第1部-33話「嵐と書いてお兄様と読む」
あの後セレーニーティ男爵邸に一泊し、次の日に騎士団の調査部隊を引き連れたノヴァ、インベル、ウェリタスと宮廷魔法士を数人連れたプルヌスが調査を終え、暫く騎士団が聖女二人の家に常駐することとなった。
ひとまずは安心である。
といっても、件の聖女二人はプラティヌム伯爵邸に以前と変わらずにやってきている。家の中にいた方が安全なのではないかとアウローラが尋ねたところ、2人は顔を見合わせてからこういうのだ。
「「アウローラ様の隣が一番安全ですから」」
その言葉を聞いたアウローラは何ともむず痒い気持ちになったのだが、追従してきてくれている騎士が不快な思いをしてしまったのではないかとちらりと様子を伺ったが、彼等も何故か「アウローラちゃんなら確かに」などと納得しているようだった。それ以降、プラティヌム伯爵邸に着くと追従している騎士は後で迎えに来ますからと言って城下町の警備に戻るようになった。勿論許可は貰っているようだったが、こちらをあまりに信用しすぎではないのかと思ってしまう。
さらに事件以降、プルヌスが頻繁にプラティヌム伯爵邸に現れるようになった。
滞在時間は数時間といったところだが、その間しっかりと皆の魔法についてアドバイスをくれる。今までアウィスが教えてくれていた基礎があったために、皆の魔法の腕はかなり上がった。
さて、レウィスなのだが、彼はあの後セレーニーティ男爵に疑ってしまった謝罪を受けたらしい。そしてそのままセレーニーティ男爵家で働いている様だ。
彼の剣の稽古をどうしようかと考えて早数日。今日は全員が用事があり、家に来れない日なのだが、ソルバリアと共にプラティヌム伯爵邸へと姿を現した。ソルバリアからアルスに対して面会の事前連絡はあったのだが、レウィスと共に現れるとは思わず、昼前にアルスに書斎へ呼ばれ部屋に入った時とても驚いてしまい、「え!?レウィス!?」などと素っ頓狂な声を上げてしまい、アルスに小さく怒られてしまった。
来客用のソファに腰掛け、レウィスを見るとすっかり緊張してしまっている様だ。
まぁ確かに、と思いながらアウローラは横目で隣にいるアルスを見る。
内面はそうでもないが、見た目は結構怖い。
いや、厳しそうな人という印象を受けるだろう。
ミールスがお茶の用意をして、アウローラの後ろに立つとソルバリアが口を開く。
「アルス第一騎士団長。書面で申し上げた通りなのだが、実はこの少年に剣の手ほどきをお願いしたい」
何故ソルバリアが、とアウローラは驚いたが、顔に出さずにただちらりとアルスの様子を伺う。しかしながら、相も変わらず彼の表情は読めない。眉間に皺を寄せたまま、アルスは口を開く。
「先日の事件の概要は娘から聞いた。そちらの彼の事もだ。実はソルバリアから話が来る前に、彼の件は娘から騎士団の練習に入れさせてもらえないだろうかと言われた」
「ならば!」
「だが、そちらの彼は平民で、しかも学園に通っていないという。申し訳ないが、騎士団の練習に入れることは出来ない。ということは、第一騎士団長である私が、手ほどきをすることは出来ない」
アルスはきっぱりという。
アウローラは帰宅後すぐに事件の概要、そしてプルヌスから得た情報を全てアルスに話をした。それはただの方向苦ではなく、これから起きるだろうことの相談を含めての報告だ。
これから起きる事、現在はゲーム開始前であり本来のシナリオより逸脱してしまっているために、全て前世の経験やアウローラの経験による予測でしかないのだが。ちなみに、アウローラが相談した内容はこうだ。
ゲーム開始前までにシナリオを改変したことによる起こりえる現象。所謂、本来のシナリオに戻ろうとする強制力だ。ゲーム開始時点までに、何らかの事件によって聖女二人の仲が引き裂かれてしまうことがあるかもしれないし、レウィスが犯人の手に落ちるかもしれない。
考えた末にアウローラはアルスへとこう提案をした。
「事件の発生とプルヌス先生の情報を踏まえ、城下町の表立った巡回を増やすことはお止めください。恐らく攻撃的な人物の刺激になってしまいます。ですが、これは表立っての話です。騎士服ではなく、普段の服装で町を巡回してはどうでしょうか?普段の服装であれば、人々に紛れて異常を感知することができるでしょう。さらに水面下で情報収集を。例えば、お酒の席では口が軽くなり、記憶も曖昧になります。ですので酒場や、女性の騎士団員であれば喫茶店や商店街で周囲の人たちの噂話に耳を傾けるのもどうでしょうか?」
前世で言うところの私服警官というわけなのだが、こちらの世界では職務をする時は制服だという固定概念がある。アルスは僅かに唸りながら「会議にかけてみよう」と言っていた。後で話を聞くと、採用されたようだ。
話を戻すが、その時にレウィスの話もした。彼はもしかしたら、弟が利用されたために犯人が接触してくる可能性もある。そのために自分で身を守れるように剣の稽古をつけさせたい。騎士団の練習に入れ冴えてもらえないだろうかと。その時も先程ソルバリアが言われたようなことを言われて、アウローラは引き下がった。
「だが」
アルスはソファに背中を沈める。
「少し事情が変わってな。実は―」
「たっだいまーかえりました!」
バンっという音がして書斎の扉が開かれたと思うと、明るい声が書斎に響いた。その声に聞き覚えがあり、アウローラが後ろを振り返ると、そこにいたのは騎士団の制服に身を包んでいるカエルムだった。
「お兄様!?」
「っ!?」
アウローラが思わず声を上げると、カエルムは一瞬目を丸くして固まるとすぐにぱあっと表情が明るくなり、アウローラは嫌な予感がして顔が引きつってしまう。無言のまま彼は近づくと、アウローラの顔を笑顔のままわしゃわしゃと撫でまわしてから抱き着いて来た。
「愛しの妹!あー暫くぶりではないかー!相も変わらず可愛いなぁ美しいなぁうんうん。少し瘦せたけれど、顔色もいいし、背も伸びた!良い事だ!」
「お・・・お兄様・・・苦し」
騎士団の遠征討伐部隊に配属されているカエルムが家に帰ってくるのは本当に久しぶりであり、細いが見るからに以前よりも筋肉質になっている。そのため、力が強い。
後ろに立っているミールスが「カエルム様」と言いながら、彼の首根っこを掴んで軽々と引き離す。するとカエルムはケラケラと明るく笑いながらミールスに言う。
「君も相も変わらず強いなぁ!うーん?あれ?ミールス以前より力強くなってない?あ!手合わせしよう!」
「後でしたらよろしいです」
「やった!」
「―が、少し落ち着いてくださいませ。当主様のお顔をご覧くださいな」
「あーとても呆れてるね。あははは。というか、お客さんか!ソルバリア、久しぶり!そちらの君は初めまして!カエルム・プラティヌムと申します。気軽にカエルム君って呼んでね」
以前よりも元気さが増したカエルムはレウィスの両手を取るとぶんぶんと握手する。その勢いに気圧されてしまったレウィスはというと「ど・・・ども」としか言えなくなってしまっている。
アルスはというとすっかり呆れ、額に手を当ててしまっている。
彼は外では完璧なのだが、家だといつもこうなのでもうあきらめるしかない。なんというか、剣の腕も頭脳も一流であるというのに、家だとただ明るいだけの人になってしまうのだ。
彼の友人と話す機会が何度かあったのだが、友人の前でもその仮面ははがさずに完璧人間であるというのに、家の中に入った途端こうなので、カエルムは、本当は双子なのではないかと疑問を抱いてしまうほどだ。
カエルムはミールスの隣に立って、ニコニコと周囲を見渡して「なるほどぉ」と呟く。
「この子が先日起こった事件の被害者の兄かぁ!うんうん。状況から見るに、犯人捜しの為に強く成りたいってとこかな。あー確かに、平民だと騎士団の練習とか剣術の稽古とか簡単には行かないかぁ」
「え?兄様、なんでそれを?」
騎士団の調書にはそこまで詳しいことは記されていないはずだ。カエルムは「んー?」と言いながら笑顔を向けてくる。
「だって、そうだろう?身内が被害に遭ったら犯人探したいと思うだろうし。うんうん。あ、もしかして彼のことを何で知ってるかって?それは調書に被害に遭った子の特徴書いていたし、それにソルバリアが連れて来たってことはあの黒頭関係ってことで、最近宮廷魔法士が出動した記録はその事件だけだしね」
数秒でそこまで状況を把握できたのは流石としか言いようがない。
そこまで言ってカエルムはぴたりと口を閉じて、じっとアルスを見つめた。すると彼は後ろからの視線に気が付いたようでため息をついて口を開いた。
「騎士団として稽古は出来ないが、プラティヌム伯爵家としては優秀な人材を育てる義務がある。よって、この愚息は長期討伐遠征を終えて1ヵ月ほど休養を貰っている。その期間であれば基礎訓練を彼から受けることは可能だ」
ソルバリアがちらりとレウィスを見て、レウィスは頷いた。それを見届けてからソルバリアは真っ直ぐにアルスを見た。
「それでお願いしてもよろしいだろうか?」
「任せて!1ヵ月で完璧に仕上げてあげるから」
カエルムが息まき、レウィスは「よろしくお願いするっす」と頭を下げた。
するとカエルムが「そうそう」と言いながら手を叩く。
「1人だけじゃ不安だから助っ人を呼んだから」
「助っ人?」
アウローラが尋ねると、彼はウィンクしながら人差し指を口元に当てる。
「秘密♪父上、昨日お手紙で記した通りの時刻らしいです」
「分かった。では、すまないがカエルム頼む」
「えぇえぇ勿論ですとも!あー久しぶりの指導官かぁー腕が鳴るなぁ!」
何やら楽しそうにしているカエルム。アウローラとしては、レウィスの剣術の稽古を自分がこっそりやろうと思っていたので少し残念である。あれやこれややらせたいことがあったのだが。
カエルムの指導方法を知らないアウローラはこっそりとアルスに尋ねる。
「お父様。お兄様って指導官としてはどうなのですか?」
騎士学校では成績優秀者が下級生の指導官を行う授業がある。カエルムは勿論指導官をしていたのだが、全く話を聞いたことがない。アウローラの問い掛けにアルスはこっそりと耳打ちする。
「学園関係者から話を聞いたところ、彼の指導を受けた人は短期間で上達するが、その授業を受けた後は皆死にそうな顔でへばっていたらしい」
「あー・・・」
どんな地獄の訓練をしていたのか。
まぁ覚悟は出来ていると言っていたし大丈夫か。
「じゃあ少年君。明日、日が昇る直前に伯爵邸の玄関に来てね」
「あ、え、は、はい!」
「では、申し訳ないがお願いする」
ソルバリアは頭を下げる。
まるで保護者の様だなと思いつつ、アウローラはそれを見ていた。
アルスは仕事の為、ミールスはお茶の片づけをするために書斎に残ったが、2人を見送るためにアウローラとカエルムはともに歩く。カエルムと訓練の話や雑談をしているレウィスは楽しそうですっかり打ち解けてしまった。それを静かに微笑みながらソルバリアは見つめており、思わずアウローラは彼女に尋ねた。
「ソルバリア、なんだかお姉さんみたいだね」
「ん?あ、そ、そうか?」
僅かに頬を上気させ、はにかむ彼女は可愛らしかった。先に進む2人の背中を遠くの様に彼女は見つめて、呟く。
「実はな、似てるんだ。レウィスが、昔、仲の良かった少年と」
初恋の人だろうかと思ったが、その寂し気な顔に何も言えなかった。
「見目は全く違うのだけれどな。あの子は赤毛だったし。だが、弟を想うところとか、実直なところがな」
「その子はどうしたの?」
「・・・死んだ」
「ごめん」
今まで聞いたことのない沈んだソルバリアの声に、反射的に謝ってしまう。すると彼女は首を左右に振る。
「謝るな。遠い昔の事だ。住んでいた村が、“化け物”に壊されてな。その時に、な」
“化け物”と言うのは魔物の事だろうか。
その言葉を言うときに、吐き捨てるようだったのはやはり、それに恨みがあるからなのだろうか。
アウローラはソルバリアの顔を覗き込むようにして尋ねる。
「それが、ソルバリアが剣士になった理由?」
アウローラの言葉に彼女が目を丸くしてから少し視線を泳がせた。そしてその後、自嘲気味に笑った。
「いいや、それがここにいる理由だ」
剣士になった理由は別にあるということだろうか。
ふと気が付くと、もうすでに玄関についてしまっていた。ソルバリアはレウィスに駆け寄ると、何言か会話してからカエルムとアウローラに振り返った。
「では、時間を取らせて申し訳なかった」
「アウローラ様!カエルム様!明日からよろしくっす」
「了解!じゃあね。明日から覚悟しておけよー」
「ソルバリア、じゃあね。また明日ね、レウィス」
手を振って行く二人を見送った後、カエルムはにっと笑ってアウローラの顔を覗き込む。
「彼、結構いい子じゃないか!クラースに嫉妬させないようにね」
「あーはいはい。それよりも、明日からの訓練私も手伝っていい?」
「それは構わないよ。というか、お願いしたかったから丁度いい!うんうん。1人より2人、2人より3人だねぇ」
うんうんと何度も頷くカエルム。その姿を見て、せっかくカエルムがいるのだから討伐の話をアウィスと共にお茶を飲みながら聞こうと思い立ち、玄関の外、庭や玄関の周囲を見渡す。
アウィスの姿は無い。
そう言えばと、今日はアウィスの姿をあまり見ていないような気がする。
いつもならば、割とすぐそばにいるというのに。
「誰かを探しているのかな?」
カエルムが尋ねて来て、何処に行ったのだろうと不安になりながらアウローラは言う。
「あの、アウィスが見当たらなくて」
「アウィス?あぁ!留学生の!それなら屋敷に入る直前に会ったよ」
「え?」
朝食を共にしたときに出かけるとは言っていなかったはずなのだが、いや、もしかして庭に出ているところに出くわしたということだろうか?
「どちらへ行ったの?」
「調べ物があるって。日が暮れる前に戻るって言っていた」
「・・・そう。ならいいわ。ねぇお兄様。討伐のお話を聞かせて頂戴な」
「!いいともさ!うんうん、じゃあミールスにお茶とお菓子を用意してもらおう!早速厨房へ行こうか!」
意気揚々と厨房へと走り去っていくカエルムの背中を見つめながらアウローラはゆっくりと歩いて行く。
最近、あのお茶会の事件があってからアウィスは何かを考えているようで、このように何も言わずに出かけることが多くなった。彼の事だから心配はいらないだろうが、これはゲームのシナリオから離れ始めている影響なのだろうか。
光の大精霊が簡単にやられるはずがないし、彼が黒幕であるということはあり得ないはずだ。しかし、彼が一体何を調べているのかは見当がつかない。
思いつく最悪の結末へと至るルートを何個か頭の中に残し、その打開策を歩きながら考える。もしかしたら、カエルムの討伐の話を聞いてまた何かを思いつくかもしれない。
だが、取り敢えず、とアウローラは足を止める。
「取り敢えず、何かあった時用に準備はしておくか」
彼女は目を細めて、呟いた。




