第1部-8話「属性検査の朝」
今回も少し短いです。
あのお茶会からというもの、フロースとルミノークスは訓練所に顔を出すようになった。しかしながら、関係者でも騎士希望者でもない2人が、騎士達が訓練している中にポツンといるのは他の人たちの集中を乱すかもしれないとノヴァに言われ、ミールスが待機している訓練所の一階にある応接室からこちらを眺めている。
それからというもの、訓練後のお茶は今までノヴァの庭でしていたのだが、その応接室でするようになった。
最初はぎすぎすというか、何やら敵対視していたクラースとノヴァだったが段々とフロース達のその人柄に段々と心を赦していき、今はすっかり仲良しとなっていた。
流石はヒロイン達とアウローラは感服しながら、その5人とのひと時が楽しみとなっていった。
そして本日、フロース達が聖女だと判明する日、属性検査を行う日がやってきた。
開始は朝の鐘が鳴るころ、アウローラの前の世界で言うところの10時くらいというところだ。
この属性検査というものはどういったものなのかということなのだが、簡単に言えば自分が使える属性を知るための検査だ。
世界には地水火風光闇、そしてどの属性にも属していない聖女の力というものがあるのだが、人々が持つ魔力器官には変換しやすい属性というものがある。属性ごとに得意な魔法が異なるため、それを知ることにより将来できることとできないことがわかる。勿論、魔力器官を鍛えることによって全属性全種類の魔法を使用できるようにもなるのだが、そんなことができるのはプルヌスだけである。しかもそれはかなりの努力と年数が必要となる。手っ取り早く全属性を使えるようになるとしたら、全ての大精霊と契約するくらいなものだ。
この変換しやすい属性、“基礎属性”という。この“基礎属性”は血で受け継がれることが多いため、家系によって属性が偏ることが多い。ちなみこの“基礎属性”2種類なのだが、明属性一つと暗属性一つと決まっている。
まぁ前の世界で言うところの血液型の検査といったところだ。
属性検査は義務であり1年ごとに行われる。対象はその年10歳になる子供。
アウローラの友人達は同じ年生まれなので皆今日検査を受ける。
思えば、攻略キャラクターは同い年が殆どだ。年齢が違うのは光の大精霊と年齢を偽って入学する公爵の息子の2人だ。
アウローラはフロースとルミノークスが聖女だと知ったらどんな顔をするだろうかと思いながら、正装に着替える。
まるで修道女のような黒いワンピースに白いフリルでボリュームを持たせて、足元は黒いショートブーツ。何故華やかな服装ではないのかというと、その属性検査を行う場所に由来する。
属性検査を行うのは、この国唯一の教会だ。
神というものが存在しないこの世界の教会は原初の大精霊2柱に祈りを捧げる場所であり、冠婚葬祭などは全くせず、このような精霊に関する行事を行う場所でもある。
教会の中は白と黒の服以外で入ることは禁じられており、騒ぐこともご法度だ。
なので今日は恐らく皆同じような服装で来るのだろう。
アウローラは玄関へと向かいながらこれから本格的にゲームの話が始まるのかと気が重くなっていた。
ゲームの開始は入学時なのだが、語られているのは属性検査の時からだ。これからフロースとルミノークスの聖女としての人生が始まる。
アウローラとして目覚めてからはしっかりと強く成るために頑張って来たのだが、本当にどうにかなるのだろうかと少しばかり不安になる。さらに言えば、攻略対象のあと2人と全く接触していない。光の大精霊はしょうがないとして、公爵の息子はノヴァに言えば何とかなるだろうか。
「どうしたんだ?」
「うわっ・・・と。クラース、驚かせないでよ」
考え事に耽っていて全く前を見ていなかったアウローラは、玄関のホールで立っていたクラースにぶつかるところだった。クラースは心配そうにこちらを見てくるが、アウローラは首を左右に振って「なんでもない」と笑う。
「準備は出来たのか?」
唐突に後ろから声を掛けられて少し肩が跳ね上がる。
振り返ると微笑んだアルスとなぜか寂しそうに微笑むマグナがそこにいた。
クラースは頭を下げ、アウローラもスカートの裾を摘まみ上げて挨拶する。
「おはようございます、お父様、お母様。えぇそろそろ行ってまいります」
「アウローラ、一緒に行けなくてごめんなさい」
マグナが近づいてアウローラの頬を撫でながら眉を下げてそう言った。
それは仕方ないとアウローラは首を左右に振った。
「お仕事がありますもの。そちらの方が優先すべきです」
「でも・・・いいえ・・・」
マグナの手がするりと離れる。彼女の顔は未だ晴れない。
「・・・粗相のないようにね」
「えぇ、もちろんです」
「クラース君、アウローラをよろしくね」
マグナに頼まれてクラースは表情をぱぁっと明るくして胸を叩く。
「もちろんです。彼女は俺の婚約者ですから」
今はね、とアウローラは思いつつふと玄関を見る。すると開け放たれた玄関の向こう側、つまりは敷地内に入る門がある場所から土煙が上がっているのが見える。
ん?と思い目を凝らして見ると、土煙がこちらに近づいてきて「アウローラ!!」という名前を呼ぶ声が聞こえて来た。その声を聞いて、アウローラはまさかという表情をして身構える。
「愛しの妹よ!会いたかった!!!」
そんな爽やかな青年の声と共に土煙から見るからに美しいチェリーレッドの髪の青年がアウローラに向かって抱き着いて来た。勢いよく抱き着かれたアウローラだが辛うじて踏みとどまり、すっぽりとその青年に抱きすくめられてしまった。
「カエルムお兄様!?なんでここに!?」
そう彼はアウローラの10個離れた兄、カエルムである。
本来ならば騎士専門学校において授業中であるはずなのだが、何故ここにいるのだ。
カエルムは久しぶりの妹を抱きしめたまま返答する。
「んー?いやぁ愛しい妹が一つの門出をすると聞いたからね。居ても立っても居られなくて、授業を適当に終わらせ来ちゃった」
「ちなみに何の授業だったのですか?」
「10人組手。1人1分くらいで終わらせてきたよ!」
少し離れてほめてほめてといわんばかりに目をキラキラさせながら彼はこちらを見てくる。
アウローラはアルスに振り返り、マグナにも視線を送った。
屋敷にいた頃からこんな感じなのですでに諦めているのか、2人はため息をつきながら額を抑えている。
アウローラはふぅっと小さくため息をついて目の前の兄の頭を撫でる。
「お兄様は凄いです。とても頑張りましたね」
「だろう!もっとアウローラに凄いと思われるように、頑張るから!」
まるで犬のようだと思いながら、柔らかい髪質の頭を撫でていく。
気が済んだのかカエルムは辺りを見渡し、アルスとマグナの姿を確認すると恭しく頭を下げた。
「お父様、お母様、ご機嫌麗しゅうございます。連絡もなしの帰宅をお許しくださいませ」
先程までの大型犬張りの姿から打って変わり、騎士然とした姿にいつ見ても驚かさられる。学校での彼の様子は知らないが、アウローラの前の姿とは違うと思いたい。いや、学校でこの礼節をわきまえた姿だからモテるのだろうか。だとしたら、将来のお嫁さんはとても大変だなとアウローラは遠い未来の義姉に同情する。
アルスとマグナはカエルムの挨拶に頷く。するとカエルムは後ろの気配に気が付いたのかクラースの方へと向き直り、表情を明るくすると肩を組んで少しアウローラから離れた。
「久しぶりじゃん!僕の未来の弟君!どう、調子はどう?」
「まあまあだな」
「いや、君の体の調子とかの話ではなく、ほら」
ちらりとカエルムがアウローラを見てくる。
一体何なのかとアウローラ眉を顰めた。
「あ~・・・そっちは全く」
「も~頑張れよ義弟!婚約したから安心してると誰かに取られちゃうぞ」
カエルムはそんなことを言いながらクラースの頬をぷにぷにと指さしながら軽い調子で笑っている。クラースは両手が顔を覆い大きなため息をつく。その反応を見てカエルムが少したじろぐ。
「え?何?もしかしてもう取られちゃった?」
「いや、採られてはいないんだけどな・・・色々あって・・・」
「あー・・・うん・・・あとで愚痴くらいは聞くよ。連絡して?」
「・・・うっス」
カエルムは「あ」と声を出してクラースから離れてその場で足踏みする。
「やばい、次の授業座学だ。そろそろ戻らないと課題増やされる。アウローラ!」
カエルムはアウローラを抱きしめる。すぐ離れて頭をポンっと叩き、次にアルスとマグナと握手をする。最後にクラースの背中を叩いてから髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜて、玄関へと駆け足で近寄り、4人に向かって笑顔で手を振った。
「それじゃ戻るわ。次は卒業してから帰るから!またね!」
軽い調子で挨拶をしてカエルムは足に強化魔法を使用して駆け足で去っていった。
土埃が舞い、それが落ち着くころにはもうすでに彼の姿は全く見当たらなかった。
まるで嵐のような人だなといつもながらに思う。強引であるけれど、嫌いになれない人だ。
ひょっこりと玄関の扉からミールスが現れ、静かになった一同に声を掛けた来た。
「あれ?カエルム様がいらっしゃっていたようなのでお茶をお持ちしたのですが、どちらへ?」
「あぁすまないねミールス。あの子は戻ってしまったよ」
「そうですか」
アルスの言葉にミールスは手に持っていた銀のトレーを手招きして呼んだ別の使用人に手渡す。そしてどこかへ手を振ると、玄関前に馬車が現れる。彼女は馬車を操っていた使用人に「ありがとう」と声を掛けると、その人は笑顔で手を振って馬車を降り、自らの仕事に戻っていった。
するとミールスはアルスとマグナの前でもあるので恭しく頭をゆっくりと下げ、静かな声で言った。
「馬車のご用意ができました。アウローラお嬢様、クラース様、どうぞこちらへ」
ミールスが流れるような動きで馬車の扉を開く。
アウローラは胸の前でぎゅっと拳を握りしめた。
この属性検査でフロースとルミノークスが聖女と皆に知られる。それが世界にどういった影響を与えるのかもわからない。そして、ゲームの物語が始まる前まで二人の仲を保たなければならないし、魔法の腕も剣の腕もこれ以上に磨かなければならない。ゲームのアウローラ以上に強く成らなければならない。
この日を境に、やるべきことは沢山ある。
ぎゅっと目を閉じてから、まっすぐ前を見る。
玄関の扉へと足を進めて、出る直前でアウローラは振り返った。
「いってきます」
「いってらっしゃい、アウローラ」
アルスの優しげな声が背中を押す。
この日は小さな始まりの一つにすぎないけれど、確かに始まるのだ。
彼女らが乗った馬車が屋敷から離れていく。
それをアルスとマグナは静かに見守っていた。
別に死地に行くわけでも、長期間家から離れるわけでもない。
だけれど、馬車に乗る前の娘の表情は何か知っているような、何か怯えているようなそんな表情だったのだ。
何も聞けず、何もできずに2人はただただ馬車を見つめていることしかできなかった。




