デュエル。そして、イリマの過去
転移されてから細かなことはまだなにもわかっていないのにいきなり対人を強いられることになるとは、彼、イリマでさえわからなかった。
受けて立つと言ってしまっては、相手しなければならないことはわかっているのだが……。もしも、デュエル―――。すなわち、決闘で相手のHPを0にしてしまったら?死ぬのではないか。
そう思わずにはいられない。
「受けると言った後で悪いけど、ほんとうにいいのか?死ぬかもしれないのに……」
しかし彼女、マリは冷たい表情で俺を睨んで威嚇する。
「私、勝算、あるから。だって、あなた、弱そうだもん」
挑んだ理由がどんだけ単純なんだと、目を丸くしてしまう。だが、油断せずにイリマはブーメランを放つ。
「また悪いけど、君、俺より弱いよ」
またとは、さっきも悪いけどと言ったからだ。どうして彼女の方が弱いと確信したかというと、イリマにはスキル―――。ステ看破があるからだ。ステ看破というのは、プレイヤーレベルが70ないと使えない。
70もなくても使える条件はあるのだが……。その条件はスキルポイントを100使用するというもの。スキルポイントの主な入手方法はレベル上げと、専用のポーションを摂取することだ。
マリは今まで木に背中を預けながら体育座りをしてこちらを上目遣いで見ていたが、突然立ち上がってダイアログボックスを開いた。
そのメニューからデュエルの項目を探し、マリはそれをタップする。
「では、はじめ、ましょう。あなたと、私の未来を決めるデュエルを」
するとイリマの前にダイアログボックスが出現する。そこには、デュエルではあるが、対戦形式としてHPバーの半分……。つまり、黄色になると負け。というトライアルデュエルをしますか?という表示だった。その下に丸とバツがあるのだが、俺は迷わず丸を押す。
なぜトライアルなのかというと、手にした武器や防具、スキルを自分ど同レベルかそれ以上の人と試したい人用にと運営が気持ちを込めて作ったからである。
「半分……余裕だけど」
彼、イリマは背中から双剣を引き抜き、腕を下ろす。デュエル開始まで残り10秒という表記が二人の真ん中にデカく現れる。
「悔いは、ないな?」
「あなた、こそ」
そしてはじまった。イリマは一歩も動かない。しかし、マリは動いた。動いたといっても、装備していた杖を前に突き出し、魔法を唱える。
「全てを射抜く、蒼き炎よ……!!」
その魔法は、イリマのよく知る中級という階級に位置する魔法だった。この世界での魔法コントロールとか、どうやるのだろうと見物する。
「放て!ブルーファイヤ」
魔法が解き放たれる。属性は、火。すごいオーラの演出と、魔法式が円を描くようにくるくるオーラの中心を回る演出が、このゲームの魔法の醍醐味だった。
「綺麗だな」
「余裕、だね」
放たれた火球はずっと立ち止まっている俺の腹に直撃する。しかし、イリマは―――。
無傷。
そう、彼は魔法防御の類にある魔法、初級だが―――、マジック・ガードを発動させていた。
「……!?まさか、あなた、魔法を、無詠唱……で?」
「くだらん」
イリマは双剣を構え、素早い足でマリに迫ったと思ったのも束の間。すぐに綺麗なクロスを描いて腹を斬られる。
腹からは大量のポリゴンの欠片がばらまかれる。クロス状の傷跡が腹に残る。マリのHPバーをイリマは確認する。すでに、半分だ。
「まあ、レベル64となれば、この程度だろう。女性のくせになかなか高レベルだな」
女性プレイヤーでここまでやり込んでいるやつは、きっと少ないだろう。
「あなた、や、るじゃない……。いいわよ。一つ、命令を、聞いてあげる」
いやらしい命令はしようと思わないので、直結で彼は答える。
「俺の仲間になれ、マリ」
―――━━━━━━━━━━━━━━━
―――フォレストシティ。
そこは、木々の生い茂る自然豊かな街並み、しかも都会のように高層ビルが並んでいる、この圏内で唯一の大都市だ。
先刻、勝てるはずのないデュエルを申し込み、派手にやられたマリは反論することなくイリマの仲間になることを決意した。
転移させられる前のこのゲームにはパーティーと、ギルドというのが存在した。彼自身、ギルドには所属していなかったが、パーティーには入っていた。
それも野良ではなく、ちゃんとしたパーティーだった。だった―――。そう、過去形の話になってしまう。なぜなら、そのパーティーは。
(壊滅したからだ……)
「どうした、の?イリマ」
自分より身長の低いマリは上目遣いで聞いてくる。それに対してイリマは、
「いや、なんでもない。ただ昔のことを思い出していただけだ」
「なんで、も、ない、わけじゃない、じゃん」
ムスッと頬を膨らませて怒るその仕草は、とても可愛らしい。なぜ、パーティーが壊滅したか……。それは、
イリマはこの際だからと、マリに過去にあった体験談を語り出す。このゲームがこの状況に変わるまで、イリマはあるパーティーに属していた。
そのパーティーの名は、SNSや攻略サイトで有名になっていた『ハッピーフレンズ』 というのだった。可愛らしい名前ではあるが、その名前とは反してメンバーの内容は濃かった。
斧使いのスザク。拳闘士のモリ。双剣使いのイリマ。そして、リーダーを務めていた女性プレイヤーで拳闘士のサーシャ。
みんな魔法などはいっさい使わないスキルだけで敵を薙ぎ倒していくという、なんとも変わったギルドだった。
しかし、バランスは取れていて負けることはなかった。だが、そんなある日―――。
突然彼らを襲う悲劇があった。それは、
「リーダーである、サーシャの死」
マリは言葉を詰まらせる。サーシャは元々病弱で、ほんとうならゲームをすることさえ認められていなかった。しかし大好き且つ、ジャンルが完璧すぎたこのゲームにのめり込んでしまい、ついつい病気のことを忘れてしまっていた。
サーシャはパーティーを結成してからわすが一年足らずで、みんなに知らせずに一人、離れていった。そんな彼女の行動に他のメンバーは我慢できるはずもなく。
『こんなクソゲー、やってられるか』
と、葬式で棺桶に横になっている彼女を見ながらモリが涙を流しながら呟いてその場を離れ、帰ったあとデータを削除した。今まで言っていなかったが、このゲームはPCゲームである。
さらに、スザクが追い討ちをかけるようにして辞めていき、イリマはどうすることもできなかった。
『どうして、僕はこんなに弱いんだ……』
棺桶に崩れ落ち、手をサーシャの腕に起き、散々泣いた。泣いて、泣いて、泣きまくった。
それからというもの、彼はいっさい勧誘されてもパーティーやギルドに入らなかった。入って再びあのような出来事が起これば、彼はもう、このゲームをやらなくなるだろうと思ったからだ。
それらを語り終えた彼を、マリはそっと腕を回して横から抱きつく。ちなみに語っているうちに日が暮れそうだったので宿屋に来ている。
「あなたは、とても、強い、人。だから、負けない。どんな、奴ら、モンスター、にも。私は、あなたに、一生着いて、行く。最後、まで」
夜が明けるまで、この、ベッドに座ってるイリマは涙を流しながら下を見て、マリはそこに抱きついているという状況が続いた―――。