第1部-36話「話したい、話せない」
「こぉら!!」
そんな声が聞こえて、アウィスの後頭部がウェリタスによって叩かれる。その衝動でアウィスの頭がアウローラの頭とぶつかりいい音が部屋に響いてアウローラがぶつかった個所を押さえながら低い声で呻く。
「アウローラ!?」
名前を叫びながらクラースが傍に駆け寄っていき、アウローラの傍で跪いて心配げに覗いてくる。アウローラは小さく笑い「大丈夫」と言う。すると、ウェリタスやフロース、インベルに囲まれてアウィスは何やら怒られているようだった。
「あれ程驚かすなって言ったでしょうに!!少しは考えて行動しなさい!」
「というか、アウローラ様にいつもながら近すぎるのです!」
「もう少し落ち着いて行動しようね、アウィス」
次々に言われてアウィスは反省しているのかと思いきや、別に悪いことはしていないだろうと言わんばかりの表情で首を傾げている。どうやら説教が長引きそうな気配があり、それを止めようとルミノークスとレウィスが入り口近くであわあわとしている。遅れてやって来たノヴァがそちらの方を一瞥するが、特段興味がなさそうに真っ直ぐにアウローラの傍に歩いて来た。そこで、アウローラがクラースとノヴァ両方の顔を見て尋ねる。
「一体何事なの?」
ぶつけた部分を確かめたクラースが何事もないことを確認し、ほっと胸を撫で下ろした後に彼が答える。
「アウローラ。今日は皆で稽古の日だぜ?なのに日がとっくに上がっているのに庭に居ねぇし」
「え!?そんな時間!?」
「それで庭にいたカエルムとレウィスに話を聞いて、カエルムにミールスに事情を話してもらって、連れて来てもらったのさ」
「そうなの・・・あれ?ミールスは?」
彼等がそういう割には、部屋の中にミールスの姿は無く、廊下にミールスの気配はしない。
「彼女なら、カエルムから何やら用事をお願いされていたよ」
カエルムがミールスに対して仕事を頼むのは珍しい。まあでも、ミールスはカエルムが小さい頃の世話も良くしていたので、使用人の中では頼みやすいのだろう。それに、彼女は仕事の手際がいいのだから、彼が頼るのも頷ける。しかしながら、とアウローラは部屋の中を見る。全員で自分を迎えに来る必要があったのだろうか。
もしかして、何か緊急の用事でもある野ではないか。
そんな考えが頭をよぎり、体が緊張する。
彼女のその様子が分かったのか、クラースとノヴァは顔を見合わせて、後ろでごちゃごちゃとしている全員を呼んだ。すると、全員はなぜか一瞬戸惑い、そして、意を決したような表情となる。
何なのだろうと、アウローラの胸中は不安で満たされていく。
フロースとルミノークスが視線で会話し、頷き合うと、ゆっくりと近づいて来た。クラースとノヴァがアウローラの傍から離れて、フロースはアウローラの前に傅き、彼女の手を取った。びくりと、アウローラの手が震える。
アウローラ自身もなぜこんなに怯えているのかが分からなかった。
「アウローラ様。今日はお聞きしたいことがあります」
「・・・何?」
普段のアウローラの声よりも、低い声。僅かに苛立ちを感じさせる様な声音に怯むことなく、フロースは尋ねた。
「アウローラ様は、未来を知っておいでなのですか?」
見る見るうちに、アウローラの表情が固まっていく。息を呑み、口を閉ざしていた。
数刻前、アウローラ以外の全員で、フロースとルミノークスを迎えに行って事情を話した。まず、クリュスタルス男爵邸に行き彼女にアウィス達が至った結論“アウローラは異世界からの転生者で、未来のことを知っている”という結論を伝えた。驚くかと思ったアウィス達の予想を他所に、フロースは普段アウローラの前では見せないような、呆れた表情を浮かべてため息をついた。
彼女は勿論可愛らしい女の子で、普通の貴族の少女と何ら変わりないのだが、やけに淡白な反応をする。アウローラ達2人の間である彼女と、このような一面を見せる彼女もどちらも素なのだろうが、彼女自身分かっていないようだが、やけに大人びるときがある。
さて、ため息をついた彼女は腰に手を当ててこう言ったのだ。
「こことは別の世界があって、その転生者であることは予想していませんでしたが、未来を知っているというのは、まぁ、予想はしていたので別に驚かないですよ」
ぽかんとする皆に、フロースは呆れた表情を崩さずにふいっと方向をみた。
「ルミノークスにも聞いてみてください。恐らく、私と同じ意見です」
その後セレーニーティ男爵邸に訪れて、ルミノークスの尋ねると彼女も同じようにこう言ってきた。
「まぁ、予想はしておりましたわ。あの方、分かりやすいですもの」
くすくすと笑ってそう彼女は言ったのだ。
聖女二人はとっくに気が付いていた、予想出来ていた彼女の秘密。恐らく何らかの理由によって、隠したかったその事実。アウィスに「何故尋ねなかった、我々に言わなかった」と問われ、フロースは胸元で手を握る。
「そんなの決まっているでしょう。彼女が言わなかったからです」
「しかし、彼女が未来を知っているというのならこれから先何が起こるのか分かるということだ。だとすれば、今後の対処もたやすくなると思わないか?」
アウィスの言葉はごもっともだった。
それに、未来を知っているということを周囲に話し、それを大々的に言ってしまえば、恐らく国に重宝されて、更には宮廷魔法士や騎士へも自由にお願いできるようになるだろう。だが、彼女はそれをしなかった。
「アウィス様の言う通りかもしれません」
言えないのではないかと、フロースは思った。
もしかしたら、話せない何か魔法の様なものを受けているのではと。
考えればわかることだ。そんなものはなく、彼女自身、望んでその事実を話していないのだ。何かの理由があって。
「アウィス様は、何故あの方がその事実を隠しているのかお考えになったことはありますの?」
ルミノークスが厳しい口調で言い放つ。アウィスは一瞬たじろぎ、押し黙る。
やはりとルミノークスはため息をついた。
恐らくこの人たちは、なぜ黙っていたと彼女を責めるように尋ねるつもりだったのだろ。いや、恐らく、アウィス以外はそこまでではないだろうが、アウィスが責め立てれば、それに乗らないはずがない。
それでも、あの方の婚約者なのだろうかとちらりとクラースを見て、ため息をつく。彼はルミノークスの視線の意味が分かったのか、バツの悪そうな表情でふいっと視線を逸らした。
ルミノークスが手を胸に当て、真剣な面むちで口を開いた。
「わたくしは、アウローラ様を心からお慕いしております。ずっと傍にいたいと思っておりますわ」
「同じく。私もあの方をお慕いしております。もし、貴族とか性別とか関係なしに婚約を詣でることができるのであれば、そうしたいほどに」
2人の表情から、その真剣さが伝わってくる。
たとえ未来を知っていて、もし打算的な物で自分達と友人になってくれたとしても、あの日、ボロボロになりながら守ってくれたのは事実。いつも太陽のように笑って、手を差し伸べてくれたのも事実。ずっと守ると言ってくれたことも事実。
位がかけ離れた自分達でありながら、聖女と云う役職でありながら、普通の友として一緒にいてくれたのも事実。
傍であの方が笑ってくれさえいれば、未来も笑いかけてくれればそれでいい。
聖女であるから世界を、大精霊を守るという使命は持ち合わせていない。アウローラが幸せに暮らしていける世界を守るのが、2人の願いなのだ。
「アウローラ様の事を好きだという割に、皆様はどうしてこうもあの方の感情を蔑ろにするのですか」
フロースの言葉が全員の胸に突き刺さる。
「アウィス様が焦ることも分かります。闇の大精霊は大切な身内ですもの。助けられるのか不安なのもよくわかります。確かに、あの方が何かを抱えて、今にも押しつぶされそうな感じであるのも分かります。ふぅ・・・まぁ言いたいことは言ったので」
2人は目くばせをして頷く。
「アウローラ様にお尋ねしましょう。で・す・が」
びしっとフロースがアウィス達に指を差す。
「最初に尋ねるのは私達がやります!いいですか!破ったらあとで殴りますから」
数刻前のやり取りがこれである。
アウローラが黙っている今、アウィスに脳内で殴りながらフロースはアウローラの言葉を待った。
少し直球過ぎたのだろうかと不安になっていると、ルミノークスが床に膝をつけ、フロースとアウローラの手に自らの手を重ねた。
「アウローラ様。もし無理でしたら、お話にならなくても宜しいですわ。でも、わたくし達耐えられませんの。大人になるにつれて、貴女が何かを抱え、それに押しつぶされそうなその姿を見ているのが。どうか、わたくし達にもその荷を分けていただけませんこと?」
優し気な彼女の言葉に、アウローラの視線が揺らぐ。
言ってもいいのだろうか。
言った方が楽になるし、協力を仰いだ方が断然動きやすい。
だけれど、不安が募っていくのだ。
嫌われるのが、未来の事を皆が知ったら真犯人がどんな行動を起こすのか、自分の知らないところでみんなが危険にさらされてしまうのではないだろうか。
―言ったら楽になるよね
声が聞こえる。聞き覚えのある声。罪を犯す前の純粋な自分の声。
―自分の所為でみんなが死ぬ
弟の声が聞こえて来た。あの子はそんなことを言わないだろうが、罪の具現はいつも彼だ。
いいのだろうか、協力を仰いでも。いいのだろうか、自分一人だけの力で勝ち取らなくても。
『別に、良いと思うけれど』
誰かの声が聞こえて、アウローラは振り返る。そこか、昔に聞いたことがある様な声だったが、どこの誰の声だったかは分からなかった。なぜか、覚えのない記憶がちらつく。
前世において、真夜中に残業をしていたとき、屋上で煙草を吸っていたときに誰かと会話をした、そんな風景。誰かと、話をしたはずなのだが、誰かが全く思い出せない。
その誰かもわからない声がアウローラの背中を押した。
「私、私ね。前世の記憶があるの」
震える唇で、アウローラは告白した。これが彼女のいつもの冗談ではないことは、この場にいる全員が分かっているため誰も笑うことは無い。俯いているが、まつ毛が微かに震えていて、手は微かに震えていた。
「前世は、もっと別の世界で、こことは違って魔法も奇跡も何もない世界だけれど、なんて言うのかな。他の世界の物語が本とかそういうものとして普及していたの」
アウローラは“作った”とは言えなかった。恐らく、この世界の人々を知る前は“作った”と言えただろうが、この世界に生きて、確かにあの物語と同じ名前、出来事があるけれども、この世界が“他人が創り出した妄想の産物だ”とは到底思えなくなっていた。誰もないも言わずに静かな部屋にアウローラの震える息が響いている。誰も何も言わない事にほっとしたが、同時に、皆の顔を見るのが恐ろしかった。
「だから、私は、フロースとルミノークスに何が起こるか知っているの。これまで起こったことを全部知っていたの」
アウローラの瞳からはらはらと涙が零れ落ちる。
「何で言わなかったんだ?」
クラースの問いにアウローラは涙を流したまま彼を見た。
「何度か言おうと思った。でも、小さなころから前の私の記憶が囁くの。この一連の犯人を私は知らない。皆を信じていいの?って。私は信じているのに、皆の事が大好きなのに、前の私の記憶がぶり返す。前はそうだったでしょ?それで痛い目を何度か見たよね。そしたら、どこまで信じていいのか分からなくなった」
普段見せない彼女の一面。今の彼女は、アウローラなのか、前の彼女なのか、それは彼女自身もその場にいる彼等も分からなかった。
「だから、信じる代わりに皆を守ろうと思ったの。それに・・・ね。知っていても防げないことがあった」
ちらりとアウローラはフロースとルミノークス、レウィスを順に見た。
フロースとルミノークスは依然襲撃を受けたことを、レウィスはお茶会の毒混入事件を思い出す。
確かに、完全に防げてはいない。でも、それでも―
彼女等は何か言いかけたが、彼女の真っ直ぐな瞳に射抜かれ言葉が詰まって出てこない。その一瞬を逃した後、どの言葉が正解なのかと不安が増幅し言葉は結局出ずに、思わず目をそらしてしまう。
「防げなかったこと、沢山あったし、それをね。糾弾されるのが怖かった・・・皆に嫌わるのが怖かった・・・おかしいよね。皆を信じてないくせに、何言ってんだって」
痛々しい彼女にクラースが近づいて、優しく抱きしめる。アウローラは目を見開いて、逃げようとするがクラースは一向に離そうとしなかった。優しく頭を撫でて、静かに呟く。
「・・・不安にさせてごめん」
その言葉にアウローラの瞳から大粒の涙が溢れだして、彼女は首を左右に振って声を強める。
「謝らないでよ!信じられない私が悪いんだ!疑い深い、皆が大好きと言いながら誰も信用しない性根が悪い私がっ!」
アウローラはクラースの胸に額を付けて、項垂れる。
「私は罪人だ。前世の罪をこの世界で清算したいと願う罪人だ。皆を幸せにしたいという願いも、皆を笑顔にする未来を掴みたいという願いも、根底にはその罪滅ぼしという言葉がある」
彼女はやんわりとクラースから離れて後退る。
涙ながらに笑った彼女は、今までのアウローラでは見たことがない、疲れ切った笑顔。
「軽蔑しただろう。いいよ、私は軽蔑されるべき人だ。あの日、弟を一人にした、あの日、あの子から愛を奪った穢れた私だ。全てをさらけ出した今、私と共に居たくないでしょ?ごめん、ごめんね。もう、表立って行動しない。裏方でもきっとみんなを守れる・・・クラース。婚約者という役割を押し付けてごめん。アウィスは後でクラースの家に移動するようにお願いしておくから。ごめん。ごめんなさい」
この場から立ち去ろうと、部屋を後にしようとする彼女。
彼女の姿を見て、アウィスがはっとする。何か、嫌な予感がしたのだ。まるで、ここが運命の分かれ道の様なそんな気持ち。彼女を独りにしてはいけない、そんな考えが頭の中をよぎる。彼女を止めようと手を伸ばすが、このまま一人にした方が彼女にとってはいいのではないのだろうかと、揺らぐ。
止めなければ、いや、一人にした方がという二分した意見がせめぎ合い、体を動かせずにいる。
「え?」
アウローラは驚いて、振り返る。
彼女の手を握ったのは、フロースだった。そして、そのまま流れるようにしてアウローラの腕を引くと思いっきり頬を叩いた。
パンっという乾いた音が聞こえて、見る見るうちにアウローラの右頬が紅くなっていく。
驚いてフロースの顔を見ると、彼女はボロボロと涙を零しながら叫ぶ。
「貴女は!簡単に私達の傍から離れられるほどなのですか!?」
呆けているアウローラを他所に、フロースは感情のまま彼女の襟元を両手で掴む。
「私は、私達は、貴女の事が大好きです!大切な人です!今ここで貴女に問いただしたのは、貴女の傍にいるためです!だというのに、貴女は勝手にいつもいつも・・・いつも・・・なんで一人で頑張ろうとするのですかっ!何故自己完結をするのですか!何故、私達の気持ちを尋ねないのですか!信じる信じないにしても、気持ちを聞いてくれたっていいじゃないですか!!」
震える手が、アウローラの胸を弱弱しく叩く。
「・・・いてもいいの?」
アウローラの瞳から、涙が零れ落ちていく。
「皆と、一緒にいても・・・いいのかなぁ?」
すると、フロースの肩にポンっとノヴァが触れて目の合ったフロースに頷き笑う。
「いいとも。俺が許可しよう。王族の俺が許可するさ!だから、誰にも悪いとは言わせないさ」
アウローラは小さく「なにそれ」と呟いて、笑う。すると、力が抜けたようにフロースからするりと抜けてその場にへたり込んで、両手で顔を覆った。
彼女は性根が悪いと揶揄するが、そうではない。彼女は自分が思っているよりも優しく、純粋で・・・まるで子供のようなのだ。今まで皆に言っていた言葉に嘘はない。今までの行動に嘘はない。ただ純粋に罪と向き合い、純粋に罪を償おうと躍起になっているのだろう。
―自分たちには無理だ。
皆がそう思う。彼女のこの痛みは、きっとこの世界の全ての人間には取り除けない。きっとできるのは、今彼女が一番謝りたいであろう“前世の弟”という存在。
だけれど、彼女の痛みを和らげることは出来るかもしれない。和らげたい。
根底は彼女の罪滅ぼしかもしれない。それでもいい。彼女の言葉に救われたのは事実で、彼女の傍にいたいというのも事実だ。彼女のことが好きだということも事実だ。
子供の様にごめんなさいと謝りながら泣きじゃくる彼女の傍をまるで親鳥が雛を守るように、その手を握りしめたがら、彼女等は傍に寄り添った。




