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騎士令嬢は掴みたい  作者: まつまつのき
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第1部-28話「壊れる人形」

ノヴァとインベルがセレーニーティ男爵家にやって来たのはそのすぐ後だった。挨拶もそこそこにアウローラは事情を説明する。そしていつものメンバーが全員揃ったところで、セレーニーティ男爵の執務室へと足を運んだ。

屋敷の周辺は大精霊達によって監視と誰も逃げないように強力な防御魔法を、屋敷を囲むように展開してもらっている。地水火風の大精霊が造った防御魔法なので簡単に破れることは無いが、油断はできない。早期解決が不可欠だ。

セレーニーティ男爵の執務室へやってくると、そこには彼一人しかいなかった。


「お母様はマレとメディウムの所ですの?」

「あぁ。まだあの子達は幼いからね。ここで話を聞かせるのも酷だろう」


マレとメディウムは双子でルミノークスの妹と弟だ。アウローラは会ったこともないし、ゲーム内では名前すら出てこないためどのような子達なのかは全く知らない。だが、フロースは面識があるらしく「ルミノークスは母親似の美人系だけど、マレとメディウムは父親似の可愛い系ですよ」と教えてもらった。

目の前にいるセレーニーティ男爵の顔を見て、なるほどと納得してしまった。

身なりのいいどこぞの社長かと思えるようなふくよかな体であるが、顔は人の良さがにじみ出ているセレーニーティ男爵ことソキウス・セレーニーティは執務室の椅子に腰かけながら、疲れ切った表情のまま全員にソファに座るように促した。

本来ならば一見王族を特別視しておらず礼を欠いているような促し方だが、それは事前にノヴァとインベルが「王族であるが今はルミノークスの友人として来ているため丁重に扱わなくても構わない」といったためである。後で聞いた話だと、いえいえそんなことはできません!という問答が長い時間続いたのだという。

ルミノークス以外がソファに座り、彼女だけは疲れているソキウスの傍に駆け寄ってそっと肩に触れる。


「お父様・・・」

「すまない。このようなことになってしまって」

「いいえ。お父様は何も悪くありませんわ」


ルミノークスが優しく微笑むと、ソキウスは彼女の手に自分の手を重ねた。

そして、アウィスに視線を向けると問いかけてくる。


「ワポルの様子は如何ですかな?」

「アウローラが早急に毒物を吐かせたので大事には至らず、浄化魔法も間に合った。あと少し寝れば良くなるだろう」

「あぁ、よかった」


ソキウスがほっと胸を撫で下ろす。

ソキウスにはアウィスを光の大精霊と紹介しておらず、アウローラの家でお世話になっている留学生だと告げている。アウィスの魔法の能力の高さには気が付いていないようで、やはり、ソキウスに特別な力は無いようだ。事情を話して表立って大精霊達に行動をして貰った方が楽なのだが、一応姿を隠してもらっている。ここで大精霊達の姿をさらしてしまえば、敵の動きがさらに活発になる可能性もあるためだ。


「件の料理長はどうしているんだ?」


クラースがソキウスに尋ねると、彼は顎に手を当てる。


「いやそれが、彼はワポルにスズランの実を取ってこいなど言った覚えなどないと言っていてね。まだワポルもこの屋敷に勤めて日が浅いので誰かと間違っているのかと思ったのだが、誰も心当たりがないというのだ」

「なら誰かが嘘をついている、そうしか考えられないね」


ノヴァが腕を組みながら言う。


「外部犯、それでこそ、以前襲ってきた奴らの仲間とかでは?」


インベルの言葉にウェリタスが首を振る。


「それはないわ。事前に屋敷内の使用人達の経歴は全て調べたわ。直近一週間以内に不審な接触もなかった。それにあの子も知らない人間に持ってきてほしいと頼まれたら不審がるか、お兄ちゃんに聞きに行くのではないかしら?誰にも言わずに何の疑いもなく取りに行ったということは、顔見知りの可能性が高いわ」

「では、ノヴァ様の言う通り、セレーニーティ男爵様には申し訳ないですが、使用人の誰かが嘘をついているということですかね?」

「そういうことになるわね」

「嘘を見破る魔法とかないよね、アウィス」

「現状ではないな。大昔に廃れた魔法ならあったかもしれんが、知らない。残念ながらな」

「ウェリタスは嘘を見破ったりできないの?時々僕と兄さんの嘘見破ったりするじゃないか」

「残念。それはあんた達と長い付き合いだからよ。姉さんたちならもしかしたらできるかもしれないけれど、今は出払っているのよ」

「すげぇなコラリウム公爵家。その姉の技を見様見真似とかも出来ねぇの?」

「それも無理ね。あれ、結構訓練が必要らしいし」


皆が考え込んでいると、ソキウスがポツリと呟く。


「ワポルが嘘をついているという可能性はないのか?」

「お父様・・・?ですが、ワポルはまだ幼いのですよ。誰かを騙すようなことをするとは思えませんわ」


ルミノークスが首を振るが、ソキウスが続ける。


「だがしかし。あの子等は1ヵ月前に突如ウチの料理人のペクテンが連れてやって来たのだ。旧友の紹介なら大丈夫だと思ったが、言葉巧みに奴を言いくるめて、兄共々ルミノークスの命を―」

「お父様!!」

「んなことしねぇっすよ!!」


強いルミノークスの咎める声と同時に執務室の扉が勢いよく開いて、怒りが滲んだ声が聞こえてくる。全員が扉の方を見ると、そこに立っていたのはレウィスだった。ぎろりとソキウスを睨み付けて殴りかからんばかりの勢いで彼に接近していくが、まずいと思ったクラースとインベルに止められる。レウィスはそれを振り切ろうとしながら、叫んだ。


「アイツは死にかけたんすよ!!なのになんでオレ達を犯人だと決めつけるような言い方するんすか!!」


激昂するレウィスとすっかり怯えていいるソキウス。

ソキウスがいうことも分かるとアウローラは思う。愛娘が一歩間違えれば毒を飲まされたかもしれないし、その犯人が良く仕えてくれていた使用人たちの中にいると知れば、おのずと歴の浅い人に疑いの目を向けてしまう。なるほど、こういう感じでゲーム内では話が進んでいったのかと納得する。


―だが、違う。


ワポルはゲーム内において死んでしまう子だ。さらにレウィスも免罪で捕まる。犯人は別にいる。


「だが、それしか考えられ―」

「いいえ。彼等は犯人ではないですよ」


アウローラの言葉に一同が彼女の顔を見る。

本当はもう少し情報が集まってから憶測を語りたかったが、これ以上レウィスとソキウスを会話させては本格的にバトルが始まってしまいそうだったので口を挟んだ。


「何故そう言い切れる?」


尋ねてきたのはソキウスではなく、アウィスだった。何やら訝しげにこちらを見ているが、時に気にせずにアウローラは続ける。


「まず第一にスズランの毒は即効性で、しかもかなり猛毒。殺すためならその実一つで一発よ。なのにワポルが実を食べさせられた。つまり、どれくらいの量で死に至るかを実験したかったと考えるのが妥当ね」

「なら、仲間内で効果を確かめたと考えられるだろう」


ソキウスの言葉にレウィスが再び殴りかかろうとするが、クラースとインベルが止める。ソキウスの隣には今にも平手打ちが飛び出しそうなルミノークスが鬼のような形相で彼を睨んでいるのだが、彼は全く気付いていないようだ。アウローラは内心民気をつきながら、人の良さそうと思った評価を改めた。


「そこさ、セレーニーティ男爵殿」


アウローラの憶測を理解したのか、ノヴァがいう。


「仲間内で試すならば、屋敷内でするべきじゃないさ。屋敷内で試したら、自分たちが犯人ですって言っているようなものだろう?」


王族のいう言葉には説得力がある。それを理解して彼は口を開いたようだ。こちらにノヴァがウインクしてくれたのを横目で見て、ありがとうと声を出さずに礼を言ってから、ソキウスに再び向き直った。


「長年勤めてくださった方々を疑いたくない気持ちはよくわかります、男爵殿。しかしながら、起こってしまったことは事実であり何より外部犯である可能性が低い。なので残念ながら・・・あれ?ちょっと待って?」


不意にアウローラは言葉を止める。誰もが何があったのかと顔を見合わせるが、アウローラは黙ったまま床を見つめている。


「何かを、見逃して・・・思い出せ、思い出せ」


アウローラはぎゅっと目を閉じて、何度も拳を作った右手で眉間を軽く叩く。

頭の中で何かが引っかかっていた。それは見逃していいものではないような気がして、何度も拳で額を叩く。思い出さなければ、もしかしたらレウィスが貴族を憎んだままになってしまうかもしれない。それではいけない。前世の記憶を、ゲームのテキストを思い出して、弟との会話も思い出す。弟は何か言っていただろうか、確かそれはスズランの毒の話をした次の日当たりの話で、考察勢の弟に説明を求めたのだ。それは確か、レウィスとアウローラの死体が上がったシーンについてだ。

弟の声が記憶の底から呼び起こされる。


「あーあれね。あれは光の大精霊ルートで詳しい話がでるよ。ネタバレはしたくないなぁ。あ!じゃあヒント!闇の魔法は何が得意でしょうか?」


全身の鳥肌が立って、ばっとアウィスに振り返る。彼は一体何事かと目を丸くしてアウローラを見返した。

かちりとパズルのピースがはまる感覚。


「アウィス。さっき闇の魔法の気配があったと言ってたよね?」

「あ、あぁ。結局何も見つけられなかったがな」

「そして、男爵殿。ペクテンはこの屋敷の料理人で男爵殿の旧友。もしかして料理長ですか?」

「あぁ。そうだが・・・」

「もう一つ質問を。ペクテンはここ数か月以内に無断欠勤をしたことはありませんか?」

「!?何故知っているのだ!?」


ソキウスはルミノークスの顔を見るが、彼女も目を丸くして驚いており首を左右に振った。返答を聞いて、アウローラはちいさく呻くように「なんてこと」と呟いて顔を手で覆った。


「一体何なんだアウローラ?分かるように状況を説明してくれ」


クラースの戸惑いの声に、アウローラは顔を上げた。


「・・・闇の魔法は操作を得意とする。それは、皆よく知っているよね」

「はい。プルヌス様の勉強会やアウィス様の訓練で教えてくれましたので」

「普通、人が使う操作系の魔法は物を操るもの。それは命がない者に限られる。だけれど、闇の大精霊が持つ力は命の有無を問わず、如何なるものも操作できるの」


アウローラの言葉を聞いて、皆の頭の中に嫌な考えが過る。明確に血の気の引いた表情を浮かべたのはアウィスだった。ガタリと立ち上がって、アウローラへと問う。


「闇の大精霊がやったと!?」

「いいえ違う。誰かが、闇の大精霊の力を悪用しているだけ」


きっぱりと言い切るアウローラに、アウィスは「何故―」と小さく呟いて椅子に腰を落とした。


「何故・・・言い切れる?」

「・・・ごめんなさい。今は、話すべきではないの」


今話をしたらややこしくなると感じ、アウローラは首を左右に振る。その後、アウィスはすっかりと黙ってしまって、ただ虚ろに空を見つめている。


「ということは、ペクテン殿は誰かに操られているということかい?」

「そうだとして、解除方法は?」


ノヴァの言葉に頷き返し、インベルの言葉に首を左右に振ったアウローラは顎に手を当てて考える。

本来ならプルヌスを呼んで解決をしたいところだが、プルヌスは宮廷魔法師のため個人の邸宅に簡単に派遣できない。いや、インベルやノヴァがここにいるし、緊急性のある内容ならば来てくれるかもしれないがそのためにはノヴァとインベルを一度王城に返さなければいけない。王族2人が王城へ帰るとなると、セレーニーティ男爵邸を警備してくれている騎士達を護衛につかせなければいけないし、そうするとこの家は手薄になってしまい、もしこの操作魔法を使っている人が監視しているとすれば手薄になった時を見計らって攻め込んでくることも否定できない。

正直、このメンバーであれば勝つ自信はあるが、この屋敷には戦えない者の方が圧倒的に多いため守りながら戦うとなるときついものがある。大精霊の力を借りれば大丈夫かと考えたが、彼等とは契約関係ではなく協力関係の為、何度もお願いをし続けるのには抵抗があった。

ふと窓の外に視線を移すと、何やら手でジェスチャーをしているロサが見えた。アウローラは首を傾げながら、ロサがさしているだろうポケットをまさぐり、ロサの石に触れた。


『至急厨房に行って!!今皆で抑えているけどちょっとキツイ!』


ロサの声はアウィスにも聞こえたらしく、アウローラは彼と頷き合い皆に言った。


「厨房で何かあったみたい!行きましょう!」


焦りを帯びたアウローラの声に只事ではないと察した皆が先導して部屋を飛び出すアウローラを先頭に廊下を駆け出した。階段を降りて一階にある厨房へと辿り着くと、その光景に皆が息を呑んだ。

厨房の大きな扉の前で右目を額からざっくりと切られた女性の料理人と腕が血で真っ赤に染まった男性の騎士数人が壁に凭れ掛かり、その周辺にも小さな怪我をした人たちが倒れていた。それを必死にフェーリークが一人で治癒魔法をかけ、厨房の入口をメンシスが防御魔法で守っている。


「皆!!」


ルミノークスが涙目で駆け寄り、倒れている使用人や騎士たちに治癒魔法をかけ始めた。インベルとウェリタスも彼女たちを手伝い、ノヴァとクラースは入り口近くで倒れてしまっている人を必死に運ぶ。


『アウローラ!今中でルシオラが一人で戦ってんのさ!手伝ってやりな!!』

「わかった!」

『奴は闇の魔法を使ってくる。アウィス、フロース。あんた達なら光持ちだから闇魔法を減退させてやれる。フロースの補助をしな』

「無論だ」

「えぇ!頑張ります!」

『防御魔法をいちにのさんで一瞬だけ緩めるから、その瞬間に入んな!いいかい?いくよ!!いち、にの・・・』


メンシスの『さんっ!』という声と共に3人は厨房の中に入った。

厨房の中では、常人離れした動きをするペクテンと思われる男性とルシオラが真っ向から戦っていた。周囲には倒れている人はいないが、所々に飛び散った血が見受けられる。


『おっせぇよアホ!!』


誰が入ってきたのか分かっているのか、こちらを全く見ずにペクテンが両手に持っている出刃包丁を、火を纏った槍で防いでいる。ペクテンを弾き飛ばし、後方へ下がると3人の元へ直地した。壁に激突したペクテンは、まるで操り人形の様にゆらりと立ち上がり出刃包丁を構える。


『いやぁマジでキツイわ。アイツ、あのお人よしの気配がするぜアウィス』

「・・・そうか。やはり、そうなのか」

『ん?なんか知ってる感じが?まぁいいや。アウローラ、フロース、頼むぜ』

「うん」


アウローラはゆらりと腰に会った剣を抜いて、構える。


「私は補助に回ります!」


フロースはそう宣言して、メンシスの防御結界を背にする。


「ならこちらはフロースの守護と奴の妨害をしよう。安心してアウローラは奴を」

「了解!」

『来るぞ!!』


ペクテンは人形の様にケタケタと笑いながら、床を蹴ってこちらに向かってくる。それをアウローラは防ぎ、ルシオラが後方から槍で薙ぎ払う。しかしそれはペクテンが上空に跳んだために空振りに終わり、ペクテンは笑ったまま天井にある照明を掴んでぶら下がる。


「セイジョ、セイジョ、コロセ、コロセ?コロサナクテハ、コロコロコロセセセ」


狂ったっ笑い声をあげながらペクテンは天井からメンシスの方へと落下していく。出刃包丁を振り上げ全体重をかけ、彼を切り刻もうとした瞬間フロースの強化魔法がルシオラとアウローラを包み、筋力上昇と硬化がかかる。突如として、棚に飾っていた刃物がルシオラの背中を狙い飛んでくるが、それをアウローラが弾き飛ばしていく。強化魔法を使っていてもペクテンの力は強いらしく、ぎりぎりと拮抗している。すると横から光の矢が飛んできてそれをペクテンは弾き飛ばそうとするが、すぐさま2つ目が飛んできて出刃包丁が一つ弾き飛ばされてしまった。


『ははっ!ナイス!!』


ルシオラはちらりとフロースに目で合図をして、アウローラに脚力上昇の強化魔法を継続して使わせる。出刃包丁を拾おうとペクテンは後方に下がるが、光の矢によってそれは阻まれている。そこへ正面からルシオラが雄たけびと共に槍を突き刺す、が、片手の出刃包丁で阻まれてしまう。


『アウローラ!』


ルシオラの声と共にペクテンの背後を取ったアウローラが、脚力上昇の強化魔法を自分でも重ねがけした右足で渾身の力を込めて回し蹴りをした。メリッという骨が軋む音と共に、受けることができなかったペクテンは吹き飛ばされ壁に背中を強打して気絶をした。

確かに気絶をしたかと数秒間を置いてから、ルシオラはふぅーっと息をついてから槍の先をカンっと床に付けた。すっかり疲れた様子で槍に凭れ掛かりながら大あくびをしている。

終わったと察したメンシスが防御魔法を取りやめ、すっと中に入って行く。


『終わったのかい?』

『一応な。死んじゃいないが』


許可を求めるようにルシオラはちらりとアウローラの様子を伺ってくる。槍の柄を何度も握り直しているが、アウローラは剣を鞘に納めて首を振った。


「話を聞きたいから、殺さないでね」

『だ、そうだ。一応縄で縛っておくか?』

「その必要はない。フロース、少し手伝ってくれないか?」

「あ、はい。分かりました」


すたすたとペクテンに近づくアウィスととことことその後ろについていくフロース。心配になりアウローラも近づくが、ルシオラは距離を取ったままであるが、その手にはしっかりと槍が握られている。警戒は解いていないようだ。

アウィスは気絶しているペクテンの腕を触り、何かを確かめてから頷きフロースにもう片方の腕を持つように指さす。おずおずとフロースは腕を持ち上げる。アウローラは出刃包丁を蹴り、ペクテンから引き離しておいた。


「ここ、微かに闇の魔法の気配を感じるか?」

「あ、はい。わかります」

「その気配を消すように・・・そうだな、回復魔法の様に魔力を流すのだが、その気配に集中して流す感じにしてくれ」

「やってみます」


フロースは集中するため目を閉じる。すると、2人の体が微かに白く光を帯びてそれがペクテンに流れ込んでいく。完全にペクテンの体が白い光に包まれ、それが徐々に消えていくと、ペクテンの顔色が良くなっていく。ふぅっと一息ついてフロースは腕を優しく床に降ろす。アウィスは何度か腕を確かめ、頷く。


「気配は無くなったな。恐らく大丈夫だ」

「はぁ、よかったです」

「すまない。本調子であれば、一人でもできたんだが」

「いいえ。ご助力出来て良かったです」


ニコニコと見つめ合う2人に、アウローラはいい感じだなと思いつつ顔が緩んでしまう。そして、アウィスはペクテンに回復魔法をかけると、彼は呻きながらゆっくりと目を開いた。


「大丈夫ですか?」


フロースの優しげな声に目が動くと、その目は見る見るうちに大きくなり悲鳴を上げて3人から離れた。もしかしたら先程の先頭の記憶があるのかと思いアウローラは声を掛ける。


「貴方は誰かに操られていたようで、今はもう―」

「それは知っている。知っているよ」


ルシオラが槍を握りしめたまま、3人の元へと移動してくる。アウローラもいつでも剣を抜けるように手を移動させた。その様子を見て、ペクテンは泣きながら自嘲気味に笑う。


「あぁ、ということは、あいつの目論見は潰えたんだね。はは、ざまぁみろ」

「“あいつ”?」


アウローラが問いかけても、ペクテンに声は届いていないようだ。両手で顔を覆い、笑いながら、泣いている。小さく「ざまぁみろ」と何度も何度も繰り返している。そしてやっと顔を上げると、フロースを見て優しげに笑う。


「君達聖女が無事でよかった」


ペクテンの目からは涙が溢れて止まらない。眉を下げて、彼は笑う。


「ワポルには謝ってくれないだろうか。苦しい思いをさせて、すまなかった。本当に、すまなかった」

「ちょっと待って。その言い方では」


震える手をアウローラは伸ばす。

既に操作魔法は切れているのではないのかと、問いかけようと足を前に進めようとしたとき突如として彼は首の後ろを押さえてよろめいた。そして、夥しい量の血を口から吐き出した。


「ひゃあぁぁぁぁあぁぁぁぁ!!」


フロースが口元を押さえてよろめき、それをアウローラが受け止めて「見てはだめ!」と言い彼女の目を手で塞いだ。フロースの悲鳴を聞いてクラースが覗き込んだが、その場の惨状を見て言葉を失う。ノヴァとインベル、ウェリタスも厨房の中に入って絶句した。ウェリタスは顔を顰めているだけだが、クラースとインベルは廊下に出て胃の中の物を吐き出している。ノヴァはソキウスを入らないように引き留めて、騎士達に遅れてルミノークスも入ろうとしたが、ロサの手によってそれは阻まれる。


「ロサ様?今、フロースの悲鳴がっ」

「見てはいけない。きっと君は、耐えられないから」


ロサの柔らかいが芯のある声に言われ、納得するが、何か恐ろしいことが起こっていることに気が付いているルミノークスは震える手でロサの服の裾を掴んだままで、ロサはやんわりとルミノークスの耳を手で覆った。これからの断末魔で彼女の心が壊れてしまわないように。


「いたいいたいいたいいたいいたい!!」


叫び声をあげるペクテンは、痛いと呻きながら血を吐いて、目からも血を流している。苦しいのか、首の後ろを右手で必死に押さえ、左手で壁や厨房の棚に爪を立ててすでに何枚か剥がれてしまっている。

アウローラはフロースの顔を正面から抱きしめて、両手でその耳を覆っているが、震える彼女の体から微かに聞こえているのだろうということが分かる。どうしようかと思っていると、ルシオラがアウローラの正面にやってきて、フロースの耳を覆った。温かい大きな手が包み込む。


「助けられないの?」


アウローラがルシオラに尋ねるが、彼は首を左右に振った。後ろを振り返り、アウィスも見るが彼も静かに目を伏せた。ペクテンは首の後ろの何かを引っ張り上げ、ブチリという皮膚も一緒に引き剥がした音を立てた。すると、ペクテンは両手両足の力が一気に切れたように血だまりの中に崩れ落ちた。

ひゅーひゅーという声と共に彼は段々と死へと向かっていく。ぐらりとアウローラは過去の光景が頭をよぎったが、首を振って拭い去る。そこへ、微かな彼の声が聞こえてくる。


「ごめん、ごめんな・・・やっとで・・・かぞくのもと・・・」


いつしか声は聞こえなくなり、先程まで上下していた胸は微動だにしなくなった。


「ルシオラ、ノヴァに伝えて。緊急要請、プルヌス先生をお呼びして」

『わかった』


ルシオラが離れる際にアウローラの頭を軽く叩く。無理するなということだろうが、無理などしていない。彼がいなくなったことにより、正面に血だまりに倒れたペクテンが見える。すると、ポンっと肩を叩かれて振り返るとアウィスがそこにいた。


「大丈夫か?」

「大丈夫・・・ではないけれど、うん、平気」

「そうか」

「アウィス、他の皆は大丈夫か見て来て。私はほら、動けないから」

「わかった」


アウィスは音もなく立ち上がり、メンシスとフェーリークを連れて厨房の外に出た。

いつまでも、ここにいてはフロースに毒だと思い立ち上がろうとするが思いのほか自分も消耗しているようで、ふらついてしまう。すると後ろから安定感のある手が伸びてきて、アウローラの背中を支えた。


「大丈夫?」

「ありがとう。ウェリタス」


支えてくれたウェリタスも憔悴しきっているようで、いつもの笑顔に元気がない。フロースを抱きしめ、ウェリタスに支えられながら血の匂いが充満している厨房を後にする。壁に寄りかかり、フロースを離すと彼女は吐いてしまった。嘔吐き、そして、再びアウローラに抱き着いて声を上げて泣きだしてしまった。アウローラはそれを抱きしめて、背中を摩る。

沸々と湧き上がる命を軽んじる行為への怒りを確かに感じながら。





「壊しちゃったの?勿体ないなぁ」


光の大精霊と光の聖女の所為で正気に戻りかけていたので。


「その時の為に体内に爆弾でも仕掛けておけばよかったのに。糸で感触分かるんだから、正気に戻りそうだったらバァン!って」


・・・考えもしませんでした。やはりアナタは凄い!


「でも、正気に戻りそうだった時に高濃度の魔力を流すのもありだね。拒否反応であんなになってしまうのかぁ・・・勉強になったよ。生きている奴だったらそっちの方がいいかもね。見ている人に精神的ダメージ与えられるし」


しかしこれは彼女の力があってこそ。常人には少し難しいかと。


「そうなんだよねぇ・・・そこまで魔力量多いわけじゃないから難しいかぁ・・・やっぱり爆弾か」


 今回は成功することしか念頭に無かったので、緊急的にやったのでなぜ成功したかわからないんですよね


「え?そうなの?なぁんだ。でもま、新しい実験結果を得られてよかったよ。仲を引き裂くのは失敗したけど」


 本当に残念です。


「まぁまぁそんなに落ち込まないで。2人一緒にいた方がいっぺんに片づけられるじゃない?それより対策が必要なのはあの騎士のお嬢さんだよねぇ」


 それに関しては、少し手があります。


「ホント?」


 はい。もう少し、時間がかかりそうですが。


「いいんじゃない?数年以内に聖女殺せれば御の字って感じだし。急ぐのは閉め切り近くなってから、だよ」


 ありがとうございます。あ、それと、そこの兵士ありがとうございました。


「ううん。少し活躍の場がなくて残念。毒物失敗したら手薄になった時に攻め込む、出来なければ単騎決戦。まさか単騎になるとは思わなくてたくさん用意しちゃったけど・・・まぁ別に生きている物ではないから持ち運び簡単なんだけど」


 こちらも全く単騎になるとは思わなかったので。


「まぁいいよ。それじゃ、帰るかなぁ。また何かするとき呼んでね」


 はい。では、また。


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