第1部-22話「昔々」
ロサが語る。
“昔々”で語られるような、寝る間際の布団の中で聞くような柔らかな声音で。
だけれども、それは御伽噺ではなく本当にあった出来事だ。
『あれは2562年前の出来事。
それまで世界には平和なものであったのさ。だけれど突然あれはやってきた。どこからともなくやって来た。
赤黒い獣の姿でその体躯は一つの街ほど、歩けば地響きが鳴り響き人はその姿に恐怖した。
たくさん死んだ、数え切れないほどの命が散った。まるで幼子が道端に咲く花を手折るようにあっけなく。
何とか大精霊たちでその巨躯を削って、削って、削って・・・だけれど削ったからだから別の生命体が現れる。
大地が全ての生き物の血で濡れた頃、皆はその赤黒い獣を“厄災”と呼んだ。あぁなんてぴったりな呼び名だろうか。
人の数はもう半分以下になってしまったのだから。
その獣の姿が何万分の一ほどに削れた頃、魔物が溢れてしまった頃、大精霊たちは考えた。
人は防衛線を作って何とか生き延びているけれど、いつまでもつか分からない。
だから、マーテルとパテルに相談することになったんだ。
そこで精霊たちは魔物に対応できうる人間を作ろうと、大精霊たちの祝福をたくさん与えた人間を作ることに決めた
“大精霊の愛し仔”と当時は呼ばれていたけれど、現在は“聖女”と呼ばれている存在の選ばれし子。
だけれども、特別な力を与えたとはいえたった一人で挑ませるのは難儀だろうということで騎士をつけた。
この世界にはもう対抗できるような人間は手いっぱいだったから、少しイレギュラーな人間を連れて来て騎士にした。
結果何とか“厄災”を倒すことができた。そう、倒したんだ。しっかりととどめを刺した。
本来“厄災”の体の一部から形成された別の生命体、所謂“魔物”は“厄災”を倒したことで発生することは無くなり緩やかに数が減っていくはずだった。しかし、何年たっても何年たっても魔物はいなくならない。
それどころか、“厄災”を倒したことで聖女の役割は終わったはずだった。
しかし、数十年後、再び聖女がこの世界に誕生し、“厄災”の姿は無かったものの、魔物が大量発生し、多くの被害が起きた。
その数十年後、その数十年後、と一定の周期で聖女の力を必要とする“何か”が起こるようになってしまった。そして今に至る。
どうかな?大まかなことはこれで終わり。本当はこの伝承もしっっかりと彼女達のたびに同行した当時最強と謳われていた賢者が
残していたはずなんだけどぉ・・・なんでないのかなぁ?ほれ、何か質問ある?なんでも答えてやるよこのわえが』
一気に説明されて皆が押し黙る。
すると「えぇっとつまり」と言いながらアウローラが額を抑える。
「大精霊は寿命が来ると人を選んで力を丸ごと渡してその人を大精霊にする。そして聖女というのは元々その厄災を退けるために存在していて、大昔に倒したはずなんだけど、なぜかまだ生きている可能性があってこの世界に“何か”を起こしている。その生きている可能性を示唆しているのが、聖女の存在・・・ってこと?」
『その通り!!いやぁ何とか伝わってよかったよかった』
満足そうにロサが何度も頷く、のだが、アウローラは未だに頭を抱える。
アウローラは光の大精霊ルートをやっていない、とはいっても、他のルートは全て攻略済みでしっかりと内容も覚えている。どんな説明があったかも覚えているのだが・・・この話はほぼ初耳であり、内心光の大精霊ルートで話を詰め込みすぎなのではないかと目頭を揉む。なんとも、話を聞いただけなのに会社の文字ばかりの資料を見た気分だ。
それにしてもこのゲームは本当に女性をターゲットに造られた物なのかという疑問すら浮かんでしまう。
後で部屋に帰ったら一度纏めておこうと決意してから、ロサを見る。
何か質問があれば、とロサは言った。
質問、質問とアウローラは心の中で念仏を唱えながら先程聞いた話を反復する。
皆が考え込んでいる中、ノヴァだけは手を上げて質問をぶつける。
「昔の資料が消えてしまっている中、王と伝わっているのはなんでだい?」
『あぁ多分それは聖女が最終的に倒した“原初の厄災”の姿は背の大きな男の人だったからかと。服装もなぁんか王様っぽかったし、魔物を率いていたからなぁ。その前の姿はホントすごかったぁ』
ロサがうげぇと舌を出す。
『姿は四足歩行の獣っぽいんだけどさ。体毛は赤黒いし、目は真っ赤だし、口からヘドロみたいなものは垂れ流しているし、所々体は液状化しているし・・・まるで腐っているか、予定よりかなり早く生まれたみたいな姿だよ・・・今思い出しても身震いする』
「・・・?もしかして、当時ロサその場にいたのか?」
『・・・さぁて、他に質問はないか?何度も答えるよ!』
「いやだから、当時ロサは―」
『他に!質問はないかなー?ない?』
クラースの質問には一切答えずにはじけるような笑顔のままロサが周囲を見渡す。
完全なスルーにクラースは頭をガシガシと掻いてから、大袈裟にため息をついてどかっと背凭れに深く体を鎮める。怒ったというよりも拗ねたらしい。
「クラース、一応言っておくが、風の大精霊に年齢及び年齢を示唆するような質問は一切答えてくれないぞ」
「ちっ・・・わかった、肝に銘じておくぜ。風の大精霊は年増の若作りだって―いってぇ!!」
見事にクラース頭にロサが何処からともなく取り出した親指ほどの木の実がクリーンヒットした。結構な痛みだったらしく、当たった部分を抑えて彼は悶絶している。
『うっさいばぁか!!人に生きた年数を聞くもんじゃないぞばぁか!』
「~~~!別にいいじゃねぇか!人間に聞くならまだしもお前大精霊だろうが!」
子供の様に言い争いを2人は始めてしまう。
真面目な話をしているのに、一体どうしてこうなるのだろうかとアウローラは呆れながら止めようと口を開きかけた時、それまで黙っていたアウィスが口を挟む。
「いや二人とも、大精霊は全員若作りの年増だぞ」
そう言うことではないだろうと他全員が思っていると、ロサがアウィスをギロリと睨み付けて声を荒げる。
『そういうことじゃないんだよこの若造!説明終わり!帰る!!じゃあね!何かあったらまた呼んでよ!!』
それだけ言うとロサは風を纏ってその場から消えてしまった。
嵐の後は静かだというけれども、案の定、嵐がいなくなった部屋の中はしんっと静まり返ってしまっていた。
しばしの沈黙の後に、ルミノークスがアウィスに尋ねた。
「やはり、大精霊も人間と同じく年齢を気にいたしますの?」
「いいや、風の大精霊が特殊なんだ。先程言ったように人から大精霊へと特殊な儀式によってその存在を変質させるが、性格は人であった頃のままだ。だけれど、時を重ねるごとに段々と人の考えとは逸脱する。大精霊歴が長いほどそれは顕著だ。風の大精霊は私の先代以前からだが、光の大精霊から受け継いだ記録によれば昔からあの様な性格だったらしい」
「はぁ!?先代以前ってどれくらいだよ!?」
思わずという風にクラースは素っ頓狂な声を上げる。
先代以前ということは、ロサはゆうに1000歳を超えているのではないだろうか。
「ロサがオリジナルの風の大精霊なのかな?」
「いや、それは違う」
インベルの質問にきっぱりとアウィスは否定した。
「光の大精霊の記録は重要な記憶ではないと古い記録から消えていく。だが、最古の重大な記憶、初代聖女の記憶はしっかりと記録している。聖女の騎士と賢者の顔は覚えていないが、確かにその当時の風の大精霊の顔は今とは違っている」
「それは安心した。あの様な性格の大精霊がオリジナルだとしたら世も末だと思ってしまうところだった」
笑顔で辛辣な言葉を口にするノヴァに「それは否定できない」とアウィスは疲れたように呟く。
すっかり冷めきってしまった紅茶をアウローラは口に含んでから、目頭を揉んでいるアウィスへと問うた。
「それで?その元凶がその“原初の厄災”として、この闇の大精霊の消失にそれが絡んでいるということなの?」
「あぁ」
短くアウィスが返答する。心なしかその声が落ち込んでいるように聞こえるのは疲労の所為なのだろうか。それとも、先程から闇の大精霊の話題を振ると落ち着きが無くなることから、アウィスにとって闇の大精霊は大切な存在であるということを示しているのだろうか。
「闇の大精霊の消失はすぐに我等大精霊は感知した。すぐに精霊たちを派遣したが既に闇の国にその存在は確認できず、何があったかの痕跡すら無かった。十数年の間大精霊全員で力を出し合って闇の国の守護、及び、闇の大精霊の捜索を行ったが全く持って手掛かりが掴めない状況だった。だが・・・」
アウィスがちらりとフロースとルミノークスをちらりと見た。
ルミノークスはびくりと体を震わせてアウローラの服の裾を掴んだが、フロースは真っ直ぐとアウィスを見る。その姿を見てアウローラはやはりフロースは主人公たる人なのだと感心する。
「聖女が産まれていたと知って合点が行った。聖女の存在が“厄災”が現代において存在しているということの証明だ。もう少し早く知ることができていればと悔やまれる」
「どういうことだい?」
含みのある言い方だ。
アウィスはふぅっとため息をついて腕を組む。
「大精霊といっても万能ではないし、自国を守ることだけでも消耗をする。それに加えて闇の国の守護及び捜索が加わっていたわけなのだ。皆あぁ言う風にしているが、恐らく闇の国の守護ができるのはあと10年も持たないだろうな」
「・・・もし他の大精霊の方々の守護が切れたらどうなるのですか?」
「確実に魔物が増殖し人が住めなくなる」
淡々というアウィスの言葉にその場にいる全員が息を呑んだ。
「大精霊の守護というのはその国の魔力の安定、そして魔物が一定以上に増殖しないようにすること。そして、人が住んでいる場所に魔物が近づかないようにすることだ。あくまで近寄らせないようにだからある程度は人が防御魔法をしなければならないが、それでも大精霊の守護があると無しでは段違いに違うだろう。大精霊がいなくなるということは、その守護が一切合切無くなるということだ」
「ちなみに闇の大精霊がもうこの世に存在しないということは無いのかい?」
「それもない」
「きっぱりと言い切るんだな。大精霊は魔力切れ以外で死なないとかか?」
アウィスは首を左右に振る。そして目を伏せて手元を見つめた。
「・・・大精霊も命あるものだ。人よりは遥かに頑丈だが攻撃を受け続ければ痛いし死ぬ。そして、大精霊の死は先程言った守護が無くなるということよりも遥かにまずい状況になる」
「人が住めなくなる以上に酷いことって・・・闇の魔法が使えなくなるとか?」
「インベル、中らずと雖も遠からずだ。大精霊は魔力を調整する役割を担っているというのでそのような事も起こる。しかしそれだけではない。大精霊が死ぬと、母なる大精霊マーテルより再び大精霊が造られる。そのために母なる大精霊マーテルは無作為に人を選び大精霊の素材とする」
「!?そんなことって・・・」
フロースがアウィスの講義を使用とするが、彼に行ってもしょうがないと気が付いたのか身乗り出した体をすとんとソファに体を落とす。
「それを回避するために何が何でも闇の大精霊が死んでしまう前に探さなければならない」
「どうやって・・・」
フロースの呟きに一同が顔を見合わせる。
大精霊が懸命に捜索しても全く手掛かりが得られなかったのに、自分たちで探すことができるのだろうかと不安になる。それに、もし間に合わなかった場合に起こることを思うと身震いしてしまう。
大精霊を造り出すための人間の選別―それは大量虐殺変わりないのではないだろうか。
そんな心配を他所にアウィスは「猶予はある」とはっきりと口にした。
「先程の風の大精霊はあぁでも本当に天才でな。大精霊がもし何かがあった時用にとある魔法を込めたものを精霊体に組み込んでいる。それは強化魔法の一種であれ曰く簡単に言えば何回か生き返るという物らしい」
「それ、凄いね」
思わず感心するような言葉が漏れたアウローラ。
アウィスは頷くと続けた。
「1回魔力が付きかけると強制的な休眠状態に入って1年間ほど周囲の魔力を少しずつ吸収し生命維持できる程度まで回復するまで眠り続けると言った物らしく、それを解除する方法は大精霊しか知りえない。保険として自分自身のものは解除できないといったものだ。それが十数回できる。休眠状態の場合は自国の守護が極端に弱まるから他の大精霊は感知できる。その極端に弱まった状態が確認されたのは4回。最低でも6年間は猶予があるだろう」
「6年・・・」
ゲーム本編が始まるのが15歳だ。
おおよその時期が合う。
良くも悪くも今もなお、ゲームのシナリオに近い状態まで世界が進んでいるということだ。
「そこで、だ」
アウィスがフロースとルミノークスを指さす。
「猶予があると言っても10年にも満たない。“聖女の力”を会得していない、封印が解除できていない状況では“厄災”に太刀打ちできないだろう。なのである程度戦えるように実践的な魔法や歴代の聖女が使っていた魔法を現代の聖女に教えよう」
「え」
「まぁ」
フロースとルミノークスが目を丸くする。
「はい」とクラースが手を上げた。
「俺も教えてもらってもいいのか?」
「いいが、君は恐らく無理だな。センスがない。そこのインベルとアウローラなら確実にできるな。ノヴァは努力次第といったところか。2人は剣の方がいいと思うぞ」
はっきりと言われて落ち込むクラースの肩をノヴァが叩くと、お互い慰め合うように背を摩りあっていた。なんだこいつらとアウローラは横目で見ながらアウィスに問う。
「ということは、インベルと私は教えてもらえるということ?」
アウィスが「あぁ」と頷くのを見てからいぇいとエアでインベルとハイタッチをする。
フロースとルミノークスが顔を見合わせて頷く。
「是非、お願いします!」
「お願いいたしますわ!」
「わかった。本日からと言いたいが今は与えた情報を整理したいだろう。明日からにしようか」
「そうだね。急に押しかけちゃったし、アウローラももう少し休みたいだろうしね。ね、兄さん」
「そうしようか。うん、そろそろお暇しよう」
「行こう、ルミノークス」
「そうですわね」
「俺も帰るかなぁー」
「あ、だったら皆を玄関まで見送るよ。アウィスはここで待ってていいから」
ぞろぞろと扉から会話をしながら出ていく皆の背中を見送ってからアウィスは天井を仰いだ。
大体の状況はこれで全員が把握してくれただろう。あとは、彼等の努力と大精霊のサポートが必要となる。
聖女の教育ももちろんだが、アウローラから感じ取れる力・・・彼女を鍛えることによって強くすることができるだろう。他の少年らはおまけに鍛えてやろうとアウィスは口元を緩めた。
そういえば風の大精霊について一つ言っていなかったことがあったと思い出した。
「風の大精霊は何故か成長しているのだよな」
別段話すほどの事でもないだろうと思い、アウィスは姿勢を正してすっかり冷めた紅茶をゆっくりと飲み始めた。




