第1部-9話「聖女発覚」
教会へと辿り着くと、もうすでに同じくらいの少年少女がそこにはいた。
皆一様にして黒を基調としている衣服を身に纏っているため、全くもって誰が誰だか識別が容易ではない。とはいっても、顔を知っているのはいつものメンバーと時折訓練所にやってくる騎士達の子供達のみだ。
クラースは辺りを見渡して口を開く。
「ノヴァ達はどこだろうな?」
「王族だから別じゃないの?」
アウローラの言葉にクラースは首を左右に振った。
「いいや、まず最初に見本みたいな形で2人とも検査するんだと。少し待っていてくれ、探してくる」
クラースはそう言って人混みをかき分けながら去っていく。
手持無沙汰になってしまったアウローラは慌ただしい彼の背中を見守りつつ、人混みから少し外れて周囲を観察し始める。
フロースとルミノークスは確かゲーム内で遅れてやって来た。なので、まだ来ていないと思うのだが来て居たらすぐに声を掛けられるようしなければ。
ふとアウローラは周囲を見渡していると、1人の少女に目を惹かれた。
自分と同じような黒い衣服を纏っているのだが、周囲の少女たちが身に纏っているシフォン生地やサテン生地のふわりとパニエの効いた可愛らしいドレスではなく、黒いレザーで足部分にスリットが入り中の白いレースが見えるといった何とも大人びたデザインの服なのだ。
この世界においてレザー生地というのもを初めて見た、とアウローラは一人感心しその身に纏っている少女へと視線を移すと、その衣服をしっかりと着こなしていることに驚いた。
アウローラよりも10㎝程背が高く、ネイビーブルーの艶やかな髪は編み込み結い上げられ、琥珀のような茶味かかったオレンジ色の瞳は真っ直ぐに前を見据えている。足元も見たいが、スカートの裾ですっかりと隠れてしまっている。
余りに周囲と一線を置いている雰囲気を醸し出している彼女は、やはり周囲から奇異の目で見られており、誰も話しかけようとしておらずそこだけぽっかりと空間が空いている。
正直、あの服をどこで手に入れたのかとても気になる、とアウローラは思いつつ彼女へと近づいていく。
「その服、素敵ですね」
挨拶から始めるべきだったと口に題してから後悔した。
ここにいる人たちは貴族なのだ。なんの挨拶なしに話しかけるなど、咎められてもしょうがない。
しかし目の前にいる彼女は声を掛けられると思っていなかったのか、少し戸惑った表情を浮かべながら無礼を咎めることなくはにかんで笑った。笑うと年相応に見える。
「ありがとうございます。皆様と毛色の違った物でしたので、少し場違いだったかなと思っていたのでそう言っていただけるととても嬉しいです」
少しハスキーな声に、どこか聞き覚えのある声だなと思いつつアウローラは笑う。
「そうですね。その生地は中々ここら辺では見ることがないので、皆さん驚かれているみたいです」
「えぇそうですね。正直言いますと、少し寂しかったのです」
アウローラ達と周囲人達の間にできた隙間を彼女は見つめて悲し気に微笑んだ。何とも絵になる人だなと思っていると、急に彼女が振り向いてはにかんで笑った。
もしやと思いつつアウローラは口に手を当てる。
「・・・もしかして口に出てましたか?」
「えぇ。そんなに褒められてしまっては少し照れますね」
2人が笑い合うと、周囲の人たちがこちらにちらりと視線を向けて来て何やら小声で話している。その表情から察するに悪いことを言っているわけではないようだ。どころか、ちらちらと話をしたそうに特に少女たちがこちらに視線を送っていた。
どうやらお暇した方がよさそうだ、とアウローラは口を開こうとしたとき、先に彼女が照れたようにスカートの裾を摘まみ上げてスカート部分を良く見えるようにしてくれた。
やはり、かっこいいなと思いつつ見つめていると彼女が口を開く。
「実はこれ―」
「アウローラ!!」
突如右腕を掴まれてびくりと肩を震わせる。アウローラが後ろを振り返ると、焦ったような表情を浮かべたクラースがそこにいた。アウローラが「あらクラース」というと、彼はふーっと息をつくと手を掴んだ。
「いないからびっくりしたぞ。フロースとルミノークスはまだみたいだが、ノヴァとインベルはいたぜ。早く合流しようぜ」
「え、あ、ちょっと!」
アウローラの返答を待たずして手を引っ張っていく。
証がなく観念し、アウローラ笑顔でネイビーブルーの彼女に手を振る。
「またね!とても似合っていて素敵だよ!」
すると彼女も笑顔で手を振り返してくれる。アウローラがある程度離れると、周囲にいた令嬢達が彼女に押し寄せ何やら話し込んでいる。
アウローラ達が人混みをかき分け辿り着いたのは教会のすぐ横にある小さな花壇がある場所だ。色とりどりの小さな花がそこに葉咲いており、それをしゃがんでみているノヴァとインベルがそこにいた。
「王族って他の貴族令嬢にきゃーきゃー言われているのかと思ってた」
到着早々アウローラがそういうと、ノヴァとインベルは苦笑する。
「実はもうきゃーきゃー言われた」
「とても大変だった。だから、認識阻害の道具を使っているのさ」
ノヴァが地面を指さす。そこに在ったのは少し大きなマチ針のような物。
認識阻害の魔法は“操作”の部類に入る魔法で、魔力の流れを調整し人の意識を逸らせる魔法だ。かなり高度な魔法なのだが、やはり道具を作れるアルメニウムは天才なのだ、変わり者であるが。
のんびりとしている2人にアウローラは問いかける。
「王族だから準備とか仕切ったりとかするのかと思ってたけど、結構のんびりしているのね」
アウローラの言葉に「あぁ」と言いながらノヴァがちらりと人混みへと視線を移した。彼の視線の先を辿ると、そこには黒を基調とした法衣を身に纏っている白髪交じりの中年の男性が見たことがない宮廷魔法士と談笑している。その姿から察するに教会の人間だろう。
「この属性検査は教会、精霊教会が行っているものなのさ。教会はどこの国家にも属さない自立した組織だから、あくまで王族は属性検査に協力している立ち位置だ。だから準備とかは全て教会の人間がやってくれる」
「へぇー」
アウローラは感嘆の声を出しながら、記憶を巡らせる。
思えば、ゲーム内で教会の話は全くと言っていいほど出てこなかった。
―それどころか“精霊教会”というものも、この世界にやってきてから知った言葉だ。
精霊教会は全世界に散らばっており、教会は行う特別な試験を突破しなければ入会できない。前にアウローラは興味本位でその過去問を見たのだが、基礎学習、世界史、魔法学などなど世界のありとあらゆる知識を覚えていなければ試験の合格は難しい。
つまりは、あそこにいる男性はあの試験をクリアしたということだ。尊敬に値する。
まぁ普通の生活をしているうちは、教会のお世話になることなど全くない。
恐らく今日限りの関係だろう。
すると、固く閉ざされていた教会の扉がゆっくりと開き、そこから現れた男性と同じ姿をした女性二人がにこやかに、だが凛とした声で子供達に言った。
「これより属性検査を始めます。説明をしますので、皆様こちらへお入りください」
ぞろぞろと子供達が緊張した面むちで中に入って行く。その中にフロースとルミノークスの姿は無い。
遅れてくるというゲーム内の情報だが、大丈夫だろうかと不安になりつつ、ノヴァに急かされて教会へと足を向けた。
アウローラは周囲を見渡し、男3人は談笑をしながら中へと入って行く。
教会の中にずらりと並べられている木造りの長椅子に座り、入り口の方を不安げに見つめていると、息を切らしたフロースとルミノークスが駆け足で入ってきた。
入口にいる女性にフロースが何やら謝りながら、女性が指さした長椅子へとルミノークスの手を引いて歩いて行く。最後尾の椅子だ。
アウローラは彼女達に軽く手を振ると、2人は表情を明るくしたがルミノークスが慌てて口噤んだのを見てフロースが口元で人差し指を立てて2人は笑い合っている。その後手を振り返してくれ、彼女達も席に着いた。
どうやら2人が最後だったようで、ぎぃっと教会の扉が閉まる。
中のつくりはアウローラの前の世界でもよく見たことがある様な、正面に祭壇、来訪者用の木造りの長椅子、高い天井に、周囲には色とりどりのステンドグラスがはめられていた。
恐らくそのステンドグラスは神話の一部を模している様だが、抽象的過ぎて説明されなければ恐らくどの部分かはわからない。
「フロースとルミノークス、来たのか?」
小声でクラースが問いかけて来て、アウローラは笑顔で頷く。
彼も心配していたようで僅かに表情が緩む。
カツン、カツンという音がして正面に視線を向けると、そこには先程の中年の男性が立っていた。
優し気な笑みを浮かべながら、彼は口を開く。
「これより、属性検査を始めます。皆様緊張している御様子ですが、別段痛みなどはありません。ご安心を。それでは先に属性検査の説明をさせていただきます。上級宮廷魔法士精霊教会専属顧問プルヌス先生。よろしくお願いします」
「はい」という聞き馴染みのある声が聞こえ、足音もなくプルヌスが前に現れた。
プルヌスが精霊教会の専属顧問だとは知らなかったためアウローラは驚いていたが、それ以上に、周囲の静けさに違和感を覚えた。しかしその違和感はすぐに消えて、静まり返った教会内に彼の声が響き渡った。
「はい。ご紹介にあずかりました、プルヌスです。では、皆さん、属性検査とは何なのか、軽くは知っていても何故検査をするのか、ということは知らないですよね。軽く説明させて頂きます」
プルヌスが指を宙に向けてくるりと回すと、子供達の上に、土、水、火、風、光、闇を具現化した物が現れる。魔力を塊にして操作系の魔法で操っているのだろう。
それをそのままに、プルヌスは説明を開始する。
「皆ご存知の様に、魔法の種類は地水火風光闇の6つ。そして人の体には得意な属性というものがある。明属性、暗属性、この2種類のうち1つずつが、その得意な属性だ。その属性ごとに得意な魔法系統がある。それを知っておくと将来どういった道を開けるか、どの魔法を学んだほうがいいか、そして、何かあった際に周囲を手助けできるようになる。例えば火事の時、自分が何の属性を持っているかを把握しておけば、すぐに行動を起こせるだろう?そして最後に、魔力器官には絶え間なく魔力が流れ込んでいるけれど、それが枯渇してしまった場合、死んでしまうことがある。それを外から魔力を注ぐことが必要なのだけど、同じ属性を持っていないと拒否反応が起こってしまうことがあるんだ。だから、知っていた方がいいのさ。といっても、人の魔力器官には“セーフティー”と呼ばれるものがあるから、その“セーフティー”を自力で外さない限りは起こらないことだから、大丈夫。でも、念のため、ね」
プルヌスは属性を表した魔力の塊を霧散させ、それは光の粒となって子供達に降り注ぐ。
わぁっと歓声が沸き上がり、子供達の緊張が一気に解れる。
「ここまでが、表向きの理由」
プルヌスの言葉に子供達は彼にもう一度注目した。
「もう一つ、この属性検査をやる理由がある。それは、聖女を探し出すことだ」
子供達がざわつき始める。と同時に、隣に立っていた男性も僅かに狼狽えた。どうやらこの話をするのは彼の独断のようだ。ざわりとアウローラの中に嫌な予感が駆け巡る。
ゲーム内で属性検査の様子は語られていない。だが、しかし、ここで聖女の話をするのはとてもまずい。
何とかしてプルヌスの話を止めなければと椅子から立ち上がろうとするが、ノヴァがそれに気が付き「どうかしたのかい?」と尋ねてくる。
ここで動いてしまえば、アウローラが何か知っていると思われ精霊教会の人間に目を付けれてしまうかもしれない。アウローラは左右に首を振って、彼になにも答えずに腰を下ろした。
そこで、はっとする。
もしかして、フロースとルミノークスの今の性格とゲーム開始の性格が違うのは、まさか。
「聖女という話は聞いたことがあるかな?精霊と世界が危機に瀕したとき、世界の人から無作為に選ばれて、“聖女の力”と言われるどの属性にも属さない奇跡の力を使える者現れる。聖女というが、別に性別は関係なくて、歴史を見れば男の聖女もいる。聖女は世界の救世主、そして、この世界の精霊を守る者なんだ。そして10年前、闇の大精霊がどこかへ姿を消し、他の大精霊が闇の国を守護している状態だと観測した。闇の対になる属性は光、つまり、この国で聖女が誕生している可能性が高い。それを調べるために、この属性検査が行われている。世界を守る者、そして、世界の為に戦う運命の者を見つけ出して、この世界を救ってくれるために」
プルヌスの話し方は人を魅了させる。周囲を見ると子供達の表情には聖女への憧れが浮かび上がっていた。
子供達は世界に立ち向かう勇者に憧れを抱く。
そしてそれは聖女二人への重荷へとなってしまう。
初めてプルヌスに対し「余計なことを」という反感を抱きながら、3人は大丈夫かとちらりと視線を送る。するとノヴァは欠伸をしているし、インベルはプルヌスではなくステンドグラスを興味津々に見上げているし、クラースに至っては寝ている。
流石ゲームの攻略対象、と思いつつ安堵し前を見る。
彼のこの話は聖女には責任の重さを植え付け、聖女ではない者は聖女に対して憧れと畏敬の念を抱かせる。
やはり聖女は違う、聖女と自分たちは違うのだと。
「で・・・では、これより属性検査を行います。では前から。終わった方は教会の外へ。美味しいお菓子とお茶をご用意しております」
中年の男性は僅かに引きつった笑みで祭壇に丸い水晶のような物を置いた。そこに手を触れて、魔力を流し込むことによって色が変わり、属性が分かるといった物らしい。
男性がノヴァ達の名前を呼ぶ。
まるで占いのようだなとアウローラは思いつつ、半分寝ているノヴァ意識が上に行っているインベルの肩を叩いた。
「ほらほら、2人最初でしょ」
「・・・眠い・・・」
「あれ?ほんとだ、始まってる・・・」
アウローラはため息をつきながら、その背中を見送った。
ノヴァが触れると白い光と赤い光が水晶の中で揺らめく。ノヴァの属性は光と火だ。
インベルが触れると青い光と黄色の光が水上の中で揺らめく。インベルの属性は水と地だ。
2人は話を全く聞いていなかったことを忘れたようにすました顔で皆に一礼すると、そそくさと教会を後にする。
ゲームと同じだと安心していると、中年の男性が「前の方から並んでください」と声を掛けた。するとぞろぞろと皆並び始め、自分たちも並ばなければならなくなった。
しかしながら、クラースは爆睡している。
アウローラはクラースの目の前に立ち、両頬を掴んだ。
びくりと彼は体を震わせて目を開き、丸くしていく。
アウローラはにやりと笑って柔らかい頬を伸ばした。
「おはよう」
クラースはアウローラの手をやんわりとどけて大きく伸びをした。
「ぅおー・・・寝てたわ。つか、もう少し優しく起こせよな」
「叩かなかっただけましと思いなさい。ほら、並ぶよ」
クラースは頬を摩りながら「へいへい」と答え、引っ張られたから赤いのか、起きたら彼女の顔が目の前にあったから赤くなってしまっているのかわからない頬を摩る。
2人並んでいると何やら令嬢が頬を赤らめながら視線を向けて来たり、子息たちがアウローラを見つめてきたりしている。
アウローラの顔は割と可愛いとはいえ、かっこいいクラースの傍にいることは釣り合わない理解しているのだが、そんなに見ないでほしいと肩を落としているといつの間にか自分の番になっていた。
水晶のような物に触れる前にプルヌスの方に視線を移すと、彼は僅かに頷く。
まぁ自分の属性は既にゲームの情報として知ってはいるし、魔法の勉強の際にプルヌスに恐らくこうだろうと入れていたので知っているのだが、と目の前のそれに触れた。
案の定、その中には緑色の光と赤い光が揺らめいた。
風と火だ。
くるりとクラースに「じゃあね」と言って教会を駆け足で後にする。
教会の外に出ると、既に属性検査を終えた子供たちがテーブルに並べられているお菓子を頬張りながら談笑している。周囲を見渡すが、ノヴァとインベルがそこはいない。どこに行ったのだろうと視線を彷徨わせていると、名前を呼ぶ声が聞こえた。
そちらの方へ顔を向けると、ノヴァとインベルがそこにいて手を振って来ていた。
先程と同じ場所で、認識阻害の魔法もかけているようだった。
ノヴァとインベルにアウローラが手を振り返した直後クラースも教会から出てきた。アウローラはクラースの腕を掴んで、ずるずると引っ張っていく。
2人の元へと辿り着くと、ノヴァが尋ねてくる。
「アウローラの属性は何だったんだい?」
「私は風と火」
「僕達は見ての通りだったよ。僕が水と地、兄さんが光と火」
「俺は水と火だったぜ。火高ぇな」
「確かにね。でも僕等中々バラバラでいい感じなんじゃないかな。フロースとルミノークスはどうだったんだろう?」
期待の眼差しでインベルは教会の入口を見る。
ぞろぞろと検査を終えた子供達が出てくるが、そこに2人の姿は無い。
軽く談笑しながら待っていると、教会の入口にフロースとルミノークスが現れた。
プルヌスではない宮廷魔法士と先程の中年の男性と共に。
2人の表情は暗い、というか、怯えているようだった。
反して宮廷魔法士と中年の男性の表情は嬉々として、アウローラにはそれが、堪らなく恐ろしく思えた。
宮廷魔法士が声を張り上げる。
「上級宮廷魔法士プルヌスは報告の為先程王城へ帰られたため、私がこの場に報告をさせていただく!ここに、聖女が発見された!我等と世界、精霊を守る、世界の守護者がこの2人であるとここに判明した!喜ばしいことである」
その言葉に周囲の子供達がざわめき、そして、憧れに瞳を輝かせてフロースとルミノークスを見つめた。
聖女様、聖女様だ、と子供達が無垢に、見えてもいない、感じてもいないのに世界の危機を救ってくれる夢物語の住人となった様に声を張り上げる。
「聖女って歴代は一人のはずでは?」
「えぇ、そうだったわ・・・」
「ならどちらかが?」
「でも、そうだとしたら、どうやって?」
教会の人間の小さな声がアウローラの耳に聞こえて来た。
それは間違いだと、どちらもちゃんとした聖女なのだと、大きな声で否定をしたいが、それは出来ない。が、その教会のささやきはノヴァ達にも聞こえていたようで、彼女等の人柄を知っている彼等はその声の主を睨み付けた。
聖女を讃える声が響く中、フロースとルミノークスの表情は段々と青ざめていく。
まずい、とアウローラは思わず駆けだした。
「アウローラ!!」
クラースの声が背後から聞こえてきた。
教会の人間に目を付けられる?
宮廷魔法士から反感をかってしまうかもしれない?
そんなことはどうでもよくなった。いや、そんなことを思ってしまった自分が恥ずかしくなった。
今、目の前で、大切な友達が突如課せられた重荷に泣き出してしまいそうなのに、何もしないということは間違っている。
人混みをかき分けてフロースとルミノークスの元へたどり着き、2人を抱きしめる。彼女等はそれが祝福の抱擁だと勘違いしたのか、体を硬直させた。
「すぐ来れなくて、ごめん」
アウローラの言葉で、2人の緊張が解けた。
どよめく中アウローラは2人の手を取って、見よう見まねで認識阻害の魔法を操る。
数秒、意識を逸らせればいい。
僅かに周囲の人たちの大半の視線が反対方向に逸れた、その瞬間、アウローラは2人の腰を抱いて駆け出す。すると途中でクラースが現れ、人混みからアウローラを誘導する。
辿り着いたのは先程までアウローラ達がいた場所で、そこにノヴァの姿は無い。息を切らして彼の姿を探していると、インベルは人差し指を立ててしーっと言ってから防音の防御魔法を展開して宮廷魔法士の所を指さした。
フロースとルミノークスがいた場所にはノヴァが立っており、凛とした声で周囲の人たちに告げる。
「聖女が現れ、皆が高揚するのはよくわかる。しかしながら、彼女等は、先程まで皆と変わらぬ普通の少女であった。彼女等も心の整理がついていないうちに、騒ぎ立てるのはよくない。だから今一度、時間をくれないだろうか」
子供達は落ち着きを取り戻し「ノヴァ様が言うのだったら」と口々にそう言っている。ノヴァは振り返り、教会の中年の男性へと鋭い視線を向ける。男性は僅かにたじろぐ。
「聖女はこの国の民である。ならば、彼女等の身は我が王族のもの。異論はないな」
「も、勿論でございます。第二王子殿下」
「その言葉、変わることのないように。後で国王陛下に書類を書いていただくよう進言する」
「はっ。お心のままに」
「では失礼する」
ノヴァは足早にその場を立ち去り、中年の男性はノヴァの姿に圧倒された固い表情のまま無理矢理に笑顔を作って子供達にお茶会を楽しむようにと言ってそそくさと教会の中に入って行った。
ノヴァが帰って来たと同時に、フロースとルミノークスはアウローラに縋りつき涙を流し始める。アウローラは彼女たちの頭を撫でてあやしながら、皆に礼を言う。
「ありがとう。皆、いきなり飛び出してごめんね」
「いや、いいぜ別に。お前ならそうすると思っていたからな」
「僕は大してしてないし、兄さんはかっこよかったよ」
「そうだろうとも。これでもちゃんと王族なんでね」
胸を張るノヴァに、アウローラは先程までの教会への彼の態度が気にかかり、不安げに尋ねた。
「あれは、いいの?教会に少し喧嘩腰だったけど・・・」
「ん?あぁ。大丈夫さ。俺は兄さんの補助をやっているんだが、それでよく教会への援助を見るのさ。教会は王族からの援助でやっていけているから、あれくらいの態度は大丈夫さ。何をやっているか分からないのに、なんでお金が消えていくんだか」
ノヴァはため息をつく。
ノヴァの言葉に少し引っ掛かり、後で調べてみようかなとアウローラは考える。
フロースとルミノークスは泣いたままだ。弱弱しい彼女たちの体を抱きしめながら、背中を摩る。
「やりたくない・・・こわいよ・・・」
「いやですわ・・・みんなが、こわい」
彼女達は肩を震わせながら、そんな言葉を口にする。
幼いころから何かを成し遂げようと努力した者でもなく、生まれながらにその運命を知りえていたわけでもなく、ただの花を愛で、甘いものを頬張り、友人と談笑していただけの女の子。
本来ならば、この日は人生の通過点。しかし、彼女たちにとっては人生を変えてしまう通過点だ。
今まで見向きもしてこなかった人からの期待の眼差し、そして、世界を救えと、大精霊を救えと何をしたらいいかもわからない使命を課せられたこの少女等は、聖女であろうが、何だろうが、世界の命運を担っていようが、精霊に愛されていようが、同じ人なのだ。
痛みを感じ、悲しみ、努力をし、笑い、泣き、ただ友達と笑い合う未来望み戦う運命だということを夢にも思っていなかったただの子供であるのだ。
この子達を守るだけではなく、支えなければ。
世界の命運を背負うにはあまりに細くて小さい体を抱きしめて、アウローラは再び固く誓うのだった。




