第1部-11話「歴代聖女の軌跡」
聖女の騒動が落ち着いたのは一か月程経過した後だった。
あの日国王陛下が聖女二人に会いに来た後、インベルとクラースが合流し、クリュスタルス家とセレーニーティ家の様子を教えてくれた。
案の定、当主2人はお祭り騒ぎでいたのだが、両家の奥様は2人のことをとても心配していたという。その話を聞いた後フロースとルミノークスを4人で自宅まで送り届け、王族は聖女に協力する旨をノヴァの口から伝えた。それで少しは落ち着いたのだが、それ以降は王城に聖女に会いたいという国民や口の軽い商人が漏らしたのか他国からわざわざやって来た者もいた。
騒動に騎士が駆り出されてんやわんやになり、アウローラもそれの協力をしたり、フロースとルミノークスのそばに付いたりと忙しい日々を送っていた。
魔法の勉強も剣術の稽古も何もできない日々であったため、プルヌスと会うことも全くなかった。というか、アウローラは王城によく顔を出していたのに何故会わなかったのか不思議でたまらなかった。
そして今、その理由が判明した。
元よりアウローラとプルヌスは月に1回勉強の日にちを決め、王城で会ったときにもしプルヌスの時間があれば魔法の練習や勉強をしてもらうというスタンスだった。
今日は元々決めていた勉強の日。
ノヴァ、インベルはまだ王城の手伝いをしており、クラースも割とお人好しで律儀なので困っている2人を放っておけるはずもなく、補佐をしているという。
本来フロースとルミノークスは自宅にいた方がいいのだが、今日の勉強会に誘うアウローラと一緒であることを条件に外出の許可が下りた。どうやら、両家の信頼を獲得したらしい。
さて、そして今なのだが、勉強会の先生であるプルヌスが魔法の勉強会様に用意してくれた柔らかな絨毯が敷いてある上質な部屋の床に額を擦りつけている。
所謂土下座だ。
扉が開くと同時に流れるように土下座をした彼に3人共目を丸くしてしまう。
「本当に申し訳ない。あの後、ソルバリアとアルメニウムに怒られた」
「あぁ~」
あの日とは恐らく聖女が判明した属性検査の日。
周囲の人間を煽る様な物言いに、どこかで見ていたソルバリアとアルメニウムにこっぴどく怒られたらしい。彼は土下座から上半身を起こして、その場に正座して首を垂れる。
「ボクも聖女というものを間近でしっかりと見たのは初めてなのさ。だから、興奮してしまって。あの様な物言いになってしまったんだ。反省している」
「許しません」
アウローラはそんなプルヌスの姿が面白くて、悪戯心が芽生えてしまう。彼女の言葉にプルヌスは顔を勢い良く上げる。表情は見えないが「そんな」という雰囲気を醸し出している。腕を組んだアウローラはちらりとソファでちょこんと座っている2人に視線を向けた。
「許すのは私ではないので、許せません」
プルヌスはその言葉の真意に気が付いたのか、恐らくこめかみに当たる部分を軽く掻いた後に立ち上がり、フロースとルミノークスの前にしゃがんで真っ直ぐに彼女等を見た。
「今まで普通の少女として過ごしてきたというのに、いきなり聖女の責を押し付けるような物言いを周囲にしてしまったこと、申し訳なかった。どうか許して貰えないだろうか?」
静かな懇願するような彼の声にフロースとルミノークスは一度かお見合わせ、ルミノークスがプルヌスをまっすぐに見つめてゆるゆると首を左右に振った。
「許すも何も、わたくし達は怒ってなどおりませんわ。でも、大丈夫です。アウローラ様やノヴァ様達が尽力して下さったお陰で騒動も収まりましたし、わたくし達も心の整理ができましたわ」
「そうです。それにプルヌス先生がおっしゃったことは事実ですし」
2人がちらりとアウローラに視線を移し、柔らかく微笑んだ。
その微笑には私達は大丈夫という意味と、アウローラに感謝の思いが込められている様だった。アウローラは頬を掻いて苦笑いを浮かべてから頷いた。
くるりとプルヌスが振り返り、じっとアウローラを見てくる。
何というか、付き合いが長いがこの人はこんなに子供っぽい所があるとは思わなかった。今までずっと、余裕のある大人の雰囲気を醸し出していたために、今の状況はかなり新鮮だ。
アウローラは眉を下げて笑う。
「2人が怒っていないならば、私が怒る理由はないでしょう」
「本当かい!?あぁよかった」
プルヌスは勢いよく立ち上がり、アウローラをひょいと持ち上げる。小さくアウローラは悲鳴を上げた。
「あぁ愛弟子に嫌われてしまったのかと心配になったよ!あぁよかった!可愛いボクの愛弟子!」
「あわわわわ!わ、わかりました!わかりましたから降ろしてくださいぃぃ!!」
プルヌスの身長は結構高くアウローラの父アルスとほとんど同じくらいだ。180はゆうに超えている彼に抱きかかえられると腕の長さも含めて結構地面との距離がある。高所恐怖症ではないのだが、体が強張る。
謝られながらゆっくりと降ろされ、バクバクと早鐘を打つ心臓を抑えながら、よろよろとソファに手をつく。
心配そうにフロースとルミノークスが駆け寄るが、「大丈夫」と僅かに震える声で返答した。
少し落ち着いてからすっかり上機嫌なプルヌスにアウローラは咳払いをしながら尋ねる。
「今日の授業は先日お願いしたものですか?」
「あぁ!第二王子殿下から聞いていたよ。聖女が揃っていて何より」
プルヌスはいそいそと部屋の外に出ると、廊下から紐で束ねられた茶紙の束を持ってきてテーブルの上に乗せた。元から茶色いのかとアウローラは思っていたがそうではなく、恐らく元々白い紙が劣化により茶色く変色した物だろう。
「これは歴代に聖女に見せるための資料だ。本来は極秘資料なんだけれど、アウローラも一応関係者だし王族の許可も頂いているから」
プルヌスがそう言いながら広げていく資料には、歴史の教科書で出てきそうな古めかしい絵と現在アウローラ達が使っている文字と形が異なる文字の羅列。
「これが、現代の言葉に直したもの」
次にプルヌスが広げ始めたのは、白い真新しい紙にびっしりと現代文字が書かれているものだった。それを付随する茶色い紙の上に乗せていく。
余りの文字の多さに3人はくらりとしながらも、目で文字を追っていく。
テーブルの上に乗せられた紙は全部で15枚。その内新しい紙が5枚で、古い紙が10枚だ。古い紙のうち5枚は全て古めかしい絵のみが欠かされているもので、恐らくその全ての絵に“聖女”が描かれている。
1枚目は黒い大きな獣に立ち向かう聖女とその前に彼女を守るように立つ青年。聖女の後ろには精霊らしき姿が6体描かれている。
2枚目は精霊5人と精霊1人を抱きかかえ嘆いている聖女。
3枚目は精霊6人に祈りを捧げている聖女なのだが、彼女の後ろには魔物が迫っている。
4枚目は燃える都と精霊3人と聖女に相対しているのは黒く描かれている精霊3人。
そして5枚目。この絵を見た瞬間、ゾクリとアウローラ背に悪寒が走った。
5枚目の絵は、精霊5人と共に戦士が戦っている絵だった。敵は、黒い聖女。
それはまるであのゲームの最後のシーンのようで、アウローラが避けたがっている未来を表しているようだった。
「この5枚の絵は、歴代の聖女の中でも一番大変だった時代を描いたものだ。聖女にこれを見せて、こうはならないようにと説明するように言われている。一気に説明するから、質問は最後に纏めて受け付けるよ。では」
プルヌスはゆったりとした、まるで幼子に読み聞かせをしているような柔らかな口調で話し始めた。
「まず1枚目の話だ。これは始まりの聖女と彼女と旅をした青年の話。黒い獣は“魔力喰い”通称“インクプス”と呼ばれるもので、現代の魔物の元となった存在だ。これは初代聖女に倒されたのだけど、その欠片は今もまだ漂って魔物を創り出していると言われている。世界中で大きな被害を受けた大災害だったんだ」
プルヌスの指が次の紙を指さす。
「2枚目。これは精霊が死んでしまった時代の話だ。この時代、魔力を高めるために精霊を利用しようとする人間が出てきた。聖女はそれを止めようとしたんだけれど、間に合わず、火の精霊が命を落とした。大精霊がいない場合、小精霊たちもいなくなるからその国は睡眠に近い状態になってしまって、数十年後火の精霊は再び誕生するまで大変だったみたいだ。一応他の大精霊も補助をするらしいけどそれは最低限だったんだ」
精霊が命を落とす、とはどういったことなのだろうか。
質問をしたいがそんな雰囲気ではなく、アウローラはプルヌスの指の動きをじっと見つめた。
「3枚目。これは魔物が大量発生した話だ。その原因は、さっきと同じように精霊の力を悪用しようとした人間なんだけど、今回は間に合い、精霊を助けた。だけれど、その人間が造った魔物が溢れだして世界を荒らした。聖女は精霊に祈り、自分の命を使って魔物を倒した」
ちらりとアウローラは2人の様子を伺う。
微かに体が震えているが、しっかりと目をそらさずに目で追っている。
「4枚目。精霊が悪い心に取り込まれ、“反転”してしまった時代。“反転”というのは世界を守る機構である精霊が世界を壊す機構に成り果ててしまうことだ。詳しい属性は聞いていないけれど、3対3だった。その戦いは長期間続き、聖女の命を使って浄化し、精霊は自我を取り戻して戦いは終結した」
“反転”という言葉も初めて聞いた気がする。確かゲームでは、ただ悪しき心に墜ちたとしか言われていなかった気がする。もしかしたら、光の大精霊ルートで詳しくやっていたのかもしれない。
次にプルヌスはアウローラが一番気になっている絵へと指を動かした。
「5枚目。これは歴代の聖女の時代の中でも、一番大災害を起こした話だ。詳しい記録は全て抹消されているのだけど、“反転”を起こした精霊を聖女が取り込んだという記録だけが残っていた。それがどうやって取り込んだのか、聖女の望みなのか、精霊の望みなのか、何も記されていない。ただこの聖女が戦士に倒され、世界が復興するまで数十年かかったそうだ」
聖女の力は強力なので確かにそこまで世界を壊してしまうかもしれない。
そんなことをアウローラは思いながら、あれと首を傾げる。
プルヌスは顔を上げた。
「では、質問タイムに行こうか」
プルヌスの言葉にアウローラは小さく手を上げる。
「アウローラ、どうぞ」
「あの、歴代聖女のお話の前に、そもそも“聖女の力”というのは何なのですか?」
“聖女の力”それはゲーム内では“強力な魔法”としか表されていなかった。
他の生徒や攻略キャラクターが使うよりもワンランク上の魔法を使える力であり、治療魔法ならば無くなった腕を生やす、防御魔法なら如何なる攻撃も防ぐなどといった感じであるのだが、この歴代聖女の話を見る限り、それ以上の力であるような気がする。
フロースは攻略キャラクターがピンチになった所を助けるイベントの際に聖女の力を解放し、ルミノークスは結局解放できなかった。産まれてからずっと使える力というわけではないのだ。
知らないことが多すぎるため、取り敢えずプルヌスに話を聞くのが一番手っ取り早いだろう。
プルヌスはふむと顎に当たる部分に手を当てて首を傾ける。
「それが“聖女の力”というものがあまりわかっていないんだよ」
「「「え?」」」
3人共同じ声が出る。
プルヌスは首をさらに傾けた。
「聖女はいつも誕生するわけでもないし。それに聖女の力というものは生まれながらにして使えるわけではないんだ。大なり小なりきっかけがあってその力は解放される。解放されれば、世界の危機に立ち向かわなければならない。つまり研究する時間がないんだ。宮廷魔法士としてわかっていることは2つ。“聖女の力は所謂人間が使う魔法ではない”ということと“どの属性にも属さない”ということだけだ」
つまりは殆ど全く分かっていないということか、とアウローラは少し落胆する。それは他の2人も同じように肩を落としている。そんな3人を見かねてプルヌスが手を叩く。
「一応ボクの方でも文献漁ってみるよ。何かわかったら連絡する」
「はい。お願いします」
アウローラは深々と頭を下げる。
プルヌスはうんうんと頷いて「他に質問は?」と尋ねて来た。
3人は顔を見合わせながら、次々と質問していく。
その質問にプルヌスはすらすらと返答し、その答えを3人はしっかりと頭に叩きいれる。
長時間質問攻めをして、やっとで質問を終えたのは陽が傾き始めて来た頃だった。
本当はもう少し話をしたかったのだが、再びソルバリアの登場によりそれは叶わなかった。本日は特段急ぐ用事ではなかったようで、焦った感じは見て取れなかったがマイペースはプルヌスにやきもきしているようだった。
彼は退出する前にこう言い残した。
「今度からは聖女二人の魔法の勉強も見るからね」
フロースとルミノークスは嬉しかったらしく、表情を明るくして何度もお礼を言っていた。
3人は帰路につき、アウローラはフロースとルミノークスを無事家まで送り届けた後ミールスと共に自室に戻った。
夕食の時間まではまだ時間がある。
ミールスにお茶をお願いしてから、机の中から一冊の本を取り出した。
その中には自分がこの世界で分かったこと、わかっていること、してはならないこと、前世の事で忘れてはいけないことを書き連ねている。
新しいページに今日分かったことをつらつらと書きだしていく。
【聖女の力については収穫無し、プルヌス先生に期待。
新しい単語有。“インクプス”“反転”。
“インクプス”については質問し説明有。容貌不明、詳細不明。黒い獣で描かれた精霊と対になる“世界を壊す存在”。誕生経緯も不明。初代聖女と戦士により倒される。しかし、その欠片は今もなおどこかにあり魔物を産み出している。
“反転”については説明有。世界を守るための精霊が世界を壊す精霊になる事。その理由は詳しくは判明していないが、魔物を創り出すインクプスの力と関係ありとの見解。王城の図書館に古書ありとの情報。
精霊について僅かに情報有。
精霊の死、精霊を構築する魔力が尽きると消滅すること。
精霊の再構築、マーテルによる精霊の再構築、詳細は不明。
聖女が精霊を取り込む、禁術魔法の可能性有。重要。ルミノークスの為に情報を収集。
次回よりフロースとルミノークスの魔法訓練を開始する。
私も一緒に上達しなければ。
ゲーム開始は15歳である。
その間にルミノークスの死亡フラグになる物に注意すること。
ゲーム内のシナリオから外れたことによりフロースの身に危険が及ばないように注意すること。
私の使命を忘れずに】
掻きながら、そう言えば、とアウローラ手を止めた。
「あの綺麗な青い髪の子。お茶会の時にいなかったなぁ」
ネイビーブルーの髪ともう少し話をしたくてフロース達の騒動がある前に探していたのだが、見つけることができなかった。とても目立っていたから、すぐ見つかると思っていたのだが、見逃したのだろうか。
今度会ったらもっと話を使用と思いつつ、再び筆を進めようとするとコンコンという控えめなノックが聞こえ「どうぞ」と声を掛ける。
すると静かに扉を開けたミールスが部屋の中に半分だけ体を入れてくる。その手にはお茶は持っていない。
「失礼します。旦那様と奥様がご帰宅なさったのですが、どうします?」
「ん?本当?なら、下でお茶を頂こうかな?」
「わかりました。では、行きましょう」
少しでも王城の話や町の様子などを知りたいと思い、アウローラは本を閉じて部屋を出る。キィっと扉が閉まり、アウローラの部屋は薄暗くなる。すると、音もなく窓が開いてそこから人影が一つ、部屋に入ってくる。
人影は本を手に取ると音を立てずにそれを開き、内容を見ていく。
所々人影が知らない文字が書かれていたがそれは無視をして、わかる範囲の文字だけを手に持っていた紙に書き写していく。
数十秒ほどで書き終わり、人影は本を閉じて名残惜しそうにその机を撫でた。
「―またね」
人影はそれだけを言って、ネイビーブルーの髪を靡かせて窓の外へと消えていった。
窓が閉じられると、部屋の中には再び静寂が訪れるのだった。




