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騎士令嬢は掴みたい  作者: まつまつのき
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第1部-10話「聖女と云う役割の女の子」


「今日、家庭教師から教わったんだけど」


アウローラがまだ5歳だった頃、この世界の事を知るために、プラティヌム伯爵家の蔵書を読み漁っていた頃の話だ。

学園に入学する前のカエルムが最後の家庭教師の授業を終えて、アウローラにこんなことを話した。


「基本の世界史で聖女について習ったんだよ。世界を救う救世主!世界の為に戦い、祈り、世界を守るための人間がいるんだってさ。生まれた時からそれは決まっていて、でも、決まっていることを本人は知るすべがない。それを聞いて俺、どう思ったと思う?」

「・・・どう、おもったのですか?」


蔵書室の床で座ったまま古臭い本を開いていたアウローラは、首を傾げてカエルムに聞き返す。彼は微笑みながらアウローラを抱きかかえ、そっと頭に頬を寄せた。二人分の体重を乗せた椅子が、ギシっと軋む。


「あぁ、可哀想だなって」


これでは読めないと本を閉じて、兄の体温を背中に感じる。

カエルムは続けた。


「だって、普通だと思っていたのに、本当は選ばれていましたって、世界の為に戦えって酷だろう。それに教科書によれば、歴代の聖女は皆、20歳までに世界を守る戦いで死んでいる。聖女であるということは戦いの運命と、精霊を救う使命と、短命の呪いを背負っているということなんだよ。これを憐れまない方がおかしい。聖女の力があるというだけで世界の全てを守らせるには、世界はあまりに大きすぎる」


カエルムは「難しかったかい?」と尋ねながら、自嘲気味に笑う。

アウローラは首を振って肩越しに振り返ると、カエルムは泣きそうな顔で額をくっつけて来た。


「どうか、君が、聖女でありませんように」


あの日、カエルムの祈りのような言葉の真意が今わかった気がする。

すっかり泣きつかれてソファの上で仲良く寝息を立てているフロースとルミノークスを見つめながら、アウローラは思った。

大切な人、大事な人がもしかして将来戦う運命で、しかも、戦いの最中死んでしまう可能性が高い存在かもしれないと知ったら、そう祈らざるおえない。

前世の弟がそんな運命の可能性があると知ったら、恐らく自分も神様に祈っていただろう。


現在、アウローラがいるのは王城の客室の一つ。

あの後何事もなかったようにお茶会が始まった。アウローラ達は、すっかり周囲の狂ったような期待の眼差しと聖女としての務めの重責から怯えている2人をそのままにしておけず、ノヴァの計らいで王城の客室に一時滞在することとなった。

ノヴァは国王陛下へ報告に、インベルは宮廷魔法士達へこれからのことを聞きに、クラースは王城からの使いとして2人の家に連絡を入れている。アウローラは見ての通り2人のそばに付いている。

眠っている2人の顔は、やはり幼い。


「ゲーム内でのフロースは大人しく、一歩下がった子だった。ルミノークスは聖女であることを誇りと自信を持ち、高飛車なところがあった。もしかして、フロースの明るさがなりを潜めたのは周囲の期待に押しつぶされてしまったから?ルミノークスのあの聖女であるという自信は聖女が二人である前例がないから、周囲がルミノークスこそ聖女だと持ち上げられてしまったから?」


それはあり得る推論だとアウローラ考える。

あの場はノヴァ達と友人関係であったから収められたものであって、何の後ろ盾もない場合だったら期待の視線ともしかしてどちらかが偽りの聖女であるのではという疑惑の視線を沢山浴びせられたことだろう。

ならば、子供の心は歪んでしまっても不思議ではない。


「2人の性格が歪んでしまったのは“お茶会の事件”からかと思ったけれど、その認識は改めた方がよさそうね」


“お茶会の事件”とは。

フロースとルミノークスの仲を深めるために両家が行っていたお茶会で起こった事件の事で、ゲーム終盤の回想で出てくる。その内容は、セレーニーティ家で行われたお茶会で2人が飲んだお茶に毒物が入っていたのである。それによりフロースは長期間高熱にうなされた。フロースよりは軽症で済んだルミノークスだが、クリュスタルス家に≪フロースを妬んだセレーニーティ家の一員が毒を盛ったのだ≫と糾弾され、両家の仲は引き裂かれる。

セレーニーティ家も何もしないのでは体裁が悪いとのことで、無実の人間を犯人として仕立て上げ騎士団の牢に入れた。その後の調べで無実と判明したその人が釈放されたのは3年後のことで、その人にセレーニーティ家は謝罪も何もしなかった。

実はこれがゲーム本編の中ボスの話につながってくるのである。

その中ボスの名前はレウィス・カリュプス。

あの日犯人に仕立て上げられた使用人の少年であり、貴族を怨んでいるのだ。


レウィスの話はまた後で考えるとして、アウローラは机の上に散らばった書類の束を手に取り、空いているソファに腰掛けた。

そこに記されているのは歴代の聖女の行動履歴や死因などの聖女関連書類だ。

勿論すべてを把握された物ではないし、歴史の中で消えたものもある。それでも、膨大な量だ。六法全書数冊分だが、彼女たちを守るためには目を通しておかなければならない資料だ。

それにしても、と書類に目を通しながらアウローラは顎に手を当てる。


「ゲーム内で明かされる情報が少なくないか?」


フィクションとノンフィクションの差があるのだから当然と言えば当然なのだが、それにしてもゲーム内での情報はこの世界の本の上澄み部分でしかない。ゲームでの知識で一番有用なのは、この先どんなことが起こる可能性が高いのかということだけだ。それ以外の、世界史、魔法学は基礎学習レベルで応用レベルには程遠い。殆ど、前世の知識でカバーしているようなものだ。

プルヌス達の事もそうだ。

属性検査の日にあんな風に演説紛いな事をしているとはゲームで何も言及されていなかったし、“精霊教会”ことも実際文献を見るまで知らなかった。

もしかして、ここは似ただけの世界なのかという考えが過るが、それはたぶん違うのだろう。そうだとしたら、同じ部分が多すぎる。


「でも、ゲームをやっていたときは全然気にならなった」


そうなのだ。

情報が少なすぎるというレビューも見たことがないし、誰もがこのゲームを面白いと絶賛し口コミが広がっていった。そのため、ゲームが好きな人は殆どこのシリーズをやったことがある。

様々な考えが頭を巡り、ふと何かが頭の中で引っかかった。それはほんの欠片のようなもので、言葉に表すのは難しい。だが、何か答えに近いものが出てきそうなのだ。


「ん・・・」


小さな声が聞こえてアウローラの体がびくりと跳ねた。

ルミノークスがもぞもぞと動いている。起きたのかと思ったが、すぐに整った寝息を立て始めた。

2人の目頭には涙の跡がしっかりと残っている。

この世界のことについて今は考えるべきことではないなとアウローラは思いながら首を左右に振る。それよりも、今はこの2人の事を考えなければと、手元にある書類に再び目を通す。

目を通しながらアウローラは眉を顰めた。


「初代聖女から2代目聖女誕生までの期間が長い・・・?それと、この聖女が度々襲撃された記録は・・・?いえ、ゲーム開始時点で2人が襲撃されたとか古傷があるという設定はなかった・・・気になる資料が多すぎる。まず、私がやることを整理しましょう」


資料を束ねテーブルの脇に置く。そして、この資料を渡されるときに頼んでおいたメモ用紙を広げペンにインクを入れた。そして、わかりやすいように日本語ですらすらと書き連ねていく。


まず一つ目。

お茶会事件を起きないようにすること。

恐らくこれがこの2人が一緒に歩く未来獲得のターニングポイントだ。この事件から2人の家の仲はどんどん悪くなっていき、中ボスの話も出てきてしまう。

これを回避すれば、中ボスも回避できるし二人の仲が引き裂かれることは無い。

二つ目。

2人を守る事。

ゲーム開始時点で特段二人が昔襲われたなどの話は出ていない、が、今までの経験上ゲームで出てきていないことも起こりえる。ならば2人を守らなければ。もしこの時点で2人が殺されでもしたらこの世界も、自分も終わりである。

三つ目。

2人を強くする事。

ゲーム開始時点でフロースのレベルは10で、基本魔法しか使えないし光の魔法は殆どが回復系、浄化系だ。現実のこの世界にはレベルという概念はないので、どこまで強く成ればいいかは指標がないが、フロースは光の魔法を一通り覚えてもらわなければ。ルミノークスの闇属性は操作系、物を操る魔法が得意のはず。なので、それを鍛えなければ。


あとは、とアウローラは二人を見る。

ゲーム内でのフロースとルミノークスを思い出すと、確かに二人は聖女であることを喜んでいたり、嬉しがってはいなかった。ルミノークスは聖女であることに驕っていたりはしたけれど、聖女であってよかったなどと口には出していなかった。

恐らくゲームでもこの今と同じように、聖女であるということが嫌でたまらなかったのだ。

きっとそれは、聖女は精霊に選ばれた人間で普通の人間ではないと思っているからだろう。


―いいや、聖女だって普通の女の子だ


「世界を守るのに今まではたった一人、今はたった二人。そんなのあんまりだわ。聖女であろうとなかろうと、世界を作っているのは私達なんだから、世界の危機には全員で立ち向かうべきよ。こんな子達に背負わせるなんてふざけている」


ふと、あの期待に満ちた子供達の表情を思い出す。

あれは他力本願の目だ。僕達が何もしなくても、彼女たちが救ってくれるというそんな目。

全く持って、吐き気がする。

こんこん、と不意に扉がノックされた。

その音にソファで寝ていたフロースとルミノークスも起きた様で、赤く腫れた目を擦っている。


「どうぞ」


アウローラが席を立ち、フロースとルミノークスの後ろに立つ。

不安げに2人はアウローラを見るが、アウローラは大丈夫と微笑んで頷いた。


「失礼する」


渋い男性の声が聞こえ、アウローラはまさかと体を強張らせる。

ゆっくりと扉を開いたのはノヴァで、彼は普段の雰囲気とは全く違いピリッとした雰囲気だ。彼は扉を大きく開いて、静かに頭を下げた。

扉の向こうから現れたのは、茶に近いオレンジ色の髪を短く刈り上げた、逞しい体の中年男性だった。身に纏っているのは見るからに質のいい礼装で、肩には藍色のマントを身に着けている。切れ長のパープルの瞳は、鋭いがキツイというわけではない。


「こ、国王陛下!?」


アウローラの声は裏返り、フロースとルミノークスの背筋がぴんっと伸びた。

彼こそがこの光の国の国王陛下。メリオル・アウルム・アルガリータ、その人である。

アウローラと彼はノヴァと一緒にいるようになってから何回か顔を合わせたりするのだが、やはりどうも、上の者という感じがして慣れることは無い。慌てて膝をつこうとするが、メリオルが笑いながらそれを制止する。


「相変わらず固いな。もう少し肩の力を抜いてもらえると余も嬉しいのだが」

「ですが私も騎士の端くれ、王族に仕える身ですので・・・」

「ははは、まぁよい。その話はあとにしよう。今はお忍びで来ている。フロースとルミノークスといったか」

「は、はい。国王陛下。お初にお目にかかります。クリュスタルス男爵家フロース・クリュスタルスと申します」

「お、お初にお目にかかります。セレーニーティ男爵家長女ルミノークス・セレーニーティと申しますわ」


端から見て緊張しているのが分かる二人だが、メリオルは全く気にしていないように人懐っこい笑みを浮かべる。


「聖女に選ばれた少女等だな。うん、善い顔している。ノヴァから2人の話は聞いている。良い友人だとな」


ちらりとアウローラはノヴァを見たが、彼は一切照れることなく静かにメリオルへ視線を向けていた。すると、メリオルはフロースとルミノークスに近づくとゆっくりと手を上げて、2人の頭を撫で始めた。

混乱し戸惑っている2人とアウローラもきょとんとしている。目の端で、ノヴァが微かに笑うのが見えた。


「戦う定めだと知って、精霊を救うと知ってさぞ混乱しておることだろう。それに男爵であるならば、戦うこととは無縁であり、恐れもしているだろう。周囲の期待に押しつぶられてしまいそうであろう。正直、ノヴァからそなた等の話を聞くまでは戦う使命を内包した特別な少女等と思っていた。だが、今見て確信した。それは間違いであるな」


メリオルは悲し気に微笑む。


「聖女についての何かあれば、王族を頼って構わない。我が息子の友人、そして、アウローラの友人である。微力ながら力になることを誓おう。それと、周囲の期待はその身に背負えるだけにしておいた方がいい。全ての期待を背負うなど、常人のするべきことではあらず。せっかく二人いるのだ、協力して頑張ってくれると有難い」


2人は今にも泣きだしてしまいそうな表情で「はい」と小さく呟いた。

今度メリオルはアウローラに向き直る。


「お前のことだ。友人の力になろうと躍起になる事だろう。だが、騎士である以前にお前はまだ子供である。少しは。大人に頼ってくれ。お前は限度というものを考えてくれよ。アルスの胃に穴が開いてしまう」

「肝に銘じておきます。ですが、大切な友人である2人が頑張るのならば、私も頑張らねばなりません。私の中に聖女の力はありませんが、彼女等の傍にいることは出来ます。彼女と共に戦うことは出来ます。2人だけに世界を守る責を負わせるつもりはございません」

「ははは、お前はそういう少女だったな。頭の片隅に心配している者がいるということだけを置いておいてくれ。さて、もう行かねばならん」


メリオルはくるりと踵を返し、扉へと向かっていく。しかしその途中で足を止め、肩越しにアウローラへ振り返る。


「アウローラ、お前は―」

「私が、何か?」


アウローラが聞き直すと、メリオルは僅かに逡巡しふっと口の端を上げた。


「いや、後々わかることだ。では失礼する。ノヴァ、お前はもういい。友人達と共にいるといい」

「お心遣い感謝いたします、国王陛下。―また後で、父上」

「あぁ、また後でな」


ひらりと手を振ってメリオルは廊下に出て、どこに隠れていたのか騎士達と一緒に廊下を歩いて行った。いなくなったことを確認したノヴァが扉を閉めると、大きくため息をついた。

すると、僅かにアウローラの服の裾が引っ張られ振り返るとルミノークスが袖を引いていた。


「・・・アウローラ様も一緒にいてくれるんですの?」


弱弱しいその問い掛けにふっとアウローラは笑い、座っている2人に視線を合わせた。


「えぇ勿論。2人は聖女以前に友達なんですもの。私が、2人を守るから。何があっても、絶対に」


2人はアウローラの言葉を聞いた後ボロボロと泣き出して顔を両手で覆ってしまった。悲観した涙ではなく、これはうれし涙という物だろう。泣きながらも、彼女等の表情は明るい。

アウローラはノヴァに振り返る、礼を言う。


「ノヴァもありがとう。国王陛下に進言してくれたんでしょう?」

「そうともさ。どの文献も聖女を人扱いしていないからね。とても腹が立ったさ」


自慢げにそういうとウィンクしてくる。


「少しは見直したかい?」


ノヴァのその言葉に一瞬アウローラは目を見開き、声を出して笑った。

ノヴァも乾いた笑いを浮かべながら頭を掻いていたが、次のアウローラの言葉を聞いて動きが止まる。


「見直すも何も、君は前から頼れる王子様だよ?」


すぐにボロボロと泣いている2人へ向き直ったアウローラはその後のノヴァの表情は知らない。

彼はというと、耳まで赤くしながら右手で顔を覆い「ちくしょう」と言いながら、照れたように笑みを浮かべているのだった。


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