様子で、軽々とトランクケースを二つ持ちあげた。
「・・・では、ご案内しますね」
ステルラがゆっくりと歩き出して、階段を上っていく。ミールスを後にアウローラは先に階段を上っていくが、後のミールスが気になってしまう。無理をさせていないだろうかとちらりと後ろを確認するが、彼女はいつものように静かに後に付いてきてくれていた。
「少し、説明させていただきますね」
「あ、はい」
階段を歩きながら、淡々と、そして慣れたように彼女は言う。
「この寮は正面入って右、左、正面に廊下が伸びております。1階右廊下には、食堂、蔵書室等、娯楽に関するものや食事に関する部屋がございます。1階左廊下には、鍛錬室や魔法の訓練室等、勉学に関する部屋を揃えております。正面の廊下は寮生の部屋です。2階は全て一般寮生の部屋。3階は正面がアウローラ様達の部屋、右と左が一般寮生の部屋となっております。そして、一番の注意事項としては、寮内において、鍛錬室及び訓練室以外では魔法の使用はできません。この寮内において、魔法は全て無効されます。魔法具でしたら使用可能ですが」
それは初耳だとアウローラは驚く。その様子を感じたのか、ステルラは小さく笑って肩を落とす。
「ご存じなかったですよね。この話は、寮生と学園内の先生方のみ知らせるという形になっておりますので。昔寮内で魔法使用により学生がけがをしたという事例が多かったのですよ。喧嘩や覚えたての魔法使用が主でした。どうやって魔法無効を無効化しているというのは、お話できかねますが。さて―」
最上階である3階へと辿り着くと、右と左には廊下が続いているのに対し、正面には下の階の様な廊下は見えず、他の扉とは見るからに違う赤茶色の両開きの扉がそこにはあった。そこが、学園生活においてアウローラが生活をする場所である。
3人は扉の前に立つと、ステルラが胸ポケットから小指の半分ほどしかない銀色の鍵を取り出した。
「こちらはこの廊下に通ずる鍵で、全部で5種類あります。ですが、この扉が今、どの鍵で開くかは私しかわかりません。作ったのは私なので」
「ステルラさんが作った・・・?」
思わずアウローラが声に出してしまうと、彼女は眉を下げて微笑むだけで答えない。これも答えられないということなのか。
彼女は名に答えずにドアノブに鍵を差しいれると、あっさりガチャリと音がして扉が音を立てて開く。アウローラとミールスを中に入るように促して、2人が入るのを見届けると彼女もするりと入り、ガチャリと鍵をかけた。
他の廊下と作りは同じであるが、赤い絨毯と微かに壁から伝わる魔力に特別な場所なのだと感じさせる。
この場所は特別に警護が必要な貴族が寮生活を送る場所であり、今まででいうならば、他国の王族や幾代か前の混乱の時代の王族がこの場所で過ごしたのだという。年代が立っているにもかかわらず、この場所は綺麗であり絨毯には染みもなく、壁には傷もない。
「こちらの入口は本日以降使用しません。本来の入口へとご案内いたしますね」
両側の壁にある扉を素通りして、ステルラは廊下の奥へと歩を進める。しかし、アウローラの目には廊下の奥には扉も階段すらも見当たらない。
ステルラと共に何もない廊下の奥へと辿り着き、一部分だけ青い絨毯となっているところを彼女は指を差す。
「絨毯で隠れていますが、この下に転移用の魔法陣が記されております。移動先は寮の裏手にある私が手入れをしている庭の中心にあるガゼボに通じております。一般生徒は立ち入り禁止区域であり、この魔法陣は登録した者以外は転移できないのでご安心を」
転移魔法は現代においてほぼ失われた技術であり、魔法陣を描くことによって行使可能なのだが、寸分たがわぬ魔法陣でなければ全く機能しないという繊細なものだ。この世界において、正確に魔法陣を描くことができるのは僅かだと話を聞いたことがある。それほど貴重な魔法を出入りだけに使用するなど申し訳なくなってくるが、あるものはすべて利用させてもらう。
登録は既にしているようで、この区画に滞在する人、フロース、ルミノークス、アウィス、ノヴァ、インベル、ウェリタス、レウィス、クラース、アウローラ、ミールスの10人となっている。ステルラがいない理由を尋ねると、彼女はあくまで量全体の管理人であり寮に住んでいる間は寮生のプライベート空間に入ることは許可されていないということだった。しかし、何かあった場合の対処として階段側から入る鍵だけは持っているそうだ。
「あ、ミールスさんにはこちらを」
「これは?」
「マスターキーです。私の鍵は誰でも使えますが日によってどの鍵を使用できるか分からないのですが、そちらはいつでも入ることができます。しかし、そちらもミールスさんのみが使えるもので、貴女以外の人間がそれを使うことは出来ません。鍵穴に入れた瞬間に爆発します」
ミールスは小さく「爆発・・・」と呟いてから、しっかりとポケットにしまった。それを見届けてからステルラが再び廊下を歩きだし説明を開始した。
「フロース様、ルミノークス様、アウローラ様は同室で披露目のお部屋になっております。他の皆さまは2人一組、レウィスさんはルミノークス様の従者兼として入学されますので、申し訳ないのですがミールスさんと同様、ワンランク下のお部屋にお一人となっておりまして、ご本人様にも了承を頂いております。朝食等につきましては、1階にも食堂がございますし学園内の食堂もご利用いただけますが、厨房もこちらにございます」
寮生、学生ならばどちらの食堂も自由に食事をすることができるのだという。料理人が常駐しているとのことだ。ミールスが作る場合は事前に申請してもらえれば、寮内の食堂の仕入れついでに食材の注文を出してもらえるらしい。それも後から決めねばならない。
さて、この区画に友人とは言え男女混合であるのだが、これは本来あり得ないことなのだ。この寮は右が男子で左が女子という風に解れている。勿論貴族のランクによって分かれることは無く、みな平等に部屋が割り振られている。本来ならアウローラ達も適当に割り振られるはずだったのだが、アウローラは聖女二人の護衛として同室にならなければなったほうがいいのでは、となり、だったらノヴァ達も一緒の方がいいのではとアウィスが言い、だったらレウィスも一緒がいいなとルミノークスが言った結果がこれなのだ。これほど意見が通ったのは国王陛下の力ではなく、アウローラの祖父ファンスがここの学園の相談役であり臨時講師でもあるためだ。
学園長であるウェール・クリューソプラソスとも親交が深く、無理難題以外ならば通る。結果、アウローラ達の要望のほぼすべてが通ったというわけだ。
「では、こちらが談話室となっております」
両開きの扉をステルラが開くと、中からなにやら話し声が聞こえて来た。中を覗くと、どうやら全員が揃って話をしていたようだった。扉が開いたことにいち早く気付いたフロースが表情を明るくし、アウローラの元へ駆け寄ってくる。
「アウローラ様!おはようございます!」
「おはよう。皆早いね」
「おー」
ソファで寛いでいたクラースが手を上げる。そして皆口々にアウローラへ挨拶してきて、アウローラは手を上げて応える。
ステルラはその様子をくすくす笑いながら見ていた。
「では、私はこれで。私は基本中庭や薬草園におりますので何かあればお声がけください」
「ありがとう。ステルラさん」
笑顔のまま頭を下げて部屋を後にしようとするステルラにお礼を言うと、彼女は会釈をして静かに廊下を去っていった。ステルラの背中を見送った後、部屋を見渡したが、皆荷物を持っていない。「荷物は?」と尋ねると、レウィスが答えた。
「皆自室にもっていったっすよ。ここだと邪魔になるし。ルミノークスお嬢様のトランクケースは5個なんで」
「何で言うんですの!?」
「いや、部屋行きゃばれるっすよ・・・」
腕をぐいぐい引っ張り抗議するルミノークスに呆れ顔で彼は額に手を当てる。「これでも減らしたんすよ」という疲れ切った呟きから察するに、かなりルミノークスの説得に時間を要したのだろう。
「女の子の荷物は多くなるものよぉ。一番上の姉さんなんてトランクケース10個だったんだからぁ」
「それ部屋に入りきれるのかよ・・・?」
「入ったけれど、同室の子にめちゃくちゃ怒られたそうよ」
「そりゃな」とクラースは肩を竦める。そこで、クラースはアウローラの方を見て首を傾げた。
「あれ?アウローラ、お前入学前に髪切るって言ってなかったか?」
「あーそれね・・・」
正直髪が長くなってきて鬱陶しかったし、もしこれから仙桃が怒るとなれば長い髪は邪魔になってしまうかもしれないと危惧し、入学前にバッサリ切ろうとしたのだ。ちらりと腕に抱き着くフロースとゆったりと座っているノヴァへと視線を向ける。
「フロースとノヴァに止められたのよ」
「?フロースとノヴァにか?」
アウィスにも髪を切ることを言っていたために、彼も不思議そうに首傾げる。アウローラ自身も止められるとは思っていなかったのだが、丁度庭でミールスに髪を切るのを手伝ってもらおうとしたときに、珍しくフロースとノヴァが2人で屋敷にやって来たのだ。何やら話したいことがあると言ってきたのだが、髪切ってからいいかと尋ねたところ、かなりの剣幕で留められたのだった。
2人は頻りに「髪が長い方がいい」と言ってくるために、悪い気もしなかったし、彼女等の気持ちを無下にするのも気が引けたために、結い上げればいいかという結論に至ったのだ。
クラースから貰った髪留めもあるから日常生活邪魔になることは無いから別段いいのだが、あまりの必死さに驚いてしまった。
「まぁ、アウローラって髪長い方が似合っているからね」
インベルが微笑みながら言う。「ありがとう」と彼にお礼を言って、髪に触れる。
「だから、そのままにしておこうと思ってね」
長さは変えなかったものの、髪のボリュームをミールスに落としてもらったために少しは軽くなっている。もし、長さが気になったら毛先だけでもミールスに整えてもらおう。
「アウローラお嬢様、荷物部屋にお運びしても?」
「あ、ごめんミールス!いいよ。お願い」
「アウローラ様と私達の部屋は談話室の右斜め前です。扉を開けてトランクケースが5つ積み上げられていれば正解ですよ」
「ありがとうございます。あと、お茶の用意もしてまいりますね」
「ごめんね。ありがとう」
ミールスはアウローラからトランクケースを受け取り、重い様子もなく静かに廊下を歩いて行った。
彼女がお茶の用意をしてくれるまで、皆で雑談をする。これからの学園生活についての話、寮生活についての話、これからのことを話す。皆一様にしてこれからのことを楽しみにしている様だが、その表情はどこか冴えない。というのも、正式に聖女が世に認められたことと漠然とした嫌な気配が周囲に渦巻いていることをどこか感じているのだろう。
ミールスがお茶を運んできて、テーブルの上に配り終わると直ぐに退出しようとするがアウローラが「待って」と声を掛ける。なぜだろう。ミールスにも話をしなければいけない、そんな気がしたのだ。
相変わらずその目は開かれておらず表情があまり読めないが、アウローラの呼び声に彼女は驚いている風だった。
「ミールスにも話を聞いてほしい」
彼女はどこか迷っているように指を動かしているようだったが、静かに「わかりました」と頷いてアウローラが座っているソファの後ろに控える。そして、アウローラは髪留めに触れて魔力を流すとふわりと温かく、程よく湿気が含み土の香りがする風が部屋に吹いた。そして、ポンっという音と共にルシオラ、フェーリーク、メンシス、ロサが現れる。小さいまま現れるのかと思いきや、皆等身大の大きさのまま登場した。それでも部屋に余裕があるため狭くは感じない。
『おぉ・・・大所帯だなぁ。んじゃオレ壁際な』
『じゃあこちらは窓際に居ようかねぇ。煙草吸いたいし』
『皆様自由ですねぇ・・・では私は窓辺に座って・・・』
『では、わえは・・・ん?あれ?ミールスもいるの?』
突然呼ばれたことに腹を立てる様子もなく自由奔放に居所を決める大精霊だったが、ミールスの姿を確認した直後僅かに体が強張った。しかし、彼女が微笑んで彼等に顔を向けるとそそくさと顔を背ける。ロサ以外は。
ロサは物珍しそうにミールスに近寄って、しげしげと眺める。ミールスは意に介している様子もなく、ただ静かに前を見つめていた。
彼女は見えていないのでなく、その存在を無視しているのだ。
「ミールスとロサはお知合いですの?」
ルミノークスの素朴な疑問にロサに言葉を言わせる好きもなく「いいえ」ときっぱりと答えた。するとロサは何やら不満そうに口を尖らせたが、特段何も言わずにため息をつきながらアウローラの座っているソファの縁に座る。それが普通の人間ならば窮屈で仕方がないだろうが、ロサは風の大精霊であるために不快ではない。
全員が揃ったところで、アウローラは咳ばらいをした。
「学園生活をおくる前に、皆に私が知っている未来について話をしなければいけないの」
皆が息を呑む。
本来なら友人と勉学に励む青春の一ページを刻むべき時間だというのに、それを壊してしまうことに胸を痛みながら、アウローラは知っていること、つまり、ゲーム内でのストーリーを話し始めたのである。




