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騎士令嬢は掴みたい  作者: まつまつのき
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第1部-40話「聖女の儀、聖騎士の儀」

壁、床、全てが滲み一つない白で統一された聖堂。中心に紅いカーペットが入口まで敷かれ、それに沿うように白銀の甲冑を纏った人々が剣を掲げて微動だにせず立っている。聖なる歌が聞こえてきそうなものであるが、聖堂の中は静まり返っている。もし、甲冑を身に着けている人々が僅かに動くならば、聖堂内に響き渡ってしまうほどの静けさ。

紅いカーペットは初代聖女を模したステンドグラスが頭上に光り輝く小上がりまで続いており、そこには、白く銀色の紋章が描かれた法衣を纏った光の国国王であるメリオルだ。両隣には王妃であるアクイラと第一王子であるフォルテが同じ衣服を纏ってそこにいた。3人の顔には緊張が伺える。

それはそのはずだ。

白銀の甲冑の後ろには色とりどりの法衣を纏っている人々がいる。

赤一色の物、青一色の物、黄一色の物、緑一色の物、黒一色の物―

皆同じ型の法衣であるが、それぞれ色が違っている。その法衣を纏っているのは、各国の統治者達、つまりは権力者だ。

本日、普段ならば誰も立ちいることのできない聖域たる初代聖女の聖堂にて執り行われるのは“聖女お披露目の儀”及び“聖騎士就任の儀”である。この国で成人となる15歳を超えた彼女等を、各国の統治者に顔見せする。聖堂の中は静かであるが、聖堂の外は騎士達やアウィスからお願いをされた大精霊達が何もおこならないように警戒をしている。

開かれている大きな入口の傍にある来訪を知らせる錆び一つない金色の鐘が、入り口にいる騎士の手によってゴーンゴーンと音を立てた。がさりと布ずれの音がして法衣を纏っているすべての人々が入口へと体を向けた。

入口からは、2人の少女が各々国王と同じ法衣を纏った少年に手を引かれて聖堂へと足を踏み入れる。法衣の来訪者たちは、その彼女等の美しさにため息を漏らす者もいた。

法衣を思わせる立て襟のロングドレスで、足元に掛けて淡く黄色く色づいており、まるで足元が光り輝いているようであり、髪は二人とも下ろしているのだが、円筒型の帽子に付けられている白いヴェールで隠している。彼女等の纏っているドレスには家の紋章ではなく光の国の紋章が描かれていた。

フロースの手をノヴァが、ルミノークスの手をインベルが取っている。王族である彼等はこのような場は慣れているために堂々としているのだが、フロースとルミノークスは微かに緊張している。手が震えているフロースをノヴァがちらりと見て、視線で「大丈夫か?」と問いかけると、彼女は強張った笑顔を向けて来た。

強がりめ、とノヴァが小さく心の中で呟いたが、それくらいが彼女らしいとも思えて笑いそうになったが、表情に出さずに前へ歩いた。

ルミノークスはというと、緊張を通り越して堂々と歩いているのだが、やはりどこかぎこちない。大丈夫かとちらりと彼女の顔をちらりと見ると、視線が合って、彼女は僅かに微笑んで「大丈夫」というように頷いた。

距離で言うとさほど長くない距離であるのだが、フロースとルミノークスにとっては長い、果てしもなく長い。周囲は静かであるのだろうが、心臓の鼓動が大きく耳の奥で木霊している。

メリオルの前に2人が辿り着くと、するりとノヴァとインベルは彼女等から手を離し、同時に、全く同じように胸に手を当て頭を下げる。


「「聖女様をお連れいたしました」」


重なる声は聖堂に響き、フロースとルミノークスはドレスの裾を上げて恭しく一礼をする。

聖堂になる前に、何度かリハーサルをしたものの、あの時よりも遥かに動きは固い。だが、周囲にいる人々はさほど気にせずに、2人の美しさに見惚れていた。


「ご苦労、下がってよい」


低いメリオルの声と共に、ノヴァとインベルはそれぞれ両脇に静かに避け、真っ直ぐに前を向く。


「母なる大精霊マーテル様、及び、父なる大精霊パテル様、及び、地水火風光闇を統べる大精霊より力を受けし聖なる乙女、世を乱す災いを退ける力を受けし聖女よ。汝ら、顔を上げよ」


メリオルの言葉にフロースとルミノークスは顔を上げる。すると隣にいるアクイラが軽く頷くのが見えた。それは、周囲の人々に顔を見せることを促す合図だ。フロースとルミノークスはくるりと踵を返すと、自然と小指を2人は絡ませた。そして、顔を上げると、周囲の視線を一気に感じ怯んでしまいそうになったが、お互い絡めた指に力を込めて支え合う。


「光の聖女、フロース・クリュスタルス」


名を呼ばれフロースは指を離して先程と同じようにドレスの裾を摘まみ上げて恭しく頭を下げる。


「闇の聖女、ルミノークス・セレーニーティ」


名を呼ばれルミノークスもフロースと同じように頭を下げた。その時わざとフロースの手に触れるようにドレスの裾を持ち上げ、彼女と視線が絡み合う。そして、視線だけで笑った。


「光の国に産まれし、神代より語り継がれ悲しくも絶えることのない聖女が、現代に誕生した。我が光の国を統べるメリオル・アウルム・アルガリータの名において、双方を聖女と認め、国を挙げて尽力を惜しまないことを誓う。そして、この聖堂におられる美しき国々の長よ。皆もまた、聖女を愛しみ、力を与えてくれるよう約束していただきたい」


聖堂は大精霊と近い場所。しかも、この聖堂は初代聖女の手によって造られたと言われている聖域である。誓約書などなくとも、この場で誓ったことを反故することは世界へとの冒涜となる。メリオルは周囲を見渡し、問う。


「意見があるものは、前に出ていただきたい」


周囲の人々は、ただ黙って頷くのみだ。それを安堵した表情でメリオルは見届けると、深く頷いた。そして、一呼吸置いた後に次に現れる人物のことを話し始めた。


「そして本日、かねてより報告していた“聖騎士”のお披露目もさせていただきたい」


僅かに、周囲の人々がざわつく。

聖女のお披露目を行う際に、国より任命した“聖騎士”のお披露目もあるとお触れを出していた。聖女を如何なるものより守り、有事の際は指揮を執る、国が認めた腕及び頭のいい人間であり聖女より深い信頼を受けている人物。そのような人物がいるということは世界で噂になっており、どんな人物なのだろうと皆が期待で胸を膨らませていた。

しかしながら、当日どのような人物であるかの仔細が書かれた書類が渡された人々は、その若さと性別に驚き、期待は一気に不安となった。

齢は聖女と同じ15歳。更には、歴代の聖騎士にはいない女性。つまりは、一人の少女が聖騎士にとなるのだ。

騎士令嬢、と人々は言った。騎士と呼ぶには幼すぎる故にだ。

小声で人々は不安を口にする。ノヴァもインベルも人々の口々に言う言葉に不快になったのだが、それよりも2人は大丈夫かと2人は同時に連れ添った聖女を見る。フロースが僅かに眉を動かしたのだが、表情は動かさず、ルミノークスに至っては微笑みながら前で組んでいる手に力を入れている。

大丈夫そうだが、これは時間の問題ではないだろうかとインベルとノヴァは視線で会話し、ノヴァは実兄であるフォルテに視線で訴えかけると彼は小さく頷き口を開く。


「静粛に」


水のように透き通っているが、芯のあるよく通る声が聖堂に響き静まり返る。フォルテはカエルムと友人関係にあり、アウローラの事もよく知っていた。だから、このように憶測で揶揄されるのはあまり好ましくない。それよりも、彼女自身を見てもらえれば分かるはずだ。



―同時刻聖堂前


『緊張しているかい?子鹿みたいだよ』

「当たり前よ。もう足が震えて倒れそう」

『お、倒れたら抱えてやんよ』

『それは多分一番やってはいけないものねぇ』

『そうだねぇ。アンタが出てきちゃあこの子目立っちまうよ』


やいやいと大精霊に囲まれてアウローラは胸に手を当てて大きく深呼吸する。

王城の隣にある聖域と呼ばれる聖堂の前。光の国で何があろうと、この場に魔物や災いとなる者は入ることができない。それは初代聖女が母なる大精霊マーテルと父なる大精霊パテルと契約した場所だからである。聖堂の脇にある滾々と湧き出る無垢なる泉には強い癒しの祈りが込められているのだが、王族だろうとむやみに触れることができない。

大精霊達からアウローラは話を聞くと、この場所に強い魔力があることは本当であり、だが、人体に影響がないという不思議な場所であることが判明した。大精霊達も、この場にいるのは少し落ち着かないそうだ。例えるならば、両親の私室にお邪魔している感じだという。

聖域であるゆえに、此度のお披露目の儀にはクラースもウェリタスもレウィスもいない。アウィスは肉体があるのだが、光の大精霊であるための少し力を使って入ることができている。


「服に汚れはついていないか?」

「大丈夫」


アウィスに言われてくるくるとその場で確認するが、見たところ大丈夫そうだ。白一色の服装というのも気を使う。

すると聖堂の中が少しだけどよめいているのが聞こえて来た。その言葉が聞こえて来た大精霊達は一様にして眉を顰めた。


『けっ!好きかって言いやがって』

『予想するのは人間の美徳だけれど、これは頂けないわぁ』


怒りを声に滲ませるフェーリークとルシオラ、メンシスに至ってはため息混じりに煙を吐き出して首を左右に振っている。アウローラはくすくすと笑うと一歩前にでる。


「それは、これからの仕事で覆すから大丈夫よ」

『それは何とも頼もしい!』


ロサが芝居がかってそう言うと、指をくるりと回した。すると風が一瞬強く吹き付け、周囲に落ちた白い花の花びらを舞わせて聖堂の中に入って行く。

入口にある鐘がゴーンゴーンと音を立てる。


「アウローラ、堂々として行け。誰が何を言おうと、アウローラは、聖女の騎士だ」


アウィスの激励にアウローラは微笑んで頷くと、一度瞼を閉じてすっと聖堂を見上げた。

鐘はまだ、鳴っている。



白い花びらと共にふわりと風が吹いて聖堂の入口にある鐘が、一人でに鳴る。その風の正体はロサの風であるのだが、誰もそれに気が付かない。

こつんとヒールが床に着く音がして、その場にいる全員が入口へと目を向けて、その場にいる全員がその美しさに目を奪われ言葉を失ってしまった。本来なら動くことはご法度である白銀の甲冑を纏っている騎士達も、その美しさに思わず身じろぎしてしまい金属がすれる音が聖堂に響くが誰もがそんなことを気にしてはいない。

聖堂の入口に立っているのは、すらりとした美しい少女だった。少女であるはずなのに、その堂々たる様は歴戦の戦士を思わせるほどだ。あの日のお茶会に身に着けていた純白の衣装であるが、ヒールは以前より高くなっている。そして、肩には床に付きそうなほどの純白のマントがつけられ、髪はハーフアップにされており、留めているのはクラースが渡してくれた髪留めだ。

歩くたびにヒールの音が響き、レモンイエローの髪がふわりと舞う。香り立つようなその姿に、誰もが釘付けになる。

アウローラは周囲の視線を痛いほどに感じながら、ただ前へ前へと進み、フロースとルミノークスの前に辿り着くと片膝をついて首を垂れる。


「プラティヌム伯爵家長女アウローラ・プラティヌム、馳せ参じました」


幼さが残るが、芯のある凛とした声が聖堂に響く。彼女の声が、周囲の音を吸い取った様に内部は静寂に包まれた。


「面を上げよ」


メリオルの声が響き、アウローラは顔を上げてルミノークスとフロースを見た。彼女等の顔は緊張をしているようで、強張っている。丁度他国の来訪者からアウローラの顔は見えない位置であるということをいいことに、彼女は二人にウィンクをする。すると、フロースとルミノークスの顔の緊張が僅かに解れて、口角が上がる。

せっかくの彼女等の晴れ舞台だ。仏頂面を覚えさせるのは頂けないと思っていたので、内心ほっとする。


「アウローラ・プラティヌム」


メリオルの言葉にアウローラは真っ直ぐ「はい」と返事をする。続けて彼は言う。


「光の国国王メリオル・アウルム・アルガリータの名において、貴殿を、聖女を守りし騎士と任命することに異論はないか?」

「ありません」


アウローラはすぐさま返事をする。


「ではここに、聖騎士任命の儀を執り行う。聖女フロース、聖女ルミノークス、2人は前に」

「「はい」」


フロースとルミノークスはメリオルの前に出て、跪いているアウローラの前にでる。すると後方に控えていた騎士より一本の剣を彼女等は受け取り、白銀の、僅かに光加減からか青みがかっているような刀身を持つその剣は少女の手には重く、2人で柄を持ちやっとで持ち上げられるほどだ。彼女等は剣をアウローラの肩に触れさせ、口を開く。


「「聖女を守らんとする勇敢なる剣の使い手、アウローラ・プラティヌムよ。汝、歴代聖騎士より受け継がれし光の剣を携え、我等、世界を救わんと願う者の身を守る剣となり、盾となり、我等の心を裏切らず、欺くことなく、誠実であり、礼儀正しく、聖騎士であることを誇りに思い、前に進むことを、我等を慈愛なる目で見つめる母なる大精霊マーテル様及び我等を仁愛なる目で見つめる父なる大精霊パテル様及び地水火風光闇を統べし大精霊に、嘘、偽りなく誓いますか?」」

「はい」


アウローラは真っ直ぐと二人を見つめて誓う。

大精霊達ではなく、嘘偽りなく、貴女方に誓うと視線で語る。なぜか二人は、悲し気に微笑んで静かに言った。


「「では、誓いの口づけを」」


アウローラは向けられた切っ先に、口づけをする。その瞬間、ちかりと目の前が煌いた様な感覚となった。そして、目の前の光景と“自分は体験したことのないとはっきりと分かる記憶”が重なった。

記憶の中の“自分”も、この場所で騎士の誓いを立てている。目の前にいるのは、今とは違い一人だけ。周囲にこれほど人はおらず、聖なる儀式であるというのに雰囲気は暗い。目の前の愛しい彼女は、優しくだが幾夜泣いた様な表情でこう問いかけてくる。


“―――だけは、裏切らないでください”


あぁ、裏切らないとも。

あの日、あの手の感触を味わったときから貴女だけは裏切らないと決めたから。


「「ここに、聖騎士の誓いはたてられました」」


わっという周囲の声と、拍手の音でアウローラは我に返って前を見る。するとなぜか、フロースも何か戸惑っているような素振りを見せている。隣にいるルミノークスは何ともない様で、フロースへと小声で「大丈夫?」と尋ねていて、彼女は何も言わずに微笑んで頷いた。

ノヴァが粛々と聖女から剣を受け取ると、両手で剣を平にしてアウローラへと手渡す。その時、ノヴァもアウローラ達の異常を察知していたようで小声で「平気?」と尋ねて来て、アウローラは「大丈夫」と小さく返事をして剣を受け取った。

ノヴァが下がった後に剣の柄を持ち、顔の前に掲げる。初めて持ったはずなのに、やけに手に馴染むその剣は陽の光に当たって煌いている。


「我が名に懸けて、貴女方をこの剣をもってお守りいたします」


先程よりも大きい拍手が聖堂に響き渡る。


「これにて、儀を終了することを宣言する」


メリオルの言葉で、拍手は一層高まっていく。アウローラは踵を返して、剣を掲げたまま先導して聖堂を後にする。本来ならばアウローラが聖女二人をエスコートするべきなのだが、手に持っているのは歴代聖騎士に伝わる光の剣。聖女二人に万が一あればということで、帰りのエスコートは変わらずノヴァとインベルがすることとなった。

聖堂を後にすると、後方の聖堂でメリオルが来訪者と騎士達に何か言っているようだったのだが、入り口でうろうろしていれば目立ってしまうということで泉の方に移動する。

インベルが持ってきてくれていた鞘に剣を収めると、ベルトに付けて一息ついた。アウローラが大きくため息をつくと、同時にその場にいる全員がため息をついて重なってしまう。そして、思わず吹き出して暫く笑い合うと落ち着いたころにインベルが尋ねてきた。


「誓いをしたときに一瞬フロースとアウローラ止まったけれど、どうしたの?」


アウローラとフロースは視線を合わせる。言おうとしないフロースに変わってアウローラが見た光景を話そうとしたときにノヴァが口を挟んむ。


「一瞬剣が陽の光反射したから驚いたのだろう?」


思わぬ人物の思わぬ言葉に、アウローラは目を瞬かせた。すると、焦った様にフロースは頷くと「そうなんですよ」と彼の言葉を肯定した。


「陽の光が反射して眩しかったのですよ」


笑顔でそう答えたフロースはアウローラに顔を向けて「そうですよね」と促す。何が何だがよくわからないが、彼等の気迫に押されてアウローラは戸惑いながらも「えぇ」と同意した。

三人が“そうだ”というもので、インベルとルミノークスは何やらまだ節愚僧ではあるが、一度顔を見合わせてから「そうなんだ」とインベルが口にする。


「僕等は同じ角度にいたから、気が付かなかったよ」

「そうですわね。でも、何事もなく終わってよかったですわ」


頬に手を当ててほうっと息をつくルミノークス。確かにと、皆が頷いた。

アウローラは他3人が他愛もない話をし始めたのを、黙って聞いている。先程のフロースとノヴァの反応が気がかりなのだ。

もしかするならば、フロースもノヴァも自分と同じ物を見たのではないだろうかと思い至ったのだが、それをひた隠しにする要素はないはずだ。話しても、不思議なことがあるんだねという感じで終わるはずだというのに、彼等は見たものを隠したがっている。

ゲーム内ではこのような儀式の描写はない。そのため全く持って彼等が何を見たのか、本当に自分と同じ物を見たのかが分からない。

アウローラが見た光景よりも詳細に何かを見たのかもしれないと思い、問いかけようかと思考を取りやめしっかりと前を見た時に彼等の横顔に陰りが見えて口を噤む。


―いや、今はいいか。


自分と同じように、話したくなったら話したくなるだろうと思いこれ以上見た光景について考えるのをやめた。


「取り敢えず、王城の応接間に行きませんこと?他の皆が待っていますでしょうし」

「ん?あぁ。ここではお客様の邪魔になってしまう。早々に退散しようか」

「そうだね兄さん。国王陛下からもこれからについて話があるみたいだし」

「アウローラ様も宜しいですか?」

「ん?もちろん大丈夫だよ」


親指を立ててアウローラは笑う。皆はくすくすと笑いながら、泉を後にした。

アウローラも後に続こうと足を踏み出した時、ふわりと誰かが首筋を撫でた。

驚きはしたが不思議と嫌悪感はなく、触れられた箇所に手を当てて振り返る。しかしながら、人も人の気配すらもそこにはない。いた形跡なども全くなかった。

何だろうと首を傾げた時、泉の反対側。木が生い茂るその向こうに何かが見えた。よく目を凝らして見ると、それは石造りの壁のように見えた。ここからでも、その壁には蔦が巻き付き緑色の苔が生えているようにも見える。無意識のうちに、そちらの方へと一歩踏み出した。

行かなければ。

使命感にも似た感情が、足を動かそうとする、が。


「アウローラ」


不意に腕を掴まれて足が止まる。


「アウローラと言えど、泉に飛び込むのは感心しないよ」

「あれ、ノヴァ」


先に行ったはずのノヴァがアウローラの腕を掴んでいた。いつもの笑顔はそこにはなく、瞳にはどこか焦りを帯びている。いつになく、腕を握る手は強い。


「アウローラ」


彼は、手に少しだけ力を込めた。


「君は、何処にもいかないでくれよ」


彼は、何を言っているのだろうとアウローラは首を傾げる。茶化そうにも、彼の表情は真剣そのものだ。

えぇ勿論、と言葉がなぜか出てこない。言おうにも、何かが引っかかっている、そんな気がしてならないのだ。暫くの間、アウローラが返事を考えあぐねているとノヴァが笑顔を向けてからアウローラの腕を引いて歩きだす。


「ほらほら、皆が待っている!早く行こう、アウローラ」

「・・・うん」


半ば強制のようにノヴァに腕を引かれながら前へと進む。

アウローラは振り返る間もなく、泉から離れていった。


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