第1部-38話「パーティーへ」
アウローラ達が馬車に揺られて辿り着いたのは、王城から少し離れた庭園の中にあるドーム型のダンスホールだ。本来なら王城で開催するべきなのだが、今回は警備のしやすいこちらになったのだという。
煉瓦造りの道を馬車で通り、王城と同じく白磁の様な滑らかな壁を持つダンスホールが徐々に近づいている。周囲は見事に手入れをされた赤い薔薇庭園であり、もう少し明るければゆっくりと見て回りたくなるほどだ。
馬車がゆっくりと速度を落としてから止まる。すると、御者が恭しく頭を下げながら扉を開き、まず最初にアウィスが下りた。そして、扉を押さえている彼に頷くと役割を交代した。
まるでアウローラとクラースの従者の様な振る舞いであるが、恐らく有事の際に2人をすぐ守れるようにだろう。御者も分かっているようで頭を下げると直ぐに身を引いて、馬を宥めていた。
クラースが降り、手を差し伸べられたためにアウローラは少し迷いながらも彼の手を取る。彼を支えに地に足を付けると、どこか安心した。クラースの小さくお礼を言い、御者へ振り返る。
「では、馬車をお願いね」
「えぇ。行ってらっしゃいませ」
そう言って御者は馬車と共に王城の方へと戻っていった。
さて、取り敢えず入口に向かおうとクラースに言いかけた時、遠くから「アウローラ様!クラース様!アウィス様ー!」という声が聞こえて、そちらの方へと顔を向ける。
ダンスホールの方から向かってきたのは、レウィスだ。彼は式典警備用の黒い真新しい騎士服に身を包んでおり、腰にはしっかりと帯刀している。
やはり顔がいいと誰でも騎士服は似合うなとアウローラは思いつつ、クラースから手を離してレウィスに振る。
「レウィス!」
アウローラ達の元に走ってきたというのに全く息を切らさずに、レウィスは敬礼をしてからへにゃりと笑った。
「どもっす。いやぁアウローラ様はどんなドレスでも似合いますね!お綺麗です」
「あはは。ありがと。レウィスの方も騎士服、似合っているよ」
照れるレウィスがちらりとアウィスとクラースと目が合い、さっと血の気が引いていく。何を見たのかとアウローラが首を傾げて「どうしたの?」と尋ねるが、レウィスはすぐに首を左右に振って「何でもないです」と乾いた笑みを浮かべた。
アウローラはまじまじとレウィスの服装を見て、訊ねた。
「そういえば、これ送った本人はなんて言ってたの?もう来ているんでしょ?」
送った本人というのはカエルムの事だ。
レウィスの身柄はセレーニーティ男爵家の物である。勿論そちらに使えているのであるから当たり前の話であるのだが。なので、本来騎士団に入団することも、騎士服に袖を通すこともできないはずなのだ。だが、腕はカエルムやファンスのお墨付き、身元はセレーニーティ男爵家お墨付き、更には王家の人間とも親交があるということで臨時的に騎士服を身に纏っているのだ。
所謂臨時雇用という感じだ。
身に纏っている騎士服は正式な騎士服とは僅かに形状が異なっているので並べば分かる。とはいえ、この場にいる警備は全て身元が保証されている人物の身の為、誰も気にすることは無いだろう。
ちなみに推薦したのは勿論カエルムであり、修行の時に「これ着てパーティーの警備よろしくね」と突然言ってきてレウィスはかなり驚いて「あ、はい」しか言えなかったとその日の夕方に肩を落としながら言ってきたのをアウローラは覚えていた。
レウィスは小さく笑いながら答える。
「一言、“やはり君、顔がいいから何でも似合うな!”と」
「「あー・・・」」
アウィスとクラースが声を揃えてアウローラを見る。彼女は、何よ、と言いたげに首を傾げる。
「つくづくアウローラ様とカエルム様ってご兄弟なんすね」
「え?それどういう意味?」
アウローラが詳しく聞き出そうと詰め寄ろうとしたその直後、まるで鳶の様な声が頭上から聞こえて、全員が頭上を見上げる。すると、薄暗い空を2羽の大きな鳥が飛んでいるのだ。
「あれは一体なんだ?」
「・・・魔力が込めれているようにも見える」
アウィスとクラースが目を細めて観察していると、レウィスが小さく笑った。
「あぁ、あれはアルメニウム様作の斥候っすよ。鳥型の人形に魔力を細長くした糸をつなげ、自分と視覚共有をし周囲を観察するもの・・・らしいっす。ちなみにアルメニウム様はそこにいるっすよ」
レウィスが指さした方向には傍にランタンを置いて毛布で身を包んでいるアルメニウムの姿があった。遠いのでしっかりと見えないのだが、寝ているように目を閉じている。しかし、その手は空に向けられ腕を動かしたり指を動かしたりしている。すると、こちらに気が付いたのか目を開いて、こちらに顔を向けて笑顔で手を振って来た。
全員が手を振り返すと、彼女は満足そうに頷いて自分の仕事に戻っていった。
「いやぁ、凄いっすよね。俺達警備兵がいなくてもいいんじゃないかって思ってしまうっす」
「そんなことないよ。君達がいてくれるから、あの子は安心して上空からの監視に集中できるんだ」
ふいによく知る声が聞こえてきて、振り返ろうとするとぽんっと優しく頭に手を置かれた。髪型を崩さないように注意しているようで、いつもよりも優しく撫でるように手を動かす。
「やぁ愛弟子アウローラ。今日は一段の綺麗だね」
「プルヌス先生!?」
何処から現れたのかプルヌスがそこにいた。
相も変わらず仮面をつけたままで、格好もいつも通りでめかし込んでいる様子はない。
「今日の警備にも関わらせてもらうように言ったんだ。闇の大精霊が相手だから一応、ね。それに―」
背の高いプルヌスはアウローラに視線を合わせるように少しかがむ。アウローラは彼の眼がどの位置にあるのかは分からないのだが。
「可愛い愛弟子が参加するパーティーだ。何かあってはいけないし」
プルヌスがそこまで考えてくれていることにアウローラは感動しながら、頬を赤らめながらはにかむ。それを見ていたクラースは面白くなさそうな顔をして彼女等を見ているのだが、レウィスは彼の表情をちらちらと伺いつつアウィスにそっと尋ねる。
「もしかして、アウローラ様ってプルヌス様の事好きなんすかね?」
「知らん」
アウィスは何処か苛立っているような声音で素っ気なく答えた。そこで色々と察したレウィスは「あー・・・」と小さく呟いて、彼女に好意を抱いているだろう人はかなり多いなと、少しだけ彼女は大変そうだなと心配する。レウィスはアウローラの事を慕ってはいるが、恋愛感情的に好きというものではない。どちらかというと、この人のようになりたいという目標の1人だ。ちなみに、もう一人の目標はカエルムである。
アウローラが誰の事を好きでいるのかは、レウィスは全く持ってそのような事に疎いため分からないのだが、これから先恋愛に関してアウローラが苦労するようならば助力をしなければと、今決めた。
とはいえ、アウローラはクラースの婚約者である。そのことを彼女自身が分かっていないはずもない。それに、どちらかというとアウローラのプルヌスに対しての反応は、好きな先生や気に入っている先生に褒められている時の態度によく似ていた。恋愛感情というよりも、親愛に近いのでは、と思うのだが、実際のところよくわからないし、プルヌスも顔が見えないために彼女に対してどのような感情を持っているのかもわからない。
これは、アウローラも大変だが、クラースも大変ではないのだろうかとちらりと彼を見ると、腕を組んでただ黙って2人の事を見ていた。
暫く歓談している2人を見ていたアウィスが咳ばらいをして「プルヌス」と彼の名を呼ぶ。
「何かな?」
「・・・念のためミールスにパーティ会場に少々特殊な防御魔法を張ってほしいと頼まれた。こちら一人でやってもいいが、それでは目を引いてしまう。手伝ってもらえないか」
「・・・よろしいとも。そう、彼女が・・・」
「そんなこと頼まれたの?」
思わずアウローラがアウィスに訊ねる。彼は頷く。
「彼女も心配なのだろう。申し訳ないが、少し席を外す」
「あ、うん。お願い」
「それでは、アウローラ、愛弟子の友人達。良い夜を」
プルヌスは軽く手を振って、アウィスとどのように防御魔法を張るのかを相談しながら去っていった。
―ミールスがそんなことを・・・
アウローラは彼女が心配してくれていたことに感謝しながら、あれ?と首を傾げる。
何故、ミールスはアウィスに頼んだのだろうか。屋敷内でアウィスとミールスが仲良く話しているところなど見ていないし、プラティヌム伯爵邸で魔法の練習をしていたとはいえアウィスが実際魔法を使っているところをあまり見ていないはずだ。いや、もしかしたら何か見たのかもしれないのだが、彼女が頼むということに少し引っ掛かりを覚える。
「どうかしたか?」
クラースに顔を覗き込まれて驚いたが、すぐに笑顔を浮かべて首を振る。
「アウローラ様―!!」
元気のいい可愛らしい声が聞こえてそちらを見ると、ダンスホールの入口でフロースが手を振っているのが見えた。よく見ると、ルミノークス、インベル、ノヴァもいる。ウェリタスの姿が見えないが、送れているのだろうか。
差し出されたクラースの腕に鬼恥ずかしながら手を触れ、エスコートされながら歩いてダンスホールへと向かう。レウィスは周囲を警戒しながら後ろから歩いてきてくれていた。
ダンスホールの入口にとどまっているのはアウローラ達だけで、他の人たちは何やら話をしながら続々と中に入って行く。邪魔にならないところに移動し、フロースが目を輝かせてアウローラに言う。
「流石アウローラ様です!とってもお綺麗です!」
「えぇ、とても美しいですわ」
「ありがとう。2人の綺麗だよ」
褒めてくるフロースとルミノークスにそう返すと、彼女等が頬を赤らめて「きゃー」と言いながら歓喜の悲鳴を上げる。
いや、実際に綺麗なのだ。
フロースは髪を編み込んで上げて、残った髪を左側に流しており、銀色の花を模した髪飾りを付けている。ドレスは白を基調とし、所々に銀色の糸で死臭が施されている。斜めに流れるようなフリルデザインのドレスで、上半身はシスターを思わせるような短い立て襟で体のラインが分かる。首元から胸の上側まではレースのシースルーになっており、二の腕が隠れるほどの広がった袖上部までそのようになっている。一言で言えば、光の聖女らしいというデザインである。
ルミノークスは右の耳上にふわりとしたお団子を作り、金色の花を模した髪飾りを付けている。ドレスは黒を基調とし、デコルテが露わになっている肩を出している漆黒のドレスに金の刺繍が施されている。胸の下をきゅっと大きなリボンで結ばれ、ふわりと広がったスカートは鳥の羽のように見える。
ルミノークスのドレスとフロースのドレスは対になっているようで、2人の聖女と云うにふさわしい。
驚いたのは、ゲーム内のドレスデザインと違っていることだ。ゲーム内では2人は、色は同じだけれどもデザインは全く違っていた。運命が変わってきているということなのかと思ったが、それは今関係ない。
隣にいるノヴァは立て襟のネイビーブルーのシャツに襟の大きな淡い水色の前が短めのローブ。腰には茶色のベルトで、白いスラックス。王子然とした姿である。インベルはというと白い立て襟のブラウスには魔鉱石のついた濃い緑色のリボンタイをし、手首のあたりできゅっとしぼんだボリュームのある袖には金色のボタンが留められている。その上にリボンタイよりも青みがかった軟かなボタンのないベストをきっちりと着込み、黒いスラックスを履いている。
この2人はゲームの通りだが、やはり、実際見るとかっこいい。
「2人・・・かっこいいね」
思わずアウローラの口からポロリと本音が出て、ノヴァとインベルは顔を見合わせてからふはっという風に笑ってから照れたよに少しだけ頬を赤らめた。
「ありがとう。アウローラも似合っているよ」
「うん。正直、僕一瞬誰か分からなかったもの」
「ありがと」
照れくさくてアウローラは短くお礼を言う。するとノヴァはクラースを見て、にやりと笑う。
「あぁ、クラースもよく似合っている様だね」
「こりゃどうも。お前もよく似合ってるよ」
「お褒めにあずかり光栄だ」
心が全く籠っていないように2人は言い合い、ふっと笑う。恐らく思っているのだが、素直に言うことができないらしい。インベルは後ろにいるレウィスを見て「お」と声を上げる。
「レウィスもよく似合っているよ。そのまま騎士団に入団すればいいのに」
「どもっす」
「もう!レウィスはわたくしの従者なのですから引き抜きはわたくしを通してからにしてくださいまし」
インベルの言葉にルミノークスが反応して、トコトコとレウィスの隣に行くと腕を掴んだ。話は聞いていたのだが、レウィスは腕を買われ、ルミノークスの正式な従者になったようだった。元々彼女の従者は他にいたのだが、どうも聖女相手だと緊張して長続きしてくれなかったらしい。レウィスは良くも悪くも裏表がないので、ルミノークスも居心地がいいのだろう。
いつだったかレウィスはポロリと「ルミノークス様って俺の妹にそっくりなんすよ・・・性格が」と疲れた表情で言ってきたことを思い出す。普段一緒にいるときは元気なフロースの陰に隠れてしまうが、割と何でも挑戦してみる性格らしく、時折突拍子もないことをやるので大変だと言っていた。
腕を組まれたレウィスは何やら複雑そうな顔で笑っていた。
「あれ?そう言えばアウィスはどうしたのですか?」
「あぁ、少しプルヌスと話があるって行ったぜ。そろそろ戻ってくる―あ、来た」
ダンスホールからアウィスが出てくる。若干疲れたような表情であるが、どうやらやるべきことは終わったようだ。彼はアウローラ達に近づくと全員の顔を見てから頷いた。
「皆よく似合っているな」
珍しくアウィスが褒めるので皆がお退いた後、笑顔を浮かべがらアウィスの姿も褒める。徐々にアウィスが心を開いてきてくれているのが嬉しく思い、アウローラの顔もほころんでいく。
「お待たせ~!」
突如ウェリタスの声が聞こえて、全員がそちらの方を見る。彼は髪をふわりと巻いて、ブラウスの上に黒い詰襟のベストを羽織り、中には赤いスカーフ。下には黒いスラックスを履いている。ほぼ黒一色であるが、所々ある金の装飾が煌びやかだ。そして、靴なのだが、太いヒールが入っており歩くたびにカツカツという小気味いい音を立てている。
思わず皆が「おぉ」という感嘆の声を漏らす。
皆よりも背が高いためにどうも迫力があるが、その顔は迫力の欠片も無く笑顔だ。
「ごめーん!遅くなっちゃったわ!どうも髪がねー決まらなくてぇ」
両手を合わせて謝ってから、皆の姿を見て表情をさらに輝かせる。
「いーやぉー!もぉー皆流石着こなしてくれて嬉しいわぁ!レウィスちゃんには今度あげるからね!待っててね!」
「うっす。ありがてぇっす」
レウィスは嬉しそうに笑い、ウェリタスはうんうんと何度も頷く。
「本当にありがとうね。ウェリタス」
改まってアウローラがお礼を言うと、彼は笑顔のまま首を左右に振ってニッと笑う。
「お礼なんていいわよ。それに、皆が着こなしてくれているのが一番のお礼だわ!少し不安だったけど、吹き飛んじゃった」
すると、ダンスホールから騎士の1人がやってきて、レウィスに何やら耳打ちする。レウィスは頷いて「わかったっす」と告げると騎士は手を振って中に戻っていった。
「そろそろパーティーが始まるみたいっすよ。中に入ってくださいって」
「あらぁもうそんな時間?」
「やば。インベル、兄様たちの所行かなければ」
「あ、そうだ!ごめん、みんな先に行くね」
ノヴァとインベルが駆け足でダンスホールに入り、その後は早足で壁際を歩きながら奥へと進んでいく。
「あいつ等、時々自分たちが王族だってこと忘れてそうだよな」
クラースがポツリと呟くと、皆が心の中で賛同して頷く。
「じゃ、行きましょうか。皆」
アウローラをクラースが、フロースをアウィスが、ルミノークスをウェリタスがエスコートをしてダンスホールへと入って行く。するとやはり、聖女達と聖騎士、そして名家であるアルゲント伯爵家とコラリウム公爵家が揃っていれば参加者の目を引く。殆ど全てのその場にいる人間が全員に見惚れ、ため息を漏らす。
すると扉が閉められて、国王陛下とその子息たちが姿を現す。そして、軽い挨拶の後にパーティーが始まった。




