第1部-29話「事件後、夕刻の部屋にて」
日が落ち始め空は橙色に染まりかけているのだが、未だ全員セレーニーティ男爵邸に留まっていた。というのも、確実に聖女を狙った犯行でありプライベートとはいえ王族が参加しており、操作系統の魔法で人間を操ったとなればちゃんとした現場検証を行わなければならない。勿論現場検証は当事者に当時の状況の話を聞くことも含まれている。
ソキウスが警備を行っていた騎士達に子供達だけでも家に帰すべきではないかと打診したのだが、例外はないと一蹴されてしまっていた。
現在ワポルとレウィス、ルミノークス以外のアウローラ達は屋敷の中でも広い方の客室で待機している。あの後すぐにこの部屋に移動したため現場検証というものは何をしているのかは分からないが、扉の前で警備をしている顔なじみの騎士に尋ねると宮廷魔法師士がやってきているのだという。プルヌスだろうかとアウローラは期待したが、どうやら違うようだった。
アウローラは部屋を見渡す。あれから数時間経っているので、全員落ち着いてはいるが、やはりあの光景はすぐに頭の中から消えてくれないようで表情は暗く沈んでいる。いつもはおしゃべりな少年たちも、今はただ静かに窓の外を見つめていたり俯いていたりしている。アウィスでさえも、ただ静かに物思いに耽ってしまっているのだ。
フロースは疲れてしまったのかアウローラの肩に寄りかかり整った寝息を立てているが、眉間に皺を寄せたままだ。
すると、コンコンという控えめなノックが聞こえてガチャリと扉が開く。浅い眠りだったのだろう、フロースがその音でゆっくりと目を開いて扉を見る。
入ってきたのは、ワポルとレウィス、ルミノークス、そして、その後ろにいる人物にアウローラが目を見開く。
「プルヌス先生!?」
「はいはーい。こちらもいますよん」
「無論、私もいる」
「アルメニウムとソルバリアまで!?」
いつもの通り黒い頭のプルヌスとひらひらと手を振るアルメニウム、ソルバリアはいつもながら堂々とした面むちだ。最近は殆ど手紙でのやり取りだったために会うのは久しぶりだ。アウローラは抱き着きたくてうずうずしたが、ワポルやレウィスがいるためやめておいた。すると、プルヌスは無言のままアウローラへと近づくとひょいっと軽々と抱き上げて、幼子にするようにくるくると回りだした。
「いやぁ久しぶりだね我が愛弟子アウローラ!手紙はしているものの、やはり実物は本当に素晴らしい!少し背が伸びたようだ、良い事、とても良い事だね!」
「ちょ・・・先生!!もうそんな歳ではないですよー!!」
嬉し恥ずかしといった感じで赤面してしまうアウローラは抵抗するが、彼の力はかなり強いため振り解くことはできないし離れることもできない。段々と目が回って行くなか、バシンっという中々いい音が部屋に響き渡りプルヌスの手が離れる。
「ひゃっ」
「おっと・・・大丈夫か?」
それをキャッチしたのはクラースだった。クラースに背中を支えられ、彼の胸に頭を付けるように顔を上げて笑いかける。
「はは・・・助かった、ありがとう」
「いーえ」
クラースはどこか自慢げに笑い、アウローラの背中を押す。乱れた衣服をアウローラは払って戻し、前を見ると、頭の部分を押さえているプルヌスが小さく蹲っていた。その後ろには腰に提げていた鞘に納められている剣を肩に乗せて胸を張っているソルバリアが立っている。
「痛いじゃないか・・・ソルバリア・・・」
呻く様なプルヌスの声に、ソルバリアがため息混じりにその頭を何度も軽く鞘で叩く。
「もう少し一般常識というものを身に付けたらどうだ?この弟子馬鹿が」
続けてソルバリアが説教をし始め、ルミノークスとワポル、レウィスがそぉっとそれから離れていく。アルメニウムはというと、楽し気にそれを近くでニコニコと見つめていた。
ルミノークス達は離れ終わると、レウィスが小さくルミノークスに尋ねる。
「お嬢様、本当に宮廷魔法士のプルヌスなんすか?」
「えぇそうですわよ。驚きですわよね」
「いや、何というか、噂と全然違うっすね。聞いた話だと凄腕で厳しくて怖いって話だったんすけど・・・」
説教を終えたソルバリアが深く長いため息をついて、扉の隣の壁に寄りかかる。
「説教は以上だ。では難しい話は任せる」
「ほいほい、お疲れー」
アルメニウムはよっと立ち上がって、ぐいっとプルヌスの腕を掴んで立たせる。まだ痛いのか叩かれた部分をポリポリと掻いているプルヌスだが、立ち上がると咳ばらいをして話始める。
「えーまず最初に。君達、お疲れさまー・・・・」
話始めるかと思いきや、部屋を見渡して彼は首を傾げた。
「公爵子息がいるね。これはまた凄い」
「お久しぶりね。プルヌス宮廷魔法士様。ご機嫌はどう?」
やはり知り合いのようで、ひらひらと手を振ってウェリタスは応じる。プルヌスは軽く「まあまあ」と答えて、今度はアウィスに視線を向けた。そして、つかつかと近づくとその顔をがしっと掴んで「ん~???」と声を上げて凝視した。流石にアウィスも戸惑いながら、尋ねる。
「な、なんだ?初対面のはずだが・・・」
「君、人ではないね。見たことある・・・あーなるほど。光の大精霊だね、君」
「な!?」
「あ、そうだね。わー気が付かなかった」
プルヌスの横からひょいっと顔を出したアルメニウムも感嘆の声を漏らす。
一体どういうことだと事情を知っている者たちは顔を見合わせ、知らない人は何が何だか分からないといった表情で狼狽えている。アウィスはというと警戒心露わに彼を睨み付けているが、その表情を見てプルヌスは顔を話して首を振る。
「別にどうこうというわけではないし、正直、これからの話をするにあたって好都合で良かったよ。それに、うん、誰とも契約をしていないようだね。アウローラと契約していたらどうしようかと思ったよ。聖女と契約していないのはちょっと意外だけれどね。あ、そうそう。隠れている大精霊達も姿を現していいよ。研究の為に君達を捕まえるようなことはしないから」
楽し気な声でプルヌスがそういう。つまり、彼は全てをお見通しというわけだ。
アウィスは空中に漂っている大精霊達に目くばせをすると、彼等は頷いていつもの縮んだ頭身ではなく本来の姿で実体化した。ワポルとレウィスは驚き口を大きく開けているが、ソルバリアもアルメニウムも、勿論プルヌスも驚いた素振りなど見せなかった。
アウィスの存在は彼自身を大精霊だと知っている人物及び彼が一番縁深い人物、この場合はアウローラでありその彼女から彼が大精霊だと教えてもらった人物か本人が、自分自身が大精霊であると口外した者にのみ、彼を光の大精霊だと認識をすることができる。プルヌスとの文通においてアウィスが光の大精霊だと伝えていないし、そもそも、手紙や文面で報告してもアウィスが光の大精霊だと気付くことは出来ないはずなのだ。
他の大精霊達は自分の存在を隠すことができる。この世界そのものであるため世界と同化するに等しいため通常は見ることは出来ない。
勿論、これまでのことは普通ならばということだ。プルヌスは他の国からも一目置かれるような宮廷魔法士であり、実力は計り知れない。言うなれば規格外の人物である。
大精霊達は実体化した後に、プルヌスに明らかに警戒の眼差しを向けている。すると、アウィスがアウローラの傍に近づいて耳元に口を寄せる。
「アレ等は何者だ?」
「えっと・・・プルヌス先生は私の魔法とかいろいろな事の師匠で、昔から可愛がってくれている人だよ。王城専属の魔法士で、彼がいなくてはこの国の守りが危うくなるってくらい凄い人。アルメニウムは錬金術関係で彼女の右に出る者はいないって言うほどの実力者で少し変わり者。ソルバリアはプルヌス先生の護衛で、とても強いんだ」
「・・・皆、知り合いではないな?」
アウィスは振り返り、他の大精霊達に尋ねるが皆一様にして首を振る、が、ロサだけが何故か何度も目を凝らすような表情を浮かべたり、目を擦ったりしている。
「どうかした?」
アウローラが尋ねると、はっとした表情を浮かべてから一瞬目を泳がせてからぱっと笑ってふわりと後ろから抱き着いて来た。
『なんでもないよ。それにしても驚いたなぁ!人間が大精霊の幻術を見破るなんて!』
「あぁ、やはり古代魔法の幻術の類か。最近アウローラの屋敷の近くで強い魔法の気配があって気になって、念のため現在失われた古代魔法の文献を読み込んでおいてよかった」
『それに対応できるということはとても力ある魔法士なんだね!いやぁ驚きだ!』
「いやいや。風の大精霊に褒めていただけるとはとても嬉しいものだね。ところで、どうしてアウローラに抱き着いているのかな?」
『んん?あぁいや、彼女抱き心地いいし何より懐かしい感じがしてね。ついつい』
プルヌスとロサが笑い合う。
すると何かを察したアルメニウムはソルバリアの隣でしゃがみこんで腿の上に肘をつけて頬杖をついてニコニコと笑顔を浮かべている。面白がっている様だ。
アウィスとクラースもすすっと距離を取った。その二人にウェリタスが近づいて小さな声で尋ねる。
「え?プルヌス宮廷魔法士っていつもあんななの?」
「あーまぁそうだなぁ。なんというか、アウローラの事を娘みたいな感じで扱ってるぜ?」
「あれ、娘って言うよりも・・・」
「よりも?なんだよ」
「ううん、何でもないの。プルヌス宮廷魔法士って、他人に全く興味ないイメージだったから意外だったわ。あんな感じになる野ねぇ。ふーん」
顎に手を当ててウェリタスは「何かあったらあの子の名前を出せば意見通るかしら」とぼそりと呟く。クラースとアウィスは聞かなかったことにしようと聞き流していると、ルミノークスの隣に立っているフロースがパンっと手を叩いた。一同が彼女の方を見ると、彼女は確かに笑顔なのだが、背後に黒いオーラが見えてくるような凄味がある。
「お話、しないんですか?」
たった一言であるのに、そこに彼女の心の中が何もかも籠っているような重い声音。するとプルヌスは「あー」と呟いてから、咳払いをした後に、取り敢えず皆を楽に話を聞けるような場所に座るように促した。皆各々聞きやすい位置を取るが、貴族である面々に遠慮してかレウィスとワポルが壁際に立とうとする。それをアウローラはちらりと見て、彼等に近づく。
「ソファに座りなよ」
「え!いや、俺達使用人ですし・・・」
その言葉にアウローラは目を丸くしてからふっと微笑む。
「毒盛られた子を立たせるようなことはしたくないの。ワポル君はお兄ちゃん隣の方が安心するだろうし。ね、お願い」
レウィスは迷った末に頷いた。そうして恐る恐るといった風に座る。フロースとルミノークスは別のソファに座らせているために、アウローラはそちらの背後に立たなければならない。離れる前にレウィスに言う。
「何かあったら後ろにいる誰かに言って」
「はい、お気遣いいただきありがとうございます」
「ううん。それじゃ」
ふわりとレウィスとワポルの頭を軽く撫でてアウローラはフロースとルミノークスの背後に立つ。たまたま後ろで煙管を吹かしているメンシスがケタケタと笑い、ふぅっと煙を吐く。
「かっこいいねぇあんた」
「何が?」
「あぁ無自覚たらしなのかい。こりゃあの坊ちゃんも大変だ」
「??」
全く分かっておらず眉を寄せるアウローラに、メンシスは喉で笑う。
皆が位置に着くと、プルヌスはゆっくりと話し始めた。
「前置きとして本来現場検証において、このボクが召喚されることは殆どない。だが今回においてだけは他の宮廷魔法士では手に負えないということで呼び出された。この件はそれほど特異なものかつ重要な案件であることを頭に入れて話を聞いてほしい」
プルヌスはそういうと、ポケットからなにやら取り出す。それは目を細めなければ良く見えないほど透けていて細い糸だった。蜘蛛の糸によく似ているが、蜘蛛の糸ほど柔らかではない。針金よりも少し柔らかいくらいのように見える。
アウローラはそれを見たことがあった。ゲーム内ではなく、実際にだ。
昔アルメニウムが、魔力を糸状に伸ばしでそれを物に付けて人形劇にように操る操作魔法を見せてくれたことがある。その時の糸とそっくりだった。しかし、あれは彼女自身の魔力を細く伸ばしたものでプルヌスが持っているように切り離して持ったりは出来ないはずだ。
「これは先程料理人の彼の体内から摘出された糸だよ。これが魔力器官に張り巡らされて、首の後ろから出ていた。つまり、これに魔力を流して操作魔法で操っていたということだね」
「全身にって、そんなことできるのかい?」
ノヴァが問うと、アルメニウムが返答した。
「とっても繊細な作業が必要になるけど出来ないことはないよん。この糸の先端に針を付けてそれをゆっくり操作魔法で全身に巡らせる。かなり痛いだろうし、おすすめはしたくないけれどねぇ」
全員が想像してぞっとした。
「これは元々アルメニウムが開発した物で数年前から一般流通が始まっているんだ。なので構造はアルメニウムが詳しくて、どの属性を流したのかを調べてもらったよ」
プルヌスはそう言って、ちらりと大精霊達を見た。そして、深々とため息をついてから肩を落とす。
「アルメニウムが抽出した魔力を調べた結果、流されたのは闇の魔力だね。質、量、様々な事を調べた結果、闇の大精霊の魔力を使われた可能性が高い」
皆が驚く中、アウローラだけはまぁそうだろうなと内心頷いた。つまり、闇の大精霊は既に裏で操っている人物の手に落ちてしまっていて魔力をいいように使われていると考えていいだろう。いや、それとも闇の大精霊が誰かと共謀しているという可能性もなくはない。
そんな様子のアウローラを横目でアウィスは見ていたが、アウローラは気が付かない。
はいっとインベルが手を上げる。
「誰かが闇の大精霊の力を使っているということですか?」
「そうなるね。だけど問題は誰かが闇の大精霊の力を使っているという事ではなく、闇の大精霊が自分の意志で闇の魔法を使っているのかということだね」
プルヌスは糸をポケットにしまって右手と左手を、片方ずつ掌を開く。
「命令されているのか、命令されていないのか。無理やりなのか、無理やりではないのか。それによって、今後の宮廷魔法士の行動が決まってくる。言うなれば、闇の大精霊と対峙したときに拘束だけで済むのか、殺さねばならないのか」
「そんな!大精霊を殺すのですか?」
フロースが声を上げる。プルヌスはゆっくりと首を左右に振る。
「こちらだって闇の大精霊を殺したくはない。大精霊を殺してしまうと厄介だからね。だけどね、光の聖女。闇の大精霊が自分の意志でこの世界を、この国を壊そうとしているのならば、こちらとしては見過ごせない。それではないのだったら、闇の大精霊を救わなければならない。大精霊諸君、君達はどちらなのか、知っている?」
プルヌスが首を傾げる。彼の言葉には珍しく怒りが感じられた。
いや怒りというよりも苛立ちに近いかもしれない。問い詰めるような言葉の後の沈黙は重い。アウローラがふと大精霊達の顔を見ると彼等は知らないという表情ではなく、ただ静かにアウィスの事を見つめていた。その視線はリーダー格として彼を伺っているという表情ではなく、彼が事情を話すことを待っているようだった。
しばしの沈黙の後、俯いていたアウィスが顔を上げる。そして、ゆっくりと口を開いた。
「―彼女は誰かに捕まり無理矢理に力を使わされている」
「へぇ言い切るねん。その根拠はある?それとも、希望的観測?」
明るくアルメニウムが返すと、アウィスは彼女を睨み付けた。彼女は何も気にしていないといった風に、幼子を見守る様な表情を浮かべている。アウィスはふっと視線を逸らして、腕を組んだ。
「分かるとも。闇の大精霊は血の分けた双子の妹だからな」
数秒の沈黙後、皆が驚きの声を上げた。




