ヴィルドファーレン村
やっと週1時間くらいは自分の時間が取れるようになったので執筆再会。
どこでどう人生を間違えたのだろう。
伝説の魔法騎士を目指していたはずが、なぜか魔法の研究者になり、その道も極めぬ前に気がつけば騎士団の中隊長。かと思いきや急に村作り。
上がってんだか、下がってんだか人生曲線、まるでジェットコースターだ。
そもそも伝説の魔法騎士なんか目指してたかオレ? 伝説の第一歩が村作りか? 俺は二宮尊徳か!?
だがはっきり言おう。村作りは燃える!
ゲームでもストラテジーは好きだったし、そのストラテジーもひたすら街を大きくするのだけが好きだった。途中で敵に攻め込まれてジェノサイドになってもメゲずにひたすら街を大きくする。
そもそも大好きな仲間達と何かを一緒にやるのが楽しくないハズがない!
それが一緒に戦ってくれる戦友やその家族となら、なおさらだ。
この久しく忘れていたワイガヤ感は大学のサークルに似ている。社会人になってからも仲のいい同期はいたし、夜中に飲みに行く事もあったが、どうしても仕事が絡むとグチになり何も考えずに楽しむことは出来なかった。
それがここなら和気あいあいと、何の衒いもなく夢を語りあえる!
何かを形にするのはどうにも自分の気質に合っているので、本当はこっちが天職ではないか思えてしまうほどだ。
さて村作りと言ったが、アンスカーリからもらった土地は本当に何もない更地で、そこに何も持たない移住者が何段階かに分かれてやってくる。
♪そうさ僕らは空っぽの財布に夢だけ詰めた~
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久しぶり歌ってみるとひどく音痴だったので続きは歌わないが、まずは裏街でまだ奴隷になっていない子供たちが先発隊としてやってくるので、彼ら彼女らが住む家を作ってあげないといけない。
これはさすがに大人の仕事。
パーンは成長が早いとてまだ子供。さすがに自分で作れとは言えない。
マージア騎士団の初期メンバーが王都から木材を取り寄せ、――といっても端切れ材ばかりだが――仮設住宅を二週間の突貫工事で建てる。だれも家なんて建てたことはないから作りは見よう見まねだ。
家だけじゃダメだ、食料の調達に炊事や洗濯をする水場の整備、生活の当番も考えなきゃいけない……そうだ水。水は何処から調達すればいいんだ。飲料水にするなら衛生管理も必要だし、となると集団生活のルールも必要だ。
ぱっと思いつく対応をイチカ、リレイラで話し合い、昼夜を問わず対応を進める。
水は王都の地下水道の末端にある農業溜池から調達することにした。汚水なので濾過器をつくり、水運びは子供達の朝の日課にする。
食事はイチカが毎日買い出しに行って、朝夕の二食を作る。リレイラは子供達の生活指導と読み書きを教える寺子屋、あと騎士団の訓練や警備計画の立案などをする。なにせ裏街の子供達だ。みな教育など受けていない。
その間にも見受け契約を交わし続け、第二陣の仲間達もヴィルドファーレン村に合流。その一週間後には騎士団に志願してきたパーンと一般民の大半が移住してくる。
目も回る忙しさだが順調順調! うむっ! 充実してる!
そんなある朝、『さあ今日も頑張るべ!』、なんて意気揚々と布団から跳ね起きたら、げっそりしたイチカとリレイラが起き抜けに正座で膝を詰めてきた。
掘っ立て小屋の躯体は脆弱だ。ギシギシ軋む二人の足音が不気味で怖い。
「頑張っているラドには申し訳ないのですが、もう私達だけでは対応が追いつきません」
うわ、イチカ真顔だよ。
「この仕事量は軽く死ぬ量です。できれば師匠だけ死んでください」
怒ってない。怒っていないリレイラがマジ怖い。
二人のじっとりと低めのトーンの苦情を鳥肌が立つ。
とうやらこれは本気と書いてマジの苦情そうだ。そういえば二人が寝床に入る姿を十日ほど見ていないな……。
確かに自分でもムリそうだと思いつつ、二人とも文句を言わないから大丈夫なんだと思ってバンバン仕事を振っていた。
この苦情は死のシグナルだ、ここで「頑張ろうよ」なんて言って無視すると二人ではなく自分が早晩謎の事故死になりそうだと悟る。
「ごもっともです。そういえばなんかリレイラやつれたね。目の下のクマとか頬のあたりとか。ちょっと痩せた?」
「やっと気づきましたか!!! 信じられないと思いますが私は一日三食しか食べてないのです!」
目に刺さる勢いで三本指を突きつけてきやがる。
「リレイラ、みんな二食なんだけど――」
「たった三食です!」
「……」
「たった三食です!!!」
ええ、たった三食だそうで。
この娘の成長期はいつまで続くのだろう。放っておくとずっと食い続けているが、僕の財布が勝つかこの娘の胃袋が勝つか。魔法を使うとお腹が空くと言われているが、コイツただの大食いなだけではなかろうか。
リレイラの魔法鋼の胃袋はさておき、このままでは村の建設と村民サービスに支障が出るので、ここは奮起して行政組織をつくることにする。生憎、政治の事はよく分からないが公民で習ったくらいの知識はある。まずは意思決定の仕組みから整備だ。
この村はパーンやハブル、ヒトが混在する多民族国家のようなものだ。イチ種族が政権を握ると何かを決めるたびに贔屓や差別が生まれて問題を起こしそう。かといってパーン区、ハブル区と分ければ融和が進まず、いつかどこかで衝突を起こしそうだ。ここは融和政策も同時に進めたい。
意思決定は各種族から代表を募る間接民主主義にしよう。
だがここで問題になるのが、各種族ごとの一票の重さ問題だ。一番多いのはパーンは二千名くらいになる予定。次にガウベルーア人が六百名くらい、そしてハブルといった人口構成で、一番少ないハブルは二百名にも満たない。仮に各種族から一名の代表を出すと、パーンの一票はハブルより十倍軽くなってしまう。
うーむ、これは違憲だ。いや違憲状態? この二つは微妙に違うらしいけど。
ならハブルから十名の代表を出すか? でもそんなに代表はいらないし、もしそんなにいたらハブルの意見が全て通ってしまう。
この問題をイチカとリレイラに相談すると、「指揮命令系は単一トップダウン型がよいのではないでしょうか」と二人とも全く同じことを言う。
この答えを聞くと、久しぶりに二人がホムンクルスだと感じる。こと個人の力量が戦局に影響しない集団戦闘においてはピラミッド型の指揮命令系が有利なので、戦闘に特化した思考をインプットさた二人がそう答えるのは実に自然だ。
しかし話は村の行政。
「村作りは戦いじゃないし、村民の幸せのために活動は永続的なものなんだよ。それに誰かが全てを決められるほど人の営みは単純じゃないんだ」
というと、「そうなのですね」とにべもない。
こりゃ組織作りは二人とも戦力外だわ。
結局妙案思いつかず、格差二倍までを許容としてパーンから三名、ガウベルーア人から二名、ハブルから一名の議員を選挙にて選ぶことにした。と言ってもいきなり立候補者は出てこないので、議員候補を推挙してもらい本人のやる気を確認したうえで候補者とする。
人の交友関係など広いようで広くないもの。村民を何ブロックかに分けて選挙の仕組みを説明し「村のリーダーにふさわしい人を推薦して」とお願いすると、異口同音に「ラドさんがいいです」「ラドさん以外いません」と皆が言う。
「そうじゃなくて僕以外で! 僕は万能超人じゃないから、みんなの事は全部わかんないから、皆の近くにいて村のお困りごとを丁寧に聞いて、みんなのために働ける人を選ぶんだよ」と、懇切丁寧に説明する。
今までずっと誰かに使われる立場だった者たちの依存精神は根強い。暫くはやむを得んか……。
だが自主自立の心を育まないと、自分がいなくなったときに村が存続できなくなってしまう。これも課題。
それでも推薦され、やってもいいと言ってくれる候補者が出てきた。
彼ら彼女らには、集めた村民の前で『ヴィルドファーレン村をどうしたいか』を説明させる。これがまた一苦労で、急に出来た村の急に推薦された候補者にビジョンなんてありゃしない!
もう仕様がないので、付きっきりで箸の上げ下げまで面倒をみてやる。
は~~~。
ここからは投票。
まず選挙の仕組みを整え、選挙の仕組みを説明し、選挙管理委員を擁立して――、ここに至るまでに三回くらい燃え尽きたよ。
そうして学級委員を選ぶ位のゆるふわさで選挙は行われ、六名の代議士が爆誕した。
今後は各種族や年齢を代表した彼らが議会で村の未来を決めるのだ。
この六人に今度は議会とは何か、多数決とはなにか、議会と行政の違いとかとかとか――、けなしの知識を総動員して必死に教える。するとパーン代表の議員から手が挙がる。名はムスリナム。羊のパーンの女性だ。
「みなで話し合って、そして決めるのは誰でしょうか?」
割ってヒト代表の男が声を発する。
「それはラド様が決められて、皆に命令を出すんじゃないのか?」
「いやいや、ユー、僕の話し聞いてた? それじゃ僕が独裁者になっちゃうでしょ。権力を一人に集中させちゃダメなの。その子が暴走したら止められないでしょ。だから決める人と実行する人を分けて暴走しない仕組みになってて、それが議会制民主主義だよって言ったよね。フェールセーフ必要じゃん!」とプチ切れ。いやブチ切れ。
「しかし、私達のような者が決めてもみんな動きません。ラド様がご命令を」
ムスリナム……自己肯定感低っくいわー。
「仕組みで動かすんだよ。それに命令じゃなくて仕事なんだって」
「その違いがわからないのです。私はご主人の命令で働いておりました。仕事とは命じられてやるものです」
「命令は強制で、仕事は自由意志なの」
「自由では働かないのではないでしょうか」
「だぁーかぁーらぁー、仕事の目的に合意して、納得した人がメンバーになって主体的に働くっていったよね」
「はぁ……その主体的というのも分からないのですが」
「しゅたしゅた、、、しゅうううう~」
四度目、燃え尽きた。
そんな熱い議論を狭い小屋で三密になりながら進めて、やっと六人には”村の未来を決めるのは自分達”ということを理解してもらった。
次に六人には村に早急必要な最低限のインフラは何かを考えてもらう。すると想定通り
「家でしょう」
「水でしょう」
「食料でしょう」
と答えが返ってくる。
だよねー、その手配で手が回らず議会制民主主義を採用したんだから。
「ハーイ、じゃ皆さん、家を作るためには何が必要ですかー?」
「材木です」
「材木はどうやって調達しますかー」
「材木問屋です。しかし先立つものが」
六人の視線が集まる。あーこれはダメなパターンだ。ケチる訳ではないが村一つを養うほどのお金はない。通常貴族のインカムは自領や荘園の税金で成立しているが、いま自分の収入はマッキオ工房からのロイヤリティしかない。それに村の開拓は百パーセント持ち出しで行っているから貯金も残り僅か。
けど……。
「わかったよ! 少しの間は僕が出すから。でも貯金は一か月も持たないよ。だ・か・ら、ひとつアイデアを出すから後は自分達でお金を儲けるんだ」
「そんなっ、ラド様」
それはそれは皆さん、絵に描いたような不安な顔をなさる。だがここは心を鬼にしなければならない。儲けざる者食うべからず。租税は国家の基本なり。
「いいかい、一回しか言わないからね。王都の裏街の労働力は今ごっそりこちらに来ている。彼らがやってきた静脈流通の仕事はいま人手不足で回らない状態になっているんだ。そこに仕事がある。これを僕らが受託するんだ」
「受託? ですか」
「そうだ、いままでタダだった屎尿桶やゴミの処理を有料にする。回収するときに一緒にお金をもらうんだ」
「そのようなこと! 私達が表の方に会ってお金をもらうなんて! ムリに決まっています!」
ムスリナムが控えめながらも裏返った声で叫ぶ。
「桶やゴミと一緒にチップを置いてもらうんだ。僕らはチップがなければ桶もゴミも回収しなければいい。文句はどうせ言えないし言わせるつもりもない。逆にチップを多く払ってくれる人は上客だ。ゴミ回収なら周りの掃除をサービスでしてあげてもいい」
「は、はい……」
この不安げな顔は、お金を取ったら住民から反発が来るのを恐れているなと理解する。
「反発が怖ければ有料にした分、サービスの質を上げればいいだけだ。僕も思ってたけど今の静脈流通に住民は決して満足してないんだ。『裏街の奴らは適当な仕事をしやがる』なんて文句をよく聞くからね。と言うことは清潔さや丁寧さを高めれば納得していただける余地はある」
「有料になったと誰が王都の住民に言うのですか? それに裏街の者たちへの説得は」
おっ! これは成長。自分のアタマで考えた質問が出てきた。だが、
「君たちで考えてやりな」
冷たく突き放す。
「我々がですか? ムリです!!!」
ムスリナムに『我々』と言われて、やっと彼らの不安げな顔の意味が分かった。住民の反発が怖いのではない。そもそも議会と行政の役割分担が理解できていないのだ。
ガウベルーアには学校はないので行政の仕組みは貴族しか知らない。ガウべルーアは王国で、トップに国王を戴き、その下に集う貴族が会議を持って政治を仕切っている。その貴族が魔法局、建設局、調達局、臣民局、諜報局などの局を受け持ち、各々リーダーとなって家臣を使っている。
極めて原始的な仕組みだが、そんな役割分担すら王都にいても庶民は知らない。理由は知る必要がないからだ。それが奴隷や農奴ならいわずもがな。
「キミたち自身がやる必要はないんだ。キミたちはキミたちが決めたことを実行するリーダーを選べばいい。村人を集めて実行組織を作って仕事を与える。それを王都では局といっていたよ」
すると「へえー」なんて感心の声があがる。
「でも局なんて同じ呼び名にすると『王都を乗っ取るつもりか』って突っ込まれそうだから僕らは庁にしようか。オススメは建設庁、食料資源庁、経済産業庁、財務庁、厚生労働庁あたりかな」
「庁は何をするのですか?」
「建設庁は街の建物や施設を作って、食料資源庁は食料や材木を調達する、経済産業庁は村の産業を育成して収益に繋げる、財務庁は税金の徴収と各庁への予算配分、厚生労働庁は村人に仕事と健康を管理することかな」
ここまでいえば六人も分かったらしい。
「では我々は誰かを経済産業庁の長として任命し、庁で働く人を集めてこのやり方を実行させればよいのですね」
「その通り!」
「集めたお金は財務庁に――」
「そのお金で食料資源庁が材木を買って――」
「仕入れた材木で建設庁が家を作るのですね」
「そう! やっと全貌を理解してくれたね」
六人は年長のガウベルーア人を議長として、誰が何をするか自分は何が出来そうだと、あれこれ話し始める。
「相談も君達だけでやらなくていいんだよ。必要な人材はどんどん呼び寄せて使えばいい。でも決めるは君達だ。あと、技術的なことは僕にもどんどん聞いて」
「はい、ラド様!」
苦労したが、やっと村が動き出した。