第1部-19話「説明してくれるね?」
あの日はもう屋敷から出るなと言われ、次の日はアウィスに屋敷の中を案内したり、使用人たちを紹介したりで1日を費やした。アウィスの滞在する部屋はアウローラの自室の隣になったようだ。
今日で光の大精霊改めアウィスがプラティヌム伯爵家にやってきたのはまだ3日目だが、完全にアウィスはこの屋敷に馴染んでしまった。アウローラは当初から気にはしていないが、もうすでに元からアウィスがプラティヌム伯爵家にいたようにふるまっている。
今日両親の姿はすでにいなく、どうやら先日召集された件で追加の情報があったらしく早朝王城へ向かったと着替えを手伝ってくれる際にミールスが教えてくれた。ついでにアウィスがプラティヌム伯爵家に長期滞在する旨を国立管理施設の住民管理部門へ申請してくるらしい。所謂アウローラの前世で言うところの役所であり、中央エリアにある赤煉瓦の建物だ
王族の敷地は王城、公爵家の屋敷、騎士団宿舎、訓練所を含めた敷地だ。王族の敷地は王族、公爵以外ならば貴族を含め王城に勤めている人間及び騎士、特別に許可を得た人間にしか敷居をまたぐことを許されない。その王族の敷地を囲むように住民の公共施設が建設されている。それは中央エリアと呼ばれているのだ。
中央エリアにあるのは、国立図書館、国立管理施設所謂先程言った役所、郵便局、裁判所、国営会館、国立魔法研究所の6つだ。
消防署や警察署がないのは、それを担っているのが騎士団だからである。
国立管理施設は他国からの留学生の管理も行っており、留学生の申請をしておくと国民ほぼ同等の庇護が与えられる。
大精霊に庇護も何もないと思うが。
「申請させてよかったの?」
共にアウィスと朝食を取りながらアウローラが彼に質問を投げかける。
気品よく静かに食事をとっているアウィスがすまし顔で国の中に入っていた物を飲み込んだ後、丁寧に口を拭いてから答えた。
「問題はない。昨夜のうちに書類は偽装しておいた。闇の国に照会をさせないように完璧に。もし何かあれば出向いて“認識の改竄”をする」
「そう。あ、ルシオラ、このソーセージあげる?」
『お!いいのか!?』
何やら物欲しげに見つめて来ていたルシオラにソーセージを分け与えると彼は嬉しそうにソーセージを両手で抱えて頬張っている。他の大精霊を見る限り食事の必要性はなさそうだが、ルシオラだけは昨日の夕食の時も物欲しげにこちらをじっと見て来た。
アウィスは小さくため息をついてフォークでアウローラを指した。
「あまり火の大精霊を甘やかさないでくれないか?調子に乗るんだコイツは」
「何かあげたくなるのよねー」
テーブルの上でソーセージを頬張っているルシオラを指でつつく。
ふと、遠い記憶にある弟の姿を彼に重ねた。
あの子も小さい頃はホットケーキを一生懸命頬張っていた。
ルシオラの姿を見てくすくすと笑う他の大精霊たち。そしてふと、ロサが「あ」と声を上げて元の大きさに戻りアウローラに拳を突き出してきた。
受け取れというらしく、アウローラはおずおずと両手を差し出すとその掌にロサがコロンと親指の爪ほどの大きさの緑色の透明度の高くつるりと丸い鉱石が乗せられる。まるで数珠のようなその玉を摘まみ上げて陽に照らすと、中で高濃度の魔力が渦巻いているのが分かる。恐らく魔鉱石のかなり純度の高い物なのだろう。
いったいこれは何なのだと石とロサの顔を見比べていると、ロサが白い指先でそれを指さした。
『契約をしていればアウローラが呼べなすぐ来れるんだけれど、契約はしていないからその代わりにこれの登場。これはわえの体の一部を結晶化させたもので、それにアウローラが魔力を注いでくれればこの場所に一気に来れる品物』
「体の一部って・・・」
体をそんなことして大丈夫なのかとアウローラは視線で訴えかけると、ロサは僅かに目を見開きふっと笑うとアウローラの頭を撫でた。僅かにそれを見てアウィスがピクリと眉を顰めたが、アウローラは気付いていない。
『優しいね。大丈夫。精霊の体は高密度の魔力で造られているから、それくらいの結晶は人間でいうところの髪の毛1本くらいのものだよ』
なら、とアウローラは視線を石へと向けた。
キラキラと手の中で輝いているそれをぎゅっと胸元で握りしめる。
『さて、しばらく我が国を空けてしまった。先に戻っているよー。んじゃね!』
ロサはそう言って笑うと手を振って一陣の風となってその場から消えた。すると他の大精霊たちも元の姿に戻ると、ロサと同じく色とりどりの魔鉱石をアウローラの掌の上に乗せて来た。
『私も戻ります。ついでに隣国である闇の国の様子も伺って、守護の綻びがあるようでしたら修復しておきます。では、アウローラ。何かあればいつでも呼んでくださいね』
フェーリークは小さく手を振って背を向け窓辺に近づきながら霧のように消えていった。
『アタシの国は何日空けようが大丈夫だろうけど、まぁこんなご時世だから戻るかねぇ。いつでも暇してるから、煙草の煙が嫌じゃなけりゃ呼んでくれさ。ほんじゃ、ばぁい』
ルーナが煙を纏い、その煙が消える頃には彼女の姿はもうそこにはなかった。その煙にルシオラが僅かにむせながら、手で空中にある残りの煙を払う。
『ひー、アイツの煙オレ嫌いなんだなぁ。んじゃ、オレも帰るわ。またなアウローラ!飯と菓子美味かった!また食べに来るからな!』
にっと人懐こそうな笑みを浮かべてアウローラの髪をくしゃりと撫でてぼっと蝋燭の火が最後一気に燃えるように体に火を纏わせ、いなくなってしまった。絨毯には燃えカスや焦げ跡など一切ない。
それにしても、大精霊はやたらとスキンシップが多いなと乱れた髪を直す。
別段友人相手ならば触れられることは嫌でもないし、前世でそういう仕事をしていたこともあったので嫌悪感などないが、やはり距離が近いというのは一応婚約者がいる身では少し考えなくてはならないことだ。
クラースがこの場にいれば怒っていることだろう。
もう少し貴族であり婚約者がいる身であることを自覚してくれと。
自ら接近しないが相手が触れてくる場合の対処法も後でクラースに聞かねばならないとアウローラが考え事をしていると、視線を感じてそちらを見る。すると、アウィスがじとっとこちらを見ているのだった。
大精霊たちから貰った魔鉱石を胸元で握りしめながら、眉を顰める。
「え?何?」
「・・・君、結構人から好かれるタイプではないか?」
突然のアウィスの言葉にアウローラは首を傾げる。
彼女は少し考えるが、首を左右に振る。
「分からない。自覚したことは無いけど」
「・・・そうか。まぁ一緒にいればいずれ分かるか」
独り言のようにアウィスが呟き、優雅にパンを小さくちぎり口に運んだ。
含みのある言葉にアウローラが問いかけようとすると、バタバタと廊下を誰かが走ってくる音が聞こえて来た。それと同時に、珍しく焦りを帯びたミールスの声も聞こえてくる。
「あの!アウローラ様は現在朝食中でして!申し訳!ないの!ですがぁぁぁぁぁ!!」
ずざぁぁぁっと現在アウローラ達がいる部屋の前に急いでミールスが立ち塞がる音が聞こえる。なんだとアウィスとアウローラは一度顔を見合わせて、同時に扉を見るがその扉が開く気配はない。代わりに穏やかな少年の声が聞こえてくる。
「ごめんよ。この人達聞かなくって。ほら、ミールスも困っているし、後にしよ?ね?」
「あれ?インベル?」
この優し気な声はインベルだ。
今日は訪問の予定はないし、それどころか“1週間外出したらおやつ抜き”と両親にきつく言われてしまったので、剣の稽古も魔法の授業も出来なくなってしまった。事情をマグナから話してもらい、プルヌスの授業はプラティヌム伯爵家に直々に彼が来てくれるので明日以降聖女二人とこの屋敷で授業となり、剣の稽古は自主練か許可は得ていないがアウィスに相手をしてもらう予定だ。本来ならばクラースが適任だろうが、今日彼は王子2人組とプルヌスの魔法授業を受ける予定だったはず。
そうだ、その予定だったはずだ、とアウローラはこめかみを掻く。
ならばこの場所にインベルがいるのはおかしい。そこで、嫌な予感がアウローラの脳裏に過る。
インベルがいるならば、もしかして、と。
「いやいやいや。俺はただ単に、1分1秒でも早く、アウローラ本人に話を伺いたいだけさ。」
「そうです!失礼を承知ですので!」
「あなた方、こういうときだけは息ぴったりですのね」
ノヴァ、フロース、少し疲れ切ったルミノークスの声も聞こえて来た。
「ホントだよ・・・ミールス、ごめんな」
「謝るのでしたら!この屋敷に来る前に止める努力を致してください!あ!お待ちください!丁度いいところにルーベル!施錠してください!」
「はぁ!?いきなり何さ!まぁするけど」
もう片方の扉がガチャリと施錠される。
どうやら部屋の外で何やら攻防が行われているらしい。
もう片方の扉が閉まっているのを確認した人物が舌打ちをしてミールスの元へと戻っていく。その途中に間延びした「頑張れー」と欠伸混じりのルーベルの声が聞こえてきた。
これは一体どういう状況なのだろうか、とアウローラはたじろぎ、急いで朝食を片付けようとする。既に朝食を食べ終えてしまったアウィスがアウローラに言う
「まだ朝食が残っているのだろう?ゆっくり食べるといい。我がもう少しかかることを説明してこよう」
「ちょ!ちょっと待って!!」
立ち上がろうとするアウィスの腕を引っ張る。
何だと言わんばかりの表情を浮かべてアウィスは立ち止まった。
恐らくなのだが、ここでアウィスが登場すれば話がまたややこしくなるような気がしてならない。それに、彼のことを説明するならば大精霊の話もしなければならない。
もう少し落ち着いてから、しっかりと大精霊について当人から話を聞いてから皆に説明しようと考えていたアウローラにとっては、現在全員集合をしているのは完全なる誤算だ。うまく説明できる自信がない。かといって、このアウィスに説明をさせようならば、淡々と伝える故に言わなくていいことも全て話してしまいそうだ。たった数日しか一緒にいないが、ゲーム内での彼の言動を見る限りそうに違いない。今皆を不安にさせるようなことを話すことは得策ではない。
アウィスの腕を掴んだままぐるぐるとアウローラは思考を巡らせ、最善策を考える。
それにだ、経験上分かる。
あのノヴァの口調は、完全に怒っている。
ノヴァは怒ると見た目的には怖くないのだが、笑顔で怒ってくるから圧が凄いのだ。
早く朝食を食べて話を聞くべきか、もう少しゆっくり食べてノヴァの怒りが僅かに収まるのを待つか、様々な考えが頭の中を駆け巡りパンクしそうだ。
―というか、なんでこんなに皆がここに殺到しているんだ?
すると、ふわりと体が急に宙に浮いて「ひゃぁ!?」という声を出してしまい、両手で口を塞ぐ。見ると、アウィスが軽々と片手でアウローラを抱きかかえていた。
「考えても分からない場合は一度逃げた方がいいだろう」
「いいいいや、ちょ、ちょっと待って!」
「あ」
思わずアウローラが身じろぎすると、アウィスがバランスを崩してアウローラと縺れながら転んでしまう。結果、端から見ればアウィスがアウローラを押し倒したような姿になってしまった。
「すまない。人間の子供の姿であることを失念していた・・・」
「うん・・・まぁ私の為にしてくれたみたいだから許すよ・・・」
ぶつけた後頭部を摩りながらアウローラは肘で身を起こし、アウィスも立ち上がろうとしたとき、視線を感じて2人は扉の方へと視線を向けた。
扉は開かれていたのだ。
ルミノークスとインベルは赤面しながらあわあわと焦り、クラースは状況がすぐわかったようで呆れたようにため息をついて、ノヴァは笑顔、フロースは目を丸くしている。ミールスはというと、何とタイミングの悪いとでもいうように額に手を当てて項垂れていた。
アウィスは皆の視線にすぐにアウローラから避けて後ろに下がり、アウローラは立ち上がってスカートの裾を払ってからとりあえずと言わんばかりに引きつった笑顔で挨拶をする。
「えっと・・・おはようございます。皆」
「おはよう。アウローラ」
ノヴァが笑顔のまま答えてくれる。が、笑顔が冷たい。
ははは、と乾いた笑いを浮かべながらアウローラは後ずさり窓から逃げよかと頭をよぎってしまうほどの圧だ。
「クラースとプルヌスから話は聞いたよ。怪我をしたのだって?かなり大きな」
「あーうん」
余計な事を、とクラースにじとっと視線を送ると、クラースは両手を合わせ無言で謝って来た。彼は嘘がつけない人だから、アウローラが剣の稽古に来ていない話を聞いてノヴァに詰め寄られたのだろう。フロースとルミノークスは恐らく県の稽古を見に来てアウローラがいないことに気が付いて、クラースに尋ねた、といったところか。
アウローラは視線を彷徨わせて、助けを求めるようにミールスを見たが、彼女は首を左右に振った。
「観念してください」
彼女はそう言っているようだった。
両親の次は友人達から説教コースかとアウローラは肩を落とす。
「それに、そこにいる彼」
ノヴァがアウィスを見るが、彼は何も言わずにふいっと視線を背けただけだ。ノヴァはその反応にふむ、と頷いてからアウローラの両肩に手を置いた。
「説明、してくれるね?」
「・・・はい」
アウローラはドレスの腰のリボンにナプキンに包んでしまった大精霊から預かった魔鉱石に触れる。
今彼等を呼んだならば、この状況から助けてくれるだろうか、とアウローラは切に思った。




