プロローグ
よろしくお願いします。
ため息をつく。
後ろを振り返ると、そこには青ざめている男子高校生のグループと悲鳴を上げる寸前の人、人、人・・・
怨みよりも落胆、頑張ってきた人生は呆気なく最期を迎えるものなのか。
私が中学生の頃に両親が事故で死んでしまい、煙たげに見ていた親戚たちの手を取らずに8歳離れた弟を一人で育てて10何年、彼が大学に入学し、成人を迎えて自分の時間を長く取れるかなと思った矢先にこれだ。
運がない、その一言に尽きる。
ホームから落ちる私に、救いの手は誰も伸ばさない。
まぁ、ここで手を伸ばされても一緒に落ちるだけだけれども。
徐々に、心の中に黒いシミが広がっていく。
呪詛を吐きそうになる口をきつく結ぶと、なぜか涙が溢れ出た。
怖い、怖い、怖い、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。
お姉ちゃんも、君を一人にしてしまう。
―何かが手に触れた気がした。
※
庭の花が芽吹き、絵の具のプレートの様に色とりどりの花が太陽の光を浴びている。
美しい庭園、手入れの届いたその場所をせわしなく様々な光の粒が行きかっている。
庭師の人間はそれに気が付かないようで、鼻歌を歌いながら枯れた花を摘んでいく。
これはどうするんだろうね?
他の子の肥料になるんじゃないかしら?
光の粒はそんな会話をしながら、踊るように空を飛んでいる。
ふと、その光の粒がある一部屋に集まっていく。
赤、青、黄、緑に白、黒、少し空いたその窓から皆が飛び込んでしまうものだから、部屋の中は光で騒がしい。
しかしそれを、誰もが何も気にしていない様。
愛し仔だ
合わさっている愛し仔だ
光の粒がさわさわと声を出す。
部屋の中には木の皮で編まれた揺り籠があり、その中にはとても小さな赤ん坊。
ブルーグレーの大きな瞳、レモンイエローのさらりとした髪、肌触りのいい白いワンピース。
まるで揺り籠が宝石箱の様に、その幼子は可愛らしく、美しい。
かわいい
かわいい
「えぇ、とっても可愛らしいわ」
わたしはその幼子に手を伸ばし、綿菓子のような頬に触れる。
それが分かったのか、幼子は手を伸ばしてわたしに触れようとしてきたが、触れることは出来ない。
他の光の粒にも気が付いたのか、それを掴もうとして掴めない。
不思議そうに目を丸くしている幼子の瞳の中には自分の姿、ゆらゆらと人の形をした光がそこに在る。
泣いてしまわぬ前に揺り籠をゆっくり、ゆっくりと揺らす。
心地良いその揺れに徐々に瞼は重くなっていき、すぐに整った寝息が聞こえ始めた。
寝ちゃった
遊びたかった
やっぱりだめ?
「それはいけないことよ。この子にはわたし達はまだ早すぎるもの」
壊れないように壊さないように頬に触れ、あぁ、と息をつく。
無垢なるこの娘のこれからの日々は何と辛いものなのだろうか。
これからの全てを知っているからこそ、嘆かわずにはいられない。
「愛しい仔、愛しいアウローラ・プラティヌム。伯爵の子、水と風に愛されし子。今はゆっくり眠りなさい。全てを忘れ、痛みを忘れ、欲のままに静かに眠りなさい。今はまだ、物語の外側」
歌うように、私は嘆く。
「目が覚めた時、それが貴女の物語の始まり。異世界より連れ出された転生の子、運命の外側より連れ出された子。今は眠れ、眠れ・・・」
徐々にわたしの体が霧散していくのが分かる。
物語が始まのだ。
傍観者は、彼女の傍で物語を観つめていくのである。