第1部-26話「お話をしましょう」
ガチャンと音を立てて扉が閉まる。その後にガチャガチャと音がしてそちらの方へと振り返ると、ウェリタスが何やらドアノブに取り付けていた。前世で言うところの、吊り下げるタイプの虫よけのようなそれは微かに魔力の流れを感じる。
「それは?」
思わず尋ねると、ウェリタスはにこりと笑う、が、目が全く笑っていない。
「んー?内緒の話は内緒のままで。貴女の中に何があるかはわからないけれど、この方が貴方は話しやすいでしょう?」
分かりにくい言いまわしだが、恐らく風の魔法を応用した防音の防御結界をしたということだろうか。これで部屋の中で話をしたことは外に聞こえることは無いと。
もう少しわかりやすく言ってくれればいいのにと、ため息をついてからアウローラは正面を向き直るのだが、彼女の口からは普段の姿では考えられないような低めの声で「マジか」という小さな声が漏れ出した。
ガラス扉が付いている棚に本が整頓され、落ち着いた色調で統一された部屋。その奥に位置するのは、国王であるメリオルが書類などに目を通す机。勿論今もメリオルが机の椅子に腰かけているのだが、アウローラが思わず声を出したのは隣に立っている人物についてだ。
隣に立っていたのは、紛れもない、アルスだった。
アウローラの声が聞こえていたのか、僅かながらに眉を寄せるがアウローラはというと視線を逸らす。彼女自身、彼がこの場にることが完全なる誤算であり、ここに呼ばれたことがほぼほぼお説教だということが確定してしまった。
内心げんなりとしながらも、表情を出さずに恭しくスカートの裾を持ち上げて頭を下げる。
「プラティヌム伯爵家長女アウローラ・プラティヌム、参上いたしました」
「よく来た。すまぬがこの執務室には椅子が少なくてな。立たせたままであることは忍びないのだが、許せ」
「勿体ないお言葉でございます、国王陛下」
「堅苦しい挨拶はもうよすがいい。顔を上げよ」
アウローラは下げた頭をゆっくりと上げて、その途中メリオルの執務机の上を見た。あぁやはり、とアウローラは納得する。机の上に置かれているのは、紛れもなくアウローラがメリオルに対して贈った書類だ。整えられておかれているが、開封してあるところを見るとちゃんと読んでくれたようだ。
ならば、はいそうですかとサインをしてくれればいいのに、とアウローラは真っ直ぐにメリオルを見て内心でため息をつく。すると、ちくちくとアルスの視線が刺さってくる。
流石に国王陛下に向かってため息はつかないわよ、という視線をアルスに向ける。すると、咳払いしてメリオルが口を開く。
「お前をここに呼んだのは他でもない。この、書面についてだ」
ぴらりと見せてきたのは、アウローラが渡した書面。
「これはなんだ?」
呆れのような怒りのような声音を滲ませてメリオルはアウローラへと問う。
彼が見せて来た書面、1枚はメリオルに向けての手紙、もう1つはある種の宣誓書のような物だ。
手紙の内容はこうだ。
【拝啓 光の国国王陛下メリオル・アウルム・アルガリータ様
陽光が温かみを増し、花々が咲き乱れる今日この頃。国王陛下に置かれましては、ご健勝のことと存じます。
私のような者が、尊き貴方様へこのような書面をお送りになることをお許しください。
さて、私、アウローラ・プラティヌムはかねてより、剣術及び魔法の稽古を行ってまいりました。
騎士の方々にも良くして頂き、さらには、上位宮廷魔法士で在らせられるプルヌス様にも目をかけて頂き私には勿体ない経験を積ませております。
しかしながら、本来、私はプラティヌム伯爵家の跡継ぎではございません。何故、このように私が強さを求めているかを疑問に思うことでしょう。私の力は聖女のためにあると口から申し上げても、恐らく、貴方様の疑念を解消する程の力は有しておりません。なので、別紙において宣誓書及び契約書を記させて頂きました。ご査収の程、よろしくお願い致します。
敬具
プラティヌム伯爵家長女アウローラ・プラティヌム】
宣誓書及び契約書の内容はこうだ。
【宣誓書及び嘆願書
プラティヌム伯爵家長女アウローラ・プラティヌムは、我が身にありし力及び大精霊からお与えくださる力を我が国、光の国及び聖女たるフロース・クリュスタルス、ルミノークス・セレーニーティを守護する事項にのみ行使をすることをここに誓います。以降私利私欲の為に力を行使した場合、我が身を重罪人とし処分をして頂くようにお願い申し上げます。
プラティヌム伯爵家長女アウローラ・プラティヌム】
名前の横にはアウローラの血判が押されている。
しっかりと調べたが、こちらの世界でも血判は強固な意志を示すことに有効なようで、しかもその血に自分の魔力を混ぜ込むと色褪せたりしないらしい。便利なものだとアウローラはその本を見ながら感嘆の声を漏らした。
これは何だと聞かれても、そのままの意味だが恐らく彼が聞いているのはそうではない。恐らく、これをどうして自分に送り付けて来たのかという質問であろう。
―ここまでは、大体予測した通りだな。
ノヴァの父親だということだけあって、大体の性格は予想していた通りだ。恐らく、ノヴァにこの書面を渡せば同じ反応が返ってくるはずだ。
さて、ここからだ、とアウローラはぐっと力を込める。
勿論書面に嘘はないし、そのようにしてくれて構わないのだが、今回アウローラの目的は他にある。それはというと、ウェリタスを表立ってフロースとルミノークスと関わらせることだ。
現在フロース達は魔法実地訓練をしているのだが、そこで分かったことがある。それは、アウローラを含め急な奇襲に対応する術をあまりにも知らなすぎるということだ。思えば、騎士の戦い方やプルヌスの魔法の基礎勉強も正面に相手がいるという訓練しか行っておらず、例えば、森の中で戦った場合において物の影から敵対する何かが来た場合にどのような魔法を使ってどのように体を動かせばいいのか全くもってわからないのだ。アウィス達大精霊にも少しばかり突然敵が来た場合はどうすればいいかと尋ねたのだが、皆一様にしてこう言うのだ。
『そんなの、強力な攻撃魔法をすればいいのでは?』
大精霊クラスの魔法をすればそれは勿論どんな相手であろうと一瞬だろうなと呆れ、「そうですか」とアウローラは以降聞くのをやめた。このような事例を誰に聞けばいいのかと考えていたときに、ウェリタスの気配に気が付いた。彼ならば幼少期から隠密活動を行っているし、ゲーム本編においても先制攻撃や気配をよむことを得意としていた。これほど適任な人物はいないだろう。攻略対象であれば、味方で確定であるし。
ここから、ウェリタスを表立ってのアウローラの監視役として任につかせるように誘導しなければならない。懸念されるのは予想外だったアルスの存在だが、アウローラが予想するに彼は彼女の身の心配と年齢にそぐわない態度に疑念を抱いているから見届けに来たと言ったところだろう。彼の性格上口を挟むということはしないはずだ。
アウローラはメリオルに向けて真っ直ぐに視線を向ける。前世でいろいろ培ってきたプレゼン力を生かす時だ。
「そちらの書面は保険でございます。国王陛下」
「保険?」
アウローラはにっこりと笑う。
「はい。私は聖女の友人であり、大精霊と知己になっている。ノヴァ・・・様やインベル様は王族、クラース様に至っては伯爵家次期当主、この方々ならば大精霊や聖女と知己になっても他の貴族は何も気に留めないでしょう。ですが、私はどうでしょうか。プラティヌム伯爵家長女とはいえ、プラティヌム伯爵家を継ぐのは我が兄。私はただの伯爵令嬢でございます。このような者が、大精霊の知己となり、聖女の友人となり、更には剣の腕や魔法の腕を磨いているとなれば、他の貴族が恐らくこう思うでしょう。“もしかしたら、何か企んでいるのではないか?”と」
怒らせてしまうかもしれないがとアウローラは思いつつ、首を僅かに傾ける。
「国王陛下もそう思ったのでしょう?だから、彼を監視役に一任したのですよね?」
メリオルはちらりとウェリタスに視線を送る。視線において「話したのか?」と尋ねるが、ウェリタスは小さく首を左右に振った。
アウローラはその目くばせに気が付いているが、話を続けた。
「これは私の想像でございますが、彼に恐らく私が怪しい行為を行った場合、聖女に危害を加えるようなことをした場合は問答無用で私を拘束するおつもりだったのでしょう。そして、私が何を知っているのかを調べていた、というところでしょうか」
アウローラは全てを言い当てる。そのあまりの頭の回転の速さ、洞察力にこの場にいる全員が息を呑む。
この少女は、本当に少女なのだろうか。
何をもって、このような正確な結論に至るのか。
この場にいる全員がその答えを見つけることができない。
「・・・君は、本当にアウローラなのか?」
思わず、アルスがそのような言葉を口走ってしまう。しまったというようにアルスは口に手を当てる。アウローラは目を丸くしており、メリオルがそれを見て眉を顰めてアルスを咎めようとしたが、先に口を開いたのはアウローラだった。
「疑念はごもっともです。お父様」
「いや・・・すまない。こんなことを言うつもりでは・・・」
アルスもどうしてそのような言葉を口走ってしまったのよくわかっていないようだ。それもそうだ。
本来アルスは、この前世を持っているアウローラしか知らないはずだ。幼少期からやけに大人びた、頭の回転が速くて、誰より努力家で友人を大切にしているアウローラ。比べるようなアウローラを彼は知らないはずなのだ。
すっかり混乱してしまって視線を泳がしているアルスに、アウローラは微笑みかける。
その微笑みはどこか悲しそうな表情であり、アルスの胸を締め付ける。
「申し訳ありません。もう少し、子供らしく居られれば良かったのでしょうが」
彼女の言葉にアルスは黙ってしまう。
本当のアウローラならば、ゲーム本編のアウローラならば、もう少し本当の家族の様にいられたのだろうか。
―私は、一体誰なのだろうか。
疑問がふっと頭の中に現れたが、首を振ってそれを振り払う。
今は現状に集中せねばと、何故かチクチクと痛み胸元をぎゅっと握って前を見る。
「話を戻しますが。その書面は、他の方々が安心するようにという保険となります。何か王族の方へ私に関しての問い合わせがあった場合にちゃんと対処をしているという証明にもなります」
「だが、これではあまりに・・・」
来た、とアウローラは予測していたワードにピクリと反応する。あまりに直接的過ぎると言いたいのだろう、そうだろう、と早鐘打つ心臓を気力で抑えてアウローラは表情崩さずメリオルを見つめる。
「直接的過ぎますでしょうか?」
「あぁ、まだ少女である身に科せるようなものではない。だが、アウローラの気持ちはよく分かった。そうだな・・・ならば、こうしよう」
メリオルはウェリタスを指さした。
「ウェリタス。今後の任を今伝える。これからは表立って聖女達の警護及びアウローラの監視にあたれ」
「え!?」
ウェリタスが思わず声を上げる。
アウローラはガッツポーズをしそうになるのを抑えながら、静かに微笑みを崩さずに前を見ている。ウェリタスはというと、アウローラの顔を見て、メリオルを伺うように見た。
「・・・よろしいのですか?」
「良い。それにやはりまだ若い少年を陰の任につかせるよりも年の近い者と一緒にいた方が良かろう。それにコラリウム公爵家の貴族の信頼は厚い。故にアウローラに対する噂も薄れていくだろう。アウローラを監視しつつ、アウローラと共に聖女達を警護せよ。できるか?」
「はい。勿論です」
「よろしい」
何とか思い通りに行ったことにアウローラは安堵するが、本当に自分に対する良くない噂があったことに少しだけショックを受けた。メリオルは書類をもう一度持ち上げて、ふっと柔らかく微笑む。
「こちらの書類は要らないな」
その瞬間ぼっという音と共に一瞬で書類が灰になる。
「アウローラ。15になったらお前を“聖騎士候補”に任命するつもりだ。学園卒業までは“候補”、所謂“見習い”となるが、これからも剣や魔法の腕を磨くように」
「!はい!ありがとうございます!」
ちゃんとフロースとルミノークスを守る称号を与えられることにアウローラは嬉しそうに目を輝かせて頭を下げる。先程の大人びた雰囲気との変わりようにメリオルは驚くが、ふっと笑う。
「迎えが来たようだ。退出してよい」
「?迎え・・・?はい、では、失礼いたします」
「では国王陛下、アルス第一騎士団隊長殿。彼女を送って参ります」
「あぁよろしく頼む」
いつもよりも弱弱しいアルスの声に送られ、ウェリタスの後に続いて部屋を出る。
重圧から解放されて、思いっきりアウローラは背伸びをした瞬間「アウローラ様ぁ!」という可愛らしい声と共に何者かが勢いよくアウローラの体に抱き着いて来た。
「うっ!!」
突然の出来事にアウローラはよろめくが、何とか踏みとどまる。
「うぇ?フロース?え?なんでここにいるの?」
「わたくしもおりますわ」
後ろからルミノークスが現れて、アウローラの手を握る。
一体何事かとアウローラが驚いていると、ぞろぞろとクラース、インベル、ノヴァの3人が階段の影から現れた。その中でもノヴァはニコニコという笑顔のままずんずんと近づいていくと、フロースの首根っこを掴んで引き剥がす。
「何するんですか!」
キッとフロースはノヴァを睨み付けてじたばたと暴れる。ノヴァは黙ったままその手をパッと離すと、フロースは素早く離れてアウローラの腕に抱き着いて猫の様に威嚇をする。それをみてノヴァは腰に手を当ててにっこりと笑う。
「君さ。アウローラにベタベタ触りすぎじゃないかな?」
「いーでしょ!別に!女の子同士ですし!」
「俺は出来ないのに目の前でベタベタされると不愉快だ」
「はい、残念でした」
フロースとノヴァはいつものように言い合いをしている。
稽古において息は結構ぴったりだというのに、いつも口喧嘩をしている。フロースがアウローラに触れている時はほぼ毎回だ。
―もしかして、ノヴァはフロースのことが好きで私に妬いているのかな
とアウローラは思いフロースから離れようとするのだが、彼女の腕はがっちりとアウローラの腕に巻き付いて離れようとしない。するとルミノークスが心配そうにアウローラの顔を覗き込んできた。
「大丈夫ですの?何か怒られたりとか・・・」
「あーうん。大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」
微笑んでルミノークスにお礼を言うと、彼女の頬が見る見るうちに紅潮していく。
その一連を見ているインベルとクラース。
「いや、ノヴァの野郎、アウローラは俺の婚約者なんだけど」
「はははは・・・なんかごめん」
その二人の元にウェリタスが近づき、尋ねる。
「え?いつもあんな感じなの?」
「あ、ウェリタス。こんにちは。うん、そうだよ。いつもあんな感じ」
微笑ましい光景を見るように目を細めるインベル。
いつも表情を押し殺しているような、誰かの表情を伺っているようなインベルや誰にも真意を話さないような落ち着いたノヴァしか知らなかったウェリタスは、彼等のその表情に驚く。この表情を与えているのは、紛れもなくアウローラだ。
何も、誰も心配するようなことなどないではないか。
ウェリタスは最悪な結末を迎えることはなさそうだと安堵する。と同時に、なぜ彼女はこのような幸せな時間を、幸せな人生を何かあれば命共々投げ出すことのできる覚悟を持っているのだろうかと興味を抱く。
それに、あの部屋での彼女と現在の彼女があまりに違いすぎる、それは何故か。
「これから関わっていけばわかる事か」
ぼそりと呟く。インベルがウェリタスに「どうかした?」と尋ねてくるが、首を左右に振った。
「つかよ。何でお前がここにいんだ?」
クラースがウェリタスに尋ねてくる。するとインベルが「あれ?」と首を傾げる。
「ウェリタスとクラース知り合いなの?」
「んーまぁちょっとな」
「あ!せっかくだから紹介するよウェリタス!兄さん!フロース!ルミノークス!アウローラも来て!」
「あ、はーい」
「いや、なんで君、インベルのいうことは素直に聞くのさ」
「アウローラ様!行きますわよ!」
「はいはい」
フロースとルミノークスに引かれてインベルの元へと歩き出す。
その瞬間。
『君は本当にアウローラ?』
声と共に髪を引かれたような気がして、足が止まる。
ドクンと心臓が大きく脈打った。
後ろを振り返るが、誰もいない。
それに・・・
「どうかしましたか?」
「あ!ううん、何でもにないよ。行こ!」
2人に心配そうに顔を覗かれて笑顔で首を振って、今度はアウローラがルミノークスとフロースを引っ張る。楽しげな声と共に3人は駆けていく。だが、その笑顔の裏で今もなお、アウローラの心臓は大きく脈を打っている。
何処かで聞いたことのある声、そして、香って来た匂い。
それは、前世で吸っていた煙草匂いだった。




