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騎士令嬢は掴みたい  作者: まつまつのき
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第1部-1話「アウローラ・プラティヌム」

遠い昔の話だ。

大昔“神”と呼ばれる存在がいた。

“神”は人類を繁栄させては壊す暴君のような人格であった。

そんな“神”はある日気まぐれにパテルとマーテルという存在を創り出し、息絶えてしまう。

代わりにパテルとマーテルは世界を創り直すこととなった。

パテルとマーテルは自分たちの力を織り交ぜ地水火風光闇という各属性を持つ精霊という存在を創り出し、世界を満たす力―“魔力”を精霊によって管理することとした。

こうして世界は均衡を保たれ生命が住める世界と成り、パテルは自分の体を大地へと変え豊穣を世界に与え、マーテルは命あるものを創り出した。

マーテルから産まれた者は全て魔力を操る“魔法”と呼ばれる力を使用でき、魔力を体内に取り込む術を身に着けている。

現在パテルは大地から、マーテルは空から世界を見守りこの世界の全てを愛し、精霊の長たる各大精霊は己の属性を持つ国を守護し続けている。


これが今の居る世界の所謂神話というものだ。

この世界にも歴史はある。

調べてみると数千年前に悪しき王を聖なる乙女と退治した勇者の文献も残っており、他にも歴代の国王が何を行っていたのか、他国との交流などなど、世界の歴史というものが確かにあるのだ。

そんなことを思いながらでかでかと少女がため息をついた。

ため息をついた彼女は群青色の薄汚れた訓練着を纏い、煉瓦の壁に凭れ掛かって目の前を行き来する男たちの姿―ではなくその向こう、砂色の土がしっかりと固められた広い訓練場を見つめている。

レモンイエローの艶やかな腰まである髪を乱雑に一つに結い上げ、潤んだブルーグレーの瞳は鋭い視線を前に向けている。

顔立ちは美しく肌も透き通るように白い。立ち姿にも気品があり、もしフリルのあしらったドレスを身に纏っていたならば、誰もが振り返る様な少女であることだろう。

彼女の名はアウローラ・プラティヌム、現在の年齢は9歳。

騎士団のエリートと謂われる第一騎士部隊隊長であるアルス・プラティヌムの娘であり貴族、誇り高き“騎士”の役目を担う伯爵家の令嬢だ。

そんな彼女がいる場所は、白磁の豪奢な王城に隣接する赤煉瓦で造られ、古びているが手入れの行き届いている3階建ての長方形の建物で、5つの部隊がある騎士団の訓練所であり宿舎も兼ねている騎士団の屯所のような所だ。

アウローラが見つめている訓練場では、彼女と同じ群青色の訓練着を纏った男たちが、訓練刀と呼ばれる殺傷能力を削いだ見た目はただの鉄製の刀剣と変わらないそれを使い模擬戦を行っている。

彼女の腰のベルトにも、同じサイズの訓練刀が鞘に収まりぶら下げられている。柄は彼女の血だろうか、赤黒く変色してしまっていることから、彼女が長期間訓練していることが伺える。

本来彼女ほどの年齢は屋敷の中で礼儀作法や15歳で入学する国立教育学園までの基礎学習などで過ごすものだ。しかしながら彼女は基礎学習をすでに終了し、基本的な礼儀作法もマスターした。まだ国で決められた社交界などのパーティに出席するような年齢にも到達していない。

何故、端から見れば貴族の令嬢として完璧である彼女が騎士団の男性と共にこの場所にいるのか、それはこれまでの彼女の人生に起因する。


彼女は“転生者”と呼ばれるものだ。

彼女はこの世界とは正反対の神秘とは程遠い科学が発達した世界にて事故によって死亡した、のだが、激痛の果てに目を開いたら映像作品でしか見たことがない様な豪華絢爛な天井が目に飛び込んできたものだから驚愕した。さらに手や近くに備え付けられた鏡を見て自分が何とも可愛らしい赤ちゃんの姿になっており、一周回って冷静になり「あ、これ転生したな」と状況を理解した。

自分で歩けるようになり、専属侍女であるミールスによって文字を理解するようになって屋敷の本を読み漁っていると、もう一つ驚きの事実が判明した。

この時の彼女も、全て察したように冷静で「うわまじか」という驚きを通り越して呆れのような声が出てしまったのだった。

判明した事実というものは、この世界は彼女の前の世界において機械を通して画面上のキャラクターを操作し物語や現実ではできないようなことを追体験する娯楽、つまりは“ゲーム”と呼ばれるものにて彼女が一度見たことがある世界であることだ。

ゲームの名前は「ヒストリア~光と闇の聖女~」で女性向けRPGである。

精霊が世界を守っており、魔法というものが存在する。そして現代とは少しばかり違う“貴族システム”というものもある。

ヒストリアシリーズは3部作であり、この世界は2作目。

1作目は異世界に呼ばれた少年が“マーテルの愛し仔”と呼ばれる少女と世界に戻るために旅をする物語。

2作目は光の聖女と呼ばれる少女が悪しき精霊を倒す物語。

3作目は光の聖女が光の精霊王と共に世界を救う物語。

この2作目は、1作目のRPG要素が強めとは打って変わって、各キャラクターのルートが存在し、エンディングも異なる。


内容はこうだ。

10歳の自身が本来持つ属性を検査する日、そこで“聖女の力”と呼ばれる地水火風光闇の全てに属さない力を持った少女が二人発見される。

本来人間が二つ持つ属性のうち一人は光を持ち、もう一人は闇を持つため“光の聖女”“闇の聖女”と呼ばれるようになる。2人は当初仲が良かったのだが、とある事件において仲は引き裂かれてしまう。

5年後、2人は国立教育学園にて再開するが、“闇の聖女”は昔の面影はなく主人公である“光の聖女”に対して辛く当たる。

そして学園内で事件が立て続けに起こり、それを攻略キャラクターと共に解決していくうちに“光の聖女”は“聖女の力”を解放する。

その事実に“闇の聖女”は嫉妬し、とある男の甘言に惑わされ禁則魔法である“大精霊との同化魔法”を使用し闇の大精霊と同化し、“光の聖女”を殺そうとしてしまう。

最後“光の聖女”は攻略キャラクターと協力し、彼女を倒す。

といったものだ。

攻略キャラクターは全員で5人。

舞台であるこの“光の国ニテンス”の第二王子と第三王子、公爵家ご子息、伯爵家ご子息、光の大精霊の5人であり、仔細は省くか主人公と共に過ごしていくうちに恋に落ち最終的に婚約する。ちなみに、各キャラクタールートに進むと他の攻略対象は良き友人として攻略対象と主人公の恋を応援する立場になる。アウローラは生前光の大精霊ルートを完走したわけではないため彼とどういう終わり方をしたのかは知らない、が、次回作で共に旅をすると言うあらすじがあるので恋仲にはなるようだ。

しかしながら彼女が先にプレイした弟から話を聞いた限りでは、全てのルートで決まっていることがある。


『闇の聖女はラスボスであり、エンディングでは必ず死亡している』

『アウローラ・プラティヌムは死亡する』


さてお気づきの通り「ヒストリア~光と闇の聖女~」という世界の主人公はアウローラではない。

主人公は心優しく落ち着いた白銀の髪を持つフロース・クリュスタルスという少女で、ライバル役は高飛車なダークグレーの髪を持つルミノークス・セレーニーティという少女だ。

アウローラはというと、2人の共通の友人で脇役。しかも、各キャラクタールートに入る前の共通ルートの終盤で必ず事件に巻き込まれて死亡してしまうのをいいことに、攻略対象の伯爵家ご子息と婚約関係にある。さらに言えば、共通ルートでゲストメンバー入りするこのアウローラ・プラティヌムだが、主人公より何倍も強く、さらに成績優秀で剣術も腕がいいため当初は『彼女が黒幕なのでは?』などと囁かれ、劇中でも大人しい優等生でありながら夜間に出歩くなど不穏な動きも多かった。

光の大精霊ルートで黒幕が判明するのだが、そこまでやっていないことを彼女はかなり悔やんだ。なぜなら、彼女はこの世界があのゲームの世界であると気付いたときからやりたいことが決まっていたからだ。


『ルミノークスとフロースが笑い合っている未来が見たい』


というものだった。

それに付属して魔法や剣を極めたいと思っているが、一番の願いはその一点だった。

ルミノークス生存エンドを各キャラクタールートで何度も何度も探しながらだったため光の大精霊ルートをやり損ねていたのだが、それほどまでにすれ違っていた二人がもう一度仲良くしているさまを見て見たかったのだ。

全てのルートの最期、ラスボス線最終段階で、ルミノークスは必ず同じ台詞を言うのだ。


『わたくしはもう一度フロースと仲良くしたかった。でも、綺麗になった貴女を見てお伽噺の聖女様の様な貴女を見て、わたくしは釣り合わないのだと、隣にいられないのだと。寂しかった、辛かった、貴女が憎くて堪らなくなった。わたくしは一体何に嫉妬したのでしょう?わからないの、苦しいの。だからせめて、貴女の手でわたくしを終わらせて』


彼女の言葉を聞いてフロースは涙を流しながら最終戦に臨むのだが、ルミノークスは一切攻撃をしてこない。ただ死を待つのみであるのだ。

そんなのはあんまりだ、とアウローラは今もなお思っている。

この未来を変えたい、そのためにはいったいどうしたらいいのか、熟考した末に出した結論はこうだ。


「なら、私が途中退場せずに2人の仲介をすればいいのでは?」


経緯は分からないが“2人の共通の友人”なのだ。すれ違っている2人の仲を取り持つなどたやすいことだろう。そのためにはまず自分が途中退場せずにしなければならない。

それからアウローラは父親に頼み込み5歳から剣術と魔法の修行をすることになったのだ。


現在アウローラの年齢は9歳。

当初持てなかった剣も自分の手足のように扱えるようになり、魔法も簡単なものならば使えるようなった。

魔法は剣術以上に複雑で、先生から色々話を聞いているがすべてを把握しきっているわけではない。先生はアウローラが自分の不甲斐なさを口に出すと笑いながら「普通9歳の子が全てを理解するようなことではないさ」と言ってくれる。

だが、劇中の彼女は色々な魔法を使いこなしていた。

早くそれ以上にならなければいけない。


「アウローラ!」


運動場の方から逞しいがスタイルのいいチェリーレッドの短髪の男性が手を上げ、声を掛けてくる。

重低音のその声に物思いに耽っていたアウローラの体は微かにびくりと跳ね、背筋を伸ばして「はい!」と返事をする。

周囲の男性達とは違い勲章を胸に提げ騎士団の制服をビシリと着こなした彼に近づくと、慣れた動きでアウローラは敬礼する。


「アルス第一騎士部隊隊長、お呼びでしょうか」

「あちらの準備がそろそろできるようだ。いつでも始められるよう用意しろ」

「はい!」


アウローラは腰にある剣を手で確かめながら風の具合、土の具合を目や手で感じ取る。その姿を見ていたアルスは小さな彼女の肩を叩いて小声で耳打ちする。


「あいつにあんまり怪我させるなよ」

「えぇ、わかっています。お父様」


ウインクをアウローラはアルスに返すと彼はアウローラと同じブルーグレーの瞳を細め、口の端を上げた。そして自分の娘である彼女の頭を数回撫で、するりと離れた。

見物人が運動場を取り囲む中、アウローラは運動場の中心へと歩を進める。と、運動場の植木の向こうで何かが動いた気がしてそちらに意識を集中させる。


「あーまた来ているのね」


顔は分からないが、自分と同じくらいの少女のように見えるその影は、いつもアウローラと“彼”の模擬戦に必ず現れる。やはり注意した方がいいのかなと思うが、別にみられて困る様なものでもない。少し考えていると突如自分の名前を大声で呼ぶ声が聞こえて、苦虫を噛み潰したような表情でその方向へと顔を向ける。

訓練所の3階の廊下の窓を全開に開けて手を振る、サンオレンジのさらりとした肩で切りそろえられた髪を持ちパープルの瞳の気品のある少年とその手を振るのをやめさせようとしているライムグリーンのさらりとした髪で左の赤い瞳を隠し右の深緑の瞳を眠そうにしている少年がそこにいた。


「アウローラ!かんばってくれたまえー」

「ちょっと兄さん、邪魔になるから!」


アウローラは見なかったことにして前を見る。何やらサンオレンジの彼から無視したことへの不満げな声が聞こえてきたが、再び虫をする。

少しして、騎士の男たちの隙間からアウローラと同い年ほどの少年が現れた。

癖毛なのかブロンドの髪は所々外側に跳ねており、ブルーグリーンの瞳はキリリと吊り上がっているのだがキツイ印象はない。中性的ではなく、男性的な美少年といった風体なのだが、その身を包んでいるのはアウローラと同じ薄汚れた訓練着だ。鞘に入れている訓練刀をベルトに提げることなくそのまま右手で持っている。

彼はアウローラの前に立つとふっと笑った。


「今日こそは俺が勝つからな」

「クラース、そう言って勝ったことがあるっけ?」

「うるせぇ」


肩を落として彼は視線を逸らす。


彼の名はクラース・アルゲント。

第二騎士部隊隊長であるワーレンス・アルゲント伯爵の息子。彼も貴族であり伯爵、そしてアウローラの婚約者でもあり、攻略対象の1人である。

婚約とかそういうものはアウローラにとってはどうでもいい話であるため、いずれフロースと恋仲になるという可能性に関しては「あーはいそうですかー」くらいにしか思っていない。というか、他にやらなければならないことが多すぎて婚約内定した7歳の頃からずっと彼を放置していた。のだがある日、彼がわざわざアウローラをこの訓練所まで探しに来たのだ。

丁度その際アウローラは腹部に軽いけがを負い、早く治療したいために話を早く切り上げるようとポロリとクラースが近い未来素晴らしい女性と出会い、恋に落ちるという話と自分はクラースに全く気がないことを話してしまった。それを聞いてクラースは「婚約者がいる身で他の女性に目移りするわけないだろう!」と断言し、更には「お前を絶対惚れさせてみせる!」などという宣戦布告をされ、そのために強くなるとアウローラと共に剣の稽古をすることとなった。

アウローラとしてはクラースも当事者の為強くなってくれるのは有難いのだが、彼のルートでアウローラと一緒に剣術の稽古を下という話は全く出ていない。それに、クラースは劇中で「アウローラは妹みたいな大切な存在」と主人公に話をしていた。大切であったが、恋愛感情は全くなかったと。過去に惚れさせる云々の話も出ていないのだが、まぁ、今のアウローラにしてはそれもどうでもいいことだ。


さて、とアウローラは腰に提げている訓練刀を鞘から引き抜く。

空を切り、柄を両手で持ち構える。


「これで私が勝ったら10戦10勝ね」

「連勝記録をここで止めてやる」


クラースも剣を抜き、鞘を放り投げて片手で構える。

白く輝く陽の光が、両者の剣へと降り注ぐ。

2人は見合い、沈黙する。周囲の野次馬たちも固唾を飲んで開始の合図を待つ。

すると先程のアルスが2人へと近づき、手を上げる。


「両者、これは模擬戦である。だが、実践と思い躊躇わず剣を振るように。では、始め!!」


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