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くびきからの解放

 そんな簡単には払拭できない慣習であっても、新生皇衛騎士団で魔法兵になりたいという人はチラホラと集まり、アキハが集めた兵と合わせて約四百名もの志願兵が集まった。

 集まったのはやはり歩荷・人夫、農奴など、この国では社会的に虐げられた者たち。アキハと同じハブルもいるし、男もいれば女もいる。子供もいれば老人もいる。怪我人も多分脛に傷あるだろう者もいる。みなこの世界のはみ出し者だ。

 だがチャンスを掴もうとした者達でもある。


 さて、ここで問題が発生する。

 市民権のないバブルはそのまま騎士団に入れてしまえばいいが、農奴や人夫はそうはいかない。

 この国では雇用される立場の方が弱いから、身の振りは自分の自由にはならなかったりする。

 そういう者達を雇用するには、旧雇用者より立場の強いものが雇用者になる必要がある。つまり準貴族のラドが一軒一軒、雇用者の家に出向いて旧雇用者の前で再雇用宣言をしなければならないのだ。

 準貴族が『こいつ雇用する』と言うのだから向こうは断れないが、とにかく足を使わなければならないのが辛い。


 では奴隷となっているパーンはどうか?

 奴隷は人ではないので、モノを譲り受ける交渉が必要だ。

 そのためには譲渡契約書を作り、奴隷所有者の承諾をもらい身柄を譲り受けることになる。何故こんな法律もない国で契約書が必要なのかは疑問だが、奴隷の譲渡にはそういう手続きが必要なのだ。

 だが嘆いても仕方ないので、その契約書とやらを用意する。

 この数百名分に及ぶの契約書を書くはイチカとリレイラの仕事だ。


「これに同じ文章を書くんだけど……一言一句間違えず……五百枚くらい……」

 テーブルに積まれた真っ白な紙束を前にイチカとリレイラは完全停止。

 同じ文面を永遠と書く……。しかも間違えずに……。

 その非生産的活動に二人のテンションはダダ落ちだ。


 リストラ全盛期の時代に『追い出し部屋』なんてあったが、それ並みの拷問だ。同じ文書をひたすら書く、毎日、毎日。黙々黙々。

 そんな単純作業を上手くこなすサラリーマンスキルなんてないし、コピー機なんて便利アイテムはこの世界にはない。

 それっぽい魔法がないか古文書を見ようと思ったが 魔法は基本戦闘用なのであるはずは無いと思い、本に伸ばす手を止めた。

 嗚呼、なんでも機械がやってくれた前の世界が懐かしいよ。


 譲渡契約書が書き上がるとラドのサインを書いて、奴隷所有者の所まで行き、その場で身請けをする。それがまた百か所を超える。

 これがまた、量もさる事ながら困難極まりない。

 パーンは自分のモノとは思っている相手に対して、こっちはタダでよこせと言うのだから、当然、喧嘩になる。その争いに乗らないように出来るだけ穏便に、だが時には恫喝を使ってサインをもらう。いよいよ困ったら「アンスカーリ様が――」とウソを言って庶民を脅す。

 最悪、袖の下も使う。

 どんどん悪に染まっていく気がするが、その程度の心労で身柄を約束できるのならお安いものだ。


 実は問題は身請けした後にもある。

 彼らの住居。

 せっかく農奴や人夫から開放しても雇い主を離れると彼ら彼女らは家すらない。それは奴隷だったパーンも同じで、住むところがなければ文無し宿無し仕事無しのただの浮浪者になってしまう。

 だからリアルな居住地としての『家』を作らなきゃならない。

 ホントもう、悩みのタネは尽きないよ。



 魔法騎士達とはノミニケーションで少しは理解し合えたと思ったが、残念ながらただ一人、エフェルナンド・イクスという魔法騎士を除き、皆、自分の元を去ってしまった。

 あの洛外の騒ぎのせいかと思ったが、騒ぎは退団のトリガーに過ぎず、やはりパーンの採用がどうしても受け入れられなかったようだ。

 実は魔法騎士が騎士団を抜けるのはそう簡単ではない。主君となる上位貴族に直談判し、その同意を得て皇衛騎士団の大ボスになるアンスカーリ公に嘆願にいく。

 そんな面倒を推してまで辞めていくのだから止めようもない。


 退団の挨拶に来た騎士達は、わずか数百の素人兵で二千に及ぶコゴネズミを相手にした混成部隊の強さに驚嘆しつつ、自分は家名かけてココには居られないと口々いう。

 申し合わせたのか、それがこの国のノーマルなのか。はたまたカレスが動いたか。少なくとも魔力を共有したわけではないのでレイベランダーのように思考統一された訳ではない訳だが、ならばこれは彼らの本音なのだ。

 いずれにしても統率力に長け、戦い慣れた戦力が無くなるのは痛い。



 そんなプラス要素も、マイナスの要素もありつつ、なんとか皇衛騎士団の再結成は進んだのだが、ラドの住まいはなんともならなかった。

 汚物攻撃に、このところの騒ぎ、そしてひっきりなしに訪れる来訪者。この騒ぎに巻き込まれた近隣住民の我慢はあっさりと限界に達し、一週間も経たないうちに魔法局の職員がやってきて、官舎の玄関先に退去通知を叩きつけていった。

 どうやら住民の誰かが魔法局に苦情を入れたらしい。


『急刻 ラド・マージア殿 本書受領後三日以内の退去を命じる。不履行の場合は――』

 この先は読まない。

 コンプライアンスボックスかよ! どこの企業だよココは!

 ガウべルーアは適当な行政をしているくせに、こういう細かい所にこだわりがある。おおかた罰則とか書類が好きなおエライさんがいるのだろう。


 無表情に退去勧告を閉じ、もう戻らない封蝋を指先で撫でていると、「遂にこの日がきてしまいましたね」と、しょんぼりとイチカが言う。

「まぁ潮時だよ。準貴族になったときから、いつまで官舎にいるんだーって言われてたんだし」

「主任、いえ師匠。次のアテはあるのですか?」

「まぁちょっと考えがあってね。アンスカーリに相談して洛外の放棄地を借りようと思うんだ」

「放棄地ですか?」

「パーン部隊のメンバーも混成部隊のメンバーも、騎士団なんだから裏街から出動とはいかないだろう。それに家がない人もいるし」

「放棄地に住むのですか?」

 驚くのも無理はない。なぜ放棄されているのかといえば、ここは元々王都の汚物を処理して埋め立てた土地だからだ。洛外には農家や都に住めなかった者達が住むが、そんな者達でも好き好んで汚物の上に家を建てない。

 人が寄り付かねば集落にはならない。王都の周囲には人が肩を寄せ合い住まう集落がいくつかあり、そういう所は灌漑もある程度整備されているから、いくら放棄地が広くても敢えてここには住まないのだ。


「家を建てて駐屯地の名目で皆をここに呼び寄せる」

「たしかに土地が広ければ、皇衛騎士団の駐屯地にもなりますが」

「洛外だと野党の危険もあるけど、まさか騎士団を襲う輩もいないだろ? それに市民権がなくても外に住むのは自由だからね」

 住宅問題は切実で、マージア騎士団に入った八名も代わる代わる官舎と魔法研究局に泊まっていた。なぜなら彼らのために家を買うお金もなかったし、何よりパーンに部屋を貸してくれる大家がいなかったからだ。

 アキハもそうだがハブルやパーンには市民権がない、市民権がない者には部屋を貸してくれない。仕事もそうだ。どこでも雇ってくれない。

 その点、親方のところに転がり込んだアキハは例外中の例外だったりする。アキハの部屋はアンスカーリの庇護下にあるラドの名義で借りている。それでもハブルというだけで家賃はプレミアム価格になっている。

 だが、この差別も街の外に住むなら全く関係ない。

 仕事があって、食料さえ手に入れば、むしろ街の外の方がしがらみから開放されて良いかもしれない。


「洛外とはいささか強引ですが、みんなのお家なら夢が叶いそうですね」

 まぁかわいらしいイチカ!

「ドリームハウスですね」

 ん? それどっかの番組だから、リレイラさん。

「いわくつきの土地ですから高床にして虫やネズミが入らないようにしましょう!」

 いいねイチカ、正倉院みたいで。

「古民家を改造してはいかがでしょう。ビフォアはボロくてもアフターは素敵に」

 だからリレイラさん、それどこかの番組だから!


 なんてきゃっきゃうふふと夢を語り合っていたが、ライカと一緒に生活した時から、パーンの皆が安心して暮らせる場所を作りたかったの本当に夢だ。

 一緒に暮らせる場所が駐屯地になってしまい、話の急展開にちょっとビビっているが、ここが決断のしどころだろう。


「でも師匠、皇衛騎士団が塀の外にいてよいのですか?」

「いんじゃない。どうせ暇な騎士団なんだから。それに王都を守るには外に駐屯地した方がいいってことで」

「師匠は本当に悪知恵が働きます」

「師匠って言ってるんだから、そこは褒めてよ」

「なぁしゅにん。ところでアキハはどうするんだ?」

「アキハ? あっ!」

 やべっ声に出てしまった。

 これでは何も考えてなかったと言っているようなものだ。本当に何も考えてなかったのだけれど。

 ということで、ちょっと頭の中でアキハとのやり取りをシミュレーションしてみる。


~ Simulation A ~

『実は洛外に駐屯地を作って引っ越そうと思って』

『えーーー! どうして、わたしに黙って決めちゃうの!』

『いま言ってるじゃない』

『でも、もう決めてるじゃない』

『ベストソリューションを考えたら必然的にそうなるんだから、言っても言わなくても結論は同じじゃん』

『そういうことを言ってるんじゃないの!』

『じゃなんだよ!』

『もうっ! 私も引っ越す』

『無理だよ、皇衛騎士団の屯所なんだから、騎士団に所属してないアキハは住めないよ』

『まぢっ! じゃ私どうすんの!』

『どうもこうも、今の家に残ればいいんじゃない』

『違うでしょ! ラドがなんとかしなさいよ!』

『えーなんで』

『わたしの面倒みるのアンタにきまってんでしょ!』

 ――done. Simulation successful.

 シミュレーションは完了したが、結論は僕がなんとかするじゃないか。しかも面倒な事になったうえ怒られるし。別のシミュレーションを。


~ Simulation B ~

『実は洛外に駐屯地を作って引っ越そうと思って』

『どうして、わたしに黙って決めちゃうの!』

『えへへ~、ちゃんと考えているよ』

『え、なに! ちょっと期待しちゃうじゃない』

 アキハが驚くようなサプライズだろ、ええっと――

『えー、アキハも騎士団に入って一緒に洛外に住みまーーーす!』

『え、え? なにそれ! じゃ親方の仕事どうすんのよっ!』

『あ、いや、それは、その』

『もうっ! 何も考えてないじゃない!!!』

『だって皇衛騎士団の屯所なんだから、騎士団に所属してないとアキハは住めないんだよ』

『じゃ私どうすんのよ!』

『なら今の家に残る?』

『違うでしょ! ラドがなんとかしなさいよ!』

『えーなんで』

『わたしの面倒みるのアンタにきまってんでしょ!』

 んーーー、なんだか同じような結論だぞ。別案。


~ Simulation C ~

『実は洛外に駐屯地を作って引っ越そうと思って』

『どうして、わたしに黙って決めちゃうの!』

『そのことについて相談なんだけどさ、皇衛騎士団の屯所には騎士団に所属してないと住めないんだけど、騎士の特典で家族は一緒に住めるってのがあるんだ。だから――』

『え、ちょちょっとそれって、わたしラドのおくさ――』

『ちがう! いまのプロポーズじゃなく』

『だって家族って、それしか考えられないじゃない』

『ラドーーー、いまアキハに求婚してませんでした』

『イチカ、ちがっ』

『しゅにん! 酷いぞ! ライカというものがありながら』

『なんだよそれ』

『師匠、我々の前でいい度胸です』

『あんたたち、なんでココにいんのよ! ラドもなんでこんな所でプロポーズすんの! もうバカラド!』

 ダメだ三人も乱入してきて収集がつかん!



「――に~ん、しゅに~ん、しゅにん! どうした? ぼーっとして」

「ハイ! ハイ! ハイ! ええ、わかりましたよ!」

「どうしたにゃ?」

「いま、頭の中のアキハと三回くらい口喧嘩してきた」

「すごいな、しゅにんはほんとに器用だな。で、どうなったんだ?」

「どれもアキハがすげー怒って、結局僕がなんとかするって展開だよ」

「なんだ考えるまでもないにゃ。しゅにんは、けっこうひんぱんにアキハを怒らせてるぞ」

「ああー分かってる、分かってるから言わないで! 自覚あるから」

「しゅにんは他の子にはそんなことないのに、なんでアキハには怒られるんだ?」

「そうなんだよなぁ、アキハ相手だと油断するんだ」

「な~んだ、それはダメなダンナの夫婦ゲンカと同じにゃ」

「違う! 断じて! これは幼馴染ゆえの油断!」

「でどうするつもりにゃ」

 ライカが猫手で自分の前髪を撫で付けながら興味なさそうに聞く。

「そっちだよ本題は、プラン変更。駐屯地をドーナツ状にして真ん中に村を作る。たまたま村の周囲に駐屯地を作った事にするんだ。

 村っぽくするために畑とか工房も作ろう。そこの僕らやアキハ、それに家のない人達と皆で住む。村の周りは駐屯地だから洛外でも安全だし市民権なんか関係ない。どうだ! これで!」

「おおっ村か! いいな! ライカはなんかわくわくしてきたぞ!」

 がぜん興味を持つライカ、それはイチカもリレイラも一緒だ。自分たちの村という響きに身を乗り出し食い気味に聞いてくる。

「村の名前はどうするのですか?」

 イチカの目をキラキラだ。

「そうだな……」

「わたし達らしい名前がいいです。たとえば『ライカ母さんとリレイラ村』とか」

「いや二人だけの村じゃないから」

「では『師匠だけいない村』とかいかがでしょう」

「何で僕だけいないの! 不幸すぎ!」

「ふふふリレイラったら、わたしもラドもアキハもライカもリレイラも皆がいる村がいいです。街にはいられない私たちですから」

 しっとり微笑むイチカの横顔が、何か満ち足りている。


「そうか、王都に居られないか……。じゃ」

 みんながこちらをすっと見る。まるで答えが出るのを知っているように。


「『ヴィルドファーレン』なんてのはどう?」

 その言葉が出た瞬間、三人の表情がハッと変わった。

 そして三人とも申し合わせたように口角を上げる。


「本来はいい意味ではない言葉ですね。でも」

「さすがボッチの師匠です。ぴったりなネーミングではないでしょうか」

「だな! ウチらっぽいぞ」

 三人はウンと頷いて互いを見た。


『ヴィルドファーレン』


 それはガウベルーアの隠語で”はぐれ者や寄せ集め”という意味だ。

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