第1部-27話「お茶会事件」
あの後ウェリタスがアウローラ達に馴染むのはそれほど時間がかからなかった。流石攻略対象ということだろう。
それにしても、これで攻略対象者が全員揃ったということだ。特に対立することもなく、普通の仲の良い友人同士の関係を築いているのはとてもいいことだ。だが、何故か聖女二人はアウローラに会うたびに他の友人達から何かされていないかと心配そうに尋ねてくる。
それはこちらのセリフでは、とアウローラが首を傾げるがとりあえず「心配してくれてありがとう」という言葉を掛ければ2人は大人しくなるのでそうしている。心配してくれるのは嬉しいが、同い年であるのに年下の様に心配してくるのは何故だろうか、疑問は今も解決する気配はない。
アウィスも含めて8人で行動することが多くなり、魔法や武術の類も上達した。聖女を誘拐したりする一件もなく、情報収集力に長けているウェリタスからもマメに情報交換もしている。変わった動きなどは無いようだ。
月日は流れ、半年後に学園入学が迫ったあたりに急にクリュスタルス男爵家とセレーニーティ男爵家による聖女2人だけのお茶会をするようになった。
既に2人の仲の良さは評判になっており、そんなことをしなくてもいいのではないかとアウローラは尋ねたが、2人は顔を見合わせて首を傾げるばかりだった。
2人の仲をイベント“お茶会事件”の事が頭をよぎって、アウローラはそのお茶会の全てに護衛として付かせてほしいとお願いしたら2人は嬉しそうに了解してくれた。
本日は3回目のお茶会の当日。
“お茶会事件”の概要はぼかしてクラースとアウィスの協力を仰ぎ、ウェリタスは王家から正式に依頼されて護衛についていた。王族兄弟は来ないかと思いきや、どうやら今回主催のセレーニーティ男爵家に直接交渉してお茶会に参加させてもらえるようにしたらしい。
そこまでしてお茶会に参加したいのかと思い、からかい半分で「2人とも可愛いから一緒にお茶を飲めるなんて最高だね」と言ったらインベルは苦笑いを浮かべてノヴァを見て、ノヴァはというとふっと笑ってこう言い放ってきた。
「確かに彼女等は友人であるし、共にお茶を飲むのは楽しいが、俺は別のものを見たいから参加するのさ」
ウインクするノヴァと意味を全く理解していないアウローラはきょとんとしてしまった。
「兄さん。全く分かってないからね、彼女」
「はははは。分かってたさ」
少しばかり落胆したノヴァの顔が思い出される。今考えても、何のことやらと言う風だ。
そんな2人だが、何やら王城の方で騒ぎがあったらしく遅れてくると当日の朝になって連絡がきた。途中から合流するらしい。
お茶会の数時間前に既にセレーニーティ男爵家にやって来たアウローラは、お茶会の会場を視察する。会場と言っても、中庭の花壇や芝生を剪定し整え、絨毯とテーブルを置いた物であり立食形式などではない。
細工が施された白い丸テーブルに4つの椅子。王族が来るとあたって用意した物だろう。前回や前々回のものよりも豪華なつくりになっている。
上に手を触れて、下を見て、周囲を観察してどこも異常がないことを確認する。
「そちらは大丈夫そうかしら?」
中庭の周囲を見回って来たウェリタスがアウローラに近づいてくる。コラリウム公爵家の護衛用である黒一色で立て襟の騎士服を身に纏ったウェリタスだが、今日は髪の毛をしっかりとセットしているからなのかかなり大人びて見える。金糸の刺繍が所々に施され、黒の紐の多いブーツと上着の二の腕部分には彼の家の紋章が描かれている。腰に何もないのは、上着に全て仕込んでいるからなのだろうか。
「一応見たけれど、ウェリタスも確認してもらえる?」
「いいわよ。うーん・・・」
ウェリタスは先程のアウローラと同じようにテーブルや椅子をチェックする。そして頷くと、親指を立てて笑う。
「大丈夫ね。また少ししたら点検しましょ」
「わかった」
「それにいしても・・・貴女のその姿見るの3回目だけれど、いつ見ても似合っているわねぇ」
「あ、え?そうかな?」
現在アウローラが身に纏っているのは、シルクのような肌触りの襟が波打つようにひだになっている白いモーニングコートのような上着で、その下は花柄のレースが施され腰まで隠れる首元が大きく開いたインナーと白い細身のスラックス、太いヒールでリボンで足首に固定するパンプスだ。所々ウェリタスの様に、プラティヌム伯爵家の紋章が施されている特注品だ。実はこの服、王城の呼び出された後日アルスにプレゼントされた物だ。あの日、酷いことを行ってしまったお詫びだという。
聖騎士の色は純白であり、それに倣って造られた物であり動きやすいように現在稀少な闇の国原産の魔物の素材で作られ、動きやすいように加工が施されていると言っていた。大事な時に着ようと思いしまっておいたのだが、あの時よりも身長が伸びているために、仕立て屋に現在の体格に合わせてもらい何とかお茶会1回目に間に合い、それ以来お茶会にはこれを着ている。上着の上から下げられた茶色のベルトには、真新しい剣が下げられている。それは15歳になった時に渡そうと思っていたが、護衛をするにあたって渡すと決めたらしい。
見て驚いた。
それはゲーム内でアウローラの初期装備で愛刀と呼んでいた物だったのだ。
貰ったとき、嬉しさと同じくらい申し訳なさがアウローラの心の中を支配した。これは、本当に自分が貰っていい物なのかという疑問すら浮かんでしまった。だが、確かに自分はマグナから産まれ、アルスと彼女に育てられたアウローラだ、と自分に言い聞かせて笑顔で受け取った。
―いつか、話せたらいいけれど。
どうせ信じてもらえないから話すまいとしていたのだが、最近は考えを改め始めている。と同時に、段々と本当のことを話したら自分はちゃんと皆に受け入れてもらえるのだろうかという不安が生じる。
「ちょっと、聞いてる?」
「あ、ごめんね。何?」
物思いに耽っていたアウローラの事を不安げに一瞬ウェリタスは見たが、すぐに自分の話に戻っていく。
「お茶会の報告をした後に偶々ノヴァとインベルに会ってね。貴女のその服の事を話したのよぉ!そしたらノヴァったら見る見るうちに不機嫌そうな顔になっちゃって。もぉインベルが可哀想だったわぁ、もぉー」
「え?なんで不機嫌になるの?」
「なんでってそれは勿論―」
ウェリタスが何か言いかけた直後に、クラースが「おーい」という声と共に手を振りながら屋敷の方から走って来た。その後ろをアウィスがその周辺を飛び回っているフェーリークを除く大精霊達と共にのんびりと歩いてやって来た。
「あ、クラース君。どうだった?」
「一通りお菓子の毒見は済んで、アウィスの浄化魔法で毒を仕込めないようにしといたぜ。念のためフェーリークを監視に付けさせたから大丈夫だと思うが。ただな、アウィスが少し変な事を言ってるんだよ」
親指で遅れてアウローラ達に近づいたアウィスが腕を組んで口を開く。
「一瞬だが、闇の魔法の気配を感じた。ルミノークスが何か使ったのかと思ったのだが、どうも気配が違うようだ」
「それ本当?もしかしたら何か隠れているかもしれないわ・・・アウィス君、あたしと一緒に来てくれるかしら?」
「あぁ、一応見てくれ。念のため共にもう一度屋敷内と周辺を見てもらいたい」
「オッケー。それじゃ、2人ともまた後でね」
『オレ達は空から見て見るか?』
『お、アンタにしちゃあいい提案じゃぁないか。そうしようかね』
『それじゃ!またあっとでー!』
大精霊達は空へと飛んでいく。アウィスとウェリタスもそれを見送ってから、屋敷内に戻ろうとするが、それを何やら思い出したようにクラースがウェリタスに近づいて耳打ちする。
「なぁ、こんな時で悪いんだが、あの話、ちゃんと考えてくれてるか?」
「んふふ。そりゃもちろんよ!しっかり似合うのいくらかを考えているわ。後日書面で送るから、楽しみにして頂戴♪」
「おう。アイツの誕生日に間に合うように頼むぜ」
「何の話をしているの?」
興味深々と言った風な顔でアウローラがクラースの背後に立って尋ねて来た。急に声を掛けられて思わず「うおぉぉ!」と声を上げたクラースは、すぐに振り返ってぶんぶんと顔の前で手を振る。
「なんでもねぇ!なんでもねぇぞ!ちょっと男同士の秘密だ!な!」
「うふふ。そういうこと!それじゃ、あたし達行ってくるわ」
手を振りながら「じゃあーねー」と機嫌よく屋敷の中に2人は消えていく。
何の話だろうとじっとクラースをアウローラは見ているが、クラースは頬を上気させて「それにしても!」と口を開く。
「この屋敷には同じ花が多いよな!つか花か?赤い実が付いているけど・・・セレーニーティ男爵の趣味か?」
「いいえ。この花はここの長年勤めている料理長の趣味ですよ」
不意に声を掛けられて2人はそちらの方向を見る。そこに立っているのは、アウローラ達よりも数個下ほどの茶髪の少年だった。庭師のようで、つぎはぎのつなぎと薄橙色の布のシャツを身に着けたその少年の姿に、そこかアウローラは見覚えがある様な気がしたが、どうも靄がかかった様に思い出せない。
桃色の瞳をこちらに向けて微笑んでいる。
「料理長はここの旦那様の昔からのお友達のようで、お花が好きでとても詳しいらしいです。と言っても、僕は入ったばかりなので詳しくは知らないのですが・・・」
茶髪の少年は庭にあった赤い実をつけた茎を数本鋏で切り、それを丁寧に紙に包む。
「それ、どうするんだ?」
「いえ、料理長が摘んで来いと仰っていたので詳しくは・・・すみません。じゃなくて、申し訳ありません。僕はこれで失礼します。護衛任務、お疲れ様です」
小走りで戻っていこうとする彼の背を、「ねぇ」とアウローラは思わず呼び止める。彼は足を止めて、小首を傾げて振り返る。引き留めたはいいものの、何の話をしたものかと考え、彼が持っている花を指さした。
「それ、なんていう花なの?」
平たい真っ直ぐで先のとがった鮮やかな緑色の葉。小さな赤い実が茎にいくつもなっている。前世でもみたことがある様な気がしたが、花がなっているわけではないため名前が思い出せない。すると、彼は笑顔で答えてくれた。
「スズランというらしいです。今は赤い実がなっていますが、少し前まで小さな鈴のような白い花がなっていましたよ」
庭師の少年はそう言って小走りで消えてしまった。
クラースはその背に手を振っているが、隣のアウローラはそのままその少年が行った方向を見つめている。ただ一点を見つめている彼女の様子に心配になったクラースは、何度か彼女の名前を呼ぶが返事はない。
「すずらん・・・?」
アウローラの記憶の欠片が何やら警鐘を鳴らしている。思い出せ、思い出せと思い出さなければいけないと心の奥底で何かが掻き立てる。
重要な何かを今、見たのだと。
突如、頭の中で声がした。誰かが囁いているわけではない。これは弟とのある日の会話の声だ。
声が聞こえてくると、その時の光景が鮮明に思い出された。
台所で洗い物をする水の音、水の冷たさ、後ろからあのゲームの考察を嬉々として話す弟の声。
「えーだから?」
「だーかーらー!あのイベント!お茶会のやつ!あれさぁ何の毒かスチルにヒントあるんじゃなかって考えたわけ!」
「ふーん」
「うわっ興味なさそう。まぁいいや。見てよこれ」
「ちょっと、スマホ水に濡れるよ」
「いいから!ここの赤い実がなってるの見える?」
「あー・・・・うん、見える」
「実はこれね、ネットで調べたんだけど、スズランの花じゃないかって言われてんだ」
「スズランってあのスズラン?」
「そう!それでねなんとこの花実は―」
ざわりと鳥肌が立つ。
「猛毒」
ポツリと声が漏れてしまう。
そして先程の少年の事も同時に思い出して、走り出そうとしたがクラースに腕を掴まれてしまう。
「おい!一体どうしたんだ!!」
「離して!早く行かないと、あの子が死んじゃう!!」
「はぁ!?」
パッとクラースが手を離して、アウローラは駆け出していく。その後をクラースも何が起こっているのか分からない風に走って付いて来た。
アウローラが思う出した記憶、それはお茶会事件の考察と中ボスであるレウィス・カリュプスと対峙した際の回想及び会話シーンだ。まずあのお茶会事件は別段フロース及びルミノークスを殺すためのものではなく、2人の仲を引き裂くためのもの。片方の家が毒を盛ったのではないかと噂を立て、お互いの家を疑心暗鬼にさせてしまうというものだ。犯人の目論見は成され、聖女二人は仲を引き裂かれてしまう。
そう、殺すつもりはないのだ。
そして恐るべきことに、この世界にはどのような物に毒があると知っていても、どれほど口に入れれば致死量になるのかという知識が殆どないのだ。
勿論研究はされていて、書物も出ているのだが内容は前世の半分以下で、全てにおいてこれは毒があるので食べないように、という簡素なものだ。前世で言うところの“ある植物を食べて腹痛に!”という体験談があっても、浄化魔法を使える医師の元に行けば一発で治る。
つまり、毒があると知っていてもどれくらい食べると命に係わるのかは試してみないと分からないということなのだ。
そこでレウィスとの回想と会話シーンが関わってくる。レウィスがフロースと対峙したときに、彼はこう言っていた。
「あの日俺は何もしていないのに、弟と一緒に犯人にされた!弟は同じ毒を飲んで死んだのに!林の中に捨てられていたのに!!俺がっ・・・弟で実験をしたんだって!!そんな話をでっち上げられたんだ!!」
そして、こうも言っていた。
「畜生・・・あの日、弟と一緒にあの男の誘いにのるんじゃなかった・・・使用人として雇ってもらえるように話をしてみるってうまい話にのるんじゃなかった・・・のらなければ、弟はっ!」
“お茶会事件”の概要は恐らくこうだ。
レウィスと弟はこの屋敷の誰かに誘われて使用人として登用された。しかしそれは、毒物の実験台と罪を着せる人物として引き入れたにすぎない。その後弟は毒物の致死量を調べるための実験台にされて死亡。弟と共謀して聖女を殺そうとしたと罪を着せられてレウィスが犯人にされる。ということだろう。
「全く吐き気がするっ」
走りながらアウローラが吐き捨てる。
こんなにも人の命を軽んじることができる人間がいるなんて考えただけでも気持ち悪い。
少年が走っていった方向に会ったのは、厨房の奥にある食糧庫の裏口。息を切らしながら扉に手をかけて、そこを開く。しかしそこは鍵が掛けれられている。アウローラは舌打ちをするが、クラースに肩を叩かれ振り返る。すると彼は頷き、アウローラも頷き返した。アウローラが後ろに下がると、クラースはドアノブに手をかけて腕に強化魔法をかけて鍵を壊した。すっかりアウローラよりも力が強く成った彼に頼もしさを感じながら、アウローラは勢いよく食糧庫へと飛び込んだ。
そこには、首元を抑え苦しそうに喘ぐ少年の姿があった。
慌てて彼に近づく。
『何の音?』
厨房で見張っていたフェーリークと数人の女性の使用人が厨房側の扉を開く。すると使用人が悲鳴を上げて、フェーリークは慌ててこちらに近寄ってくる。
『何?何事なの?』
「フェーリーク!アウィスを呼んできて!早く!!」
『わかったわ!すぐに』
「クラース。厨房から冷ましたお茶を持ってきて!緑色のやつがいいけど、普通の紅茶でもいい!」
「分かった!」
「あ・・・りょ、緑色のお茶ございます!!異国のお茶!!こちらです!!」
使用人と共にクラースは厨房に消える。少年の意識はまだあるが、いつ意識が無くなってもいい状況だ。
「苦しいけれど、ごめんね」
アウローラは少年の喉に指を入れ、喉の奥を刺激する。すると、少年は嘔吐き床に吐いた。すると、僅かにつぶれた赤い実が数個胃液に交じってころりと吐き出される。少年は肩で息をしているが、先程よりは幾分楽そうだ。
魔法で冷ました緑茶をクラースが持ってきて、少年に差し出すと朦朧としながらそれを受け取り、飲んだ。ふらふらとしているが、意識がさらに低下することはなく数分後フェーリークがアウィスとウェリタスを連れて来た。
「この子に浄化魔法をお願い」
「分かった」
理由を尋ねられるかと思いきやすんなりとアウィスが浄化魔法をすぐにかけてくれた。その後アウィスが魔力を流して内臓が炎症を起こしていないかと確かめてくれたが、大丈夫なようだ。まだ少年はぐったりとしているが、一命を取り留めてほっと胸を撫で下ろした直後、どたばたと音がして一人の少年が飛び込んできた。
「ワポル!!」
彼はそこにいる全ての人に目もくれず、床で寝ている少年へと近づく。ワポルと呼ばれた少年は弱弱しくニッ笑う。そして、大丈夫だよ、と口を動かした。
「浄化魔法をかけた。まだ消耗した体力は戻らんがもう少し休めばいいだろう」
アウィスがそういうと、駆け込んできた少年は泣きながらお礼を言ってワポルを抱きしめた。
「よかった・・・よかった・・・!」
茶髪の短い髪に桃色の瞳。アウローラよりも、何個か年上であろうその少年がレウィス・カリュプスその人だ。
アウローラも安心したがまだ、何も解決に至っていない。ほっと胸を撫で下ろしているフェーリークに振り返り、お願いする。
「他の大精霊にお願いして。この屋敷から誰も一歩も出さないようにしてって」
『!そうね、誰一人、この敷地から出さないようにするわ』
フェーリークはすぐさま外に消えていく。
アウローラはそれを見送ってから、兄弟が抱き合っている光景を見る。
あぁ、もうあの憎しみに満ちた顔を見なくてもいいんだと安堵したが、ふと、その思いに何か引っかかりを覚える。
確かに自分は、レウィスとの戦闘シーンは見たことがあるが、ボスである彼の顔を一度も生で見たことがないはずだ。なのになぜ、“もう”と思ってしまったのだろうか。
アウローラは首を傾げるが、すぐに首を左右に振って考えを振り払う。
―まずは、犯人を捜さなくては。




