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燃える男

作者: aqri

「火事だ―!!」


突然そんな声が響いた。助けて、という声は皆無視を決め込むが、火事は野次馬根性で外を確認しようとする人が多い。酒井もそんな一人でアパートから一歩外に出れば。


「うぉぉぉぉおおおおお!!」


燃え盛る人間が雄たけびを上げながらものすごいスピードで走り去っていった。それを周囲の、野次馬根性で窓やドアから顔を出した住民たちは目を丸くして見届ける。あっという間に見えなくなった。


「……いや、まあ、火事っちゃ火事だけどさ」


酒井は呆然とつぶやいた。



 次の日、酒井はバイトに行った。夕べのアレは夢だったのだろうか、早すぎて写真を撮る暇もなかった。SNSも上がっていない、誰も何かをする暇がなかったのだ。

 バイトは古着屋の店員だ。今や服を買う時店員から何をお探しですか、お似合いですよ、などと声をかけられるのを嫌がる客が多い。貴方の事気にしてませんという風にたまに服の整理整頓をしながら買い取りなどもする。何か欲しいものがある客は向こうから話しかけてくる。

 今日は暇だ、時給って素晴らしいな何もしなくても金もらえるから、などと思っているとバターンと勢いよく店の扉が開いた。


「いらっしゃいませ」


 一応声をかける。客が来たら2秒だけ見るようにしている。じろじろ見ると相手が気を悪くするが、一目でどんな客なのかを見抜いて対応を変えるためだ。これはバイトを始めて身についたスキルと言える。なんとなく立ち寄ったのか、探しているものがあるのか、老若男女どれに当てはまるのか、今着ている服から趣味嗜好を見抜いて値引き交渉をされたらどのくらい引けば売り上げが下がらずに売れるかなど。

そんな人を見る眼を養ってきた酒井から見て、入ってきた若い男の特徴は。


・脳筋

・服の趣味はたぶんない、上下ちぐはぐすぎる

・安ければ買うタイプ


 つまり、押し付ければ売れる。これだ、と内心ガッツポーズをする。すると男は一直線に酒井に向かってくる。ああ、これはこういう服を買いたいと店員に相談してくるパターン……


「この先待ってても絶対売れなさそうなやっすい服、全部ください!」


ほら、馬鹿だった。


「えー、はい。上下?」

「上下、なんなら靴下と靴も、あと下着も」


 鬼気迫る男の勢いに押されて、正直に在庫として余っているクソダサTシャツやダメージ過ぎてただのぼろ布みたいになってるダメージデニム、センスない店長が1枚1.5円で仕入れたパンツ……無論、ズボンのパンツではなく下着のパンツである。それらを持ってくると男は目を輝かせる。


「おいくらで!?」

「上に着るもの12着、下に履くもの9着、パンツ20枚、靴下18足、トータル税込み5000円で」

「買います!」


 これだけの数を5000円で売ってもおよそ半分以上利益になる。しかし普通に買えばもっと高いので男は飛びついた。柄も見ていないのに。しかも終始勢いよくしゃべるので声で気づいた。


「お客さん、夕べ燃えながら走ってませんでしたか」

「あ、それ俺」


にこにこ笑いながら1万を差し出してくる。


「燃えちゃうからさ、服」

「はあ、そうですか」


合点がいった。全く腑に落ちないが。

その後男はよく店に来て服を買っていくようになった。こちらとしてはクソみたいなデザインの絶対売れない服が処分できてしかも売り上げにもなるので良いのだが気がかりなことが一つ。


「頼みますから、店で燃えないでくださいね」

「それはわからん」


酒井はカウンターから飛び出ると男の胸ぐらをつかんで、ついでにドアを勢いよく蹴り開けて一本背負いで男を店の外に放り出す。男はぶへ、と悲鳴を上げるが綺麗に受け身を取ってすぐに起き上がった。


「どんだけ燃えやすいと思ってるんですかこの店が。布しかないんですよ」

「しゃーねーだろ、自分でコントロールできないんだよ!客を外に投げんな!」


こんな感じで、なんやかんやで仲良くなってきてはいた。


「人体発火現象だと思うんだよ、よく世界ミステリーであるだろ。火の気がないのに突然人間が燃えて、なんか足だけ残ってるとか服は残ってたとかよくわからん燃え方してるやつが。調べてもらったけど原因わかんねえんだよこれ」

「それは知ってますけど、普通の人体発火と違うのは燃えてる当人がぴんぴんしてるって事ですよ」

「あー、なんかそれもわからんわ。ちなみに生まれた時すでに燃えてたらしいぞ」

「スサノオノミコトじゃあるまいし」

「え、マジ、俺生まれ変わり!?」


 その瞬間、ゴォっという音と共に男が燃え上がる。めらめら燃えているなどという生易しいものではない。溶接に使うガスバーナー並にものすごい勢いで燃えている。

 迷うことなく酒井は男を渾身の力で蹴り飛ばした。一瞬なら熱さを感じないし靴には鉄板が仕込んである。建付けの悪い扉を勢いよく弾き飛ばして外にポーンと蹴りだされた男はバック転をするとスタっときれいに着地する。


「うぉぉおおお!」


 男は走り出した。何故走るのか、と以前聞いたことがあるが、走れば風で鎮火するのではないかと思っているらしい。その勢いの炎が風で消えるわけないし、炎は酸素使って燃えていることを小学校の時習わなかったのだろうかと思ったが突っ込まなかった。理由は単純に面倒なのと、これ以上深く関わりたくないと言うのが大きい。また服が全部燃えて全裸になり警察と消防のお世話になって服を買いに来るのだろうなと思い、一応売りつけられそうな服をチョイスしておくことにした。


 寝ている間に燃えれば家が火事になりかねないので家はないらしい。つまりホームレスだ。バイトも短時間で終わる物、さっとその場から燃えにくい場所に移動できるもの、そもそも燃えにくい現場と言うと工事現場、配達、引っ越し業者など体力系になる。炎の勢いは凄いが、確かに一瞬燃え広がる程度では引火する物がない限りすぐに逃げれば周囲に燃え広がることはない。火が出たら機敏に動き安全な場所に全力でダッシュ、バイトはすべて肉体労働。男の運動神経は異様に良い。


「ああ、それで筋肉ついてるんですね」

「いや、これは全裸になった時どうせ見られるなら肉体美の方が良いかと思って筋トレしてる」

「努力の方向がねずみ花火になってます」

「走り回ってるおかげで、足も速くなった」


 確かに。誰も彼の姿をカメラに収めることができないくらいには速い。防火素材のリュックを使えばチャリ便もできるので、個数をこなせるので稼ぎが良いそうだ。その稼ぎは大半服に使われているが。配達をすると道も覚えるので地理にやたら詳しい。安くてうまい居酒屋も教えてもらった。


「せっかく燃えるし、必殺技みたいなのできればいいなと思って公園で練習してたら」

「どうせ炎飛ばすとかできないで自分だけ燃えてるオチでしょ」

「行動が怪しすぎて通報された。あと炎はやっぱ飛ばなかった」

「かめはめ波の練習してましたって言えばいいでしょう」

「今度からそうする」


警察には顔と名前を覚えられ消防署からも危険人物としてブラックリストに載っているらしい。ただし人柄が良いのでやっかい扱いはされず気軽に声をかけられるんだとか。


「子供の頃消防士になろうと思ってたんだ。昔から火を見て来たし、火を消す方法学べば人の役に立てるかと思って。防火服って、内側からの炎も防げるんじゃないかと思って。でもダメだった」


珍しくしんみりした様子で話す男は遠くを見る。その目に映っているのは燃えるように赤い夕陽だ。


「燃える男を入れられるか、みたいな感じで門前払いだったとか?」

「いや、馬鹿すぎて筆記で落ちた。公務員って頭よくないとなれないんだな。俺赤点以外取ったことないから」


ビシ、っと親指を立てて真面目に言う男に、少しだけ同情した。夢が叶えられないことにではなく、頭の出来の悪さに。

2013年9月7日。この日、IOCは2020年オリンピック開催地を東京に決定。日本中が湧いた。そのニュースが発表された次の日、男は店に駆け込んできた。


「ニュース見たか!」

「いらっしゃいませ」

「昨日、ニュース!日本がオリンピックだ!」

「日本語おかしいです」

「これだよ、ついに俺の出番だ!」


いつも声がでかいし勢いがあるが、今日はなんだか子供のように目をキラキラさせている。


「オリンピックと言えば!」

「経済が動いて建設ラッシュになって開催から数年後地価が大暴落ですね」

「ちっがーう、聖火ランナーだろ!これはもう俺が走るしかない!最後の聖火台に俺ごと飛び込んで聖火をともすんだ!」

「ああ、確かに」


 酒井が珍しく同意したのが嬉しかったのか、男はオリンピックについて熱く語り始める。酒井もうまい事思いついたもんだ、と感心した。たしかにエンターテイメントとしては完璧だし男のすべてを出し切ることができる。見せなくていい部分まで出し切ることになるが、そこは聖火台が上手く隠してくれる。


「7年後って体力的に大丈夫ですか」

「そうだな、7年経ったら30歳だ。今から体力作っておくか」

「え、同い年?」

「そうだったのか、友達だな!」

「何でだよ」


 男は走る楽しさに目覚めたらしく走り込みをし始めた。かっこよく聖火台に入れるよう一回転の練習も始め、体操選手並にフォームがきれいになってきた。トランポリンもやってみたが案の定燃えたので最終的に体操に落ち着いたようだ。正月名物の箱根駅伝では歩道を燃えながら走る姿がテレビに映り、夜明け前海岸線で走り込みをする姿が星座も相まって美しすぎたので海外でもニュースになったくらいだ。美しいと言っても人間が燃えているのだが。

 何で死なないんだよ、なんて突っ込んでいたのは最初だけ。取材をすると面白いキャラなので好感度は高く、なんとなく町のマスコットになりつつあった。スサノオノミコトを祀っている神社からは招待され、学校の消火訓練の時ヒーローショーの悪役として活躍し、ちょくちょく世間をにぎわせ早7年。


 2020年1月1日、男は酒井と共に初詣に来ていた。なんと本当に聖火ランナーに選ばれたのだ。残念ながら最終走者ではなったが、それでも男は飛び上がって喜んだ。ついでに燃えた。

 神社に初詣に来たのはもちろんランナーを無事務めるための祈願だ。この日の為に本気のトレーニングをして各地方マラソン大会新記録までたたき出した。有言実行、努力の実現。男は頭がパッパラパーだが、決して愚かではない。


「何お願いしたんですか」

「他の人に怪我させませんように」

「意外とまともだった」

「あと彼女欲しいです」

「やっぱアホだった」


 2個お願いするな、と内心突っ込みつつ出店でたい焼きを買った。男も焼きそばとたこ焼きとイカ焼きとから揚げとベビーカステラとアユの塩焼きを買う。

 基本彼は早食いだ、いつ燃えて食べ物が炭になるかわからないからだ。3人前くらいありそうな量をぺろりと食べ終わると突然。


「あ!」

「燃えるなら人のいない所へ」

「いや、ウンコしたい」


 酒井は無言で男の首根っこを掴むと設置されている簡易トイレに向かって投げ飛ばした。こいつやっぱりスサノオノミコトの生まれ変わりなんじゃないだろうかと本気で思う。ヤマタノオロチを倒すなど結構凄い神様なのにアホすぎるエピソードの方が有名な、ちょっと不憫だけどやっぱアホな神を連想させるには十分だった。

 2020年2月ごろから世界にパンデミックが起こり、各イベントが次々自粛されていく中。とうとうオリンピック延期のニュースが流れた。中止、ではないがこの分では2021年も無理ではないかと思う。

 男はさすがに落ち込んだ様子で店に来た。見るからにしょんぼりしている。7年間、努力を惜しまなかったのだから。オリンピックではないがいろいろな競技の一般参加で金メダルと賞状がてんこ盛りになるまで頑張った。


「俺の生きがい……」

「仕方ないでしょうこればっかりは」

「うん」

「他の生きがい見つけてください」

「例えば?」


 例えば、確かに何だろうか。男の炎は勢いもすさまじいがおそらく温度も高い。食べ物は炭になりついでに結構な眩しさだ。炎は赤ではなくオレンジと白の間くらいの色に見える。初めて見た時は普通に炎だったが、男が体を鍛えれば鍛えるほどどんどん高温になっていったように思える。


「その色の温度ってたぶん相当高いですよね。ゴミ処理場の焼却炉行ってゴミ燃やせばいいんじゃないですか、高温はダイオキシン発生しないらしいですよ。あとは炎が持続すれば製鉄所とかガラス工芸品とか」

「そうなのか」


 男は考えたこともなかったのか、目を白黒させている。火事にならないよう、森林火災など起こさないよう気を付けてきた人生だったのだ。燃やすのが仕事という発想はなかったのかもしれない。少し何か考えると、よし、と立ち上がる。


「ちょっと行ってくる!」


 言うなり店を飛び出していった。有言実行、結果を出すためなら努力を惜しまない男。本当に実行するんだろうな、と思う。残っている売れなさそうな服の在庫を、10円セールしなければなと思った。たぶん、男はしばらく店に来ないと思う。


 その後。巣ごもりとテイクアウト需要が増えゴミが大量に増え、ゴミ処理場が悲鳴を上げ始めた頃。一人の男によってその問題は解決することになる。全国のゴミ処理場から引っ張りだことなり日本全国行脚をすることとなった。移動はガソリンを使う車やバイクは使えないので常に自転車。


「酒井!全国から緊急要請来て俺が追い付かない!ゴミ多すぎ!」

「リサイクルすすめるしかないでしょう」


男はゴミが多いこと自体が問題だと環境問題を訴え、リサイクルを推奨するよう燃えながら走り回る姿がニュースをにぎわせた。


「酒井!お年寄りとか主婦から分別めんどい、やってられね、回収業者からマナー守らんゴミの捨て方する奴らが多すぎるってなんか俺にクレームのDMが来る!」

「分別しやすい目印つけたらいいんじゃないですか、お年寄りにも見えるようにでかく。あと年寄りと主婦は子供のいう事はいやいやでもプライドの手前嫌って言えないから子供巻き込めば率先してやりますよ」


 分別が面倒なら分別しやすい商品パッケージを、ということでゴミ種類別にゆるキャラのようなキャラクターを提案し著作権をあえて持たなかったことで企業も積極的に採用した。そのキャラごとにごみを捨てるようSNSで発信、地域のゴミ拾いも小学校主体で始め、一人暮らしのお年寄りなども子供が訪ねて一緒にゴミ分別イベントをするという催しも開催した。お年寄りの孤独死を防ぎ、希薄な地域の横繋がりを促す事となる。

 ついでに日本全国のゴミ出しのチラシや収集場の看板にもキャラを積極的に表示するように提案し、地域ごとで違うゴミ分別ルールを大方統一した。


「酒井!ゴミ処理場から助けてってメールきた!リサイクル処理する工場自体が足りない!資源が溢れてる!」

「こればっかりは金が必要なんで、まあ今の貴方ならクラウドファンディング立ち上げれば知名度でなんとかなるでしょ」


 古いゴミ処理場をリサイクルしやすい設備投資ができるようクラウドファンディングを立ち上げた。1日で500万達成し、あれよあれよと金額は膨れ、各地の主要処理場に限定されてしまったが資金源調達に奮闘し、順次対応が進んだ。


 環境問題から始まり、常に自転車で移動するので自転車業界からイメージキャラに選ばれ、「僕が溶かしました」というコンセプトで鉄やガラスの加工品を告知しまくり伝統文化に注目が集まり、日本の工芸品を海外に輸出を促し、決して燃え広がらず鎮火までさせて軽く丈夫な新マイクロカーボンファイバーの開発に貢献し、それが船の脱出用折り畳み式ボートや救命胴衣など命を守る服、さらには宇宙ステーションの内装や宇宙服などにも採用され、国民栄誉賞とノーベル平和賞を取るのはもっと先の話になる。



END

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