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童話

僕はテレビです

作者: 青い時計


「僕はテレビです」

「うん。だからそれはなに?」


 僕はミナルベ暦38年製のテレビです。

 工場星から出荷されたのですが、僕だけ観察星に誤送されたようです。


「テレビは遠方の実景を電波で送り映写する電気機械器具です」

「うん。ぜんぜんわかんない」


 にこにこと笑顔で答えるのは僕を引越箱から出した観察星の住人さんです。

 データベースからの情報によると、人間の子供であり、女の子と規定されるようです。


「ねぇ。どこにかくれてるの?」


 そう言いながら、僕の側面を楽しそうに叩きます。

 真空や液中でも良好な僕ですが、物理的に衝撃を与えられるのは問題です。

 映像が乱れてしまうかもしれません。


「中にヒトが入っているわけではありません」

「ちっちゃいひと! ちっちゃいひと!!」


 女の子は、画面の中で解説をするコメンテーターを指すと、けたけた楽しそうに笑いながら僕の周りを回ります。


「じゃぁね!」


 ひとしきりはしゃぐと、手を大きく振りながら去っていきました。


 静かな夜の始まりです。




*********




「ねぇねぇ! これはなに!?」


 今日の女の子は、両手をくるくると回しながら満面の笑みを浮かべて走り寄ってきました。

 右手に多年生のツル性植物を持ち、左手に有鱗目の爬虫類を鷲掴みにしています。


「観察星固有種の甘茶蔓と新種のミミズトカゲ亜目です」

「たべれる? おいしい??」

「甘茶蔓は葉を噛むと甘い味がします。ミミズトカゲ亜目は、組成及び生態が不明ですので、現時点での食用は推奨しません」


 女の子は首をかしげると両方を口の中に入れようとしました。


「駄目です!」


 僕は音量を上げました。

 驚いた女の子は、口を大きく開けたまま目だけでこちらを窺ってきます。


「右手の甘茶蔓は食べられますが、左手のミミズトカゲ亜目は食べられるか判りません」

「…………わかんない」


 女の子は小さな声で言いました。

 駄目と聞いてから硬直したように動きません。


「緑色の動かない物は食べられますが、茶色の動く物は出来れば食べないで欲しいです」


 女の子はミミズトカゲ亜目を放り投げると恐る々々、甘茶蔓に齧りつきました。


「あまい!」


 ぱっと顔をほころばせた女の子は、それから様々な物を僕に見せてくれるようになりました。


「これはね、はしっこがぴかぴかするの。とってもきれいでしょ? こっちのへんなにおいのやつは、おみずにうかべるとおいしいやつがくるから、かくれて、そおっと、わーーーってつかまえるの!」


 女の子は身振り手振りで僕に観察星での生活を教えてくれます。


「いつも楽しそうですね」

「たのしそうってなに?」

「気持ちよくのびのびと満ち足りた気持ちということです」

「みちたり?」


 僕は同音異義語を検索しましたが単語が難しくなってしまうので言い換えました。


「幸せだということです」

「しあわせ~、しあわせ~」


 女の子は歌うようにしながらぴょんぴょんと飛び跳ねていました。



「それから離れろ!」


 突然大きな声が聞こえました。

 遠くからこちらを窺っていた住人さんたちです。


「ものいう石などみたことない! 色のあるかげもみたことない! きっとおそろしい物にちがいない!!」


 そういうと住人さんたちは僕を棒で叩きはじめました。

 観察星の動植物に攻撃してはいけない決まりです。

 僕はこの状況を打破できません。


「やめてこわさないで!」


 女の子は一生懸命に僕が悪い物ではないと説明してくれます。

 でも誰も信じません。


 観察星の人たちは機械も電気も知りません。

 服は木の葉や貝殻、ツタで出来ています。

 僕は僕を、テレビという物を説明することができません。


 女の子が泣いています。僕はテレビなので涙を拭いてあげることができません。


 ぼたぼたと大きなしずくが画面に落ちてきました。


「観察星PPN地区短期気象予測。洪水確率102.5%。至急高台に退避して下さい。繰り返します。湖沼及び河川の氾濫が予知されました。高台に退避して下さい」


 緊急気象警報が、データベースから発令された事を確認した僕は、音量を上げて内容を復唱します。

 予測では、このあたりが一番危険な地域です。

 大音量の警報音と危険色の点滅に驚いた人たちが後ずさりました。そして、女の子を抱えて走り出します。


「高い所に逃げて下さい! 高い所に逃げて下さい!!」


 僕は僕の機能が許す限りの大きさと簡易さで音を響かせます。


 ぽたぽたと落ちていたしずくは勢いを増し、僕ごと大地を流れ始めました。




*********




「てれび! てれび!!」


 おんなの子のこえがします。


「てれびのおかげでみんないなくならなかった! お家はこわれたけどまた作ればいいし、とーともてれびとあそんでいいって!」


 僕はスリプモドからふっきしました。

 女の子は僕のがめんを拭って正しい面を上にしてくれました。

 きしょうデタが役だってよかったです。


「てれび! おへんじして! てれび!!」


 僕にしょうげきを与えてもスピカは直らないのですが、女の子は諦めません。


 長いきかん、えきちゅう及び砂・岩・樹を含むだくりゅうにさらされた僕は、スピカ及び、じこしゅうふくきのうを伴うぜんたいの42%がデブリと化しました。

 このじょうたいをかいぜんするほうほうが、僕にはありません。



 僕が答えないと分かると、女の子はじぶんで涙を拭いて立ち上がり駆けて行きました。


 静かな夜が始まります。


 僕は再びスリプモドにいこうしました。


 この星はとてもせいひつで、こうじょう星の空のようです。





*********




「どこにいるの! ぴかぴかして! てれび!!」


 真っくらやみの中、女の子が他のじゅうにんさんを連れて戻ってきました。


 僕はスリプモドをキャンセルしてダンスチャンネルをせんきょくしました。

 えんしゅつの華やかさでゆうめいなそのチャンネルでは、嬉しそうに踊る人がたくさん映っています。



*********



 それから、

 僕は新しいしゅうらくの真ん中に飾られました。


 じゅうみんさんたちはなんどもしぜんさいがいに晒されましたが、

 まいにち僕にできるせいいっぱいのじょうほうをがめんに映しました。


 僕のスピカは壊れたままで、なかなか通じず、じくじたる時もありますが、

 ヒト族は緩やかにぞうかしており、めつぼうからは遠ざかったと判じる事ができるようになりました。



*********



 春つげ花がほころぶ日は、村でお祭りが行われます。

 僕の周りで唄い食べ、愉しく舞うお祭りです。

 ことしは皆がぶじだったので、ことさら宴が賑やかです。


 舞いの輪からすっと離れた女の子は僕にそっと囁きます。


「ねぇてれび。君は幸せってやつなんだね」


 大人になった女の子は、小さな頃と同じように僕に笑いかけます。


「私いま、満ちたりだよ」




 僕はテレビです。僕は、幸せです。



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