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騎士令嬢は掴みたい  作者: まつまつのき
22/86

幕間「いつもながらに嫌な奴」

アウローラお嬢様は現在旦那様の執務室においてお説教中である。私は奥様へお茶を届けた後、調理場をお借りして新しい焼き菓子を作っている。勿論、奥様のクラース様、そしてもうお一方のお茶菓子は既に客室へとお持ちしている。では、これは一体誰の者だろうか?

―愛しきアウローラ様の為だ。

恐らくお説教が終われば何か甘いものはないかと聞いてくる。いつもそうだからだ。そして、彼女はいつも決まって料理人が作るお菓子ではなく私が作る焼き菓子を好んだ。料理人が作る手の込んだものではなく、ただ材料を混ぜるだけというバターケーキやクッキーを食べるといつも彼女はどこか懐かしそうに微笑む。

私はあの顔が大好きだ。


「ミールス?いる?」


廊下から誰かが声を掛けて来て振り返る。そこにいるのはこの調理場の主であるルーベルだ。貴族の屋敷にしては珍しい女性の料理人で朝昼夕お茶の時間、パーティ用の豪華な食事も全て彼女が取り仕切っている。

いつも身に着けている白い料理人用の帽子は被っておらず、短く切りそろえられた砂色の髪に帽子の型が付いてしまってぺったりとしている。女性にしては鋭く強い赤い瞳を細め、口角を上げて壁に凭れ掛かっている。


「何でしょうか?」


ミールスはバターケーキをオーブンに入れて時間を設定してから振り返る。

彼女は細いが背が高く、扉に立っているだけで威圧感がある。


「ほら、お客さんが来てるだろ?珍しく旦那様も奥様も昼食を取られるみたいだし、お客さんは子供だろ?だからこれから城下町にちょっと食材の調達にな。んで、手伝ってくれないかと思ったんだが・・・今忙しいみたいだな」

「えぇ、申し訳ないのですが」


ルーベルはちらりと赤く光を帯びるオーブンを見て喉を鳴らして笑う。ミールスが申し訳なさそうにすると、ルーベルは口を大きく開けて笑いながら手をひらひらとさせる。


「そんな顔しなさんな。アウローラお嬢様は大人しいが時折やることが突拍子もないからお付きは大変なことはよく知っているさ。何かあればいいなよ?同期のよしみで優先して対応してやる」

「お気遣いありがとうございます。ルーベル。こちらも何かあればお力になりますので」

「おーよ。んじゃ、もう行くわ。また後で」


ミールスの言葉を待たずにひらひらと手を振り彼女は去っていった。

ルーベルとは同時期にこの屋敷に来た為何かあれば色々話をしている間柄だ。10近くも年を離れているがそれを感じず、尚且つ彼女の姿は変わらず美しい。

今度の買出しは手伝ってあげようと思いながら、オーブンへと視線を移すと何やら嫌な気配がして振り返らずに声を掛ける。


「何か用?」


思わず冷たい声が口から出てしまう。

これが屋敷の人間だったら大問題であるが、私がアイツの気配を間違えるはずもなく、声を掛けるやいなや窓が開いていない調理場にふわりと風が吹く。


『うわーつれないな。久しぶりの再会なのに』


通常の人間ならば人の好さそうな中性的な声だと表現するだろうが、ソイツの在り様を知っている私にとっては耳障りな騒音でしかない。オーブンをただ見つめて、私はため息をついた。


「何か用?」


先程と同じ質問を投げかける。

“早く用件を言って失せろ”という意味も込めているのだが、ソイツはすぐに用件を言うことなくふよふよと笑いながら漂っているのみだ。

今すぐ首根っこ掴んで窓に放り投げてやろうかという衝動に駆られたが、気力で何とか抑え込んで渾身の笑顔でオーブンからソイツの顔へと視線を向ける。


「な・に・か・よ・う?」


はっきりと大きく口を開いて怒りを含んだ強い声で問いかける。

案の定、そこにいたのは風の大精霊だった。

先程見た小さいサイズではなくて、人間と同じサイズの姿だ。しかしながら、私が覚えている姿よりも数段階幼い。背も私よりもはるかに小さく少年のような風貌だ。


『相変わらず元気、元気』

「貴方は会わない間に随分小さくなったし、耳が遠く成ったこと。あぁもう耄碌野郎だものねー」


すると突如風の大精霊が空から杖を取り出すと、私の頭を軽く叩いた。「いて」と小さく呟いてから叩かれた部分を摩り、目を開くとそこには私の見覚えがある、大人の奴がいた。

相変わらず顔が美しいことなどの思いながら舌打ちをすると、もう一度杖が振り下ろされそうになりそれを掴んで奪い取った。風の大精霊は怒った様子も驚いた様子もなくただくすくすと上品に笑うのみだ。

喰えない人だ、と杖をオーブンの隣に立てかけて腕を組んだ。


「で?」

『で?とは?』

「用件」

『あぁ』

「・・・本当に呆けたの?そのまま消えてしまえばいいのに」

『相変わらずアタリがきついなぁ。まだ根に持っているの?しつこいねー』

「別に根に持っていないけど、アンタの性格はよく知っているから油断してないだけ」


私はちらりとオーブンの様子を伺う。

大丈夫、焦げてはいない。


『使用人になるとは思わなかったよ』


静かな声でそんなことを言うものだから、思わず目を見開いてしまう。私の目を見て、風の大精霊は力なく笑う。


『やっぱり君の目は嫌いだな』


過去にも言われたことをもう一度言われ、イラっとしつつもこの大精霊が言っていることは違うことだと気が付いてため息をつく。あの輝かしい日々(たび)を、懐かしい日々(きおく)を、この大精霊が置いていった過去(じじつ)思い出されるからという感じだろう。女々しいことだと、何も変わっていないと小さく笑う。


「なら会いに来なければいい」

『そうも行かないよ。それに、我等大精霊はアウローラ・プラティヌムに協力すると決めた』

「協力?大精霊たるアンタが?」


訝し気に風の大精霊を見るが、相手は表情を崩さない。

余裕ありげな微笑を浮かべたまま、ゆったりと口を動かす。


『聖女を守る盾として有用と判断したからね』


その言葉を聞いたとき、体が勝手に近くにあった包丁を手に取り風の大精霊の胸ぐらを掴んでその首元に当てる。そのまま引いてしまいそうだったが唇を噛みしめてそれを踏みとどまる。私のその表情を見て風の大精霊は嘲笑しふっと表情が消える。


『その程度でわえを殺せるとでも?』

「そんなこと、やってみなければわからない」

『いいよやってみな。だけどね、風の大精霊も欠番してしまえばどうなる?きみはよく知っているだろうに』

「・・・っ!!」


風の大精霊から手を離し振り返り、力に任せて包丁を投げる。包丁はトンっという小気味いい音を立てて、滑らかな白い石で造られた壁に深々と刺さる。

オーブンが時間を告げる音を立てて、赤い光は徐々に消えていく。調理場にはジューっという表面に浮き出たバターの音のみが調理場に響く。


『と、思ったんだけど』


風の大精霊がふぅっとため息をつく。


『きみがいるなら話が別だ』


私が振り返ると風の大精霊は調理場の中心にある鋼鉄製の調理台に腰掛け、どこにあったのか真っ赤な林檎をペティナイフで皮をむいている。ちらりと隅にある木箱を見れば、先程まであった林檎が1つ減っている。風の大精霊は身ではなく皮を頬張りながら、にっと笑った。


『きみがいるということはそういうことなんだろう?』


風の大精霊の言葉に私は静かに頷いた。いつの間にか全ての皮を平らげたソイツはペティナイフをふっと宙に消して、皮を剝いた林檎も宙に消した。『よっと』とまるで人間の様に調理台から飛び降りて腕を組む。


『事情を知っているのはこの世界において、わえくらいだ。そして恐らく、他の大精霊は気付くこともない。他の大精霊は代を重ねるごとに繋がりがだんだん薄れてしまっているから。光の大精霊は契約する気満々だけれど、契約はしない方がいいと進言しておくよ』

「・・・礼を言う。一つ聞いてもいい?」

『どうぞ?』

「なぜ光の大精霊は契約を迫るの?今回が異例だとは言え、普通ならこんな短期間で知り合った少女を契約者にしようなんて思わないはずでしょうに」


大精霊は契約をほいほいできるものはなく、その人間と契約が切れるまで共にいなければならないし、大精霊は自国の守護もしなけらばならない。

そもそも大精霊はこの世界に従事する者であり、世界の為に存在している。いわば世界の調律をする側の存在だ。つまり大精霊の意志はこの世界の意志ということも同義である。

しかし先程の光の大精霊はどうだ。アウローラお嬢様に契約を迫る彼からにじみ出るものは焦りだ。つまり世界の意志ではなく、恐らく個の感情でアウローラお嬢様に契約を迫っている。

それに聖女の友人といっても普通の伯爵令嬢に契約を結ぶように言うことも前代未聞だ。嫌だった場合契約を切ればいいということでもなく、契約を結ぶ手順も契約を切る手順も等しくめんどくさい。書類1枚描いて、はい終わり、というわけでもないのだ。

光の大精霊が手順のめんどくささを知らないはずがない。

大精霊は全ての知識を継承するのだから。


『・・・』


私の質問に答えず、ただただ黙り込む風の大精霊を見る。

何を言うべきか、何を言わないべきか迷っている様子だ。

数十秒たっぷり考え込んだ後、風の大精霊はやっとで口を開く。


『多分、似ているんだと思う』

「似ている?」

『手を掴まないと何処かへ飛んで行ってしまいそうな。そんなところがね』

「誰に?」

『―』


たったひとつの単語であるというのに、光の大精霊がこの事件に躍起になる理由がはっきりと分かった。

あまりにも、この世界は全てにおいて残酷すぎる。


『長話をしてしまったね。そろそろアウローラの説教も終わるころだろう。先に行っているよ』


背中越しにひらひらと手を振って風の大精霊は律儀に入口から出ていこうとする。その背中を見つめながら私は問いを投げかける。


「あの子達は元気?」


私の問い掛けに風の大精霊はぴたりと足を止める。しかしながら、振り返らない。


『・・・うん。元気だよ。この前も様子を見たけれど、元気にしてた。少し、歳をとっていたよ』


微かに震えている声に何と声を掛けていいかを迷う。

私と風の大精霊を繋ぐ、過去。

その過去を知っている者は星の数ほどいるだろうが、その者らにとっては過去(じじつ)ではない。見たことのない夢物語の一種だ。だがしかし、それは確かにあったことだと、私達は知っている。記憶している。今語られている物語が全て事実でないことを知っている。

風の大精霊は可愛らしいぽんっという音と共にその体を小さくして、笑う。


『やるべきことが終わったら約束を果たそうと思っていたけれど、ちょっときつそうかな?まぁ別にいいさ』

「強がり」

『何とでも。それじゃ。契約のことは任せて。大精霊はアウローラを使いつぶす方向で意見を固まらせている様だけれど、それを覆しておくよ。このまま契約してアウローラを死なせるようなことがあったら、きみは恐らく世界を巡って大精霊を根絶やしにする方法を見つけ出して復讐しそうだし、もう、手が付いている様だから。違う方法で我等は我等のやるべきことをするよ。きみも、根底に刻まれたその願いを、やるべきことをするといい。それじゃあね』


小さい体でふよふよと漂いながら風の大精霊は調理場から退出する。

アイツは昔馴染みであり、寂しがり屋の癖に強がって、偉ぶって、何より人の心が分からなかった。面白いことが好き、悲劇も喜劇として観るその性質はどんなに年月を重ねても変わらないと思っていた。


「ふっ・・・任せてだって」


あの二人に感謝しなければならないと何処かにいる友人に念を送りながら、これからのことを考える。

これからアウローラお嬢様と風の大精霊が関わったら、風の大精霊はアウローラお嬢様に影響されるだろうか。それは結構楽しみだと僅かに心躍らせる、と同時に、これから起きるであろう出来事に一抹の不安を感じる。大精霊たちが聖女側につくので大丈夫だと思うが、それは確立されたものではない。

自分が手を出すことができないのがもどかしい。

ふと、ふわりと温かな風が調理場に舞い込み頬が緩む。


「・・・お説教は飽きましたか?」


尋ねるとその風はするりと調理場を一周するとすぐに廊下に出ていってしまった。

あの温かな風はよく現れるのだが一体何かは分からない。だが何処か懐かしい様な気がする。遠い、遠い記憶の懐かしい友人達の思い出のような、そんな懐かしさと温かさだ。

その風はいつもアウローラお嬢様の周囲を漂っており、時折このように離れるが、いつもすぐそばにいる。アウローラお嬢様は気が付いていないようだが。

精霊の気配とも違う様なのだが。

オーブンを開いて焦げてはいないがいつもよりも濃い焼き色がついてしまっているバターケーキを塗れ付近で冷まし、その間に生クリームを泡立て魔法機器の保冷機に入れてあった甘酸っぱい丸くて赤い木の実を房から取り分ける。冷めたバターケーキを方から取り出して、切り分けてから、2切れ手のひらほどの皿に乗せて生クリームをスプーンで添えて赤い木の実も添える。

簡素なケーキだが、アウローラお嬢様はこれが一番おいしいと喜んでくれるのだ。


「ミールスいる?」


入口から声を掛けられてそちらへと視線を向けると、疲れ切った表情のアウローラお嬢様がそこに立っていた。案の定のその姿に少し笑ってしまう。アウローラお嬢様は少しばかりムッとした表情を浮かべたが、中心にある調理台の上にある皿を見たとたん表情が明るくなる。


「あ!バターケーキね!食べてもいいの?」

「えぇ。今お茶入れますね」


アウローラお嬢様は隅にあった椅子を持ってきて意気揚々と座り、差し出したフォークを受け取ると両手を合わせたが、すぐに慌てて解きちらりと私を見てからケーキを頬張る。

紅茶を用意して隣に置くと彼女はお礼を言いながら美味しそうにケーキを次々と口に運んだ。

この時だけはあの凛々しいアウローラお嬢様も年相応の姿となって、少し私は安心する。

いつも何か張り詰めているような姿ばかりで、いつかその糸が切れてしまうのではないかといつも不安だ。もう少し肩の力を抜いて、友人達に頼ればいいのにと思うが、彼女は決してその様な事をしないだろう。その本質にはいったい何があるのかは、私は知らない。

もし私が彼女をすぐ傍で、使用人ではなく、友人として、共に戦うものとしていたのならば、その理由を尋ねられただろうか。

何故そのように張り詰めているの?

何故もう少し頼らないの?

何故・・・自分の身を顧みないの?

生きたいと願っているくせに、死にたいと願っているような彼女の生き様は歪で不安定だ。

支えられたならば、どんなに気持ちが楽だろうか。

アウローラお嬢様はバターケーキを平らげ、明るい笑顔を浮かべる。


「ありがとう!美味しかった!・・・もしかしてケーキ余っている?」

「はい。あと4切れ程」

「本当!?なら1つはお父様にあげて、あと3枚はお母様たちにあげてもいいかしら?」


突然の提案に私は面食らうが、すぐに笑って頷く。


「えぇ。それでは準備しましょう」


アウローラお嬢様に先程渡したように生クリームと木の実を添える。するとアウローラお嬢様は一枚を指さした。


「お父様の分、私が持って行ってもいい?」


アウローラお嬢様の言葉に思わず首を傾げてしまう。


「よろしいですが、いいのですか?」


正直持って言って貰うと助かる。

プラティヌム伯爵家の使用人は他の貴族邸と同等くらいであるが、旦那様や奥様の部屋に入ったりこのように食事を持っていくのは10年以上勤続した者に限られる。貴族同士の争いがないとはいえ、何かが起こってからでは遅いという配慮だ。勤続10年以上というのは全ての役職と私も含め8人程度。今の時間は手が空いているのはアウローラお嬢様付きの私ぐらいなものだ。

アウローラお嬢様は眉を下げて笑う。


「今回は焦った私が悪いし。ミールスも疲れさせてしまったから執務室まで行くのは大変でしょう?そのお詫び。まぁ私が作ったわけではないんだけど」

「いいえ。旦那様もお喜びになられると思います。では、よろしくお願いしますね」


用意したティーポットとティーカップ、そしてバターケーキを乗せたトレーをアウローラお嬢様に持たせてまだ小さなその背を見送る。

奥様達のお茶の用意をしながら私は先程のアウローラお嬢様の顔を思い出す。

私はアウローラお嬢様の笑った顔が好きだ。

赤ちゃんの頃から見ていたあの笑顔を、守りたいと思っている。

それは“ある約束”によってできないのが、とても悲しく辛い。

だが、その笑顔を浮かべることができる時間を作ることも、守ることもできる。

風の大精霊が言っていた。

“やるべきことをするといい”と。

だから、私は間接的に彼女を守れればいい。

それで、きっといいのだ。



数時間後、私はルーベルにこっぴどく怒られることになる。

壁に刺さった包丁を抜いておくのを忘れてしまったのだ。

怒られながら私は静かに決意する。

やっぱりあの風の大精霊一回殴ろう、と。


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