第1部-16話「契約迫る」
2022/6/20追記
今気が付いたけれど、光の大精霊の名前(仮)を付けたまま投稿していました。
混乱させてしまって申し訳ないです。訂正を行いました。
「いえ、大丈夫です」
数秒の沈黙の後、アウローラの口から出たのはその一言だった。何かの勧誘を断るようなその言葉に、周囲が静まり返った。何か言葉を間違ったかとアウローラは周囲を見る。順に視線を巡られていくと、笑いを堪えている風の大精霊と火の大精霊、呆気に取られている水の大精霊と土の大精霊、「お前マジかよ」と言いたげなクラースの視線、光の大精霊はというと断られると思っていなかったのか、硬直している。
いやだって、とアウローラは心の中で呟く。
本編において、大精霊たちは聖女に力を貸すはずだ。大精霊が聖女に力を与えるという方が、見栄えが一番いい。なので、彼女を守る騎士の自分と契約してもメリットなどないし、正直、大精霊の力は手に余る。うまく使いこなす自信はない。そもそも、会ってまだ数時間しかたっていない10代前半のしがない騎士希望の少女に契約を迫るなど、歴史上類を見ないことだ。
なにか裏があるに違いないと勘ぐりながら、アウローラは静かに光の大精霊を見つめる。固まっていた光の大精霊ははっと我に返り、額を抑えて問いかけてくる。
「・・・君は聖女の友人なんだろう?」
「えぇまぁ友人ですが」
何を言うのかと思えばそんな問い掛けだった。しかし何故聖女二人と知り合いだということを知ってるのかとアウローラはクラースに視線を移すと、僅かに頷いた。つまりクラースが言ったんだなとアウローラは小さくため息をつく。
「それと契約に何の関係が?」
「君は、聖女の為に我等と戦ったのではないのか?大精霊の―」
「はぁ!?お前大精霊に戦いを挑んだのか!?」
光の大精霊の言葉を遮り、クラースが掴みかからん勢いで詰め寄ってくる。話が進まない、とアウローラは眉間に皺を寄せるがそれに気が付かずにクラースは矢継ぎ早に言葉を重ねていく。
「お前自分の体は大事にしろよ!まだ肩の傷の痛みが抜けてないんだろ!?なんでそんな無茶するんだよ!」
クラースの事は好きだがこのように過保護になるところはあまり好きではないとアウローラは大げさにため息をついて、クラースの腕を掴んでずるずると部屋の扉へと引きずり、扉を開いてひょいっとクラースを外に締め出した。そしてアウローラは腰に手を当てた。
「心配してくれるのはとても嬉しいけれど、話が進まない!少し待ってて!!」
アウローラそういうと扉を勢いよく閉じて風の操作魔法で扉を固定した。扉を叩いて呼びかけてくるクラースの声が聞こえてくるが、それを無視して大精霊たちの元へと戻る。
「さ、話を続けて」
「・・・いいのか?あれは婚約者なのだろう?」
問いかけてくる光の大精霊にアウローラは自嘲気味に笑う。
「別に大丈夫。どうせ後で婚約解消するだろうし」
「それはどういう―」
「私のことはどうでもいいですよ。それで、何故契約の話になるのですか?」
腰に手を当てて幼子に説教するように問いかけてくるアウローラに面喰いながら、光の大精霊は聖払いをして再度問いかけて来た。
「君は、大精霊の力が欲しくて我等に戦いを挑んだのではないのか?」
「・・・はい?」
事情は説明したと思ったがとアウローラは首を傾げ、自分の言葉を思い出す。
「できれば事情は後で聞いてくれないでしょうか?」
『は?何故だ?』
「あぁえっと。実は私今家から抜け出しておりまして。できれば夜明け前には部屋に戻りたいのです。両親が心配するので。なので、ちょっと時間がなくてですね」
言ってないな。と心の中で独りごちて、ただ真っ直ぐにこちらを見てくる光の大精霊を見つめ返した。
つまりこの人たちは、クラースから聖女二人とアウローラが友人関係だと聞き、事情は後で聞けと言葉から何か重い理由があると勘ぐり、さらには、アウローラは聖女を守っているということも軽く聞いたため、大精霊に戦いを挑み自分を認めさせ契約をしてもらうと彼女が考え付いたと、そういうことをこの人たちは思いついたのだろう。
一応確認をと、アウローラは口を開く。
「えっとつまり?私は、聖女と友人関係だから彼女たちを守るための力を得るために大精霊に自分の力を認めさせようと戦いを挑んだのではないかと言いたいのですか?」
「・・・そうではないのか?」
アウローラと光の大精霊がお互いに首を傾げ合う。
まさか、そんな風に思われていたなどと思っても見なかった。
大精霊と戦って経験を積むことのみが目的で、大精霊と同行したいなどという考えなど全くなく、先頭の前に彼が言った“戦うのは一度きり”云々という言葉を聞いて、全然大丈夫ですと思ったくらいに大精霊の存在などアウローラの今後の予定に殆どなかった。強いて言えば入学後、フロースとルミノークスが大精霊と会うように誘導はしなければいけないなとは考えていたが、自分が当事者になることは頭の中の予定表に記載がない。
普通に断ってもいい、先程の様に適当に説明して断ってもいい、いいのだが、何故目の前にいるこの光の大精霊は何ともまあ寂しそうな表情をするのか。
犬の耳と尻尾が垂れ下がっているような幻覚が見える。いいや、しかし、そんな表情をされても大精霊と契約する程の力は自分にはないはずだ。
それに、だ。大精霊が人間と契約することにメリットなどあまりない。
そもそも大精霊の契約は、主導権は主に精霊の方にあるが、ほぼほぼ人間と精霊の対等な取引であり契約の破棄はお互いにすることができる。
契約の人間のメリットは、
・大精霊の属性の強力な魔法を行使できる
・固有魔法の一部を行使できる
・契約した精霊を呼び出せる
契約の精霊のメリットは、
・実体化がしやすくなる
・自分以外の属性の魔法も使用可能になる(契約者の属性のみだが)
・存在の安定化(安定した魔力供給ができるようになるため)
契約者同士ずっとそばにいなければならないというわけではないが、近くにいた方がつながりが強くなるといった風だ。
一介の騎士令嬢がそのような力を得てしまうことなど、おこがましい。この力は聖女達が持つべきものだ。
嘘を言っても恐らく破綻する。ならば正直に話してしまおうとアウローラは本日何度目かのため息をついた。
ため息をつくと幸せが逃げるというが、これでどれほど幸せが逃げたのだろう。
「・・・正直に言います。私、大精霊の力とかどうでもいいです」
「どうでも・・・いい?」
「はい。大精霊に戦いを挑んだのは、その、自分を認めさせてあわよくば大精霊に協力を促そう!という事ではなく、ただ単に実地訓練をと・・・」
唖然としている大精霊一同。そんなことは魔物相手でやれよと言われるかと思いきや、そのような声は上がない。それくらい彼女の前例のない大胆な行動に開いた口が塞がらないだけなのだが。
アウローラが魔物相手に実戦訓練をしなかったのには勿論理由がある。魔物相手が怖いというわけではなく、魔物は基本的に“人を殺す”ということを念頭に置いているため、人を殺すことに関しては手段を問わず、たった1人で挑むことは自殺行為に等しい。それに魔物が生息する場所へ行くには結界の外に行くための通行許可証を申請しなければならないためかなり面倒くさいのだ。城の隣にある騎士団訓練用の森にも魔物が生息しているが、これは錬成によって作り出した魔物に似せた動く人形で予めプログラムされた行動しかせず、野生の魔物よりも行動が単調で訓練にならない。
アウローラはそれに大精霊との訓練の方がゲームでかなりの経験値が得られるのです、などということを言いたくなったが理解されないだろうと口を噤む。
しばしの沈黙の後、口を開いたのは光の大精霊ではなく風の大精霊だった。
『えー・・・アウローラといったかな?』
「はい」
『つまりアウローラは聖女の友人で、聖女の為に訓練をしていると』
「はい」
『聖女を守るために訓練をしようと思って大精霊の集う湖に来た』
「そうですね」
『・・・契約とか、大精霊を従えるということは全く考えておらず、ただ単に訓練がしたくて大精霊相手に戦いを挑んだ』
「そうですね。本当にそれだけです」
『・・・どうする?』
笑いを堪えているような表情のまま風の大精霊は周囲の大精霊を見渡す。すると声を揃えて全員が唸り始め、その光景を見てアウローラは首を傾げて尋ねる。
「あの、なんでそこまで私に契約をするように推すのです?聖女と契約をすればいいじゃないですか?」
聖女の友人はクラースやノヴァ、インベルもいる。こんな伯爵令嬢よりも、王子や将来有望な伯爵子息に契約を迫った方が箔が着くだろうし、物語的にも面白いだろう。物語といえば、アウローラは正直脇役である。そんな人物に大精霊が契約したってどうにもならないだろうに。
アウローラの問い掛けに光の大精霊はちらりと大精霊に目くばせをして全員が頷くのを見届けると、口を開いた。
「当事者たる君に話をしてもいいだろう。我等大精霊は、聖女が誰かを知らないのだ」
「え?は?なんで?聖女って精霊が選ぶものなのでしょう?」
アウローラが知っている聖女の話とそれは食い違ってしまう。聖女は大精霊と世界の為に存在する。それだというのに、その大精霊が聖女の名を知らないということは何事かと、アウローラは彼に詰め寄る。彼は首を左右に振って続けた。
「君の怒りももっともだ。ただ、本来はこうではないと言っておこう。今回の異変や聖女何もかも異例づくめなのだ」
「異例?」
「大精霊は本来聖女が誕生した時点で、どこにいるか、どのような名前かを“母なる精霊マーテル”と“父なる精霊パテル”より授かる。しかし、今回はそのような事が全くなく、属性検査と呼ばれているあの検査がいつもより騒がしいため様子を見に来た時、プルヌス・・・と言ったか?あの黒い仮面の者が“聖女だ!”と騒いでいるのを聞き、そこで聖女の力を内包している者がこの場にいることを知ったのだ」
まさかそんなことがとアウローラは顎に手を当てて考える。
「“母なる精霊マーテル”様と“父なる精霊パテル”様にはその話はしましたか?」
「いいや。そもそも我等大精霊と言えども、軽々しく二柱にお声を掛けることは許されない」
「ふーん・・・」
「この二柱より話が出ないことも異例だ。さらにもう一つ、異例なことがある。これが、聖女の友人である君に契約をしてもらおうと思った最大の理由だ」
アウローラが視線で続けるように促すと、光の大精霊は目元に指を触れさせ僅かに目を細める。
「そもそも、聖女の力というものは生まれながらにして行使できるはずだ」
「・・・・え?」
それは初耳だとアウローラは今まで見た聖女の文献を思い出した。そう言えば、確かに聖女の力を高める修行の話はあったが、聖女の力を使えるようにする話はただ一つもなかった。ならば何故、フロースとルミノークスは聖女の力を使うことができないのだろうか、アウローラの疑問を感じ取った様に水の大精霊が口を開く。
『これは憶測ですが、考えられる理由は二つ。聖女の力を何らかの方法で彼女等が幼いころに封印したか。もう一つは、彼女等はそもそも聖女ではないのか』
「フロースとルミノークスは聖女です。絶対に」
『ほう・・・言い切るねぇ。お前さんがそう言い切る自信は何だい?』
はっきりと言い切るアウローラに土の大精霊が煙を口から吹かしながら口角を上にあげる。が、目は笑っていない。別段隠すことではないのだが、アウローラは彼女の視線からふいっと目を逸らす。理由を語ろうとしないアウローラに「まぁいいさ」とあきらめた、いや、どちらかというと興味を失ったように再び煙を吹かし始める。真面目な話に飽きてしまった火の大精霊が何やら部屋を物色し始めているが、それは気にしないでおく。
「彼女等が聖女でない可能性はかなり低い。だが零ではない。今は魔法技術も発達しているから疑似聖女を創り出すことも可能かもしれないという可能性を踏まえての憶測だ。別段、君の友人を卑下しているわけではない」
「・・・わかっています。では、封印をされていると?」
「あくまで憶測だ。もしかしたら封印などではなく、妨害を駆けられている可能性もある」
「封印と妨害」
『つまり、聖女の力が発現しないように何重にも力の源を魔力の膜で囲っているってこと。これは大昔の魔法だけど、文献を見れば今もできないことは無い。それは旗から見ても気が付けるものではなくて、本人の魔力と同調してやっとで気が付けるものなんだ』
風の大精霊がふよふよと近づいてきて、ちょこんとアウローラの肩に乗って足を組む。正直可愛いのだが、それは心の中に留めておいて話の続きに耳を傾ける。
『封印と妨害も同じ原理だけど、封印は術者本人にしか開錠ができない。妨害は綻びがあるから何らかの原因で妨害が解除されることがある。というのが違いかな?そしてこの二つの厄介なところは、この魔法をかけられている本人と同調すると悪影響を受けることさ。魔法を一時的に使えなくなったり、魔力器官が不能になったり。大精霊との契約において契約者と同調することは必須だ。だから、この二つの可能性が否定できない限り、聖女二人と契約は出来ない』
なにかが繋がったような感覚になる。
ゲームでは確かに聖女の力を解放した状態で光の大精霊と出会い、協力を促している。つまり、このような懸念から解放された状態で出会っているのだ。それに大精霊の憶測が正しいと考えれば、それ以前に聖女であるフロースが大精霊と接点が全くなかったことも頷ける。
しかし新たな謎が浮上する。
では一体誰が?
「聖女の友人である君と契約すれば、このような謎の理由も解けると思ってな」
彼のいうことももっともだ。
戦力が増えることは有難いのだが、契約となるとしり込みしてしまう。
アウローラは考え込み、熟考の末答えを出す。
「じゃあ契約を―」
アウローラが言いかけたその時、突如として部屋の扉が轟音と共に吹き飛ばされ、バキリっ!!という音共に床に激突して真っ二つに割れた。驚いて肩を上げたアウローラが恐る恐る後ろを振り返ると、右足を前に突き出しているミールスがそこに立っていた。彼女は流れるような仕草で足を降ろして、いつもの笑顔を浮かべる。
「申し訳ございませんお嬢様。少々手荒な方法で入室させて頂きました」
エプロンドレスの裾を摘まみ上げて優雅に首を垂れるミールスの横を慌てた様子でクラースとマグナ、アルスがアウローラに駆け寄って一気に詰め寄る。
「怪我は!?」
「何もされてねぇか!?」
「具合悪所はない!?痛い所は!?」
次々と心配の声が掛けられ、手で頬や頭などを触れられアウローラは成すがままになっている。突如として起こったことに大精霊たちは呆気にとられ、それに気が付いたアルスが身なりを正す。その視線からアルスは大精霊たちが見えていないようだった。
「君は先程の・・・」
「あぁはい。お初にお目にかかります、プラティヌム伯爵家御当主アルス・プラティヌム殿。私は闇の国から参りました。少し事情がありまして名を話せぬご無礼をお許しください」
「あぁ君がアウローラを見つけてくれたんだね。ありがとう。お礼をしたいのだが、昼食を一緒にどうかね?」
「嬉しいです。ではお邪魔させていただきます」
人の好さそうな笑みを光の大精霊は浮かべ、少年らしいふるまいをする。なんとも器用なものだと感心していると、ふとミールスが、大精霊たちがいる場所をじっと見つめていることに気が付いた。眉間に皺を寄せて、あからさまに嫌悪感剥き出しで見つめている。声を掛けようとしたとき、ぐいっと両手で顔を上に向けられた。
目の前には笑顔のアルスがそこに在る。が、アウローラは確信し苦笑いを浮かべた。
これは、かなり怒っている。
「まず着替えたら、執務室に来なさい。いいね」
「・・・ふぁい・・・」
「クラース君は彼と一緒に私達とお茶をして待っていましょう?ミールス、アウローラを着替えさせてから応接室にお茶をお願いね。ミールスのお茶が一番おいしいから」
「勿体ないお言葉です。承知しました」
マグナがクラースと光の大精霊の背中を押して扉がない部屋から出ていく。アルスもその後に続き、ずんずんと足を踏みしめながら執務室へと向かっていった。
他の大精霊たちは各々笑いながらアウローラのすぐ傍を通りながら、頑張れなどと面白がっているだろう声で光の大精霊の後を追いかけていった。
ミールスが慣れた手つきで扉にシーツをかけて簡易的なカーテンを作った後、アウローラの衣裳部屋からシンプルな青いドレスを取り出してきた。
「ミールス・・・」
「なんです?」
アウローラの問い掛けにすっかりいつも通りの口調となった彼女は、てきぱきと仕事をする手を止めずに尋ねて来た。
「これ、結構怒られるよね?」
「それはもう」
アウローラの沈んだ声とは裏腹に明るいミールスの声に彼女は大きく深いため息をついて「いやだなー」と呟く。
自業自得ではあるのだが。
これから待ち受ける気が重い時間に動きが襲いアウローラとは裏腹に、ミールスは彼女のドレスを着つけていくのだった。




