第1部-14話「月下、大精霊」
2/20追記
火の大精霊の瞳の描写が間違っていましたので訂正しました。
黄金→漆黒
月明かりの世界を駆け抜け、息を切らして辿り着いたのは城下町より西の方角にある小さな林で、中心に湖がある。その場所に名前はなく、魔力が濃い場所のため人はあまり寄り付かない。
月明かりが照らされている林の中アウローラは肩で息をしながら前に進んでいく。
むせ返るような魔力の濃さ。
魔力は生命にとって大切なものであるが、体内に取り込み過ぎると害となり体内から減り過ぎると生命活動を維持できない。バランスが大切なのだ。
こんな話を本で読んだことがある。人間を含む動物や植物が何らかの影響で魔力を過剰に取り込んでしまうと魔物へと変貌してしまったという。魔物は大昔の大厄災より産まれた存在でどんな風に増えるのか何も解明されていないのだが、それが今もなお魔物が減らないのはこれが理由ではないのかと囁かれている。
人間が魔物になってしまった事例はここ数十年において確認はされていない。
ちなみにこの林の魔力は濃いが城下町の結界がギリギリ届く範囲なので魔物はいない。だというのにこの美しい場所に人々が来ないのは恐らく本能的にここに長時間居ることが出来ないと理解しているからだろう。
アウローラは肩で息をしながら走りを緩める。魔力を過剰に体内へ入れないために膜の様に防御魔法を体に展開し、足をゆっくりと前に進めていく。
月明かりが林の中を照らしてはいるが、やはり真夜中であるため暗い。念のために持ってきた魔力が込められた石、所謂魔法鉱石を入れたランタンを点けて前に進んでいく。
微かに、子供のような声が周囲から聞こえてくる。
恐らく、小精霊の声だろう。よく目を凝らして見ると、赤、青、黄、緑、白の光の玉が林の奥でこちらの様子を伺っている。
やはり、闇の小精霊である紫の光の玉はない。
『あの子?』
『あの子だ。どうして?』
『わからない。わからない。何で?』
『報告だ、報告だ。急げ急げ』
林の奥に進むごとに子供会話のようなその声が、段々と歌うような声になっていく。
幼い声だというのに、耳を塞いではいけない、言葉を発してはいけない、そんな思いにさせる声で、空気がだんだんと重くなっていく。魔力が濃くなっていく。
心臓の鼓動が段々と早くなってきた。
『母より父より賜った世の属性統べる大いなる存在。恐れることなかれ、だが敬うことを忘れるな。我等率いる大いなる存在。母なるあのお方、父なるあのお方の代弁者』
突如、その歌うような声がぴたりと止まる。
ざわりと嫌な予感がして、アウローラは自分を中心に対魔法及ぶ耐衝撃の防御魔法を厚く展開した。
『―夜更けに現れた少女はだぁれ?』
前方より突如として火の纏った槍が飛んできて防御結界に刺さった。
厚めに防御をしていたために貫通はしなかったが、念のため防御魔法を展開したまま足に強化魔法をかけて後方に下がる。黒い影がその槍が飛んできた方向から弾丸の様に向かってきて槍を掴むと一気にアウローラとの距離を詰めて、槍一突きで防御結界を砕いた。槍がアウローラに真っすぐ貫こうとする。
アウローラは舌打ちをしながら、剣を抜かずに炎を纏った槍を素手で掴み体をくるりと浮かせて槍に乗り、足の強化魔法をかけて上空へと飛んだ。
林の真上に飛び、その間に剣を抜く。するとアウローラを追いかけて槍を持った人物も上空へやってきてこちらへ槍を向けて来たアウローラはくるりと体勢を変えて後頭部から落ちるように地面に背を向けて落下していく。すると上空から槍の人物がアウローラを串刺しにするような態勢へと変えていく。
地面に激突する直前アウローラはポーチから閃光玉を取り出してそれを槍の人物に向かって放り投げる。槍の人物の目の前でその閃光玉ははじけ周囲を白い光で包む。その光が消え、槍の人物が地面に降り立った時にはアウローラの姿はその場から消えており、そいつが彼女の姿を探していると後ろから首に剣をあてられた。
「・・・はぁ・・・」
アウローラはため息をついて剣をそのまま滑らせることなく放し、剣を収めた。すると、その槍の人物は肩を震わせ次の瞬間に大きな口を開いて笑い振り返ってずいっと顔を近づけてくる。。
『おーおー威勢のいいお嬢さんじゃねぇかぁ!つぅかよ。そのまま首を切っちまえばよかったじゃぁねぇか』
「それはできませんよ流石に。それよりも、大精霊はこのように血の気の多い方ばかりなのですか?火の大精霊様」
闇に浮かぶ真紅の無造作な短髪に浅黒い肌、漆黒の瞳、上半身裸の上に薄い黒い上着を羽織り黒いズボンという出で立ちはまるで極道。毛先が微かに赤い炎で燃えており、先程から目の前を火の粉が飛んでいる。
体温が高いのか、火の大精霊であるから熱いのか、彼の近くにいるとじんわりと汗をかいてしまう。
彼は火の大精霊。
何故アウローラがそのことを知っているかというと、ゲーム内に立ち絵が出てきたからである。
全ての大精霊に立ち絵が用意してあり、重要な役割をするのだろうと思ったが、アウローラがプレイしたルートではフロースに力を少し貸したくらいで特に大きな活躍はしなかった。光の大精霊ルートでは違ったのかもしれないが。
火の大精霊をまじまじと見てその美丈夫さと立ち絵その物であるその姿に表情を変えずに感動しながら、あのゲームはつくづく魅力的なキャラが脇役であることが多いなとアウローラは思った。
黙っているアウローラの顔を、眉を顰めながら火の大精霊は見てきたが流れるような仕草でアウローラの首筋に鼻を寄せて、舐めた。
「ひゃっ!!」
アウローラは声を上げて跳ねて全身に鳥肌を立てながら後ろに下がり、剣をもう一度抜いて舐められた左首筋を何度も擦りながら切っ先を火の大精霊に向けた。その表情は羞恥と驚愕で赤くなり泣き出してしまいそうな顔だった。
「何すんだ!つーかいきなり舐めるやつがいるか!!」
すっかりアウローラとしての口調が消え、前世の彼女、素の彼女が出てしまったのだが、本人は全く気が付いていない。警戒した猫の様に荒げに息をしながら、火の大精霊を睨み付けているが、睨み付けられている本人はその反応をお気に召したのか機嫌よく笑っている。すると、闇からぬっと白い腕が火の大精霊の背後から現れ、彼の頭を思いっきり拳で叩いた。
ガンっという痛々しい音が森に響き、数秒遅れて『いってぇぇ!!』という火の大精霊の声が周囲に響き渡り、彼を心配してか火の小精霊たちが集まって『大丈夫?大丈夫』と声を掛けている。
『アンタは何女の子に変態行為をしてるんだい?気持ち悪いよ全く』
白い腕が頭を押さえて蹲っている火の大精霊の後部を何度も叩き、火の大精霊がその度に小さく声を上げる。白い腕の主が闇からゆっくりと姿を現す。その時、しゃらりという心地いい金属同士が擦れる音が聞こえて来た。
闇から現れたのはすらりとした美しい女性だった。茶色の髪でサイドが長く胸元まであり黄金で造られ彼女の瞳と同じ青い魔鉱石をはめ込んだ髪留めを耳上に飾り、後ろ髪はショートで毛先が宝石化し動くたびに先が砂粒ほどに砕け月光に照らされている。身に着けている物は花魁の様だが、そこまで着込んでおらず裾に向かって深緑のグラデーションがかかり布地には草木が描かれている。肩を出すように気崩しているが、中には薄い首まで隠れるタートルネックのような物を着ている。その手には煙管があり、薄く煙を漂わせている。
彼女は火の大精霊の様に地に足を付けて歩かず、何やら薄い煙のような物に腰掛けている。艶やかな足が覗き見え、両脚に金輪のアクセサリーがつけられているのが見え、音の正体はこれかとアウローラは納得した。
『うへぇ。火の大精霊ったら子供に手を出したの?うわぁ。どうかと思うよ、わえ』
『あららら。意外ではありませんねェ。何となく、そんな気がしておりましたもの』
少年とも少女ともつかないような中性的な明るい声と優しいが僅かに棘のある口調の女性の声が奥から聞こえ、ゆったりと人影が現れる。
1人は神官のような恰好をした金刺繍の入った白銀のローブを身に纏った少女、少年とも見える小柄な人物で緑の髪は耳下で切りそろえてあり毛先は透けて煌いている。切れ長の茶色い瞳を細めニコニコと人のよさそうな表情を浮かべている。一見すると普通の人間にしか見えないのだが、この人も大精霊だ。
もう1人は薄いヴェールのような薄水色のドレスを身に纏ったすらりとした細身の女性で青い髪で毛先が水のようになっている左に流したウェーブのきいたロングヘア、前髪も左に流している。緑色の瞳は優しい印象を受けるが、見つめられると背筋が伸びてしまう。
神官のような人物は風の大精霊、青い髪の女性は水の大精霊だ。
『~~~~!おめぇらいい加減にしろや!好き放題言いすぎだろ、ぶっ飛ばすぞ!』
火の大精霊は立ち上がり、すっかり落ち着いて剣を収め始めているアウローラを指さした。
『コイツからいい匂いがしたんだよ!何というか、懐かしいような匂いだ!』
火の大精霊の言葉を聞いた後、両頬を抑えながらわざとらしく風の大精霊は身をよじり、はしゃぐ。
『きゃー!火の大精霊ちゃんに春が訪れたのだわー!水の大精霊さん!どうしましょ?』
『では、まず手始めに文通などから初めては如何ですかね?』
『いやいや、アンタ等この馬鹿この女の子に変態行為をしたんだよ?春が来るわけないでしょーが』
『あぁそりゃそうか。わー火の大精霊、ドンマイ』
土の大精霊に言われ今度は心の底からの憐みの視線を火の大精霊に向けて、ふいっと目をそらしブっと吹き出して隠れて笑う。その風の大精霊の反応に怒りが頂点に行ったのか、火の大精霊は雄たけびを上げながら槍を風の大精霊に向けて全力で放つ。それをいともたやすく風の大精霊は片手で掴み、ふっと笑い火の大精霊の方へ槍を放った。
『あまりに軽い投擲だったから掴んでしまった。なんだ?怒ったの?』
『このクソジジィ。今日こそはぶっ飛ばしてやる』
『あぁ、いいよ別に。何度やっても、お前はわえに勝てっこないけどね』
『くそが!!』
アウローラの目の前で大精霊同士の戦闘が始まろうとした直後、周囲の小精霊がそわそわとし始め小さな声で歌い始め、それが徐々に大きくなっていく。その声を聞いて火の大精霊は舌打ちをしながら槍を光の粒にして宙に消し、風の大精霊はつまらなさそうに唇を尖らせている。
『地水火風は素晴らしき。されど光なき世は生きられぬ。誰もかれもが生きられぬ。光ある世は素晴らしき。あぁ彼が来る、彼が来る。我らが光がやってくる。道を開けよ、光が来るぞ。目を伏せよ、光が来るぞ。我等を包む、光が来るぞ』
暗い森の奥から白い光がゆっくりと近づいてくる。
さながら白い幽霊がやってくるような光景であるが、全く持って恐怖心など湧き上がることなどなかった。
森の奥から現れたのは腰まである銀色の髪を三つ編みにしている金色の瞳の美しい青年だった。銀色の髪の毛先は光り輝き周囲を照らしている。
風の大精霊とは違う白い法衣を身に纏っている。いや、法衣というかあれはどちらかというと、崇められる側が身に着けているような物だ。
立ち絵で見た通り、彼は光の大精霊だ。
『風の大精霊、火の大精霊、申し訳ないがここは矛を収めてくれると助かる。人間の前で大精霊同士が争っている姿を見せたくはない』
『へいへい。分かってるよ』
『風の大精霊には後で我が言っておく』
『え!?なんで!?』
驚く風の大精霊に対し、呆れ顔で光の大精霊は言う。
『ことの発端は確かに火の大精霊がこの少女に無礼を働いたことだが、それを煽ったのは君だ。あまり褒められた行為ではない』
『うっ・・・』
正論を言われ項垂れる風の大精霊を勝ち誇ったような顔で見ている火の大精霊を一瞥してため息をついた光の大精霊はゆっくりとした足取りでアウローラに近づいて首を垂れる。
『同胞が無礼なことをした。申し訳ない』
「別に構わないです。それに、ここに無許可で立ち入ったのは私だから。ある程度のことは覚悟していました」
『そう言って貰えると助かる。だがそれにしてもだ。君のような幼い少女が何故この場所にいる。もう人の世は夜であり、人々は休息をする時間帯だ。特に子供である君に睡眠は重要だろう』
光の大精霊の穏やかな口調に僅かに首を傾げてしまう。そのアウローラの様子に光の大精霊は『どうした?』と尋ねてくるが、首を左右に振った。というのもだ。ゲーム内の光の大精霊は、精霊然としているというか、人を見下したというか上から目線の口調でフロースに接していた。光の大精霊ルートではどうなるのかは知らないが、他のルートでは一貫してそのような態度だった。現在目の前にいる彼のような好青年ではなかったはずだ。
なら何故あの様な態度を取って来たのか、という疑問が残るが、今は考えるときではない。
アウローラは真っ直ぐに前を向いて光の大精霊を見てから、すっと頭を下げた。
「失礼を承知でお願いします。お手合わせ願えないでしょうか?」
その場に沈黙が流れた。
黙っていられると怖いとアウローラは思いつつ、頭を下げ続けた。しかし、あまりにも反応してくれないので恐る恐る顔を上げると、目の前の彼は目を丸くして固まっていた。
周囲の大精霊もそうなっていた。すると数秒後、ぶっと吹き出した風の大精霊が喉を鳴らして笑う。
『うぉー長いこと大精霊というものをやっているが、大精霊相手に戦いを申し込む少女は初めて見た!力をよこせとか契約を知ろという輩はわらわらいるが、頭を下げて“戦ってください”は初めてだ』
『いやホント。変わった子ねぇ』
『いえでも、どうします?』
『おれぁ光の大精霊の判断に任せるぜぇ。つかおれぁ戦ったしな』
光の大精霊が額に手を当てて考え始める。その時アウローラははっとし、光の大精霊に言う。
「できれば事情は後で聞いてくれないでしょうか?」
『は?何故だ?』
「あぁえっと。実は私今家から抜け出しておりまして。できれば夜明け前には部屋に戻りたいのです。両親が心配するので。なので、ちょっと時間がなくてですね」
愕然とする光の大精霊と周囲の大精霊は皆笑いを堪えているようだった。
可笑しなことをいったかなとアウローラは首を傾げ、光の大精霊の判断を待つ。彼は額に手を当てて黙り込み、少し考えた後に口を開いた。
『条件がある』
「はい、何でしょう」
“条件”と聞いて一切表情を変えないアウローラに面を食らいながら、光の大精霊は咳ばらいをして指を2本建立てた。
『1つは我等と戦うのは1回きりだ。次はない。もう1つは、ここに大精霊が集まっていることを他言しないこと。守れるか?』
「もちろん。お約束します。もし破ったのなら煮るなり焼くなり何でもしてください」
あっけらかんとアウローラは言った後、少し離れ剣の柄に手を当てた。
その様子を見て光の大精霊は眉を顰め、彼女に問う。
『詳しくは聞かんが、1つ簡潔に答えてほしい』
「何でしょう?」
『君は何故戦う?』
「守りたい人がいるから」
光の大精霊の質問に何の抑揚もなく、当たり前の様にアウローラは返答した。剣を抜き、彼女はただ真っ直ぐに前を、大精霊たちを見つめてふっと笑った。僅かに自嘲を含んだ様な表情は、10代前半の少女のそれではなく、異様に大人びていた。
「生きたいと願う人の為に、生きてほしいと願う人の為に、私は戦いたいのですよ」
少女とは思えないその言葉に大精霊たちは目を合わせ、静かに頷いた。本来大精霊はこの世界の為に生き、人間にあまり干渉しないものだ。しかし、子の少女だけは何故か全員が願いを叶えてやろうという気になった。その理由は分からない。あの少女から微かに香るどこか懐かしい匂いの為だろうか。
『なら、まずおれぁがもう一度相手するぜぇ』
意気揚々と火の大精霊が前に出て、宙から槍を取り出して構える。アウローラは深呼吸してから火の大精霊を見つめ、全身に強化魔法をかける。光の大精霊は火の大精霊に『死なせないように』と言い、火の大精霊は頷いたが、彼は分かっているのだろうか。
ちらりと何かあった時用に治癒の力を持つ水の大精霊に目くばせをして、彼女が頷くのを確認してから光の大精霊は口を開く。
『では、あまり騒ぎすぎないように』
『わぁってる、よッッ!!』
火の大精霊がアウローラに一気に詰め寄る。
夜の森に、金属同士がぶつかり合う激しい音が響き渡った。




