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メッセンジャーギルド

「開墾は楽しいにゃ~」

 日の出と共に起きて仲間と共に畝を耕す。

 指で作った穴にササゲの種を一粒ずつ入れて、土をかぶせて優しくふさぐ。

 大自然と生きる。やっぱり人間はこうじゃなくちゃ。

「野良仕事、さいっこーー!」


 朝の開放に任せて声を上げていると、

「主君ーーーーーー」


 ちっジャマが来やがったか。

「やはりここでしたか」と畑道を踏んで来たのはイオ。こいつはホントに生真面目だよ。

「肩も治りきっていなのですから、なにもご自身で畑仕事などなさらなくても。主君には騎士団長としての威厳を持って戴かないと困ります」

「はいはい、僕は騎士団長じゃないけどね……」

 まあ確かに本職は村作りではないのだけれど。こう毎朝来られては、息抜きも出来やしない。


 皇衛騎士団の本来の役務は王都の警備だ。

 だが辺境の都市ならばシンシアナ帝国がちょっかいを出してきたり、森に近くならば狂獣が出たりと騎士団の活躍もそれなりにあるのだが、王都にいれば両敵に攻められることはなく、皇衛騎士団も皇撃騎士団も“狂獣の合“のような特殊な事がないかぎり華々しい出番はない。

 もっぱら王都周辺を彷徨う野党や狂獣の討伐、王都で起こる市民の小競り合いや奴隷がらみの騒ぎの鎮圧、空き巣や泥棒の対処といった、前の世界でいうと警察のような役回りになる。

 どういう歴史的経緯か分からないが、禁軍の位置づけは皇撃騎士団の方なのだ。

 唯一、華があるのが国王外遊の警護。だが、そんな大役なんて前騎士団長も数回しか経験していない。

 どうやらブルレイド王は歴代王の中でも内向的な方らしい。ぶっちゃけ引きこもり系王族といったところか。


 それでも有事はあるので、いざという時の即応力を高めるために本来の仕事ではない街道警備に皇衛騎士団を狩りだすことにする。

 狙ったわけではないが、駐屯地は洛外にあるのだから新入りの訓練と実地を兼ねて街道警備に出るのは理にかなった選択だろう。

 ついでにマージア騎士団の仕事も減って一石二鳥。まぁ、これは表立っては言わないけど。


「隊長~、街道警備はウチの仕事じゃないんですけどねぇ」

 駐屯地の訓練場で狂獣相手のフォーメーションの訓練をしていると、ラドの横で自部隊に指示を出していたエフェルナンドが、もっさりと愚痴った。

 エフェルナンドは唯一、新生皇衛騎士団に残った二十代も半ばになる辺境小貴族の末っ子だ。陽気で行動的ではあるが末っ子のためか時々、このような甘ったれたことを言う。


 現在の皇衛騎士団は、二千人のパーンのみで構成されたパーン部隊と、一般人五百人とパーン五百人で構成された混成部隊の二部隊構成となっている。

 本当は魔法部隊も作りたかったが、集まった志願兵がパーンばかりで魔法が使える者が少なく、魔法部隊を作ることが出来なかった。

 魔法が使えるパーンも中にはいるが、その人数は非常に少ない。


 パーン部隊は実績のあるライカを中隊長にし、その下にマージア騎士団の八人のメンバーを小隊長につけた。

 二千名の兵を擁するのにボスが中隊長だったり、一小隊に二百名以上の兵がいたりと、かなり歪な構成になってしまったが、いかんせん志願兵が多すぎた。


 混成部隊は、呻吟の挙句、エフェルナンドを中隊長にすることで落ち着いた。

 メンバーは全員素人だ。当然、この中に兵の統率に優れた者はおらず、先の戦闘で意外な活躍を見せたリレイラに兵を預けることも考えたが、それを本人に持ちかけたところ、「私は部隊指揮をする知識を持ち合わせていません」と、そっけない返事で断られた。

「他にいないんだよ。混成部隊の志願兵は皆、素人だし、僕だけじゃ三千名の兵は面倒見れないし」

「では千名ほど断ればよいのではないですか? 集団には適切な規模があります」

「今がパーンの皆を救い出すチャンスなんだ。ここは逃せないよ」

「……」

「お願いっ!」

「いっそアキハの方が向いている気がします」

「あいつは騎士団じゃないからムリだよ」

「アキハを家族にすればよいのです。私達のように」

「バカ、そんなの、できるわけないだろっ!」

「そうですか……。ええ、そうでしょうね」

 ジトーー。

 なんか、激しく睨まれたので諦める。


 という訳で前皇衛騎士団では数名の部下しか持っていなかったエフェルナンドを中隊長に抜擢。

 経験が浅いとはいえ魔法騎士だったのだ、何とかやってくれるだろうと思ったが、相手は魔法に不慣れな素人魔法兵と、集団行動が苦手なパーンの青年達。部隊長が統率するのは容易ではない。何度やっても隊列を作る訓練すらうまく出来ない。

 そりゃ愚痴りたくなる気持ちも分からないではないが、ラドにはラドの事情がある。皇衛騎士団三千名を預かる身としては、彼らに強くなってもらわないと困るのだ。もう二度と仲間を失いたくない。『洛西の戦い』と名付けられた夜中の死闘はもうゴメンだ。


「なぁエフェルナンド。戦っていうのは戦う前に勝敗が決まるんだ。日頃から鍛錬を積んで、体を作り、頭にはフォーメンションと魔法を叩きこんで、どんな状況でも戦えるようにしないでどうするの」

「はぁ、そうですがこのメンバーですよ。隊長は真面目ですなぁ……子供なのに」

「ああん! なんか最後に小さい声で言ったよね」

「なんでもありません!」

 都合の悪いことを誤魔化すように、びしっと踵を鳴らす。

 こちとら命を預かってるんだ。真面目なのは当たり前だろ。ぷんぷん!


 “狂獣の合“で生き残った若手騎士に聞けば、アズマ騎士団長に仕えていたときのエフェルナンドは、真面目で意識高い系の出来る男だったそうだ。

 それがこうなのだから、残ったのはいいが見た目は遥かに年下の平民出の準貴族など認めないということだろう。じゃ何で残ったんだよ、なのだが。


 鼻筋の通った整った顔立ちに、肩まで伸ばした美しく波打つ黒のたてウェーブ。本人は貧乏貴族というが、それでも貴族の家に嫁ぐは街一番の美少女だったのだろう。

 顔立ちにその片鱗が表れている。

 それが統合中隊長の前で鼻をほじって締まりのない顔でため息……。


「あのね。エフェルナンドは生き残った中で最古参の将校なんだから、それじゃ困るんだよ。それに前も言ったけどシンシアナに怪しい動きがあるんだ。僕らだっていつ声がかかって前線に行くか分からないんだよ」

「へーい」

「それに子供は関係ないから! 僕は見た目と違って子供じゃないから」

「はいはい。俺はアズマ団長みたいなシブーイ上官じゃないと、やる気でないんすけど」

「なんでだよ」

「だってカッコイイじゃないですか。重厚な石部屋で歴戦の騎士団長に敬礼する俺。イケてませんか?」

「はぁぁぁ? バカか貴殿は。いっぺんそこのクソ桶洗い場で脳ミソを洗ってきたまえ。騎士団はカッコイイでやるもんじゃない!!!」

「ヒドイですなぁ隊長。見た目はかわいいのに!」

 ふざけるエフェルナンドに鉄拳制裁でも与えてやろうと思うが、骨折した肩がまだ痛むので代わりにスネを蹴ってやる。

「いって! 隊長、可愛くないー!」


 エフェルナンドとはこんな感じだ。

 皇衛騎士団は軍隊だから、このような不真面目な態度は許してはいけないし、本来ならば懲罰ものだ。だが、特にこの部隊は力で統率したくない。力で自分やパーンを認めさせても、力学が変わればたちどころに抑圧された力が逆流して、逆支配が始まってしまう。

 そんな危うい天秤の上の部隊は望んでいない。

 それぞれが自分の意思で自分を上官と認め、パーンを仲間と認めて欲しい。

 それには考える力がいる。

 そして“考える力”は、状況に応じて自立して動ける部隊の土壌になっていく。

 それでなくても、ガウべルーア人は個としては弱いのだ。隊が分断されたとき命令がないと動けないのでは、あっさり全滅してしまう。

 だが、

「はぁ……」

 そういう狙いもエフェルナンドには絶対伝わってねーな。



「しゅにーん、王都の警備がおわったぞー」

 そんなエフェルナンドの甘えを聞きながら洛外で訓練に励んでいると、ライカが背中に部下を引き連れて駐屯地に戻ってきた。

「異常はなかったかい?」

「うん、問題ないぞ。いや問題あったかな?」

「ん? どうした?」

「北市場に、んーとなんて言ったかな……そうにゃ! サンドケーキの店が出来てたにゃ!」

「サンドケーキ!!!」

「んーと、このくらいのマズそうなフカフカで生クリームを挟んでて……」

 ライカは両手で輪を作って、サンドケーキの大きさを示す。

「おー、どら焼きみたいなものかな? これはぜひ、食べたいなぁ」

 手の甲でよだれを拭っていると、

「そういうところですよ。隊長が子供だっていうのは」

「はぁぁぁ!? だってケーキだよ! エフェルナンド。食べたくないの?!」

「食わないですよ。大人は」

「ああもう、バカ! 甘いものは脳にいいんだよ。ブドウ糖。わかる? それとクリームの舌に残るコッテリとした後味。ああバターの香りもいいよね。発酵バターなんか最高だよ。考えたらまたヨダレが……」

 身振り手振りの大声で力説しすぎたか、なんだなんだとパーン部隊と混成部隊のメンバーがわらわら集まってくる。


「なんですか大きな声で、隊長」

「隊長の甘い物談義」

「またですか?」

「またとはなんだよ! そんな僕がいっつも甘い物を食べてるような」

「食べてますよ。自覚ないですか? 三時頃になると、隊の誰かを捕まえて市場まで走らせてますよね」

「あっ……気づいてた?」

 隊の連中が訓練で噴き出した汗を拭きながら笑う。その横でライカが苦々しい顔でべーっと舌を出している。

「よくあんなマズイものを食べるにゃ。そこだけはしゅにんのことがわからないにゃ」

 そんなライカに、どっと笑う部下の声。

「ライカ中隊長は肉だろ」

「そうにゃ! 肉は最高にゃ! 噛み切るときの歯ざわり、そして舌にのこる肉汁の風味。肉は生に限るにゃ」

「ライカ中隊長も、ラド隊長と変わらないなぁ」

 また隊の連中に大笑いされる上官。僕らの威厳は大丈夫だろうか……。


「そうにゃ、肉で思い出したけど、メッセンジャーギルドで殺しがあったみたいだぞ」

「中隊長……肉で思い出さないでくださいよ」

 確かに思い出すとトリガーとしては不適切だが、放ってはおけない話である。

「ライカ、それはもう解決してるのかい?」

「んー、わかんないけど、人が集まってたぞ」

「そうか……ちょっと気になるな。行ってみるか」

 そう言いながらも、そわそわと財布をまさぐったのが良くなかったのだろう。

「ラド隊長、そうやって気にしたふりして、サンドケーキを食いに行く気でしょう」

「えっ! ソンナコトナイヨ」

「ったく……バレバレにゃ」



 メッセンジャーギルドとは、ガウべルーアの都市間を結ぶ郵便みたいなものである。

 ガウべルーアでは公的な機関として郵便システムはない。小さな荷物や書簡があれば、このギルドに頼む。

 メッセンジャーギルドができる前は、人々は目的の都市に向かう旅人に書簡を託して郵便としていたが、当然ながらそれでは持ち逃げや、仮にまっとうな方が運搬しても正しく目的の人に届かないリスクがあった。

 だが、そこは頭のいい人はいるもので、書簡を届けることを本業とした組織を立ち上げた。

 正しく届くことをギルドとして担保し、その対価にお金を頂く。そしてメッセージを運ぶことを生業としたメンバーを登録し、彼らには安定した仕事を与える。

 ギルドに登録したメンバーは、それぞれ都合に合わせて、集まった書簡や小荷物を手持ちし目的の都市に旅立つ。その時、ギルド発行の封蝋の発送証明書をもらう。

 目的の都市に着いたら、先方のメッセンジャーギルドに荷物と発送証明書を渡す。ギルドは代わりに封蝋の受領書を発行する。

 メッセンジャーは、それを発送元のメッセンジャーギルドに手渡して仕事料を受け取るという仕組みだ。

 このよくできた仕組みは、爆発的な勢いで拡大しパラケルスでもエルカドの公証荷屋がそのギルドの代理をつとめている。

 そしてギルドの連絡網はシンシアナまで到達している。

 と言っても、シンシアナ便はシンシアナ帝都の一本のみ。しかも帝都内にギルドは作れないので、緩衝地帯の暫定国境線に治外法権のギルド小屋があり、そこでシンシアナ兵相手に荷物の受け渡しが行われている。


「サンドケーキうまい! サクサクふんわりの生地にほのかなミルクの甘味、そしてふあふあ~の生クリーム。ガウべルーアはイモばっかりだけど、お菓子センスはいいんだよなぁ」

「よくそんなもの食うにゃ。人の味覚はライカには、わからないにゃ」

「この美味しさが分からないなんて、全く残念だよ」

「べつに羨ましくないにゃ。隊のみんなもいらないって言ってたし」

「もう一個たべちゃおうかな」

 北市場の菓子屋で買ったサンドケーキ取ろうと、紙袋に手を伸ばすと、

「しゅにん……アキハはお菓子ばっかり食べてたら太るっていってたぞ」

「太らないよ、僕、成長期だし」

「そのわりに全然大きくなってないにゃ」

「ライカ~」

 なんてライカの背中をボカポカ叩きながら、買い食いついでにメッセンジャーギルドに行ってみる。

 んー、やっぱりもう一個。

 食べ歩きはマナーが悪いかもしれないが、なにぶん僕ったら子供だからねー。許してもらおう。


 着いたのは、手紙くわえた渡り鳥が描かれた木彫りのぶら下げ看板を掲げたなんの変哲もない二階建ての一軒家。

 扉にはガウべルーア文字で店名が書かれている。


「”渡り鳥の巣”か。ライカ、事件があったのは、ここのメッセンジャーギルドでいいの?」

「あってるぞ」

「じゃちょっとのぞいてから帰ろうか、早く帰らないとサンドケーキを待ってるアキハやリレイラに怒られちゃうし」

「それ、統合中隊長のセリフじゃないぞ」

「そう言われてもねぇ、こういう事案をすっぽかすと、女子陣が激オコなのは事実だし」


 皇衛騎士団を任されてヴィルドファーレン村が自立してから、少し懐が暖かくなった。大騎士団は王国から維持費が出る。それは扶持程度のものだが三千人の食費なのでかなりの額だ。

 ラドの場合は、マージア騎士団もまるごと皇衛騎士団に配属されているので、今まで賄っていた十一名の食費も丸ごと浮いた計算になる。

 村の開発は建村より四か月、七月になっても急ピッチで行われ続けている。実は騎士団の維持費のかなりの額が村の開発費に充てられているのだが、それをさっぴいてもかつてより生活は随分楽になった。おかげで、こうして毎日お菓子が食べれるわけだ。

 ま、食べるときは必ずアキハとリレイラが付いてくるんだけど。


 ”渡り鳥の巣”の扉を開けると、陶器で作られたパイプチャイムが、シャランと澄んだ音を奏でて客人を出迎える。渡り鳥が秋空をかけるイメージだろうか。なかなかセンスが良い店ではないか。

「こんにちは、皇衛騎士団の者ですが」

 中を伺うように、そっと名乗りを上げる。

 正直、事件の確認など慣れた仕事ではない、どうやってギルドの者に話を聞くのかは手探りだ。

 声を聞いて、「なんでございましょう」と、店の奥にある胸くらいの高さのカウンターから身を乗り出して姿を見せたのは、中年のふっくらしたご婦人。

 なぜかガウべルーアの商家のご婦人はみな過度にふっくらしている。子だくさんだからか裕福だからか、あるいは遺伝なのかは分からないが。


「ちょっと事件があったと小耳に挟んでね」

 ドストレートに聞くのもアレなので、遠回しに聞いてみる。

「ああ、耳が早いねぇ。そうなんですウチのギルドのが、三人ほどやられちまいまして」

 少々ザラついた声。

 婦人の声がかすれているのは、素性の悪いギルドメンバーを怒鳴り散らしているからだろう。

 旅を生業にするとは、家を持たない生き方を選んだ者のすることだ。そんな者に真っ当な者がいるわけない。

 だが興味を惹かれたのはかすれ声ではない。

「三人も? それはいつ?」

 亡くなった人数の方だ。


「十日くらい前の話さ。荷物が高価だったんで魔が差したんだろうねぇ。同じメッセンジャー仲間二人に襲われて、挙句に全員共倒れさ」

 なんとも酷い話しである。荷物をかっさらおうというのも酷いが、それで殺し合うのも酷い。

 しかし、そういうのを起こさないためのギルドじゃないだろうか。

 そう思い婦人に聞いてみると、このギルドでは公平に仕事を振るために、前日にギルドの登録者が希望の仕事に入札して、翌日荷物を運ぶ変わった仕組みを採用しているという。

 昔は早い者勝ちで好きな仕事を取る仕組みだったが、美味しい仕事の取り合いでいざこざが絶えなかったため、この仕組みに変えたそうだ。


「いろいろ工夫してるからウチのギルドは信用が高いけど、それでも稀に窃盗は起きるものさ」

 婦人は軽く手を上げて仕方ないと振る舞う。

 まぁ、いざとなれば辺境にトンズラ可能なこの王国では、重罪を犯しても逃げ切れば勝ちの感覚がある。工場長のウィリスしかり……。仕方ないと考えるのは納得できる。


「そうなんですか。三人の遺体と荷物は?」

「死体は見つかりましたがね、荷物なんかありゃしませんでしたよ」

「現場はどこに?」

「一人は北の街道。二人はその近くの林さ」

「三人で殺し合いじゃないんだ」

「さあ、どうだったかなんてコッチは知らないね。そのうえ保険金の支払いでいい迷惑さね」

 それはひどい目にあったと、手振りを加えて大げさに顔をしかめる。

「それはご愁傷様でした」

「まったくさ、でも荷主には納得してもらって解決済みだよ」

「そうなんだ。高価な荷物なのに?」

「ええ、結局は金ですからね、どんな商売も同じさ」

 金は強し。地獄の沙汰すら金で買えるのだ。ガウべルーアなら容易な交渉だろう。


「ところで荷物の中身はなんなの?」

「それは客との契約で秘密さね。メッセンジャーの命を守るために中身は聞かない約束になってるのよ」

 根っからサービス精神満点なのだろう。婦人は口に指先で摘んで、内緒のジェスチャーをした。

「そうなんだ、まぁ時々ある事件で解決済みならいいよ。ごめんね。仕事中に」

「いいえ、こちらこそご心配かけちゃって、ごめんなさいね」

 話の終わりを感じた婦人は、終わった感を全身から発して満面の笑顔でラドを送り出す。

「ライカ、帰るよ」

「わかった」

 ラド達は婦人の、やたら人のいい笑顔の見送りを受けてギルドを出る。


 

「なぁしゅにん、なんかあの人からイイ匂いしなかったか?」

「匂い?」

「ライカ、それですっかりお腹がすいちゃったぞ」

 そう言われてもピンとこない。なにせラドの嗅覚には、そんなイイ匂いなんて引っかからない。感じた匂いなど自分が持ってきたサンドケーキのクリームの香りだけだ。


「サンドケーキのじゃなくて?」

「そんな乳臭いのじゃないにゃ!」

 乳臭いだと?

 全力で否定したくなるが、肉食のライカとは嗜好が違うのだ。

「ライカ好みの香りってことは肉だね」

「んー違うのだ。もっと生っぽいかなぁ」

「生肉?」

「んー、お魚さんかも。前にアキハと捕まえたヤツ」

「生魚? 刺し身かい?」

「刺し身? それなんだ?」

「お刺身は生の魚をそのまま食べる料理だよ。生のままだから料理って言っていいかわからないけど」

「お刺身……生……、それいいにゃ! しゅにん、今日はお魚食べよう! お刺し身さんだって肉だぞ」

 ライカは目をまんまるに見ひらいて、素晴らしい自分のひらめきを興奮げに語る。食べ物の事となると、特に肉の事となるとライカは燃える。これは食べさせないとおさまりがつかないだろう。


「でも、王都で魚はないだろ。海も川もない所だし」

「魚がいいにゃ! お刺身、食べる! 今日はお魚なのだ!」

「はいはい……」

 ライカがしつこく魚魚と言うので、もう一度市場に戻り、何件か珍しい食べ物を扱う商店を巡って、南方の港街で捕れる魚の塩漬けを買って帰る。

「これ、どう食べるのか僕は知らないからね」

「だーいじょうぶにゃ! よーし、今日はお刺し身にゃ!」



 その夜のラド宅。

 ラドはトイレの住人になっていた。


 ライカの要望で、晩御飯は”見たこともない塩漬け魚の刺し身”がメインディッシュとなった。

 だが当の本人は、待ちきれんと周りを差し置いてパクついたのに、直後、微妙な顔で一言。


「……マズいにゃ」


 わずか一口で刺し身ブームは去り、一撃でゲームオーバー。

 調理に困ったイチカは、なんとかその魚を鍋にして皆で食べたのだが……。


「なんで、僕だけあたるんだよぉ~」

 夜半からお腹がゴロゴロいい始める。

 トイレから布団へ、布団からトイレへ。

 こんな夜中の駐屯地で、よっぴいて敷地をウロウロしているのは、歩哨か腹を下した虚弱ちゃんくらいだ。


「あたた、またきた!」

 トイレにしゃがみ込み、もう出ない下痢と吐き気に悶える。

「お腹の事を考えちゃダメだ。何か別の事を考えて気を紛らわそう」

 集中できない意識をかき集めて、今日会ったギルトの婦人の話を思い出してみる。


「あう~、なんか引っかかるんだよな」


 よく考えるまでもなく、婦人がいったことには矛盾があった。

 彼女は荷物の中身は客から聞かないと行った、だが婦人はたしかに高額だと言っていた。なんでそれが分かったのだろう。

 それにメッセンジャーは中身を知らせないはずだ。それは婦人の言った通り高価な物を運んでいると分かれば、そのメッセンジャーが狙われる可能性が高まるし、荷を運ぶ本人だってトンズラする率が高まるからだ。そしてそれを防止する入札の仕組みも入れている。

 だがなぜ今回は荷物が分かっていたのか。

 考えほどに分からない。


「あうっ、また来た!」

 月明かりのトイレは思考の停滞を物語るように、いよいよ暗い。そして思考を拒むように、お腹がゴロゴロと鳴る。

「ああもう! ライカのバカ!」

 このお腹の急降下、いつ終わるのだろうか。

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