第1部-18話「協力関係」
「お前何をしたんだ!!」
クラースがテーブルを叩くと、音を立てテーブルの上にあるティーカップが床に落ち、茶色いシミを広げていく。
この部屋にはもうすでにアウローラとクラース、大精霊しかいない。
昼食を終えると何やら王城の方からアルスとマグナに召集がかかったらしい。既に引退をしているマグナも呼ばれるとはどうしたのかとアウローラが尋ねると、闇の大精霊がいなくなった影響で世界全体の守護が弱まり魔物が狂暴化するという事例が後を絶たないらしい。最近2人が家を空けていたのはこれが理由の様だ。
アウローラに一人にしてすまないと謝りながら足早に彼等は屋敷を後にし、昼食の片づけをした使用人たちも各々仕事に戻り、ミールスは未だ調理場から戻ってこない。
掴みがからん勢いのクラースの袖を掴んで、くんっと引っ張ると彼はちらりとアウローラを一瞥してから舌打ちをして席に着く。アウローラは真っ直ぐに光の大精霊を見て、推測を口にする。
「“認識の改竄”をしたのね」
「な、なんだそりゃ」
クラースが素っ頓狂な声を出すが、光の大精霊は僅かに眉を動かし、他の大精霊は面白そうな表情を浮かべて周辺を漂っている。
大精霊についての詳しい解説が入るルートは光の大精霊ルートのみだ。アウローラはそのルートをクリアしていないのだが、他のルートをクリアしていればある程度察しがつくし、学園内の図書室をくまなく探索すると“大精霊の考察書”と呼ばれる著者不明の書物を入手し、その内容を確認することで大精霊の大方の説明がされている。光の大精霊ルートで詳しい解説がされるのは、恐らくこの図書室の書物を入手していない人向け、及び、プレイヤーの考察の答え合わせといった意味合いだったのだろう。
“大精霊の考察書”を調べるとこの1文が解説として出てくる。
“大精霊は母なる大精霊マーテルと父なる大精霊パテルの代弁者であり、世界の守護者、世界の為に存在する者であると推測される。その理由として、厄災が起こり、聖女がそれに立ち向かった聖女自身が記した記録を読むと必ずといって大精霊が聖女に干渉している。しかし不可解なことがある。聖女の記録には大精霊の存在が確認されるのに対し、当時の人間の記録には大精霊の姿が確認したという記録はない。まるで、大精霊の姿など誰にも見えていないように”
先程の昼食会でもアルスとマグナが大精霊の事を認識しておらず、気配を感知している様子もなかった。
状況を踏まえ、出す結論は。
「大精霊はもしかして世界の一部である人間に対し、自分たちの姿を見えたり、見えなくしたり、その存在を誤認させることができるのではないの?」
大精霊が見える人、見えない人の共通点をアウローラは探したのだ。
現状、大精霊の姿を認識しているのはアウローラとクラースの2人で、他の全員は見えていない様子だ。いや、ミールスは少しばかり怪しいが、ここは置いておく。
では最初に、魔力量が高いほど見えると仮定しよう。しかしこれは間違いであるということが分かる。その理由として、アウローラとクラースの魔力量はマグナとアルスに劣るため、この2人が見えていないという時点で違いということが分かる。
次にゲーム内主要人物の補正により見えると仮定する。これは怪しいが、これも違うだろう。光の大精霊は属性検査の時に騒がしいので見に行ったと言っていた。ゲーム内主要人物の補正で見えるとしたら、フロースとルミノークスがその時に見えていないとおかしい。それにその時はノヴァとインベルもいた。彼等にも何も見えていない様子だった。
ならば考えうる答えは一つだ。
大精霊自身が見える人間と見えない人間を決めている、ということだ。
これは7つある魔法の分類には入らないし、プルヌスからも聞いたことがないため大精霊特有のもの。つまり、世界を守り世界の為に存在する彼らが人間よりの上位の存在であるということを指し示すものだ。
―まぁ大精霊ってどんな物語でもこんな感じよね
アウローラが前世で見聞きしてきた物語とゲーム内の情報、そして、この世界で培った知識を元に答えを導き出し、視線で光の大精霊に尋ねる。すると突如としてパンっという何やら破裂した音と共に色とりどりの紙吹雪が頭上から降って来た。
『すごいすごーい!言い当てた人間は初めて見た!』
その紙吹雪を降らしているのは風の大精霊。
いつの間にか手に持っている籠から小さな手で髪を掴み取り、それを空中に蒔いている。
「やめないか」
ぴしゃりと光の大精霊が風の大精霊に言い、軽く睨み付けた。風の大精霊は答えることなく肩を竦め、ポイっとその籠を空中に放り投げ、籠は光の粒となって消えていった。
「えぇっと?どういうことだ?」
クラースが全くついていけないようで頭を抱えながら尋ねてくる。アウローラは軽く笑いながら説明しようとすると、光の大精霊がつまらなさそうに口を開く。
「簡単に言えば大精霊は自身を別の姿だと認識させる事、姿を目の前から消すことができる。例えば、ほら、火の大精霊」
『は?なんで!?』
「早く」
『あーくそ』
火の大精霊は悪態をつきながら、その姿を赤い狼の姿へと変えた。クラースは目を丸くして「すげぇ」と感心している。
「これは火の大精霊が自信の姿が紅い狼であると認識させたため君達には赤い狼の姿で見えているだろう。だがしかし、それはこの世界の一部であるものにしか効果がない。この世界から外れた者、例えば我等大精霊とかには元の人型の姿のままにしか見えない」
「なるほど」
クラースが納得するのを見届けると火の大精霊は再び悪態をつきながら元の小さな人型の姿に戻る。
『今光の大精霊は肉体があるから姿の改竄ではなくて、存在の改竄。自信を別の人間だと誤認させたのです。別段人に害があるものではないから安心してください』
水の大精霊が補足し、ゆったりと微笑む。
そこでふとアウローラの中に一つの疑問が浮かび首を傾げた。
「ところで、光の大精霊はどうして元の精霊の姿に戻らないの?」
ぴたりと光の大精霊が動きを止める。何か堪えきれなかった煙管を吹かしている土の大精霊が思いっきり吹き出して腹を抱えて笑い始める。一体何事かとアウローラは周囲を見渡すが大精霊全員が顔を背けて肩を震わせている。
「・・・なった」
「はい?」
アウローラが聞き返すと持っていたティーカップをソーサーにガチャンと落とす。
「戻れなくなったのだ」
『ぶふぅ!!』
吹き出した風の大精霊を光の大精霊がひっつかみ、頬を思いっきり引き延ばしている。痛いと抗議しながらも風の大精霊は笑いを止めることなく、光の大精霊は舌打ちをしながら空にそれを放り投げた。
「戻れなくなったって・・・なんでだよ。その姿に変わった時は何事もなくというか、簡単に変わっていたじゃないか」
一部始終を見ていたクラースが問いかけると光の大精霊は深々とため息をついて椅子に深く腰掛け、背凭れに体重をかける。僅かにキィっと軋む音が聞こえる。
「今のこの状態は魔力で形成した肉体に精霊体を入れている状態で精霊体を実体化するものとは少し違ったものでね。大精霊というものは世界の代弁者と聞こえはいいが、裏を返せば“世界が望まないこと”は出来ない仕様になっている。例えば、固有魔法を使って街を壊そうとかそういったものはどうあがいてもできない。固有魔法を使用できないということになる。そもそも大精霊の行動は全て“母なる精霊マーテル”と“父なる精霊パテル”の許可を得てからとなっている。この姿に成る許可はすぐに下りたのだが、元の精霊体に戻る許可を申請しても一向に許可を得ることができない。先程の認識の改竄はすぐに許可が下りたというのに。そもそも、大人しく精霊体を実体化させて認識の改竄をすればよかった。手間を省いたばっかりに・・・」
彼は小さく「どうなっているんだ」と息をつく。
『その姿の方が、都合がいいってわけじゃないのかねぇ?』
ふぅっと煙を吐いて土の大精霊が言うがどうも光の大精霊は不満げなようだ。
「精霊の力は使えるが、これでは契約が・・・」
あぁそうかと腑に落ちる。
つまり肉体がある状態では契約ができないのか。
何やらほっとしたような表情を浮かべた風の大精霊がはて?と首を傾げて誰にも聞こえないように呟く。
「わえは何もしていないから、本当にお二方が許可をしない・・・?」
風の大精霊はその考えを捨てるように首を左右に振ってから明るくふよふよと光の大精霊の頭の上に乗って足を組む。
『んーならしょうがないんじゃない?別に契約しなくても協力はできるでしょー?』
『あれ?風の大精霊は結構契約に乗り気ではなかったのですか?』
『気が変わったの!』
『まぁ別に光の大精霊抜きでも契約は出来るけどねぇ。契約に躍起になってもいいことなんてあんまりないし』
『お、経験談か?』
『うるさい』
土の大精霊が火の大精霊の頭を煙管で叩く。意外と痛い様で頭を押さえて火の大精霊は空中で蹲る。
「どうしてそこまで契約をしたいの?」
聖女二人の謎の解明以外の理由がある様な気がして、アウローラは光の大精霊に問いかける。僅かに光の大精霊の視線が揺れる。大精霊だというのに人間らしい表情の変化に親しみを覚える。
観念したように光の大精霊は腕を組んだ。
「聖女の謎の解明が主な理由だが、もう一つは、君が聖女を裏切らないようにだ」
意外な言葉にアウローラが目を丸くして、クラースは何を言うんだというように光の大精霊を睨み付けた。彼は構わず続ける。
「人間というものは脆い。すぐに目の前の利益に飛び込み、損得によって関係を断ち切る。君は聖女の友人といった。それは恐らく嘘はないだろう。だが、未来はどうだ?未来、君が聖女を裏切る可能性だってある。正直、君のような存在を将来的に回るのは億劫だ。だから今、手を打とうと考えた」
「契約すれば裏切らないとでも?」
「そうとも言えないが、可能性を減らしたり何かがある前に察知できると考えた」
怒りを露わにするクラースを手で制し、微笑んで首を左右に振る。
フロースの為、ルミノークスの為に傷ついたアウローラの姿をしっかりと見たことがあるクラースは「大丈夫」というアウローラの視線に瞳を僅かに潤ませ、そっとアウローラの頭に触れた。
「分かっている」という風に触れるクラースに頷いてから真っ直ぐに微笑みながらはっきりと口に出す。
「私はフロースとルミノークスを裏切らない。絶対に。プラティヌム伯爵家の名の誓って」
自分自身を丸ごと信じてくれというわけではないけれど、この言葉に嘘はないことだけは信じてほしいと願いを込める。これから先いかなる時も彼女たちを守り抜く。
2人が笑い合う未来を絶対に掴み取る。
アウローラの思いが通じたのか、光の大精霊は頷いた。
「ひとまず、そこ言葉信じよう」
「ありがとう」
素直に礼を言うと、面食らったように目を瞬かせたがふっと小さく笑うとすっかり冷めたハーブティを口に含んだ。さて、もう一つ決めなければいけないことがある、とアウローラは嬉々として大精霊たちに尋ねる。
「ねぇ、これからなんて呼べばいいの?」
「呼ぶ・・・?つまり名前か?」
「それ以外に何があるというの?正直、光の大精霊って呼びにくいしその姿でそんな仰々しい名前呼べない。名前はないの?名前」
光の大精霊は首を左右に振った。
「昔はあったが、今はない」
「その名前は?」
「・・・・忘れたよ」
間があったがどうやら本当に名前がないようだ。
うーんとアウローラは首を捻る。正直、何かあった時に“光の大精霊”というのは文字数があって呼びにくい。危ないときに口に出すと舌を噛んでしまいそうだ。
「アウローラが付ければいいんじゃないか?」
クラースのその一言にアウローラが「あぁ!」と手を叩く。
「じゃあ、アウィスでどう?」
何となくぱっと思いついた言葉を口に出す。
確かこの前読んだお伽噺の主人公が確かこんな名前だったはず。
安直だが、ぱっと思いついた物でなぜが、彼に合いそうだと思ってしまったのだ。
「・・・何故・・・」
光の大精霊が何かつぶやき「どうかした?」とアウローラが尋ねると暫く黙った後、悲し気に微笑みながら首を左右に振った。
「いいや。ならば今後はその名を名乗ろうか」
『えー!いいな!アウローラ!こっちにも』
『おーいいねぇ。名前とか何年振りかねぇ』
『面白そうですね』
『ならオレも付けてもらうかな』
成り行きでアウローラが大精霊の呼び名を決めることとなってしまった。
唸りながら、クラースに相談しながら、全ての名前を決め終えたのはお説教を受け終わったミールスが新しいお茶を用意しに来る直前だった。
地の大精霊はメンシス、水の大精霊はフェーリーク、火の大精霊はルシオラ、風の大精霊はロサという名前を与えた。
全ての名はアウローラがこの世界に来てから読んだ物語の登場人物の名前から付けたものだ。地と水と火の大精霊は、喜びはしたがそれ以外の反応はなかったのだが、風の大精霊だけはその名を与えた時に光の大精霊と同じような反応をした。
誰か、思い出深い人の名前だったのだろうか。
全ての名前を付け終え、ミールスがまだやることがあるからととぼとぼと肩を落として部屋を退出した後に、アウローラは順番に名前を呼んでいく。
「メンシス、フェーリーク、ルシオラ、ロサ、アウィス」
そして隣にいるクラースに笑いかける。
「クラース」
「・・・あぁ」
アウローラは顔を上げて笑顔を浮かべる。
「聖女達の為、これからよろしく!」
シナリオとは違った展開だが、仲間が増えるということはとてもいいことだ。
後日他の皆に大精霊たちのことを報告しなければならないと、今度のお茶会をアウローラは今から楽しみにしているのだった。
※
「アウローラ・プラティヌム伯爵令嬢の元に強力な魔力反応が感知されました」
「・・・そうか。危険はないようか?」
「今のところは大丈夫なようです」
「周囲に危害が及ばなければいい・・・しかし、何故そのような魔力反応が?」
「そこはまだ・・・詳しく調査をしますか?」
「・・・その方がいいだろう。あの令嬢に限って、聖女を利用しようとは思っていないだろうが」
「どんな人間にも裏の顔というものがあります。私を含め」
「いや、其方の場合裏の顔を強いているのはこちらだ。其方の家にはすまないことをしている」
「いいえ。いいのです。では、アウローラ・プラティヌム伯爵令嬢の調査に参ります」
「よろしく頼む。もし何か令嬢と悪しき者達が繋がっているようならば、早めに手を下しても構わん」
「了解いたしました」
暗闇の室内、月明かりのカーテン。
くるりと部屋を後にするブルーネイビーの髪が月明かりに照らされて、闇に消えた。
その姿を、命令を下した人間が見送る。
件の令嬢と年の近い子供に下す命令ではないなと自嘲気味に笑い、手元にある琥珀色の酒を呷る。
胃に落ちる酒の刺激で、痛む良心をごまかそうとするが消えることない。
信じたいが、信じるにはあの令嬢は幼いながらに聡明すぎる。
なにか裏があるのではないかと疑ってしまう。
それほどまでに聖女の存在はこの世界に重要なのだ。
額に手を当てて、令嬢と仲がいい我が息子達の名前を呼ぶ。
「許せ」と苦し気に懺悔するような声がただただ部屋に響いた。




