第1部-12話「君達を守る」
少し短いです。
それからの日々は飛ぶように過ぎていった。
あれから1年間、フロースとルミノークスは簡単な魔法ならば扱えるようになり、アウローラは攻撃魔法以外の魔法はある程度使えるようになったのだ。
魔法の授業は基本いつもの6人で受けることが多いが、月日がたつごとにノヴァとインベルの予定が合わないことも多くなった。クラースはというと以前は剣の稽古の時間も魔法の授業も予定が合わないことが多かったが、最近はアウローラと予定を合わせてくれるようになった。とはいっても、毎回一緒にいるわけではない。
予定が合わないという話をすると、彼は最近になって寂し気な表情をするのだった。
さて、本日なのだが、現在アウローラ、フロース、ルミノークスは城下町にやってきている。
今日は授業がお休みで、剣の稽古もなく、ルミノークスの提案により城下町を散策にやって来たのだ。
剣を腰に提げていない軽さから戸惑いながら、アウローラはフロースとルミノークスに手を引かれて町中を駆けていく。
同性の友人同士とのお出かけなど何年ぶりだろうと心が弾む。前世でも就職して以降は友人と遊ぶ機会などなかったために、今この時間がとても楽しい。
アウローラはアクセサリーショップを楽し気に見つめているフロースとルミノークスを見つめながら、頬が緩むことを感じる。すると二人が振り返り、アウローラの名を呼ぶと、彼女は年相応の笑顔を見せながらその場に駆け寄る。
その三人の背中を見ている人間が一人。その視線にアウローラは気が付かない。
お互いがお互いに似合うアクセサリーを選び、屋台で売っていたスティック型のケーキを頬張り、たわいのない会話をしながら三人は馬車へと歩く。
今日行った店は全てアウローラが下調べをした店だ。道は貴族が普段買い物などで歩く道路を歩いていたために、大丈夫だろうという気の緩みがあったのだろう。
アウローラは暗い路地からぬっと出てきた腕に気が付くのに、ワンテンポ遅れてしまった。
フロースがその腕に捕まれ、暗い路地に消えていく。
「フロース!!」
アウローラが名前を呼ぶと、その異常事態にルミノークスも気が付いた。アウローラは咄嗟にルミノークスの手を掴み、路地に消えたフロースを追いかける。
―暗い
明るい場所から暗い場所に来たために目が慣れず、フロースの姿と彼女を掴んでいる人間の姿が正しく認識できない。軽く舌打ちをして、アウローラはポケットからアルメニウムお手製の空中に光が維持する閃光玉を前方に投げた。
数秒後、乾いた音と共に路地が明るく照らされる。
フロースを担いでいたのは、アウローラよりも何倍も大きな巨体をもつ男だ。浅黒い肌に、分厚いクローコートに黒ズボン、枯れ草色のスカーフで口元を隠したいかにも盗賊という風体のその男は、足を止め、アウローラをじっと見つめている。
「ルミノークス。私から離れないで」
「わ、わかりましたわ」
ルミノークスは震えながらぎゅっとアウローラの服の裾をしっかりと掴む。
恐らくフロースは気絶させられているのだろう。暴れる様子もなく、ぐったりとしている。
どうする、と焦る気持ちを抑えゆっくりと剣の柄に手を近づける、その時、男の目が微かに細くなる。
ざわりと背筋に悪寒が走り、次の瞬間、男がフロースの体を掴みこちらに放り投げてきた。
「フロース!!」
アウローラはルミノークスの手を引いて走り、フロースを見事キャッチした。
柔らかい彼女の体を抱きかかけ、はっとアウローラは何かに気が付き、フロースとルミノークスに覆いかぶさった。
「っ・・・!」
僅かに呻くアウローラと、何が起きたか分かっていないルミノークスはまだ気が付かないフロースの頭を胸に抱えたまま、恐る恐る隙間から状況を確認する。
自分たちの周りに薄い膜が張っている。恐らくアウローラが防御魔法を展開したのだろう。その防御魔法には銀色の矢が、幾本も刺さっていた。
「・・・アウローラ様?」
「大丈夫」
そう言ってアウローラはするりとルミノークスとフロースに背を向ける。その後ろ姿を見て、ルミノークスは悲鳴を上げてしまう。
彼女の肩口には2本、矢が深々と刺さっているのだ。
涙ながらに声を掛けようとするルミノークスにアウローラは、唇に人差し指を立てて「大丈夫」と唇を動かした。しかし、その額には冷や汗が浮かんでいた。
アウローラは防御魔法に刺さっている矢から敵がどこにいるかを割り出す。そして、ふっと息を吐いてから大地を蹴った。
上空の敵から殲滅するかと思いきや、アウローラが向かったのはフロースを誘拐した男。不意を突いたつもりだった。だが、このような荒事は男の方が経験豊富なのだろう、男はアウローラの体をよけるとその曲に似合わない俊敏な動きでアウローラの腹を蹴る。
「がっ・・・」
胃に入っていた空気が一気に胃液と共に吐き出される。ちかちかと目がちらつく中咄嗟に受け身を取ったが、片に刺さっていた矢が壁に当たった衝撃でさらに深く刺さる。強い痛みにアウローラが呻き、男はニヤついた笑みのままアウローラの首を掴む。途切れかける意識の中、ルミノークス達に張った防御魔法が切れかけていることに気が付く。光の点滅の様に消えかけているそちらを一瞥してから、アウローラは意を決したように男を睨み付け、右の踵で壁を蹴った。
微かな金属音と共にブーツの踵から銀色の刃が飛び出し、渾身の力で右足を振り上げる。刃は男の腕を切り裂き、鮮血が飛び散りアウローラの顔を濡らした。
突然の彼女の反撃に、傷は浅いが男は悲鳴を上げてよろめきアウローラを手放した。
アウローラは歪む視界の中辛うじてその場に立ち、深々と刺さった矢を力任せに引き抜く。
「うぐっ・・・ちっ」
アウローラは痛みに呻きながら舌打ちをする。
―あの時、電車で全身を打ち付ける痛みに比べたら、全然ましだ。
溢れ出る血を手で掬い、それに魔力を流し込んだ。血を操作魔法で鋭い針状にし、男の方へと腕に強化魔法を使用し投げると男の肩にそれは深々と刺さり、壁と男の体を縫い留めた。男はさらに悲鳴を上げ、それを抜こうと何度も暴れる。その顔に向かってアウローラは回し蹴りをかまし、男はがくんと気絶をした。
両肩で息をしながら震える足で、ルミノークス達の元へと歩いて行く。
涙で濡れるルミノークスの頬に触れて、アウローラは微笑んだ。その手に、ルミノークスが手を重ねた。
「アウローラ様・・・血が・・・血が」
「私はいいの。怪我はない?怖かったでしょう。ごめんなさい。フロースにも、後で謝らなくてはね」
何か薬を嗅がされたのだろうか、フロースは未だ目を覚ます気配がない。
整った呼吸を見るに、眠らされているだけのはずだろうが念のため、浄化魔法をかける。
そういえばと、アウローラは上空を見上げる。男と戦っている最中矢が飛んでこなかった。見に行こうと足に強化魔法をかけようとした直後、通りの方から見知った騎士が数人現れた。
「アウローラちゃん!大丈夫か!?」
騎士達は路地の惨状を見て、息を呑んだ。が、アウローラ本人はそんな彼等の様子に気が付かずに、状況を説明し始める。
「私は大丈夫。そこの男がフロースを路地に引きずり込んだの。建物の上にも仲間を配置していたから恐らく計画的よ。もしかしたら、誰かから依頼されたかもしれない。リーダー格の男はそっち。縫い留めてあるから、拘留お願い。あと、フロースとルミノークスを安全な場所へ。フロースは薬で眠らされているだけだと思うけれど、一応検査しておいた方がいいわ。私は現場の状況と上にいる仲間たちの追跡を―」
「上の奴らは大丈夫だ。既に捕らえてある」
騎士達の奥から、アルスが現れた。
なぜ彼がここにいるのだろうとアウローラは呆気にとられた顔をする。彼は眉間に皺を寄せたまま、じっとアウローラを見つめる。その視線の意味が分からずに彼女は首を傾げるが、あぁと何か思いついたように笑う。
「大丈夫です。ルミノークスとフロースに怪我はありません。私が守りましたから」
アウローラのその言葉にアルスは大げさにため息をつく。何を呆れているのだろうか全く分からないアウローラは、女性の騎士に手招きをしてルミノークスとフロースを安全な場所へとお願いする。何か言いたげなその騎士はアウローラの言葉に「わかった」とだけ短く答え、フロースを抱きかかえながらルミノークスと共に明るい通りへと歩いて行った。
しきりに振り返るルミノークスに手を振り、彼女の姿が見えなくなると、アウローラはアルスに向かって頭を下げた。
「申し訳ありません。私が傍にいながら、聖女様お二人を危険な目に合わせてしまいました」
「・・・」
「今後はこのようなことがないように気を付けます」
「・・・」
「では、捕まえた方々の護送のお手伝いをします。ではあちらを―」
くるりと踵を返そうとするアウローラの腕をアルスは掴み引き留めた。一体何事かとアウローラが振り返ると、その表情は明らかな怒りが溢れていた。
「お前の怪我の治癒が先だ馬鹿者!!」
路地にアルスの怒号が響き渡る。
アウローラの年齢ならば親に怒られると泣いてしまうこともあるだろうが、彼女は全くその気配無く、彼の言葉に「あぁ」と小さく呟いて傷口に触れるだけだった。そんな反応にアルスが何か言おうと口を開いたとき、通りから人影が現れ「アウローラお嬢様!」と名を叫んだ。
2人はそちらの方向を見ると、青ざめているミールスと口元を抑えはらはらと涙を流すマグナの姿があった。
いよいよなぜ、この人たちがここにいるのか分からなくなってきた。もしかして、騎士団に通報があり、アルスは場所から自分の娘かもしれないと思い駆けつけ、彼女達にも一報入れたのだろうか。
何故、そのような事をしたのかが理解できない。
アウローラは首を傾げながら興奮が切れて徐々に痛みが復活し始めた傷口に手を当てて、治癒魔法をかける。しかし傷口が深いのか中々治らない。するとミールスが近づき、治癒魔法をかけてくれた。
数秒でその傷は治り、アウローラはありがとうと彼女にお礼を言う。その直後、正面から衝撃を感じ驚き固まっていると数秒後自分が抱きしめられていることに気が付いた。1人ではない、マグナとアルスにだ。
一体何事かと慌てていると、耳元でアルスの絞り出すような声に動きを止めてしまう。
「生きていてくれて、よかった」
彼は、そう言ったのだ。
その言葉に、昔の、そう前世の記憶がフラッシュバックした。
暗闇の車内、CDから流れる音楽、温かい母親の膝枕、父親の焦る声、急ブレーキ、雨音、体の浮遊感、目に飛び込む白い天井、電子音―
『生きていてくれてよかった』
―いいえ、いいえ、私は。
どんっとアウローラはアルスとマグナの体を突き飛ばし、2,3歩後退る。心配げに顔を見合わせる2人。
離れてアウローラは目の前を見ておらず、視線は虚ろに胸の前で手を組んでいる。その瞳からは、涙が一筋零れ落ちた。
自分はそのような言葉を受け取るべきではない。
受け取る資格なんてない。
「ごめんなさい」
誰に向けての謝罪だろうか。
それだけ言って、アウローラはふっと糸が切れたようにその場に倒れこんでしまった。悲鳴のような彼女の名前を呼ぶマグナの声が路地に響き、それに気が付いた騎士数人が駆け寄ってくる。アルスが肩を揺らすが反応はなく、ぐったりとしている。するとアルスは彼女を抱きかかえ、走り去っていった。マグナもそれに続く。
その様子を、ミールスは静かに見つめていた。




