第1部-23話「魔法訓練と視線」
以来、アウィス指導の下魔法の実戦訓練が始まった。
プルヌスの魔法教室はどうしたのかというと、勿論そちらの方と剣の訓練は引き続きしている。といっても、魔法の基礎学習は終わり彼に本格的な魔法の練習を強請ってもいい返事は貰えず、それどころか彼と魔法の勉強をする時間が減って来てしまっていた。剣の訓練は早朝から昼までか昼から夕刻までのどちらかで騎士団が宿舎を空けない限りはほぼ毎日であり、それに伴ってプルヌスも軽い魔法の訓練や勉強を見てくれていた。しかし、彼は世界的にも優秀な魔法士故に自国以外の魔物除けの守護魔法の強化のアドバイスをしているようで忙しくしていた。
現在は水の国に居るようだ。
アウローラは手元の手紙を読みながら、ふぅっとため息をつく。
実は数日前久しぶりにアウローラの屋敷にプルヌスが疲れた雰囲気を纏いながらやってきたのだ。丁度両親もおらず、アウィスと二人でこれからの練習計画について話し合っていた時のことだったため、一体何の用かとアウローラは彼に尋ねたのだ。彼はたった一言「愛弟子の顔を見に」という疲れ切った声音で言い放ってきた。
流石乙女ゲームのキャラクターはいうことが違うと感心しながら、その時アウローラはとある人物に実戦的な魔法の訓練をしてもらうことになったと告げた。すると、色々と質問してきた。
やれ誰に教えを乞うのか、やれどういう魔法の訓練をするのか、やれその人物は信頼に値するのか、などとまるで親の様に質問してくるプルヌスに圧倒されながらも質問に応えたのだ。
あまりにも心配するプルヌスは迎えに来たソルバリアに急かされながら、最終的にこうアウローラに約束をしたのだ。
「暫く帰らないから文通しよう」
アウローラの返事を待たずにソルバリアに引きずられていったプルヌスを見送りながら、その時アウローラは、めんどくさい彼氏みたいだなあの人、などと重いながら深く深くため息をついたのだ。
そして今に至る。
プルヌスが国を出て半年、皆が魔法の稽古をして半年だ。
皆の年齢が揃い、11歳となる。
学園に入学するまであと4年ほどあるのだが、すっかりみんなの魔法の腕は同年代にしてはかなり上達している。
結局アウィスはクラースとノヴァにも魔法を教えている。なんだかんだ言って面倒見はいい様なのだ。
さて、ここでアウローラはその光景を見ながら疑問に思う。
―何故、私の屋敷で魔法の訓練をしているのかしら。
そう、後日魔法の訓練をする場所をどうするかという話になった後、ノヴァの鶴の一声「ここでいいんじゃないか」とプラティヌム家の屋敷を指し示しながら笑顔で言い放った言葉で場所が決まってしまった。別段不満というわけではないのだが、もう少しいい所があるだろうとアウローラは反対したが、何故か、他の皆はここでいいんじゃないかとノヴァの意見に賛同してしまった。
取り敢えず両親に聞いてみると言ってアルスとマグナに庭の一角を借りてもいいかと話をしたら、ミールスが傍にいるならいいよとあまりにもあっさりと承諾してしまった。
―2人のミールスに対する絶対的な信頼は何なのだ。
こうして集まれる日は事前に手紙でやり取りをし、剣の稽古がない日の午前中に絞って魔法の訓練をしていた。
今日も昼まで全員でアウィスに教えられながら魔法の訓練をしていた。アウローラはある程度プルヌスの元で魔法の練習をしていたし本格的な物は独学で経験を積んでいたために彼からは応用的な物を教えてもらっている。そんな最中、アウローラはあることが気になっていた。
プルヌスの手紙を装飾があしらわれた箱に丁寧にしまうと箱ごと自室の机の上に乗せた。手紙のやり取りは前世である様な郵便もあるが、プルヌス相手には彼が、というよりもアルメニウムが造った鳥の姿をした人形が手紙を受け取りに来る。それが来るのは2日後なので急いで返事を書くほどではない。
ふと机の上にある本がアウローラは触れていないのに先日よりもずれていることに気が付いて、その本に触れてじっとその場に立ち尽くす。
「どうしたんだ?」
振り返るとすっかりとアウローラの部屋に入ることに抵抗が無くなったクラースがソファに腰掛けながらミールスが作ったクッキーを食べている。その隣にはすっかり馴染んでしまったアウィスと何故か土の大精霊メンシスがそこにいる。彼も彼女もクラース同様にお菓子を食べている。メンシスに至ってはあの小さい姿のままローテーブルにあるお菓子の並べている皿の前に座りながら結構なスピードでお菓子を頬張っている。
いやなんでいるのというツッコミは既にアウローラは諦めている。
というのも、この半年の間結構な頻度で大精霊達はアウローラの元にやって来ては、適当に遊んでいたり本を読んだりと自由に過ごしてしまっている。慣れてしまった、というのが本音かもしれない。
アウローラは無言のままクラースとアウィスの向かいのソファに腰掛けて周囲を見渡す。そして小さく「今はいないか」と呟いてからクッキーを一口かじってからぽつりと呟くように言う。
「最近・・・というか結構前からだけれど、降れていないのに部屋の物が移動しているのよね」
『んむんむ・・・ミールスが掃除して動かしたとかじゃないのかい?』
メンシスがクッキーと頬張りながら言うが、アウローラは首を左右に振ってクッキーを一気に口に入れてお茶で一気に流し込んでから困った様に頬に手を当てながらふぅっと呟く。
「どうやら私監視されているようなのよねー」
まるで今日は肌の調子が悪いのよねーというような、世間話のようなあっけらかんという風に彼女は言う。
「「いやいやいやいやなんでそんなに普通に言うんだ」」
クラースとアウィスの声が重なり、首を振る動きすらもシンクロしてしまっている。
結構仲良くなったなとアウローラは感慨に浸り微笑む。いや、そのように浸る様な話ではないはずなのだが。そんな彼女の姿を他所にクラースは「え」という真剣な面むちで問うてくる。
「えっと、本当か?」
「一応私の属性は風だからね。風の動きで大体の気配はよめるから間違いはないはずだよ」
『んむんむ・・・あー確かにこの前風の大精霊が何やら言ってたねぇ。害はないと思うが見てる人がいるってさぁ』
「いや、何故私に言わないのか」
『気付いていると思ってたしねぇ。肉を得て感覚が鈍くなったのかい?』
一体いくつ目かのバターケーキを皿の上でちぎりながら美味しそうにしているメンシスはさらりとアウィスに言い放った。結構アウィスはその言葉で傷ついたらしく、黙ってしまった。
「ちなみにいつからなんだ?」
クラースに聞かれアウローラは「んー」と言いながら腕を組む。
「半年・・・くらい前かな?」
「いや、結構前だなおい」
「別に危害を加えてくるわけでもないし。それに―」
アウローラは言いかけてしまったという表情で口を噤む。勿論その様子を見てクラース達が見逃してくれるはずもなく、クラースは身乗り出して「それに?」と眉を寄せて聞いてくる。「うっ」とアウローラは言い淀み、ちらりと助けを請うように黙っているアウィスの方に視線を移した。しかしながら、アウィスは先程のメンシスの言葉からすでに立ち直っており、アウローラの言葉の続きに興味を示してしまっているようで、早く言え、と言わんばかりの視線を彼女に浴びせている。
やけにお菓子の減りが早いため補充をしに行ったミールスが戻ってきて、助け舟をよこしてくる可能性を期待して扉を見たが、開く気配は全くない。
仕方がないと観念をしてアウローラは軽く頭を掻いて渋々答えた。
「大体、誰が見ているのか予想出来ているのよ」
「「一体誰だ?」」
再びクラースとアウィスの声が重なる。
兄弟かと言いかけたが絶対怒るからとアウローラは咳払いして考えを払拭し、続ける。
「多分だけど、コラリウム公爵家の人間だと思うわ。多分背格好から見て長男のウェリタス・コラリウムじゃないかな?」
「は!?なんでまた!?関わったことないだろ!?」
確かにクラースの言う通りである。
伯爵家は騎士の家系であるため、王家と直接的なやり取りはあれども、国家の運営をしている公爵家とは関りが殆どない。あると言えば、王家主催のパーティや要人警護で軽く放す程度のものだろう。勿論、プラティヌム伯爵家の親族に公爵家に嫁いだ、または婿入りした人などいないし、ノヴァとインベルと遊んでいる時でさえ話題に出ることもない。
しかしながら、アウローラは公爵家の中でもコラリウム公爵家の裏の役目を知っているからそう予測できているのだ。
コラリウム公爵家の長男ウェリタス・コラルリウム、彼は攻略対象キャラクターだ。
性格はよくある遊び多き人、所謂チャラ男のポジションだ。戦闘の腕も確かで、魔法の腕のいい、至ってはすらりと背の高いルックスと甘い顔立ち、女性ウケがよく周囲には女の子の姿が絶えない。
そんな彼なのだが、その実態は王族の為に汚れ仕事、暗殺や諜報を得意とする一族なのだ。
あと2つほど、彼には秘密があるのだが、まぁこれはある特定のイベントを見ないと発生しない裏設定のような物なので現状には関係ないだろう。
何故このウェリタス・コラリウムがアウローラを監視しているのか、それは恐らく、国王に頼まれたとかだろう。
国王はインベルとノヴァの友人であるアウローラの事を気には欠けてくれている様だが、それと同時に、彼女の剣の腕や魔法の腕が他の子供達に比べて数段勝っているという事実を恐れているのだろう。なぜそこまでして強く成ろうとしているのか、聖女と友人になった意味、インベルやノヴァに近づいている意味、それが全く分からないのでその真意を探ろうとしているということなのだろう。
前世の記憶を持ってて未来に何があるのか分かるのです、と簡単に言ってしまえばなんと楽な事か。言っても別段罰則も何もないのだが、アウローラとしては信じてもらえる可能性が低いと考えている。このような突拍子もない話を信じてくれる人は確かに少ないだろうが。
コラリウム公爵家の話は王族以外誰の知らないことだ。ここで言って変に噂が広まれば、本格的に国王が動き出しそうなので何といったらいいかアウローラが考えあぐねていると、残っていたバターケーキを全て平らげたメンシスが口元を袖で拭きながら言う。
『コラリウム家といえばあれだね。よくいろんなところを嗅ぎまわっているワンコだね。他の国じゃ有名な話だよ』
さも当たり前の様に彼女がそういう。
知っていたのかとアウローラが驚いていると、アウィスがふむと顎に手を当てる。
「つまり、アウローラが王族から危険視されているから監視が付いているということか?」
「あー・・・まぁ大方そうじゃないかな?」
危険視程危険視もされていないと思うが。もし危険視されているとしているならば、部屋を探ったり遠くで監視したりする程度で済むはずがないだろうし、半年間も長期間で見るはずがないのだが、アウローラは適当に肯定する。
「はぁ?アウローラ、危険視する要素あるか?あんなにフロース達と仲いいのにか?」
「表面上仲良くすることも可能だろうと考えているのではないか?」
「それこそ意味わかんね。そんな取り繕うことできるやつだと思うか?見た目は可愛いが思ったらすぐ行動するような脊髄で生きているような奴だぞ?」
「へぇーほぉー」
クラースの一言を聞き逃さなかったアウローラは身乗り出してにやりと笑う。その彼女の表情を見てクラースは自分が言ったことを思い出して一気に顔が真っ赤になってしまった。
「クラースはそう思ってくれてたんだぁ。うんうん、嬉しい、嬉しいけども」
クラースの前に取り分けられた生クリームと真っ赤な苺が乗ったマフィンをアウローラは奪い取り、一気に口の中に投げ入れる。それを見て「あぁ!!」とクラースは叫ぶが、アウローラはそれを飲み込んでふいっとそっぽを向いてしまった。
「脊髄反射女と呼んだことは減点なのでお菓子は没収です」
「あぁぁあぁ・・・あとで食べようとして残してたのによぉ・・・」
ソファにぼすんと背中を沈めてクラースは天井を見つめて、独り言のように呟く。
「でもほんとさ。王族、あぁいや、インベルとノヴァは別として、あいつらがアウローラの事をそう思っているのは面白くねぇなぁ」
別段困っているほどでもないのだがとアウローラは首を傾げる。すると「よし」っと一気にクラースは状態を起こした。
「なぁ、監視やめろってそんな必要ねぇって言えねぇもんなの?」
何を言い出すやらとアウローラもソファに背中を預けた。
確かに王族に自分の行いが認めれていないことは悲しいが、監視があるということは王族が聖女達を重要視しているということを意味している。それに監視があることであの二人の身の安全が保障されるならばそれは願ってもないことだ。
まぁ、現時点でウェリタス・コラリウムと仲良くできれば後々楽になると思うが、しかし、光の大精霊ルート以外では彼のルートが一番難しく好感度は上がらないし選択をミスると後半きつくなるというものだ。そう簡単に行くはずもない。
アウローラの頭の中にゲーム内での彼の顔が思い浮かぶ。
ブルーネイビーのゆるふわパーマでブロンドの瞳を持つ少したれ目のイケメン。
その時アウローラの頭の中になにかがちらつく。それを思い出そうと彼女は考え込むが、クラースとアウィス。メンシスは話を続けている。
「一番簡単なのは上に直談判だろう」
『上というと国王だろう?そう簡単に会えるもんなのかい?』
「いや、正直無理だな。あの王子2人ですらあんまり会えないみたいだしな。俺が会わせてくれと言っても無理だろ」
『じゃあアウローラに危険性はありませんって大々的になんかできないかい?』
「何だ?旗でも作るか?」
『作るのは任せてくれよ!』
「いやいや、やめろ。何でそんな話になる。あとはそうだなぁ・・・捕まえてアウローラの事を危険はないと報告させるとか?」
「!わかった!」
3人が話をしていると、唐突にアウローラが立ち上がり思い出したように手を叩く。突然の彼女の行動に全員が驚き、クラースに至ってはソファからずり落ちそうになっている。
「い・・・一体何なんだよ・・・」
「捕まえる!いいわね!うん、いいわそれ!」
アウローラはキラキラした表情でずいっとクラースに顔を近づける。
「私、ウェリタス・コラリウムと話がしたい!うんうん、いい考え!」
アウローラはテーブルを叩いて、天井にこぶしを突き上げた。
「ウェリタス・コラリウム捕獲作戦会議をしましょ!」
「・・・昔からアウローラはこうなのか?」
「観念しろ。こうなると梃子でも考えを変えねぇ」
『面白い子だねぇ』
意気揚々と机から紙とペンを持ってきたアウローラとは反対に飽きれたような表情を浮かべているクラースとアウィス。メンシスはというと、まるで観劇をしているような嬉々とした表情で自分の考えを口にするアウローラを見ているのだった。
※
何故か悪寒がして、振り返る。だが、勿論そこには何もおらず王城の美しいが長い廊下が広がっているだけだ。
「風邪かな?最近外が多かったもんなぁ」
腕をさすりながら足早に廊下を進んでいく。
アウローラ嬢を監視する任についてからは暫く家には帰っておらず、王城の客室で過ごしている。
料理をすることもできるし、本もある。何も不自由がないのだが、たった1つだがとても大事な1つが半年も出来ていない。
「はぁ~」
自室へと戻りながら彼、ウェリタス・コラリウムは大きくため息をついた。
家に戻りたいが、仕事はしなければ。
扉を開いてブルーネイビーの長い髪を翻しながら、彼は自室へと消えていった。




