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騎士令嬢は掴みたい  作者: まつまつのき
37/86

第1部-30話「あの日の君」

激務終わりました。

少し投稿ペースを上げていければなと思っております。

闇の大精霊消失3日前―


白磁の城の一番頂点。城下町が一望できるほどの高いその場所に、光の大精霊は腰を下ろしていた。

別段高い所が好きというわけでもないし、何かを見下ろしたいというわけではない。ただ、ここにいればこの国の外が見えるような気がするので、この場所にいるだけだ。

ふと、視界が暗くなり目に何か温かいものが触れる。そして明るくおどけた声で「だぁれだ?」と尋ねてくる。既に分かり切っているために名を答えるのが億劫になりため息をついてなにも答えずにいると、後ろにいた人物がしびれを切らして手を離し、目の前に現れずいっと顔を近づけてくる。


『ちょっと兄さん?少しは乗ってくれたっていいじゃないの?』


人間だったころと変わらない漆黒の瞳に真っ直ぐに見つめられて、光の大精霊は視線を逸らす。


『この国の守護精霊ではない君がなぜここにいるんだよ。闇の大精霊』


ふいっと顔を逸らして光の大精霊は彼女に問いかける。

腰まである黒い漆黒の髪が風になびいて彼女の顔に張り付く。光の大精霊の問いに答えずに彼女はその髪を整えて、さらに、三つ編みにしてハーフアップにしているその髪を整えだした。光の大精霊はそっぽを向きながらため息をついて、膝に肘を乗せて頬杖をつく。

高所だからだろう、風が強く、彼女が身に着けている黒く露出の少ない豪奢な法衣がバタバタと靡く音が耳につく。その法衣は光の大精霊と形は同じであるのだが、光の大精霊の物よりも体のラインがぴったりとしている。ちらりとその法衣を見て作った人間の姿を思い出して吐き気を催しながら、闇の大精霊が目の前からどくのを静かに待つ。

髪と衣服を整えた彼女は、光の大精霊が向いている方向とは逆の方向に腰掛けて、背伸びをする。


『やっぱり光の国は明るいねー!いや別に、闇の国の夜が多い感じも好きだけど、元々は陽の下で育ったからこっちの方が安心するんだー』

『そうか』

『うん』


2人の間に沈黙が流れる。城下の喧騒から離れたこの場所には人の声が届かない。風の音だけが、2人を包み込んでいる。


『やっぱり。この目を見るのは嫌?』


闇の大精霊の言葉に、光の大精霊はピクリと体が動く。暫しの無言の後、光の大精霊は正面へ向き直り、空を仰いだ。


『別に。ただ、お前こそ嫌ではないのか?この目』

『んーん。別に。だって目の色が同じじゃなくても、兄さんは兄さんだし。双子だったっていう事実は無くならないし。まぁでも』


闇の大精霊は少し眉を下げて笑う。


『ちょっっと。寂しいかな?』


闇の大精霊は立ち上がって、空の上に輝くその光に手をかざした。昔は、手をかざすと見えていた自分たちに流れている血は、もう見えず、ただうっすらと光が見えているだけだ。


『光の大精霊はこの世界を照らす存在だから。大精霊の中でも特別に母なる大精霊マーテル様に愛されている大精霊だから。そのしるしとして、光の大精霊は他の大精霊と違って生きていた頃の色が全て初代の光の大精霊様と同じ物に置き換わる。それはとても素晴らしいことだし、誇らしいこと。でも、兄さんが、いつも隣にいた兄さんが私よりちょっとだけ先に行ってしまっているようでね。まぁでも、数百年たったら少し慣れて来たけどね』


にかっと笑う闇の大精霊はどことなく寂しそうに見える。

そんな彼女に、光の大精霊は何度目かの質問を投げかける。


『大精霊になって、後悔はしていないのか?』


光の大精霊の問い掛けに、彼女はふはっと笑いだす。そして、ぽんっと彼の頭の上に手を乗せる。


『いつも言うけれど。後悔はしてないよ。あの日、光の大精霊に選ばれた兄さんの手を離したくなかったし、闇の大精霊に選ばれて嫌がるあの子を放っておくこともできなかった。そのおかげて適性が低かった私は大精霊の中で最弱になってしまったんだけれどね。なんとか熱心な風の大精霊の指導である程度はものになったけど。いやぁ。意外とどうにかなるもんだね』

『・・・』

『適性が低いのに闇の大精霊を受け入れて苦しんでいる私の手を握ってくれてありがとう。兄さん』


光の大精霊は首を振る。

あの日、闇の大精霊に選ばれた子を妹は衣装を取り換えて逃がしてあげた。本来ならば、この時彼女を逃がしておけばよかったのだ。それなのに、彼女が来てくれたことに自分は安心してしまった。一緒に大精霊になる道を選ばせてしまった。

“後悔はしていないか”と言うのは、いつも彼女に対する問い掛けとして言葉に出していたが、それはもしかしたら自分に対する問い掛けなのかもしれない。


『実はいうと、後悔をしていない理由はひとつだけあります』

『なんだそれは?』


光の大精霊が問いかけると、彼女は笑いながら光の大精霊を指差して微笑む。光の大精霊はきょとんとした顔をしたが、すぐに吹き出して笑う。


『多分同じ気持ちだ』

『あら嬉し。まぁ願い事も同じだったからわかってたけれど』


人間が大精霊になる際は一つだけ願い事を叶えてくれる。制限はあるが、先代大精霊曰く大体の願い事は大丈夫らしい。しかしながら、2人は同じ願い事を願った。


“何かあった時に2人で連絡が取れるような力が欲しい”


願い事が受理されて、何らかの方法で阻害されない限り、2人で連絡を取り合えるようになった。といっても血が繋がっており、力の在り方が双子であり為に似たよっているためにほぼどんな時でも大丈夫だと先代の大精霊達は言っていた。連絡というのは所謂テレパシーというもので、どこにいるかもなんとなく分かったりする。そのため、闇の大精霊は光の大精霊が何処にいても場所がわかってしまう。それは、光の大精霊も同じだった。

幼いころから一緒で、どんな時も一緒だった。傍にいて当たり前の存在。仲がいいというよりも、彼女は自分で、自分は彼女という感じが正しい。勿論好みの差異はあれど、それでも彼女は自分の一部なのだ。

お互いに笑い合い、すると闇の大精霊が「あ」と声を上げた。


『そう言えば。風の大精霊が言ってたよ。今は何も起こっていないけれど、周期的には聖女が産まれるのが近いって。用心しとけーだってさ。ホント何でも知ってるよね。あの人』

『一番大精霊の中で古株だからな。ふむ、なるほど。一応警戒しておくか。そちらは特に何もないか?』

『ぜーんぜん。魔物は多いけれど、特に不可思議な事はないかな。“厄災”の気配もしないし』

『ならいい。何かあったら連絡をよこしてくれ』

『はいはーい了解。それじゃ、兄さんの顔見れたし帰るね』


くるりと踵を返してふよふよとのんびり空を飛んでいく彼女に『気を付けろよ』と声を掛けて手を振る。すると彼女ははつらつとした笑顔で振り返り、両手で大きく手を振って飛んでいく。ずるりと袖がめくれ細い白い腕が見えるが、彼女はそれを気にすることなく見えなくなるまで手を振りながら空を飛んでいった。

闇の大精霊は2日に1回は顔を見せに来る。それは殆ど数十分かそこらの時間であるが、長い年月を生きる2人にとってはなくてなならない時間だ。

どんなことが起ころうとも必ず欠かすことのないこの短い時間。

しかし、闇の大精霊はその日を境に姿を消した。


最後に闇の大精霊に会ってから3日が経過した。いつもなら数日で顔を見せに来る彼女が来ないのはおかしいと思い、闇の大精霊の気配を探す。しかし、どんなにしても探すことができない。感じられないのだ。

いつもの場所で闇の大精霊に連絡を取るが音沙汰がない。嫌な予感がして闇の国に足を運ぼうとしたとき、風に乗って風の大英霊が突如目の前に現れる。

今忙しいと一蹴しようと思ったのだが、いつもの適当な雰囲気ではなく真面目は表情に息を呑む。


『何があった?』


光の大精霊は声を絞り出して問いかける。嫌な予感が胸の中を渦巻いで、風の大精霊が自分の嫌な予感を的中させるような言葉を言わないようにと願った。その願い虚しく、風の大精霊はこう答えた。


『闇の国から闇の大精霊の加護が消えている』


ざわりと背中に悪寒が走る。

いつもの風の大精霊の明るい声ではないワントーン低い声に、事の重大さが感じ取れる。


『2人は双子で、お互いの場所を知ったり離れていても会話ができるという話をしていたよね。彼女は今どこにいる?何をしている?わかる?』


光の大精霊が首を振ると、風の大精霊は大きなため息をついて前髪を掻き上げた。そしてそのままじっと光の大精霊を見る。考えを読まれているようで居心地が悪い。


『嘘をついてはいないね?』

『何故嘘をつくというのだ?』


何を言い出すのかと光の大精霊は目を見開くと同時に怒りが沸々と湧き上がる。今自分自身も彼女の心配をしているというのに、何故彼女の居場所を知らないなどとうそをつかなければならないというのだ。


『昔あったからね。大精霊が一人いなくなって、その理由を隠していた大精霊が犯人だったってことが。まぁ、違うならいい。まず最初に他の大精霊達に声を掛けて闇の国の加護を張り直さないと。闇の大精霊の居場所を探るのは後』

『なっ!!何故あと回しにする!まず捜索が先だろう!!』


光の大精霊の言葉に風の大精霊の鋭い視線が飛んできた。いつもとは違う雰囲気に圧倒される。


『闇の国の守護は完全に消失していないからまだあの子は生きている。生きているならばどうとでもなる』

『なんだその言い方は!』

『先代のあの子達はそのこともちゃんと受け継がせたはずだけど。あぁあの子等は優しかったから、きっと2人の絆を優先させたんだろうね。憐れな』


風の大精霊の言葉に怒りで真っ白になり、いつの間にか殴りかかっていた。しかしながら、大精霊歴も長ければ戦闘力も強い風の大精霊に敵うはずもなく、すぐに腕を捻り上げられてしまう。


『今まで何もなく平和なぬるま湯に浸かった結果がこれか?ったく。いいかい光の大精霊。妹が大事なのはわかるけれど、大精霊になったのならば優先するのは個の感情ではない。この世界の人間が、この世界が壊れないように守ることを優先だ。わえ達はそういうものだ。歴代の記憶がそう言っているだろう?』

『そ・・・れは・・・』


捻り上げられ痛む腕。だが、それよりも胸がとても痛んでいた。

今すぐ妹を探しに行きたい、世界を守護する者として人を守らなければいけない。自分の感情と歴代の光の大精霊の記録と根底が渦巻き胸が苦しく痛む。

ぎりっと奥歯を噛みしめる。すると風の大精霊がパッと腕を放して、指笛を拭いた。すると、様々な属性の小精霊達が集まり風の大精霊に尋ねる。


『何の用―?』

『遊ぶ?お出かけ?』

『風の大精霊久しぶりー』

『るんるん』


口々に言葉を発する小精霊達に風の大精霊は微笑みかけていう。


『皆にはミッションを与えます。必ず完遂して、光の大精霊に報告してください』

『おー!』

『お仕事だ!』

『はいそうです。お仕事。まず火、水、土は自分の大精霊に闇の国へ緊急招集の案内を。風と闇は共に闇の国の偵察に行ってきて。光はここに残ってわえ達の補助を』

『了解―』

『いくぞーいくぞー』


風の大精霊に言われた後意気揚々と小精霊達は散り散りに飛んで行ってしまう。光の小精霊はふよふよと周辺を漂いながら何か言われるのを待っている。風の大精霊は光の大精霊に振り返り、まだ自分の気持ちに整理がついていない光の大精霊の頬を思いっきり叩いた。突然の痛みに光の大精霊は叩かれた頬を押さえる。


『シャンとしろ。大精霊は世界そのものであって、上に立つ者だという自覚を持たないといけない』

『・・・わかった』


光の大精霊は風の大精霊を睨み付ける。


『闇の大精霊を諦めるつもりもない』

『それは同感。だけど、慎重に、だ』

『わかっている』


素っ気なく光の大精霊は言い『とりあえず闇の国へ向かう』そう言って、空を駆けていった。

闇の国に辿り着くと既に他全大精霊が揃っていた。


『何があったというんだい?』

『おいおいおい。闇の大精霊が消えたってマジか?』

『でも、光の大精霊と闇の大精霊はお互いの場所がわかるのでは?』


光の大精霊は風の大精霊と共の現在の状況を説明する。そして、まずは闇の大精霊の不在が長期化することを予測して他の全大精霊の力を織り交ぜて守護を張り直す。そのために闇の大精霊の守護を一度消さなければいけないのだが、それでは闇の大精霊が武士なのか分からなくなってしまうので、その守護を補強する形で大精霊の力を込めた。闇の大精霊の力が減退していくことを考え、光の小精霊に守護を見守らせ減弱したときに再び全員で補強するという形となった。

やったことがあるということで全て風の大精霊の案だった。


『知識としては知ってるけどよ。守護って消えたら実際どうなんだ?そこら辺の記録曖昧なんだよ』


事が済んだ後に火の大精霊が風の大精霊に問いかける。

あの怖い雰囲気は既に消えていて、いつもの風の大精霊に戻っていた。


『まず魔物の狂暴化。土地の枯れ。水脈は濁り、魔力は停滞するってところかな。大精霊の守護がないってことは、母なる大精霊マーテルと父なる大精霊パテルの守護ももらえないということだからね』

『うわまじか。なら尚更オレ達が守らなきゃじゃねぇか』


火の大精霊は苦虫を嚙み潰したような表情で言う。やはりこんななりでも大精霊なのだなと光の大精霊は感心していると、ふとフェーリークが問いかけて来た。


『今も、何処にいるか分からないですか?』

『もしかしたら、闇の国が近いしうまくつながるかもしれないよ。やってみな』

『・・・わかった。やってみよう』


土の大精霊に促され、もう一度連絡が取れるかやってみることにした。


『・・・さん?兄さんなの?』

『つなっ・・・今どこにいる!?』


いつもなら頭の中で会話をするのだが、思わず声を出してしまう。その声に、他の大精霊達が反応し固唾を飲んで見守っている。


『わからない。でも、暗い。誰かに連れてこられて、私の力が欲しいって。嫌だって言っても、変な感じがして無理矢理力を引き出されて・・・魔法を使おうにも、なんか、うまい具合につながらなくて・・・怖い・・・怖いよ、兄さん』


今にも泣きだしてしまいそうな彼女の声を聞き、安心させようと声音を優しくする。


『大丈夫。必ず見つけ出してやるから。連れ去られた時の状況は?』

『わかんない。ただ』


何かを言いかけて、突如として闇の大精霊の悲鳴が上がる。


『どうした!?おい!!』

『ご、ごめんなさい!痛い、がっ・・・嫌だ、嫌、来ないで!嫌、嫌嫌!ごめんなさい、ごめんなさい。刺さないで・・・たすけ』


ぶつりと何かが切断されるような音が聞こえて、闇の大精霊の連絡が途絶えた。自分自身の呼吸が浅くなっていくのが分かる。今にも世界中を死に物狂いで探し出しそうな衝動を抑えて、息を吐く。振り返って、闇の大精霊の状況を全員に話した。


『・・・・どこかで捕まって。今は場所が分からないそうだ』


先程の悲鳴は言わないで置いたが、他の全員は何やら状況を察したようで深刻な面むちになる。


『助けようにも情報が少ないねぇ』

『それに大精霊だけで動くとなると、少しばかり世界的によろしくないですね』

『だからってどっかの国に協力依頼しても、その国が黒幕だったり、大精霊が動いていることが敵に知られちゃぁ闇の大精霊壊されちまうもんなぁ』

『しかも相手は大精霊を鹵獲する力を持っているから、大精霊全員捕まりましたーとかシャレにならないよね』


唸る大精霊に向かい、光の大精霊が言を決していう。


『・・・待とう。この状況を打開してくれる人間を』

『打開してくれる人間って・・・あ!聖女ですか?』


水の大精霊が声を上げて、光の大精霊が頷いた。


『これは世界の危機だ。恐らく聖女が現れる。そして聖女と協力して闇の大精霊を救う。それしか方法はない』

『だけど・・・いや、いいや。うん、お前が決めたならそうでいいや』


火の大精霊が力なく笑う。光の大精霊は彼に頷き、そして今度は風の大精霊に向き直った。


『風の大精霊。場所が分からないが、何とかして闇の大精霊に魔力を与える方法はないだろうか?少しでも、彼女を助ける可能性を上げるために』

『うーん・・・方法ねぇ・・・うーん・・・』


風の大精霊は顎に手を当てて考え込み唸る。少しした後に、『あ』と声を上げて手を叩く。


『この結界を利用すればできるかも。守護は少なくてはダメだけど、多くてもダメ。守護かける魔力が多すぎると自分に返ってくる。闇の魔力は小精霊達に頼むとして。うん、大丈夫。できるよ』

『ではお願いする』

『任せて。でも、これは延命措置のようなものだし小精霊達の力も無限ではない。だから、ずっとは出来ないから』

『わかっている。その間に聖女に救ってもらう』


風の大精霊はその言葉に頷き、闇の小精霊達を引き連れて闇の国に近づいて行った。

風の大精霊に頼りっぱなしのような気がするが、歴の長いあの方に頼むしか方法はない。そして、自分たちは待つことしかできない。


『一応こちらでも何か情報がないか調べてみますね』

『オレもそうするぜ』

『こちらもそうするかねぇ。それじゃ、また後で』


大精霊達は口々にそう言って飛び去っていく。

待つことしかできない歯がゆさを紛らわすように、風の大精霊に何かできないかを光の大精霊は聞きに行く。

ただ妹の無事を祈りながら。


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