幕間「クラースとの出会い クラースside」
クラースとアウローラが出会う話です。
伯爵の家に産まれて、父親が騎士だから俺の騎士になるんだと漠然とそう思っていた。
別になりたいわけではない、ただ家がそうだからそういうもんだとしか思っていなかったんだ。
初めて剣を持ったのは5歳の頃。
かなり重たくて、軽々と持つ父親が羨ましくて、でも大人と子供だからな、なんて生意気なことを考えていた。
その剣を持った数日後に、父親に「会わせたい子がいるんだ」と言われて、一体何だろうと胸を高鳴らせて辿り着いたのは、俺の家と大差ないくらい大きいその家は“プラティヌム伯爵家”という長年続く由緒正しき家柄の一族の屋敷だった。
存在は知っていた。
長い間存続している貴族の中では特に王族に慕われているし、家が近いし、何より両親がそこの当主と友人だったからよく話にも出ていた。
そこに俺と同じくらいの令嬢がいるんだ、と父に言われた時は、もしかして俺の将来のお嫁さんかな、と頬が緩んでしまった。
プラティヌム伯爵家の奥様はとても美人で綺麗だったから期待しない方が無理っていう話だ。
手入れのされた庭園を抜けて、玄関先で待っていたプラティヌム伯爵に父親が気軽に挨拶をして俺を連れて中に入る。その道中に話していたけれど、やっぱり、ここの令嬢と俺が婚約するという話だった。
「それじゃあ、扉を開いて」
父親に言われ、ごくりと唾を飲み込んだ俺は目の前の扉を開いたんだ。
扉の向こうは、中庭へと続く大きなガラス張りの窓が壁一面に貼られ、白い小さな丸テーブルと一対の椅子がちょこんと置かれていた。まるで外のような明るさの部屋の中に、静かに立っている少女がいた。
真っ直ぐな背中の中ほどまである絹糸のようなレモンイエローの髪、陶器のような白い肌は微かに桃色に色づき、潤んだブルーグレーの瞳、スカイブルーのドレスから伸びた手足はほっそりとして触れたら傷ついてしまうような繊細さを醸し出していた。
はっきり言って今まで見たどんな令嬢よりも綺麗で可愛らしかった。
彼女は音もなくスカートの裾を摘まみ上げ、首を垂れる。
「プラティヌム伯爵家長女、アウローラ・プラティヌムと申します」
「あ、はい!クラース・アルゲント!です!」
思わず敬語になってしまうほど、彼女の雰囲気は洗練され大人びていた。
俺の名前を聞いて一瞬顔を歪めたが、すぐ表情は消えてしまった。
プラティヌム伯爵はアウローラの肩を叩く。
「アルゲント伯爵家とは昔から仲が良くてね。人柄もよく理解している。だからクラース君はアウローラの結婚相手にはぴったりだと思うんだ」
「つまり、彼と婚約を?」
「そういうことだ」
「お父様がそれを望むのでしたら」
素っ気ない返事に俺は愕然というか、少し苛ついた。
見た目が可愛いだけで、中身は何もかわいくない。
結局その日は顔合わせだけで、お茶などをすることもなく俺はプラティヌム伯爵家の屋敷を後にした。
その後第一印象で決めるのはよくないとアウローラとのお茶会のお誘いをした・・・のだが、アウローラの都合が付かず何度も何度も「用事があるから」と全く予定が合わない。
1回、2回ならまだ俺も我慢できるのだが、それが5回目に突入した辺りでとうとう俺も頭にきた。確かに俺も基礎学習や鍛錬、マナー講座などで忙しいのだが、ここまで予定が合わないのは確実に相手が避けているに違いない、と俺は両親に内緒で屋敷を抜け出してプラティヌム伯爵家に走った。
屋敷の敷地はかなりあるがほぼお隣同士なので、さほど距離はないが、5歳の足では流石に疲れてしまう。屋敷に到着する頃には肩で息をしていた。
屋敷の扉に立ってノックを使用としたとき、ふと我に返った。
怒りに任せてここまで来たけれど、いきなり屋敷に押し掛けてはかなり失礼なのでは?という考えが過る。まぁそのとおりなのだか。
どうしようとぐるぐる頭の中で考えていると「あら?クラース様?」と背後から女性の声が聞こえてきた。恐る恐る振り返ると、そこには黒い使用人用の丈の長いエプロンドレスを纏い淡い桃色の髪を前下がりのおさげにした女性が立っていた。
彼女とは面識がある。というのも、アウローラがお茶会のお断りをする時にお詫びの品と共に彼女が現れるからだ。確か名前はミールスといったか。
本人曰くアウローラ付きの侍女らしい。
「えっと、ミールス・・・さん」
「はいそうです。ミールスですよー」
頬に手を当ててニコニコと彼女は笑う。
彼女はいつも笑顔で、俺は目を開けた表情を見たことがない。
見た目はかなり若いのだが、実年齢も全く分からない少女にも大人の女性にも見える不思議な雰囲気を纏っている彼女は、他のかっちりとしたメイドとは違い独特の時間を彼女は纏っている。なんというか、数分本来の時間とずれているような、そんな感じだ。
ミールスは「んー?」というように少し考え込み、納得したように手を叩く。
「あぁ、アウローラお嬢様に会いに来たんですね。うんうん、婚約者様ですものね。あんなに断られたらショックですよね」
「ちが・・・えー・・・」
「あれ?違います?」
「いや、違わないです・・・」
確かにショックだったのだ。
少し見た目が可愛いと思っていたし、悪い評判も聞かない。婚約者だから少しは俺のことを優先してくれるという淡い期待をことごとく裏切られてきたのだから、ショックだったのだ。
肩を落とす俺にミールスはうんうんと頷き、そっと頭を撫でてきた。
「アウローラお嬢様も残念がっていましたよ。クラース様とちゃんとお話しできないこと」
「は?なんで?」
アウローラは俺のことを嫌っていると思っていたため、残念がるという言葉が意外過ぎて思わず問いを返す。
ミールスは一瞬きょとんとしたが、小さく「あー」と呟き少し考え込んだ後、ずいっと近づいてきた。
「クラース様、今後のご予定は?」
「いや・・・特にないけど」
「今からアウローラお嬢様をお迎えに上がりますので、ご一緒に行きませんか?行きましょう」
「え・・・」
「行きましょう」
「あ、ハイ」
押されて頷いてしまった。するとミールスは満足げに頷き、馬小屋に歩き出した。
てっきりアウローラは屋敷の中にいると思い込んでいた俺は、訳も分からぬまま馬車に乗せられる。数10分くらい揺られミールスの「着きましたよ」という声と共に開かれた扉の向こうの光景を似て、驚愕した。
そこは普通子供が入ることのできない騎士の訓練所だったのだ。
アウローラがいる場所と言われて連れてこられたのだが、何故、彼女はこんなところにいるんだ。と疑問ばかりが浮かんでは消えていく。
ミールスは慣れたように訓練所傍にある馬小屋から歩き始め、俺もそれの後に続いた。そして、ある場所でピタッと止まると優雅にある方向を掌で指し示す。
「あちら、見えますか?」
「ん?・・・・なっ!?」
ミールスが指し示した方向、そこには今まさに模擬戦を行っている二人組がいた。
1人は俺よりも何倍も大きな体を持ち筋肉質な男、もう1人は俺とさほど背格好の違わない小さな影だ。
レモンイエローの髪を乱雑に一つに纏め上げたその小さな影は、見間違えるはずもない、アウローラだった。
手に持っているのは、花でも、可愛らしい小物でもなく、他の人よりも一回り小さい銀に光る片手剣。微かに魔力を帯びているのは、相手を殺傷することができない効果でも付与されているのだろう。
男に本気で切りかかれ、体を吹き飛ばされるも体勢を整え、果敢に立ち向かっていく。
土で汚れた訓練着から、苦戦していることがよくわかる。
というのも、アウローラの剣さばきはどこかぎこちない。慣れていないというわけではない。何か、引っかかっているかのような立ち振る舞いだ。
不意に男が体勢を変え、下方から鋭い蹴りが飛んでくる。
はっとアウローラが防御の姿勢を取るが、その小さな体は吹き飛ばされ地面に叩き付けられた。
痛みで苦悶の表情を浮かべているアウローラに一人の男性が歩み寄る。
第一騎士団団長、アルス・プラティヌムだ。
彼はアウローラに何やら話しかけるが、彼女を助け起こそうとはしない。数分後、痛みに耐えながらアウローラは立ち上がり対戦相手に頭を下げる。
対戦相手の男はアウローラに気遣う様子を見せたが、彼女は苦笑いを浮かべて水場のある建物影を指さして何度も頭を下げる。それが謝っているような感じがして、なんだか腹が立ってきた。
「一体何だよアレ!プラティヌム伯爵様も自分の娘を助け起こそうともしないし、あんなの子供がするような訓練じゃないだろう!!」
思わず声を荒げミールスを見るが、彼女はただまっすぐに前を見つめ口を開く。
「あれは、アウローラお嬢様が望んだことなのですよ。クラース様」
「は?おい、ちょっと!」
ゆったりとした足取りで、アウローラが向かった方角へとミールスは足を進めた。俺はその隣を駆け足で付いていく。その道中ミールスはアウローラが選んだ道を語り始めた。
「アウローラお嬢様は、半年ほど前旦那様に剣の稽古をつけてほしいとお願いしました。最初は反対したのですが、必死に頭を下げて、ただ一言“自分で守る力が欲しいから”と」
「何を?」
「・・・さぁ、皆目見当もつきませんね。何日も頼み込んでやっとで旦那様は了承したのですが、あまり旦那様は快く思っていなくて・・・なのでアウローラお嬢様が剣の稽古を諦めるように無理難題を押し付けまして、でも、アウローラお嬢様はそれをクリアしてしまうので」
「つまり?」
「旦那様も後に引けなくなったというか。アウローラお嬢様は本気なので、旦那様はやめさせることに意地になっているというか」
「なんだそれ」
「私としてはお互いの気持ちが分からなくもないのですけれど・・・アウローラお嬢様が剣の稽古をしている経緯はこんなものですね。この稽古が忙しいので、クラース様と遊ぶことができないのですよ」
困ったというようにため息をつき、物憂い気にミールスは頬に手を当てた。
走行話をしているうちに訓練所の裏手に辿り着いた。そこには水場があり、アウローラが顔を洗っていた。
「ミールス?もう迎えの時間なのね。あぁ、また腹の下に内出血ができてしまったから、君の治癒魔法で治してくれる?というか、足音が一つ多い気がするけれど、誰かき・・・た・・・」
ぼたぼたと落ちる水を袖口で拭いながらこちらを見たアウローラは俺の姿をみて固まる。そして俺の後ろに立つミールスと俺の顔を交互に見てから袖で目を擦り、もう一度俺の姿を確認すると指を差してきた。
「え?なんでいるの?」
呆気に取られている顔で質問してくる。
「いや、お前こそなんで剣の鍛錬しているんだ?」
屋敷での印象が違いすぎて俺も質問で返してしまった。
するとアウローラは眉を顰めずいっと近づいてくる。
「質問に質問で返さないで。ミールス、なんでクラース様がこちらにいるの?」
後ろで笑いを堪えているミールスは半笑いで返答した。
「いや、アウローラ様がクラース様を構わないので、クラース様怒って直談判にいらっしゃったんですよ。というか、アウローラ様、素が出ています。クラース様とても驚いていらっしゃいますよ」
「もうこの姿見られた時点でアウトでしょ。あぁーもう!私の計画台無しじゃない!!」
「ちょっとまて!話が見えない!」
ミールスとアウローラの喧嘩が始まりそうな気がしたので、先に説明をしてもらおうと割って入る。するとアウローラは訓練所の壁にもたれかかり、辛そうに息を吐く。そこで先程アウローラがミールスに治癒魔法を使ってもらおうとしていたことを思い出し、慌てた。
「さっきの傷が痛むのか?すまない。話はあとでも」
「いや、大丈夫。これくらい慣れているし。それで、えー、私がクラース様と親睦を深めなかったことの理由が知りたいの?」
「まぁ、そうだが・・・」
「簡単に言うと、私と君の関係を其処まで深めたくなかったのよ」
「は?なんでだよ!・・・やっぱり、俺との婚約が不満だったのか?」
初めて会ったときの表情の冷たさを思い出す。
少し気落ちして彼女の質問すると、きょとんとした顔で首を傾げた。
「いや、そんなことないけど」
「はぁ?だってさっき・・・というか、お前最初会ったときすげぇ不満有りそうだったじゃないか!!」
「まぁ不満というか、なんというか。だって将来私以外に好きな人を作る人を婚約者として紹介されても、悲しいというか」
「・・・アウローラ、お前今なんて言った?」
彼女は小さく「あ」と呟いて口元に手を当てる。そして、視線を宙に彷徨わせる。
俺は彼女に詰め寄る。
「お前、将来俺が、婚約者のいる身で、他の人を好きになる不誠実な事をすると言ったのか?」
「あーはは、まぁ、そうともいうね。いや、でもね。別に誰が誰を好きになろうと別に自由だし。だからこそ、私は君が後腐れないように距離を取ろうと思って。それに別に私は婚約破棄とか別に構わないよ」
「はぁ?」
「いや別に、他にやることあるし。君が好きなわけではないし」
「はぁぁぁあぁ??」
「え、何?だって、君こそ私のこと好きじゃないでしょ?」
さも当たり前の様にアウローラは言う。
その表情からその言葉に他意や悪意など微塵も感じられない。
ちょっといいなと思っていた女の子に、真っ向から好意を否定され、さらには俺に自信に微塵も気持ちが向いていないという事実を突きつけた悲しみと、怒りが沸々と湧き上がってくる。
俺は彼女に指を突きつけ叫んだ。
「俺は絶対婚約破棄とかしないからな!」
「それでもするんだよ。決まっているんだよ」
諦めたように首を振るアウローラ。
俺が婚約破棄をしなくても、彼女が何か勘違いして婚約破棄をしそうだと思い、宣言する。
「俺は婚約破棄しない!それで、アウローラが俺との婚約を破棄するなんて考えられないように俺に絶対惚れさせる!!惚れさせてやる!!」
「・・・・へ?」
「いいか!俺はお前に相応しい男になって、絶対俺を好きにさせる!絶対に!」
我ながら恥ずかしいことを言ったと思う。だけれど、その時はそれが一番の名案のだと思ったんだ。
呆けたアウローラが次の瞬間、一気に破顔しその姿に似合わず豪快に大口を開けて笑う。
初めて見る彼女そのものと思える表情に、可愛いと思ってしまった。
「そうね。それじゃあこうしましょ」
悪戯っぽくアウローラは笑う。
「私達の結婚が確定する18歳までに、君が私以外に好きな人ができて婚約破棄を望むのなら、代わりに私の願い事を一つ叶えてもらう。もし、私と君の結婚が確定したのなら、君の願い事を一つ叶える」
「よし、受けて立つ。だけど―」
「大丈夫。私だってフェアじゃない戦いは好きじゃないわ。君に嫌われるようなこともしないし、私も君に好きになってもらえるように努力する。明日以降はお互い連絡を取り合ってお茶会やお出かけの日取りを決めましょ」
アウローラは笑顔で手を差し出してくる。
その表情はどこか大人びていて、少し寂しそうだった。
その手に触れ、握り返す。
「これからよろしくね。クラース様」
「あぁ。それと」
「ん?」
「様はやめてくれ。俺も、呼び捨てだし」
「あら、そう。ならお言葉に甘えて。クラース」
甘い可愛らしい声が俺の名前を呼び、体の奥がむずかゆくなるのを感じる。
しっかりと触れ合った手と手、俺は心の中でアウローラに語り掛ける。
―君が努力せずとも、もう、俺は。




